2003年冬号
<寄稿記事>
◾️パドリングエリアガイド
三重県・五ヶ所湾:カラー4P
◾️レポート
三陸シーカヤックマラソンレースin宮古:カラー2P
ニンバスミーティング:モノクロ1/2P
マリンロード構想モデル事業:モノクロ2/3P
【パドリングエリアガイド】
三重県・五ヶ所湾:カラー4P
これは懐かしい。パドルコーストの吉角さんのエスコート(パドルコーストは閉業)。三重の入り組んだ海岸線はシーカヤックで漕いだらとても楽しいと思える場所なのだが、養殖も含めて漁業が盛んな場所ということもあって出せる場所がなく、さらに、当時は特に漁業者との関係が芳しくないこともあって、漕ぐのが難しいエリアになっていた。
その中で吉角氏は地元で精力的に活動していたこともあり、彼だからこそ漕ぐことができた場所もあったかと思う。この時も確か五箇所湾でも「ここしか出せない」場所を使ったと記憶している。そのため、今もそこから出せるとは限らないので念の為。
【レポート】
三陸シーカヤックマラソンレースin宮古
第一回から何回かは呼んでもらったかな。地元の人でフォルクスワーゲンT-3vanagonのオーナーさんがいて、その人の家に招いてもらったのは2回目だっただろうか。マラソン大会の方も2回目にして、「勝つため」のカヤックなりパドルなりのチョイスが始まっていたんじゃないかな。全て朧げな記憶で申し訳ないのですが。各地でシーカヤックマラソンが開催されていた時代だ。
この回もレースがメインの取材だが、どうしても単調になってしまうので、何回目かとなると「さて次はどうしよう」と考えてしまうのが自分。次は地元の人に出てもらってそれをレポートする形になった。
【その他】
◾️ニンバスミーティング:モノクロ1/2P
柴田氏、村田氏が中心になって、エコマリン繋がりで積極的にカナダのダン・ルイス、ジョン・ダウト、そしてニンバス(フォレストデザイン)のスティーブ・シュレイカー(Steve Schleicher)を招聘していた時代。ニンバスミーティングの様子のレポート。
当時すでに自分のテルクワにはカメラケースが埋め込んであったんだけど、それを興味深く見ていた記憶がある。
今はこうしたメーカーやブランドのミーティングってなかなかないよね。
◾️マリンロード構想モデル事業:モノクロ2/3P
ちなみにどんな事業だったかのをGeminiに聞いてみた。
・・・・・・・・・
レジャーボートの海難事故やマナー、係留場所の不足が課題となっていました。それを解決するために「安全に、楽しく、ドライブ感覚でクルージングできる環境」を整えようとしたのがこの構想。
具体的には、以下の3つの柱で構成されていました。
・海の宿場町(ステーション)の設定 ビジター(一時利用者)を受け入れるマリーナ、フィッシャリーナ、漁港などを「宿場町」として指定しました。
役割: 事前に予約すればボートを停められ、休憩や給油、観光ができる。
・推奨ルート(マリンロード)の設定 初心者のボート乗りでも迷わないよう、海上保安庁が「安全なコース」を定めました。
・工夫: 定置網や浅瀬などの危険な場所を避け、灯台や島などの目印を繋いだ分かりやすいルートが設定されました。
・情報の提供 当時のIT化の流れに乗り、専用ホームページやiモード(!)を使って、宿場町の空き状況や気象情報、航行警報などを配信していました。
・・・・・・・・・・
なるほど。これはその後どうなったのだろう。
・・・・・・・・・・
より大規模で永続的な2つの大きな事業へと進化・具体化しました。
1. 「海の駅」ネットワークの全国展開
2. 「マリンチック街道」の策定
・・・・・・・・・・
とのこと。
うーん、すごいね。ただ2014年ごろというので、それからは止まってしまっているのかな。
シーカヤックも海の街道的な構想があったような。