転換契約(Transformative Agreements)とは、学術雑誌の購読費用を段階的に論文出版費用に転換させることを目指す契約の総称です。転換契約では、購読費用とAPC(参照【実践編】3.1 OA出版とは)をまとめて支払うことで、対象となる学術雑誌へのアクセス権とオープンアクセス(OA)論文の出版枠を得ることができます。購読費用を転換させるという考え方から、原則として購読費用が発生するハイブリッドOA誌が対象となります。出版社によるAPCと購読費用の二重取り(ダブルディッピング)を軽減し、機関全体での支払総額を抑えることができますが、あくまで転換の道筋を示すための過渡的な契約の仕組みとされており、最終的には購読のための支払いをなくすことが目標とされています。
主な転換契約の形態として、論文へのアクセスのための費用とAPCを包括的に支払うRead and Publish(RAP)契約と、APCの支払いにより非OA論文のアクセス権も付与されるPublish and Read(PAR)契約があります。ただし、例えばRAP契約といえども様々な種類があり、RAPとPARという形態による大きな違いが認められない場合も多くあります。基本的なガイドラインとしてはOA市場に関するデータ収集・分析・共有等を行う図書館のコミュニティであるESACの「転換契約ガイドライン(Guidelines for Transformative Agreements)」がありますが、国やコンソーシアムによって様々な条件で試行がなされているところです。
転換契約は、ドイツのマックスプランク研究所デジタル図書館(Max Planck Digital Library, MPDL)が主導する、OA 出版モデルへの転換をめざす国際的なイニシアティブ「OA2020」の主要戦略の1つです。OA2020が主催する第14回ベルリンオープンアクセス会議(2018年9月)では、(一時的で過渡的な)転換契約を通じてOAの進展を加速させることに取り組む、との声明が示されました。2019年にOA2020と共同声明を出したcOAlition S(参照【解説編】1. オープンアクセスとは)はPlan S(参照【解説編】1. オープンアクセスとは)を掲げ、参加する資金提供者が転換契約への助成を行ってきました。当初Plan SではハイブリッドOA誌は適用外としていましたが、その後出版社や研究者からの反発を受けたため、転換契約等の対応を認めることとし、2024年までの期間限定で助成を行うことになったという経緯があります。しかしながら、例えば出版社単位での転換契約が難しい場合の代替策として雑誌単位でOAに転換することを目指す転換雑誌(Transformative Journals)では、2022年時点でフルOA誌に転換した雑誌は約1%にとどまったこと、68%のジャーナルがOAコンテンツの年間増加率の目標を達成できなかったことなど、フルOA誌への転換には程遠い状況だったことから、転換契約や転換雑誌に対するcOAlition Sの助成は予定通り2024年をもって終了することとなりました 1)。
ESACのガイドラインでは、転換契約の契約条件を公にすることを定めていますが、実際には契約書の全文が公開されることもあれば、骨子のみが提供される場合もあります。ESACでは転換契約の事例集(レジストリ)「ESAC Transformative Agreement Registry」を運用しており、これまでに締結された様々な転換契約の合意内容が登録されています 2)。2024年10月現在、80か国、200以上の機関・コンソーシアムで60社以上の出版社と締結された1,100件を超える合意内容の条件を確認することができます。ESACサイト内の「Market Watch」のタブでは、転換契約でOA化された論文数の各国別の推移、国別・出版社別の転換契約の状況などをグラフで視覚的に確認することもできます 3)。
日本では、JUSTICE(大学図書館コンソーシアム連合)が2016 年にOA2020の関心表明に署名し、2019年8月には「オープンアクセス出版モデル実現に向けた交渉方針について」を作成して出版社との転換契約交渉を開始しました 4 )。しかし、国や研究助成機関からの積極的なOA出版の推進やAPC支援がなかったこと、国やコンソーシアム単位ではなく個々の大学単位での契約となることなどから、転換契約の合意に至るケースは限られていました。大手商業出版社と転換契約が進む転機となったのは、2022年に東北大学・東京工業大学(現在の東京科学大学)・総合研究大学院大学・東京理科大学によるWileyとの転換契約です。その後、WileyだけではなくElsevier、Springer、Taylor & Francisなど他の大手商業出版社も、国内の大学との転換契約を進めています。現在、これに続く形で転換契約は現在国内で拡大している段階にあり、それによってAPCの支出増加(参照【解説編】2.1 APC支出額増加)を抑制しつつOAが推進されることが期待されています。しかしながら、Plan Sによる転換契約の支援が終了し、欧州を中心にAPCに頼らないOAの推進が促進されていることを踏まえると、国内外の動向を注視しつつ継続的な対応を行っていくことが不可欠であると考えられます。
注・引用文献
1 )Kiley, R. (2023). Transformative Journals: analysis from the 2022 reports. Plan S.
https://www.coalition-s.org/blog/transformative-journals-analysis-from-the-2022-reports/ (2025-01-06 最終確認)
2 )ESAC. ESAC Transformative Agreement Registry.
https://esac-initiative.org/about/transformative-agreements/agreement-registry/ (2025-01-06 最終確認)
3 )ESAC. MARKET WATCH.
https://esac-initiative.org/market-watch/ (2025-01-06 最終確認)
4 )JUSTICE事務局. (2019-08-20, 2022-02-21更新). オープンアクセス出版モデル実現に向けた交渉方針について.
https://contents.nii.ac.jp/sites/default/files/justice/2022-02/OAnego_20220221.pdf (2025-01-28 最終確認)