東京都台東区のやすり職人

投稿日: 2016/08/04 8:07:39

やすり職人・深澤敏夫さん

2016年2月22日に放送されたNHKの番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」において、最後の職人・ニッポンを支える男たちとして、東京都台東区(上野)のやすり職人・深澤敏夫さん(職人歴60年以上、74歳)が紹介されています。やすりにする鋼材の上に左手でタガネ(鋼鉄製のノミ)をあて、それを右手に持った4kgのハンマーで打ち込むだけなのですが、細かい時には0.6ミリの等間隔できれいに目立てができていくことに驚かされました。

「肩もあっちこっち痛いし、体も痛いし、背骨も痛いし、(新たな依頼は)やめようと思っているんだけれど、だからと言って、こういう珍しい仕事は面白がってやっちゃうんだね、受けちゃうんだね」と、500種類を超えるオーダーメードのやすり一筋60年、様々なものづくりの現場を支えておられます。

深澤さんのやすりの評判

・人間国宝金工作家の大角幸枝さんからは、

「深澤さんに、こういうアール(曲がり)のものがなくて困っているというお話しをして、その通りに作っていただくってことができる。だから貴重な方です。(深澤さんのやすりを受け取って)うれしくって涙がこぼれそう。『もうできないって』言われていたから。心の通った“手”、“手”から。それだけの含蓄あるもんですわね。頑張ってもう少し仕事しなくっちゃ、いい仕事しなくっちゃね」とのことです。

・医療器具メーカーの髙山隆志さんからは、次のようなお話しです。

脳神経外科の手術では0.02ミリの糸で患部を縫うこともあり、そこで使われるハサミやピンセットは、髪の毛一本でも簡単につまむことができる極限の精密さが求められるそうです。

ピンセットを扱いながら「指の毛でも切れずに抜けるでしょ。他のやつでやってくれって言われてもいやだって。深澤のやすりがないとできねぇよ、ってなっちゃうね」

・柄巻師(つかまきし、日本刀の装飾を作る職人)の飯山隆司さんからは、

「(このように難しいやすりを)作れる人は(深澤さん以外)もういないから。だから結局は、大将がいやだって言ったら、世の中にないんですよ。(深澤さんのやすりを見ながら)やっと届いてきましたね。やっぱりいいですね。うん。チャレンジしてこっちが頼んだことをやってくださる職人さんに私たちも支えられているんで。この一本は、かなり私にとって貴重な一本ですね」ということです。

深澤さんの仕事ぶり

深澤さんが難しい作業をする時は「タガネで目が入っていくことが大事なことだから。ハンマーはその手助けだから。重さの力じゃなくて“心の力”ですよね。ハンマーじゃなくてこっちの(心)の方を、注意力を持っているって意味で」と、ハンマーでなくタガネの先端に意識を集中させるということです。

やすりを仕上げて「できた。できました。意外に早かった。もっといっぱい失敗すると思っていたけど、失敗しないで済んだ。・・・ずっと『難しい仕事ってできない、できねぇ』なんて言ってきたけど、それやってみようかなと思ってさ。きのう見ちゃったじゃない、自分の過去の仕事をさ。・・・思ったよりは良くできたかな、と思って。『心残りがひとつ消えた』みたいな気持ちになっているけどね」と話されています。

深澤さんの言葉

自分の仕事として、やれないっていうのがなんか心残りで。なんか職人根性っていうのか。その時、その時いっぱい考えて、それで一番いい方法を見出していく。そうやって面白がって何かするっていうことが職人だと思いますけどね

なんでも売れた40年ほど前には弟子を取ろうとしたようですが、その後、大量生産のやすりに押されて家族を養っていくだけが精一杯となり、三代続いた店も自分の代でたたむと決めているそうです。

「いっぱい買ってくれて、いっぱい使えば、やめることはなかったんだろうけど。お客さんにたいしても安い機械でつくったものをたくさん買って、こういう(職人の)道具を大事にしなかった報いだぞっていう、そういうふうに言うと負け惜しみになっちゃうな」

プロフェッショナルとは、の問いに

「俺自体はヘボフェッショナルって自分では思っていますよね。だけどお客さんには結構喜んでもらえたし、そういう点では自分でもプロかなって、半分は思っています」

(聞き違いなどありましたら、ご容赦のほどお願いいたします。会員№102 中村記)