国立ゲント大学遺伝学研究室(Laboratorium voor Genetica, Rijksuniversiteit Gent)は、ベルギーフラマン地方の中世の町ゲントにあり、世界の Tiプラスミド研究の発祥の地である。研究室の廊下には Ti プラスミドの制限酵素地図がはられており、研究室の歴史を物語っている。Marc Van Montagu教授および Jeff Schell教授のもとに、約80人の研究員、大学院生を擁する世界でも有数の傑出した研究室である。Van Montagu 教授はもともと生理化学の出身で、長くSchell教授とともに研究室を指導してきたが、現在では Directorとして全面的に研究室運営のイニシアチブをとっている。また、Schell教授はもともと微生物学の出身の人であり、ケルンのマックスプランク研究所の部長を長く兼任していたが、現在ではほぼ全面的にケルンの方の指導にあたっている。しかし、現在でもゲントの研究室の直接的な指導はしないものの、兼任であることにかわりはなく、学部学生の講義および博士論文の発表会には必ず来ており、厳しい討論をしている。Schell教授はゲントに来る時は、早朝ケルンから車で来るため、朝早く研究室にいくとよく顔をあわせることができる。
研究室のテーマは、1970年代から1980年代前半までは Tiプラスミドによる腫瘍形成の分子的機構の解明を主としていたが、1980年代後半になり自ら開発した Ti ベクターを駆使したより広範な植物分子遺伝学の研究に移ってきた。現在おもに以下の研究ユニットが活動している。(1)Nicotiana, Arabidopsis における細胞分化によって制御された遺伝子発現の解析。(2)T-DNA 挿入変異による Arabidopsis からの遺伝子の単離。(3)イネの遺伝子操作。(4)T-DNA 挿入の position effect他。(5)Agrobacterium による植物形質転換の初期過程。(6)in situハイブリダイゼーション等の組織化学的方法による遺伝子発現解析。(7)超微量タンパクのアミノ酸配列の決定。(8)Rhizobium とマメ科植物の共生の分子生物学。(9)グラム陰性細菌の分子遺伝学。(10)植物、植物腫瘍、細菌の二次代謝産物。それぞれの研究ユニットは若いリーダー(多くの場合論文のラストオーサーになっている)のもとで数人の研究員、大学院生が主戦力となって仕事をすすめている。
Van Montagu教授は多能であり、この他にも自らPlant Genetic Systems(PGS)というべンチャー会社を設立し、そこの scientific director として指導にあたり、さらにブリュッセル自由大学の遺伝ウイルス学研究室の教授も兼任している。 PGS は、ゲント大学の古い建物の一部を改装して研究室として使っており、中世風の玄関を通り PGS の研究室に入ると、一瞬中世の夢からさめたように最新の設備雰囲気に圧倒される。これら3つの研究室は相互に非常に連絡がよくとれ、仕事の分担も効率的である。2つの大学の研究室で得られた基礎的な成果をより応用に結びつけるのが PGS の仕事とみなされている。
これらをすべて統括するVan Montagu教授はきわめて多忙で、話しのある時は廊下で立ち話しをするかパーティーの時(Van Montagu教授はどんなに忙しくても必ず出席した)でないとゆっくり話しができない。このように1人の強力な指導者のもとに複数の大学、会社の研究室がそれぞれの独創性をいかしながら緊密な関係をもって研究をすすめている。したがって、世界の最新の情報がいち早く集まり、その内からオリジナリティーの高い最先端の研究成果がうまれてくるものと思われる。