行田市の碁盤将棋盤職人

投稿日: 2016/08/04 8:20:40

碁盤将棋盤の職人(盤師)・吉田寅義さん

東日本一円にLPガスを供給する株式会社サイサンから季刊の「炎の花束」という小冊子が顧客に配布されています。この縦21cm、横10.5cmの15頁には、話題の人を紹介する「スマイル百選」「季節のおすすめクッキング」、エネルギーに関する「今月のズームアップ」「快適リフォーム」「健康プラザ」、顧客からの意見・感想による「おたよりかわら版」など、有益な情報があふれています。

2016年3月に発行された65号の「スマイル百選」にものつくり大学のある行田市で碁盤・将棋盤を制作している吉田寅義さんが紹介されています。サイサン様のご厚意により、ここに転載させていただきました。

(撮影:M.HINO)

「碁盤の目」というたとえのとおり、直線と直線の垂直な交わりで構成される碁盤や将棋盤の面。漆と刀でその線をひく工法は江戸時代から脈々と受け継がれ、独自の流派へと発展しました。その技で埼玉県行田市指定文化財に指定された盤師の深い思いを探ります。

碁盤・将棋盤の現状

○購入者が減少する脚付き碁盤・将棋盤

日本国内における将棋人口は670万人、囲碁人口は280万人ほど(2013年レジャー白書)。パソコンやスマホのゲームで楽しんでいる人も含めると、この数字はさらに伸びることでしょう。しかし、脚付きの碁盤・将棋盤を手に入れたいと願う人が以前より減りつつあるのは確かなようです。

「昔は記念品や退職をきっかけにご夫婦で買いに来られる方も多かったんですが、今は卓上盤が求められますね」

そう語る盤師の吉田寅義さん(61歳、埼玉県行田市在住)は、「吉田碁盤・将棋盤店」の主。吉田流太刀盛りの三代目です。

吉田さんが手がける盤は樹齢300年を超える大木から切り出され、目盛りは刀の刃に漆を乗せて1本ずつひかれます。タイトル戦でも使用されていますが、一般的にはこうした脚付きの盤は購入者が減少。国内では最近、年間5面程度しか販売に結びついていないだろうと吉田さんはみています。

(撮影:M.HINO)

目盛りは内側から。最後に隅の4本を仕上げる(写真は内側の目盛り作業の再演)細くまっすぐな漆の線。滑らかに盛り上がっている。

(撮影:M.HINO)

脚は「勝負事に口を出すな」といういわれがあるクチナシ型。仕上がったら、二代目が号「一如」と署名する。

吉田さんの仕事振り

○盤面から脚までこだわりの手仕事

盤の目盛りには、太刀盛りのほかに、ネズミのひげを使う筆盛り、ヘラを使うヘラ盛りがあります。初代吉田寅義氏は定規を使わずにフリーハンドで刀を扱う技法を考案しました。刃から盤面に移った漆は粘度があり、表面張力で滑らかに盛り上がります。

「初代は、太刀盛りならいちばんいい仕事ができると感じたんじゃないかと思います。この滑らかさは触るとわかります」

機械作りの盤ではどうしても粗くなってしまう目盛り。輪郭がはっきりして丸みがあるのが吉田流太刀盛りの大きな特徴です。初代の頃は、カンナをかける人、太刀盛りをする人、脚を作る人と、職人が何人もいたそうですが、現在は盤師1人がすべての工程を手がけています。

「人の手が入ると自分がこだわった仕事ではなくなるから」というのがその理由です。

○作りたい形が出せなかった修業時代

今はもう名人の域の吉田さんにも修業時代がありました。昔はよく、囲碁将棋に造詣の深い旦那衆に頼まれて、父である二代目寅義氏と修理の旅に出かけたそうです。

高校を卒業したばかりの吉田さんは、旅先でカンナがけに失敗したことがありました。夜、布団に入って「俺は碁盤屋になれるんかね」とこぼすと二代目は、「天才はスーッと作れるようになる。お前みたいな鈍才がそういう位置に達したとき、味のある仕事ができるようになるだろう」と答えてくれました。それを聞いてからはさらに真剣に仕事に取り組み、二代目とともに行田市無形文化財として認められるまでになりました。

50歳過ぎるまで楽しみはなかったですよ。自分の出したい線がなかなか出せない。50を過ぎてからイメージどおりの形が作れるようになりました

○木の持ち味を活かし個性的な盤に仕上げ

盤はそれぞれ個性をもっています。良質とされる原材料は宮崎県産のカヤ。伐採後、10年以上かけて乾燥させます。木目や色は1本ずつ違い、原木のどの部分を取り出すかによって価値も異なってきます。持ち味を最大限に活かして天面や脚を作り、力強さややさしさなどの表情を生み出していくのが盤師・吉田寅義の仕事です。

「1本の木から50面取れる計算でも、すべて取れるとは限りません。よいものが1つか2つでもあればよし。カビが生えたり、割れたりして、乾燥中にダメになることもありますから」

高級品ほど、その商品価値は素材の適否で決まる。1本の木の価値が1つの作品の価値を決めると言っても過言ではありません。工芸品としての評価も高い盤ですが、近年、良質な木材は減少しています。囲碁の白石に使用されてきたハマグリも国産は減り、メキシコ産が主流に。しかしそれも輸出規制が厳しく、在庫は希少となっています。

四代目に技術を継承・中国に販路を見出す

材料が人手しづらく、購入希望者も少なくなったからといって、伝統を絶やすわけにはいきません。吉田さんは、四代目寅義を継ぐ次男へと技術を継承している最中です。注文が少ないため、なかなか勉強させてやれないことが悩みではありますが、卓上盤を任せて目盛りの修行を積ませようとしています。

明るい話題は、中国や韓国で日本の囲碁将棋人気が高まっていること。吉田さんの中国での個展も好評です。あるとき、中国人から言われました。「吉田さんの5万円の盤を買う人は、1億円のものを買える人だ」と。最初は意味がわかりませんでしたが、それは彼らは安い作品でも気に入ればその後は高額でも買う層なので、まずは低価でも気に入ってもらえるよう、すばらしいものを作ってほしいということでした。今後も吉田さんの中国へのさらなる展開が期待されています。

吉田さんの言葉・思い

50歳を過ぎてから、この仕事の本当の面白さがわかるようになりました

「基盤・将棋盤を道具のひとつではなく、工芸品として高めていきたい」

「『あの人の仕事はよかったな』と言ってもらえる作品を残したいですね

「目が悪くなったら目盛りはできませんが、脚作りは続けられる。仕事をしながら死んでいくのが理想かな

盤師の心の内に、生涯現役でよい作品を作り続けていこうという熱い闘志が見えました。

吉田寅義(よしだ・とらよし)さんのプロフィール

1955年3月19日埼玉県生まれ。吉田碁盤・将棋盤店店主。2012年、基盤製作技術吉田流太刀盛り保持者として、行田市指定無形文化財指定を受ける。父、妻、次男と4人暮らし。吉田碁盤・将棋盤店:埼玉県行田市若小玉 3813-2 TEL048-556-0225

(以上のように、サイサン様のご承諾を得て、会員№102 中村が転載させていただきましたが、写真は「炎の花束」に掲載の一部であり、サイズや位置を変えております。また、吉田さんの言葉・思いは、冊子各所にある文を順不同でこの項目にまとめたものです)