当研究室は1994年(平成6年)にスタートした全国でも唯一の薬用資源の遺伝 子応用を専門とする研究室である。通常、このような研究は生薬学教室のなかの一つのプロジェクトとして行われるにすぎなかった。したがって、当研究室がこ の分野を常にリードしていくことが期待され、その責任を担っていることは、その誕生の経緯からしても明白である。社会において人間一人一人の立場や役割が あるように、研究室一つ一つも立場や役割がある。当研究室は、常に薬学の植物バイオテクノロジーの分野でリーダーシップをとると同時に、世界的なレベルで 植物の基礎研究の第一線に居続けなければならない。つまり我々は常に一部リーグのプレーヤーでなければならない、二部リーグでは許されない。研究室員はこ のことを自らの誇りとし自覚をもって研究に励んでいただきたい。研究室を出た後も、周囲から期待されるのでこの誇りと自覚を持ち続けていただきたい。
私は研究室が人の集まる社会である限り、基本的には個人の自由な精神や行動が制限されるべきではないと考えている。むしろ、個人の自由な精神を尊重する ことは研究にとって最も大切なオリジナリティーの源泉である。しかし、共同作業という面をも持ち合わせている研究室における日々の実験において、守るべき 最低限のマナーを知らなければならない。研究室における唯一の共通の目標は、質の高い研究をすることである。・・(中略)・・研究室の構成員一人一人の研 究成果があがり、世界的に注目される研究成果が生まれ続けるように希求いたします。
1996年12月 斉藤 和季
1. 大学院教育の目標
1-1) 一人立ち出来る研究者(博士課程修了者、ポスドクなども含めて)の一般的目標
これは「一人立ち出来る研究者(博士課程修了者、ポスドクなど)」の一般的目 標です。博士課程修了者は博士号を取得することになります。博士号を持っているということは、研究社会での運転免許証を有することと同じなので独立した研 究者と見なされます。従って、博士課程では一人立ちした研究者になるための基礎を5年間で(あるいは3年間で)学びます。特に、実験技術だけではなく(実 験技術は時代とともにすぐに陳腐なものとなります)、科学的な思考方法や問題設定の仕方を学ぶことが重要です。多くの重要な科学的発見は、”何を明らかに したいのか”、”どういう問いを発して、どういう答えが得られたら満足するか”という直接的で重要な問題設定(このことを「ある問題をアドレス addressする」といいます)をしたときになされます。
研究をはじめ創造的な事業は以下のような五つのレベルの作業から生まれます。一人立ち出来る研究者になるためには以下のすべてについて自分自身で責任を 持たないといけません。しかし、それに至る道は長く大学院博士課程修了だけでは不可能です。でも、最終目標はここに置くべきです。
何故、何を知りたいのかという研究の最も大事な部分です。多くの場合教授などPrincipal investigator (PI)の寄与するところが大きい部分です。しかし、教室員も常にPIと議論しなければいけません。
思想を実現するための大局的な戦略です。主たる手法(分子生物学とか、生化学とか)や材料(植物、シロイヌナズナ、イネ、酵母、微生物など)の選択が含まれます。
戦略実行のための局所的な戦術です。どの単離プロトコールを使う、どのベクターを使う、どのアッセイ法を使うなど。
毎日の実験に相当します。時には馬車馬のようにしゃにむに実験することが必要です。しかし、Philosophy やStrategy, Tacticsを理解せずに Battleだけやっていても決してうまくいきません。
実験のための材料、試薬、機器の供給のことです。Logisticsをないがしろにしてはどんな高邁な思想も実現しません。
1-2) 博士課程大学院生の具体的目標
a. 論理的な問題設定と解釈の仕方
b. 実験および関連技術
c. 基礎知識と社会センス、国際センスとスキル
d. 研究遂行上の基本スキル
1-3) 修士課程大学院生の目標
基本的には博士課程大学院生と同じ目標をもって学びますが、2年間という短 い時間ですので、すべての目標を達成することは難しいかもしれません。特に、問題設定の過程はとばしてすでに設定された問題に取り組むことになります。し かし、社会に出てからは高度技術者として研究の基本的な事は知っているものと周りから期待されますので、研究の基本は身につけなければなりません。また、 一人立ち出来る研究者の目指すべき目標についてはよく理解していないといけません。
まず、薬剤師免許を取ることが第一目標です。次に、社会のなかの科学者として一般的な基礎知識を持ち、かつ自分の考え方を持つことが大切です。大学院に進学する人は上記の大学院での目標に向かって進みましょう。(注:これは薬剤師国家試験受験資格が薬学部4年卒業時に与えられた1996年当時の旧制度時代の記述です。しかし、4年制と6年制が並立する現行の薬学部制度でも、卒論生の目標としては大きな変わりはありません。)