37. 日本歯科医師会雑誌21年5月号

連載「人間と科学」

植物と薬と人間(2

植物からの薬

日本歯科医師会雑誌 Vol. 74, No. 2 , pp. 2-3 (2021年 5月号)から引用、再掲載

理化学研究所環境資源科学研究センター長 斉藤 和季

「植物のちからを健康に」

「自然の恵み、植物の力に感謝」

「注目を集めている植物の力、“ボタニカルパワー”」

「植物の力を暮らしに、植物からもらえる自然のパワー」

「“植物のチカラ”で食卓に笑顔を!」

「植物の恵みで髪にやさしいシャンプー」

「植物の力で憧れの小顔に! フェイスラインをスッキリさせる」

これはいずれも巷で目にすることができる植物成分を売り物にした商品や会社のキャッチフレーズである。これを見ると、植物は私たち人間に優しく恵みを与え、植物成分は健康をもたらしてくれると思ってしまう。

 確かに、現代の科学技術が高度に発達したストレスの多い社会において、植物やその化学成分が、私たちの生活にうるおいと安らぎをもたらし、薬や健康食品として、健康の増進に役立っていることは間違いがない。実際に非常に多くの薬が植物から得られている。このように、誰もが何らかの形で、毎日植物からの化学成分の恩恵にあずかっている。

 私は長野市の生まれであるが、母は郷土料理の「おやき」をしばしば作ってくれた。これは、なすやかぶなどの野菜を味噌味の具として地粉(中力小麦粉)でくるんで、焼いたり蒸したりしたおまんじゅうのようなものだ。当時、母のつくる「おやき」はクマザサの葉でくるんで蒸し器でふかしていた。クマザサは戸隠山などに家族でハイキングに行った時に、子供達が大きな葉をとってきて使うのである。「おやき」を蒸している時の湯気や、笹の葉を剥がして食べるときにもクマザサからの良い香りがした。この香気成分はテルペノイド系の揮発性成分で、森の香りのフィトンチッドとしても知られ、気分が爽快になる精神作用や抗菌作用が知られている。

クマザサの葉が無いときは、シソの葉でくるんでいた。シソの葉で蒸かしたものは、シソの葉を剥がさずにそのまま食べられる。爽やかに香りがするが、これもペリルアルデヒドというテルペノイド成分である。赤ジソを使った時は赤色のアントシアニンであるシソニンも同時に口にすることができる。シソニンはポリフェノールの一種で抗酸化作用や抗炎症作用が知られている。

このように、私たちの日常生活のうるおいや健康維持に植物成分は欠かせないものになっている。

私たちが現在も使っている多くの薬も植物成分がもとになっている。植物から得られた薬として身近なものの代表として、コーヒーやお茶に含まれるカフェインがあげられる。カフェインは眠気の防止を目的として薬として使われ、総合感冒薬、頭痛薬、咳止め薬などに含まれる。カフェインやタバコに含まれるニコチン、アヘンに含まれるモルヒネのように、その分子中に窒素原子を含む植物成分はアルカロイドと総称される。多くの場合その水溶液がアルカリ性を呈する事からアルカリ様の成分と言う意味である。アルカロイドは強い薬理活性を有することが多く、古くから薬の宝庫であった。

また、ソバなどに含まれルチンは抗酸化作用を有し血管を丈夫にすると言われているポリフェノールの一種である。ポリフェノールは分子中にフェノール性水酸基(ベンゼン環についたOH基)を複数有する化合物の事であり、活性酸素種を除去する抗酸化作用を示す。ソバに含まれるルチンの他、ブルーベリーに含まれるアントシアニン、大豆のイソフラボン、お茶のタンニンなど身近なものも多い。緑茶から抽出したポリフェノールは実際に商品としてもガム、マウスウォッシュ、飴、タブレットとして口腔ケアにも使われている。茶カテキンは認知機能にも有効とも言われ商品化もされている。

2015年のノーベル生理学医学賞は寄生虫病に有効な2つの天然化合物の発見に対して与えられた。これらの天然化合物の一つ目は日本人の大村智先生が放線菌から発見された抗寄生虫薬エバメクチンであり、二つ目は中国人の女性科学者 屠呦呦博士がクソニンジンという植物から発見した抗マラリア薬のアルテミシニンである。このアルテミシニンの発見は「肘後備急方」という中国本草の書物のたった一行の記載に基づくものであった。

このように、植物はそれぞれの植物種やその上の分類群である属や科に特異的な二次代謝産物(あるいは特異的代謝産物)と呼ばれる化学成分を作る。これらの二次代謝産物は多様な化学構造を有し、その生物活性も多様なので、薬として使われることが多い。このように植物が作る化学成分の種類は人間などの動物がつくる化学成分の数よりも圧倒的に多く、地球上の全植物種では100万種に及ぶと見積もられている。これらの多様な化学成分が多くの人の命を救いノーベル賞受賞にも輝く薬の開発にも繋がるし、生薬や漢方薬あるいは健康機能食品成分としても私たちの日常生活にも役立っている。

一方、糖やアミノ酸、脂質などの生命の維持に必須で、全ての植物種が生産する化学成分は一次代謝産物と呼ばれる。それに対して、特定の種や属にだけ特異的に含まれる植物二次代謝産物の役割は近年まで必ずしも明確ではなかった。実際に、今から46年前に私が大学生の時に受けた講義では、このような二次代謝産物は一次代謝経路から溢れ出た物質であるという解釈が主であり、必ずしもそれぞれの植物における生物学的な役割は明確ではなかった(図)。

この植物二次代謝産物の役割が明らかになって来たのは、植物における分子生物学やゲノム科学が進展した最近の事である。次回はこの辺についての話をしたい。

*本稿の一部は著者による下記の書籍から部分的に改変引用している。

斉藤和季「植物はなぜ薬を作るのか」(株)文藝春秋、2017年

図 46年前に筆者が大学3年次当時に受けた講義ノートの一部。二次代謝産物は一次代謝経路から溢れ出た物質であるという解釈が紹介された。