投稿日: 2016/09/05 4:03:26
JR九州が運行する話題の豪華観光列車「ななつ星in九州」については既にご存知のことと思います。この列車のデラックススイートルームで3泊4日、九州を周遊すると、85万円ほどになるにもかかわらず、2016年10月から2017年2月分の予約抽選の平均倍率は24.1倍という人気です。運行から3年たった今でも客が押し寄せる状況を見て、他のJR各社も同様の観光列車を計画しているとのことです。また、各地のローカル線においても、しなの鉄道の「ろくもん」をはじめとする特色ある列車を運行して、集客による赤字解消と沿線地域の活性化を目指す例が増えてきています。
これらの列車のデザインを30年近く手掛ける工業デザイナーの水戸岡鋭治さん(69歳)は、鉄道関係のブルーリボン賞や世界最高の栄誉となるブルネル賞だけではなく、グッドデザイン認定を受けるなどして注目されています。また、水戸岡さんは多くの著書を通して2010年交通文化賞の受賞理由である「地域の伝統的な美を巧みに取り入れた話題性の高い数々の鉄道車両をデザインすることにより、公共交通移動空間における文化の創造に尽力した」や2011年菊池寛賞の受賞理由となった「九州新幹線など数々の斬新な鉄道デザインを手掛け、列車鉄道の世界を革新した」のデザイン・コンセプトを発信しておられます。
ところで、テレビ東京に「ワールドビジネスサテライト(略称WBS、平日の23時から放送)」という経済情報番組があるのですが、その2016年8月17日の放送に水戸岡さんが出演されていました。大江麻里子キャスターやコメンテーターの高田創氏との対談の中で、水戸岡さんが自身のデザインだけではなく、ものづくりや町おこしに対する考えを分かりやすく話されていましたので、紹介させていただきます。
「こうした本当に独創的な(列車の)デザインはどういったところから発想を得るんでしょうね」と問われて「全然独創的ではないんですけどね。ほとんど今まで見たものとか、これはいいねというものをいかにコピーするか、いかに真似をするか、いかに上手にそれを最後まで仕上げていくか。そういう仕事ですよね」
「真似とおっしゃいますが、これまで見てきたもの、いろんなものからインスパイアされてつくっているということなんでしょうか」と問われて「そうですね。自分がいいと思うものを徹底的に見る、知るというところから始まりますね」
787系つばめの先端がBMWのフロントグリルから発想された例を挙げて「そういうようないつも何かをもとにコピーをしてつくっていくんですけれど、どんどんつくっていくと全然違ったものになっていくんですね。そのままでは失礼なんで、コピーをしてよりステップアップしてお返しするという、そういったキャッチボールを世界中としていくのが楽しいですね」
鉄道をデザインするという仕事をどういうふうにとらえているか、を問われて「鉄道をデザインするというか、あの移動の時間を、旅をいかに楽しくするかっていう、楽しい時間と空間をどうつくっていくかという、そこに集中してまして、僕は鉄道の外観にあまり興味はなくて、できるだけ、中、インテリアというんですか、鉄道車両をつくろうとしているんではなくて、すごく居心地のいい別荘だとか、すごく居心地のいいホテルだとか、動くホテルだとか、動くレストランだとか、動く住宅、そういうものを。街並みが走っているような、そういう楽しい移動空間、公共空間をつくりたいっていうのが思いですね」
長崎から佐世保まで走る、金色に輝く2両編成の観光列車「或る列車」も水戸岡さんがデザインしたものですが、車両の顔にあたる部分、フロントグリルの装飾に伝統的な唐草模様があしらわれています。これは、厚さ6mmの鉄板をくり抜き、職人が一つ一つ手で曲げ、真鍮を吹きかけて磨いて取り付けたものですが、この乗車を体験したキャスターの「オーラみたいなものを感じますね」という感想に「人の手間がかかっているので、職人さんの技がいっぱい入っていると、何となくエネルギーを感じる、量産と違うので」また、「(車内に)入ったとたんに木に包まれた感じになりますね。内装にはふんだんに木が使われています」という言葉に「可能な限り天然素材を使いたい。例えば床、市松に貼ってあって・・・」
ナレーションによれば「通常木は燃える上にコストが高い、手入れが大変と避けられてきた素材ですが、アルミ製の材料に厚さ0.2mmの木のシートを貼ることで、不燃認定を取得するなどの工夫をしました。さらに車内のいたるところに見られるのが伝統工芸品の組子細工、古来より家具の町として知られる福岡県の大川町の職人・大下正人さんの作品です。組子細工は釘などを使わずに溝や穴をあけて模様の木枠に組み込んでいきます。「或る列車」の個室の仕切りにも組子細工、すべて燃えにくい処理を施しています。そんな木の温もりに包まれた空間で移り行く車窓を眺めながら楽しむのは、世界的に知られる成澤由浩シェフが監修する(九州の食材を使用するコース料理)九州の味です。
「或る列車」の説明を受けて「僕は舞台をつくる係なので、最高の舞台をつくると、スタッフは最高の演技をしてくれる。で、お客様も客としての最高の演技をして、みんな見事な芝居をしてくれる」手間暇かけてつくられた最高の舞台で過ごす時間、それが多くの人を引きつける理由のようです。
「本当にすべての空間に贅が尽くされていまして、圧倒的な存在感に驚いたんですけれど、実はこの『或る列車』、車体自体は、古いものなんですよね、という問いに「そうですね。40年と43年前の古い車両、いまにも壊れそうなやつをもう一回リメイクして、リサイクルして、リユースして、新しい車体をつくるのも面白いんですけれど、古いものをリメイクするというのももっと面白くて、それがお客さんが一番喜ぶんですね」
「或る列車」にたいする「まさに手間暇かけた空間だったわけですが、ここまで手間をかける必要というのはあるんですか」という問いに「ええ、あるんですね。きっと。でも多くの人は、もう今はモダンな手間暇を省いた合理的な利便性と経済性を追求したものにどんどん進んでいって。でも本当は懐かしい手間暇かかった、このずっと昔から見ている豪華なものを、そういうものも体験したい。それをどうやってつくるかは難しいんですけれど、それをこう、素晴らしい職人と出会うことでできるんですね」
「大川組子の本当に一面に美しく飾られていまして、やっぱりあれだけを見ても、採算とれるのかしらって、つい経済的に思ってしまうんですが」という問いに「とれないですよね、きっと。でも、とれないですけれど、それぞれの個人の中では、職人さんの中では、私たちの中では、面白ければ、楽しければ、せっかく今まで長い間蓄積してきたノウハウ・技術を本当に発揮できるチャンス、その時には発揮したくなるんですね。ですから予算がなくてもやりたいものがくれば、人はそれに飛びついて全力で、本当は8時間のところ10時間働いて、本当は1時間でやるところを30分でやってしまうとかして、何とかつくり上げてしまう、それが人の心ですよね、情熱ですよね。情熱を燃やせるようなプロジェクトを誰が命令するか、誰がフィックスするか、そこが一番のポイントですよね。決めさえすれば、とんでもないものをやれっていえば、ちゃんとできる。それがその理にかなったあるべき姿であれば、みんな全力で参加してくれるんですね」
「これをつくってくれと命令するお立場が水戸岡さんということですか」と問われて「僕はデザイナーですから、注文者でないんで、発注者でないんで。私は一デザイナーですから。お金も人もステージも持っていませんけれども。例えばJR九州であれば、社長は人もお金もステージも全部持っていますから。あとは勇気とロマンとね、夢があれば、それから利用者の立場に立って、楽しい旅をさせてあげよう、とんでもない、いまだかってない旅をさせてやろうって、冥土の土産と思えばできるかも、ななつ星もそうですけど」
コメンテーターの「車両だけでは採算がとれないかもしれませんけれど、しかし、それが走ることによって地域の活性化というか、いろんな広がりがという、その素晴らしさですよね」という言葉に「その波及効果ね、やっぱし楽しいことは連鎖していきますから。嬉しいことも連鎖していきますから。楽しいとか嬉しいとか、笑顔が生まれるようなものは広がっていくんで。そうするとJR九州にたいしても感謝の気持ちが生まれて、フアンになってサポートしてくれて、JR九州の全体が何となくよく見えてくるという、ブランドになっていくんですね」
「JR九州だけではなく、九州全体のフアンになる人も増えてくるんでしょうね」という言葉に「それが一番のJR九州の望むところの究極の企業ブランド、価値を高めた、という感じですよね。それが一番の力になっていくでしょうね」
コメンテーターの「私は水戸岡さんは、すごく採算を考えていらっしゃると思うんです。本当の意味の真の採算を考えていらっしゃるんじゃないかと」という言葉に「私は、だから製品をつくっているわけではなくて。製品はあのあるきまったルールをこなせばできるんですが、商品は答えが見えないんですね。僕は商品をつくっているんで、ヒット商品をつくりたい。ヒットさせないと、みんなハッピーになれないんで。そのためには今までの常識でやってんではできないんで。今の概念を壊して、色も形も素材も使い勝手も手間暇もすべてを、その考え方を変えて。でもやれるんですね、こうやって」
アナウンサーから「どうやってJR九州のトップを、これだけコストのかかる中で説得できたんですか」と問われて「僕は説得したことはないんで。JR九州のトップがいつもとんでもないものをつくれといつもいうわけですよね。(参考:JR九州・唐池恒二会長談「乗ること自体が楽しい、としていけば鉄道の面白い面が出てくるんではないか、という発想です」)だから、いまだかってないものをつくってください水戸岡さん、といったりするんで、困った人だなと思うんだけど、そんなものはできませんって。僕は常識の中でしかできない、常識っていう、最高の常識を散りばめられた電車をつくりたい。日本の常識のレベルは低いんですね。僕からすれば、本当は60点ないと常識ではないんだけれど、日本は55点ぐらいで常識と思っていて、あと5点足りない。僕はその5点を足そうって一生懸命頑張ってつくっているのが、ななつ星だったり、或る列車だったりするんですね。その5点がすごく大切なんです」
「5点が足りなくてもどうにかなるんだけれども、その5点がないと成功とはいえないんですね」と問われて「あるべき姿になってないんですね。そのあるべき姿がどこかを決めるのが国家の意識レベルで、ヨーロッパと日本の違いがあるかもしれないんですね」
「あるべき姿を水戸岡さんはどんなものかとお考えですか」と問われて「それはその多くの人が使った時に心地いいとか、楽しいとか、それから利用者の立場から考えてものをつくってあるかどうか、それからコストパフォーマンス意識が徹底して、使った人が『ああ得した』と思うかどうか、でまあ、アートとか趣味とかそういうものではなくて、まず、道具として完成しているかどうか、それからゆとりがあればアートを入れてもいいね、それぐらいのつもりでものを考えていく。そこにそのレベルがどこなのかというのが大切だと思いますね」
コメンテーターの「意外とその公的施設のハコものだとかに、忘れられていたことなんじゃないかと」いう言葉に「ですよね。ですから必要条件でつくっていくと、利便性、経済性でつくっていくと全て工場なんですよね。駅という工場、住宅という工場、全部工場でしかないんで。それに情緒とか、優しさとか、ムダとか、そういうものを加えてようやく商品になっていくんですね。これから日本はどうしてもやっていかなくてはならないんだけれども、そこへ行くためには利益率を下げなくちゃならない、少し。少し利益率を下げれば、あっという間にできてしまう。少しみんなが頑張れば、あっという間にできてしまう。だから1%利益率を下げる、1%努力をすれば、あっという間に日本の国は変わってしまうんですよね。その1%がどういうふうにしてあれか。それを指導するのはリーダーが分かりやすい言葉で指導しなくちゃいけないんですね。難しいことを次々にやっていかなくちゃいけないし、難しいカリキュラムをつくって知らないうちに、それをみんなが知らないうちにこなしていく、そういう力ですね」
「水戸岡さんは一緒に仕事をなさる人に、あなたはあなたの子供にどんな列車に乗ってもらいたいですか、ということを聞かれるらしいですね」と問われて「そうですね。JR九州では、今電車の床は木が当たり前ですけれど、普通の電車の場合、プラスチックの床ですよね。会社の立場ではプラスチックの床でやってください、といいますが、ではお父さんの立場ではどうですかっていったら『いや、当然、水戸岡さん、木ですよ』。お父さんの立場では、子供に、いや木の床を提供したい。で、社員の立場ではプラスチックでいきたい。この矛盾ですよね。それがいかに近いかって。その一企業人の場合と一親の、一社会人の場合と、その答えが一緒であれば、その国の意識のレベルはかなり高くて、間違いが少ないし、納得した生活ができる。それはやはり企業人の答えが全然違うっていうのは、それは少し問題が大きいんではないか」
コメンテーターの「やっぱり利用者目線ていうんでしょうか。それがすごく徹底している感じがしますね」という感想にたいして「それから利用者もみんなの意見を聞けばいいんであって、利用者の中で意識の高い人、良く分かった利用者の意見を聞かないと、なんでも聞くわけにはいかないんで、そこを明確にしなくちゃいけないと思いますね」
「経済のソロバンだけではなくて、心のソロバンも必要なんですね」という言葉に「そういうカッコのいいことをいってますけれど、そういうことを言ってみんなと一緒にやっていかないと、言葉でデザインはするもんですから、言語で。職人にも言語でしか伝えられないんで。図面で伝えられることは60%でしかないんで。後の40%は言葉、情熱、思いやりですね。ですから、あとの40%は君たちが好きなようにつくったらいいねって、というとみんな頑張って、出来上がったものは、水戸岡がデザインした、俺がデザインした、職人はみんな俺が俺がっていっていますよね。そういったことがおきるっていうのは素晴らしいですよね」
「列車のデザインだけではなくて、国のデザインを考える時も、次世代のことを中心に考えていけば、間違いが少なくなるのかもしれませんね」という言葉に「と思いますよね。今を考えると難しいことが多いですよね」
コメンテーターから「地域おこしの真髄はそういうことかもしれませんね」
キャスターから「もっとお話しをお聞きしたいところなんですが、お時間がきてしまいました。今日はデザイナーの水戸岡鋭治さんにお話しを伺いました。どうもありがとうございました」
(以上ですが、特に明記していないコメントはキャスターによるものです。聞き違いや誤解などありましたら、ご容赦のほどお願いいたします。会員№102 中村記)