「遺伝子操作植物は本当に使えるのか?」という問は二つの内容の問を含んでいる。第1は、研究レベルで使えるかという問である。これは既に幅広く reversed genetics として植物分子遺伝学の研究の道具として使われており、その意味では1983年の最初の報告以来実用化されていると言ってよい。
第2の種類の問はトランスジェニック植物は商業的に実用化するかという問である。すなわち、トランスジェニック植物の個体、種子あるいはその抽出物、特定成分などが、市場にでるか否かという問である。
この実現のためには、三つのハードルを乗り越えなければならない。第一は、技術的な問題であるが、最近の形質転換技術の進歩はめざましく再生系さえ確立していれば既に大きな障害ではない。外来遺伝子をゲノム中の特定の位置にターゲットできない問題も、育種的にはある適当なわかった位置に挿入されたエリートの一個体が出来ればそれで充分であり大きな問題ではない。
第2のハードルは遺伝子操作で作られた植物を社会が受け入れるか否かという問題である。ここではトランスジェニック植物に限らず、組換えDNAを導入した培養細胞やトランスジェニック動物での状況も同時に見てみる必要がある。組換え体培養細胞の実用化についてはすでに 1982年のヒトインスリンの医薬としての承認以来10件以上の医薬品が承認され、広く臨床に使われている。しかし、これらはすべて培養細胞による外来タンパクの生産とその後の完全精製という過程を経ている。次に、トランスジェニック動物については社会的にいまだ違和感のあることは否めない。しかし、重篤な疾患の遺伝子治療の可能性も論じられているのでいずれ社会的なセンチメンタリズムも緩和されよう。また、植物特有の問題として、トランスジェニック植物の環境への影響についても正確なデータを提示して評価されなければならない。
第3のハードルは、トランスジェニック植物にしたがために得られるベネフィットが、それに要するリスクよりも大きいターゲットが見つけられるかという問題である。例えば、モンサント社では人の口に入らないトランスジェニック作物をまず市場に出そうということで BT毒素の綿を 1995年に売り出すと聞いている。また、PGS社でも雄性不稔と回復因子をクロモゾームに導入したアブラナの市場化に向けての研究も進んでいる。
特に薬用植物などの二次代謝成分をターゲットとする場合についてまとめてみると、培養細胞からの組換え体タンパクの場合のように、トランスジェニック植物からある成分を抽出、精製しそれを市場に出すということであれば、かなり早い時期に実用化されそうな気がする。しかし、漢方薬草のように植物体をそのまま医薬として用いる場合などは今後考えなければならない問題があると思われる。一方、遺伝子組換え食品に新たな規制をもうけないというアメリカ FDAの方針も報道されており、世界的な流れは筆者の予想よりもいっそう速いかも知れない。いずれにせよ特に日本は野外実験が欧米にくらべて大幅に遅れをとっていることもあり、社会的に受け入れられる体制の整備が急がれる。
(JL)