競争戦略論Ⅱ
『市場環境のダイナミクス』から戦略を考える
『市場環境のダイナミクス』から戦略を考える
今回は「競争戦略論Ⅰ」の続きです。まだお読みでない方は、そちらからお読みくださると分かりやすいと思います。
前回は、競争戦略を「移動障壁による競争力の創出」という視点で捉え、ビジネスへのヒントをまとめました。今回は、市場環境のダイナミクス、商品ライフサイクルの視点で戦略を考えてみます。皆様のお仕事に少しでもお役に立てれば幸いです。
競争戦略は、ある市場の中で競争相手との戦いを導く基本方針のことです。そして、競争戦略の本質は、非競争的な状態を目指すことです。つまり、競争戦略の本質は、非競争的な状態を目指すことです。課題として2点を挙げました。
a) 競争者の対抗策に十分配慮しながら、メリハリの利いた統一の取れた行動を取ること(持続的な差別優位の確保)
b) 市場環境の変化に対応して戦略を切り替えること(商品のライフサイクルに対応する)
a)が前回の「移動障壁」という考え方でした。今回は、b)の市場環境のダイナミクスへの対応、つまり商品のライフサイクルに応じて戦略を使い分けることを考えます。
企業が利潤を生むためには競争せざるを得ないこと、そして競争を有利に進めるために移動障壁が必要でした。しかし、ある時点では移動障壁を作り他社と差別化が出来ていたとしても、市場環境が変化すればその戦略も変えなければなりません。つまり、競争戦略を成功させるためには、戦略をタイミング良く合わせていくことが必要になります。
市場の「知識体系」の変化に着目して、生成、発展、安定、衰退というタイミング別に状況をまとめ、戦略の方針について提案します。
新しい製品(以下、技術、サービスも含む)が生まれたばかりの時期には、その製品の価値は消費者にも、流通の取引先にも理解されていない段階。その製品が売れるのかどうかも誰も分からない。知識が蓄積される枠組み自体がいまだ確定せず、知識の蓄積自体が不可能な生成期。
消費者には製品に対する知識はなく、自分の生活に必要と感じても、実際に使ったことはほぼないので、何をどのように選べばよいか分からない時期です。
<戦略の方針>
*消費者に対して双方向のコミュニケーション(プッシュ戦略)
*製品の価値に対して値ごろ感(安くはない価格設定)
*商品説明に取り組んでくれる流通との取引
消費者とのコミュニケーションのために費用がかかるので、粗利を確保する必要があります。またこの段階では生産コストも高いため、販売価格は比較的高いものとなります。徐々に製品が普及し、知識体系が業界にも消費者にも広がると発展期へと移行します。
追随する企業が現れ、競合商品が作られるようになると、価格や品質、機能など業界内で標準規格や目安、基準が作られるようになります。核となる知識体系が業界に定着し、技術と需要の先行きが予測可能になり、事業による経験が効いてくる段階で「売れ始めることが、新たな売れ行きを作る」状況です。量が増えることによって、価格も下げることが可能となります。
<戦略の方針>
*消費者に対してアピールするためにデザインやパッケージ等の付加価値提案
*低価格化(生産技術やノウハウの進歩、需要予測による計画的な準備などによるコスト低減)
*幅広い流通での販売、流通差別化
*マス媒体での広告
消費者が製品自体は認知しているので、製品そのもののアピールではなく、付加価値での競争に入ります。そこで自社の強みを活かして、他社との差別化を行うことが必要です。製品周辺での差別化もそうですが、どこで買えるか、どのように買えるか、というような流通戦略も差別化の一つの戦略になりますので検討しましょう。やがて競争が激化していくと、大規模な少数企業が勝ち残るようになり安定期へ移行していきます。
市場での競争の結果、限られた大手企業が残り、知識の独占を通じて最大の利益を上げる安定期となります。この時期には各社が各々のポジショニングを明確にして市場のすみわけを行っています。寡占市場のため、これ以上のシェア拡大は難しいため、各社は市場を細分化して、小さな差によるポジショニングの違いを打ち出すようになる時期です。
<戦略の方針>
*市場の細分化、新しい切り口によってこれまでに気付いていない市場を作り出す
*強みを活かした独自のポジショニング確保
*小さな差異による差別化、消費者へのアピール方法の工夫
*多種多様な流通チャネルでの販売
*これまでの投資の回収時期
例えば、パンであれば、今さらパンがどんなものかの説明は不要でしょう。そこで、蒸しパンという従来のパンとは違う製法でパン市場に入り込んだり(新しい切り口)、チョコレートで有名な会社がパンを出したり(強みを活かしたポジショニング)、ポケモンのパッケージのパンを販売したり(消費者アピールの工夫)、通販でパンを販売したり(多様な流通チャネル)などをして、製品やこれまで築いてきた生産設備、流通やシステム、人材など経営資源に大きな手を加えなくても良い段階なので、企業はこれまでの投資を回収する大事な時期になります。
ただし、製品が行き渡り、大手小売りでPBが作られるようになると、メーカー側が流通に対して交渉力を失っていきます。研究開発などを行い製品を開発し、市場を開拓してきたメーカーの力が弱まると、市場は衰退期になってくる。例えば、コンビニがPBでパンを販売すると、これまでメーカーが生産していた同種類のパンは、コンビニの棚に並ばないという大きなダメージを受けるでしょう。生産技術などの知識体系が小売り側に移転した結果、交渉力も小売り側へ移ってくるのです。
企画開発、生産技術、販売などの知識体系がメーカー以外にも広く行き渡り、メーカー中心の業界の知識体系に優位性がなくなります。衰退期では、業界における知識の所有構造が逆転し、寡占メーカーの利益独占体制が崩れることになります。この頃には生産ノウハウなどが生産機械に体化し、事業運営のノウハウがシステムソフトなどに体化され、製品で差別化することが困難な時期です。
<戦略の方針>
*幅広い販路や新しい販売方法への挑戦
*蓄積した知識を活かし新市場への挑戦
*保有している経営資源を活かした他の市場への挑戦
衰退期に入ってしまうと、製品のライフサイクルの終わりに近づいていますので、ビジネスは難しい時期です。ここでは、企業にとって革新が必要となります。戦略を考える時には、何もない真っ新な状態で一から挑戦するのではなく、今ある何かを踏み台にして、新しい何かに挑戦する方法です。右足は現在持っている何かに軸足を置きながら、左足は新しいことをするようなイメージです。
例えば、生産技術、販売能力、特許、知的資産、匠の技、人脈、企業ネットワーク、地域ネットワークなど
を活かしながら、これまで挑戦しなかった製品、サービスなどに挑戦するということです。今ある強い「知識」を活かして、新しい市場へ飛び込むのです。
競争戦略を2回に分けてまとめ、提案をしてまいりました。ノウハウは直ぐに廃れますが、このような骨太の考え方は何十年たっても生きます。
このブログでは、パッと見て、今から何をするかはほとんど書いてないかも知れません。ただ、経営学の考え方を理解することで、あなたの頭の中にある混沌とした膨大な知識が、やがて整理されて、戦略や対応策、そして今日からやることの具体的な形になると思います。少しでもお役に立てれば嬉しい限りです。
参考)「経営戦略論」新版 有斐閣