研究の背景
植物は20~100万種に及ぶ代謝産物を生産していると考えられ、これはヒトを含めた哺乳動物のメタボローム(細胞内の代謝産物総体)の総数をはるかに凌駕している。従って、この化学多様性の原理と意義の問題に解答を与えることは、植物の生命戦略の根源に迫ることができるばかりでなく、この原理を応用することによって有用な植物成分(医薬品はもとより食料、バイオエネルギー原料までも)を合理的な戦略によって自由自在に生産することができる。
昨今のゲノム配列解読から始まるゲノム機能科学によって初めて根源的な答えに近づくことができる。つまり、ゲノムレベルでの植物成分の生合成とその制御の原理、その生物における生物学的意味、進化の痕跡や道程を一挙に明らかにし、ゲノムに基盤をおいたバイオテクノロジーへの合理的道筋を提示することが出来る。
研究の成果
私たちは、植物のゲノム機能研究を進めるために、網羅的な遺伝子の発現(トランスクリプトミクス)に加えて、代謝物に関する網羅的な研究であるメタボロミクス研究を世界に先駆けて開始した。
シロイヌナズナはアブラナ科の小さな植物であるが、ゲノムサイズが決定され、世代交代時間が短いなど研究を進めるうえで便利な性質を持っている。そこで、私たちはこのシロイヌナズナを使って、メタボロミクスとトランスクリプトミクスを統合解析する研究を精力的に行った。その結果、有用植物成分(硫黄含んだ健康機能成分や抗酸化作用を有するアントシアニンなど)の生産に関係するゲノム遺伝子の機能を次々と決定することができた。また、これらの研究成果を発表した論文は植物バイオテクノロジー分野の引用第一位にランクされるなど大きな成果を得ることができた。
さらに、この手法を臨床的に用いられている抗がん成分を作る薬用植物や生薬・漢方薬の原料植物にも適用し、抗がん成分などの薬効成分を作る遺伝子を同定した。また、なぜこれらの薬用植物は自らが生産する毒成分(薬になる物質は毒でもある)に耐性なのかを明らかにした。
今後の展望
私たちの研究は、現在人類が直面している健康、食料、環境などの問題に対して、植物が潜在的に有する物質生産能力を合理的に引き出して解決を図る助けになる。今後、ますますの発展が期待される。
【支援を受けた科研費】
・平成19~22年度 科学研究費補助金 基盤研究A 「ファイトケミカルゲノミクス:植物化学的多様性のゲノム基盤」
【備考欄】
・ Sirikantaramas S, Yamazaki M, Saito K: Mutations in topoisomerase I as a self-resistance mechanism coevolved with the production of the anticancer alkaloid camptothecin in plants. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105: 6782–6786 (2008)(平成20年4月29日 千葉大学よりプレスリリース)
・平成22年度 文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門)受賞