英語教育、国際理解のデータを冷静に検証する

~日本は本当にだめなのか~

「我が国のTOEFLの平均スコアはアジア諸国の中で下から2番目に位置している」というテストデータを検証する

英語教育や国際理解をテーマとする講演を聞いていると、様々な統計が紹介される。数字が示されると信憑性があるように見えるが、その数字から的確な結論が引き出されているかどうか実に疑わしい場合がある。ここでは2つのデータを検証してみたい。

「我が国のTOEFLの平均スコアはアジア諸国の中で下から2番目に位置している」というテストデータがあり、これをもとに日本人の英語力のなさがよく語られる。これは、“Test and Score Data Summary 2004-05 Test Year Data Test of English as a Foreign Language”の平均点を単純に並べたものにすぎず、各国の受験者数は全く考慮されていない。日本の受験者は82,438人であるが、1位のシンガポールは227人、11位のトルクメニスタンは58人、22位のラオスは41人など、日本の受験者数に対して10%に満たない国がほとんどである。1位から8位まではかつてイギリスやアメリカに植民地支配されていた国々が並ぶ。6位のバングラデシュは識字率が50%以下であり、自国の文字すら読めない人間が半数以上いるという状態であるが、このデータから「28位の日本よりも6位のバングラデシュの英語教育の方が良い」という結論を導き出せるのだろうか。平均点を並べるだけで、その国の英語教育の水準が単純に分かるはずがないのであるが、このデータは「小学校における英語教育について(外国語専門部会の審議の状況)(平成18年3月31日)」で参考資料として使われている。実際にデータを見ていただきたい。右の2項目は私が追加した。少なくとも、こうした事柄を考慮した上で英語力は論じられなければならない。

TOEFL平均スコアによる順位と日本の受験者数との比較(PDF)↓タップして大きく表示できます。

TOEFLデータ.pdf

「フード・マイレージ(マイル)」を検証する

次に、国際理解教育で取り上げられることの多い「フード・マイレージ(マイル)」を検証したい。これは1994年に英国のTim Lang氏によって提唱され、2001年に農林水産省農水政策研究所の中田哲也氏が導入したものである。食べ物の生産地から消費される食卓までの輸送に要した「距離×重さ」を表すもので、この算出方法によると日本は「世界一」になり、環境に多大な負荷をかけているということになるらしい。

しかし、この場合の「輸送」というのは「輸入」に限定されているのだ。中田氏は2004年の「農林水産政策研究所レビューNo.11」で、フード・マイレージを「輸入相手国別の食料の輸入量に当該国からわが国までの輸送距離を乗じ、その数値を累積することにより求められるもの」と定義している。そして、今後の課題は「今回計測したフード・マイレージには国内における食料輸送の観点が含まれておらず、今後、輸入食料のみならず国産農水産物を含めた食料全体について検討していくこと」であると中田氏本人が述べている。これがフード・マイレージを日本に持ち込んだ張本人の言葉であることを知っていただきたい。つまり、アメリカ、中国、ロシアのように広大な土地を持つ国に関しては、食料を運ぶ際にどれだけ大量にCO2を排出しても、環境に多大な負荷を与えても、「国内」である限り「輸入」ではないため、フード・マイレージはゼロなのである。例えば、アンカレッジとニューヨークの間は7,000km以上あるが「国内」である。イギリスはどうだろうか。イギリスを小さな島国と思ってはならないし、どこからどこまでと定義するのは実は意外に難しい。「英国連邦王国」には、かつてのイギリス植民地の多くが所属するし、「イギリス海外領土」はほぼ世界中に散らばっている。南極とアルゼンチンに近いフォークランド諸島、インド洋チャゴス諸島はイギリス領である。南極大陸の一部にはイギリスが領土であると主張する土地がある。こうした国々とは対照的に、領土が小さい日本はどうしても輸入に頼らざるを得ないため、フード・マイレージは増え続ける。福岡―プサン間は約200kmであるが、すでに外国である。結果として、日本は「フード・マイレージ世界一」の烙印を押されてしまう。

ある国際理解教育の講座で、フード・マイレージのデータをもとに「日本人のぜいたくが世界の環境に負荷、世界の不公平に加担!」と授業で教え、「日本ばかりずるい」という意見を子どもから引き出している実践紹介を見たことがあるが、いかがなものか。CO2排出量1位はアメリカ、2位は中国であり、この2国の排出量が全体の40%を占めるのが現実であり、「フード・マイレージ」とは全く一致しない。

インターネット上で“Food Mileage”に関する海外の論調を数多く確認したが、日本を「フード・マイレージ世界一」として非難しているところは1つしか見つけることはできなかった。ウィキペディア英語版の“Food Mileage”の項目には、「日本のフード・マイレージが世界一」ということなど、どこにも書かれていない。それどころか、「フード・マイレージという考え方への批判」がずらりと紹介されており、Japan という文字すら出てこない。「日本は世界一環境に負荷を掛け、食糧を貪り取っている“ずるい国”である」と日本を貶めているのは、他ならぬ日本人なのである。

英語教育、国際理解で取り上げられるデータや、導き出される結論には、このように検証すべき点が多くある。議論の余地があるデータを用いて「日本は駄目だ」と結論づけていては、自国に誇りが持てるはずなどない。英語教育、国際理解に携わる教員一人ひとりの分析力と考える力が、これまで以上に必要となってくるだろう。