Wales

~名前に刻まれた歴史とイメージ~

“Wales人(Welsh)” は “外国人”?

イギリスの Wales は、ご存知のように England に隣接しています。この Wales という地名は、England のアングロ・サクソン人がつけたもので、「外国人・よそ者」という意味に由来しています。研究社新英和大辞典は、[OE Wealas, pl. of wealh foreigner] と解説しています。

この地の人たちは、イングランド人と異なり、ケルト人の血を引いています。ケルト人は、紀元前7世紀ごろに現在のイングランドに渡ってきました。しかし、5世紀中ごろになると、イングランドに侵入したアングロ・サクソン人に圧迫され、ケルト人は西部や北部に追いやられることになります。1284年に征服されて、1536年にはイングランドに併合されてしまいます。このため、昔の地図には「ウェールズ」が地図上にはないもの、つまり「イングランド」「アイルランド」「スコットランド」しかないものが見られます。UT Library Online に1360年の地図があります。

United Kingdom の旗を見ても分かるように、イングランドに併合されていたウェールズの旗は反映されていません。(左からNorthern Ireland、England、Scotland、United Kingdom、Wales)

Welsh に刻まれた偏見!?

“welsh”にはなんと「1.[競馬]賭け金を勝者に支払わずに逃げる」「《俗》2.[人への]借金(義務)をごまかす;[人に]違約する」という意味があります。Bookshelf(小学館)には、「用法」として「ウェールズ人はこの語を軽蔑的な語と感じる」という解説を載せています。American Heritage には、“1. To swindle a person by not paying a debt or wager” “2.To fail to fulfill an obligation.” [Origin unknown] と定義されています。[Origin unknown]とされていますが、“Welsh”「ウェールズ人;ウェールズ語」と全く関連がないとは言えないのではないでしょうか。「ウェールズ人」に対する侮蔑・偏見があった(現在もある?)ことが、この語から想像できます。

The Columbian Guide to Standard American English によると

そんなことを考えていると、この[Origin Unknown] について The Columbian Guide to Standard American English で興味深い解説を見つけました。

welsh, welch, Welsh (adjs., nn.), welch, welsh (v.), welcher, welsher (n.)

The Welsh are the people who live in Wales, and Welsh is their language; pronounce it WELSH. Welch is an occasional variant spelling of both proper noun and adjective and reflects a variant pronunciation, WELCH. The lowercase spellings of the adjective usually refer indirectly to the people (attributing welsh or Welsh rabbit to them, for example), but the verb (usually combined with on) means “to fail to pay back a debt,” “to break one’s word,” as in She welched on her promise or That nation has welched on its war debt. Pronounce it either WELCH or WELSH. Possibly (but by no means certainly—the dictionaries say “origin unknown” or “uncertain”) the verb, which appeared first in the mid-nineteenth century, takes its meaning from an unflattering English characterization of the Welsh people, with whom the English were long at war and at odds. A welcher or welsher is someone who evades debts or doesn’t keep promises. The Welsh and people of Welsh extraction could take offense but curiously enough none of the dictionaries marks the word as an ethnic slur. Even the most recent dictionary considers this sense of the verb and noun to be Standard.

この “Welsh” という語には、明らかに「ウェールズ人」に対する偏見が刻まれているにもかかわらず、辞書では “ethnic slur” として扱われず、世界的に“ウェールズ”という名が広まっている事実は、まさに “curiously enough” と思いませんか?

“negro” “nigger” はスペイン語で単に「黒」を意味するようですが、現在では Offensive Slang として扱われています。日本語でも「中国」を「シナ」と呼ぶと差別発言とされてしまいますが、これも「秦」が変化したものです。このような差別用語は「語の意味」ではなく「どのような意図で使われたか」がポイントになります。しかし、このWales (Welsh) は、アングロ・サクソン人から見て「外国人」という「語の意味」が先行していたものです。

次の “Names and Labels” のページでは、「語源的に関連がある証拠は見つかっていない」としながらも、「だます、(約束などを)破る」のような意味では、安易に “welsh” を使うのを避けて “renege” や “cheat” などを使うように注意を促しています。

6. Names and Labels: Social, Racial, and Ethnic Terms

Etymologists can find no firm evidence that the verb welsh, meaning “to swindle a person by not paying a debt” or “to fail to fulfill an obligation,” is derived from Welsh, the people of Wales. However, many Welsh themselves harbor no doubt on this subject and hold the verb to be a pointed slur. You would do well to avoid this informal term in ordinary discourse; renege or cheat can usually be substituted.

☆Random House によると

Random House にある Sensitive Language というコーナーでは、Disparagement と Offensiveness の2つの観点から「差別用語」にあたるものを6段階(0~5)に振り分けています。ここで “welsh” は Degree of Intent to Offend の一番低い 0 に位置づけられ、“Not intended to offend, even though it may (Oriental, welsh [welsh on a deal], lady)” と解説されています。東洋人を指す「オリエンタル」に差別的なニュアンスはないような気がします。Oriental の語源は「昇りつつある太陽」ですし、現在でも、差別的に使われている例はないような気がします。しかもそれが welshと同じレベルなのか???と疑問に思います。

Wales人は自分たちを何と呼ぶのか?

このような、いわくつきの Wales (Welsh) という名前を使って、“I’m Welsh.” と自己紹介をする「ウェールズ人」はいるんでしょうか?実際にこの地方出身の方と話をしたことがないので分かりませんが、おそらくいないのではないかと思います。 Wales出身の知り合いの方がおられましたら、ぜひ教えてください(^0_0^)。なぜかというと、宇宙からやってきた生命体が「ワレワレハ、宇宙人ダ」と自己紹介をするような感じがするのです (^。^)。

(追記)↑ウェールズの人たちが、自分たちのことを Welsh と呼ぶことが分かりました。ただ、気にする人と気にしない人がいるようです。ただし、Wales の語源が「外国人」であることを知らない人たちもいるようです。

この件を調べるために辞書をひいておりますと、“Cymric(キムリック)”という語に出くわしました。意味は同じく「ウェールズ人」「ウェールズ語」と書いてありますが、語源に「ウェールズ語から」という解説がありました。つまり、この語を調べれば「ウェールズ」と呼ばれる地域の人たちが、彼ら自身のことを何と呼んでいるのか分かるだろうと思ったのです。

“Cymric”「ウェールズの」を調べると、すぐ下の項目に “Cymry” があります。American Heritage は、“2. The Welsh. [Welsh, pl. of Cymro, the Welsh people, Wales, from British Celtic *kombrogos, fellow countryman.]” と解説しています。“fellow countryman” という表現は、だいたい「同胞」と訳されています。つまり、イングランドにいたアングロ・サクソン人に追いやられたケルト人たちが 、お互いのことを「“Cymry” 同胞」と呼び合ったことが、この語からできます。

St. David's Society Japan セイント・デビッズ・ソサイエティー日本 のヘッダー部分には、「CYMRAEG」「ENGLISH」「日本語」とあります。Snowdonia国立公園 の言語選択も “CYMRAEG” と “ENGLISH”の2つです。“CYMRAEG” の実際の発音は分かりませんが、これがいわゆる「ウェールズ語」にあたります。英語とは全く異なる言語なので、私は読んでも全く分かりません。

ウェールズ議会 (1999年7月設置)のサイトを探してみました。ここの TOP Page で、「ウェールズ議会」は英語で “The National Assembly for Wales” ですが、CYMRAEG 語では当然 “Cynulliad Cenedlaethol Cymru” となっています。URLも、英語版 TOP ページは www.wales.gov.uk で、CYMRAEG語TOP ページは www.cymru.gov.uk と分けています。考え過ぎかもしれませんが、次の表示は “Cymru” の人たちが、“Wales 人” ではなく、“Cymru人” としてのアイデンティティを前面に押し出そうとしているのではないかと思うのです。

cymru.gov.uk が手前に来ている。

Cynulliad Cenedllaethol Cymru が上に配置されている。

また、この語をネットで検索してみると、ウェールズが「カムリ地方」、住んでいる人は「カムリ人」と呼ばれていることも分かりました。そう考えると、「カムリ(人)」や先ほどの「“Cymric(キムリック)”」というのが、現在の「ウェールズ」の地名や民族名として採用されるべきではないかと、私は個人的に思ったりするのです。まぁ、日本の一中学校英語教師が吼えたところで何にも変わらないと思いますが…(ちなみに、車の「カムリ」は「冠(かんむり)」に由来するそうなので、これは全く関係ありません。)

A Sense of Wales からの引用

At this point, we should point out that the word Welsh is a later word used by the Saxon invaders perhaps to denote people they considered "foreign" or at least to denote people who had been Romanized. It originally had signified a Germanic neighbor, but eventually came to be used for those people who spoke a different language. The Welsh people themselves still prefer to call themselves Cymry, their country Cymru and their language Cymraeg.

“Again, the best advice is to call ethnic groups and their members whatever they prefer to be called. And this advice is good for members of both minorities and majorities”(The Columbia Guide to Standard English の ETHNIC SLURS AND TERMS OF ETHNIC OPPROBRIUM からの引用 )

“It is good manners (and therefore good usage) to call people only by the names they wish to be called.”(The Columbia Guide to Standard English の RACIST LANGUAGEからの引用)

Prince of Wales (英国皇太子)

チャールズ皇太子(フィリップ・アーサー・ジョージ)が Charles, the Prince of Walesの称号を1969年7月に授けられ、チャールズ皇太子の元妻で1997年8月31日にフランスで事故死した故ダイアナ皇太子妃は、Diana, The Princess of Walesの称号を離婚後も与えられていたことは有名な話です。Prince of Wales は「ウェールズ王」ではなく、「英国皇太子」となっています。なぜでしょう?

この称号に Wales が使われる由来は1284年まで遡ります。ウェールズを統治下に置こうと躍起になっていた当時のイングランド王エドワード1世が、遠征先の戦地カナーヴォンで生まれた息子エドワード2世を、征服したウェールズ人たちに “A Prince of Wales who could speak no English”(英語を話せないウェールズの王子)と紹介したことに由来しているそうです。つまり、「自分の息子は Wales の地で生まれ、今英語を話せない。Wales 出身のこの子を、ここの王子にするから。」ということにしました。“Wales出身の王子” がイングランド王になることで、ウェールズを持ち上げて「イングランドに征服された」という意識をなくそうとしたようです。このような形で England に取り込まれたために、Prince of Wales というのは、ウェールズ人にとっては屈辱的な称号とも言われています。

(追加記事:2003年8月)

↑このように言われることもありますが、歴史家の Henry Weisser はこの話の矛盾点をついています。

"Edward was supposed to have lifted his infant son on his shield before the multitude of Welsh who asked whether the heir spoke English or Welsh. The king replied that he could not yet speak at all. What makes the story a legend is that the royal family at that time spoke French."(Wales ~An Illustrated History~ p.54)

たしかに、1066年のノルマンコンクエスト以降、まだ Royal Family はフランス語を話していたはずです。ということは、この話は大筋は正しいのかもしれませんが、後の時代の人間が話を作ったか変えたかしたのかもしれません。

「イギリス」は“一つの共通の文化&言語を持った国”というような誤った認識をもたれがちです。「イギリス」といっても、実際は「イングランド」のことを指していることもよくあるようです。イギリスの歴史に関する本を立ち読みしてぱらぱらめくってみますと、単に「ウェールズはイングランドに併合されており…」くらいの解説にとどまっているものしか見つかりませんでした。しかし、この「ウェールズ」と呼ばれている地域出身の人たちと話をするときに、「ウェールズの歴史」はたいへん重要な意味を持ってくると思うのです。これからも英語に関連して、UKやヨーロッパの歴史を学びたいな、と思う今日このごろです。