さくら市の木工技術者

投稿日: 2016/08/04 2:12:31

木工技術者・薄井 徹さん

栃木県さくら市の北東部・穂積地区で廃校になった小学校の建物に「喜連川丘陵の里 杉インテリア木工館」という工房を設け、杉材による木工製品を制作して販売するとともに、木工塾を開いてその技術の伝承・普及に努める薄井徹さん(職人歴12年、54歳)をご紹介いたします。木工館の家具作品や木工塾、館内施設の様子については、

http://mokkokan.is-mine.net/のホームページに詳しいので、そちらをご覧になっていただければと思います。

上の写真は木工館のある旧校舎です。

薄井さんは、地元(旧喜連川町)のお生まれですが、大学の土木工学科を卒業してから18年の間、橋梁などを設計されていました。その後、鹿沼市の高等産業技術学校の建築学科で学ばれ、2004年、木工製品の工房を主宰して喜連川社会復帰促進センターにおける技術指導に従事されました。2012年に旧小学校舎を杉インテリア木工館にしたのを機に、一般社団法人素木工房里山想研を設立してその代表に就任されています。

上の写真は木工館一押しの杉材による椅子作品です


喜連川丘陵にたいする思い

薄井さんは、地元の喜連川丘陵(きゅうりょう:おか。小高い山)について、次のように述べておられます。

なだらかで小高い雑木林は、豊かな動植物と水に溢れています。小川を通じて周囲の田んぼに水を供給し、田んぼという湿地帯はカエルやドジョウなどの動植物を育んでいるのです。また、このなだらかな里山と田んぼは、人間にとっても極めて生活がしやすい土地なのです。小川の水はいうまでもなく、山林からはきのこや山菜などの食材の他に薪や落ち葉(堆肥)などの生活必需品が採集され、田んぼからは米が収穫されるだけではなく、ドジョウやコイなど貴重な動物性たんばく質も得ることができます。

しかし、小高い山と田んぼが交互に織りなす丘陵地帯は日本中至るところにあるわけではありません。造山運動が盛んな日本列島は馬の背列島といわれるように、急峻な山地がほとんどで、平地は奥深い山岳から流れ出る大河川の中下流域にわずかに発達しているだけで、丘陵地帯や平野といわれる地域は日本列島では極めて少ないのです。

関東平野の周辺には狭山丘陵や武蔵野丘陵・多摩丘陵などがありますが、そのほとんどは都市化による開発が進み、里山や田んぼはそこにあった多様な生態系とともに失われてしまいました。

喜連川丘陵は、首都圏から適度に離れていたことから都市化を免れ、結果として『関東地方に残る最後の里山の秘境』ともいわれるようになったのです。これは、『ダーウィンが来た!生きもの新伝説』というNHKの番組が喜連川丘陵における生物の多様性について取り上げているように、けっして大げさな表現ではないのです」


喜連川丘陵を残していくための課題

薄井さんによれば、喜連川丘陵にある里山を残していくためには、以下のような課題を解決していくことが重要とのことです。

「戦後、里山の雑木林は、人工林に変わりました。建材需要の予測によって杉や桧が植林されたのですが、価格の安い輸入木材におされ、そのほとんどが間伐といった手入れが行われず放置されているのです。間伐が行われないと、木々の中に日が差さず下草が生えなくなって地山の保水能力が失われ、土砂を流出させるなど、森林機能が大きく損なわれて生物の多様性も著しく低下してしまいます。

喜連川丘陵もその例外ではなく、さらに、なだらかな地形で植林作業が容易に行えることから、膨大な人工林があり、間伐を進めて健全な森林に改善させることが緊急の課題になっています。すなわち、『関東地方に残る里山の最後の秘境』を守るべく、喜連川丘陵の里山林の保全が、地域の持ち味をいかすための最大の課題であるのです」


間伐材を活用して間伐を進めるための「簡単すぎ木工」の開発

そこで薄井さんは、間伐を進めるためには間伐材を活用する必要があり、その有効な方策として杉材を木工製品に使おうと考えられ、他にはない独特の「簡単すぎ木工」を開発されました。

この人工林の間伐(手入れ)を進めるためには、間伐材を活用する必要があるのです。つまり、一時的に税金を徴収して間伐しても、税金徴収が終了すればそこで手入れ(間伐)も途絶えてしまうので、手入れ(間伐)を持続させるには、この人工林の代表である「杉材」を使う方法を見つけなければなりません。

その一つとして、木工製品への活用が考えられますが、これまでの材料としては広葉樹か合板が常識で、杉などの針葉樹は、ほとんど使われていません。それは、杉などの針葉樹は柔らかく、強度や耐久性が低く、金具(クギやねじ)や木組みで接合してもゆるみやすいからです。ですから、杉材を木工製品として流通させるためには、強度や耐久性を確保し、簡単に加工できる接合加工が課題となりますが、『簡単すぎ木工』の開発によってこれらを実現することができました


「簡単すぎ木工」の特徴

薄井さんは「いすや机といった木工製品は、一箇所でも不具合(弱点)があれば、接合部がゆるみ、破壊や転倒などにつながることになるのです。木工製品といえども、力の伝達や破壊の形態など、建築物や土木構造物などと全く共通していることなのです」とおっしゃいます。このお言葉通り、杉材の木工製品を可能にする「簡単すぎ木工」には、薄井さんが長年培ってきた、構造力学・材料力学・橋梁工学などの知識と経験が生かされ、適切な接合材の配置や断面寸法の設定、部材構成といったことがすべて取り入れられており、次のような特徴をもっています。

① 杉材から本格的な木工製品をつくることができる

クギやねじなどの金具ではなく、接着剤、ダボ、ビスケットチップによる強固な木組みを用いて、杉材から本格的な木工製品をつくることができます。

② 簡単な加工によって安価な木工製品をつくることができる

杉材はやわらかいので、電動工具などで容易に加工することができます。また、価格も安く、入手しやすいので、安価な木工製品をつくることができます。

これにたいして銘木・堅木ともいわれる広葉樹は、高価で硬いために、加工するのに熟練を要し、木工製品にするのは簡単ではありません。


杉インテリア木工館の将来構想

薄井さんは、木工館の将来について、以下のように構想されています。

①「簡単すぎ木工塾」で木工の人材を育成する

既に簡単すぎ木工を体験するワークショップや技術を修得するための塾を開講され、木工人材の育成に努めておられます。受講対象者には退職者や高齢者も多く、今後は障害者や引きこもり、ニートの人も受け入れていきたいとのことです。

② 木工館でつくった木製品を制作・販売する起業家を育てる

簡単すぎ木工塾で技術を修得してから、木工館の機材を使い、各自の裁量でつくった木製品を販売してもらえるようにしたいとのことです。これによって、独立・開業する人々が輩出すれば、杉材による木工製品はさらに増産されて里山の人工林の活用も推進されるはずです。

上の写真のように、木工館には様々な工具や木工機械が常備されていて、自由に使用することができます。

③ 障害者施設・授産施設において簡単すぎ木工による木工製品をつくる

これらの施設の職員が「簡単すぎ木工塾」で技術を修得して、障害者による作業を指導して杉材による木工製品をつくるようにすれば、そうした方々の自立につながります。

④ 喜連川地域を活性化する拠点になる

木工館には毎年の「里山木工FAIR&木工塾作品展」や「ほづみ松の祭典2015」などのイベントによる賑わいがあり、退職者、高齢者、子供連れの家族、若者など、世代をこえた交流の場になっています。

上の写真は各イベントの開催時に木工館常設の遊具で遊ぶ子供たちです。

木工館が『簡単すぎ木工』の伝承・普及の拠点になり、これらの構想を全国に発信して各地から多くの人たちが集まるようになれば、喜連川地域も活性化するのでは・・・」とおっしゃる、薄井さんの熱い思いをかみ締めながら、2016.01.17の取材を終えて杉インテリア木工館を後にしました。(会員№102 中村記)