「イギリス」という "くに"

「“British” = イギリスの;イギリス人の」という訳語はすっかり定着しているので何の疑問も持たれることはありませんが、それぞれの語源を探っていくと面白いことが分かります。

まず、「イギリス」という日本語の表現は、「英国と日本」でも書いていますが、“Inglez” というポルトガル語に由来しています。1550年ごろから日本で使われる外国語といえば、ポルトガル語だったようです。そのため、西洋の情報はポルトガルで入ってくることになり、この “Inglez” が「イングレズ」→「イギリス」として日本語の中に定着していったようです。現在の「イギリス」は、England, Wales, Scotland, Northern Ireland からなっていますが、次のような歴史をたどっています。

1536年 England に Wales が併合される。

1707年 England に Scotland が併合される。

1801年 England に Ireland が併合される。

1922年 England から Ireland が独立する。

1974年 プロテスタントの多い Northern Ireland が England 統治下にもどる。

この歴史を踏まえると、1550~1600年ごろに日本語に入ってきたと思われる “Inglez”「イギリス」という表現は、当時は現在の Wales, England を指していたと言えるでしょう。今日「イギリス」と言うと、とりあえず United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland 全体を指しているとは思うのですが、実際は「イングランド」のことだけを言っていることが多々あるようです。

そして、こうしたことにふれて「日本人の認識は~」と批判している人を見かけることもありますが、それはどうでしょう?こうした意識は、何も日本人のなかにだけあるものではなく、実は England人のなかにもあるようです。今私が読んでいる “The English ~A Portrait of A People~” (Jeremy Paxman著)の p43にこんな引用がありました。

When people say England, they sometimes mean Great Britain, sometimes the United Kingdom, sometimes the British Isles - but never England.(GEORGE MIKES, How to be an Alien)

この引用に続いて、Jeremy Paxman は次のように書いています。

One of the characteristics of the English which has most enraged the other races who occupy their island is their thoughtless readiness to muddle up ‘English’ with ‘Britain’. It is, to listen to some English people talk, as if the Scots and Welsh either did not exist, or were just aspiring to join some master race which has always been in control of its God-ordained destiny.

このようにお国の事情を知っていくと、いったいどのように呼ぶのが適切なのか考えてしまいます。「イギリス」という表現が日本語から消え去ることはないでしょうが、まず英語教師としては、ここで述べたバックグラウンドを頭に入れたうえで「イギリス」という表現を口にしたいと思います。

さて次は Britain について探っていきたいと思います。果たして、British とは誰だったんでしょうか? 「British」という人々 に続く…