Outdoor:1999年12月号
発売:1999年12月
定価:830円
【寄稿記事】
1999年12月 小笠原・父島〜母島50kmシーカヤック横断記(モノクロ4p)
発売:1999年12月
定価:830円
【寄稿記事】
1999年12月 小笠原・父島〜母島50kmシーカヤック横断記(モノクロ4p)
小笠原諸島父島から母島までの約50kmをシーカヤックで横断した記録。
今や父島の副村長となった金子さんが、まだ「小笠原シーカヤックセンター」でバリバリのシーカヤックガイドとして活躍していた時代。何回か父島を訪問していたが、自分も若く、あちこち横断ばかり挑戦していたので、「父島から母島まで(あるいは逆)カヤックで横断する」という流れは必然?だったのだろう。
金子さんも両島をカヤックで渡るのは初めてじゃないか?と言っていたことも横断魂に火がつくことになった一つの要因だ(実際は僕らの横断の前にテストで漕いだとか伺ったが、それもこの話しがなければ実施しなかったことだ)
流石にカヤックだけとはいかず、金子さんのツテでカタマランのヨットが伴走線として用意された。センター部分にネットが張ってあってカヤックのレスキューも容易にできる。さすが南国仕様。
そしていざ挑戦の日、やはりというかなんというか熱帯低気圧のせいで当初予定していた日に横断はできず、翌日挑戦することに。ただそれも途中引き返す可能性もある。詳細はこのページを読んでいただくことにして(入手できるのかな)、よく覚えているのは、出艇時のうねりから崩れる波でタンデムカヤックがほぼ垂直になったこと、とにかく周りは海、海、海、ただ母島は見えていたので360°海面とはならなかったが。そして海上でどんどん雲が立ち上がっていき、風が生まれ、波が生まれるという光景を目の前で見られたこと。
母島の北港に到着直前で疲れも限界。これでおしまいかと思いきや「もうゴールはそこです!漕ぎ切りましょう!」と編集S氏がみんなにハッパをかけたこと。
おかげで制限時間ギリギリに到着(その日のうちにカヤックをヨットに載せて父島に戻らなければならない)、横断を完遂した。
撮れた写真を見れば間違いなく「カラーページだろ!これ」なのだが、できるかできないかわからない企画にページを開けていただくことはできず、横断ができて、モノクロページが開けられる時に掲載となった。ただ編集のS氏も同行してくれたので(この時代、S氏ご自身もシーカヤックに興味があったみたい)掲載も叶ったのだろう。
あれ?この挑戦以来もしかして父島には行っていない?それはまずいな。