もしあなたが大分で青春時代を過ごした人で、ジャズが好きな人だったら、むかし大分の
相生町(現在の中央町2丁目)、相生ビル2階にあったジャズ喫茶「LIGHTHOUSE(ライトハ
ウス)」を覚えていますか?もう無くなって30年くらいになるのだろうか。知っている世代
もみな50代を迎えていることだろう。私が就職して東京に行き、10年して大分に戻ってきた
ら無くなっていました。
われわれの学生時代にはジャズ喫茶が全盛期であちこちにジャズ喫茶の看板を掲げている
喫茶店があった。大分にはそのライトハウス以外にも「ザドー」や「BEAT」、あと名前は
忘れてしまったが都町のジャングル公園の南側のビルの2階に小さなジャズ喫茶があった。
明るくて、小学校の教室のような白木の小さなテーブルとイスが置いてあった。きついジャ
ズに疲れた時など、たまに息抜きにそこに行ってマンガ本を読んだりしてボケーッとして過
ごしたものだった。窓から秋の陽を浴びた木の枝が青い空に向かって伸びているのが見えた
のが印象に残っている。
そういう所に比べるとライトハウスはハードだった。本物のジャズ喫茶だったという意味
で。とにかく、開けるとカウベルの鳴る、防音のために重くなっている木製のドアから入る
と、夏なら、まぶしい光の中を泳いできた目には、確実に真っ暗で人の顔も分からない。ド
アを入ってから1段高くなっている床に気をつけなければならない。その右手にはガラスで
囲われた中にターンテーブルが二つあり、その頭上には、現在再生中のレコードを示すため
のジャケットが差し込み式になった表示窓がある。
テーブルはみな同じ大きさで10卓ほどもあっただろうか、天板が白のメラミン樹脂でイス
が2脚ずつスピーカーに向き合う形で置かれている。それぞれの白いテーブルのちょうど真
ん中に天井から吊るされたライトの光が円形にぼーっと照らしている。スピーカーは灰色の
[Voice of the Theatre]というプレートの付いたALTEC A5だかA7だかで、ホーン型のスコーカ
―が上に乗っかっている。左右のALTECの間には、ウッドベースがごろりと転がり、畳まれ
たドラムセットがそのネックの方に置いてある。右のALTECのさらに右手にはアップライト
ピアノが置いてある。左のALTECのさらに左側は狭いトイレになっていた。
スピーカーと反対の入口に近い方はカウンターになっている。カウンターの後ろの壁は全
面がLPレコードの収納棚になっていて何千枚ものジャズのレコードが所狭しと並んでいた。
一段下りたカウンターの中ではマスターの秦さんが、その長身をジーンズとTシャツにくる
んで体ごとリズムをとりながらコーヒーカップを磨いていた。ピアノからカウンターまでの
間のテーブルだけは壁と平行に置かれイスがずらりと内側を向いている。そのもっともカウ
ンターに近いところには二段に仕切られた木箱が置かれ中にはSWING Journalのバックナン
バーが背表紙を見せていた。
このようにライトハウスは純粋にジャズを聴くためのスペースとして特化していた。だか
らスピーカーからは、大音量のジャズがわれわれの顔面めがけて絶え間なく浴びせられ続け
ていたし、コーヒーの香りと煙草の匂いが入り混じって鼻孔をくすぐっていた。たまに甘っ
たるい香りはパイプ煙草を吸う人が来た時だった。
われわれは17、18歳のころから20歳すぎくらいまでの間の、もっとも多感な青春時代の3
-4年間をこのライトハウスに通ったことになる。われわれにとってのライトハウスは、大分
という土地にぽっかりと口を開けた「昼間でも星が見えそうな時空の裂け目」で、そこを通
して異次元世界とつながっている入口だった。きっかけは軽音楽部の先輩にジャズを学ぶに
はまず聴いて、ということで連れて行かれたことだった。もとよりジャズキチのわれわれが、
すぐにやみつきになったことは言うまでもない。特に前期、後期末の試験前は勉強しない学
生に試験勉強の時間を少しでも与えようというのか、授業は早く終わるし、軽音楽部の練習
もないし、自転車を飛ばして街へ。50円のShort Hopeと250円のコーヒー代、合わせて300円
で毎日4-5時間はねばったものだった。
その間の記憶に残る出来事としては、いくつかあるが、まずは Chick Corea の Return To
Forever のヒットだろう。われわれは本当にこの曲が好きだった。Sometime Ago - La Fiesta
など、両方の手の人差し指でドラムのスネアとシンバルを、右足でバスドラ、左足でハイハ
ットを刻み、叩き、踏み、蹴るようにテーブルと床を叩きまわして蹴りまわし、体中でリズ
ムに同調したものだった。リズムの刻みがビシッと決まった時、完全に音楽と同期がとれた
とき、原初の感覚だろうがなんだろうが、とにかく、気持ちがいいのだ。快感なのである。
こんなにビシバシ決まる音楽ははじめてだった。こういう快感の経験もなしに音楽が、特に
ジャズが分かったなどと言うやつは大ウソつきであるか、無知か音痴のいずれかであろうと
考えていた。こんなにバタバタとやっているのに不思議とマスターに怒られることはなかっ
た。
つづく
Chick Corea - Sometime Ago/ La Fiesta [Album: Return To Forever]