長野県木祖村の櫛職人

投稿日: 2016/08/14 7:41:21

お六櫛の職人・古畑益郎さん

2016年6月30日(木)に放送されたテレビ東京の番組「和風総本家スペシャル・世界で見つけたMade in Japan」において、使い手のフランス人から「ミネバリ」と呼ばれている木製の櫛をつくる古畑益郎さん(職人歴52年、67歳)が紹介されています。

この櫛は、長野県木祖村伝統の「お六櫛(おろくぐし)」のことで、「ミネバリ」は、非常に密度が高く弾力のある材料の名称で、道具の斧の柄が折れるほど硬いということで、「オノオレカンバ」の別名があるそうです。http://www.urusi.com/kushi-shokunin.htmlには、古畑さんのプロフィール、櫛の制作工程、櫛の種類などが詳しく載っていますので、ご覧になっていただければと思います。また、フランスのパリでこの「ミネバリ」を販売しているタイヤックさんや購入して愛用しているアリスさんのお話も興味深いものでした。

お六櫛について

フランスで「ミネバリ」と呼ばれているお六櫛は、300年の伝統がある長野県木祖村の名産品で、元々は宿場町の土産物として全国に広まりました.しかし、戦後の生活様式の変化やプラスチック櫛の普及によって需要は激減し、昭和初期に200人いたお六櫛の職人は、現在では20人ほどしか残っていません。

その主な制作工程は、次のようなものです。

① 断面をくさび形にスライスしたミネバリを回転ノコギリのような刃にあてて0.4mm間隔の細かい溝を入れていきます。この歯挽きの作業によって、くさび形断面の薄い側に66本の櫛の歯がつくられます。

② 細かく切ったサンドペーパーを二つに折って定規状の細い板を挟み込むようにしたものを切り出した溝の間に通して磨きます。また、この歯通しの作業には歯ずりという回転する研磨機を使うこともあるようですが、この繊細な研磨作業を丁寧に繰り返すことによって、一つひとつの歯の角が次第に丸く滑らかになります。

③ 歯の根元に髪の毛が絡まないように、小さなノコギリか回転する研磨機で歯の根元にある角を削ります。根ずりというこの作業によって櫛通りを滑らかにすることができます。

④ この後、櫛の形状に合わせた墨付けをして電動イトノコでくり抜き、櫛の背など角のあるところを細かく削っては磨くという作業を繰り返します。このように丁寧に磨くことによって角のない丸みを帯びた櫛になり、木目も美しく引き立ってきます。

⑤ 回転するバフに櫛をあてて最終的な研磨仕上げをしてから、古来より髪の手入れに使われてきた椿油を櫛全体に塗り込みます。こうすることで髪を梳く度に、椿油でコーティングされ、細かな歯並びによってキューティクルも整えられて髪のツヤが生まれます。

このように愛情をかけて丁寧につくられ、ミネバリの堅牢さとしなやかさを持ち、耐久性もあるお六櫛に刻まれた一本一本の歯がメイドインジャパンの証です。

古畑さんの苦難の時代から

戦後の40年前、お六櫛の需要が落ち込み、仕事がほとんどなくなって兼業せざるをえない時代がありました。その頃を振り返って、古畑さんは次のように話されています。

「時代的にね、プラスチックとかそういうものが出てきて需要が少なくなった感じなんだわね。その頃を境に、うちだけでなく他所の櫛屋さんも段々と減っていった。違う仕事に移ったりして。どっちが副業だか分からんくらいになったりしてね」違う仕事っていうのは何ですか、という問いに「土木関係の仕事をね」

兼業するようになってから20年間、昼間は工事現場で働き、夜は工房に戻って櫛づくり、疲れても売れなくても作業を止めなかった古畑さんは「頭のどっかにね、またいつかはやる、いつかは(専業で)やりたい、自分のうちで櫛をつくりたい、そういうふうにずっと思っとったね。実際は苦しかったね。苦しかった」

いつかはきっと櫛職人一本で仕事をする。苦悩する姿をじっと見ていた小さな(次男の)瞳がありました。次男の正平さんは「僕が中学、高校、社会人になってる間もずっと親父は櫛をつくり続けてる。帰ってくる度にその背中をずっと見てると、昔は嫌だったけど、かっこ良くなってきますよね、ものをつくって生み出してるということが

11年前、それまで働いていた会社を辞め、(益郎さんの)跡を継ぐことを決意して職人の道に入ったのは25歳の時でした。

各所で実演販売を続けてきた数十年間、木の櫛の良さが再認識され、副業を行わずに櫛づくり一本の仕事ができるようになり、今では多くの注文に応えるために、朝から晩まで作業に追われる嬉しい日々を送っている古畑さんたちです。


ヴィクトワールさんのお話し

天然素材による石鹸やハンドクリームなどの美容品を揃えるパリのセレクトショップにビュリー(「BULY」正式には、Officine UNIVERSELL BULY 1803 in Paris)というお店がありますが、ここでも「ミネバリ」が販売されています。この店のオーナーで自らもこの櫛のファンであるヴィクトワールドゥタイヤックさん(41歳)は次のように話されています。

「日本のこの櫛は、手に取った時の感触が何とも言えず、繊細でとても素晴らしいですね。当店は洗練されたセンスのお客様が多く、これはそうした方たちに大好評です」

「以前から伝統的な櫛を探していて、知り合いからこのミネバリの存在を聞きました。この半月形のものは女性の方に好んでお買い上げいただいております。逆にこちらは男性におすすめしています。髭の手入れにちょうど良い細さなんですよ」

「取り扱うようになってから一年。この櫛を置いていることを大変誇りに思っています。私たちは、このような高品質なものをいつも探していますし、お客さんの反応を見れば、この櫛がいかに優れたものかすぐに分かるんですよ」

タイヤックさん自身も半月形のお六櫛を愛用しており「これが私が使っている櫛よ。形がとても気に入っているの。ハープみたいで素敵でしょ。これを使うとツヤが出てくるのよね。私の髪はフワフワしちゃうんだけど、この櫛を使うと、さっと真っすぐになるの、分かる?」

アリス・ビュローさんのお話し

BULLYから購入した持ち手が付いたタイプのお六櫛・ミネバリで毎朝髪を梳いているパリ在住のアリスさん(24歳)からはこんな発言がありました。

「この櫛には歴史があって、品質の高いものだということを聞き、使い心地もとても良かったので買ったんです。買ってから半年ぐらいになるんですが、使っていると髪にツヤを与えてくれているみたいで、髪が傷むことが減ってきたんですよ。

「椿油を塗ってあるので、髪にツヤを与えてくれるし、櫛の歯がとてもマイルドで使い心地がとても素晴らしいの。他にも色々使ったけど、これほど洗練されてしっくりくるものは今まで見たことがないわ」

古畑さんご夫妻の言葉

現在、数少なくなったお六櫛の工房「ふるかわや」を次男・正平さん(職人歴11年、36歳)とともに営む益郎さんと妻・きよ子さん(職人歴30年、66歳)は、次のように話されています。

フランス・パリの高級店にお六櫛が陳列されているのを見て「恥ずかしいね。すごい、すごいです。信じられないんだけども。俺のつくったものでいいのかなあ」この謙虚さが光ります。

納める時は嫁に出すような感覚だね。使ってくれる人に大事に使ってもらえというような(気持ちで)。これを送り出しているんですよ」古畑さんにとって櫛は娘さんのような存在です。傍でこれを聞いていたきよ子さんも「皆さんに喜ばれますようにって。大事に使ってもらえればありがたいね」とのことで、まさに夫唱婦随といったところです。

アリスさんとタイヤックさんから古畑さんへのエール

アリスさんからは「私はこの櫛を使ってから髪にツヤが出るようになりました。おかげで毎日をより楽しめるようになっていますよ。この素晴らしい櫛を私たちが使えるのも本当に皆さんのおかげです。この仕事をぜひ続けてください」

タイヤックさんからは「自分の娘をお嫁に出すような、そんな気持ちでつくられているということですが、その櫛に込められた愛情が私のお客さんにもきっと伝わっていると思います。この日本の櫛を使っている人たちは『親』として、あなたの子供(櫛)たちを大切に末永く使ってくれると思うので、安心してください。いつの日かそちらの工房に伺うので、その時にまたお会いしましょう。本当にありがとう」

古畑さんたちがこのエールに応えて

益郎さん「ありがとうございます。一生懸命つくってきて良かったなと思いますね。これからも精進していいものをつくってね。今以上のものをつくって、で、喜んでもらいたいと思いますね

きよ子さん「『弁当を詰めてくれれば俺(工事現場に)働きに行く』って(益郎さんが)言った時があったんだけど、もう何か月かやってみて、それでダメだったら(止める)っていうことが・・・。続けてて良かったなって」

益郎さん「本当に本当に櫛やってて、本当に良かったと思うよ」

正平さんは、黙ってただうなずくだけでした。

時代の波にのまれても決して諦めなかった職人の思いは、いま遠く海を越え、異国の人々のもとへ。世界が教えてくれた私たちが忘れかけていた日本がここにあります。

(文中のカッコ内は私の判断で補足したところですが、他にも内容を前後させたり、要約した箇所があります。聞き違いや誤解などがありましたら、ご容赦のほどお願いいたします。会員№102 中村記)