日本植物細胞分子生物学会の創立30周年を迎え、会員、関係者の皆様と共に慶びを分かち合いたいと思います。このように本学会が創立30周年を迎えられた事は、創成期の諸先輩の先生方の先見的なご努力と、会員の皆様の継続的な支援と貢献の賜によるものと敬服いたします。私も1986年頃から本学会を主な研究活動の場とさせて頂いており、本学会のこのような慶事に臨み感慨深く感謝の念に堪えません。
植物科学は、人類が直面する重要問題の7つのF(食料Food, 医薬 Fine chemicals, 燃料 Fuel, 飼料Feed, 繊維Fiber, 花Flower, 娯楽Fun)に貢献できると言われています。また、米国National Research Council’s 2009 Report(http://books.nap.edu/openbook.php?record_id=12764&page=R1)で指摘された21世紀におけるNew Biologyがチャレンジすべき4つの課題(Environmental protection, sustainable fuels, nutritious foods, improving human health)に対していずれも植物科学が有効な解決の道を示すことができると思います。
このような状況中で世界の植物科学研究者の横断的な活動を進めるために2009年にGlobal Plant Council(世界植物科学協議会)を設立する動きが始まり、私が本会会長在任中(2008-2009年度)に本会にも参加要請があり、現在本学会は日本からの代表学会の一つとして国際活動しています。また、歴代関係者の努力が実り2009年に機関誌Plant Biotechnologyがトムソン・ロイター(旧 ISI)のWeb of Science収録雑誌となり、本年2011年にインパクトファクターが付与されて長年の念願であった国際的な雑誌としてのプリステージを獲得いたしました。
皆様ご存じのように、本学会は1981年に日本植物組織培養学会として設立され、その後1995年に植物核酸タンパク研究会と合同して日本植物細胞分子生物学会と改称され現在に至っております。その間、本学会は植物組織培養、分子生物学、遺伝子工学および細胞工学の基礎研究とその応用開発研究の発展をめざして、出身分野の垣根を越えた多方面の研究者の交流を図り大きく発展してきました。他の植物科学関係の学会に比べて、理学、農学、薬学、工学などにわたる横断的な複合分野をカバーし、先進的なバイテクノロジーの研究開発を推し進める点に特長があります。会員はそれぞれの出身学部や教室を基礎とした伝統的な学会に籍を置きながらも、本学会ではそれらの伝統のしがらみから解放され自由に発言し活動できる利点があります。それが本学会の優れた特長である出身学部・教室にとらわれない自由闊達な雰囲気を生み出していると思います。このような自由闊達な雰囲気という本学会の良き伝統は今後も大切に残して行きたいものと思います。
私事になりますが、この30周年の節目の年に幸いにも本学会学術賞を受賞する栄誉に浴することができました。これはひとえに諸先輩の先生方のご支援をはじめ共同研究者の皆様のご努力による研究成果の積み重ねの賜であり、私自身は微力な貢献しかしておりません。受賞研究の内容はメタボロミクスによるゲノム機能科学についてであり、本学会が伝統的に強い歴史を有する植物バイテクノロジーによる化学成分の生産にも繋がる研究です。特に、最近10年に起こったゲノム科学というパラダイムシフトを物質生産という伝統の領域に融合する研究です。植物メタボロミクスは、我が国には諸先輩による優れた植物化学研究の実績もあり世界の中でも日本が強い分野です。植物による自立的な物質生産能力に対する期待から、今後ますますこの分野への期待が大きくなると予想されます。これからの本学会や研究分野を担う若い研究者がこの領域をさらに推進してくれることを期待してやみません。
植物科学をとりまく世界と日本の現況を鑑みますと、世界人口の爆発的な増加、二酸化炭素濃度の増加と地球温暖化、原発の停止による自然エネルギーへの期待、環境変化に伴う食料不足、新型感染症の蔓延、生物多様性の減少などが大きな問題となっております。このような昨今の環境、食料、健康、エネルギーなど地球的規模の問題に対して、今ほど植物科学および植物バイオテクノロジーに対する期待が高まった時はなかったと思います。これらの問題はすでに私たちの日常生活に直接影響するところまで来ており、研究関係者ばかりでなく一般市民の方も植物研究に大きな期待と関心を寄せております。
私たち本学会員は植物科学とバイオテクノロジーを通してこのような幅広い層からの大きな期待に答えるべき責任があると思います。特に、最近の植物科学への社会からの期待は基礎的な知見の発見だけでなく、それらの知見を全く異なる他の専門分野(例えば、情報学、工学、化学、医学など)との融合によって社会的なイノベーションに繋がるレベルまで求められております。本学会はもともと異分野の研究者の集まりから成り立っており、このように植物科学だけに止まらない大きなイノベーションに向けた連携研究が最も有効に進められる立場にいると思います。その意味で、本学会とその会員は今後の植物科学に基礎をおいた科学Science、技術Technology、技術革新Innovationという大きな流れの中で最も中心的な役割を果たしうるし、果たさなければならないものと確信いたします。
日本植物細胞分子生物学会の会員と関係者の皆様に対して、創立30周年のお祝いとともに次の飛躍に向けた益々のご発展をお祈り申し上げます。