宮城
血統不詳の洋馬。3歳の時に馬蠅(ウマバエ)に寄生され死亡した。
血統不詳の洋馬。3歳の時に馬蠅(ウマバエ)に寄生され死亡した。
馬名:宮城(みやぎ)
性別:牡
父:不明
母:不明
毛色:鹿毛
生年:明治18年【資料1】
死年:明治21年【資料2】
産地:不明
■解説
・血統不詳の洋種牡馬。普通に考えて「みやぎ」と読むのだろう。
・いかにも宮城県生まれな名前だが、産地については確たる証拠は無く、さらに両親の名前も不明である。
・明治19年4月の下総種畜場の名簿に名前が載っているので、この時期には下総にいる事が確認できる。【資料1】
・その後明治21年にウマバエに体内を食い荒らされて死亡した。珍しい症例らしく官報にもその詳細が記されている。
■遍歴
・1885(M18):産まれる。(産地不明)
・1886(M19)4月:下総種畜場にて健在が確認出来る。【資料1】
・1888(M21):馬蠅の害にて死亡。【資料2】
■資料
【資料1】下総種畜場蕃殖入費取調書/明治(下記宮内庁公文書サイトで検索)
・https://shoryobu.kunaicho.go.jp/Kobunsho
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種類:洋種乗用種
毛色:鹿毛
名称:宮城(牡)
生年:明治18年5月6日
【資料2】牧畜雑誌(4)
・https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/11209587/1/7
馬蠅のため胃中を蚕食せられ二十余日の苦痛にて斃死せる洋馬宮城号の胃部を剖験したるに、馬蠅多くは食道とこれに接近する胃の周辺に蟻集し、その口嘴をもって胃の内壁より外部に向かい漸く蚕食を始めたるものにて、その食道にあるものの一部は尻をもって累々相畳ね食道を閉塞し食餌の胃に入るを妨げ、また胃の周辺に蟻集したるものの3分の1は既に胃を食い破り肺臓と肝臓とに入り、全肺部のおよそ3分の1と全肝部のおよそ3分の2を縦横蜂巣状に蚕食し、その痕跡ことごとく化膿し臭気最も甚だしかりし。この馬蠅の総数はほとんど五百の多きに及びたり。