植物科学の分野も、新世紀新千年紀に入り、ポストゲノム世代を迎えた。この新世代では、未知遺伝子機能の解明と遺伝子・タンパク質の相互作用といった、よりミクロな方向への展開と、比較ゲノム学による多様性理解のマクロな方向への展開がある。このような節目の時に、千葉大学大学院薬学研究院(遺伝子資源応用研究室)助教授山崎真巳博士が、「アントシアニン生合成系を中心とした薬用植物二次代謝の多様性の解明とトランスジェニック植物への分子生物学的展開」で栄誉ある平成13年度日本薬学会奨励賞を受賞したことは極めて意義深く、共同研究者として心よりお祝い申し上げたい。
山崎博士は昭和61年に千葉大学薬学部を卒業後、直ちに同大学院に進学され平成3年博士課程を修了し薬学博士号を取得された。この間、一貫して生薬学研究室の村越勇教授(現名誉教授)の指導を受けられた。博士課程在学中より日本学術振興会特別研究員に採用され、平成4年より教務職員となり、平成6年には新設の薬用資源教育研究センター遺伝子資源応用研究室助手に昇任した。その後、講師、助教授に昇任され現在に至っている。この間、約1年間ベルギー国ゲント大学分子遺伝学教室の M.Van Montagu教授のもとで研鑽を積まれた。この間、先端的な薬用植物二次代謝の分子生物学研究を進めてきた。
今回受賞対象となった研究では以下のような具体的成果を得た。まず、重要な薬用植物の変種について、制限酵素断片長多型(RFLP)やランダム増幅多型DNA(RAPD)を用いて分子遺伝学的系統解析をいち早く行い、成分パターンとの相関性を明らかにした。次に、この研究を更に進め生薬「蘇葉」の基原植物であるシソのアントシアニン生産だけが異なる赤ジソ、青ジソの分子生物学的解析に展開した。まず、これらの成分変種特異的な遺伝子発現を網羅的に取り扱うために mRNA ディファレンシャルデイスプレイを用いて解析を行い、シソのアントシアニン生合成酵素遺伝子をほとんどすべて単雜した。その発現解析から、シソ成分変種では少数の制御遺伝子が一連のアントシアニン生合成遺伝子発現を協調的に制御し、そのことが成分変種を決定していることを明らかにした。この知見をもとに、転写制御因子 Myc、Myb 様遺伝子を単離して、トランスジエニック植物や組み換え酵母を用いた実験から、これらの転写因子がシソの成分変種決定に関与していることが示唆された。また、この Myc 様遺伝子を高発現させることによってタバコなどでアントシアニン生産が増加することが示され、一連の複雑な天然物生合成系を少数の制御遺伝子で一挙に制御するという分子代謝工学の新しい方向性を示した。これらの研究の中から、アントシアニンの安定化に関与するフラボノイド5-グルコシル転移酵素 cDNA の初めての単離、発色段階の重要酵素アントシアニジン合成酵素の反応機構解明など、世界初と形容されるインパクトの高い成果を上げた。さらに、硫黄同化系・分解系の鍵遺伝子発現やタンパク質局在性について組織、細胞レベルでの特異性を解明したり、種々の薬用植物への外来遺伝子導入・発現などを先駆的に行った。
これらの研究成果は、PNAS, JBC, Plant J などのいわゆるインパクトファクターの高い一流誌に発表され、国際的な評価も高く欧州植物化学会若手シンポジウム最優秀発表賞や日本植物細胞分子生物学会奨励賞などの受賞にも輝いている。また、山崎博士は大学在学中より東洋医学研究会に属し漢方に関する造詣も深く、さらに植物の形態・分類についても優れた才能を有しており、先端的な分子生物学側面とのバランスが実に良くとれた逸材である。今後、さらに精進と研鑽を積まれ、新しきポストゲノム世代での生薬学などの薬学における植物科学分野をリードすると共に、国際的な一流スタンダードでの研究の発展を大いに期待します。