いちばん最初に100℃になるのはどこか?
― 物事がそう単純ではないと知った日のこと ―
これはもう50年近くも前のこと、私が小学生時代のことです。
理科が大好きで得意だった私ですが、あるテストで100点が
取れなかったことがありました。それ以来、時々思い出して
は、あれは本当にあれで正しかったのだろうかと考えてきま
した。約50年たった今でも納得がいかないことがあります。
それはこういう問題でした。水の入ったビーカーが下からア
ルコールランプで温められている。温度計が3本(ア)(イ)
(ウ)の位置に吊るされている。さて、いちばん最初に100℃
になるのはどの部分の水か?という問題でした。
回答は次の3つです。
(ア)ビーカーの水面近く
(イ)ビーカーの真ん中
(ウ)ビーカーの底近く
当時の私の知識は次のようなものでした。
A.対流というものがあって、お風呂は上のほうから先に熱く
なるということは当然知っていました。しかし、
B.熱は高いほうから低いほうにのみ伝わる、その逆はあり得
ないということも知っていました。
(今思えば熱力学の第二法則ですね。)
そこで悩みました、出題者はA.の対流により水のてっぺんが
最初に熱くなるということの知識を期待しているのだろう。
それだったら「(ア)ビーカーの水面近く」になる。
しかし、「いちばん最初に100℃になるのはどこか?」と問うて
いるのだから、もっとミクロに見なければなるまい。その場合に
は、B.の法則で「(ウ)ビーカーの底近く」が最初に100℃か
それ以上になるに違いない。泡は水蒸気の塊で、水蒸気は100℃
よりもはるかに熱くなることがある。
その部分が、対流でてっぺんに行き、マクロ的に見れば、その
熱が蓄積されて上のほうから熱くなるのだろう。前の(ア)で
は、アルコールランプの熱がビーカーの底から水面までを飛ん
で伝わることになってしまう。それはとんでもなく非科学的な
ことだ。
マクロに見るか、ミクロに見るか。あるいは、それまでに身に
着けた「処世術」にしたがって出題者の意図を汲んだ回答にす
るべきか。あるいは幼いとは言え、「科学者」としての信念と
良識に従って回答するべきか。理科は得意中の得意でしたから、
ほかの問題はとっくに回答済みでした。その一問にテスト時間
の残り半分以上の時間をかけました。
本当にその小さなたった一問にですが、私にとってはこれから
の人生の方向、『生き方』のかかった問題でした。悩みました。
そして、私の出した結論は、なんと、テストに関する「処世術」
に従がって、出題者の意図を汲んだ回答を書くといった世渡り
上手のそれではなく、「それでも地球は動く」と地動説を唱え
続け異端審問にかけられたガリレオの流れを汲んだ「科学者」
としての信念に基づいた回答を選んだのです。
(後年の世渡り下手の種がこの時点ですでに表れていた!)
すなわち、「温度計の温度を感じる先端部分が十分小さければ」
B.の法則により「(ウ)ビーカーの底近く」が最初に100℃を
『検出するはずだ/しなければならない』と判断して、見事に
ペケを貰いました。悩むこともなかったであろう多くの友人の
回答は、当然のごとく「(ア)ビーカーの水面近く」でした。
やがてテスト用紙が採点されて返却されました。案の定、その
一問のために100点は取れませんでした。しかし、自分の良心と
信念に基づき、再考に再考を重ねた回答だったので悔いは全く
ありませんでした。その時でも「科学者」である私は、心中密
かに「それでもビーカーの底が最初に100℃になる」と信じてい
ました。約50年後の今でさえそう信じています。「それでも地
球は回り、それでもビーカーの底が最初に100℃になる!」と。
当時の私の考えは間違っていたのでしょうか? いまだに決着
が付きません。どなたか納得のいく解説ができる方に、50年の
長いトンネルから私を救い出せるような解説をお願いしたいと
思います。
ついでながら、現代の理科教育ではどのように教えられている
のかもお知らせいただければありがたいと思います。
注)いろんなところに投書してみたが、新聞社に採用されることは
なかった。たぶん、質問自体が理解できないという人も多いみたい
で、とんちんかんな回答だったり、台所と温度計さえあればできる
実験をなぜ自分でしないのだというお叱りだったりで、さんざんな
目にあった。中には、まともな回答もなくはなかった。
Aさんの回答
一番最初に100度になるのは、底に近い部分の水
その考え方は、わたしも正しいと思います。
ただし、底に近い水が100度になった瞬間、
対流により、上にあるそれより低い温度の水が
降りて来て温度を下げてしまう。
ゆえに温度計の数値が確定するまでの間
底の水温は100度でいる事が出来ない。
100度の湯が上昇して行く真ん中も同様。
結果、最初に温度計の数値が確定するまで
100度を維持出来るのは、ビーカーの上部の湯
という事なのかも知れません。
光学センサー等で一瞬で温度を測れる物があれば、
おそらく底の温度は、100度と100度以下の温度を
目まぐるしく行き来すると思いますが。
Bさんの回答
ど素人です。
底「近く」ってのが気になりますが、私も(ウ)が正解だと思います。
その証拠に鍋で湯を沸かすと底から沸騰しはじめて気泡がつくこと
からも明らかです。
対流はプル―ムとなって上昇・下降してるはずですので、ミクロ的な
温度分布は水平方向で高低があり、鉛直温度分布はプルームの中・外
で逆勾配になってると思います。
まー、火をとめたら先生のイメージになるというだけでしょう。
おめでとうございます。
回答への謝辞
ご回答ありがとうございます。
Bさんのご回答とほぼ同じで、
①底の部分の水が最初に100度になる(ウ)けれど、
②測定器が最初に100度を示すのは常識的な水面(ア)になる。
ということですね。
熱は高い方から低い方へしか伝わらないこと、熱力学の第二法則ー
エントロピー増大の法則-がありますが、一見、それが壊れたかに
見えても、ミクロに見れば、ちゃんと成り立っている。
結果として、
①ミクロに見れば(ウ)ビーカーの底
②マクロに見れば(ア)水面付近
温度計に何を使うか、回答者(テストの受験者)にどのレベルの
回答を要求するか、測定者(日常生活レベル=水銀温度計か、科学
者レベル=光学温度計)によっても、正答は異なってくるという、
「良いそして深い」問題だったのかも知れません。
私が、正誤を決められる種類の問題ではありません。が、簡潔に
かつエレガントな記述をいただいたAさんにベストアンサーを差
し上げたいと思います。