植物の硫黄代謝に関する国際ワークショップは約3年毎に開かれている。今回は、1999年4月6日から10日まで、スィスアルプスのリゾート村 Wengen で開かれ、ヨーロッパ、北米、日本を中心に約100名が参加した。毎回、本ワークショップは参加者数が制限され、全員が何らかの発表をする事を原則としている。従って、参加者同志でかなり突っ込んだディスカッションができ、得られるものが多い。本稿では、学会参加報告と同時に現在の硫黄代謝研究の潮流を担っている人々を、いわば研究者列伝風に述べたい。研究活動はそれ自身、個々人の人間の所産そのものであることを考えると、このような紹介もむしろ分かり易いかもしれない。
現在、硫黄代謝の研究者は、もっぱら古典的な生理学を中心として10年以上前から活動してきた「旧派」と、分子生物学的な手法を取り入れることによって急進的に台頭してきた「新派」、第3グループとして「日派からの新派への移行組(折衷派)」に分けることができる。前回(第3回)のワークショップまでは、ほとんどのスピーカーはもっぱら「旧派」の人々であったが、今回は「新派」「折衷派」からの講演、参加が多く見られた。
第一日目は Get-together party と夕食だけで旧交を温め、第二日目からセッションが始まった。第二日目午前中は「進化、輸送、制御」のセッションの招待講演3題があった。まず、「新派」のいわば旗頭の一人である米国ラトガース大の Thomas Leustek が硫黄同化系の進化、特に還元系の酵素反応機構と進化について述べた。彼は植物の硫黄還元系に於いて長年謎であったアデノシンフォスフォスルフェート(APS)から亜硫酸への還元は APS 還元酵素によって一段階で起こることを遺伝子クローニングと組み換え酵素の発現によって明らかにした一人である。ついで、フランス・モンペリ工大学の Jean-Claude Davidian が硫酸イオン吸収と輸送について主に植物生理学的な側面から現況を述べた。彼は以前よりこの分野の研究を進めており、最近は積極的に分子生物学的手法を取り入れいわば「折衷派」に属する。ついで、筆者が硫黄同化とシステイン生合成の分子制御について、本特定研究領域の援助によって筆者の研究グループで得られた成果を述べた。筆者はすでに硫黄代謝の研究を始めて10年になるが、最初に出した論文が硫黄同化系酵素の初めての分子クローニングであったため「新派」の急先鋒の一人と見られているらしい。
第二日目の午後はフランス、リヨンの CNRS とローヌ・プーラン共同研究所の Michel Droux がメチオニン生合成の制御について述べた。彼は長くRoland Douce と共に硫黄代謝の研究を堅固な生化学的手法によって進めている。 Roland Douce のグループ全体としては「折衷派」であろうが、 Michel Droux 自身はラテン系の熱血漢といった風である。
第三日目は、まずポーランド、ワルシャワの Andrzej Paszewski が植物以外からの招待講演者として、糸状菌 Aspergillus nidulans の含硫黄アミノ酸生合成について遺伝生理学的な話題を提供した。カビや細菌では栄養変異株を使った遺伝生化学によって、制御ネットワークがよく解明されており植物の系を研究する上で参考になることが多い。ついで、ドイツ、ゴルムのマックスプランク植物分子生理学研究所およびベルリン自由大学の Rainer Hoefgen, Holger Hesse が、硫黄同化の代謝工学について述べたが、基本的なアイデアの提示と現在進行している研究の中間報告でしかなかった。 彼らは Willmitzer 学派の出身であり、もっぱらジャガイモを材料として使い「新派」に属する。ついで、英国ハーペンデン、ローサムステッド研究所の Christine Foyer とドイツ、フライブルグ大学の Heinz Rennenberg が、グルタチオン合成制御、コンパートメント化とストレス応答について述べた。Rennenberg は大きな研究グループを率い、特に樹木の環境ストレス応答や耐性について精力的に研究している。長く硫黄研究に携わっており、いわば「折衷派」の大御所である。次に、硫黄代謝研究者以外からの招待者として、米国スタンフォード大学の Virginia Walbot が招かれ、植物二次代謝におけるグルタチオンS-転移酵素の役割について述べた。
大会四日目は、まずカナダ、グエルフ大学の Wilfried Rauser がファイトケラチンによる重金属耐性について述べた。次いで、オランダ、フローニンゲン大学の Luit DeKok と Ineke Stulen が、硫黄欠乏あるいは硫黄過剰時における硫黄同化についてもっぱら植物生理学的な研究例を紹介した。彼らは長く植物個体を使った硫化水素負荷実験などを行っており、またこの会を主催している植物硫黄代謝コミュニティの創始者の一人である。個体の生理学において堅固な研究背景を有する「旧派」の代表でもある。
大会最終日は、スィスの Erich Staedler が昆虫忌避性の含硫黄二次代謝産物について、ウクライナの Okanenko Alexander がスルフォリピッドについて述べたが、多くは現象論的、記述的な内容であった。最後は米国 UC バークレー校の Bob Buchanan が招かれチオレドキシンとグルタレドキシンについて総説講演を行った。
その他、一般講演、ポスター発表から注目すべき研究を紹介する。「旧派」および「折衷派」からは、今回のワークショップの主催者であるスイス、ベルン大学 Christian Brunold のグループから、以前彼らが APS スルフォ転移酵素と呼んでいた APS 還元酵素の性質と日周変動、制御についていくつか報告がなされた。また、「旧派」の大御所の一人であるハノーバー大学の Ahlert Schmidt も姿をみせ硫黄転移酵素の研究を再び始めた。最近ブリストルからハーペンデンのローサムステッド研究所に移った Malcolm Hawkesford のグループもオオムギを使った研究で硫黄吸収同化について質の高い研究を進めており、より「新派」に近い「折衷派」と見られる。同様に、ドイツ、ガーテスレーベンの Ruediger Hell や、今回不参加だったが英国セントアンドリュース大学の John Wray の今後の展開も注目される。また、スペイン、セヴィリア大学の Cecilia Gotor と Jose Vega のグループも活発である。「新派」としては北海道大の内藤哲グループ、東大の藤原徹グループがメチオニン生合成の新たな分子制御機構や貯蔵タンパクの研究で注目される。貯蔵タンパクの含硫黄アミノ酸のエンジニアリングでは今回来なかったがオーストラリア、CSIR0 の Linda Tabe と Thomas Higgins のグループも見事な研究を展開している。新「新派」の台頭も見られ、米国スタンフォードの Arthur Grossman の流れを汲むアイオワ州立大学の John Davies は、クラミドモナスの変異株から信号伝達に関与すると思われるいくつかの興味深い遺伝子をクローニングしており、高等植物への展開が楽しみである。次回は、2002年にフランス、モンペリ工で開催される予定である。