まず、日本人が言うところの「イギリス」というくにを UK と定義すると、今のところ次のようになります。
①Great Britain = England, Wales, Scotland(Northern Ireland 以外)
②United Kingdom = Great Britain + Northern Ireland
次に、British という語を掘り下げていってみたいと思います。辞書などには、次のように定義されています。
British (Bookshelf)
1 英国の、イギリスの;英国人の、イギリス人の
2 ブリトン族の
British (American Heritage) adj
1 Of or relating to Great Britain or its people, language, or culture.
2 Of or relating to the ancient Britons.
noun
1 The people in Britain
2 The Celtic language of the ancient Britons.
さて、ここで出てくる「ブリトン族(ブリトン人)」とは誰だったのでしょう?
前5世紀ごろからヨーロッパの広範囲に住んでいてケルト語を話していた民族のことを「ケルト人(Celts)」といいます。ローマ人は、大陸のケルト人を「ガリア人」、ブリトン島に渡ったケルト人を「ブリトン人」と呼ぶようになりました。つまり、“The ancient Britons” とは、「ブリトン島にいたケルト人」たちのことをさします。この「ブリトン島にいたケルト人」たちは、ローマ軍との戦い、サクソン人との対立などを経て、ブリトン島の西や北へ追いやられることになります。Wales に逃げのびたブリトン人は、自らをCymry「カムリ」と名乗りはじめるようになります。(関連記事 Wales~名前に刻まれた歴史とイメージ~)
一方、ブリトン島にいたケルト人のなかでも海を渡りフランスのアルモリカに定住するようになったものもいます。この地は、現在Bretagne(ブルターニュ)として知られています。中世のアーサー王物語などで「ブルターニュ」というと、「現在のブリトン島」を指すのか「フランスのブルターニュ地方」を指すのか判断が難しいことがあるそうです。現在でもフランス語でブリトン島のことを「ブルターニュ」と言うようです。
そこでローマ帝国の言葉であったラテン語で、フランスの方を「ブリタニア・ミノール(より小さいブリタニア)」と呼びこれが Bretagne(ブルターニュ)になりました。一方、ブリトン島の方は、「ブリタニア・マヨール(より大きいブリタニア)」と呼ばれるようになり、現在の “Great Britain” になりました。渡部昇一氏が、Great Britain の “Great” は「偉大な」という意味ではない、ということを「講談英語の歴史」で述べています。このように「大・小ブリタニア」という観点でみると、“Great Britain” の “Great” は “bigger” の意味であることがよく分かると思います。
“British” と「イギリス」についてまとめると次のようになります。
・“British” という表現→ かつては「ブリトン島にいたケルト人(後にWales Ireland Scotlandなどに逃れる)」を指していた
・「イギリス」という表現→ 1550~1600年ごろに日本語に入ってきたと思われる “Inglez”(ポルトガル語)に由来する(当時はEngland & Walesのみで、Englandではアングロ・サクソン人が中心的な民族、Walesにはケルト人の血をひくカムリ《ウェールズ》人がいる。)
このように歴史をたどると、この2つの語が「British = イギリス(人)の」という定義で世に知られている現実が、じつに“ギコチナク”感じてしまうのです。そんなのは私だけでしょうか?強調しておきますが、この「British = イギリスの」という訳語が間違っているなどと言うつもりは全くありません。ただ、Scotland, Wales, Northern Irelandのことを考慮にいれずに「イギリスという国は~なんだ。」と安易な文化論を語ってしまわないように、英語教師として気をつけていきたいなと思うのです。そして、両者がそれぞれ経てきた歴史を踏まえた上で、“British = イギリスの”というこの“ギコチナイ表現”を味わいたいと思うのです。
参考文献
「講談 英語の歴史」渡部昇一著(PHP新書)
「ケルト文化事典」ジャン・マルカル著(大修館書店)