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2021年12月
2021年12月26日 降誕節第一主日礼拝
説教 「天上の平和のうちに~Sleep in Heavenly Peace」 田淵 結 牧師
聖書のことば: 聖書 ルカによる福音書2章8~14節
今年のアドヴェント、第二週以後アドヴェント、クリスマスにちなむ讃美歌を巡ってお話をしてきましたが、「見張りの人よ」「世の人忘るな」のどちらも、どちらかというと日本ではあまり歌われない、ほとんど知られていない曲ばかりでした。というのも世界中、そして日本でさえもクリスマスを人々が祝っているというなかで、まさに何万というクリスマスにちなむ曲が作られました。もちろん信仰的なものばかりではありませんが、そのなかで教会で歌われる讃美歌としても世界中でもやはり何千曲もあることでしょう。ですから私たちにあまりおなじみでない曲で、ぜひみなさんにも知っていただきたいという願いもありました。アメリカの教会を訪ねていたとき、Hymn Singing Serviceというプログラムに参加したことがあります。それは礼拝に集まった人たちが、自分の好きな讃美歌をリクエストしてみんなで一緒に次々と歌ってゆくなかで、その讃美歌をめぐるご自身の信仰生活の一面を語り合い、聞きあうというものでした。なかなかコロナ状況のなかで芦屋キリスト教会ではできないかもしれませんが、みなさんのお好きなクリスマスの讃美歌を心から歌えるクリスマス礼拝ができることを願っております。ぜひご家族でもそんなひと時をお過ごしください。
そこで今日はみなさんにも、そして世界中でもっとも知られた讃美歌「聖しこの夜」を巡ってのお話をしてみましょう。おそらく日本でもこの曲を歌ったことのない人のほうが、少ないのではと思えるぐらいよく知られた曲ですし、1961年から二十年ぐらい日本の小学校の音楽の教科書にも採用されていたそうです。ドイツ語の作詞者はヨゼフ・モール、フランツ・クサーヴァー・グルーバーによって1818年に作曲されたそうです。その作曲を巡っての有名なエピソード、モール神父の教会のオルガンが故障してクリスマス・イブの礼拝に使えなくなったので、それに代えてこの二人が急遽この曲を作曲し、ギターで演奏した、というもの。ただしそれが事実であったのかどうかということには議論があります。ただしそんな由来の物語以上に注目すべきことは、この曲が世界中で歌われているということでしょう。日本にも明治時代には伝えられていたのですが、「聖しこの夜」という歌詞で歌われるようになったのは、1909年からということで訳詞は「まぶねのなかに」などの日本の代表的な讃美歌作詞者である由木康氏(ちなみにこの方は関西学院の卒業生で、長く東京で牧師をされていました)によるものでした。そして曲も、ヨーロッパではよく野宿をする羊飼いの情景を表す八分の六拍子のシチリアーノという曲のスタイルによって、イエスの誕生の夜の静けさを伝える美しい曲となっています。
ただしクリスマスの、ルカによる福音書の光景を描き出す音楽としては、もうひとつ「天使の合唱」があります。こちらはルカ福音書2章14節を歌詞として、非常にダイナミックな動きを持つ音楽が残されています。またもや私が学生時代の文学部チャペルアワー(学校礼拝)で語られたお話のなかに、当時美学科音楽学専攻の谷村晃先生が、歴代の作曲家たちはこの天使の音楽を再現することに心血を注いだ、ということに触れられたこともとても印象に残っています。この歌詞はラテン語では"Gloria in excelsis Deo"ですから、カトリック教会の日常の礼拝(ミサ)のなかで、栄光の賛歌として日々唱えられるもので、著名な作曲家たちは多くのミサ曲のなかで、この言葉を音楽化しています。そしてどれもが、天から地上に天使の合唱が響き渡る、ダイナミックな作品となっています。でも最初に羊飼いたちが聞いた天使の合唱は、本当にそのような力強い、「天の大軍」(ルカ2:13)によるものだったのです。そして日本語の歌詞ではそのところは出てきませんが、英語の歌詞の第二節に、"Shepherds quake at the sight! Glories stream from heaven afar, Heavenly hosts sing Alleluia!”(羊飼いはその光景に身震いをした、遠く天から栄光に満ちた光の帯がとどき、天使たちはアレルヤを歌う)と彼らが天使の合唱を目の当たりにした光景が、この静かな曲によって描かれています。もちろん羊飼いたちは驚き震えたのですから、ちょうど預言者イザヤが神様を目にしたような(イザヤ6:3)「ものすごい」経験だったことでしょう(ちなみに原詞となるドイツ語の歌詞では「羊飼いらは初めて知る 天使らのハレルヤによって その歌声はあらゆる場所で 高らかに響き渡る」とやはり「高らかに響き」わたったことになりますが)。でもこのルカのクリスマスの物語は、野宿する羊飼いの静けさから始まり、マリアとヨセフが静かに幼子イエスを見守るという静けさこそが「すべて天使の話したとおりだった」と確信し、喜びに満ち溢れて帰路についたのですから、やはり「静けさ」に大きな強調点というか、クリスマスの意味をとらえているのです。「聖しこの夜」の第一節が「眠りたもう、いとやすく」(英語の歌詞でいう"Sleep in Heavenly Peace"(天上の平和のなかに眠られる))という言葉で締めくくられる大きな意味があります。この讃美歌が、キリスト教の枠を超えてひろく受け入れられている理由、さらに言うとクリスマスが多くの人に受け入れられている理由もまさにこの「天上の平和」、神様が与えて下さる平和にあるようです。
ところが「平和」という言葉ほどまた私たちの立場によって誤用され、曲解されている言葉はありません。つまり平和を作り出すための戦争を正当化するということで、まさに国連のPeace Keeping Operation(平和維持活動)などがその最たる例ですし、私たちの政府もまたその方向性に力を入れているようにも見えます。でもそのような力づくでの平和実現は、本当に聖書の語る平和なのでしょうか。天使たちが語るように神様の「御心に適う人」たちの行為なのでしょうか。1914年の第一次大戦のさなかのクリスマスイブに、英独両軍の兵士たちがそれぞれの塹壕から、どちらからともなく「聖しこの夜」を共に歌ってクリスマスのひと時を共に祝ったという「クリスマスの真実」とよばれる出来事があったと言われています。ただしその史実性についても、その讃美歌は「神の御子は」(Adeste Fideles)だったとか、どこまで両軍兵士が心を合わせたかも議論がなされています。そしてクリスマスが終わると再び戦いが続いたのです。ただし、そのような「真実」が語られる背景に、軍事力の平和ではない平和の大切さ、それを実現するクリスマスのメッセージが求められていたのでしょう。そしてさらに重要なのは、そのような平和を実現することのほうが現実にはより困難であり、私たちにはさらに大きな、そしてとても苦しい努力がもとめられるということも表しています。天使たちがイエスの誕生を「民全体に与えられる大きな喜び」、以前の口語訳聖書では「すべての民」でしたが、世界中のすべての人の平和、というときに、それがある人の平和がほかの人の不幸になるというものではないのです。例えば人間が戦いによって自らの平和を手に入れることは、「敵」と呼ばれる人たちに敗北の上に成り立っているのです。天使たちの語った平和が、やがてイエスがその生涯を通じて訴え続けるメッセージを通じて実現されるべき平和、「平和を実現する人」が同時に「義のために迫害され」「わたしのためにののしられ、迫害され」る人であること(マタイ5:10-11)「子ろば」に乗ることによって「平和を告げる」(マタイ21:5、ゼカリヤ9:10)という、私たちの思いを超える形での平和を求める生き方がクリスマスから始まっイエス誕生の夜の静けさが、私たちが思う平和以上の「Heavenly Peace~天上の平和」のときであり、私たちが飼い葉おけのイエスと出会うことはまたそのような平和を実感し、それを実現するために生きるスタートとなるのです。
祈りましょう:神様、今年もまたクリスマスを迎えました。私たちは今日26日にクリスマス礼拝を祝いますが、実はクリスマスは12月25日から始まる私たちにとってとても重要な季節であること、そこから新しい時代、あなたの与えて下さる平和の実現へと向かう時代が開かれていたことを改めて思わせてください。私たちの社会で、私たちの生活のなかで、どうぞ私たちがその平和を実現する働きを果たす思いを、幼子イエスとの出会いの中で与えてください。飼い葉おけに生まれられた主、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン
2021年12月19日 待降節第四主日礼拝
説教 「世の人忘るな、クリスマスは」 田淵 結 牧師
聖書のことば: 聖書 イザヤ書40章1~5節
エフェソの信徒への手紙 5章6~14節
いよいよ今年もアドベントの第四週となりました。アドベント キャンドルも四本目に火が灯り、12月25日ももう間もなく、芦屋キリスト教会のクリスマス礼拝は26日、私の経験ではプロテスタント教会では12月25日に一番近い日曜日にクリスマス礼拝を行うということだと思っていましたが、日その礼拝を行う教会もあるようです。 先週の日曜日一緒にアドヴェント礼拝を 守った神戸ユニオン 教会は今日がクリスマス礼拝、そのお話は 私が担当します(英語ですが、よろしければネットでもご覧いただけます:午前9時30分より https://www.kobeunionchurch.com/index.html)。そしてクリスマスで盛り上がっているのはどうも教会以上に、街中のクリスマス商戦のほうではないかと思わされもします。そんななかのことだと思われますが、1951年フランスのある町でのクリスマスイブの夜、大聖堂の鉄格子にサンタクロースの人形がつるされて燃やされるという出来事がありました。しかもそれはキリスト教の神父たちによって行われたというそうです。つまりあまりにも商業主義に陥ってしまったクリスマスの象徴としてのサンタクロースを「処刑」したということで、本来のクリスマス Christ-masを取り戻すためのアピールだったようです。「その様子を見ていた250人の子どもたちは・・・サンタクロースに魅せられてしまうと同じ目に遭わされると感じたかもしれない」(タラ・ムーア 『クリスマス全史』 原書房 2021年 168頁)と思ったいうのでは、その行為はあまり教育的ではなかったのでしょう。それでもクリスマス商戦の勢いは以後70年経ってますます盛んとなり、その試みもあまり効果はありませんでした。そして毎年キリスト教会の礼拝では日本社会のクリスマス・ビジネスへの批判と、本当のクリスマスとは…というお話になるのです。今日の私のお話も結局結論はそこになるのですが。
ただし、先ほど紹介した『クリスマス全史』の第2章「初期の祝祭と慣習」というところを読むと、そもそもクリスマスがこんなに注目されるようになったのはローマ帝国のおかげで、そのとき必ずしも純粋なキリスト教の行事としてだけでなく、むしろ世俗的、異教的イベントと融合させたからこそ、一般に受け入れられたのだということのようです。そもそもキリスト教にとってクリスマス以上にイースター(イエスの復活)のほうがはるかに重要な意味があり、最初期からしっかりと守られ祝われてきたのです。そしてキリスト教がローマ帝国領内に広がり、多くの人たちに受け入れ、4世紀になって帝国公認宗教さらに国教となっていくなかで、ようやくクリスマスが特別な祝祭として祝われるようになりました。ところがイエス自身が何月何日に生まれたのかということはキリスト教自身ではまったくわからなくなっており、そこでローマ帝国のなかでそれが12月25日と定められたのでした。ただしその日が選ばれた理由は異教的なもので、ひとつは当時帝国の兵士たちに広く受け入れられたミトラ教の太陽神ミトラスの誕生日が12月25日であったことが指摘されています。これは当時のカレンダーのユリウス暦ではその日が冬至にあたり、一年で最も夜が長く暗闇に包まれてきたのがこの日を境に明るさを増してゆくということが決定的な意味を持っていました。現在の私たちのカレンダーのグレゴリウス暦でいうと冬至はクリスマスより早い2021年は12月22日なのですが、ユリウス暦の冬至をグレゴリウス暦に置き換えると25日となるのです。さらにもう一つ、紀元4世紀のローマ帝国では農神サトルゥヌスを祭る収穫祭として盛り上がる季節というところに、イエスの誕生日を重ね合わせたという背景もあり、12月25日クリスマスのこうした多信仰、多文化的起源によってクリスマスは一般にも広がり、同時にキリスト教と異教的雰囲気との緊張関係が現在まで続くことになったのではないでしょうか。
ということで例えばプロテスタント教会のなかでも、ジャン・カルヴァンの系譜であるピューリタン(清教徒)的伝統を強く持つ教会では、純粋にキリスト教的クリスマスを守ることを強く主張し、ときにはサンタクロース(その由来はカトリックの聖人セント・ニコラウス)、クリスマスツリー(その起源は宗教改革者、マルチン・ルターだったともいわれます)、あるいはクリスマスの讃美歌などもやめようという運動、さらにはクリスマスそのものも祝わない、という動きもあったようです。また東ヨーロッパやロシアなどに広がったキリスト教(オーソドックス教会)では12月25日以上に1月6日をクリスマスとしてお祝いする伝統があります。
とはいえ、私たちの教会では12月25日を中心にクリスマスをお祝いしていますし、商業主義のカレンダーと重なっていることで、だからこそ先ほど結論を先取りしたように「教会が祝う本当のクリスマスとは…」というお話となるのですが、今年このアドヴェントの日曜日のお話で、クリスマスの讃美歌を考えているなかで、だからこそ今ご紹介したい一つの曲があります。私たちの讃美歌集では第二篇という1967年に編集された部分の128番に収められている「世の人忘るなクリスマスは」というものです。まさに歌いだしの歌詞から「教会が祝う本当のクリスマスとは…」という展開にふさわしいように思えます。この曲はもともとイギリスで17世紀から歌われていたようで、有名なディケンズの「クリスマスキャロル」というクリスマスの古典的小説のなかでも"God bless you merry gentlemen! May nothing you dismay" (神様が紳士のみなさんを祝福してくださいますように! 何も心配することなどありません)というように引用されています。歌詞も時代を通じていろいろ改変されているようですが、最近のものの第一節は
God rest you merry, gentlemen, Let nothing you dismay,
(神よあなた方紳士諸君を楽しく休ませてくださいますように、何も心配することのないように)
For Jesus Christ our Saviour Was born on Christmas day,
(なぜなら私たちの救い主、イエス・キリストが クリスマスの日に生まれられたから)
To save us all from Satan's power When we were gone astray:
(道を誤ってさまよう私たちを、サタンの力から救ってくださるために)
O tidings of comfort and joy, comfort and joy, O tidings of comfort and joy.
(慰めと喜びのよき知らせです)
となっています。そしてこの讃美歌を歌っていくと、クリスマスとはどんな出来事なのか、その意味はなにか、ということがわかってゆく内容となっていきます。まず私が皆さんにおすすめしたいのは、クリスマスにご家族やお仲間と、ぜひクリスマスの讃美歌を全節歌ってみていただきたいということです。「きよしこの夜」でも「諸人こぞりて」でも、それをただBGMとして聞くのではなく、ご自身で歌ってくださる中で、そうか、クリスマスとはそういうことだったのかということを自然にお分かりいただけるようになるでしょう。言い方は変ですが、私のお話を聞いて頂く以上に効果的なのではと思ったりもします。時には英語のものでもいかがでしょうか。
そしてもうひとつ、この「世の人忘るな」の讃美歌は、最後の部分 "O tidings of comfort and joy,"は全節繰り返しとなっていて,第二篇でも「よろこびとなぐさめのおとずれ、今日ここに来たりぬ」と歌われます。私はまさにここにクリスマスでもっとも中心的なメッセージが込められているといつも歌いながら思わされています。社会(世俗)のクリスマスと教会のクリスマスの最大の違い、それはそのクリスマスを経験する人々に「慰め」が与えられているか、ということです。日常での辛く苦しい経験、悲しく痛ましい思い、それらが果たして街角のショーウィンドウから得られるのでしょうか。むしろ人々が華やかに、楽しく、きらびやかにクリスマスを祝う姿は、そんな状況から遠ざけられてしまっている人々には苦しみを感じさせることとなってしまいます。イエスがベツレヘムの馬小屋の飼い葉おけにうまれ、それを最初に知らされたのが野宿をしている羊飼いたちであった、というルカによる福音書の記事は、本当の(最初の)クリスマスが、そのような状況のなかにある人に対してのメッセージであり、旧約の預言者イザヤは、人々に神様からの「慰め」をまず訴え(40:1)、それが「大きな喜び」(ルカ福音書2:10)であることを、この讃美歌を歌うたびも思わされることです。
さらにローマ帝国時代に12月25日クリスマスが始まり、それが定着した中で当時の異教的背景があったとしても、聖書は繰り返しイエス・キリストの到来によってこの社会が明るく照らされるようになったことを訴え続けます。使徒パウロはエフェソの信徒の手紙の5章で、私たちが「以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています 」と語り「光の子として歩みなさい。 」(8節)と訴えます。たしかに現在でもクリスマスになると暗闇に輝くイルミネーションやキャンドルライトの輝きが社会を明るくするイメージとされ、多くの人々がそれを楽しんでいます。ただしそれはあくまでも暗闇のなかにあるからこその光の美しさを実感するということになると、実はどこかで私たちが暗闇を必要としてしまっていることなのです。キリスト教においてイエス・キリストによってこの世が照らされるということは、暗闇のなかに押しとどめられている人々がそこから解放され、安心して明るさの中に生きることができる「喜び」を実感することなのです。羊飼いたちが幼子イエスと出会った後「神をあがめ、賛美しながら」(ルカ2:20)、博士たちが今までとは「別の道を通って」(マタイ2:12)それぞれもとの生活の場所へと帰っていったこと、でもそれは決してもとの場所ではなく、それぞれがそこで喜びをもって生き続ける場所となることを聖書の語るクリスマスは約束しています。12月25日のクリスマスのスタートが多宗教的、多文化的なものであったからこそ、キリスト教が聖書によるクリスマスを打った続ける意味がさらに大きなものであったこと、この日本の社会のなかでなお「喜びと慰めの」メッセージを語り続けること、そしてこのクリスマスの讃美歌もまた歌い続けられることが大切に思われるのです。
祈りましょう: 神様、いよいよアドヴェントも終わり、12月25日を迎えようとしています。そして芦屋キリスト教会では今年26日にクリスマス礼拝を行います。それによって12月25日からクリスマスが始まり、私たちにとって明るさに満ち、喜びと慰めの約束されるときのなかに新しく生かされることを改めて覚えることができますように。神様、あなたの下さる慰めと喜びを、より多くの人たちにお与えください。そして私たちを、それを伝えるべきつとめに用いてくださいますように。クリスマスに生まれられた主、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
2021年12月12日 待降節第三主日礼拝
説教 「見張りの人よ」 田淵 結 牧師
聖書のことば: 聖書 イザヤ書21章11~12節
コリントの信徒への手紙二、11章1~10節1
前回もクリスマスの讃美歌についてお話をしましたが、今日もアドベント~クリスマスではクリスマスの讃美歌(音楽)をめぐってメッセージをお届けしたいと思います。やはり音楽なくしてクリスマスは過ごせませんし、私にとってはこのシーズンいくつものクリスマスの讃美歌や音楽が次々と浮かんできます。
私自身大学生になるまで全く知らなかった一ひとつの曲についてお話をしたいと思います。文学部一年生のときのチャペル(学校礼拝)で当時英文学科におられたマーク・リームズ先生から教えて頂いたもので ”Watchman, Tell Us of the Night"、私たちが教会で用いている日本キリスト教団讃美歌では218番「夜を守(も)る友よ」です。ところがこの曲はその讃美歌集ではクリスマスの曲としては分類されおらず、歌詞もその第1節は
夜を守る友よ、闇夜を照らす 道の光は まだ昇らずや 旅行く友よ、かの山の端(は)の さかえ輝く、星かげみずや
と全三節が文語体で載せられています。ところが日本基督教団讃美歌委員会が1997年に新しい讃美歌集『讃美歌21』を発表したときに、この曲は236番「見張りの人よ」という題でクリスマスの曲として掲載され、その歌詞も
1 「見張りの人よ、夜明けはまだか いつまで続く この闇の夜は」。 「旅ゆく人よ、東の空に あけの明星 ひかり輝く」。
2 「見張りの人よ、あの星こそが 約束された 時のしるしか」。 「旅ゆく人よ、暗いこの世に 平和を告げる 夜明けは近い」。
3 「見張りの人よ、朝は来るのか。 すべての恐れ 消えゆく朝は」。 「旅ゆく人よ、恵みの光 やがて現れ 行くてを照らす」。
4 「見張りの人よ、眠らぬ夜の つとめが終わる 夜明けは近い」。 「旅ゆく人よ、世の光なる 主イェスは近い、救いは近い」。
と4節になり、ちょうどアドヴェントの4週間で毎週徐々にクリスマスが近づいてくるように、夜明けが近づくという内容とされています。ところでリームズ先生は文学者でしたから、この讃美歌のドラマ(舞台劇)のような構成について語ってくださり(もう50年近く前のことですが、とても印象的に私の記憶に残っています)、あらためてこの讃美歌を歌うことの面白さ、大切さに気付かせてくださいました。各節の最初二行と後半二行が、そこに登場する人物の会話(掛け合い)となっており、私たちの讃美歌でも、一番最初は「物見の人よ」と呼びかけの形で始まります、そして後半は「旅する人よ」と、呼びかけられた「物見の人」つまり夜警をしているひとが、そこにやってきた訪問者に答えるという会話となっています。ですからこの曲を歌うときは、配役を決めて、それぞれ問いと答えということをはっきりさせて歌うと、よりドラマチックになるでしょうね。
クリスマスというお祝いを象徴し印象づけるもののひとつは「光」でしょう。クリスマスツリーの電飾の輝き(ちなみにクリスマスツリーを最初に飾ったのは宗教改革者ルターだったともいわれます)、あるいは街角を照らすイルミネーション、そしてイブの礼拝などでは燭火礼拝も行われたりします。どうも12月25日クリスマス当日よりイブのほうが「盛り上がる」のも、それが夜でありその中に輝く光に注目されるからでしょうか。旧約の預言者イザヤは「闇の中を歩む民は、大いなる光を見た」(9:1)と神様の救いの実現を光のなかに期待し、ヨハネ福音書は「光は暗闇の中で輝いている」(1:8)とイエスの登場を光で表してもいます。でもそのとき私たちは光の明るさだけに目を向けるときに、暗さ、あるいは光の陰、その陰に隠されてしまっている現実や問題をつい見落としてしまってはいないでしょうか。あるいは神様の救い、そしてイエスの誕生をなぜ私たちは切実に求めているのか、という私たちが真剣に向き合わなければならない課題から目をそらしてしまいがちになるのです。
この讃美歌の原作者はジョン・ボウリングというイギリス人で、彼はこの詞をイザヤ書21章の言葉から採ったようです。そこでのイザヤの記事は、当時の南イスラエル王国(ユダ)がバビロンの攻撃を仕掛けられているなかで、歩哨が夜のうちに攻撃がないかどうか不安のなかで警戒にあたっているという状況を描いています。私も小説などでしか知りませんが、夜襲のほとんどは不意打ちの形ですから攻撃されると味方は大混乱に陥りとても勝利など望めない事態となるそうですから、それだけに陣営は不安ですし夜明けが早く来ることを待ち焦がれていたことでしょう。そのときのユダの陣地では、その暗闇のなかで何が起ころうとしているのかということへの予想、何が起こってもすぐに対応ができるという準備、さらに何もなければ翌日の戦いがありますから、そのために兵士の休養を取っておくといういつものことを考えねばなりません。だからこそその暗闇の中を過ごす人々に対し、イザヤはイスラエルの神主への信頼をより強く訴えたのです。暗闇のなかに私たちが過ごすからこそ、今の自分の状態がどういうものなのか、なぜそうなのか、だからどうすべきか、そのなかで神様の守りを私たちが真剣に求めるという姿勢が生まれてくるのです。
使徒パウロはその生涯でとても不思議な経験をいくつかしています。その最大のものは復活したイエスとの出会い(使徒言行録9章)で、それによって彼はキリストの使徒としての新しい生き方をゆるされ、彼によってキリスト教が世界宗教として広がってゆくための土台を築いたのです。また今日の聖書の箇所では、「第三の天」まで引き上げられた人を知っているというのは、これは彼自身のことだろうと思われます。「第三の天」ということについて、パウロ時代の解釈では天は三重で、その最高の高み(パラダイス)まで彼が引き上げられたという説明もなされていますが、要するに神様のすぐ近くまで、ということなのでしょう。ところがパウロの生涯を支えたものは、そのような素晴らしい啓示という経験ではなく「彼の弱さ」(二コリ12:8)であり、より彼らしい言葉でいうと肉体の「とげ」(7節)であったということです。それは自分自身が「愚か者」(6節)にならないように、「過大評価」(7節)されないように、「思い上が」(7節)らにように、という神様の配慮だったと彼は述べています。そしてその苦しみの中でかれは「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(9節)という語りかけを神様から、この地上で与えられたのです。彼に痛みがあり、辛さがあり、悲しみがあったからこそ、彼は自分の使命、なすべき働きの課題と大切さ、その意味を鮮明に理解し、それに取り組む生涯を全うできた、ということなのでしょう。
私たちの社会が12月になるとすぐにクリスマス一色になってしまって、まさにアドヴェントのことなど全く考えない、あるいは知らない、ということの問題を感じるのです。つまり私たちは自分たちが今、どんな問題を抱え、そのなでどんな状況にあるのか、今何をしなければならないか、ということをまったく考えないままに過ごしてしまう、だからこそ「クリスマス、クリスマス」と「盛り上がって」いても、それが私たちにとって本当に、私たちの苦しみや悲しみが神様に受け止められ、深い慰めと希望が与えられることのないまま終わってしまうということです。だからこそ私たちはアドヴェントの季節を大切に、真剣に、祈りつつ送りたいのです。そのときに、私たちを取り囲む社会の暗闇の深さ、私たちの弱さなどをより深く知ってゆくなかで、初めてそこに神様が、少しずつしかし確実に明るさをもたらしてくださることに気づき、あらためて私たちがクリスマスをどうお祝いすべきかを気づかせてくださるのです。
祈りましょう:神様、アドヴェントの第三週目を迎えました。改めて私たちがアドヴェントを過ごすことの大切さ、今の時だからこそ見つめるべきこと、考えるべきこと、そして「見張りの人よ、朝は来るのか。すべての恐れ 消えゆく朝は」という問いかけを真剣にあなたに投げかける祈りを捧げます、そのなかでクリスマスがいっそう待ち遠しく思われることを感じさせてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります、。アーメン
2021年12月5日 待降節第二主日礼拝
説教 「私たちの献げもの」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 聖書:マタイ福音書20章1-16節
コリントの信徒への手紙二4章7-15節
アドヴェントからクリスマスになると、私の好きなクリスマスの讃美歌をよく口ずさんでいます。曲は私がイギリスに留学していたときに初めて覚えた曲で、”In the Bleak Midwinter”、私たちの讃美歌でも「こがらしのかぜ」という題で468番として収められています。作詞はクリスティーナ・ロゼッティが1872年に、作曲はイギリスの作曲家グスタフ・ホルスト、クラシックの作曲家で「惑星」という組曲のなかの「木星」のテーマはよく知られおり、そのホルストが1906年に行っています。美しい讃美歌ですのでみなさんも歌ってみてください。その第四節に、
「牧者なりせばこひつじを
知者は知恵をぞささぐべき
まずしき我のイエス君に、
ささぐべきもの、こころのみ」
という言葉があります。イエスの誕生をお祝いしようと思った誰かが、でも自分はとても貧しくてプレゼントなど買えないと残念に思いました。そしてこの節は「ささぐべきもの、こころのみ」という言葉で締めくくられます。とても美しい思いですね、でもこの讃美歌を歌うとき、私には何か見過ごしている問題があるように思えるのです。私たちは貧しくてもまごころをイエス様にお捧げできます、というのはそうですが、しかしこの歌詞は、もし私たちがお金持ちだったら、なにか別の役に立つあるいは高価な贈り物ができ、それで主をお喜ばせできる、というようにも読めるのです。詩編の一つの箇所(詩編51:18-19 )には:
「もしいけにえがあなたに喜ばれ/焼き尽くす献げ物が御旨にかなうのなら/わたしはそれをささげます。
しかし、神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。/打ち砕かれ悔いる心を/神よ、あなたは侮られません。」
ですからベツレヘムの飼い葉おけの傍らでその人は真心を献げ、飼い葉おけのイエスも私たちの真心、あるいは砕かれへり下った思いを受け入れ祝福されることでしょう。でももし羊飼いなら、もし賢者だったら、あるいは金持ちの人だったら、その一人一人は自分の持っているものをイエスに献げることができた、と本当に言えるのでしょうか。
有名なブドウ園の労働者のたとえでは、一日で違った時間に雇われた労働者たちのグループが登場します。最初のグループは夜明けに、二番目は9時に、そしてお昼、午後3時、最後は5時と順番に出てきます。最初のグループには1デナリの賃金が約束されたのですが、最後のグループも最初のグループと同じように扱われました。そこで最初のグループのメンバーは不満で、雇い主に文句をつけたのです、全く公平じゃない!と。でもなぜ最後のグループの人たちは、その日もっと早い時間に雇われなかったのでしょうか。「彼らは『誰も雇ってくれないのです』と言った」(マタイ20:7)のでした。彼らは見るからに雇ってもらえそうに見えなかったのでしょう、おそらく身体的に。でもこの人たちは、自分自身に何か特徴があったわけではないのですが、結局最後には同じ1デナリで雇われたのです。1デナリという金額は、一日の生活費を満たせるもので、豊かでも貧しくとも、健康でもそうでなくても、毎日一デナリが必要でした。そして神はそのひとたちを養われるのです。この物語は「我らに日用の糧を与えたまえ」という私たちの祈りに応えるものなのです。その通り、私たちは養う立場にはなく、神さまに養われる立場にあるのです、たとえ働きや奉仕において満たされた立場にあったとしても、そうでなくとも。
私たちがあの讃美歌の歌詞から気づかされ、より深く考えるべき点は、私たちが豊かでも貧しくても、すべての良きものは神さまから与えられたもの、ということですし、もし私たちがほかの人に何かを与えることができると考えるとしても、それは私たちかのものではなく、その人たちに与えられるようにと神さまが私に託されたものなのです。言い方を換えれば、もし私たちが自分の努力や働きで何かを得ていると考えるとき、それはどこか間違っているのです。最初のグループはその日朝早く雇われました。その人たちは一日しっかりと働けるだけの健康と力があると思われたのでしょう。でもそれはただ神さまからその健康と能力を与えられていたからですし、それを彼らは自分たちの特権、当然の権利だと誤って訴えたのです。
人間が創造された物語(創世記2:7)において、神は土から私たちを造り、私たちは「土の器」(ニコリント4:7)でしかなく、それに神は「その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」のでした。つまり、私たちのすべては神から与えられ、私たちが必要とするものは神様が備えてくださったものなのです。だから与えるということは私たちの善意や好意によるものではなく、神様への感謝によって行われるものなのです・偶然なのか季節的なものなのか、それとも非常に考えられた神様の導きなのか、アドベント/クリスマスの季節の直前に、(アメリカの習慣に従った)感謝祭を祝うことは非常に意義深いものがあります。私たちは神様から与えられた多くのものに感謝し、そして神様への奉仕として、それを必要としている姉妹、兄弟たちとそれを分かち合うのです。そのために、私たちは祝福を受け、多くのものを与えられているからです。
祈りましょう:恵み深い神様、この年のこのとき、私たちは自分自身がとても多くのものに満たされ、恵まれていることに気づきます。それらは私たちが自分の力で獲たものではなく、私たちが隣人とあなたの祝福を分かちあうべく、正しく用いるためにあなたが私たちに託されたものです。神様、私たちをより感謝に満ちたものとし、今年のクリスマスをより意義深く迎えることができますように。なぜならあなたはあなたの独り子を私たちの世界に贈り、与えてくださったからです。私たちは、ただへりくだって頭をたれ、あなたのもっとも貴い贈り物を受けるためにあなたの前に、イエスキリストによって祈ります。アーメン
2021年11月28日 待降節第一主日礼拝
説教 「アドヴェントから始まる」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 列王記上 21章1~7節
マタイによる福音書 2章1~2節
キリスト教のカレンダーでいうと、今日から新しい一年が始まります。ということでかなり違和感のある言い方ですが、みなさん新年おめでとうございます、と今日はご挨拶すべきなのかもしれません。と同時に私が毎年考えてしまうことがあります。それは今年のクリスマス、12月25日は、私たちの日常のカレンダーでは2021年の年末ビッグイベントになりますが、教会のカレンダーでは2022年のスタートとなる行事としてのクリスマスのはずなんです。ということを考えると、私たちの社会の考え方、そして私たち自身がもっている常識と、教会の考え方はかなり違うし、普段の私たちは例えばクリスマス一つをとってもあまりよく分かっていないのでしょう。もうひとつの点を挙げると、クリスマスってそもそも一体何でしょう? それはそれはそれはそれはイエス・キリストの誕生を記念するとき、12月25日はイエスの誕生日だと社会でも教会でも当たり前のように祝われています。英語のクリスマスの歌でも "Happy Birthday, Jesus"というものもあります。それはそうなのですが、ただ誕生日だからおめでたいということになってしまうと、本当のクリスマスの意味、Christ-mas、キリストの祝祭、という「ことばの本来の意味」があいまいになってしまいます。またいつものキリスト教の神学的(理論的)なお話になってしまうのですが、「イエス・キリスト」という言い方は、「イエス」が歴史的な人物の名前、「キリスト」はその人物が担った役割、この場合旧約聖書のなかで預言され、人々がその出現を長く待ち望んでいた「救済者」「救世主」を意味します。となると、歴史的人物であるイエスの誕生を祝うのなら、むしろ"Jesus-mas"、イエスのイエスのお祝いとすべきではないかということですが、これもあまり耳になじみませんね。では本来の "Christ-mas"は、わたしたちの救い主がこの世に来られた、という意味で、その救い主・神の子がベツレヘムの馬小屋でイエスとして生まれたということなのです。確かに「ひとりの子ども」の誕生日を祝うということなら、キリスト教にあまりなじみのない方々にも理解しやすいし、だからこそクリスマスのお祝いはこれだけ世界に、そして日本にも広がったのです。しかし、それが世界のすべての人にとってのただ一人の救い主の誕生だ、というところは実はあまり理解されていないのも事実です。そこでつい私自身などは、日本の社会は本当のクリスマスを知らない、とかキリスト教は正しく理解されていない…などと批判めいた、不満のような言葉を口にしてしまうのですが、でもよく考えると、クリスマスの意味などわきに置いてクリスマスで大騒ぎをしている社会をつくってしまった原因は、実は教会や私のような牧師にも責任があるようです。つまり古くは1549年にフランシスコ・ザビエルによるキリスト教伝来から数えると470年あまり、明治初期のプロテスタント・キリスト教の伝道開始から考えても150年の間に、どれだけキリスト教自身が、そのメッセージを多くの人々にきちんと理解してもらう努力をしてきたのかどうか、その結果が現在の日本社会のクリスマスの大騒ぎとなっているとしたら、やはり日本のキリスト教会自身がもう一度今までの働きを振り返ってみなければならないところも大きいのです。
話題は変わりますが、2025年7月5日、私たちの芦屋キリスト教会は創立100周年を迎えます。『芦屋打出教会三十年略史』によると、長谷川敞・初音牧師夫妻を中心として芦屋の地で新たなキリスト教伝道の活動が開始され、大正14年(1925年)に「新会堂竣工直後の七月三日に最初の祈祷会を開いて祝福を祈った。12名の来会者であった。更に七月五日最初の聖日礼拝を行ったが三十九名の出席者があって、この日を長く教会の創立記念日とした」(21頁)と記されています。そこで、この3年後の教会100周年を私たちはどう記念すべきかを私たちは考え始める時を迎えようとしています。そのときに、私たちも芦屋キリスト教会がこれまでこの地域に、そして多くの人々にキリスト教をどのように理解していただけるような活動をしてきたかを振り返りなが、第二世紀目の私たちの教会の働き(ミッション)を考えたいと思いますし、私としてはキリスト教信仰をしっかりとした核とし、そこからこの地域社会にどのように仕えることができるか、そのために開かれた場となれるのか、ということを目指すことができればと願っています。旧約聖書列王記下のひとつのエピソードとして、ナボトという農夫が王の宮殿のすぐそばにとても豊かなぶどう畑をもっていました。ところが当時のイスラエル王アハブはそのぶどう畑を手に入れたいと思って、持ち主に譲ってくれるように話を持ち掛けました。そのときそナボトは、これは私が先祖から受け継いだ嗣業の地(へブル語でなはらーといい、神様から託されたものとして大事に守ってゆくべき地の意味)だから他人に譲ることはできない、と言って断わりました。最初王は庶民の土地であってもナハラーの土地には手を出すことができずにいたのですが、それを聞いた王の妻イゼベルは結局王の権力を濫用する形で土地を没収し、所有者を殺してしまいます。これを聞いた預言者エリヤはやがてイゼベルに神の審きが下ることを預言し、それが実現したというものがあります。芦屋キリスト教会の現在の場所は、まさに長谷川敞牧師を中心として教会設立にかかわった方々の努力のなかで、神様から託された私たちの嗣業の地ですから、やはり私たちはこの場所の特別な意味、貴い価値をしっかりと覚え、神様の御用のための場所であることを常に意識しながら、それが本当に私たちの社会をより豊かに、幸せなものとするためにも、これからの教会の方向性を真剣に考えたいと思います。
今日から教会のカレンダーでは2022年が始まりますが、その12月25日までの最初の4週間は、クリスマスを待ち望み、そのための準備をするアドヴェント(待降節)と呼ばれています。教会の習慣として祭壇の近くに4本のロウソクを置き、アドヴェントの日曜日ごとに一本ずつ点火してゆき、クリスマスが迫ってくること、その4本全部に火が灯されるとクリスマスがやってくることを実感するのです。このアドヴェント、英語で書くとAdventとなりますが、その単語の最初の3文字 "Adv..." を使ったほかの単語としてはAdvance(進歩、発達)があり、もうひとつよく知られている単語にAdventure(冒険)もあります。つまりカレンダーとしてはアドヴェントは毎年同じように巡ってくる季節のように思われるのですが、実は毎年今までにない新しい発見、気づき、出会いなどがあり、それらに真剣に立ち向かうことは私たちにとってとても大きな挑戦であり冒険となることを意味しています。そして今年私たち芦屋キリスト教会は、創立100周年を目指して、次の私たちの時代を考えるという冒険を、このアドヴェントから始めたいのです。最初のクリスマスのとき、ベツレヘムの馬小屋を東方から三人の(という数字は聖書にはありませんが)賢者が、救い主の誕生を信じて訪れました。この賢者たちが故郷の地で救い主の誕生を告げる星を見つけだけでなく、それを信じて砂漠や荒れ野という厳しい土地を旅することは、文字通りとても大きな冒険でした。でも彼らがその旅を続けることができたのは、神様がその星を輝かせながら彼らを導き続けたからでした。その星を見失わない限り、それがどれだけ厳しいものであっても彼らは安心して旅をし、救い主イエスの誕生(登場)に立ち会うことができたのです。
さあ私たちの教会のアドヴェントの歩みを、今年はより真剣に、祈り深く始めましょう。神様が私たちの上に導きの星をより鮮やかに輝かせて下さり、私たちの道をより確かなものとして導き、ささえてくださいますように。
祈りましょう:神様、今年もアドヴェントの季節を迎えました。ただしそれが私たちにとって毎年のこの時期に繰り返されるものとしてではなく、私たちの教会の新しい時代へとつながるためにあなたから与えられたときであることを改めて教えてください。だからこそ、私たちの教会の長い歴史を振り返りながら、私たちがこの教会において果たすべき責任、使命、そして課題を、あなたへの真剣な祈りのうちに改めて受け取ることができますように。東方の賢者たちを導いた星を私たちの上にも照らしてください。それを見上げることによって、あなたの導きをつねに確かなものとしつつ、このアドヴェントから始まる私たちの歩みを続けてゆくことができますように。主の御名によって祈ります。アーメン
2021年11月21日 終末主日礼拝
説教 「エリヤへの期待」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 マラキ書 3章19~23節(口語訳:4章1~6節)
マルコによる福音書 9章 2~8節
毎年この時期になると、同じ言葉から始まるのですが、それは「キリスト教のカレンダー(教会暦)によると・・・」というおなじみのフレーズなのです。教会のカレンダーの一年のスタートはアドベント(待降節)第一主日(日曜日 12月25日の4回前の日曜日)で今年は11月28日となります。ということは今日は一年で最後の日曜日ですので、なんだかいかめしく「終末主日」と呼ばれ、教会の一年の、そして私たちの信仰生活のなかでの「しめくくり」をすべき日となります。また今週で一年の後半「教会の半年」が終わって来週から「キリストの半年」が始まるということになります。その教会の半年の間、芦屋キリスト教会では毎週日曜日に「使徒信条」に従って教会の信仰ということについて考えてきたのもその暦に従ってのことでした。本当に個人的なお話ですが、私の名前は「結」(むすび)で、その命名者は祖母の長谷川初音、兄が創(はじめ)だから「結」でいいじゃない、ということだったと聞かされています。兄の名前は聖書の冒頭の書「創世記」にちなむものだったので、では聖書の最後の書物は「ヨハネの黙示録」ですから、ひょっとすれば私は「黙」という名前になっていたかもしれませんが、どんな人間になっていたのでしょう。では旧約聖書の最後の書物、それは何でしょう、ご存知ですか。それが今日の聖書のことばであるマラキ書で、その一番最後の節から今日はお話をしようと思います。ただし聖書箇所が3章と4章というように二つ記しているのは、今私たちの礼拝で使う「新共同訳聖書」(1988年)では3章19節から、以前に用いていた「口語訳聖書」(1955年)では4章となっています。その理由は、新共同訳聖書が原典としてヘブル語の聖書で「ビブリア・ヘフライカ・シュットガルテンシア」という版の章割りに従っており、口語訳はとくに英語聖書の伝統的な章割によったということのようです。でもテキストそのものは同じです。
この旧約聖書のしめくくり、ハガイ書の言葉は、19~22節までは神に逆らう者への審きを語り、非常に厳しい内容になっています。同時にそこで「わが名を畏れ敬うあなたたち」に対するいやし、不信仰な者たちへの勝利が語られています。ということはこの旧約聖書を読んできて、神様への信仰をしっかりと受けとめ、モーセの掟をしっかりと守った人たちには大きな喜びの言葉で終わるはずなのです。ところが後半はその内容が大きく変わります。旧約聖書預言者エリヤについて触れられた後、「わたしが来て、破滅をもって/この地を撃つことがないように」と記して旧約聖書は終わります。ということすべて実は神様の審判の前にある、ということになってしまうのです。預言者エリヤについては旧約列王記上の17章から登場します。当時イスラエル北王国を支配していた王アハブが、イスラエル本来の神への信仰を離れ、周辺の地域で盛んであったバアルという神を礼拝することで、エリヤは鋭く王を批判します(エリヤという名前は、エル【神】とィー【私の】とヤ【ヤハウェ:イスラエルの神の名前】という三つの言葉の組み合わせで、「私の神はヤハウェ」という意味になります)。そして王から激しい迫害を受けつつもその信仰を守りぬき、最後は天から神によって贈られた「火の戦車」によって昇天した(列王記下2章)、つまり地上での死を見ることはなかったということから、やがて彼が地上に再来すること、そしてハガイ書では最後の審判の前に、という期待が述べられているのです。この考え方が新約聖書、特に福音書にも大きな影響を与え、バプテスマのヨハネがこのエリヤの再来で、その後に「恐るべき大いなる日」をもたらす存在こそ、「わたしの後から一人の人が来られる」(ヨハネ福音書2:30)イエスだ、とされているのです。ということは、旧約聖書は、聖書のことばでいう罪という人間の現実をしっかりと見据えながら、それがこれからの時、未来において神によって最終的に審かれるということ、ということはなお人間には本来の自分のあるべき姿に立ち返るべき希望、チャンスが残されているというメッセージを語りかけて閉じられるのです。
このことから旧約聖書全体は「大きな枠」によって構成されていることを私たちに思い起こさせます。聖書の最初の物語はよく存知のように、神さまが六日間で(七日目は神様が休まれた日ですので)の天地を創造された物語ですが、その創造の業の最後に「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった」(創世記1:31)と記されています。つまり神様の創られた世界にあるものすべて、もちろん人間をも含めて「極めて良かった」」のですから、その本来のあり方を保ち続けることができるならば、決して滅ぼされるべきものではなく、常に神様の祝福のうちにあるもののはずなのです。だからこそ、ハガイ書も、神様は人間に対して、それが「はなはだよい」という本来の自分の姿に気づくことによって、神様の祝福のうちに生き続けるべきことを期待し続けておられる、というメッセージで旧約を終わるのですね。そして私たちは今日、終末の主日、一年の最後の日曜日において、私たちがこの一年を振り返りながら、私たち自身に対して神様がどんな大きな祝福を与え続けて下さったかということと同時に、弱さ、つまづき、問題をしっかりと見つめながら、新しい年において私たちの今までにかかわらず、神様がなお私たちを祝福へと導き続けて下さることをまず思い起こすべきなのです。
福音書のなかでやや理解の難しい記事のひとつが、マルコによる福音書9章に記される「山上の変容」(Transfigulation)の物語です。事実その事件に立ち会った弟子たちも「ペトロは、どう言えばよいのか、分からなかった。弟子たちは非常に恐れていたのである。 」(6節)と描かれます。私たちはただ文章でよみかすからその事件のリアリティがなかなか伝わらないのですが、そこに立ち会った弟子たちにしてみれば、まさに自分たちが圧倒される経験だったのかもしれません。ハインリッヒ・オットーという人が「聖なるもの」という宗教学の古典ともいうべき書物を書きましたが、そのなかで私たちが「聖なるもの」に触れるとき、自分自身の汚れがそこで徹底的に意識させられ圧倒されると説いています。まさにイザヤ書6章の預言者イザヤの召命体験ですね。イザヤそこで神様の存在を目の当たりにし、「災いだ。わたしは滅ぼされる。 わたしは汚れた唇の者。 汚れた唇の民の中に住む者。 しかも、わたしの目は 王なる万軍の主を仰ぎ見た。」 (イザヤ6:5)と叫んだのです。この山上の変容の物語に、なぜモーセとエリヤが登場するのでしょう。もちろんこの二人は旧約を代表する当時のユダヤ教のなかでも重要な人物だったので、弟子たちはイエスを含めたその三人を記念するために「仮小屋」(もともとこの言葉は旧約出エジプト記25章では「幕屋」とされるもので、荒野を旅するイスラエル人たちの移動聖所の意味)を建てるということを言うのですが、まさに彼らはその出来事の意味を理解できずにいたのでしょう。むしろここでモーセとエリヤが現れたということは、ハガイ書のなかで、この二人は神様が創られた世界が「極めて良かった」ことを人々に訴えつづけた存在で、モーセは律法によって人間のあるべき姿を示し(ということはあってはならない問題を明確にし)、エリヤは神様がなお「私たちが立ち返るべきこと」を待っておられることを訴える存在であり、そしてこの二人の働きを受けて、イエスが「これはわたしの愛する子。これに聞け。」(7節)と、神様の決定的な思いを私たちにもたらす存在であることをもう一度明らかにするものだったということなのでしょう。特に、この物語の直前にイエスが弟子たちに対して「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた」(マルコ8:31)と、ご自身の本来のミッションを明らかにされた直後ということで、キリスト教にとって中心的なメッセージ、「イエスの死による私たちの罪のゆるし」という宣言がここでなされるているのです。
さあ私たちは来週の日曜日から新し一年を迎えます。アドベント(イエス・キリストの到来を待ち望む四週間)が始まります。イエスが私たちのところに来てくださったこと。クリスマスに、私たちが神様から最大の贈り物、プレゼントを頂くことの大切さを、考えつつ、もっとも深い喜びのなかに12月25日を迎えたいと願います。
祈りましょう:神様、この一年も私たちを導き続けて下さったことをここから感謝します。喜びの日々と同時に悲しみや、悔やむ日々、もう忘れてしまいたい事柄などもあったはずですが、そのすべて包んであなたは私たちが本来の自分、「極めて良」い存在としてのあり方に立ち返るべきことを忍耐強く待っておられます。私たちに、それをすることのできる勇気、信仰、あなたのゆるしを受けとめる謙虚な思いを与えてください。そのことによって、新しいクリスマスをより意味あるものとして迎えることができますように。主の御名によって祈ります。アーメン
2021年11月14日 三位一体節第二十五主日礼拝
説教 「アーミン・アーメン」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネによる福音書 21章15~19節
またもやネットドラマの話題からで申し訳ないのですが、この夏からの「おうち時間」のなかで私がはまってしまったドラマのジャンルは、すべて歴史もの、最初が古代中国史(三国志がきっかけしたが)、次は16世紀イギリス史、そしてやはり16世紀のオスマントルコ帝国を舞台としたものです。そのトルコものは制作もトルコのもので、言語はトルコ語、トルコ語は現在筆記用の文字はローマ字なのですが16世紀の時代ではいわゆるペルシャ文字、ですから少し字幕を見逃すと、すぐに戻して再確認という視聴の連続です。そしてそこで気づかされたこと、それは少なくとも多くの?日本人、日本人クリスチャンにとってもとても大切なことを教えられる内容です(ご覧になることをお勧めしますが、毎回50分の番組がワンシリーズ90回、それが4シリーズ)。もちろん16世紀のトルコですから背景はイスラム教社会、そこに登場する西側キリスト教諸国は「異教徒」として敵対関係に描かれます。そのドラマでの会話には私たちの聖書と共通する話題も多く、イエスはこう語ったか聖書の内容にも多く触れられ、このドラマの中心人物のひとりでオスマントルコを代表する皇帝スレイマン一世の「スレイマン」とはイエスによって「栄華を極めた」と言われた「ソロモン」(マタイ6:29,ソロモンの物語は旧約列王記上1~11章)のこと、まさにイスラム教とキリスト教の近さを教えられたのです。その最たるものが「アーミン」という言葉がほんとうに日常の会話のなかに多用されていることです。もちろんそれはアーメンですが、なぜそれが会話によく出てくるかということ、普通の会話のなかで私たちの感覚でいう「お祈り」がよくなされていることからなのです。「~さんが早く元気になりますように」とか「早くいい季節になりますように」とか言われると、会話の相手が「アーミン」と答えます。それとならんで耳になじんだ言葉が「インシャー・アッラー」、私たち感覚で日本語にすると「そうなるといいね」ですが、文字通りだと「神様のおぼしめしならば」というところで、本当に私たちだったら普通の話題で流されてしまうことも、そこで神様(アッラー)を常に意識しているのも、その時代なのかイスラム社会の特徴なのか、多くのことを教えられましたし、イスラム社会の宗教性、私たちと同じ聖書に基づく信仰を感じさせられのです。
さてアーメンですが、お祈りの最後、讃美歌の最後に必ずと言っていいほどつけられる言葉で、もともとヘブル語の「アーメン」、「その通り」「そうなりますように」という、今そこで語られた言葉に自分も同意しますという意味です。私たち1970年代の学生紛争でアジ演説(という言葉をご存知の方はそれなりの御年輩ですが)で、ある発言の区切りで「異議なし!」と全員が叫ぶあの言葉と同じ意味なのです。ただしその当時の学生も、あるいはあのオスマントルコ帝国のドラマの会話でも、この単純な言葉の重みというか厳しさということはあまり意識されていないような、何かそのときの状況の流れのなかで発せられているように思えるのです。そして私自身もまた自分たちの礼拝のなかでも、ある意味習慣的にこの言葉を口にしているようです。
新約聖書の四つの福音書のなかでヨハネ福音書は、ほかの三つと比べると独特のものとなっています。神学部の新約聖書学という講義では、マタイ、マルコ、ルカの基本的な記事の順番や内容が共通するものが多いので「共観福音書」と呼ばれ、ヨハネ福音書とは区別されています。そのなかでヨハネ福音書にだけ特徴的使われている表現のひとつに、今日の聖書箇所の18節にある「はっきり言っておく」という言い方です。それが特別なのか、と思われるかもしれませんが、ギリシャ語の原文を音読すると「アーメン、アーメン、レゴー」という文章が、日本聖書協会新共同訳聖書では「はっきり」と、かなり「軽く」訳されてしまっているのです。それでいいのか、というところですが、1950年代に訳された同協会口語訳聖書では「よくよくあなたに言っておく」、同協会最新の「聖書協会共同訳」(2018年)では「よくよく言っておく」に戻されています。そして大事なのは、この「アーメン、アーメン、レゴー」という表現が20回ほどヨハネ福音書に出てきますが、その部分をどう日本語にするかという以上に、それがどんな場面で用いられているか、というところなのです。ヨハネ福音書ではその言葉は、イエスの生涯やメッセージとしてはとても重要な部分で、例えば「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」(12:24)などはご存知の方も多いでしょう。そしてそれぞれの場面は、イエスが語りかけている相手、そして私たちに態度決定を迫るものが多いのです。3章ではユダヤ人社会の指導者であったニコデモに対して「新たに生まれ」(3:3)ることを求めます。つまり彼自身のそれまでの経歴、身分、地位などを忘れて「新たに」と言われると、ニコデモは大いに戸惑います。その会話はやがてイエスの死に触れ、そして16節の「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」と続きます。イエスが「アーメン」という言葉を二度繰り返しながらそのメッセージを強調されるときに、たしかにそれは「はっきり」ですし「よくよく」という日本語になるのですが、実は「本当にあなたは私の言うことに従いますか」、いや「従『え』えますか」ととても重い問いかけがそこでなされているのです。
そしてヨハネによる福音書最後、復活のイエスが弟子ペトロに対して、あらためてこの言葉を語りかけるのです。「18はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」 19ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。」 ペトロはイエスが最初に弟子として招いたいわば一番弟子ですし、マタイによる福音書では彼はイエスから天国の鍵を託され(16:18)、それによってカトリック教会は彼を初代教皇と位置付けています。しかし同時に彼はイエスのメッセージをなかなか理解できず、天国の鍵を託された直後、イエスから「サタン!」と叱責されます(16:23)。そしてイエスが十字架にかけられる直前、イエスを三度知らないと言って裏切ります。ですからヨハネ福音書21章で復活のイエスはそのペトロのことをすべて知っておられるうえで、改めて「わたしに従いなさい」と彼のその後の人生の終わりまでの生き方への問いを投げかけられているのです。このイエスの最後の「アーメン、アーメン、レゴー」という言い方の中には、ペトロのこれまでの生き方への深い理解、そのことへのゆるし、これからの人生への励まし、そのような彼の愛がすべて込められた言葉として彼に響いたのでしょう。
私たちがアーメンという言葉を口にするとき、このヨハネ福音書のイエスがペトロに語りかけた言葉に対してアーメンと言葉にするような思いをどこかで持ち続けたいのです。自分に対してイエスが愛しておられることを感じながらそれを口にすることを覚えたいと思います。そのような思いをもって私たちは使徒信条の訴える信仰のあり方に、アーメンという言葉で私たちの信仰告白を結びたいのです。
祈りましょう:神様、私たちは「主イエス・キリストのみ名によって」祈ります。私たちが祈ること、信じること、願うこと、それが本当にあなたのみ心にかなわないものであるときでも、あなたは私たちの弱さをゆるし、私たちの思いを超えて私たちの祈りを受け入れてくださいます。そこにイエスのゆるしと愛を感じることができますように。私たちの祈りが、本当にあなたとの対話となり、その祈りをつうじて私たちがイエスご自身とのつながりを知ることができますように。これまでの使徒信条への学びを導いてくださったことを感謝し、この祈りを主イエス・キリストのみ名によってお捧げします。アーメン
2021年11月7日 三位一体節第二十四主日礼拝
説教 「とこしえの命」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 創世記 24章1~9節
マタイによる福音書 22章23~33節
10月31日がハロウィンとして日本でもイベント化されたのは、あるネット記事によると1997年に東京ディスにーランドでハロウィンパレードが開催されて認知度がぐんと高まったと言われますが(https://allabout.co.jp/gm/gc/220768/#7)、実はなぜそれがHalloweenと呼ばれ10月31日なのかということは話題になりません。この単語にはHallowとeen(もとはeve)という二つの単語が含まれます。そしてHallowとはキリスト教でいう聖人を意味し、een(eve)は前夜、クリスマス・イブのあのイブと同じ言葉です。で10月31日がハロウィンとなるのは11月1日の前の晩だから、その11月1日がキリスト教でいう全ての聖人の祝日(All Hallows’ Day: 諸聖徒の祝日、万聖節とも呼ばれます)。聖人という人たちはキリスト教の歴史になかで特に記念され顕彰される「立派」な人たちということは、そうでないむしろキリスト教世界においては嫌われ、差別され、排除される人々が当然あるわけで、その立場に追いやられた人たちが正統的なキリスト教への批判ある意味、糾弾、もうすこし柔らかく言えば揶揄するイベントをその前夜に行ったということがハロウィン (All Hallows' Eve) という言葉の意味となります。つまりそれは反キリスト教的行事ということで、多くの教会ではそれを否定してきたのですが、もはやそんなアンチな意味も失われ、教会でも子どもたちがHappy Halloween! Trick or Treat? と楽しんでいます。むしろキリスト教的に言うと11月1日(綿際たちの教会的に言うと、11月第一日曜日)にもっと注目したいのですが。
ただし正直に言いますと、私自身も「諸聖徒の祝日」なんて長くあまり気にしたこともなかったのですが、ハロウィンについて調べてみることからそれに気づいたということで、実はハロウィンの「おかげ」でもあるのです(東京の立教学院(立教大学)の池袋キャンパスのチャペル(礼拝堂)が「諸聖徒記念礼拝堂」であることは知っていました。そしてその発見のなかでもうひとつ大切なことを教えられます。それが「とこしえの命」という今日のお話ともどこかでつながっていることです。これまでも何度かお話をしましたが、教会という言葉のギリシャ語には二つあってひとつはエクレシアというものとコイノニアです。前者が教会の建物、組織、制度のようなことを意味するのに対して、コイノニアは教会が果たすべき大事な働き、キリスト教を信じる人たちのつながり、いわばクリスチャン同士の絆とでもいえるのですがキリスト教独自の表現でいうと「交わり」の意味で、英語的に言うとコミュニティともいえるでしょう。そしてその交わりは、現在礼拝を共にするお仲間だけではなく、私たちの信仰の先達、すでに天上にあって神様のみもとで憩われているお一人びとりと「共に」集うコイノニアということですし、そこでその方々の思いで、記憶としていつまでも、とこしえに生き続けておられることを覚えるのも教会としてのとても大切な働きなのです。別の言い方をすれば、私たちがその方々のことを今も覚え続けること、そのために教会の墓地がありもう、教会には「会員原簿」という記録が大切に残されています。
ただし記憶に残る、残すということ以上にもうひとつ私たちが考えなければならいことがあります。それは私たちの先達たちは、私たちの記憶のなかにだけ生きているのではない、ということです。結論的言うと、その方々の命が今の私たちの命のうちに生き続けているのです。創世記にイスラエルの祖となるアブラハムの人生が描かれていますが、その最初に神様は彼に大いなる子孫を約束されたのでしたが、老人になるまでその約束は果たされませんでした。その約束を「なんとか」信じて待ち続けた結果イサクを与えられるのです。そして24章ではそのイサクの結婚相手を探すというお話なのですが、その記事のなかに、やや教会の礼拝では触れにくい表現が含まれています。お気づきでしょうが「腿の間」(創世記24:3、9節)という言葉です。別の表現でいうと「股間」で、そのような表現はキリスト教では避けられ、ある英語の原題訳の聖書では直接的な表現をさけて"Solemnly promise me" 「厳かに約束しなさい」と意訳しています。ただし古代ヘブライ人にとってはそのような表現についてもおおらかですし、むしろそこにとても重要な意味を込めているところもあります。やはり詳しくは説明できませんが、その部分を通じてアブラハムの命そのものが次世代に引き継がれるべき重大なミッションが僕に託されたとも考えられるのです。
日本人の平均寿命が84歳のようですが、では私たちは84年間しか生きられないのかというとそうではなく、私たちのひとりひとりは肉体的には死によって滅びゆく存在であることを意識させられるのですが、私たちが神様から与えられた命は私たちの世代から次の世代へと引き継がれていくことを改めて覚えたいのです。私たちは私たちの先達の命を今生きているということです。仏教の考え方のなかに御先祖を祀り、墓を大事にするということが強調されているのですが、それはご先祖様のおかげによって現在があることに感謝し、それを忘れると私たち自身が祟られるということも言われます。キリスト教的に考えると、私たちの御先祖が生きられたからこそ、その命を私たちが生きる、私たちのなかに先達と共に生きる生きざまがあるのです。
イエスが、サドカイ派の人たちと(ユダヤ教の一派で貴族的な生き方をし、庶民的なファリサイ派の人たちとは対照的な立場)と復活を巡って議論をしたとき、復活を彼らなりのほとんど現実性のない理屈を並べ立てたときに、もっとも原則的、基本的に重要なポイントを指摘します。つまりすべてんは神の御心のなかにあることで、私たちが私たちの理屈で判断すべきことではないこと、そしてそのとき「『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』とあるではないか。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。」(マタイ22:32)と断言されました。「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」が「生きている者の神」とのつながり、つまりアブラハムに命を与え、イサク、ヤコブ、そして今私たちに受け継がれている命をさらに生かし、とこしえに守り支え、導かれる神様を信じ続けることのなかで、その命を「とこしえの命」として私たちに引き継いでくださった方々の思いを、生き方、信仰を今私たちも教会を通じて、さらに次の世代につなげる日々を送ることを祈りたいと思います。
祈りましょう:私たちに命を与え、生かし、守られる神様、私たちが生きるその命、それは私自身の人生として与えられたものではなく、多くの方々の命を私が受け継ぎ、それをさらに次の時代へ引き継ぐべき使命が私たちに与えられていることを、それによって私たちも「とこしえの命」に与っていることを改めて強く思わせ、私たちの日々の歩みの意味をもう一度とらえなおさせてください。私たちの先人に感謝をし、次の世代への祝福を祈り続ける一人としての、私たちの人生を歩み続けることができますように。主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン
2021年10月31日 三位一体節第二十三主日礼拝(宗教改革記念日)
説教 「からだのよみがえり」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネによる福音書20章24~28節
コリントの信徒への手紙一 15章12~22節、42~49節
いよいよこの使徒信条についてのお話も、テーマ的には残り三つとなりましたが、その三つについてわかりやすくお話できるかどうか、やや不安です。というのも、ひとつは私自身の不勉強がまずあります。私は確かに神学部で学士、修士、博士(家庭)と7年間学びましたが、その専門は旧約聖書学、そのなかのサムエル記を中心とした歴史書がメインでした。ところが使徒信条について考えるというのは、専門分野的には教会史あるいは組織神学(キリスト教の理論についての学び)という別の分野で、神学部時代にもっとそのことについて勉強しておけば、ということを書くのも申し訳ないというか、恥ずかしい限りです。ということでこの半年間の毎週のメッセージの準備は私にとって、さらに新しい学びの機会が与えられたことを感謝しています。二つ目の理由は、たとえば今日の「身体のよみがえり」ということばは、教会の歴史や組織神学での重要なテーマ、つまり私にとっては苦手分野ということと、その議論がやや専門的(いわゆる「神学議論」)となると、なかなかわかりやすくとは行かないところもあるのです。というような言い訳めいた前置きはこれぐらいにしますが、そもそも信条というテキストがまとめられるという時代の背景をまず考えることから始めなければなりません。
なんでもそうですが、ある運動がひとりのリーダーを中心に小さな規模のグループでスターとした時代は、組織の運営はリーダーの意向に従うということで解決されていました。ところがイエスが地上から去られ、その後継者たちが世界に出かけて組織が大きく、また複雑になっていくと、キリスト教全体のまとまり、統一をどうとるかということが大きな課題となります。キリスト教が広がった地域にはそれぞれの特色もあり、その地域に住む人たちの考え方も異なります。そこでキリスト教の最初の伝道者(宣教師)たちは、その地方に受け入れられやすい形でイエスの教え、キリスト教の信仰を説明し布教を続けました。例えば日本でいうと、ヘブル語でいうElohim、ギリシャ語で言うTheosを「神」という言葉に置き換えました。それで日本人はキリスト教の神を受け入れたのですが、同時にその日本語には日本人の宗教感覚も伴っており、八百万の神のイメージとどう区別すべきかということが大きな課題となりました。
同じことがキリスト教の初期、人間の死後の世界についての理解も、キリスト教が広がってゆく地域にすでに様々に異なった理解があったのです。そのなかで例えばギリシャ人たちは、人間の身体と魂との二つがあり、身体が滅びても魂は残るという考え方は受け入れやすかったのでしょう。このことは日本の社会でも受け入れられ安かもしれません。確かに亡くなられた方のご遺体を、日本ではできるだけ早く荼毘にふすのも、それ以上のご遺体の傷みを避ける意味も大きかったのです。ただしそのときに魂は肉体を離れ、それがやがて成仏していくという考え方は、ご遺族にとっても大きな慰めとなりましたし、ご供養は遺族がその魂の成仏を支える大事な責任となったのでしょう。ところがキリスト教そのものの考え方は身体と霊魂の分離、二元論というものではなく、それが一体不可分であることを確信していたのです。その最大の理由はイエス・キリストの死と復活についての信仰につながります。イエス・キリストご自身はまことの人であり、まことの神として私たちと同じ肉体をとられた、ということは使徒信条にあらわされた確信でした。ですからイエスは人間の味わうべき死の苦しみを体験され、その肉体をともなって復活されました。復活を疑ったトマスに復活の「からだ」にのこされた傷を示されたのです。そして天に昇られていかれました。そのイエス・キリストが「キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられ…た 」(一コリ15:12)というパウロの宣言は、まさに私たちもイエス・キリストと同じように肉体をもってよみがえることを訴えています。
ただし、そのときに私たちは使徒信条のひとつひとつの言葉と同時にその全体の考え方を常に思う必要があります。つまり私たちは天地の造り主なる神、そのひとり子イエス・キリスト、聖霊の働きとしての教会の業のすべてを信じることが言い表されています。神が地(世界)を創りの地からアダムを創造されたこと、地上にいきる私たちが地の一部として生きるように、イエスが天上に挙げられたように私たちも天に挙げられるときには天上にふさわしく生きる者ととして「霊の体」として造り替えられることをパウロはさらに確信しています。ただし、そこで改めてイエスがトマスに示された「傷」に注目させられrます。つまり私たちが地上を離れてやがて天上に生きる者とされるときも、イエスは十字架の苦しみ、傷をそのまま追われ、地上のそれまでの生きざまそのままの「似姿」としておられること、ということは私たちもそれまでの地上の生きざまを担いつつ、天上において「ゆるされた者」として神様のもとに生きつづけるということ、そこに私たちが肉体の死を前にして惨めなものに思われるとしても、それを超えて大未来に対する大きな希望が与えられているということを信じることを使徒信条は私たちにいつも訴えています。
祈りましょう:神様、今日の10月31日は1517年、今から154年前にマルチン・ルターが彼の教会改革運動(宗教改革)の第一歩を記した日として覚えられています。彼は自ら残した讃美歌において「わが命も、わが宝も、とらばとりね、神のくには、なお我にあり」(日本基督教団 讃美歌267番 第四節)と歌いました。彼が真の信仰のあり方を求めるとき、この地上での命を超えてなお私たちがあなたと共にありつづけることができる確信を力強く訴えることの中に彼の教会改革が生まれました。神様、イエス・キリストの復活を信じることのなかに、私たちの大きな未来が開かれていることを改めて思い起こさせてください。その意味で、私たちは常に私たちの先達と共にあなたに仕え、私たちの後に続くひとりひとりと祈りを捧げ続けることのできる者であることをも常に気づかせてください。私たちの教会がまた、「聖徒の交わり、罪のゆるし、からだのよみがえり」を信じ、告白し続ける群れであることをお支え下さいますように。主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン
2021年10月24日 三位一体節第二十二主日礼拝
説教 「罪のゆるし」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ルカによる福音書 15章11~32節
コリントの信徒への手紙二 5章19~21節
コロナのためにもっぱら「お家時間」を過ごしていると、ついネットテレビで連続ドラマにはまってしまいました。その一つにイギリスのBBCという放送局制作の「ブラウン神父」というシリーズがあります。イギリスの田舎町ケンブルブッドの聖マリア(セイント・メアリー)教会に仕えるブラウン神父は、本職の警察官が煙たがるほど探偵として事件の捜査、解決にあたります。毎回だいたい殺人事件なので、この小さな田舎町で何人人が死ぬのか、とかマロリー警部による誤認逮捕を巡ってブラウン神父が真犯人を見つけ出す、というパターンの繰り返しなのですが、もうひとつこのドラマで毎回繰り返されるのが、真犯人が自分の犯した罪を神父に告白するという場面です。そこがこのドラマの一つの見せ場ですし、さらにカトリック教会を舞台としていることが大きく意味を持ちます。というのも、カトリックの神父の大きなつとめの一つに「告解」(人々の懺悔を聞く)があるからです。英語でいうとConfession、つまり告白ですので、事件の真犯人が自らが犯した犯罪について告白するということと、宗教的。信仰的な罪の告白とが重なり合ってくるのです。しかも神父など聖職者は、その働きのなかで知り得た告白者の秘密は決して第三者(警察も含めて)漏らしてはいけない、という守秘義務を厳しく負っていますので、犯人がいくら神父の前で事件の真相を語っても、ブラウン氏はそれでその人を警察に通報することはできないのです。ということは、結局は本人自身が警察に自首することを進めるのですが、そのとき神父が語る決定的な言葉として「神は真に悔い改める者をゆるして下さる」と語られるのです。もちろんこの「ゆるし」は、警察が犯罪を見逃すといういうことではないし、いくら神父のまえで罪を認めても、それで裁判の判決が変わることはないのです。では使徒信条において教会のつつとめとして「聖徒の交わり、罪のゆるし」と語られるときの「ゆるし」というのは、現実社会ではほとんど意味のない、キリスト教会が自分たちだけで考えているものにしか過ぎないのでしょうか。
あえて言えばそうなのです。私たちは現実の社会に生きていますから、その社会の秩序を保つために定められた法に従っていきています。イエスが十字架上で死刑とされたのも、ローマ人の法律によって裁かれたからですね。興味深いことに、ユダヤ人の法ではイエスを罰する法がなかったから、ユダヤ人たちはイエスをローマ総督ピラトに対してイエスを告発したのでした。そのイエスについて、イエスはまったく罪を犯さなかった存在として信じています。(「罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました」 コリ二 5:21)。そこに私たちが社会的に、また刑事的に考える罪に対する「罪のゆるし」の現実があります。社会的に言うと、罪というのはその人の内面や本心とかかわりなく、一度それに「手を染めれば」、あるいはイエスの十字架に見られるように、人々がそう叫べばそこに罪が「事実」として社会に認められてしまうものなのです。ですからひとつにはいつまでも犯罪履歴は前科という形で残り続け、その過去はいつまでもその人にまとわり続けますし、えん罪という恐ろしい状況もここから生まれます。しかし聖書的、教会的に言えば、ブラウン神父の言うように「神は真に悔い改める者をゆるして下さる」、過去の事実は事実としても、自ら過去の過ちを心から認め、そのゆるしを求め続けるというときに、いくら社会からの大きな批判のなかにあろうとも、その過去の事実から私たちが解放される、ということを意味します。
ただし、ひとつ私たちがきちんと知っておくべきこと、罪のゆるしのための悔い改め、ということです。聖書的にその言葉の語源を考えてみると、何か私たちが罪の重さに打ちひしがれて涙を流してそのゆるしを人々の前に訴えるようなことではないようです。それはヘブル語ではシューブという言葉で「方向転換」「振り返る」、本来自分が進むべき方向に戻る、今日の聖書のルカによる福音書で考えると、17節の「彼は我に返って」という言い方で表される状況です。本当に今自分がなすべきことは何かを自覚し、そのための行動に移す、という生き方の転換が意味されているのです。そのとき、この父親は「息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した」、つまりコリントの信徒への手紙二でのパウロの言葉でいうと「神と和解」することが実現したのです。そのとき、確かに彼の犯した過ちの事実にも関わらず、かれは父親に受け入れられ、愛され、英語でいうところのCareされる(大きな関心を寄せられ、大切に扱われる)状態に招かれた、つまり「ゆるされた」ということなのです。そしてここから「ゆるされた者」としての生き方、つまり方向転換した人の新しい人生の歩みが始まります。
ゆるしとは決して過去を忘れるとか、水に流すということ、それがもうなかったこと、になるということでもないのです。"Forgive but not forget"という言葉があります。インターネットなどをみると、その訳語として「水に流す」が当てられているものもあります。しかしこれはまったく的外れですね。そしてこの言葉は「ゆるし」に関わる当事者双方、ゆるす側、ゆるされる側が以後常にどこかで覚え続けるべき言葉です。とくにゆるされる側としては、自分が何をゆるされたかを忘れずにいること、それによって方向転換後に生き方、新しい生き方が本物として形作られていきます。つまり過去に起こったことを忘れてしまうこと、それはまた同じ過ちを起こしてしまうことにつながるからです。ルカによる福音書で、父親の財産を使い尽くした息子が、そのことを忘れて生きるか、そのことを常に心にとめて生きるか、その後の人生は大きく分かれます。私たちが教会で礼拝を続ける中で、使徒信条で「罪のゆるし」を告白し続けること、それはまさに、私たちが神様にゆるされて生きるひとりであることを常に「忘れない、Not forget」ために大事な私たちの責任なのでしょう。
祈りましょう:神様、「我らに罪を犯すものを我らが赦(ゆる)すごとく、我らの罪をも赦したまえ。」私たちはイエスの教えられた祈りとしてこの言葉を日々繰り返して祈ります。そこに私たち自身が、ゆるされたものとしてのつとめ、私たちがあなたにゆるされて生きる者であることを忘れずに日々を過ごすことを怠ることがありませんように。あなたの導き、支えを心から祈ります。ゆるされることの感謝の中に新しい月も生かされることができますように。主の御名によって祈ります。アーメン
2021年10月17日 三位一体節第二十一主日礼拝
説教 「聖徒の交わり」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 使徒言行録2章43~47節
テサロニケの信徒への手紙一 4章13~14節
インターネットが普及しはじめてからよく知られるようになった「ドット・コム」という言い方があります。これは例えば電子メールなどのアドレスの最後につけられる記号で、例えば芦屋キリスト教会のメールアドレスはashiyachristianchurch@gmail.comで、最後の.comが電子メールなどのやりとりを提供するサービス組織のもっともベースとなるシステムを示しています。このcomですが、特に英語においてはいろんな言葉の頭につけられます。community, communication, common, 英語の辞書を引けばその例はたくさんありますが、もともとこの言葉はラテン語の前置詞「cum、共に」に由来します。ですからcomという言葉のつく英単語は、たくさんの人や者が一緒にある状態、それを共にするという意味を持つことになります。そしてまさにこれが「聖徒の交わり」の「交わり」を意味します。先週のメッセージで「聖なる公同の教会」についてお話をしましたが、その「教会」という組織が、まさに「聖徒」と呼ばれる人々がともに「交わる」ところだということなのです。聖書に記されるクリスチャンとしてのもっとも初期の「交わり」についての一つの記事が、使徒言行録2章にもみられます。その最初期のグループが行っていたこと、それは持ち物を共有する、ということでまさに家族としての共同体であったようですし、カール・マルクスはこの記事の中に、彼にとって人間社会がもっとも理想とする「原始共産制」の状態を見出したともされています。この記事で、もうひとつ特に記されている内容は「家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし」で、共に食事をすることへの関心が高かったようです。
実は食事を共にすること、それは旧約聖書の時代からとても重視されてきたことで、それまで見ず知らずであったとしてもいったん食卓を囲んだ人々は親密な仲間として受け入れられるということもありました。アブラハムが旅人をもてなし(創世記18章)、サウルがイスラエル最初の王とそて選ばれる直前、預言者サムエルと出会い、その後神の霊がサウルの上に降り王としての選びを確信する(サムエル記上10章)など、共に食事をすることがその後の大きな物語へとつながります。私たちはどこかで「生きるために食べる」という、いわば当たり前の行為として毎日食事をしていますが、人々と共に食卓を囲むことの意味を普段あまり意識していません。でももしそこに出された食事が毒性のものという可能性がどこかにあることも考えられるとすれば、食事はやや大げさですが「命がけの行為」、その食卓を囲む人たちはまさに運命共同体としての仲間ということにもなります。そしてイエス自身も多くの人、さらに徴税人や罪びとたちとも食事を共にし(マタイ9章)、キリスト教にとってとてもなじみの深い食事は「最後の晩餐」、イエスが十字架につけられる前最後に弟子たちと共にした食事で、そのなかで行われたパンとワインの共餐が、キリスト教会にとって決定的に重要な儀式、聖餐式(カトリック的にいうとミサ)として行われます。こうして教会の交わりのなかで食事(愛餐、アガペーと言われます)が大きな意味を持ち、私たちの教会でもクリスマス礼拝の後にはともに食卓を囲むということを大切にしています。
ただし使徒信条で語られる「交わり」にはさらにもう一つ大切な意味があります、それが「聖徒の」交わりなのです。広くとらえればそれは「教会に集う人々」ということを意味しますが、その「聖」という意味に私たちは考えておくべきことがあります。それは教会に集う私たちが、それ以外の人々からみて「聖なる者」だということの厳格な意味です。そこには今共に食卓を囲むことのできる教会のメンバーだけではなく、「既に眠りについた人たち」も常に共にあるということなのです。私たちの毎回の礼拝、私たちのそれぞれの祈り、それは今目に見える形で集う私たちだけではなく、芦屋キリスト教会の歴史の最初からこの教会に集い、教会を支えてこられ、今は神様の御元にある私たちの先達たちと、共に礼拝を捧げているということもあります。だからこそ芦屋霊園にある私たちの教会墓地の意味、そこもまた私たちの交わりの大切な場所だということを特に覚えたいと思います。そして天上にあり、また地上でこうして教会に集う一人ひとりが教会に招かれているということなのです。聖というのは、私たちがもともと何か特別なのではなく神様の招きのなかにあることのゆえに特別だということ、イエス・キリストの愛の中に日々を過ごすことをゆるされているということによって聖徒とされているということなのです。
祈りましょう:神様、あなたは私たちを選び、教会の交わりへと招き、導いてくださいました。そのことを感謝することのなかに、改めて私たちが教会のひとりとして、その交わりを通じて、共に祈り、励まし、支えあうcommunityを作り上げていく役割を果たすことができますように。私たちの教会の100年の歴史を通じて、私たちの今への備えを続けてくださった方々への感謝を改めて思いつつ、この祈りを、私たちの教会の主、イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
2021年10月10日 三位一体節第二十主日礼拝
説教 「聖なる公同の教会」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 詩編19編1~5節
コリントの信徒への手紙一 1章10~17節
キリスト教の一つの大きな「悩み」のなかに、教派性というものがあります。一口にキリスト教といっても現実はとても多くの(無数の?)グループに分かれていて、それぞれがそれぞれの信仰の独自性を主張すると、結局それぞれが異なった教派ということで、キリスト教全体のまとまり、一体感が失われていきます。それはキリスト教が組織的生まれた時代から今日にまでの長い課題です。コリントの信徒への手紙一の第一章、というとその手紙の最初から同じコリントという町に立てられた教会のなかでの「分裂」がテーマとなっています。よく言われる「総論賛成、各論反対」現象がそこにもみられ、結局「教会」もまた「人間の(弱さをもった)組織」でしかないことを、「キリストは幾つにも分けられてしまった」現実を、ある意味思い知らされるところです。私たちの芦屋キリスト教会は、創立の時は日本組合教会(その教派創立者の一人は新島襄)という一つの教派でしたが、太平洋戦争時に日本基督教会に統合され、やがて1960年代に、日本基督教団との立場・意見の相違から、どの教派にも属さない単立の教会となりました。私たちの教会の歴史もまた、様々な人間的な問題を抱えてきていることも事実です。ちなみに私の個人的なキリスト教の背景でいうと、祖父の長谷川敞牧師はもともとバプテストのクリスチャンでしたし、祖母初音牧師は日本組合教会初の女性牧師のひとり、父田淵薫明牧師は改革派、そして私自身はメシジストを起源とする関西学院神学部で学びました。今はどの教派にも属さない「単立(独立)教会」の牧師をしています。さて、いったい私自身はどの「教派」に属しているのでしょう?
その人間の弱さをあらわすもののなかに、私たちが当たり前のように使っている「ことば」の限界があります。ことばは、ある事柄についてそれがなんであるかを示すために大切な役割を果たすのですが、ある事柄をそれが表現したとのとたんに、その事柄はほかの事柄ではない、というほかのものを排除する働きをもします。私は日本人だだ!ということは韓国人でもイラン人でも、中国人でもないという自分の立場と、ほかの人たちとの違いを強調するのです。つまり「私はあなたとは違う!」 私はそこに私たちの言葉の持つ、ある種の非情さというか悲しさに気づかされることがあります。実はキリスト教もある意味「ことば」の宗教ですから、聖書を「読み」、牧師の説教を「聞く」という言葉なくして成り立たないのですが、そのことによってかえって他者(他宗教、他教派、キリスト教以外の社会)との違いが表明され、てしまいます。
使徒信条のなかで、聖霊を信じるということの具体的な働きとして「聖なる公同の教会を信ず」という表現についていうと、聖なるというのはもちろん聖書の聖、Holy: 神聖な、ということで、いわゆる「俗世間」から隔たった(へブル度で「聖」を意味するカドーシュという言葉がまさに、「隔絶」したを意味します)ということです。そして「公同」という言葉は。ラテン語で表すとCatholica「カトリックな」ということで、そこでもしラテン語表記「カトリック」、あるいはその表現を縮めて「聖公会=聖’(なる)公(同の教)会」とすると、この信条は私たち自身は排除されるというものになってしまうのです。私たちは違う!と。ただしここでこの「公同」とは固有名詞ではなく普通名詞ですので、特定の団体や教派を意味するのではなく、教会は神聖で、普遍的な(ユニバーサル、つまり世界中どこでも、どの教会でも共通で同じ)内実を持っていることを、本来訴えようとするもののはずですが。
そしてここに、神様の言葉と人間の言葉との大きなちがい、超えられないような差があるのです。詩編の記者(詩人)は、神様の言葉が「話すことも、語ることもなく/声は聞こえなくても 5その響きは全地に/その言葉は世界の果てに向かう。」(19:4-5)と記しました。その言葉は、文字や音という人間が目で見る、耳で聴くという形を超えて、その響きが人間に外側から届かなくても、全地に、まさにユニバーサルに届くことを確信しています。ある意味使徒信条の「聖なる公同の教会を信じる」という言葉も、文字にし、声にだしてしまうべき言葉ではなく、神様の私たちへのかかわりが、イエスの愛を通じて、地上のあらゆるところに広がってゆくという私たちには「聞こえない」言葉として記されているのでしょう。そのことをパウロも、「福音を告げ知らせるためであり、しかも、キリストの十字架がむなしいものになってしまわぬように、言葉の知恵によらないで告げ知らせるためだからです」(1コリ3:17)と記しました。つまり人間的な知恵ではなく、イエス・キリストの十字架を通じて私たちに訴えられた「愛」のことば、そのことばによって誰かが、何かが、排除され切り捨てられてしまうようなものではない言葉を、私たちはこの使徒信条からも聞き取るのです。どの国の、どの教派の、どの教会に属していても、そこでイエスがキリストだと告白されているところすべてにおいて、私たちは同じ信仰、同じ教会に属しているのです。
祈りましょう:神様、私たちの心のうちに、あなたのことばを響かせてください。世界のすべての人に語りかけられ、ひとりひとりを受け入れ、愛してくださることを、あなたのみ声を心にとめるときに私たちが改めて確信することができますように。そして「どうか、わたしの口の言葉が御旨にかない/心の思いが御前に置かれますように。主よ、わたしの岩、わたしの贖い主よ。」 イエス・キリストのお名前によって、アーメン
2021年10月3日 三位一体節第十九主日礼拝
説教 「聖霊を信ず」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネよる福音書20章19節~23節
コロナの感染者数も「激減」し非常事態宣言も解除され、なんとかこれで落ち着いてくれればという期待もありますが、他方「第六波」などという言葉も聞こえてきて、やはり当分はマスクと手洗いの日々は続くことでしょう。まあこのおかげで昨年はインフルエンザの流行がなかったということもありましたが。そして(というような形で本題に入るのもやや気が引けるのですが)、私たちの毎週日曜日のメッセージで使徒信条を考えてきましたが、それも今日から第三部といいますか、父なる神を信ず、イエス・キリストを信ずと続いた告白が、聖霊を信ず、という三位一体(父なる神、子なるキリスト、聖霊なる神)の最後の「テーマ」に移ります。芦屋キリスト教会の日曜日のメッセージは、教会のカレンダー(教会暦)に従って、5月30日から始まった「三位一体節」というシーズンにおいて、使徒信条通じてキリスト教の信仰というものについて考えるシリーズを始めたのです。この三位一体節は11月21日まで続き、翌週の11月28日からはクリスマスを準備するためのアドヴェント(待降節)となりますの。それまでのお話の予定として、10月3日「聖霊を信ず」、10日「聖なる公同の教会」、17日「聖徒の交わり」、24日「罪のゆるし」、31日「身体のよみがえり」、11月7日「とこしえの生命」、14日「アーメン」という日程を考えると、三位一体節の終わりと同時にこのシリーズも終了と(11月21日はひとつのシーズンの終わりということで「終末」について考えます)なると、スケジュール的にはバッチリということになりそうです。そしてそのように私が最初からこのような日程でこのシリーズを計画してきた、と言えるといいのですが、実は私自身はそんな計画性というものとは縁遠い性格で、今日のお話を準備している中でこのことに気づいたというのは正直なところです。さて、そんな風にうまくスケジュールにはまった、というのは偶然だったのでしょうか。いやむしろそれこそ「聖霊の導き」というものをそこに私自身感じてしまうのです。
聖霊について、聖書のなかで、さらにキリスト教の歴史のなかで様々に語られ議論されてきたのですが、使徒信条や私たちのキリスト教の信仰理解のなかで、父なる神、子なるキリスト、といことはいわば舞台の中心で、正面から取り上げられているのですが、聖霊はどちらかというと背景というか脇役的な扱いがなされ続けてきたようで、聖霊をどう理解するかということについて明確にみんなが一致する結論というものはなかなかありませんでした。例えばキリスト教の教会で「聖霊派」と呼ばれるグループがありますが、日常の礼拝のなかでそこに聖霊が働きかけてくださって、会衆のみなさんが、ちょうどペンテコステ(聖霊降臨日)の出来事のように「聖霊に満たされ、”霊”が語らせるままに」(使徒言行録2:4)神様のメッセージを語りあう、パウロのことばでいう「異言」(コリント一14:2)体験を強調される教派もあります。芦屋キリスト教会ではそのような聖霊体験はまったくありませんので、やはり聖霊は脇役的にしかとらえてこなかったのかもしれません。さらにキリスト教の歴史全体のなかでも、聖霊をめぐる「神学」的議論が教会のあり方を大きく変えたというものがあります。それが「ホモウシオス」論争というもので、その議論を始めると、まさに神学論争で専門的なお話になってしまいますが、おおざっぱに言うと、聖霊という言葉を旧約聖書が書かれたヘブル語、あるいは新約聖書が書かれたギリシャ語では、どちらも「息、風」と同じ意味を持つことから、聖霊とは「神の息」、神様の息吹という素朴な理解があり、創世記で最初の人アダムが土から造られたとき、その神様が彼の「鼻に命の息を吹き入れられた」(創世記2:7)ことによって彼は「生きる者」となったと記されていますが、それはただ動物的というよりは神の霊を内に持つ存在として尊厳を持つということを意味しています。ということで聖霊は神様の息吹として神様から出されたものということなのですが、ではイエス・キリストと聖霊の関係はどうなのか、という議論が初期のキリスト教会で起こってきました。そこで聖霊はイエス・キリストからも発出される、つまり神ご自身とイエス・キリストは「同質」(ギリシャ語でホモウシオス)であるということが4世紀になって「ニカイア・コンスタンチノポリス信条」で確認されたのです。その議論の前提には、イエスは一人の人間でしかない、というイエスの神聖を否定する議論が教会のなかで有力となり、そのような議論を「異端」として否定する決定がこのホモウシオス論争でなされたということになったのです。そしてまさに今朝の聖書の箇所である復活したがイエスが、弟子たちに「聖霊を受けなさい」(22節)といって弟子たちに息を吹きかけられた場面は、エデンの園でアダムに命の息を吹き込まれた神様の働きを思い起こさせるものなのです。
では聖霊を信じるということはどういうことなのでしょうか。特に教会、キリスト教の信仰においてそれは具体的にどういうことなのか、ということについては来週からアドベント直前までのメッセージのなかでご一緒に考えていきたいと思いますが、その出発点というか土台としてぜひ考えておきたいのは、私たちは神様から、そしてイエス・キリストから命の息吹を吹きかけられることによって生かされている、というもっとも基本的なポイントです。それによって私たちは、単なる動物的に生命を維持しているのではなく、神様の御用のために日々を過ごしているということなのです。私はキリスト教についてあまりよくご存じない方々に対してキリスト教のお話をすることが多いので「神様の御用のため」という言い方をしても、あまり素直に聞いていただけないかもしませんので、そんなときには、「私はクリスチャンとして神様を信じて生きていますが、多くのみなさんはそうではないし、21世紀の人々に神様を信じるといってももはや理解されないことかもしれません。ですから「神様の御用のため」なんて言い方を(カッコ)にくくって、別の言い方をすれば、私たちは、自分の人生にはそれぞれみなさんに役割、使命が与えられていて、それを実現するために」と考えてはどうでしょう。私たちは毎日なんとなく過ごすことで生きているのではなく、何かの役割をはたすために、そしてそれを果たし続けることで、私たちの社会が、家庭が、すこしでもよりよくなるために、生きていくのです、ということをお話します。そこなのです、私たちが毎日、この社会がよりよくなるために生きる、その生き方を、私たちの身近で導き、支えているもの、それが「聖霊の働き」です。 アメリカの第35代大統領であったJ.F.ケネディのことばのなかに、「神様の業は、私たちの手によって実現される」という意味のことばがあります。今日のお話で申し越しケネディのことばを敷衍して言えば、「神様の業は、イエスの愛は、聖霊の導きのなかで、私たちの手によって実現される」ということなのでしょう。
祈りましょう:聖霊なる神、私たちの日々あなたの息吹を吹きかけ、私たちの歩みを導き、それによってあなたの御業がこの地上に実現されますように。「みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ」、私たちに復活の息吹を吹きかけてくださるイエス・キリストのみ名によってお祈りします。アーメン
2021年9月26日 三位一体節第十八主日礼拝
説教 「生ける者と死ねる者とを審きたまわん」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 マタイによる福音書25章31節~46節
使徒信条のなかでイエスについて最後に告白される信仰内容は、神の右に座しておられるイエス・キリストが来られて私たちが審かれる、という、いわゆる「最後の審判」についてですね。私はイギリスには2年半留学しそこに滞在しましたが、残念ながら欧州大陸での経験はほんのわずか、ですからバチカンのサンピエトロ寺院(聖ペテロ大寺院)、そしてシスティナ礼拝堂の天井画として有名な「最後の審判」なども見たことがありません。あるとき関西学院大学文学部史学科の長老の先生から、君はもともと西洋史を専攻していて今はキリスト教を教えているのになぜバチカンを訪ねないのか、あるいは神学部で旧約聖書を研究しながらエルサレムに行ったことがないのか、と話されたことがあります。もし私がシスティナ礼拝堂の作品を見ていたら、今日のお話もかなり違ったものとなったかもしれません。
キリスト教の信仰においても、私たちが死後天国に迎えられて神様と共に過ごし、やがて復活の日を迎えて永遠の生命のなかに過ごすことができるのか、それともそれがゆるされずに、いわゆる地獄に落とされるのか、ルカによる福音書には、生前享楽三昧にすごした金持ちが死後、永遠の業火のなかに苦しむという場面があります。そのとき、彼の門前で物乞いをして暮らしていたラザロが神様のもとに過ごしているのを見る、という記事があります(ルカ福音書16章19節以下)。さてその二人の違い、なぜラザロが天国に入り、金持ちはそうできなかったのか。興味深いことに、聖書にはこの金持ちの名前さえ記録されていません。で、その違いはどこから来るのでしょうか。
今日の聖書の箇所(結構長い物語ですが)にも、天国に入れる人たちとそうできなかった人たちの物語が出てきます。ところが興味深いことにそれぞれの人々が、自分の将来について全く違った予想をもっていことです。なぜ私が入れないのか!あるいはなぜ私が入れるのか?ということです。しかも入れなかった人たちが、なぜ!と叫ぶのです。もちろんこの記事の本来の主張は、困難のなか、貧しさのなかにいる人たちへの普段の配慮をしたかどうか、というところにあるようですが、私はもうひとつのポイント、自分は当然そうなるだろう、という自分の思い込みからくる落とし穴、危険性を感じさせられます。というのも、もし私たちが、「弱い立場にある人への配慮を日常から行っていれば、あなたは天国に入れますよ!」ということならば、私たちはそのことに一生懸命になるでしょう。そしてその方が現在の私たちの社会をもっとよりよくすることになるでしょう。それがわかっていても、そうならないところに人間の弱さもあるのですが。でもそれは、私たちが本当に困っている人のことを常に思い、祈り、考えているよりも、それをすれば「私は天国へのチケットを手に入れることができる」ということ、つまり弱い人のことを考えることには本当の関心がなく、私が天国に行けること、現代の私たちに天国という実感などないとすれば、私自身が幸せになるためにその人たちを手段として利用する、ということなのです。そしてその姿勢は、イエス自身が当時の彼の敵対者となっていたパリサイ人たちを批判する大きな点でした。
実は、私たちがどんなことをしていようと、もちろん悪いことよりはよいことをすべきですが、その人を天国に導くのは神様、そしてその右に座しておられるイエス・キリストご自身でしかないということが最も核心的なことなのです。それはすべて神様の御手のなかにあること、だからこそ私たちは、よりよい行いをするということの前に、私たちが神様に愛される毎日を過ごしているかを自分に問うべきなのです。そのことを真剣に考え始めると、何が神様に喜ばれることかを、毎日の生活の中で、祈りながら自分で判断しなければならないという、ある意味「面倒くささ」を感じることもあるでしょう。このマニュアルさえあれば大丈夫!というものは実はありませんし、時には自分が正しいと思ってやったことが必ずしもほかの人たちに理解されないこともありそうです。だからこそ、やはり祈りが重要なのです。その中で私たちは、導かれ、励まされ、ゆるされ、新しい希望を、実感することができるのです。
祈りましょう:神様、私たちがあなたを信じるということ、それはあなたが決められることを私たちが先走らないということなのでしょう。すべてをあなたにお任せする、そのあなたに導かれながら生きる、そのような毎日の生活のあり方を求め続けさせてください。「いかにくらく、けわしくとも、みむねならば、われいとわじ」(讃美歌285番)とこころから口ずさむことのできるひとりにしてください。主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン
2021年9月19日 三位一体節第十七主日礼拝
説教 「全能の父なる神の右に」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヘブライ人への手紙1章1節~6節
あまり政治的な動きのことをここでお話をするのもどうかと思われますが、今自由民主党の総裁を誰にするかということについて、マスコミを挙げて話題となっています。日本のマスコミというのは、どうしてその時々の話題についてひとつだけを集中的に報道し、もっと他にも大事なことがあるだろうと思われることへの社会の関心を奪ってしまっているようにしか思えません。と同時に、日本の政治の中心であり、国権の最高機関としての国会そして、国会のなかで最大の議席数をもっている政党の党首が決まることになるので、現状では自由民主党の総裁選挙が「次の総理を決める」となるのですが、ただし次の総選挙で今の政権与党が国会の過半数を確保することは、実はまだ未知数です。おそらくそうなるのでしょうが、でも手続き的に言うと、いくら自民党の総裁選挙の結果があったとしても、総選挙の結果がとても大事なのですが、今のマスコミは、そのことには一切触れていません。つまり、国民主権という憲法の大原則がまったく無視されて、一部の政党がこうして日本の政治を動かすということを決めてかかっている、そこに日本の民主主義の弱さを感じざるを得ません。
どうも変な?前置きになってしまいましたが、最高の権力を握ることを「●●の座につく」とか「●●の椅子に座る」という言い方をされ、使徒信条も、イエス・キリストが天に昇り「神の右に座」したと告白しているところで、例としてはあまりにも卑近ですが、最近の日本社会の動きを思い出してしまったのです。その使徒信条ですが、その全体は、ひとつの大きな信仰理解を表明しています。「父なる神」「子なるキリスト」「聖霊」という神学的に「三位一体」とよばれる考え方です。そしてその二番目の「イエス・キリストを信ず」のなかで、使徒信条は新約聖書のへブル人の手紙1章にある「天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました」(3節)を踏まえての告白となっています。ただし、へブル書の内容を読むと、実は「右」に座るイエス・キリストは、「神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。 3御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって」と、まさに神そのものの存在(本質)と働きを示すものとして記されています。そこに三位一体という考え方の強調点がありますし、だからこそ誤解されやすい部分もあります。つまり、神とキリストが同質だ、だから「イエス・キリストは神である」というキリスト教信仰の中核が明言されているのですが、ではなぜそこで「父と子」という区別がされるべきなのか、ついそんな説明がもとめられてしまうことにもなっているのです。その点については使徒信条についてのこれまでのメッセージのなかで「処女マリアより生まれ」というところでもお話をしたのですが、やはりイエスという存在が、私たちと同じ肉体をもって私たちのすぐそばに、私たちの隣人としておられたこと、つまり天という私たちにはまったく及ばない、かけ離れた存在が私たちと同じ地平(立場、場所)におられたこと、それによって神様の「本質」を私たちが実感できるようにしてくださった存在というところが重要なのだろうと考えられるのです。そしてここにもう一つの誤解があります。
イエスの弟子ゼベダイの子、ヨハネとヤコブとがあるときイエスに、「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください。」(マルコ10:35)と願い出ました。「栄光をお受けになるとき」、当時のユダヤ教の考えのなかに、やがてこの世界は終末を迎え、そのときにメシヤが世界を審くために至高の権威を帯びて現れる、そのメシヤこそイエスだという確信をもっての願いということで、この二人もイエスはやがて来るべきメシヤ(メシヤはヘブライ語、ギリシャ語に訳すとキリスト)だという信仰をもっていたということです。しかし彼らはそのメシヤの意味、神の代理者として地上に再び現れる方の「右と左に」、つまりメシヤの代理者として用いてほしいということでした。ほかの弟子たちはそれを聞いて怒ったということですが、それもまた自分たちが出し抜かれた、あの二人に勝手なことをされた、ということからだったようで、実は弟子の全員が、栄光のうちに現れるメシヤ、神の代理者としてのイエスについての誤解から抜け出せなかったし、実は私たちの社会での権威、あるいは権力というものについての考え方もまた誤解にまみれたままでいるのです。
イエスは、神の代理者として神の「本質」をあらわすというときに、その本質は、人間を支配し、世界を圧倒する権力をふるう、というものではなく、イエスの、そして聖書・キリスト教の信仰のなかでは「愛」(ヨハネの手紙一3:8)という一言で言い表されます。そしてその愛を私たちの間で具体的に示す行為として、イエスは「仕える」ことで示したのです。この社会が「支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。 」(マルコ3:42)限り、神様の思いは私たちの間には実現ないでいるのです。イエスの飲む杯、イエスが受ける洗礼、それは最後には十字架の死の苦しみでした。ひたすら自分自身の名誉、成功、権力を求め続ける人たちには全く理解できない、いやむしろ自分の思いを否定する考え方でしかなく、その人々はイエスを十字架に追いやったのです。明治期以来今日までの日本の教育が「立身出世」を目指し続けてきたこと、そこに私たちの社会の、政治の、経済の貧しさがあります。むしろ自分たちがいろんな意味で成功し、実力をつけることのなかで、それで私たちの世界がよりよくなる、世界の苦しみ、悲しみ、貧しさに耐え、飢えているひとたのために仕えるという生き方、つまり神様が私たちを愛してくださったように、私たちも互いに愛し合う生き方、そのような神の国を実現するために、イエス・キリストは今神の右の座しておられる、ということこそ、使徒信条がキリスト教の中心的なメッセージとして私たちに訴えつづけていることなのです。
祈りましょう:愛する神よ、イエス・キリストがあなたの右に座し、私たちを治め、導いてくださること、その結果として私たちがお互いに愛し合うものとしての日々を送り、互いに仕える生き方を形にすることができますように。どうぞ私たちの社会が、あなたのみこころにかなうものとなることができますように。み国を来たらせてください。イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン
2021年9月12日 三位一体節第十六主日礼拝
説教 「天に昇り」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 創世記1章1節
コリントの信徒への手紙二12章1節~8節
使徒信条についてのメッセージをスタートさせたのは6月6日からでした。その三週間前の日曜日5月16日は、教会のカレンダーでいうイエスの昇天記念日、そのときにまさに同じタイトルでのメッセージをさせて頂きました(このホームページの最上段の「5月/6月のメッセージ」をクリックするとご覧いただけます)。ですから、クリスマス~伝道活動~受難と死~復活~昇天~ペンテコステというイエス・キリストの生涯の流れの中での「昇天」のことについてはそちらでお話したことですが。使徒信条のなかで考えると、より広い意味にも気づかされるようです。
旧約聖書の、というか聖書の一番最初のことばは神が「天地を創造された」という宣言です。この言葉は私たちの住んでいる世界(自然)は、「天」と「地」というもっとも基本的な構造からできている、ということです。そして天は、私たちが世界の、地球上のどこにいても、常に私たちの頭上にありますし、そこから私たちは「逃れる」ことはできない。いや地下に潜れば大丈夫?かもしれませんが、そこはまた神様が作られた「地」の真っ只中にあります。つまり私たちは、当たり前ですが神様の創られた世界のなかに常にとどまり、そこから逃れることはない、ということを創世記を記し、それを聖書の冒頭の宣言として位置付けた人々の根本的な主張だったのです。つまり、私たちは常に神と共に生かされ、守られているという確信から聖書のメッセージは始まるのです。
新約聖書にはイエスが天に昇ったということと別に、もうひとり天に昇る経験をもった人がいます。それは使徒パウロで、彼がコリントの信徒の手紙二のなかで、第三者的に「キリストに結ばれていた一人の人を知っていますが、その人は十四年前、第三の天にまで引き上げられたのです」(2:2)と記していますが、それは明らかにパウロ自身のことでしょう。それがどのように起こったのか、という具体的な記述はないのですが「第三の天」という、天のなかに階層があることに触れています。これはおそらくユダヤ人たちの言い伝えのなかの、天は七つの層からできているという理解に関係があるのかもしれません(旧約偽典エノク書)。ただしそこでパウロは、その口にもできない素晴らしい体験をしながら、そこで気づいたことは、自分自身の弱さ、自分の「肉体のとげ」の意識を改めて意識させられたということなのです。ある意味、天という神の空間、そこには天地創造が「はなはだよかった」(創世記1:31)として完成された、完璧な世界のなかで、現在の人間がそこに自分の身を置くときに自分の不完全さ、不十分さ、キリスト教的な言葉でいう「罪」を痛感させられたのです。そのような自分自身を思い知らされたパウロは、だからこそ彼が「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。 」(コリント二2:9)という言葉に新しい希望を見出したのです。つまり不完全で罪深い私たちが、神様の支えがあるからこそ、キリストの力がわたしたちの「内に宿」ってくださることの素晴らしさ、喜びを彼は、この地上で実感しました。
イエス・キリストが天に昇られた、そこにおられる、地上において多くの弱さを担い、日々の生活のなかで重荷を負い続ける私たちの思いを担いつつ、今天におられる。私たちが毎日の生活のなかで、つい視線が下向きになりがちなときに、天を見上げること、そこにいつも私たちと共にイエス・キリストが私たちを見守っておられることを知ることで生まれる大きな変化、違い、そのことがまた私たちの新しい一歩を踏み出す大きな転換点となることを確信したいと思います。
祈りましょう:天の父、私たちはあなたに祈ります。思いのなかで両手を、そして私たちの視線をあなたに向けて祈ります。どうぞその祈りを通じて、あなたの守り、導き、キリストの力を私たちに満たしてください。それによってあなたの支えを確かなものであることを覚えることができますように。イエス・キリストのお名前を通じて祈ります。アーメン
2021年9月5日 三位一体節第十五主日礼拝
説教 「三日目に死人のうちよりよみがえり」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネによる福音書2章13~21節
コリントの信徒への手紙一 3章16節~17節
私たちの常識というものを考えるとき、それが実はあんまりあてにならないということがあります。だからコロナのこともそうですが、なんとなくテレビで観た、ネットに書いてあったことが、きちんと批判もされずに私たちの「豆知識」となり、それが「常識」だと思いこむようになってしまっています。そのひとつに宗教的なものがあります。やや季節外れのテーマですが、日本の初詣で一番たくさん参詣者が集まるのは明治神宮だといわれます。最近のコロナ状況で2020年新年との比較では三分の一程度であったといわれる明治神宮、例年は320万人と言われますから、コロナの新年であっても100万人が訪れた計算になりますね。では、その初詣、新年を祝う日本の伝統行事だというのが「常識」のようですが、それは江戸時代まではなく、明治になって結論的に言うと「電鉄会社の乗客誘致企画」として始まったものでした。その最も有名な例が西宮神社(えべっさん)、阪神電車がそれで大いに業績を上げたということが記録にのこっています。そしてもうひとつ、明治神宮は、大正期になって明治天皇を主神として創建されたもので、決して日本古来のものではありません。それは湊川神社、平安神宮もおなじで、それらは明治期以後のものです。ついでにいうと(つい宗教学という授業を担当していましたので説明が長くなってすみません)、神社神道が日本社会に定着していくのも明治期以後の、明治政府の日本の「近代化」政策の一環で、江戸時代までは日本の宗教信仰は仏教が独占、当然皇室も熱心に仏教に帰依していました。奈良の大仏を建立したのは聖武天皇でしたしね。
今日の私のお話もどうも前置きが長くなってしまったのですが、ポイントは私たちの「常識」の不確かさということなのですが、日本の神社神道が明治期以後に社会に定着してきた「新しい宗教形態」だということを考えると、実はキリスト教も日本の神社神道と同じぐらいの歴史を日本でもっているし、それが私たちの日常生活におよぼした影響力は神道以上に大きいのです。そしてほとんどすべての日本人がそれに従って毎日、毎週の生活を送っているのです。ここまで書くと私のお話をよく聞いてくださるみなさんは「またあの話か!」とすでに気づかれているでしょうが、そう「七曜制、日曜休日」のカレンダーです。このカレンダーはもともと古代メソポタミア地方で採用されていた制度が、旧約聖書の天地創造物語で神様が六日間で世界を創り7日目に休まれたという記事によって広く世界中に知られます。そして7日目とは何曜日かというところで、ユダヤ教では土曜日でしたが、キリスト教はイエスが十字架の「死にて葬られ、陰府に下」った後。「三日目に死人のうちよりよみがえ」る処刑されたのが金曜日であってその三日目の早朝に復活したという福音書の記事によって毎週日曜日を安息日としたのです。ということは日本社会は、この使徒信条を土台として動いているということなります。日本は明治期に形成された神社神道と同じくらい古くからキリスト教の伝統を社会に提唱しつづけていたのです。ということは日本社会のキリスト教は、神社神道と同じぐらい古いということもできますし、ある民族学者の主張では80年間あることが継続すると、それが「伝統」と呼ばれるようになる、とも指摘しています。
ただしイエスの同時代の人々も、ある意味当時の「常識」の不確かさで混乱していたようですし、それがイエスに対する批判、さらには十字架刑へと告発される理由となってしまいました。それは人々の神殿理解です。当時のユダヤ教信仰のセンターとしてエルサレム神殿の存在はとても大きかったのです。イエスも幼児期に両親につれられて神殿を訪れています(ルカ福音書2章)。そしてその神殿の存在がユダヤ人にとって、民族の誇り、彼らの信仰の拠点化されていました。しかしイエス自身はどちらかというと、同時の人々が神殿に持つ思いそのものには批判的だったようです。今日の聖書テキストであるヨハネ福音書2章の物語も、神殿で商売するひとたち(実はその商売そのものが神殿での礼拝行為のために必要だと思われていのですが)への厳しい批判であり、そのような神殿は破壊されるべきで、イエス自身は「三日で」それを再建する!と語ったのです。そしてその言葉は、イエスが十字架上に苦しむ中で人々からイエスへの侮辱のことばとして投げかけられるのです:「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」
その侮辱のことばの背後にはユダヤ人たちの「神殿」をめぐる常識のいい加減さがあり、イエスがその常識を正そうとする思いとのすれちがいがありました。当時ユダヤ人が重視していたエルサレム神殿ですが、それはヘロデ大王によってより壮麗に修復された建物でした。かれは純粋なという言い方はどうかと思いますが、純粋なユダヤ人ではなくイドマヤ人でした。その彼が神殿の再建を行ったのはユダヤ人たちからの好意をもとめてのことという不純な動機がありました。また神殿制度というものが、どうしても儀式中心、形だけのものとなってしまうと、それが「祈りの家」、人々の素朴な信仰のよりどころとしての意味を失ってしまっていたのです。イエスはその問題を繰り返し指摘し、そして形だけの壮麗さを誇る神殿への批判(ルカ21章1~4節)、それを破壊し三日目に建て直すという主張、それは46年もの長い時間をかけなくても、私たちの祈りの姿勢、パウロがコリントの信徒への手紙で語っているように、信仰生活そのもののあり方をとらえなおすことで可能だし、それなくしていくら立派な神殿があっても無意味なのだ、と訴えたのです。パウロのことばによると「あなたがたはその神殿なのです。」 しかし、イエスの主張は当時の常識人には届かなかったのですね。
使徒信条がイエスの三日目のよみがえりを語るとき、ひとつにはもちろん、人間にとってまさに絶望体験と思われる死の克服、死という状況における希望を語るのですが、そのことは私たちも毎年イースターで考えてきています。そしてもうひとつは、その信条が教会の信仰を告白するというときに、私たちの信仰が、目に見えるもの、形あるもの、荘厳なもの、などの形にとらわれてしまいやすいことから解放されて、私たち自身の生き方、生きるその場所そのものが神様との出会い場、祈りの場、励ましを受ける場なのだということを思い起こさせるものなのです。
祈りましょう:神様、コロナの中で私たちはお互いに、ともに集ってあなたを賛美することが難しい毎日をすごしています。しかし、私たちが、今、私たちのいる場所が、またあなたとの出会いの場所であることを常に思わせてください。私たちが、いつもあなたと共にあることを心に留め続けることができますように。インマヌエル(神我らとともに)の主、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン
2021年8月29日 三位一体節第十四主日礼拝
説教 「陰府(よみ)に下り」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 フィリピの信徒への手紙2章9~11節
芦屋キリスト教会の毎週の日曜日のメッセージでは、使徒信条について考えてきましたが、テーマとしてはちょうどその中間点のところまで進みました。基本的に使徒信条で告白されているキリスト教の信仰内容は、ほぼ聖書の記事に基づいています。教会にとって聖書という書物の意味は、それなくして教会が成立しないと考えられます。「神学的」に言うとそれは「カノン」(正典と訳されます、ただし音楽用語のカノンとは意味が違います)、聖書にしるされたことがキリスト教信仰の基準(物差し)となる、と考えられてきました。だから私たちは聖書の教えに従って毎日を過ごすことが重要と言えます。すこし前の映画で、ア・フュー・グッドメンというアメリカ軍隊内でおこった殺人事件の裁判のなかで、ひとりの証人が「私は毎日聖書を読んでいる」と言って自分の証言の信ぴょう性をアピールする場面がありました。聖書に従うことこそ私たちの生活の原点ともいえるのでしょう。
ところが、どうも神学部で聖書を専攻した私のような立場からすれば、問題はそんなに簡単なことではない、と考えざるを得ないのです。結論から言えば、私たちは自分にとって都合の良いように聖書を読んでいるということがキリスト教の歴史のなかで繰り返され続けているからです。有名な十戒(出エジプト記20章)には「殺してはならない」と明言されています。ところがキリスト教はその長い歴史のなかで、たくさんの人の命を奪ってきています。私のキリスト教学の授業において、キリスト教に批判的な学生は、十字軍、植民地主義、ナチスなどを引き合いにだして、その矛盾を突いてきます。ただし、同じ旧約聖書のサムエル記上には、戦争に出陣するイスラエル軍に対して敵であるアマレク人を「打ち殺せ」と預言者サムエルが命令します(サムエル記上15章)。ところがその命令を受けた王サウルは、その命令に背きそれを完全には実行しなかったことで、結果神の命令に従わなかったということで王位を追われることになるのです。つまり、聖書全体を読んでいくと、何かすっきりとした考え方よりも相互に矛盾する内容が出てきて、混乱してしまうところもあります。結果、聖書の解釈が混乱しがちなので、例えばカトリック教会は聖書の解釈は教皇のみにゆるされた権限とし、プロテスタント教会ではその教会の考え方に基づいて「正しい聖書解釈」を採用します。となるとプロテスタント教派のなかで、聖書解釈の違いが生まれ、結局キリスト教の教派が分裂してしまう結果をもたらすのです。ということは、聖書そのものの記事ではなく、こう読みなさい!という教会の指導者の読み方が重要になってしまったというのが、キリスト教の歴史なのです。そんなこと言われたら混乱するだけ!というようなメッセージをすることは、私は牧師としてどうなのか、と思われてしまうかもしれませんね。だからこを、聖書は祈りつつ読み、神様の導きのなかで受け止めるということがもっとも重要なことなのです。
なぜそんなことを、というのは使徒信条のなかでイエス・キリストを信じるという告白のなかで「陰府に下り」という箇所、つまりイエス・キリストが死を迎えて、その後「陰府」に下ったということは福音書をはじめ聖書のどこにも記されていないのです。いや、聖書の中に陰府という「場所」の存在についてはあまりはっきりと述べられいない、ということです。おそらくその考え方は、聖書という文書集がまとめられた後、キリスト教という信仰組織が成立するなかで生まれてきた主張だとも言えます。陰府、あるいは死後の世界で、特に救われなかった人々が集められる場所、日本人的感覚でいうと「地獄」など、あるいはギリシャ神話のなかでの黄泉(ハデス)などとの連想がキリスト教信仰のなかでとらえなおされていったのでしょうか。なんといっても死は私たちすべてにいつかは訪れる現実で、では死んだらどうなるという想像はどんな時代、社会でも当然生まれますし、キリスト教もそれにこたえることが求められていました。
ただし聖書の世界の人々にとって死後の世界というものについては、実はあまり強い関心とならなかった面もありました。それだけ私たちは生きているという事実、その時間のなかで神様とのつながりをしっかりと持つことで集中することで、その他のことを不安に思うこともない、ということだったのでしょう。しかしそのことをいくら強調してみても、やはり死が訪れ、墓をつくり、そこで死者を記念するとき、その人々はどうなってしまうのかがやはりとても気になるのです。その自然な感覚のなかで使徒信条が、イエスが「陰府に下った」ということを訴えるのは、その人々のことはすべてイエスに委ねる、その人々もまたイエスの愛と慰めのなかに今時を過ごしているということを私たちに思い起こさせる意味が大きいのです。そしてもう一点とても重要なことは、確かに私たちの生活において、亡くなられていった方とは毎日の生活の中で会うことはできなくなったとしても、イエスを信じる、イエスに愛される、守られるということにおいては、「天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、 すべての舌が、「『イエス・キリストは主である』と…神をたたえる」、つまりいつまでも同じ仲間としてのつながりの中にあること、を覚える子べきことなのです。教会の礼拝で、ともに祈り、聖書を聞き、賛美をささげる、それはそこに集う教会のメンバーだけではなく、今は神様のもとにある私たちの愛する仲間とともにそれを行っていること、ともに神様を賛美し続けるそれが教会の礼拝であることを覚えたいと思います。
祈りましょう:神様、私たちのすべての生活のなかにあなたの愛があること、私たちが目にし、手で感じることのできるなかだけでなく、そのすべてを超えて私たちがあなたとのつながり「交わり」のなかに入れられていることを感謝します。どうぞ、私たちの信仰におけるすべての仲間を今日も祝福してくださいますように。イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
2021年8月22日 三位一体節第十三主日礼拝
今週は教会での礼拝が予定されていた第四日曜日でしたが、コロナ感染の拡大、そして兵庫県にも緊急事態宣言が発出された状態でお休みをしなければなりません。本当に残念ですが、みなさまの上に神様のお守りと祝福、新しい週に向かってのお導きをお祈りいたします。
さて教会のカレンダーで5月から続いている三位一体節、あるいは「教会の半年」と呼ばれるシーズン、芦屋キリスト教会では「使徒信条」を考えながら毎週日曜日のメッセージをお届けしています。今週はイエス・キリストを信じるという項目のなかで「イエスの葬り」についての部分です。この使徒信条がキリスト教信仰の骨格となる内容なのですが、イエス・キリストについては受胎告知と誕生、そして苦難と死、復活と昇天というポイントが指摘されていて、あれ?イエスの生涯、伝道活動や働きについては何も書かれていないということに気づかれた方も多いのではないでしょうか。それに比べて、イエスの死をめぐる出来事は、「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」「十字架につけられ」「死にて葬られ」「陰府にくだり」と丁寧に、詳しく(あるいは「くどいように」)述べられています。ちなみにイエスの誕生にについても「聖霊によって宿り」「処女マリアより生まれ」と説明されます。このイエスの誕生と死をめぐる使徒信条のことばを注意深く観ていると、その一連の表現を通じて二つの主張が二本の糸のようにねじりあっているようにも思えます。それはイエスが「神の子」として神格的存在であったこと(聖霊によって、処女より生まれ、陰府にくだり)と、イエスは一人の歴史的な人間であったということ(マリアより生まれ、苦しみを受け、葬られ)という主張なのです。伝統的にキリスト教の信仰において、イエス・キリストは「まことの人にしてまことの神」と理解されていますが、まさにそのことがイエス・キリストを信じるという一連のことばに貫かれているのでしょう。そして「死にて葬られ」という言葉は、まさにイエスが人間としての死を迎えられたことを改めて訴えているのです。
古くからイエスの死をめぐって、さまざまな解釈、主張や伝説が生まれました。例えばイエスは本当は死ななかった、十字架上で気絶して意識を失い三日目に息を吹き返したのだとか、ありふれたイエスという普通の男の誕生のときに神が霊を彼に送り、そして十字架の死でその霊は神のもとに帰り、あとには人間イエスの死体だけが残された、というような解釈、いやイエスは神の子として死なれたが、その十字架上で流された血潮を受けた杯(聖杯)が、ここに登場するアリマタヤのヨセフによってヨーロッパにもたらされ、それが難病を癒す聖遺物として崇拝されたという伝説をめぐり、イギリスのアーサー王物語や作曲家ワーグナーの楽劇「パルジファル」のテーマとしても扱われています。もちろん福音書の記事は詳細はイエスの死の記録ではありませんので、あいまいさが多分にあり、それをめぐって後世のさまざまな解釈、肯定的・否定的な理解がそこからたくさんうまれていったのですが、そのなかで使徒信条は神の子イエスが「死にて葬られた」という事実をシンプルに、そして明確に主張するのです。
「神の子の死」、見方によってはそれは神の敗北のように思えます。最近古代中国王朝をめぐる歴史小説やドラマに触れていたのですが、とにかく敵対し対立する立場の存在を殺害し取り除くこと、それが次の権力者の立場を確固たるものとする、という筋立ての繰り返しで、そこまでするかと辟易させられることもしばしばでした。しかしそこには敗者の死がひとつの目標点として設置されています。イエスの死、おそらくイエスを十字架につけた勢力からすれば、イエスの存在を取り除くことで自分たちの勝利を目指していたのでしょう。確かにイエスの死の時点では、イエスに従った人々もまた自らの敗北感を強く味わうことになったのでしょう。このヨハネによる福音書でのイエスの埋葬の記事には、二人のユダヤ人の有力者が出てきます。ひとりはアリマタヤのヨセフ、もう一人はヨハネ3章でイエスとかみ合わない対話をしたあのニコデモです。このヨセフはイエスとの交流を隠していたと言われますし、ニコデモもイエスのもとには人目をはばかって「夜」(ヨハネ福音書3章2節)出けてきてました。しかし彼らが担ったもっとも重要な役割は、イエスの死の確認、いわば検死というものもあったのではないでしょうか。つまり十字架からイエスの体をとりおろし、それを清め、ユダヤ人の習慣にしたがって亜麻布でくるむ、という作業を通じて、彼らはそれが確かに死体であることを確認したはずです。そして墓に収め、ヨハネ20章やマタイ、マルコ、ルカの福音書にはその墓の入り口を大きな石で塞いだと記されます。イエスが確かに死んでるからこそ、その墓の入り口は塞がれたのでしょう。このアリマタヤのヨセフこそ、イエスの隠れた弟子として自分たちの挫折、敗北感を改めて思い知らされた一人であったはずです。
それは私たちの目から見ると神の子イエスの「敗北」なのですが、ただし使徒信条的にこの死を考えると、それはそこにも神がともにおられることの宣言であるはずです。死の敗北のなかに、失望や絶望、悲しみの中に神がそこにとどまられるということ、使徒信条が私たちに指し示すのは、一本の糸の強烈さに目を奪われてしまうとき、私たちがもう一本の糸の確かさ、慰めを見失ってしまう危険性なのです。教会の牧師として、何度も私は葬儀に立ち会うことがありましたが、それは亡くなった方の死を悼むという意味と同時に、その方が神様とともにどのように素晴らしい、祝福された人生を歩まれたかを喜び感謝する大切な時でもあることを思わされてきました。事実英語圏の教会ではお葬式をCelebration for the lifeとなかなか日本語になりにくい言い方をします。
死にて葬られ、その非常にシンプルな言い方のなかに、神の子イエスが、神ご自身が、人間の人生におけるもっとも無力な瞬間を自ら経験され、挫折と敗北のなかでしかし私たちを愛し、励まし、慰め、導かれるという確信をはっきりと主張しているのです。アリマタヤのヨセフが聖杯をヨーロッパにもたらしたという伝説のもっとも深い意味は、イエスの死が私たちの死においても私たち共におられたこと、そのことの確信ではなかったのでしょうか。ドイツの信仰告白問答集の第一番目の問い「生きるにも死ぬにも、あなたのただ一つの慰めは何ですか。」がそこで思い起こされるのです。
祈りましょう:神様、私たちの人生のあらゆる場面で「生きるにも死ぬにも、私のただ一つの慰め」を与えられていることを感謝します。だからこそ、日々感謝と信頼のなかに毎日の勤めを、あなたへの奉仕を、あなたに行かされる限り、担い続けることができますように。み名によって祈ります。アーメン
2021年8月15日 三位一体節第十二主日礼拝
説教 「十字架につけられ」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ガラテヤの信徒への手紙 3章1~14節
私が関西学院大学で、一年度生の必修科目である「キリスト教学」という講義を担当していたときに、まず最初に「この科目はキリスト教についてよりも、みなさんが気が付かないうちにキリスト教にどっぷりとつかって生活しているのですから、みなさんの生活のなかにあるキリスト教ということについてお話します」と話し始めるのですが、その言い方はひょっとすると学生諸君の反発を買っていたかもしれません。大半の学生諸君は関西学院大学がキリスト教主義の大学だから入学したわけではないし、またこれまでキリスト教主義教育を高等学校までに受けてきたとしても、それほど強い興味を持っている人も多くはないからです。この授業で生まれて初めて聖書を開くメンバーがほとんどなのです。でも学生諸君だけではなくほとんどの私たちの社会のひとりひとりは、確かにキリスト教のなかに「どっぷり」浸かって生活をしていることにほとんど気づいていない、そのことがとても気になるのです。その最大の理由は日曜休日です。なぜなのでしょうね。二つ目の証拠は十字架なのです。みなさんは十字架形のアクセサリーやデザインされたものを身に着けることに抵抗がありますか? という質問にほとんどの学生たちは「別に」というところです。そう、彼ら彼女たちにとって十字架は身近なのです。
つまりオシャレでかっこいいというところなのでしょうか。でもきっと誰でも十字架の意味って何かということは、あまり気にしなくても知っていると思うのですが、もちろんイエスが死刑に処されたときの道具のひとつでした。その道具がなぜカッコいいということになってしまうのか、それも疑問ですが、では少しはキリスト教に触れている私たちは十字架の意味を正確に?知っているかというところも、あらためて振り返ってみる必要もあるようです。やや聖書学的というか神学的に考えてみると、イエスが十字架につけられたということには三重ぐらいの意味がありそうです。一つは当時のユダヤ人的な意味、二つ目はローマ人的意味、そして三つ目はキリスト教的意味ということでしょう。もちろんそれに加えて四つ目の意味としては、学生諸君の感じるカッコよさの理由もほかにあるかもしれません。
と言いながらここで長々と神学的なレクチャーをするということもできませんが、一つ目のユダヤ教的な意味としては、人を死刑にするとき基本的に「石打ち」が行われていたようです(ヨハネ福音書8章4節)。ただし処刑の後、その死体を木にかけるということが行われていたようです(申命記21章21節以下)。いろんな歴史小説を読んでいると、重要人物(敵方の将軍や重大犯罪者など)を処刑した後その死体や首をみせしめのために目立つところに晒すということもあったようです。ただしそこで注意すべきことは、木にかけられた死体は「呪われた者」という表現(申命記21:23)です。つまり処刑された本人ではなく、その死体を木にかけることでその死体が「呪われる」ことになるので、その死体を夜までかけたままにしておくと、イスラエルの土地そのものが汚されるという言い方がされています。ローマ人的な発想でいうと、十字架によって処刑されるということは重大な犯罪者ということで、息絶えるまでの苦痛を長々と感じさせながら死を迎えさせるという残虐な処刑法でもあったようで、そのような処刑法に反対するローマの知識人の証言もあります(福音書ではイエスが十字架にかけられたのがその日の午前9時(マルコ15:25 原文では第3時)で最後に息を引き取られたのが午後の3時(マルコ15:34 原文では第9時)とされていますが、これは現在の時間に置き換えて翻訳されているもので十字架上に9時間かけられていたことになります)。
第三のキリスト教的な意味で考えると、今日の聖書箇所のなかで、パウロは申命記のことばから、イエスの十字架は自ら神の呪いをさえ引き受けられた、という主張しいます。ただしパウロはここでイエスが呪いを負ったということ以上に「解放した」ということを強調しているところは(13節「贖いだす」)、十字架そのものよりもその後のイエスの復活、つまり十字架の死の克服に注目しているようです。ここがキリスト教において十字架の理解(解釈)が分かれるというところなのです。実はキリスト教で用いられる十字架の形(デザイン)は多様です。そのなかでカトリック教会では十字架だけではなくそこにイエスがかけられているもの(磔刑)を用います。ところが私たちのようなプロテスタント教会では、いわゆるシンプルというかプレインな十字架(Empty Cross)で、イエスの身体はそこにはつけられていません。何が違うのでしょう。それを見たところからすればカトリックはイエスの十字架上の苦しみを強調し、イエスの苦しみのなかに私たちの苦しみを重ね合わせ、私たちの苦しみ(罪)をイエスがすべて受け入れ知って下さるということの理解があるようです。それに対してイエスの身体を持たないプロテスタントの十字架は、イエスが十字架の死を経て復活された、聖書のことばでいうと「あの方は復活なさってここにはおられない」(マルコ16:6)と、イエスの復活による私たちへの希望を語りかけているのでしょう。つまり、そこに苦しみをまず見るか、希望を見るかという大きな違いを感じさせられるのです。
さて使徒信条が「イエス・キリストを信じる」と告白するときに、「苦しみ」という言葉をポンティオピラトに結び付け、そのあとにただ「十字架につけられ」としているのは、やはりその十字架がイエスの生涯の終わりではなく、復活につながる歩みの重要なポイントであったことを語っているのでしょう。私たちが十字架を目にするとき、その苦しみのなかから希望が生まれることをいつも感じるのです。
たくさんの人たちが十字架(クロス)のアクセサリーやシンボルを「カッコいい」ととらえてもらえるのなら、それを身近に感じることのなかでぜひ、それによってより深く、より真実な希望がそこにあることを感じ取ってもらえることを私は強く願っています。
祈りましょう:神様、私たちは十字架を見上げます。そこで苦しまれたイエスの姿のなかに、私たちへのゆるし、なぐさめ、そして希望のあることを信じて、それを見上げます。教会が十字架を掲げ、私たちが信仰生活を通してあなたの十字架を共に負うこと、それが大きな喜びと希望への歩みであることを改めて教えてください。感謝をもって私たちの時を過ごします、あなたの励ましと支えを祈ります。十字架の主、イエス・キリストのお名前によって祈ります。 アーメン
2021年8月8日 三位一体節第十一主日礼拝
説教 「ポンテオピラトのもとに苦しみを受け」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネによる福音書19章1節~16節
使徒信条の文章のなかで、イエス・キリストを信じることを告白する部分が、ほかの部分に比べて物語的だというお話をなんどかしましたが、「ポンテオピラトのもとに・・・」のところは、歴史的事実と信仰の告白とがはっきりと交じり合うとても注目すべき箇所です。みなさんはイエスという人物が実在したかどうか、どう思われますか? 処女マリアより生まれ、様々な奇跡を行い、十字架につけて殺され、そして復活した、そんな人物が本当に実在したのでしょうか。「イエス」という名前そのものは当時わりとありふれたものであったようで、いろんな「イエス」を名乗る人がいたようです。マタイによる福音書13章で言われる彼は「55 人は大工の息子ではないか。母親はマリアといい、兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。 56 姉妹たちは皆、我々と一緒に住んでいるではないか。」と描かれていますが、その姿はごく普通の庶民のひとりにしかすぎません。でもその一人がこうやって世界史の教科書にも登場するぐらい注目されるようになったのは、ある意味ではこのポンティオピラトという人物のおかげかもしれませんし、彼によって福音書のイエスの歴史的存在が証明されているとも言えます。
このピラトという人物はローマ史の中にも登場し、ある程度知られていた人物のようです。福音書では「総督」と言われていますが、皇帝ティベリウスの治世にユダヤ州の「知事」に任じられており、彼の名前は考古学的遺物にも刻まれいます。ただし彼のユダヤ支配は暴力的であり、ローマ人の宗教習慣をユダヤ人に強制し、民衆からの反発などを受けて皇帝に告発をされ、最後はカリギュラ帝によって死刑に処されたと言われます。そのなかに無実の人物を処刑したということも含まれ、ローマ史家のタキトゥスには彼がキリストを処刑したことが記されているといわれますが、どうもこれは後世のクリスチャンたちによる加筆であろうとも主張されています。しかしより興味深いのは、なぜ彼の名前が使徒信条(そしてその発展形のニケア信条にも)の中に記されたかが気になるのです。そのこともよくわからないのですが、この信条はやがてローマ帝国がキリスト教の国教とさえ言わるなかで唱え続けられたのですから、ローマ人がローマ人の知事がイエスを処刑したことを主張し続けるというのも不思議です。もしかするとピラトの存在を通じてキリスト教化以前のローマ帝国への批判、逆に言うとキリスト教化されてからのローマ帝国の正しさを語ろうとするのでしょうか。いずれにもしても、ピラトという人物が歴史的に存在したこと、そのピラトとによってイエスが処刑されたことを福音書が描き、信条で告白するということを通じて、イエスが歴史的存在であったことが強調されています。
しかし、使徒信条が「ポンティオピラトのもとに苦しみを受け」と描くのですが、ヨハネによる福音書の中に登場するピラトはむしろイエスに好意的で「ピラトはイエスを釈放しようと努めた」のですが(12節)、結局ユダヤ人たちに押し切られて彼を十字架に付ける判決を下すことになったのです。もちろん結果としてピラトがイエスの十字架刑の執行責任者ですが、実際にはユダヤ人たちの世論に押し切られるというのは、そこにヨハネ福音書がユダヤ人たちへの批判をより強く書き込んだという解釈もされています。歴史的なピラトの人物像からすれば、彼はユダヤ人の処刑にはむしろ積極的であったようにも思えます。でもいずれにしてもピラトがイエスを処刑した事実は変わりません。そこにこの出来事の根本的な問題(問い)がありますし、使徒信条が歴史的事実と信仰とをここで交わらせている中心的な意味があるようです。つまり、ピラトがイエスを十字架刑としたことは、彼もまた神の意志に従ったということなのです。あるいは神はピラトを用いてご自身の計画を実現させた、さらにいうとすべての世界史的、歴史的事件は神の導きのなかにあることを使徒信条はここで再確認しているともいえるでしょう。
イエスが処刑されたのは、ピラトのユダヤ州支配の方針でもユダヤ人の圧迫でもなく、神の計画の中にあること、それによってイエスはパウロのことばによると「十字架の死に至るまで」神の意志に「従順」(フィリピ書2章8節)であることを示す出来事だったということです。イエス自身も、自らの死が「御心に適うことが行われ」(マルコ福音書14章36節)ると受けとめます。ピラトは聖書の神を信じることなどありませんでした。そのピラトが神の計画の実現者だった、ということ、それによって神がこの世界を愛し、私たちを導くということが示す役割を担わされているのです。興味深いことに、この使徒信条のなかでイエス以外の人物でその名前が記されるのはマリアとこのピラトだけです。マリアはイスラエルの片田舎の名もない少女、ピラトは当時のユダヤ州ではローマ皇帝の代理者としての地位を持つ権力者、そのいずれもが神の意志の実現のために用いられる存在だった、ということ。やや逆説的な言い方をすれば、ピラトはイエスを十字架刑につけることによって神の愛を私たちに示したのです。使徒信条は、そしてキリスト教信仰においては、神の意志はこの世界のあらゆる出来事のなかで行われるということをここで訴えているのです。
あらゆる出来事、そこには楽しいこと、嬉しいこと、感謝すべきこと、と同時に嫌なこと、悲しいこと、辛いこと、ゆるされないことまであります。私たちは私たち自身にとって否定的な出来事に遭遇すると、それは神の行為ではないとしてなにか擁護的になったり、なぜ神はそんなことをするのかと批判的、否定的になったりしてしまいます。でもそのすべての中に神の意志があるとすれば、私たちはその出来事を自分の立場(利益)を中心に考えるのではなく、そのあらゆるできごとのなかに込められている神様の思い、御心(みこころ)は何かを問い続けるべきなのです。その答えを求めて祈り続けるべきなのです。そのなかで、私たち自身の毎日の歩み、私たちをとりまく様々な社会、環境の中に神様の導きを感じ、日々の私たちの課題を見つけ、自分が今生きることの意味をしっかりと受けとめることができるのでしょう。
2021年8月1日 三位一体節第十主日礼拝
説教 「処女マリアより生まれ」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネによる福音書1章14節
猛暑お見舞い申し上げます。8月になって非常な暑さの中でコロナの感染拡大が収まらないという状況。こんなときにオリンピックをやって!なのか、こんなときだからみんな外出を控えてお家でオリンピックを応援しましょう、というのか、私たちは不思議な8月を迎えていますね。オリンピックについて話し出すと、日曜日の牧師のメッセージがどこかにいってしまいそうです。ひとつ思い出されるのが1984年の映画「炎のランナー」というという作品で(https://filmarks.com/movies/31044)、 クリスチャンとして日曜日に競技をすることに賛成できない主人公が登場します。そんなことが今回の東京オリンピック組織委員会で話題になったのかどうなのか、それならイスラム教徒のみなさんのために金曜日はどうするか、ユダヤ教の立場でからいえば土曜日は、とそれぞれの聖日(安息日)問題も考えるべきだ、という議論もあって、結局今回のオリンピックには「炎のランナー」氏の出番はなさそうです。
そして今週のテーマは使徒信条のイエスキリストを信じるというなかで「主は・・・処女マリアより生まれ」というフレーズについてです。前回にもご説明しましたが、イエス・キリストについて告白する使徒信条の部分は、イエスの生涯を追うということで、ほかの部分に比べると物語的なのですが、と言っても今回確かにイエスの誕生という、8月にはまったく季節外れの内容ですが、しかしそこにはヨセフも、羊飼いや天使たちも、飼い葉おけも、東方からの賢者たちは現れず、処女マリアについてだけ触れられています。そして使徒信条的に言えば、この「処女マリアから生まれ」ということがクリスマスという出来事の中心的な事件で、このこと抜きにクリスマスは語れない、ということを訴えているようです。
驚きの愚問ですが、イエスの誕生の祝祭をなんというでしょうか? それは何をお祝いすることでしょうか? 何をいまさら、さっきからこのメッセージの中にもすでに「クリスマス」という言葉が出てきているではないか、イエスの誕生のお祝いにきまっているではないか! ということでお叱りを受けそうな愚問なのですが、使徒信条を読むときに本当はもっと別の言い方から考えてみるべきお祝いではないか、ということにも気づかされるのです。ラテン語では(などと恰好をつける言い方ですみません)、この箇所は" natus ex Maria Virgine"と非常に簡単で、natusは生まれという動詞の分詞形です(ちなみにこの言葉からラテン語系統に属するスペイン語やイタリア語社会では、クリスマスという言い方よりも「ナターレ」(Natale)と言われています)。ということはその中心は「処女マリア」となるのですが、ではなぜマリアだけに関心が集められているのでしょうか。
これも使徒信条のお話を始めるときに、カトリック教会では使徒信条よりもニケア信条を告白するというお話をしましたが(6月6日)、ニケア信条は使徒信条を骨格としつつ、さらに説明的な言葉を補って肉づけされた内容となっていて、この部分は日本語では「おとめマリヤによって受肉し、人となり」とやや「丁寧な」説明を伴った表現となっています。一つは"natus"を単に「生まれる」ではなくて「受肉」するという言い方をすること、そして「人(人間)となった」というところです。受肉という言い方はまさに神学的な用語として難解のように思えますが、人間の体をとる、という意味ですから「人となる」ということはnatusの意味を別の言い方で繰り返して強調する、ということになります。では何が、誰が、「受肉」し「人とな」ったのでしょうか。そうですね、使徒信条で第一に告白される「神が」です。
クリスマスといってしまうと、イエスの誕生日ということで終わってしまいそうですが、それは神がイエスという幼児の形(もっとも幼く、弱い存在)で人間となられた、地上に来られた、その出来事、ですからキリスト教の信仰的な立場からすれば、受肉(英語でIncarnationと言いますが)のお祝いなのです。主の祈りで私たちは「天にまします我らの父よ」と、神を、天という私たちからは遠く隔たった、私たちでは達することのできない高みにおられる存在としてとらえるのですが、その神が、地上にもっとも小さな形として現れられた、私たちのごく身近に、私たちの間に来られた、だからマリアは人間的な営みのなかでではなく、聖霊によって、処女のままでイエスを生んだということが強調されるのです。
宗教改革者マルチン・ルターが作った「いずこの家にも」(讃美歌101番)という私の大好きなドイツの讃美歌がありますが、そのドイツ語の原題は「高き天より私は来た」(Vom Himmel Hoch, Da Komm Ich Her)で、第三節は「この子こそが主なるキリスト、わたしたちの神、必要な時はいつもあなたがたを導いてくださる、この子があなたがたの救い主となられ、全ての罪人を清くしてくださるのです」(ロビソン商会ホームページ訳 http://cockrobin.blog.jp/archives/16102284.html#:)となっています。イエスの誕生、それは神様が私たちのところに来られたということを祝う日、ヨハネ福音書の表現での「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」日であることを抜きに、語れないということ、だからこそその日、私たちは最も近く、直接に神様の愛を、力を、支えを、慰めを受けることができるようになった、ということを感謝するべきなのだ、ということを教えられます。
祈りましょう:神様、イエス・キリストを知ること、従うこと、そのことによってのみ私たちは神様の私たちとのつながりを確かなものとすることができます。だからこそ、今のさまざまに難しさを感じさせられる日々のなかで、落ち着きと信頼、そして愛と感謝をもって平安のなかに毎日を過ごせますように。主イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン
2021年7月25日 三位一体節第九主日礼拝
説教 「主は聖霊によりて宿り」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネによる福音書3章1節~15節
使徒信条で私たちが神様を三つの位格(ペルソナ=お面)をもつ一つの存在と考えるという、キリスト教神学(信仰の考え方)の基本が述べられているなかで、私たちは7月に入ってから「イエス・キリストを信じる」という、使徒信条の第二部にあたる部分を考えてきました。この第二部というのは、最初の「神を信じる」、第三部の「聖霊を信じる」という箇所とはとても違った内容となっています。それはここだけが「物語的」になっているからです。つまり福音書に描かれるイエス・キリストの生涯がなぞられてゆくのです。「主は聖霊によりて宿り」はあのルカによる福音書の最初に記される天使ガブリエルがマリアにイエスの受胎を伝える「受胎告知」の記事ですし、「処女(おとめ)マリアより生まれ」はクリスマスですね。だから使徒信条のイエス・キリストについての部分は、私たちにも理解しやすいというか受けとめやすいように思われます。使徒信条のお話を始めた最初のころに、カトリックの礼拝音楽の代表である「ミサ曲」について触れましたが、その第三部はニカイア信条(クレド)と呼ばれる部分のこのイエス・キリストについての場面になると、私はより一層興味深くそれを耳にするのです。というのも作曲家がその信条のなかのひとつひとつの物語をどう音楽にしているか、というところが、言い方は変ですが「面白い」のです。同じミサ曲の第二部は「グローリア」ですが、この部分もあのルカによる福音書のクリスマス物語で、羊飼いたちに天使がイエスの誕生を告げた後、神を賛美して歌った合唱「いと高き所には栄光、神にあれ。地にはみこころにかなう人々に平和あれ」なのです。とすると、歴代の作曲家はクリスマスの夜羊飼いたちが耳にした天使の合唱を、それぞれの作品で「再現」しているのです。
天使の合唱! 言葉でいうのは簡単ですが、それは本当はどんなものだったのでしょうか。それは人間がそれまで聴くことなどなかったような響きだったことでしょう。ですから作曲家たちは、彼らが今まで学んできたこと、経験したこと、教えられたことなど、自分がこれまで蓄えてきた音楽性、芸術性などを超える音楽を作り出すことに全力を集中したのです。それは人間を楽しませるものでは全くなく、神という存在に捧げられる作品だからです。ぜひみなさんも歴代の大作曲家のミサ曲を聞いてみてください。いや作曲家だけでなく演奏家もまた、天使の合唱の再現が求められているのですね。ところが作曲家のなかには、職業的に作品をうみだすだけの人たちもいました。その人たちも音楽(学)的には優れたものを持っており、自分の経験のなかで「それなり」の作品を残してはいるのです。それはあくまでも彼らの「才能の範囲内」で生み出されたもので、当時の人々には評価されるレベルで、そのレベルを打ち破り、それを超えるものを求めようとはしなかったし、「それなり」の作品でも結構需要もあり、それで収入も確保できたのでしょう。
つい私の興味(素人なりの趣味?)から音楽の話になりましたが、今日の聖書の記事、ヨハネによる福音書に登場するニコデモという人物がある意味「それなりの作品」しか残せなかった作曲家たちの姿に重なるのです。ニコデモは当時のユダヤ人(ユダヤ教)社会ではかなりの有力者であったようです。そして彼がイエスと信仰についての議論をします。そこでイエスは信仰によって生きるということは、従来の人間の常識や経験を超える(棄てる)ところからしか始まらない、つまり神の国(支配)は人間の国(支配)とはまったく違ったもの、異なるレベルで向き合うべきだ、「新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」(3節)と語るのです。ところがニコデモはあくまでも自分の理解できる範囲(理解能力の枠)で信仰をとらえようとするので、人間が「もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか」(4節)と、まったく話がかみ合わないのです。そして私たちがいくら自分たちの体をつかって(手足で)「風」を捕まえようとしても全く無理だという説明が続きます。ここでも「風」というギリシャ語の単語は「プネウマ」で「霊」とも訳される言葉です。さらにイエスは「霊から生まれる者」と「肉から生まれる者」(8節)ということばで、改めて問題をとらえなおそうとするのですね。
このニコデモの姿を見ながら、日本の教育ではまったく視野にも入ってこない発想がそこにあります。学習という言葉は「学ぶ」「習う」とどちらも先人の功績を追う、習得するというところ、あくまでの「人類の英知」の蓄積のみが前提となっているのです。だから成績評価にしても入試結果にしても、結局は「どれだけがんばって勉強したか」が勝負!となるのですね。でもおそらく多くの人たちが気づいているように、これだけ東大というところに全国から最高の学習成果を収めた学生たちが集まっているのに、日本社会はちっともよくならないのでしょう。大多数の国民が安心で安全で、豊かに、楽しく暮らす社会の実現など、夢物語に終わっているのはなぜでしょう。結局そこには、知的なもの、つまり人間的な努力だけではどうにもならないレベルの存在、そのような世界への感覚(感じ方)、視点(観方)がまったく受けとめられないで終わってしまっていることなのです。その社会に対して「信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。」(15節)。つまり「十字架につけられたイエスを信じることによって、すべての人が神様に愛されながら、安心して生きる可能性が開かれる!」と語りかけても、まったく通じない、相手にされない、状況しか日本の教育(社会)は作り出せなかったのです。
「主は聖霊によって宿り」という部分は、人間の知的理解ではとらえきれない内容としてキリスト教会では実は「ミステリー」と呼びます。どうもこの言葉は一般化(世俗化)されすぎてしまったのですが、人間には解明しえないもの、だからそのことをそのままに受けとめ(信じ)るという向かい合い方を通じて、私たちの側の考え方ではなく、神様の考え方を中心として生きる生き方を求め続けることのなかで、私たちのうちに「新たに」生まれてくるものがあることを信じて待ち続けること、それが私たちの信仰生活の出発点であり、基本なのです。
祈りましょう:神様、私たちはどうしてもすべてを自分で理解し、納得し、それによってあなたへの信仰を求めようとし続けています。しかし、あなたが私たちの思いを超えて、まったく新たな私たちの人生の一面、つまりあなたに愛され、守られ、生かされているという私たちのあり方を見つけだし、見つめ続けることができますように。主のみ名によって祈ります。アーメン
2021年7月18日 三位一体節第八主日礼拝
説教 「我らの主、イエス・キリストを信ず」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 フィリピの信徒への手紙2章1節~16節
リーダーシップという言葉がよく私たちの周囲で用いられます。どんな集団でも、その集団をまとめ、統率し、共通の方向に導く、指導力とか統率力を本当に発揮できる指導者を意味しますが、リーダーシップが高いとか低いとかいう言い方でその指導者が評価されることもあります。私もその言葉自分でもよく使うのですが、ふと考えるときその意味している内容が一様ではない、使う人によってさまざまに、自分に「都合よく」用いられている気がしてなりません。私はサラリーマンとして働くという経験がないのですが、例えば一般の会社の方向性は誰が決めるのでしょうか。社長とよばれる立場の人でしょうか。では社長さんが決める方向性とは何に基づいているのでしょう。会社の業績を最高に高めるためだとして、なぜ業績を高めなければならないのでしょうか(というような疑問を持つこと自体、私が実社会に無知であることを示しているのかもしれませんが)。
会社の業績が高まるということは、もしそれがオーナー企業であれば、社長さんご自身の収入増加のためでしょうね。でも会社というのがカンパニーとかコーポレーションと言われるとすれば、いくらオーナーであってもそれは集団なので、集団全体への福利につながることも求められます。社員の給与の上昇、それによって社員の家族の生活の安定、その水準の向上も期待されるています。あるいは株式会社という言い方をする会社だとすれば、出資者への配当の上昇も期待されています。投資家の期待に応えるというのも社長さんの責任でしょうね。そこで、その会社が収益最優先という社長さんの経営方針であったとして、では収益のためにはどんな手段を使ってもよい、ということには絶対になりません。消費者のニーズも大切です、消費者に歓迎されるビジネスでなければ、結局その組織は長続きできなくなってしまいます。さらに、その会社の工場が周囲の環境を汚染、破壊するような生産活動をすることはゆるされませんし、その点を広くとると、SDGsなどに代表されるグローバルな課題に対して無理解、無神経ではその企業は社会的な批判にさらされるでしょう。つまり例えばある企業の社長さんに期待されるリーダーシップの内容というのは実に多様で、多くの期待にきちんと応えながら指導力を発揮するということは、決して社長さんの個人的な思いをその組織に押し付けるといういわゆる従来から言われるトップダウン型だけでは限界があるようです。
少し前から企業などのあるべき役割としてフィランソロピーという言葉が用いられるようになりました。日本語では企業的にいえば「社会的責任を果たす」ということになるのでしょうが、この言葉はもともとギリシャ語の「phil」(愛する、フィロソフィー=知を愛することから哲学、フィルハーモニー=交響楽のフィルです)と「anthropos」(人間、アンソロポロジー=人類学)ということで、その企業が人間を愛するということを基本にすべき、ということになります。私自身、その考え方の本当の意味での原点はイエスの生きざま、とくに今日の聖書のことばの、フィリピの信徒への手紙のパウロのことばにあるように思います。パウロはここで、イエスの生涯を「従順」(8節)という言葉で表現します。何よりもその父としての神への従順を生涯にわたって徹底し十字架の死へと進まれたこと。そしてその従順は、この地上にあっては僕(Servant)としての生活を送られたことで示されたのですね。福音書を繰り返し読む中で、彼は多くの人に仕え、その重荷を共に負い、悲しみを癒し、希望を与え続けられました。そこにイエスは神様が私たちひとりびとりを愛されたという、その思いを私たちに伝え続けられたということを語ったパウロは、だからこそ「天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、11 すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるのです」(10節)と結論づけます。
イエスが主である、というのはその生涯にわたって僕となり続けることで私たちに、他者を愛することの本質と大切さを示されたこと、だからこそ私たちもイエスの生きざまに習う、まねる、パウロのことばによれば「今はなおさら従順で」(11節)あるべきだと訴えます。他者に仕えることによって、イエスを私たちが主と呼ぶ、私たちはそのイエスの生きざまに従う、そこに聖書のかたるリーダーシップの本質があるようです。近年サーバントリーダーシップという言葉もよく言われるようになりました。ただしそれが聖書的に徹底されるとすれば、サーバントリーダーシップは単に、社員、株主、消費者などに奉仕するという意味では終わらないのです。イエス・キリストの父なる神に仕えることが原点となるべきなのですね。確かにキリスト教では、礼拝を英語ではServiceと呼び続けています。日本の社会ではこの点が全く抜け落ちているのですが、サービスはまさに神への奉仕から始まる、ということがなければ、そのサービスは結局、どこか的外れで不十分、あるいはまったく誤解されてものとして終わってしまうのかもしれません。
祈りましょう:イエス・キリストの父なる神様、どうぞ私たちが生きる集団のなかにおいて、よきリーダーのあり方を常に考えることのでき一人にしてください。その立場が集団に対する責任を負うなかで、まずなによりもあなたに仕え、あなたの愛をその組織のひとりびとりに伝え、分かち合う役割をおうべきものであることを教えてください。そのためにもより聖書を通じ、イエス・キリストの歩みを共にできる者としてくださいますように。主のみ名によって祈ります、アーメン。
2021年7月11日 三位一体節第七主日礼拝
説教 「神の独り子・・・イエス・キリストを信ず」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネによる福音書3章16節~20節
この夏の東京オリンピックの開催がいよいよ迫ってきました。コロナによる緊急事態宣言の東京での開催、結局お客さんは入れない(関係者ば別)ということのなかではたしてどんな大会になるのか。まさに「突っ込みどころ満載」の開催となることでしょう。どうも私のオリンピックの記憶として鮮明に残っている映像に「John 3:16」というプラカードを膝に置いて座っている人というものがあります。最近はそれができなくなったのか、映像に移らないようにされてしまったのか、実はオリンピックだけではなく世界的なあちらこちらのイベントにも登場しておられたようです。そして残念ながらその方は今年のオリンピック映像には完全に登場できなくなったのでしょう。いや大会関係者だったら別ですが。
その方このプラカードを掲げ続けられたのは、このヨハネによる福音書3章16節こそ、キリスト教的に(その方が)考えてもっとも聖書の、あるいは信仰の核心を表現する一節だと思われたからでしょう。そして使徒信条も、イエス・キリストについてまず「その独り子」を語るのです。ただし、新約聖書には、「主の兄弟ヤコブ」という人物が登場します。この人物についてもいろいろ議論がありますが、彼が最初期のキリスト教で指導的な役割を果たしていたことも聖書で証言されているところを見ると、イエス自身との関係の近さが認められていたのでしょうか。ただし、使徒パウロは彼の立場に対してかなり批判的でした(ガラテヤ書1:11)。そしてこのヤコブ自身は聖人として崇敬されてもいます。ただし使徒パウロが彼に対して明確に示した姿勢のとおり、彼が最初期のキリスト教会の中で重要な役割を果たしたとしても、彼自身が神格化され、礼拝されるという意味ではなかったはずです。特にヨハネによる福音書は、その最初のところで「血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれた」(ヨハネ福音書1章13節)と宣言もしているのです。
前回「イエス・キリストを信ず」について、それが「イエスをキリストと信じる」という意味だと説明をしましたが、もう少し丁寧に言うと「イエスだけをキリストと信じる」ということなのです。このイエスだけ、というところをキリスト教会は決してあいまいにしては来ませんでした。そのもっとも中心的な考えは、キリスト教において人間という存在と神との「関係」というか、もっとはっきりといえば、聖書の語る神は人間存在の延長線上にはいない、ということでした。創世記で人間(アダム)は土(アダマー)から造られたという物語、そして人間は常に自分はアダム(アダマーに由来する)だと言われるのは、まさに人間と神との絶対的な違い、断絶という理解が聖書的信仰の土台となっているからです。
今日の聖書の言葉であるヨハネによる福音書3章の最初のところにニコデモという当時のユダヤ人社会で指導的立場にある人物が登場しますが、イエスと彼の対話が大きくすれ違う時に、まさにこの問題、霊から生まれる者(神によって遣わされた者)と肉から生まれる者(母胎から生まれる者)とがテーマとなり、ニコデモはそのことを全く理解できなかったようで、突然彼はヨハネ3章の記述から姿を消してしまいます。そしてヨハネ福音書におけるイエスの論点は、神の独り子が「人間か否か」というところにではなく、神が「世を愛された」というところにあるのでしょう。つまりイエスは人間だという理解は、どこかで神という存在を人間の延長線上にとらえようとする立場をあらわしていることのようです。どうしても創世記1章26節で人間が「神に似せて」造られたという表現から、そういう理解が始まる、つまり人間を深く考えればそこに神とのつながりがあるはずだ、という期待にもよるのでしょう。しかしあくまでも人間は神によって造られた存在「被造物」として神との絶対的な断絶を主張します。その前提のなかで、その人間の世界にイエスが神の独り子として登場すること、それは神の側からその断絶を超えようとされた、人間の側からは絶対に不可能なことを神の側からその道を開かれた、という主張なのです。どうしてもややこしい言い方になりますが、「敢えて!」言えば、神様の側からボールが投げられた、さて、人間(私たち、あなた、私)はどうするか、というところなのでしょう。ヨハネ福音書一章の言葉にあるにように「言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。」という姿勢を貫くのでしょうか。そのとき、私たちの社会はどうなるのでしょうか、いやどうなってきたのでしょうか。「血(筋)によって、肉の欲によって、人の欲によって」動かされる社会が存続し続けているのではないかと強く思わされるのですし、最初のキリスト教会が成立するときの使徒パウロのヤコブに対する批判も、その点を指摘しているのでしょう。そのような世界のあり方を「打破する」ことのために、イエスのみがその道筋を示された、イエスをキリスト、つまり神の独り子と信じ受け入れることのなかに、私たちが「神に導かれて生きる」という確信のなかで、私たちが平安のなかに生きる唯一の可能性が開かれてるのです。
祈りましょう: 神様、私たちの思いを超えてあなたが私たちに迫って下さることの確かさを、イエス・キリストを信じることのうちにあることを改めて、私たちに示してください。私たちの目と、耳と、心を開き、神の独り子としてのイエス・キリストとの出会いを確かなものとしてお与えください。豪雨の被害のなかにある方々に、あなたの守りと支えをお与えください。主のみ名によって祈ります。アーメン
2021年7月4日(日)三位一体節第六主日
メッセージ 「イエス・キリストを信ず」 牧師 田淵 結
聖書の言葉 マタイによる福音書 16章13節~20節
先週の日曜日は芦屋キリスト教会として2か月ぶりにご出席を頂けたみなさまとご一緒に礼拝をすることができ、そのなかで新しく教会に置かれることになったオルガンの響きとともに神様を賛美することができましたことを、心から感謝したいと思います。ぜひ次回は7月の25日(第四日曜日)に、さらにコロナ状況が落ち着き、さらに多くの方にお集まりをいただいて礼拝ができますことを心から願っております。
さてコロナで礼拝をお休みしている間に、ペンテコステの翌週から私たちは使徒信条を通じて、あらためて私たちの教会の信仰について考えてまいりました。これまでの5回の日曜日は「我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず」という部分についてでしたが、今週からは「我は・・・イエス・キリストを信ず」という部分に移ります。ところでキリスト教の信仰を一番ストレートに表現すると、まさに「私はイエス・キリストを信じます」ということに尽きます。そして、キリスト教と言っても、そこには私たちのようなプロテスタントの立場、またカトリックとして世界最大のグループ、さらに東ヨーロッパを中心とする正教会(オーソドックス)に分かれますし、正教会などは、ギリシャ正教会、ロシア正教会などのように国にとって独自な組織を持ちますし、さらにプロテスタント教会は「信者の数だけ教派がある」と揶揄されるほど、いろんな教派に分かれています。私たちの芦屋キリスト教会はどの教派にも属さない「単立」の立場をとっています。また以上の教会は欧米の教会ですが、さらにアフリカ、アジアなどにも各地域の歴史に根差した独特のキリスト教か(エジプトのコプト教会など)や、そのほかに近代に成立した、いわゆる新(興)宗教的団体もたくさんあります。これだけキリスト教が世界的に多様性を持っているとなるとどれが「正しい」「本当の」教会かと考えると混乱させられてしまいます。しかしそのすべての「キリスト教」を名乗る教会の唯一の共通点は「我はイエス・キリストを信ず」ということ以外にはありません。あるいはこの言葉を中心的に置かない集団は、キリスト教という範疇には含まれないと私は思うのです。
ただし「イエス・キリストを信じる」という言い方は、それだけではあいまいな部分があります。「イエス・キリスト」を、というと、何か苗字がキリストで名前がイエスというような「存在(人物)」を教祖的に奉るような感じも持たされそうですが、そういう意味ではまったくありません。より正確に言うと「私はイエスをキリストだと信じる」ということなのです。どうも使徒信条の言葉の説明をすると、こむつかしくなってしまう(それが神学的ということなのですが)ので申し訳ないのですが、「イエス」というのは福音書の中心人物として描かれる今から2000年前にユダヤに登場した宗教的指導者(歴史的人物)の名前で、彼は、当時のユダヤ教の世界のなかで独自な主張を展開し、やがてユダヤ教指導者によって捉えられ、当時の宗主国であったローマ帝国の総督によって死刑を宣告され、十字架に死んだのです。それに対して「キリスト」はユダヤ人の言葉であるヘブライ語でいう「メシア」という単語のギリシャ語訳です。ユダヤ教では長いユダヤ民族の苦しみの歴史のなかで、やがてメシアという救済者が神から遣わされてくるときに、自分たちの運命は大転換し栄光の時を迎えることができる、という「メシア待望」的信仰を持ち続けていました。つまりそういう希望を持つことで、現実の苦しみに耐え続けてきたということです。そしてイエスの活動を通じてイエスのメッセージ触れた多くの人々が、このイエスこそユダヤ教が約束してきたメシアだ!との確信を抱くようになり、「イエスはキリストだ!」という言葉が最初のキリスト教徒たちにとって最も中心的で重要な表現となったのです。Jesus Christとかイエス・キリストというのは、単にある存在のことを意味する言葉ではなく、キリスト教の信仰の核心の表現なのです。
今日の聖書の言葉、マタイによる福音書16章の記事は、イエスの弟子ペトロがイエスに向かって「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた記事ですが、このペトロが世界で初めて「イエスはキリストだ!」とはっきりと宣言した最初の人物、つまり最初のクリスチャンということになるのです。ところでこの部分の聖書の翻訳について、私はいつも不思議に思わされることがあります。このペトロの言葉の部分をギリシャ原典の聖書でよむと「メシア」という言葉はありません。その部分はギリシャ語で「キリスト」となっています。ということは、この日本語訳聖書(日本聖書協会新共同訳)は、ギリシャ語の原文のキリストという単語をヘブライ語のメシアという言葉に訳している、ということになるのですね。これが新約聖書学を専門とする神学者の先生方の考え方によるのでしょうが、私自身はそのような翻訳、つまりそこに「キリスト」と書いてあるのに「キリスト」と訳さないというのは、ちょっと自分たちの神学的議論を優先しすぎではないか、といつも思わされているのです。私が子どものころに教会で読まれていた日本聖書協会口語訳聖書(1955年翻訳)でこの箇所は「あなたこそ、生ける神の子キリストです」とそのまま翻訳しています。ほら、やはりここでもこのマタイによる福音書16章16節をどう翻訳するかで、「メシア」派と「キリスト」派とが分かれてしまっているでしょう。キリスト教のまとまりにくさがここでも出てきてしまいます。
ただし本当の問題は、そこをどう訳すかということではないのです。むしろあなたはイエスをあなたの救い主として受け入れますか、ということなのです。「私はイエス・キリストを信じる」という言い方は、実は無条件というか無前提の表現とも言えます。もしそこになぜイエスはキリストなのか、という問いを立てると途端にキリスト教の解釈は千差万別となって、まさにまとまりがつかなくなってしまうところがあります。でもキリスト教の信仰は、解説や説明をし、納得して受け入れるということも一つの手段としてあります(神学という学問がまさにそうですね)が、それを信じるというときには、素直さ、率直さ、単純さのなかでの選択が求められるのです。このイエスが私とともにいてくださるということを、あなたの人生の大きなよりどころとなることを実感している。イエスの存在があるからこそ、私は今落ち着いて、安心して、どんな状況のなかでも平安を感じることができる、ということを知っているとすれば、そこには多くの議論など必要ないでしょう。むしろその議論がかえって信仰の妨げとなることがあります。ドイツの文豪ゲーテがファウストの最初のところで「あらずもがなの神学」とファウスト博士に語らせるのにも一理あります。
このマタイ福音書16章の記事のなかで、ペトロは「なぜイエスをキリストだと信じられるか」などという説明などはしませんし、イエスもその言葉だけを受け止め、ペテロをほめ、彼に天国の鍵を授けます。カトリック教会ではこの物語からペテロを初代ローマ教皇として位置づけ、天国の鍵はカトリック教会にだけゆだねられていることを主張し、組織の中心となる教皇庁礼拝堂は「サンピエトロ(聖ペトロ)寺院」と呼びますし、現在教皇庁のシンボルマークは鍵が用いられています。ただしこの物語では、その直後そのペトロ自身はイエスから「サタン!」と叱責される(マタイ16:23)ことにもなるのですが。
使徒信条が、「私はイエス・キリストを信じます」と神への信仰に続けて告白するのは、それを告白するひとりひとりと、そのことに私たちが気づかないでいても、イエスが共に歩んでおられる、そのひとりを愛しておられる、受けとめ、かかわりをもっておられる、ということが前提になっているようにも思えます。それを「メシア」と訳すか「キリスト」と訳すかということよりも、あなたはそのことに気づいていますか?という問いかけがここにあるようです。
祈りましょう:主イエス・キリストの父なる神、今日もイエスを通じて私たちに与えられるあなたの守りと支え、お導きを感謝します。あなたは私たちの思いを超えて、イエスを私たちの身近に送って下さっています。しかし私たちの忙しさのために、様々な思い煩いのために、私たちはそのことを見ること、感じることができないでいるのでしょう。どうぞ私たちの目を開き、感覚をよりすまされたものとし、イエスとの日々の出会いを実感できる者としてください。特に今あなたの助けと慰めを求めているひとたち、豪雨災害のなかで苦しむ方々、またコロナの状況のなかで不安に置かれている人々、それらの人々のために懸命の働きをしておられる方々に、あなたの勇気と励まし、そして希望をお与えくださいますように。私たちの主、イエス・キリストのお名前によって、この祈りをささげます。アーメン
●2021年7月
2021年12月26日 降誕節第一主日礼拝
説教 「天上の平和のうちに~Sleep in Heavenly Peace」 田淵 結 牧師
聖書のことば: 聖書 ルカによる福音書2章8~14節
今年のアドヴェント、第二週以後アドヴェント、クリスマスにちなむ讃美歌を巡ってお話をしてきましたが、「見張りの人よ」「世の人忘るな」のどちらも、どちらかというと日本ではあまり歌われない、ほとんど知られていない曲ばかりでした。というのも世界中、そして日本でさえもクリスマスを人々が祝っているというなかで、まさに何万というクリスマスにちなむ曲が作られました。もちろん信仰的なものばかりではありませんが、そのなかで教会で歌われる讃美歌としても世界中でもやはり何千曲もあることでしょう。ですから私たちにあまりおなじみでない曲で、ぜひみなさんにも知っていただきたいという願いもありました。アメリカの教会を訪ねていたとき、Hymn Singing Serviceというプログラムに参加したことがあります。それは礼拝に集まった人たちが、自分の好きな讃美歌をリクエストしてみんなで一緒に次々と歌ってゆくなかで、その讃美歌をめぐるご自身の信仰生活の一面を語り合い、聞きあうというものでした。なかなかコロナ状況のなかで芦屋キリスト教会ではできないかもしれませんが、みなさんのお好きなクリスマスの讃美歌を心から歌えるクリスマス礼拝ができることを願っております。ぜひご家族でもそんなひと時をお過ごしください。
そこで今日はみなさんにも、そして世界中でもっとも知られた讃美歌「聖しこの夜」を巡ってのお話をしてみましょう。おそらく日本でもこの曲を歌ったことのない人のほうが、少ないのではと思えるぐらいよく知られた曲ですし、1961年から二十年ぐらい日本の小学校の音楽の教科書にも採用されていたそうです。ドイツ語の作詞者はヨゼフ・モール、フランツ・クサーヴァー・グルーバーによって1818年に作曲されたそうです。その作曲を巡っての有名なエピソード、モール神父の教会のオルガンが故障してクリスマス・イブの礼拝に使えなくなったので、それに代えてこの二人が急遽この曲を作曲し、ギターで演奏した、というもの。ただしそれが事実であったのかどうかということには議論があります。ただしそんな由来の物語以上に注目すべきことは、この曲が世界中で歌われているということでしょう。日本にも明治時代には伝えられていたのですが、「聖しこの夜」という歌詞で歌われるようになったのは、1909年からということで訳詞は「まぶねのなかに」などの日本の代表的な讃美歌作詞者である由木康氏(ちなみにこの方は関西学院の卒業生で、長く東京で牧師をされていました)によるものでした。そして曲も、ヨーロッパではよく野宿をする羊飼いの情景を表す八分の六拍子のシチリアーノという曲のスタイルによって、イエスの誕生の夜の静けさを伝える美しい曲となっています。
ただしクリスマスの、ルカによる福音書の光景を描き出す音楽としては、もうひとつ「天使の合唱」があります。こちらはルカ福音書2章14節を歌詞として、非常にダイナミックな動きを持つ音楽が残されています。またもや私が学生時代の文学部チャペルアワー(学校礼拝)で語られたお話のなかに、当時美学科音楽学専攻の谷村晃先生が、歴代の作曲家たちはこの天使の音楽を再現することに心血を注いだ、ということに触れられたこともとても印象に残っています。この歌詞はラテン語では"Gloria in excelsis Deo"ですから、カトリック教会の日常の礼拝(ミサ)のなかで、栄光の賛歌として日々唱えられるもので、著名な作曲家たちは多くのミサ曲のなかで、この言葉を音楽化しています。そしてどれもが、天から地上に天使の合唱が響き渡る、ダイナミックな作品となっています。でも最初に羊飼いたちが聞いた天使の合唱は、本当にそのような力強い、「天の大軍」(ルカ2:13)によるものだったのです。そして日本語の歌詞ではそのところは出てきませんが、英語の歌詞の第二節に、"Shepherds quake at the sight! Glories stream from heaven afar, Heavenly hosts sing Alleluia!”(羊飼いはその光景に身震いをした、遠く天から栄光に満ちた光の帯がとどき、天使たちはアレルヤを歌う)と彼らが天使の合唱を目の当たりにした光景が、この静かな曲によって描かれています。もちろん羊飼いたちは驚き震えたのですから、ちょうど預言者イザヤが神様を目にしたような(イザヤ6:3)「ものすごい」経験だったことでしょう(ちなみに原詞となるドイツ語の歌詞では「羊飼いらは初めて知る 天使らのハレルヤによって その歌声はあらゆる場所で 高らかに響き渡る」とやはり「高らかに響き」わたったことになりますが)。でもこのルカのクリスマスの物語は、野宿する羊飼いの静けさから始まり、マリアとヨセフが静かに幼子イエスを見守るという静けさこそが「すべて天使の話したとおりだった」と確信し、喜びに満ち溢れて帰路についたのですから、やはり「静けさ」に大きな強調点というか、クリスマスの意味をとらえているのです。「聖しこの夜」の第一節が「眠りたもう、いとやすく」(英語の歌詞でいう"Sleep in Heavenly Peace"(天上の平和のなかに眠られる))という言葉で締めくくられる大きな意味があります。この讃美歌が、キリスト教の枠を超えてひろく受け入れられている理由、さらに言うとクリスマスが多くの人に受け入れられている理由もまさにこの「天上の平和」、神様が与えて下さる平和にあるようです。
ところが「平和」という言葉ほどまた私たちの立場によって誤用され、曲解されている言葉はありません。つまり平和を作り出すための戦争を正当化するということで、まさに国連のPeace Keeping Operation(平和維持活動)などがその最たる例ですし、私たちの政府もまたその方向性に力を入れているようにも見えます。でもそのような力づくでの平和実現は、本当に聖書の語る平和なのでしょうか。天使たちが語るように神様の「御心に適う人」たちの行為なのでしょうか。1914年の第一次大戦のさなかのクリスマスイブに、英独両軍の兵士たちがそれぞれの塹壕から、どちらからともなく「聖しこの夜」を共に歌ってクリスマスのひと時を共に祝ったという「クリスマスの真実」とよばれる出来事があったと言われています。ただしその史実性についても、その讃美歌は「神の御子は」(Adeste Fideles)だったとか、どこまで両軍兵士が心を合わせたかも議論がなされています。そしてクリスマスが終わると再び戦いが続いたのです。ただし、そのような「真実」が語られる背景に、軍事力の平和ではない平和の大切さ、それを実現するクリスマスのメッセージが求められていたのでしょう。そしてさらに重要なのは、そのような平和を実現することのほうが現実にはより困難であり、私たちにはさらに大きな、そしてとても苦しい努力がもとめられるということも表しています。天使たちがイエスの誕生を「民全体に与えられる大きな喜び」、以前の口語訳聖書では「すべての民」でしたが、世界中のすべての人の平和、というときに、それがある人の平和がほかの人の不幸になるというものではないのです。例えば人間が戦いによって自らの平和を手に入れることは、「敵」と呼ばれる人たちに敗北の上に成り立っているのです。天使たちの語った平和が、やがてイエスがその生涯を通じて訴え続けるメッセージを通じて実現されるべき平和、「平和を実現する人」が同時に「義のために迫害され」「わたしのためにののしられ、迫害され」る人であること(マタイ5:10-11)「子ろば」に乗ることによって「平和を告げる」(マタイ21:5、ゼカリヤ9:10)という、私たちの思いを超える形での平和を求める生き方がクリスマスから始まっイエス誕生の夜の静けさが、私たちが思う平和以上の「Heavenly Peace~天上の平和」のときであり、私たちが飼い葉おけのイエスと出会うことはまたそのような平和を実感し、それを実現するために生きるスタートとなるのです。
祈りましょう:神様、今年もまたクリスマスを迎えました。私たちは今日26日にクリスマス礼拝を祝いますが、実はクリスマスは12月25日から始まる私たちにとってとても重要な季節であること、そこから新しい時代、あなたの与えて下さる平和の実現へと向かう時代が開かれていたことを改めて思わせてください。私たちの社会で、私たちの生活のなかで、どうぞ私たちがその平和を実現する働きを果たす思いを、幼子イエスとの出会いの中で与えてください。飼い葉おけに生まれられた主、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン
2021年12月19日 待降節第四主日礼拝
説教 「世の人忘るな、クリスマスは」 田淵 結 牧師
聖書のことば: 聖書 イザヤ書40章1~5節
エフェソの信徒への手紙 5章6~14節
いよいよ今年もアドベントの第四週となりました。アドベント キャンドルも四本目に火が灯り、12月25日ももう間もなく、芦屋キリスト教会のクリスマス礼拝は26日、私の経験ではプロテスタント教会では12月25日に一番近い日曜日にクリスマス礼拝を行うということだと思っていましたが、日その礼拝を行う教会もあるようです。 先週の日曜日一緒にアドヴェント礼拝を 守った神戸ユニオン 教会は今日がクリスマス礼拝、そのお話は 私が担当します(英語ですが、よろしければネットでもご覧いただけます:午前9時30分より https://www.kobeunionchurch.com/index.html)。そしてクリスマスで盛り上がっているのはどうも教会以上に、街中のクリスマス商戦のほうではないかと思わされもします。そんななかのことだと思われますが、1951年フランスのある町でのクリスマスイブの夜、大聖堂の鉄格子にサンタクロースの人形がつるされて燃やされるという出来事がありました。しかもそれはキリスト教の神父たちによって行われたというそうです。つまりあまりにも商業主義に陥ってしまったクリスマスの象徴としてのサンタクロースを「処刑」したということで、本来のクリスマス Christ-masを取り戻すためのアピールだったようです。「その様子を見ていた250人の子どもたちは・・・サンタクロースに魅せられてしまうと同じ目に遭わされると感じたかもしれない」(タラ・ムーア 『クリスマス全史』 原書房 2021年 168頁)と思ったいうのでは、その行為はあまり教育的ではなかったのでしょう。それでもクリスマス商戦の勢いは以後70年経ってますます盛んとなり、その試みもあまり効果はありませんでした。そして毎年キリスト教会の礼拝では日本社会のクリスマス・ビジネスへの批判と、本当のクリスマスとは…というお話になるのです。今日の私のお話も結局結論はそこになるのですが。
ただし、先ほど紹介した『クリスマス全史』の第2章「初期の祝祭と慣習」というところを読むと、そもそもクリスマスがこんなに注目されるようになったのはローマ帝国のおかげで、そのとき必ずしも純粋なキリスト教の行事としてだけでなく、むしろ世俗的、異教的イベントと融合させたからこそ、一般に受け入れられたのだということのようです。そもそもキリスト教にとってクリスマス以上にイースター(イエスの復活)のほうがはるかに重要な意味があり、最初期からしっかりと守られ祝われてきたのです。そしてキリスト教がローマ帝国領内に広がり、多くの人たちに受け入れ、4世紀になって帝国公認宗教さらに国教となっていくなかで、ようやくクリスマスが特別な祝祭として祝われるようになりました。ところがイエス自身が何月何日に生まれたのかということはキリスト教自身ではまったくわからなくなっており、そこでローマ帝国のなかでそれが12月25日と定められたのでした。ただしその日が選ばれた理由は異教的なもので、ひとつは当時帝国の兵士たちに広く受け入れられたミトラ教の太陽神ミトラスの誕生日が12月25日であったことが指摘されています。これは当時のカレンダーのユリウス暦ではその日が冬至にあたり、一年で最も夜が長く暗闇に包まれてきたのがこの日を境に明るさを増してゆくということが決定的な意味を持っていました。現在の私たちのカレンダーのグレゴリウス暦でいうと冬至はクリスマスより早い2021年は12月22日なのですが、ユリウス暦の冬至をグレゴリウス暦に置き換えると25日となるのです。さらにもう一つ、紀元4世紀のローマ帝国では農神サトルゥヌスを祭る収穫祭として盛り上がる季節というところに、イエスの誕生日を重ね合わせたという背景もあり、12月25日クリスマスのこうした多信仰、多文化的起源によってクリスマスは一般にも広がり、同時にキリスト教と異教的雰囲気との緊張関係が現在まで続くことになったのではないでしょうか。
ということで例えばプロテスタント教会のなかでも、ジャン・カルヴァンの系譜であるピューリタン(清教徒)的伝統を強く持つ教会では、純粋にキリスト教的クリスマスを守ることを強く主張し、ときにはサンタクロース(その由来はカトリックの聖人セント・ニコラウス)、クリスマスツリー(その起源は宗教改革者、マルチン・ルターだったともいわれます)、あるいはクリスマスの讃美歌などもやめようという運動、さらにはクリスマスそのものも祝わない、という動きもあったようです。また東ヨーロッパやロシアなどに広がったキリスト教(オーソドックス教会)では12月25日以上に1月6日をクリスマスとしてお祝いする伝統があります。
とはいえ、私たちの教会では12月25日を中心にクリスマスをお祝いしていますし、商業主義のカレンダーと重なっていることで、だからこそ先ほど結論を先取りしたように「教会が祝う本当のクリスマスとは…」というお話となるのですが、今年このアドヴェントの日曜日のお話で、クリスマスの讃美歌を考えているなかで、だからこそ今ご紹介したい一つの曲があります。私たちの讃美歌集では第二篇という1967年に編集された部分の128番に収められている「世の人忘るなクリスマスは」というものです。まさに歌いだしの歌詞から「教会が祝う本当のクリスマスとは…」という展開にふさわしいように思えます。この曲はもともとイギリスで17世紀から歌われていたようで、有名なディケンズの「クリスマスキャロル」というクリスマスの古典的小説のなかでも"God bless you merry gentlemen! May nothing you dismay" (神様が紳士のみなさんを祝福してくださいますように! 何も心配することなどありません)というように引用されています。歌詞も時代を通じていろいろ改変されているようですが、最近のものの第一節は
God rest you merry, gentlemen, Let nothing you dismay,
(神よあなた方紳士諸君を楽しく休ませてくださいますように、何も心配することのないように)
For Jesus Christ our Saviour Was born on Christmas day,
(なぜなら私たちの救い主、イエス・キリストが クリスマスの日に生まれられたから)
To save us all from Satan's power When we were gone astray:
(道を誤ってさまよう私たちを、サタンの力から救ってくださるために)
O tidings of comfort and joy, comfort and joy, O tidings of comfort and joy.
(慰めと喜びのよき知らせです)
となっています。そしてこの讃美歌を歌っていくと、クリスマスとはどんな出来事なのか、その意味はなにか、ということがわかってゆく内容となっていきます。まず私が皆さんにおすすめしたいのは、クリスマスにご家族やお仲間と、ぜひクリスマスの讃美歌を全節歌ってみていただきたいということです。「きよしこの夜」でも「諸人こぞりて」でも、それをただBGMとして聞くのではなく、ご自身で歌ってくださる中で、そうか、クリスマスとはそういうことだったのかということを自然にお分かりいただけるようになるでしょう。言い方は変ですが、私のお話を聞いて頂く以上に効果的なのではと思ったりもします。時には英語のものでもいかがでしょうか。
そしてもうひとつ、この「世の人忘るな」の讃美歌は、最後の部分 "O tidings of comfort and joy,"は全節繰り返しとなっていて,第二篇でも「よろこびとなぐさめのおとずれ、今日ここに来たりぬ」と歌われます。私はまさにここにクリスマスでもっとも中心的なメッセージが込められているといつも歌いながら思わされています。社会(世俗)のクリスマスと教会のクリスマスの最大の違い、それはそのクリスマスを経験する人々に「慰め」が与えられているか、ということです。日常での辛く苦しい経験、悲しく痛ましい思い、それらが果たして街角のショーウィンドウから得られるのでしょうか。むしろ人々が華やかに、楽しく、きらびやかにクリスマスを祝う姿は、そんな状況から遠ざけられてしまっている人々には苦しみを感じさせることとなってしまいます。イエスがベツレヘムの馬小屋の飼い葉おけにうまれ、それを最初に知らされたのが野宿をしている羊飼いたちであった、というルカによる福音書の記事は、本当の(最初の)クリスマスが、そのような状況のなかにある人に対してのメッセージであり、旧約の預言者イザヤは、人々に神様からの「慰め」をまず訴え(40:1)、それが「大きな喜び」(ルカ福音書2:10)であることを、この讃美歌を歌うたびも思わされることです。
さらにローマ帝国時代に12月25日クリスマスが始まり、それが定着した中で当時の異教的背景があったとしても、聖書は繰り返しイエス・キリストの到来によってこの社会が明るく照らされるようになったことを訴え続けます。使徒パウロはエフェソの信徒の手紙の5章で、私たちが「以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています 」と語り「光の子として歩みなさい。 」(8節)と訴えます。たしかに現在でもクリスマスになると暗闇に輝くイルミネーションやキャンドルライトの輝きが社会を明るくするイメージとされ、多くの人々がそれを楽しんでいます。ただしそれはあくまでも暗闇のなかにあるからこその光の美しさを実感するということになると、実はどこかで私たちが暗闇を必要としてしまっていることなのです。キリスト教においてイエス・キリストによってこの世が照らされるということは、暗闇のなかに押しとどめられている人々がそこから解放され、安心して明るさの中に生きることができる「喜び」を実感することなのです。羊飼いたちが幼子イエスと出会った後「神をあがめ、賛美しながら」(ルカ2:20)、博士たちが今までとは「別の道を通って」(マタイ2:12)それぞれもとの生活の場所へと帰っていったこと、でもそれは決してもとの場所ではなく、それぞれがそこで喜びをもって生き続ける場所となることを聖書の語るクリスマスは約束しています。12月25日のクリスマスのスタートが多宗教的、多文化的なものであったからこそ、キリスト教が聖書によるクリスマスを打った続ける意味がさらに大きなものであったこと、この日本の社会のなかでなお「喜びと慰めの」メッセージを語り続けること、そしてこのクリスマスの讃美歌もまた歌い続けられることが大切に思われるのです。
祈りましょう: 神様、いよいよアドヴェントも終わり、12月25日を迎えようとしています。そして芦屋キリスト教会では今年26日にクリスマス礼拝を行います。それによって12月25日からクリスマスが始まり、私たちにとって明るさに満ち、喜びと慰めの約束されるときのなかに新しく生かされることを改めて覚えることができますように。神様、あなたの下さる慰めと喜びを、より多くの人たちにお与えください。そして私たちを、それを伝えるべきつとめに用いてくださいますように。クリスマスに生まれられた主、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
2021年12月12日 待降節第三主日礼拝
説教 「見張りの人よ」 田淵 結 牧師
聖書のことば: 聖書 イザヤ書21章11~12節
コリントの信徒への手紙二、11章1~10節1
前回もクリスマスの讃美歌についてお話をしましたが、今日もアドベント~クリスマスではクリスマスの讃美歌(音楽)をめぐってメッセージをお届けしたいと思います。やはり音楽なくしてクリスマスは過ごせませんし、私にとってはこのシーズンいくつものクリスマスの讃美歌や音楽が次々と浮かんできます。
私自身大学生になるまで全く知らなかった一ひとつの曲についてお話をしたいと思います。文学部一年生のときのチャペル(学校礼拝)で当時英文学科におられたマーク・リームズ先生から教えて頂いたもので ”Watchman, Tell Us of the Night"、私たちが教会で用いている日本キリスト教団讃美歌では218番「夜を守(も)る友よ」です。ところがこの曲はその讃美歌集ではクリスマスの曲としては分類されおらず、歌詞もその第1節は
夜を守る友よ、闇夜を照らす 道の光は まだ昇らずや 旅行く友よ、かの山の端(は)の さかえ輝く、星かげみずや
と全三節が文語体で載せられています。ところが日本基督教団讃美歌委員会が1997年に新しい讃美歌集『讃美歌21』を発表したときに、この曲は236番「見張りの人よ」という題でクリスマスの曲として掲載され、その歌詞も
1 「見張りの人よ、夜明けはまだか いつまで続く この闇の夜は」。 「旅ゆく人よ、東の空に あけの明星 ひかり輝く」。
2 「見張りの人よ、あの星こそが 約束された 時のしるしか」。 「旅ゆく人よ、暗いこの世に 平和を告げる 夜明けは近い」。
3 「見張りの人よ、朝は来るのか。 すべての恐れ 消えゆく朝は」。 「旅ゆく人よ、恵みの光 やがて現れ 行くてを照らす」。
4 「見張りの人よ、眠らぬ夜の つとめが終わる 夜明けは近い」。 「旅ゆく人よ、世の光なる 主イェスは近い、救いは近い」。
と4節になり、ちょうどアドヴェントの4週間で毎週徐々にクリスマスが近づいてくるように、夜明けが近づくという内容とされています。ところでリームズ先生は文学者でしたから、この讃美歌のドラマ(舞台劇)のような構成について語ってくださり(もう50年近く前のことですが、とても印象的に私の記憶に残っています)、あらためてこの讃美歌を歌うことの面白さ、大切さに気付かせてくださいました。各節の最初二行と後半二行が、そこに登場する人物の会話(掛け合い)となっており、私たちの讃美歌でも、一番最初は「物見の人よ」と呼びかけの形で始まります、そして後半は「旅する人よ」と、呼びかけられた「物見の人」つまり夜警をしているひとが、そこにやってきた訪問者に答えるという会話となっています。ですからこの曲を歌うときは、配役を決めて、それぞれ問いと答えということをはっきりさせて歌うと、よりドラマチックになるでしょうね。
クリスマスというお祝いを象徴し印象づけるもののひとつは「光」でしょう。クリスマスツリーの電飾の輝き(ちなみにクリスマスツリーを最初に飾ったのは宗教改革者ルターだったともいわれます)、あるいは街角を照らすイルミネーション、そしてイブの礼拝などでは燭火礼拝も行われたりします。どうも12月25日クリスマス当日よりイブのほうが「盛り上がる」のも、それが夜でありその中に輝く光に注目されるからでしょうか。旧約の預言者イザヤは「闇の中を歩む民は、大いなる光を見た」(9:1)と神様の救いの実現を光のなかに期待し、ヨハネ福音書は「光は暗闇の中で輝いている」(1:8)とイエスの登場を光で表してもいます。でもそのとき私たちは光の明るさだけに目を向けるときに、暗さ、あるいは光の陰、その陰に隠されてしまっている現実や問題をつい見落としてしまってはいないでしょうか。あるいは神様の救い、そしてイエスの誕生をなぜ私たちは切実に求めているのか、という私たちが真剣に向き合わなければならない課題から目をそらしてしまいがちになるのです。
この讃美歌の原作者はジョン・ボウリングというイギリス人で、彼はこの詞をイザヤ書21章の言葉から採ったようです。そこでのイザヤの記事は、当時の南イスラエル王国(ユダ)がバビロンの攻撃を仕掛けられているなかで、歩哨が夜のうちに攻撃がないかどうか不安のなかで警戒にあたっているという状況を描いています。私も小説などでしか知りませんが、夜襲のほとんどは不意打ちの形ですから攻撃されると味方は大混乱に陥りとても勝利など望めない事態となるそうですから、それだけに陣営は不安ですし夜明けが早く来ることを待ち焦がれていたことでしょう。そのときのユダの陣地では、その暗闇のなかで何が起ころうとしているのかということへの予想、何が起こってもすぐに対応ができるという準備、さらに何もなければ翌日の戦いがありますから、そのために兵士の休養を取っておくといういつものことを考えねばなりません。だからこそその暗闇の中を過ごす人々に対し、イザヤはイスラエルの神主への信頼をより強く訴えたのです。暗闇のなかに私たちが過ごすからこそ、今の自分の状態がどういうものなのか、なぜそうなのか、だからどうすべきか、そのなかで神様の守りを私たちが真剣に求めるという姿勢が生まれてくるのです。
使徒パウロはその生涯でとても不思議な経験をいくつかしています。その最大のものは復活したイエスとの出会い(使徒言行録9章)で、それによって彼はキリストの使徒としての新しい生き方をゆるされ、彼によってキリスト教が世界宗教として広がってゆくための土台を築いたのです。また今日の聖書の箇所では、「第三の天」まで引き上げられた人を知っているというのは、これは彼自身のことだろうと思われます。「第三の天」ということについて、パウロ時代の解釈では天は三重で、その最高の高み(パラダイス)まで彼が引き上げられたという説明もなされていますが、要するに神様のすぐ近くまで、ということなのでしょう。ところがパウロの生涯を支えたものは、そのような素晴らしい啓示という経験ではなく「彼の弱さ」(二コリ12:8)であり、より彼らしい言葉でいうと肉体の「とげ」(7節)であったということです。それは自分自身が「愚か者」(6節)にならないように、「過大評価」(7節)されないように、「思い上が」(7節)らにように、という神様の配慮だったと彼は述べています。そしてその苦しみの中でかれは「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(9節)という語りかけを神様から、この地上で与えられたのです。彼に痛みがあり、辛さがあり、悲しみがあったからこそ、彼は自分の使命、なすべき働きの課題と大切さ、その意味を鮮明に理解し、それに取り組む生涯を全うできた、ということなのでしょう。
私たちの社会が12月になるとすぐにクリスマス一色になってしまって、まさにアドヴェントのことなど全く考えない、あるいは知らない、ということの問題を感じるのです。つまり私たちは自分たちが今、どんな問題を抱え、そのなでどんな状況にあるのか、今何をしなければならないか、ということをまったく考えないままに過ごしてしまう、だからこそ「クリスマス、クリスマス」と「盛り上がって」いても、それが私たちにとって本当に、私たちの苦しみや悲しみが神様に受け止められ、深い慰めと希望が与えられることのないまま終わってしまうということです。だからこそ私たちはアドヴェントの季節を大切に、真剣に、祈りつつ送りたいのです。そのときに、私たちを取り囲む社会の暗闇の深さ、私たちの弱さなどをより深く知ってゆくなかで、初めてそこに神様が、少しずつしかし確実に明るさをもたらしてくださることに気づき、あらためて私たちがクリスマスをどうお祝いすべきかを気づかせてくださるのです。
祈りましょう:神様、アドヴェントの第三週目を迎えました。改めて私たちがアドヴェントを過ごすことの大切さ、今の時だからこそ見つめるべきこと、考えるべきこと、そして「見張りの人よ、朝は来るのか。すべての恐れ 消えゆく朝は」という問いかけを真剣にあなたに投げかける祈りを捧げます、そのなかでクリスマスがいっそう待ち遠しく思われることを感じさせてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります、。アーメン
2021年12月5日 待降節第二主日礼拝
説教 「私たちの献げもの」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 聖書:マタイ福音書20章1-16節
コリントの信徒への手紙二4章7-15節
アドヴェントからクリスマスになると、私の好きなクリスマスの讃美歌をよく口ずさんでいます。曲は私がイギリスに留学していたときに初めて覚えた曲で、”In the Bleak Midwinter”、私たちの讃美歌でも「こがらしのかぜ」という題で468番として収められています。作詞はクリスティーナ・ロゼッティが1872年に、作曲はイギリスの作曲家グスタフ・ホルスト、クラシックの作曲家で「惑星」という組曲のなかの「木星」のテーマはよく知られおり、そのホルストが1906年に行っています。美しい讃美歌ですのでみなさんも歌ってみてください。その第四節に、
「牧者なりせばこひつじを
知者は知恵をぞささぐべき
まずしき我のイエス君に、
ささぐべきもの、こころのみ」
という言葉があります。イエスの誕生をお祝いしようと思った誰かが、でも自分はとても貧しくてプレゼントなど買えないと残念に思いました。そしてこの節は「ささぐべきもの、こころのみ」という言葉で締めくくられます。とても美しい思いですね、でもこの讃美歌を歌うとき、私には何か見過ごしている問題があるように思えるのです。私たちは貧しくてもまごころをイエス様にお捧げできます、というのはそうですが、しかしこの歌詞は、もし私たちがお金持ちだったら、なにか別の役に立つあるいは高価な贈り物ができ、それで主をお喜ばせできる、というようにも読めるのです。詩編の一つの箇所(詩編51:18-19 )には:
「もしいけにえがあなたに喜ばれ/焼き尽くす献げ物が御旨にかなうのなら/わたしはそれをささげます。
しかし、神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。/打ち砕かれ悔いる心を/神よ、あなたは侮られません。」
ですからベツレヘムの飼い葉おけの傍らでその人は真心を献げ、飼い葉おけのイエスも私たちの真心、あるいは砕かれへり下った思いを受け入れ祝福されることでしょう。でももし羊飼いなら、もし賢者だったら、あるいは金持ちの人だったら、その一人一人は自分の持っているものをイエスに献げることができた、と本当に言えるのでしょうか。
有名なブドウ園の労働者のたとえでは、一日で違った時間に雇われた労働者たちのグループが登場します。最初のグループは夜明けに、二番目は9時に、そしてお昼、午後3時、最後は5時と順番に出てきます。最初のグループには1デナリの賃金が約束されたのですが、最後のグループも最初のグループと同じように扱われました。そこで最初のグループのメンバーは不満で、雇い主に文句をつけたのです、全く公平じゃない!と。でもなぜ最後のグループの人たちは、その日もっと早い時間に雇われなかったのでしょうか。「彼らは『誰も雇ってくれないのです』と言った」(マタイ20:7)のでした。彼らは見るからに雇ってもらえそうに見えなかったのでしょう、おそらく身体的に。でもこの人たちは、自分自身に何か特徴があったわけではないのですが、結局最後には同じ1デナリで雇われたのです。1デナリという金額は、一日の生活費を満たせるもので、豊かでも貧しくとも、健康でもそうでなくても、毎日一デナリが必要でした。そして神はそのひとたちを養われるのです。この物語は「我らに日用の糧を与えたまえ」という私たちの祈りに応えるものなのです。その通り、私たちは養う立場にはなく、神さまに養われる立場にあるのです、たとえ働きや奉仕において満たされた立場にあったとしても、そうでなくとも。
私たちがあの讃美歌の歌詞から気づかされ、より深く考えるべき点は、私たちが豊かでも貧しくても、すべての良きものは神さまから与えられたもの、ということですし、もし私たちがほかの人に何かを与えることができると考えるとしても、それは私たちかのものではなく、その人たちに与えられるようにと神さまが私に託されたものなのです。言い方を換えれば、もし私たちが自分の努力や働きで何かを得ていると考えるとき、それはどこか間違っているのです。最初のグループはその日朝早く雇われました。その人たちは一日しっかりと働けるだけの健康と力があると思われたのでしょう。でもそれはただ神さまからその健康と能力を与えられていたからですし、それを彼らは自分たちの特権、当然の権利だと誤って訴えたのです。
人間が創造された物語(創世記2:7)において、神は土から私たちを造り、私たちは「土の器」(ニコリント4:7)でしかなく、それに神は「その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」のでした。つまり、私たちのすべては神から与えられ、私たちが必要とするものは神様が備えてくださったものなのです。だから与えるということは私たちの善意や好意によるものではなく、神様への感謝によって行われるものなのです・偶然なのか季節的なものなのか、それとも非常に考えられた神様の導きなのか、アドベント/クリスマスの季節の直前に、(アメリカの習慣に従った)感謝祭を祝うことは非常に意義深いものがあります。私たちは神様から与えられた多くのものに感謝し、そして神様への奉仕として、それを必要としている姉妹、兄弟たちとそれを分かち合うのです。そのために、私たちは祝福を受け、多くのものを与えられているからです。
祈りましょう:恵み深い神様、この年のこのとき、私たちは自分自身がとても多くのものに満たされ、恵まれていることに気づきます。それらは私たちが自分の力で獲たものではなく、私たちが隣人とあなたの祝福を分かちあうべく、正しく用いるためにあなたが私たちに託されたものです。神様、私たちをより感謝に満ちたものとし、今年のクリスマスをより意義深く迎えることができますように。なぜならあなたはあなたの独り子を私たちの世界に贈り、与えてくださったからです。私たちは、ただへりくだって頭をたれ、あなたのもっとも貴い贈り物を受けるためにあなたの前に、イエスキリストによって祈ります。アーメン
2021年11月28日 待降節第一主日礼拝
説教 「アドヴェントから始まる」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 列王記上 21章1~7節
マタイによる福音書 2章1~2節
キリスト教のカレンダーでいうと、今日から新しい一年が始まります。ということでかなり違和感のある言い方ですが、みなさん新年おめでとうございます、と今日はご挨拶すべきなのかもしれません。と同時に私が毎年考えてしまうことがあります。それは今年のクリスマス、12月25日は、私たちの日常のカレンダーでは2021年の年末ビッグイベントになりますが、教会のカレンダーでは2022年のスタートとなる行事としてのクリスマスのはずなんです。ということを考えると、私たちの社会の考え方、そして私たち自身がもっている常識と、教会の考え方はかなり違うし、普段の私たちは例えばクリスマス一つをとってもあまりよく分かっていないのでしょう。もうひとつの点を挙げると、クリスマスってそもそも一体何でしょう? それはそれはそれはそれはイエス・キリストの誕生を記念するとき、12月25日はイエスの誕生日だと社会でも教会でも当たり前のように祝われています。英語のクリスマスの歌でも "Happy Birthday, Jesus"というものもあります。それはそうなのですが、ただ誕生日だからおめでたいということになってしまうと、本当のクリスマスの意味、Christ-mas、キリストの祝祭、という「ことばの本来の意味」があいまいになってしまいます。またいつものキリスト教の神学的(理論的)なお話になってしまうのですが、「イエス・キリスト」という言い方は、「イエス」が歴史的な人物の名前、「キリスト」はその人物が担った役割、この場合旧約聖書のなかで預言され、人々がその出現を長く待ち望んでいた「救済者」「救世主」を意味します。となると、歴史的人物であるイエスの誕生を祝うのなら、むしろ"Jesus-mas"、イエスのイエスのお祝いとすべきではないかということですが、これもあまり耳になじみませんね。では本来の "Christ-mas"は、わたしたちの救い主がこの世に来られた、という意味で、その救い主・神の子がベツレヘムの馬小屋でイエスとして生まれたということなのです。確かに「ひとりの子ども」の誕生日を祝うということなら、キリスト教にあまりなじみのない方々にも理解しやすいし、だからこそクリスマスのお祝いはこれだけ世界に、そして日本にも広がったのです。しかし、それが世界のすべての人にとってのただ一人の救い主の誕生だ、というところは実はあまり理解されていないのも事実です。そこでつい私自身などは、日本の社会は本当のクリスマスを知らない、とかキリスト教は正しく理解されていない…などと批判めいた、不満のような言葉を口にしてしまうのですが、でもよく考えると、クリスマスの意味などわきに置いてクリスマスで大騒ぎをしている社会をつくってしまった原因は、実は教会や私のような牧師にも責任があるようです。つまり古くは1549年にフランシスコ・ザビエルによるキリスト教伝来から数えると470年あまり、明治初期のプロテスタント・キリスト教の伝道開始から考えても150年の間に、どれだけキリスト教自身が、そのメッセージを多くの人々にきちんと理解してもらう努力をしてきたのかどうか、その結果が現在の日本社会のクリスマスの大騒ぎとなっているとしたら、やはり日本のキリスト教会自身がもう一度今までの働きを振り返ってみなければならないところも大きいのです。
話題は変わりますが、2025年7月5日、私たちの芦屋キリスト教会は創立100周年を迎えます。『芦屋打出教会三十年略史』によると、長谷川敞・初音牧師夫妻を中心として芦屋の地で新たなキリスト教伝道の活動が開始され、大正14年(1925年)に「新会堂竣工直後の七月三日に最初の祈祷会を開いて祝福を祈った。12名の来会者であった。更に七月五日最初の聖日礼拝を行ったが三十九名の出席者があって、この日を長く教会の創立記念日とした」(21頁)と記されています。そこで、この3年後の教会100周年を私たちはどう記念すべきかを私たちは考え始める時を迎えようとしています。そのときに、私たちも芦屋キリスト教会がこれまでこの地域に、そして多くの人々にキリスト教をどのように理解していただけるような活動をしてきたかを振り返りなが、第二世紀目の私たちの教会の働き(ミッション)を考えたいと思いますし、私としてはキリスト教信仰をしっかりとした核とし、そこからこの地域社会にどのように仕えることができるか、そのために開かれた場となれるのか、ということを目指すことができればと願っています。旧約聖書列王記下のひとつのエピソードとして、ナボトという農夫が王の宮殿のすぐそばにとても豊かなぶどう畑をもっていました。ところが当時のイスラエル王アハブはそのぶどう畑を手に入れたいと思って、持ち主に譲ってくれるように話を持ち掛けました。そのときそナボトは、これは私が先祖から受け継いだ嗣業の地(へブル語でなはらーといい、神様から託されたものとして大事に守ってゆくべき地の意味)だから他人に譲ることはできない、と言って断わりました。最初王は庶民の土地であってもナハラーの土地には手を出すことができずにいたのですが、それを聞いた王の妻イゼベルは結局王の権力を濫用する形で土地を没収し、所有者を殺してしまいます。これを聞いた預言者エリヤはやがてイゼベルに神の審きが下ることを預言し、それが実現したというものがあります。芦屋キリスト教会の現在の場所は、まさに長谷川敞牧師を中心として教会設立にかかわった方々の努力のなかで、神様から託された私たちの嗣業の地ですから、やはり私たちはこの場所の特別な意味、貴い価値をしっかりと覚え、神様の御用のための場所であることを常に意識しながら、それが本当に私たちの社会をより豊かに、幸せなものとするためにも、これからの教会の方向性を真剣に考えたいと思います。
今日から教会のカレンダーでは2022年が始まりますが、その12月25日までの最初の4週間は、クリスマスを待ち望み、そのための準備をするアドヴェント(待降節)と呼ばれています。教会の習慣として祭壇の近くに4本のロウソクを置き、アドヴェントの日曜日ごとに一本ずつ点火してゆき、クリスマスが迫ってくること、その4本全部に火が灯されるとクリスマスがやってくることを実感するのです。このアドヴェント、英語で書くとAdventとなりますが、その単語の最初の3文字 "Adv..." を使ったほかの単語としてはAdvance(進歩、発達)があり、もうひとつよく知られている単語にAdventure(冒険)もあります。つまりカレンダーとしてはアドヴェントは毎年同じように巡ってくる季節のように思われるのですが、実は毎年今までにない新しい発見、気づき、出会いなどがあり、それらに真剣に立ち向かうことは私たちにとってとても大きな挑戦であり冒険となることを意味しています。そして今年私たち芦屋キリスト教会は、創立100周年を目指して、次の私たちの時代を考えるという冒険を、このアドヴェントから始めたいのです。最初のクリスマスのとき、ベツレヘムの馬小屋を東方から三人の(という数字は聖書にはありませんが)賢者が、救い主の誕生を信じて訪れました。この賢者たちが故郷の地で救い主の誕生を告げる星を見つけだけでなく、それを信じて砂漠や荒れ野という厳しい土地を旅することは、文字通りとても大きな冒険でした。でも彼らがその旅を続けることができたのは、神様がその星を輝かせながら彼らを導き続けたからでした。その星を見失わない限り、それがどれだけ厳しいものであっても彼らは安心して旅をし、救い主イエスの誕生(登場)に立ち会うことができたのです。
さあ私たちの教会のアドヴェントの歩みを、今年はより真剣に、祈り深く始めましょう。神様が私たちの上に導きの星をより鮮やかに輝かせて下さり、私たちの道をより確かなものとして導き、ささえてくださいますように。
祈りましょう:神様、今年もアドヴェントの季節を迎えました。ただしそれが私たちにとって毎年のこの時期に繰り返されるものとしてではなく、私たちの教会の新しい時代へとつながるためにあなたから与えられたときであることを改めて教えてください。だからこそ、私たちの教会の長い歴史を振り返りながら、私たちがこの教会において果たすべき責任、使命、そして課題を、あなたへの真剣な祈りのうちに改めて受け取ることができますように。東方の賢者たちを導いた星を私たちの上にも照らしてください。それを見上げることによって、あなたの導きをつねに確かなものとしつつ、このアドヴェントから始まる私たちの歩みを続けてゆくことができますように。主の御名によって祈ります。アーメン
2021年11月21日 終末主日礼拝
説教 「エリヤへの期待」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 マラキ書 3章19~23節(口語訳:4章1~6節)
マルコによる福音書 9章 2~8節
毎年この時期になると、同じ言葉から始まるのですが、それは「キリスト教のカレンダー(教会暦)によると・・・」というおなじみのフレーズなのです。教会のカレンダーの一年のスタートはアドベント(待降節)第一主日(日曜日 12月25日の4回前の日曜日)で今年は11月28日となります。ということは今日は一年で最後の日曜日ですので、なんだかいかめしく「終末主日」と呼ばれ、教会の一年の、そして私たちの信仰生活のなかでの「しめくくり」をすべき日となります。また今週で一年の後半「教会の半年」が終わって来週から「キリストの半年」が始まるということになります。その教会の半年の間、芦屋キリスト教会では毎週日曜日に「使徒信条」に従って教会の信仰ということについて考えてきたのもその暦に従ってのことでした。本当に個人的なお話ですが、私の名前は「結」(むすび)で、その命名者は祖母の長谷川初音、兄が創(はじめ)だから「結」でいいじゃない、ということだったと聞かされています。兄の名前は聖書の冒頭の書「創世記」にちなむものだったので、では聖書の最後の書物は「ヨハネの黙示録」ですから、ひょっとすれば私は「黙」という名前になっていたかもしれませんが、どんな人間になっていたのでしょう。では旧約聖書の最後の書物、それは何でしょう、ご存知ですか。それが今日の聖書のことばであるマラキ書で、その一番最後の節から今日はお話をしようと思います。ただし聖書箇所が3章と4章というように二つ記しているのは、今私たちの礼拝で使う「新共同訳聖書」(1988年)では3章19節から、以前に用いていた「口語訳聖書」(1955年)では4章となっています。その理由は、新共同訳聖書が原典としてヘブル語の聖書で「ビブリア・ヘフライカ・シュットガルテンシア」という版の章割りに従っており、口語訳はとくに英語聖書の伝統的な章割によったということのようです。でもテキストそのものは同じです。
この旧約聖書のしめくくり、ハガイ書の言葉は、19~22節までは神に逆らう者への審きを語り、非常に厳しい内容になっています。同時にそこで「わが名を畏れ敬うあなたたち」に対するいやし、不信仰な者たちへの勝利が語られています。ということはこの旧約聖書を読んできて、神様への信仰をしっかりと受けとめ、モーセの掟をしっかりと守った人たちには大きな喜びの言葉で終わるはずなのです。ところが後半はその内容が大きく変わります。旧約聖書預言者エリヤについて触れられた後、「わたしが来て、破滅をもって/この地を撃つことがないように」と記して旧約聖書は終わります。ということすべて実は神様の審判の前にある、ということになってしまうのです。預言者エリヤについては旧約列王記上の17章から登場します。当時イスラエル北王国を支配していた王アハブが、イスラエル本来の神への信仰を離れ、周辺の地域で盛んであったバアルという神を礼拝することで、エリヤは鋭く王を批判します(エリヤという名前は、エル【神】とィー【私の】とヤ【ヤハウェ:イスラエルの神の名前】という三つの言葉の組み合わせで、「私の神はヤハウェ」という意味になります)。そして王から激しい迫害を受けつつもその信仰を守りぬき、最後は天から神によって贈られた「火の戦車」によって昇天した(列王記下2章)、つまり地上での死を見ることはなかったということから、やがて彼が地上に再来すること、そしてハガイ書では最後の審判の前に、という期待が述べられているのです。この考え方が新約聖書、特に福音書にも大きな影響を与え、バプテスマのヨハネがこのエリヤの再来で、その後に「恐るべき大いなる日」をもたらす存在こそ、「わたしの後から一人の人が来られる」(ヨハネ福音書2:30)イエスだ、とされているのです。ということは、旧約聖書は、聖書のことばでいう罪という人間の現実をしっかりと見据えながら、それがこれからの時、未来において神によって最終的に審かれるということ、ということはなお人間には本来の自分のあるべき姿に立ち返るべき希望、チャンスが残されているというメッセージを語りかけて閉じられるのです。
このことから旧約聖書全体は「大きな枠」によって構成されていることを私たちに思い起こさせます。聖書の最初の物語はよく存知のように、神さまが六日間で(七日目は神様が休まれた日ですので)の天地を創造された物語ですが、その創造の業の最後に「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった」(創世記1:31)と記されています。つまり神様の創られた世界にあるものすべて、もちろん人間をも含めて「極めて良かった」」のですから、その本来のあり方を保ち続けることができるならば、決して滅ぼされるべきものではなく、常に神様の祝福のうちにあるもののはずなのです。だからこそ、ハガイ書も、神様は人間に対して、それが「はなはだよい」という本来の自分の姿に気づくことによって、神様の祝福のうちに生き続けるべきことを期待し続けておられる、というメッセージで旧約を終わるのですね。そして私たちは今日、終末の主日、一年の最後の日曜日において、私たちがこの一年を振り返りながら、私たち自身に対して神様がどんな大きな祝福を与え続けて下さったかということと同時に、弱さ、つまづき、問題をしっかりと見つめながら、新しい年において私たちの今までにかかわらず、神様がなお私たちを祝福へと導き続けて下さることをまず思い起こすべきなのです。
福音書のなかでやや理解の難しい記事のひとつが、マルコによる福音書9章に記される「山上の変容」(Transfigulation)の物語です。事実その事件に立ち会った弟子たちも「ペトロは、どう言えばよいのか、分からなかった。弟子たちは非常に恐れていたのである。 」(6節)と描かれます。私たちはただ文章でよみかすからその事件のリアリティがなかなか伝わらないのですが、そこに立ち会った弟子たちにしてみれば、まさに自分たちが圧倒される経験だったのかもしれません。ハインリッヒ・オットーという人が「聖なるもの」という宗教学の古典ともいうべき書物を書きましたが、そのなかで私たちが「聖なるもの」に触れるとき、自分自身の汚れがそこで徹底的に意識させられ圧倒されると説いています。まさにイザヤ書6章の預言者イザヤの召命体験ですね。イザヤそこで神様の存在を目の当たりにし、「災いだ。わたしは滅ぼされる。 わたしは汚れた唇の者。 汚れた唇の民の中に住む者。 しかも、わたしの目は 王なる万軍の主を仰ぎ見た。」 (イザヤ6:5)と叫んだのです。この山上の変容の物語に、なぜモーセとエリヤが登場するのでしょう。もちろんこの二人は旧約を代表する当時のユダヤ教のなかでも重要な人物だったので、弟子たちはイエスを含めたその三人を記念するために「仮小屋」(もともとこの言葉は旧約出エジプト記25章では「幕屋」とされるもので、荒野を旅するイスラエル人たちの移動聖所の意味)を建てるということを言うのですが、まさに彼らはその出来事の意味を理解できずにいたのでしょう。むしろここでモーセとエリヤが現れたということは、ハガイ書のなかで、この二人は神様が創られた世界が「極めて良かった」ことを人々に訴えつづけた存在で、モーセは律法によって人間のあるべき姿を示し(ということはあってはならない問題を明確にし)、エリヤは神様がなお「私たちが立ち返るべきこと」を待っておられることを訴える存在であり、そしてこの二人の働きを受けて、イエスが「これはわたしの愛する子。これに聞け。」(7節)と、神様の決定的な思いを私たちにもたらす存在であることをもう一度明らかにするものだったということなのでしょう。特に、この物語の直前にイエスが弟子たちに対して「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた」(マルコ8:31)と、ご自身の本来のミッションを明らかにされた直後ということで、キリスト教にとって中心的なメッセージ、「イエスの死による私たちの罪のゆるし」という宣言がここでなされるているのです。
さあ私たちは来週の日曜日から新し一年を迎えます。アドベント(イエス・キリストの到来を待ち望む四週間)が始まります。イエスが私たちのところに来てくださったこと。クリスマスに、私たちが神様から最大の贈り物、プレゼントを頂くことの大切さを、考えつつ、もっとも深い喜びのなかに12月25日を迎えたいと願います。
祈りましょう:神様、この一年も私たちを導き続けて下さったことをここから感謝します。喜びの日々と同時に悲しみや、悔やむ日々、もう忘れてしまいたい事柄などもあったはずですが、そのすべて包んであなたは私たちが本来の自分、「極めて良」い存在としてのあり方に立ち返るべきことを忍耐強く待っておられます。私たちに、それをすることのできる勇気、信仰、あなたのゆるしを受けとめる謙虚な思いを与えてください。そのことによって、新しいクリスマスをより意味あるものとして迎えることができますように。主の御名によって祈ります。アーメン
2021年11月14日 三位一体節第二十五主日礼拝
説教 「アーミン・アーメン」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネによる福音書 21章15~19節
またもやネットドラマの話題からで申し訳ないのですが、この夏からの「おうち時間」のなかで私がはまってしまったドラマのジャンルは、すべて歴史もの、最初が古代中国史(三国志がきっかけしたが)、次は16世紀イギリス史、そしてやはり16世紀のオスマントルコ帝国を舞台としたものです。そのトルコものは制作もトルコのもので、言語はトルコ語、トルコ語は現在筆記用の文字はローマ字なのですが16世紀の時代ではいわゆるペルシャ文字、ですから少し字幕を見逃すと、すぐに戻して再確認という視聴の連続です。そしてそこで気づかされたこと、それは少なくとも多くの?日本人、日本人クリスチャンにとってもとても大切なことを教えられる内容です(ご覧になることをお勧めしますが、毎回50分の番組がワンシリーズ90回、それが4シリーズ)。もちろん16世紀のトルコですから背景はイスラム教社会、そこに登場する西側キリスト教諸国は「異教徒」として敵対関係に描かれます。そのドラマでの会話には私たちの聖書と共通する話題も多く、イエスはこう語ったか聖書の内容にも多く触れられ、このドラマの中心人物のひとりでオスマントルコを代表する皇帝スレイマン一世の「スレイマン」とはイエスによって「栄華を極めた」と言われた「ソロモン」(マタイ6:29,ソロモンの物語は旧約列王記上1~11章)のこと、まさにイスラム教とキリスト教の近さを教えられたのです。その最たるものが「アーミン」という言葉がほんとうに日常の会話のなかに多用されていることです。もちろんそれはアーメンですが、なぜそれが会話によく出てくるかということ、普通の会話のなかで私たちの感覚でいう「お祈り」がよくなされていることからなのです。「~さんが早く元気になりますように」とか「早くいい季節になりますように」とか言われると、会話の相手が「アーミン」と答えます。それとならんで耳になじんだ言葉が「インシャー・アッラー」、私たち感覚で日本語にすると「そうなるといいね」ですが、文字通りだと「神様のおぼしめしならば」というところで、本当に私たちだったら普通の話題で流されてしまうことも、そこで神様(アッラー)を常に意識しているのも、その時代なのかイスラム社会の特徴なのか、多くのことを教えられましたし、イスラム社会の宗教性、私たちと同じ聖書に基づく信仰を感じさせられのです。
さてアーメンですが、お祈りの最後、讃美歌の最後に必ずと言っていいほどつけられる言葉で、もともとヘブル語の「アーメン」、「その通り」「そうなりますように」という、今そこで語られた言葉に自分も同意しますという意味です。私たち1970年代の学生紛争でアジ演説(という言葉をご存知の方はそれなりの御年輩ですが)で、ある発言の区切りで「異議なし!」と全員が叫ぶあの言葉と同じ意味なのです。ただしその当時の学生も、あるいはあのオスマントルコ帝国のドラマの会話でも、この単純な言葉の重みというか厳しさということはあまり意識されていないような、何かそのときの状況の流れのなかで発せられているように思えるのです。そして私自身もまた自分たちの礼拝のなかでも、ある意味習慣的にこの言葉を口にしているようです。
新約聖書の四つの福音書のなかでヨハネ福音書は、ほかの三つと比べると独特のものとなっています。神学部の新約聖書学という講義では、マタイ、マルコ、ルカの基本的な記事の順番や内容が共通するものが多いので「共観福音書」と呼ばれ、ヨハネ福音書とは区別されています。そのなかでヨハネ福音書にだけ特徴的使われている表現のひとつに、今日の聖書箇所の18節にある「はっきり言っておく」という言い方です。それが特別なのか、と思われるかもしれませんが、ギリシャ語の原文を音読すると「アーメン、アーメン、レゴー」という文章が、日本聖書協会新共同訳聖書では「はっきり」と、かなり「軽く」訳されてしまっているのです。それでいいのか、というところですが、1950年代に訳された同協会口語訳聖書では「よくよくあなたに言っておく」、同協会最新の「聖書協会共同訳」(2018年)では「よくよく言っておく」に戻されています。そして大事なのは、この「アーメン、アーメン、レゴー」という表現が20回ほどヨハネ福音書に出てきますが、その部分をどう日本語にするかという以上に、それがどんな場面で用いられているか、というところなのです。ヨハネ福音書ではその言葉は、イエスの生涯やメッセージとしてはとても重要な部分で、例えば「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」(12:24)などはご存知の方も多いでしょう。そしてそれぞれの場面は、イエスが語りかけている相手、そして私たちに態度決定を迫るものが多いのです。3章ではユダヤ人社会の指導者であったニコデモに対して「新たに生まれ」(3:3)ることを求めます。つまり彼自身のそれまでの経歴、身分、地位などを忘れて「新たに」と言われると、ニコデモは大いに戸惑います。その会話はやがてイエスの死に触れ、そして16節の「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」と続きます。イエスが「アーメン」という言葉を二度繰り返しながらそのメッセージを強調されるときに、たしかにそれは「はっきり」ですし「よくよく」という日本語になるのですが、実は「本当にあなたは私の言うことに従いますか」、いや「従『え』えますか」ととても重い問いかけがそこでなされているのです。
そしてヨハネによる福音書最後、復活のイエスが弟子ペトロに対して、あらためてこの言葉を語りかけるのです。「18はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」 19ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。」 ペトロはイエスが最初に弟子として招いたいわば一番弟子ですし、マタイによる福音書では彼はイエスから天国の鍵を託され(16:18)、それによってカトリック教会は彼を初代教皇と位置付けています。しかし同時に彼はイエスのメッセージをなかなか理解できず、天国の鍵を託された直後、イエスから「サタン!」と叱責されます(16:23)。そしてイエスが十字架にかけられる直前、イエスを三度知らないと言って裏切ります。ですからヨハネ福音書21章で復活のイエスはそのペトロのことをすべて知っておられるうえで、改めて「わたしに従いなさい」と彼のその後の人生の終わりまでの生き方への問いを投げかけられているのです。このイエスの最後の「アーメン、アーメン、レゴー」という言い方の中には、ペトロのこれまでの生き方への深い理解、そのことへのゆるし、これからの人生への励まし、そのような彼の愛がすべて込められた言葉として彼に響いたのでしょう。
私たちがアーメンという言葉を口にするとき、このヨハネ福音書のイエスがペトロに語りかけた言葉に対してアーメンと言葉にするような思いをどこかで持ち続けたいのです。自分に対してイエスが愛しておられることを感じながらそれを口にすることを覚えたいと思います。そのような思いをもって私たちは使徒信条の訴える信仰のあり方に、アーメンという言葉で私たちの信仰告白を結びたいのです。
祈りましょう:神様、私たちは「主イエス・キリストのみ名によって」祈ります。私たちが祈ること、信じること、願うこと、それが本当にあなたのみ心にかなわないものであるときでも、あなたは私たちの弱さをゆるし、私たちの思いを超えて私たちの祈りを受け入れてくださいます。そこにイエスのゆるしと愛を感じることができますように。私たちの祈りが、本当にあなたとの対話となり、その祈りをつうじて私たちがイエスご自身とのつながりを知ることができますように。これまでの使徒信条への学びを導いてくださったことを感謝し、この祈りを主イエス・キリストのみ名によってお捧げします。アーメン
2021年11月7日 三位一体節第二十四主日礼拝
説教 「とこしえの命」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 創世記 24章1~9節
マタイによる福音書 22章23~33節
10月31日がハロウィンとして日本でもイベント化されたのは、あるネット記事によると1997年に東京ディスにーランドでハロウィンパレードが開催されて認知度がぐんと高まったと言われますが(https://allabout.co.jp/gm/gc/220768/#7)、実はなぜそれがHalloweenと呼ばれ10月31日なのかということは話題になりません。この単語にはHallowとeen(もとはeve)という二つの単語が含まれます。そしてHallowとはキリスト教でいう聖人を意味し、een(eve)は前夜、クリスマス・イブのあのイブと同じ言葉です。で10月31日がハロウィンとなるのは11月1日の前の晩だから、その11月1日がキリスト教でいう全ての聖人の祝日(All Hallows’ Day: 諸聖徒の祝日、万聖節とも呼ばれます)。聖人という人たちはキリスト教の歴史になかで特に記念され顕彰される「立派」な人たちということは、そうでないむしろキリスト教世界においては嫌われ、差別され、排除される人々が当然あるわけで、その立場に追いやられた人たちが正統的なキリスト教への批判ある意味、糾弾、もうすこし柔らかく言えば揶揄するイベントをその前夜に行ったということがハロウィン (All Hallows' Eve) という言葉の意味となります。つまりそれは反キリスト教的行事ということで、多くの教会ではそれを否定してきたのですが、もはやそんなアンチな意味も失われ、教会でも子どもたちがHappy Halloween! Trick or Treat? と楽しんでいます。むしろキリスト教的に言うと11月1日(綿際たちの教会的に言うと、11月第一日曜日)にもっと注目したいのですが。
ただし正直に言いますと、私自身も「諸聖徒の祝日」なんて長くあまり気にしたこともなかったのですが、ハロウィンについて調べてみることからそれに気づいたということで、実はハロウィンの「おかげ」でもあるのです(東京の立教学院(立教大学)の池袋キャンパスのチャペル(礼拝堂)が「諸聖徒記念礼拝堂」であることは知っていました。そしてその発見のなかでもうひとつ大切なことを教えられます。それが「とこしえの命」という今日のお話ともどこかでつながっていることです。これまでも何度かお話をしましたが、教会という言葉のギリシャ語には二つあってひとつはエクレシアというものとコイノニアです。前者が教会の建物、組織、制度のようなことを意味するのに対して、コイノニアは教会が果たすべき大事な働き、キリスト教を信じる人たちのつながり、いわばクリスチャン同士の絆とでもいえるのですがキリスト教独自の表現でいうと「交わり」の意味で、英語的に言うとコミュニティともいえるでしょう。そしてその交わりは、現在礼拝を共にするお仲間だけではなく、私たちの信仰の先達、すでに天上にあって神様のみもとで憩われているお一人びとりと「共に」集うコイノニアということですし、そこでその方々の思いで、記憶としていつまでも、とこしえに生き続けておられることを覚えるのも教会としてのとても大切な働きなのです。別の言い方をすれば、私たちがその方々のことを今も覚え続けること、そのために教会の墓地がありもう、教会には「会員原簿」という記録が大切に残されています。
ただし記憶に残る、残すということ以上にもうひとつ私たちが考えなければならいことがあります。それは私たちの先達たちは、私たちの記憶のなかにだけ生きているのではない、ということです。結論的言うと、その方々の命が今の私たちの命のうちに生き続けているのです。創世記にイスラエルの祖となるアブラハムの人生が描かれていますが、その最初に神様は彼に大いなる子孫を約束されたのでしたが、老人になるまでその約束は果たされませんでした。その約束を「なんとか」信じて待ち続けた結果イサクを与えられるのです。そして24章ではそのイサクの結婚相手を探すというお話なのですが、その記事のなかに、やや教会の礼拝では触れにくい表現が含まれています。お気づきでしょうが「腿の間」(創世記24:3、9節)という言葉です。別の表現でいうと「股間」で、そのような表現はキリスト教では避けられ、ある英語の原題訳の聖書では直接的な表現をさけて"Solemnly promise me" 「厳かに約束しなさい」と意訳しています。ただし古代ヘブライ人にとってはそのような表現についてもおおらかですし、むしろそこにとても重要な意味を込めているところもあります。やはり詳しくは説明できませんが、その部分を通じてアブラハムの命そのものが次世代に引き継がれるべき重大なミッションが僕に託されたとも考えられるのです。
日本人の平均寿命が84歳のようですが、では私たちは84年間しか生きられないのかというとそうではなく、私たちのひとりひとりは肉体的には死によって滅びゆく存在であることを意識させられるのですが、私たちが神様から与えられた命は私たちの世代から次の世代へと引き継がれていくことを改めて覚えたいのです。私たちは私たちの先達の命を今生きているということです。仏教の考え方のなかに御先祖を祀り、墓を大事にするということが強調されているのですが、それはご先祖様のおかげによって現在があることに感謝し、それを忘れると私たち自身が祟られるということも言われます。キリスト教的に考えると、私たちの御先祖が生きられたからこそ、その命を私たちが生きる、私たちのなかに先達と共に生きる生きざまがあるのです。
イエスが、サドカイ派の人たちと(ユダヤ教の一派で貴族的な生き方をし、庶民的なファリサイ派の人たちとは対照的な立場)と復活を巡って議論をしたとき、復活を彼らなりのほとんど現実性のない理屈を並べ立てたときに、もっとも原則的、基本的に重要なポイントを指摘します。つまりすべてんは神の御心のなかにあることで、私たちが私たちの理屈で判断すべきことではないこと、そしてそのとき「『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』とあるではないか。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。」(マタイ22:32)と断言されました。「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」が「生きている者の神」とのつながり、つまりアブラハムに命を与え、イサク、ヤコブ、そして今私たちに受け継がれている命をさらに生かし、とこしえに守り支え、導かれる神様を信じ続けることのなかで、その命を「とこしえの命」として私たちに引き継いでくださった方々の思いを、生き方、信仰を今私たちも教会を通じて、さらに次の世代につなげる日々を送ることを祈りたいと思います。
祈りましょう:私たちに命を与え、生かし、守られる神様、私たちが生きるその命、それは私自身の人生として与えられたものではなく、多くの方々の命を私が受け継ぎ、それをさらに次の時代へ引き継ぐべき使命が私たちに与えられていることを、それによって私たちも「とこしえの命」に与っていることを改めて強く思わせ、私たちの日々の歩みの意味をもう一度とらえなおさせてください。私たちの先人に感謝をし、次の世代への祝福を祈り続ける一人としての、私たちの人生を歩み続けることができますように。主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン
2021年10月31日 三位一体節第二十三主日礼拝(宗教改革記念日)
説教 「からだのよみがえり」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネによる福音書20章24~28節
コリントの信徒への手紙一 15章12~22節、42~49節
いよいよこの使徒信条についてのお話も、テーマ的には残り三つとなりましたが、その三つについてわかりやすくお話できるかどうか、やや不安です。というのも、ひとつは私自身の不勉強がまずあります。私は確かに神学部で学士、修士、博士(家庭)と7年間学びましたが、その専門は旧約聖書学、そのなかのサムエル記を中心とした歴史書がメインでした。ところが使徒信条について考えるというのは、専門分野的には教会史あるいは組織神学(キリスト教の理論についての学び)という別の分野で、神学部時代にもっとそのことについて勉強しておけば、ということを書くのも申し訳ないというか、恥ずかしい限りです。ということでこの半年間の毎週のメッセージの準備は私にとって、さらに新しい学びの機会が与えられたことを感謝しています。二つ目の理由は、たとえば今日の「身体のよみがえり」ということばは、教会の歴史や組織神学での重要なテーマ、つまり私にとっては苦手分野ということと、その議論がやや専門的(いわゆる「神学議論」)となると、なかなかわかりやすくとは行かないところもあるのです。というような言い訳めいた前置きはこれぐらいにしますが、そもそも信条というテキストがまとめられるという時代の背景をまず考えることから始めなければなりません。
なんでもそうですが、ある運動がひとりのリーダーを中心に小さな規模のグループでスターとした時代は、組織の運営はリーダーの意向に従うということで解決されていました。ところがイエスが地上から去られ、その後継者たちが世界に出かけて組織が大きく、また複雑になっていくと、キリスト教全体のまとまり、統一をどうとるかということが大きな課題となります。キリスト教が広がった地域にはそれぞれの特色もあり、その地域に住む人たちの考え方も異なります。そこでキリスト教の最初の伝道者(宣教師)たちは、その地方に受け入れられやすい形でイエスの教え、キリスト教の信仰を説明し布教を続けました。例えば日本でいうと、ヘブル語でいうElohim、ギリシャ語で言うTheosを「神」という言葉に置き換えました。それで日本人はキリスト教の神を受け入れたのですが、同時にその日本語には日本人の宗教感覚も伴っており、八百万の神のイメージとどう区別すべきかということが大きな課題となりました。
同じことがキリスト教の初期、人間の死後の世界についての理解も、キリスト教が広がってゆく地域にすでに様々に異なった理解があったのです。そのなかで例えばギリシャ人たちは、人間の身体と魂との二つがあり、身体が滅びても魂は残るという考え方は受け入れやすかったのでしょう。このことは日本の社会でも受け入れられ安かもしれません。確かに亡くなられた方のご遺体を、日本ではできるだけ早く荼毘にふすのも、それ以上のご遺体の傷みを避ける意味も大きかったのです。ただしそのときに魂は肉体を離れ、それがやがて成仏していくという考え方は、ご遺族にとっても大きな慰めとなりましたし、ご供養は遺族がその魂の成仏を支える大事な責任となったのでしょう。ところがキリスト教そのものの考え方は身体と霊魂の分離、二元論というものではなく、それが一体不可分であることを確信していたのです。その最大の理由はイエス・キリストの死と復活についての信仰につながります。イエス・キリストご自身はまことの人であり、まことの神として私たちと同じ肉体をとられた、ということは使徒信条にあらわされた確信でした。ですからイエスは人間の味わうべき死の苦しみを体験され、その肉体をともなって復活されました。復活を疑ったトマスに復活の「からだ」にのこされた傷を示されたのです。そして天に昇られていかれました。そのイエス・キリストが「キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられ…た 」(一コリ15:12)というパウロの宣言は、まさに私たちもイエス・キリストと同じように肉体をもってよみがえることを訴えています。
ただし、そのときに私たちは使徒信条のひとつひとつの言葉と同時にその全体の考え方を常に思う必要があります。つまり私たちは天地の造り主なる神、そのひとり子イエス・キリスト、聖霊の働きとしての教会の業のすべてを信じることが言い表されています。神が地(世界)を創りの地からアダムを創造されたこと、地上にいきる私たちが地の一部として生きるように、イエスが天上に挙げられたように私たちも天に挙げられるときには天上にふさわしく生きる者ととして「霊の体」として造り替えられることをパウロはさらに確信しています。ただし、そこで改めてイエスがトマスに示された「傷」に注目させられrます。つまり私たちが地上を離れてやがて天上に生きる者とされるときも、イエスは十字架の苦しみ、傷をそのまま追われ、地上のそれまでの生きざまそのままの「似姿」としておられること、ということは私たちもそれまでの地上の生きざまを担いつつ、天上において「ゆるされた者」として神様のもとに生きつづけるということ、そこに私たちが肉体の死を前にして惨めなものに思われるとしても、それを超えて大未来に対する大きな希望が与えられているということを信じることを使徒信条は私たちにいつも訴えています。
祈りましょう:神様、今日の10月31日は1517年、今から154年前にマルチン・ルターが彼の教会改革運動(宗教改革)の第一歩を記した日として覚えられています。彼は自ら残した讃美歌において「わが命も、わが宝も、とらばとりね、神のくには、なお我にあり」(日本基督教団 讃美歌267番 第四節)と歌いました。彼が真の信仰のあり方を求めるとき、この地上での命を超えてなお私たちがあなたと共にありつづけることができる確信を力強く訴えることの中に彼の教会改革が生まれました。神様、イエス・キリストの復活を信じることのなかに、私たちの大きな未来が開かれていることを改めて思い起こさせてください。その意味で、私たちは常に私たちの先達と共にあなたに仕え、私たちの後に続くひとりひとりと祈りを捧げ続けることのできる者であることをも常に気づかせてください。私たちの教会がまた、「聖徒の交わり、罪のゆるし、からだのよみがえり」を信じ、告白し続ける群れであることをお支え下さいますように。主イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン
2021年10月24日 三位一体節第二十二主日礼拝
説教 「罪のゆるし」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ルカによる福音書 15章11~32節
コリントの信徒への手紙二 5章19~21節
コロナのためにもっぱら「お家時間」を過ごしていると、ついネットテレビで連続ドラマにはまってしまいました。その一つにイギリスのBBCという放送局制作の「ブラウン神父」というシリーズがあります。イギリスの田舎町ケンブルブッドの聖マリア(セイント・メアリー)教会に仕えるブラウン神父は、本職の警察官が煙たがるほど探偵として事件の捜査、解決にあたります。毎回だいたい殺人事件なので、この小さな田舎町で何人人が死ぬのか、とかマロリー警部による誤認逮捕を巡ってブラウン神父が真犯人を見つけ出す、というパターンの繰り返しなのですが、もうひとつこのドラマで毎回繰り返されるのが、真犯人が自分の犯した罪を神父に告白するという場面です。そこがこのドラマの一つの見せ場ですし、さらにカトリック教会を舞台としていることが大きく意味を持ちます。というのも、カトリックの神父の大きなつとめの一つに「告解」(人々の懺悔を聞く)があるからです。英語でいうとConfession、つまり告白ですので、事件の真犯人が自らが犯した犯罪について告白するということと、宗教的。信仰的な罪の告白とが重なり合ってくるのです。しかも神父など聖職者は、その働きのなかで知り得た告白者の秘密は決して第三者(警察も含めて)漏らしてはいけない、という守秘義務を厳しく負っていますので、犯人がいくら神父の前で事件の真相を語っても、ブラウン氏はそれでその人を警察に通報することはできないのです。ということは、結局は本人自身が警察に自首することを進めるのですが、そのとき神父が語る決定的な言葉として「神は真に悔い改める者をゆるして下さる」と語られるのです。もちろんこの「ゆるし」は、警察が犯罪を見逃すといういうことではないし、いくら神父のまえで罪を認めても、それで裁判の判決が変わることはないのです。では使徒信条において教会のつつとめとして「聖徒の交わり、罪のゆるし」と語られるときの「ゆるし」というのは、現実社会ではほとんど意味のない、キリスト教会が自分たちだけで考えているものにしか過ぎないのでしょうか。
あえて言えばそうなのです。私たちは現実の社会に生きていますから、その社会の秩序を保つために定められた法に従っていきています。イエスが十字架上で死刑とされたのも、ローマ人の法律によって裁かれたからですね。興味深いことに、ユダヤ人の法ではイエスを罰する法がなかったから、ユダヤ人たちはイエスをローマ総督ピラトに対してイエスを告発したのでした。そのイエスについて、イエスはまったく罪を犯さなかった存在として信じています。(「罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました」 コリ二 5:21)。そこに私たちが社会的に、また刑事的に考える罪に対する「罪のゆるし」の現実があります。社会的に言うと、罪というのはその人の内面や本心とかかわりなく、一度それに「手を染めれば」、あるいはイエスの十字架に見られるように、人々がそう叫べばそこに罪が「事実」として社会に認められてしまうものなのです。ですからひとつにはいつまでも犯罪履歴は前科という形で残り続け、その過去はいつまでもその人にまとわり続けますし、えん罪という恐ろしい状況もここから生まれます。しかし聖書的、教会的に言えば、ブラウン神父の言うように「神は真に悔い改める者をゆるして下さる」、過去の事実は事実としても、自ら過去の過ちを心から認め、そのゆるしを求め続けるというときに、いくら社会からの大きな批判のなかにあろうとも、その過去の事実から私たちが解放される、ということを意味します。
ただし、ひとつ私たちがきちんと知っておくべきこと、罪のゆるしのための悔い改め、ということです。聖書的にその言葉の語源を考えてみると、何か私たちが罪の重さに打ちひしがれて涙を流してそのゆるしを人々の前に訴えるようなことではないようです。それはヘブル語ではシューブという言葉で「方向転換」「振り返る」、本来自分が進むべき方向に戻る、今日の聖書のルカによる福音書で考えると、17節の「彼は我に返って」という言い方で表される状況です。本当に今自分がなすべきことは何かを自覚し、そのための行動に移す、という生き方の転換が意味されているのです。そのとき、この父親は「息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した」、つまりコリントの信徒への手紙二でのパウロの言葉でいうと「神と和解」することが実現したのです。そのとき、確かに彼の犯した過ちの事実にも関わらず、かれは父親に受け入れられ、愛され、英語でいうところのCareされる(大きな関心を寄せられ、大切に扱われる)状態に招かれた、つまり「ゆるされた」ということなのです。そしてここから「ゆるされた者」としての生き方、つまり方向転換した人の新しい人生の歩みが始まります。
ゆるしとは決して過去を忘れるとか、水に流すということ、それがもうなかったこと、になるということでもないのです。"Forgive but not forget"という言葉があります。インターネットなどをみると、その訳語として「水に流す」が当てられているものもあります。しかしこれはまったく的外れですね。そしてこの言葉は「ゆるし」に関わる当事者双方、ゆるす側、ゆるされる側が以後常にどこかで覚え続けるべき言葉です。とくにゆるされる側としては、自分が何をゆるされたかを忘れずにいること、それによって方向転換後に生き方、新しい生き方が本物として形作られていきます。つまり過去に起こったことを忘れてしまうこと、それはまた同じ過ちを起こしてしまうことにつながるからです。ルカによる福音書で、父親の財産を使い尽くした息子が、そのことを忘れて生きるか、そのことを常に心にとめて生きるか、その後の人生は大きく分かれます。私たちが教会で礼拝を続ける中で、使徒信条で「罪のゆるし」を告白し続けること、それはまさに、私たちが神様にゆるされて生きるひとりであることを常に「忘れない、Not forget」ために大事な私たちの責任なのでしょう。
祈りましょう:神様、「我らに罪を犯すものを我らが赦(ゆる)すごとく、我らの罪をも赦したまえ。」私たちはイエスの教えられた祈りとしてこの言葉を日々繰り返して祈ります。そこに私たち自身が、ゆるされたものとしてのつとめ、私たちがあなたにゆるされて生きる者であることを忘れずに日々を過ごすことを怠ることがありませんように。あなたの導き、支えを心から祈ります。ゆるされることの感謝の中に新しい月も生かされることができますように。主の御名によって祈ります。アーメン
2021年10月17日 三位一体節第二十一主日礼拝
説教 「聖徒の交わり」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 使徒言行録2章43~47節
テサロニケの信徒への手紙一 4章13~14節
インターネットが普及しはじめてからよく知られるようになった「ドット・コム」という言い方があります。これは例えば電子メールなどのアドレスの最後につけられる記号で、例えば芦屋キリスト教会のメールアドレスはashiyachristianchurch@gmail.comで、最後の.comが電子メールなどのやりとりを提供するサービス組織のもっともベースとなるシステムを示しています。このcomですが、特に英語においてはいろんな言葉の頭につけられます。community, communication, common, 英語の辞書を引けばその例はたくさんありますが、もともとこの言葉はラテン語の前置詞「cum、共に」に由来します。ですからcomという言葉のつく英単語は、たくさんの人や者が一緒にある状態、それを共にするという意味を持つことになります。そしてまさにこれが「聖徒の交わり」の「交わり」を意味します。先週のメッセージで「聖なる公同の教会」についてお話をしましたが、その「教会」という組織が、まさに「聖徒」と呼ばれる人々がともに「交わる」ところだということなのです。聖書に記されるクリスチャンとしてのもっとも初期の「交わり」についての一つの記事が、使徒言行録2章にもみられます。その最初期のグループが行っていたこと、それは持ち物を共有する、ということでまさに家族としての共同体であったようですし、カール・マルクスはこの記事の中に、彼にとって人間社会がもっとも理想とする「原始共産制」の状態を見出したともされています。この記事で、もうひとつ特に記されている内容は「家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし」で、共に食事をすることへの関心が高かったようです。
実は食事を共にすること、それは旧約聖書の時代からとても重視されてきたことで、それまで見ず知らずであったとしてもいったん食卓を囲んだ人々は親密な仲間として受け入れられるということもありました。アブラハムが旅人をもてなし(創世記18章)、サウルがイスラエル最初の王とそて選ばれる直前、預言者サムエルと出会い、その後神の霊がサウルの上に降り王としての選びを確信する(サムエル記上10章)など、共に食事をすることがその後の大きな物語へとつながります。私たちはどこかで「生きるために食べる」という、いわば当たり前の行為として毎日食事をしていますが、人々と共に食卓を囲むことの意味を普段あまり意識していません。でももしそこに出された食事が毒性のものという可能性がどこかにあることも考えられるとすれば、食事はやや大げさですが「命がけの行為」、その食卓を囲む人たちはまさに運命共同体としての仲間ということにもなります。そしてイエス自身も多くの人、さらに徴税人や罪びとたちとも食事を共にし(マタイ9章)、キリスト教にとってとてもなじみの深い食事は「最後の晩餐」、イエスが十字架につけられる前最後に弟子たちと共にした食事で、そのなかで行われたパンとワインの共餐が、キリスト教会にとって決定的に重要な儀式、聖餐式(カトリック的にいうとミサ)として行われます。こうして教会の交わりのなかで食事(愛餐、アガペーと言われます)が大きな意味を持ち、私たちの教会でもクリスマス礼拝の後にはともに食卓を囲むということを大切にしています。
ただし使徒信条で語られる「交わり」にはさらにもう一つ大切な意味があります、それが「聖徒の」交わりなのです。広くとらえればそれは「教会に集う人々」ということを意味しますが、その「聖」という意味に私たちは考えておくべきことがあります。それは教会に集う私たちが、それ以外の人々からみて「聖なる者」だということの厳格な意味です。そこには今共に食卓を囲むことのできる教会のメンバーだけではなく、「既に眠りについた人たち」も常に共にあるということなのです。私たちの毎回の礼拝、私たちのそれぞれの祈り、それは今目に見える形で集う私たちだけではなく、芦屋キリスト教会の歴史の最初からこの教会に集い、教会を支えてこられ、今は神様の御元にある私たちの先達たちと、共に礼拝を捧げているということもあります。だからこそ芦屋霊園にある私たちの教会墓地の意味、そこもまた私たちの交わりの大切な場所だということを特に覚えたいと思います。そして天上にあり、また地上でこうして教会に集う一人ひとりが教会に招かれているということなのです。聖というのは、私たちがもともと何か特別なのではなく神様の招きのなかにあることのゆえに特別だということ、イエス・キリストの愛の中に日々を過ごすことをゆるされているということによって聖徒とされているということなのです。
祈りましょう:神様、あなたは私たちを選び、教会の交わりへと招き、導いてくださいました。そのことを感謝することのなかに、改めて私たちが教会のひとりとして、その交わりを通じて、共に祈り、励まし、支えあうcommunityを作り上げていく役割を果たすことができますように。私たちの教会の100年の歴史を通じて、私たちの今への備えを続けてくださった方々への感謝を改めて思いつつ、この祈りを、私たちの教会の主、イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン
2021年10月10日 三位一体節第二十主日礼拝
説教 「聖なる公同の教会」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 詩編19編1~5節
コリントの信徒への手紙一 1章10~17節
キリスト教の一つの大きな「悩み」のなかに、教派性というものがあります。一口にキリスト教といっても現実はとても多くの(無数の?)グループに分かれていて、それぞれがそれぞれの信仰の独自性を主張すると、結局それぞれが異なった教派ということで、キリスト教全体のまとまり、一体感が失われていきます。それはキリスト教が組織的生まれた時代から今日にまでの長い課題です。コリントの信徒への手紙一の第一章、というとその手紙の最初から同じコリントという町に立てられた教会のなかでの「分裂」がテーマとなっています。よく言われる「総論賛成、各論反対」現象がそこにもみられ、結局「教会」もまた「人間の(弱さをもった)組織」でしかないことを、「キリストは幾つにも分けられてしまった」現実を、ある意味思い知らされるところです。私たちの芦屋キリスト教会は、創立の時は日本組合教会(その教派創立者の一人は新島襄)という一つの教派でしたが、太平洋戦争時に日本基督教会に統合され、やがて1960年代に、日本基督教団との立場・意見の相違から、どの教派にも属さない単立の教会となりました。私たちの教会の歴史もまた、様々な人間的な問題を抱えてきていることも事実です。ちなみに私の個人的なキリスト教の背景でいうと、祖父の長谷川敞牧師はもともとバプテストのクリスチャンでしたし、祖母初音牧師は日本組合教会初の女性牧師のひとり、父田淵薫明牧師は改革派、そして私自身はメシジストを起源とする関西学院神学部で学びました。今はどの教派にも属さない「単立(独立)教会」の牧師をしています。さて、いったい私自身はどの「教派」に属しているのでしょう?
その人間の弱さをあらわすもののなかに、私たちが当たり前のように使っている「ことば」の限界があります。ことばは、ある事柄についてそれがなんであるかを示すために大切な役割を果たすのですが、ある事柄をそれが表現したとのとたんに、その事柄はほかの事柄ではない、というほかのものを排除する働きをもします。私は日本人だだ!ということは韓国人でもイラン人でも、中国人でもないという自分の立場と、ほかの人たちとの違いを強調するのです。つまり「私はあなたとは違う!」 私はそこに私たちの言葉の持つ、ある種の非情さというか悲しさに気づかされることがあります。実はキリスト教もある意味「ことば」の宗教ですから、聖書を「読み」、牧師の説教を「聞く」という言葉なくして成り立たないのですが、そのことによってかえって他者(他宗教、他教派、キリスト教以外の社会)との違いが表明され、てしまいます。
使徒信条のなかで、聖霊を信じるということの具体的な働きとして「聖なる公同の教会を信ず」という表現についていうと、聖なるというのはもちろん聖書の聖、Holy: 神聖な、ということで、いわゆる「俗世間」から隔たった(へブル度で「聖」を意味するカドーシュという言葉がまさに、「隔絶」したを意味します)ということです。そして「公同」という言葉は。ラテン語で表すとCatholica「カトリックな」ということで、そこでもしラテン語表記「カトリック」、あるいはその表現を縮めて「聖公会=聖’(なる)公(同の教)会」とすると、この信条は私たち自身は排除されるというものになってしまうのです。私たちは違う!と。ただしここでこの「公同」とは固有名詞ではなく普通名詞ですので、特定の団体や教派を意味するのではなく、教会は神聖で、普遍的な(ユニバーサル、つまり世界中どこでも、どの教会でも共通で同じ)内実を持っていることを、本来訴えようとするもののはずですが。
そしてここに、神様の言葉と人間の言葉との大きなちがい、超えられないような差があるのです。詩編の記者(詩人)は、神様の言葉が「話すことも、語ることもなく/声は聞こえなくても 5その響きは全地に/その言葉は世界の果てに向かう。」(19:4-5)と記しました。その言葉は、文字や音という人間が目で見る、耳で聴くという形を超えて、その響きが人間に外側から届かなくても、全地に、まさにユニバーサルに届くことを確信しています。ある意味使徒信条の「聖なる公同の教会を信じる」という言葉も、文字にし、声にだしてしまうべき言葉ではなく、神様の私たちへのかかわりが、イエスの愛を通じて、地上のあらゆるところに広がってゆくという私たちには「聞こえない」言葉として記されているのでしょう。そのことをパウロも、「福音を告げ知らせるためであり、しかも、キリストの十字架がむなしいものになってしまわぬように、言葉の知恵によらないで告げ知らせるためだからです」(1コリ3:17)と記しました。つまり人間的な知恵ではなく、イエス・キリストの十字架を通じて私たちに訴えられた「愛」のことば、そのことばによって誰かが、何かが、排除され切り捨てられてしまうようなものではない言葉を、私たちはこの使徒信条からも聞き取るのです。どの国の、どの教派の、どの教会に属していても、そこでイエスがキリストだと告白されているところすべてにおいて、私たちは同じ信仰、同じ教会に属しているのです。
祈りましょう:神様、私たちの心のうちに、あなたのことばを響かせてください。世界のすべての人に語りかけられ、ひとりひとりを受け入れ、愛してくださることを、あなたのみ声を心にとめるときに私たちが改めて確信することができますように。そして「どうか、わたしの口の言葉が御旨にかない/心の思いが御前に置かれますように。主よ、わたしの岩、わたしの贖い主よ。」 イエス・キリストのお名前によって、アーメン
2021年10月3日 三位一体節第十九主日礼拝
説教 「聖霊を信ず」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネよる福音書20章19節~23節
コロナの感染者数も「激減」し非常事態宣言も解除され、なんとかこれで落ち着いてくれればという期待もありますが、他方「第六波」などという言葉も聞こえてきて、やはり当分はマスクと手洗いの日々は続くことでしょう。まあこのおかげで昨年はインフルエンザの流行がなかったということもありましたが。そして(というような形で本題に入るのもやや気が引けるのですが)、私たちの毎週日曜日のメッセージで使徒信条を考えてきましたが、それも今日から第三部といいますか、父なる神を信ず、イエス・キリストを信ずと続いた告白が、聖霊を信ず、という三位一体(父なる神、子なるキリスト、聖霊なる神)の最後の「テーマ」に移ります。芦屋キリスト教会の日曜日のメッセージは、教会のカレンダー(教会暦)に従って、5月30日から始まった「三位一体節」というシーズンにおいて、使徒信条通じてキリスト教の信仰というものについて考えるシリーズを始めたのです。この三位一体節は11月21日まで続き、翌週の11月28日からはクリスマスを準備するためのアドヴェント(待降節)となりますの。それまでのお話の予定として、10月3日「聖霊を信ず」、10日「聖なる公同の教会」、17日「聖徒の交わり」、24日「罪のゆるし」、31日「身体のよみがえり」、11月7日「とこしえの生命」、14日「アーメン」という日程を考えると、三位一体節の終わりと同時にこのシリーズも終了と(11月21日はひとつのシーズンの終わりということで「終末」について考えます)なると、スケジュール的にはバッチリということになりそうです。そしてそのように私が最初からこのような日程でこのシリーズを計画してきた、と言えるといいのですが、実は私自身はそんな計画性というものとは縁遠い性格で、今日のお話を準備している中でこのことに気づいたというのは正直なところです。さて、そんな風にうまくスケジュールにはまった、というのは偶然だったのでしょうか。いやむしろそれこそ「聖霊の導き」というものをそこに私自身感じてしまうのです。
聖霊について、聖書のなかで、さらにキリスト教の歴史のなかで様々に語られ議論されてきたのですが、使徒信条や私たちのキリスト教の信仰理解のなかで、父なる神、子なるキリスト、といことはいわば舞台の中心で、正面から取り上げられているのですが、聖霊はどちらかというと背景というか脇役的な扱いがなされ続けてきたようで、聖霊をどう理解するかということについて明確にみんなが一致する結論というものはなかなかありませんでした。例えばキリスト教の教会で「聖霊派」と呼ばれるグループがありますが、日常の礼拝のなかでそこに聖霊が働きかけてくださって、会衆のみなさんが、ちょうどペンテコステ(聖霊降臨日)の出来事のように「聖霊に満たされ、”霊”が語らせるままに」(使徒言行録2:4)神様のメッセージを語りあう、パウロのことばでいう「異言」(コリント一14:2)体験を強調される教派もあります。芦屋キリスト教会ではそのような聖霊体験はまったくありませんので、やはり聖霊は脇役的にしかとらえてこなかったのかもしれません。さらにキリスト教の歴史全体のなかでも、聖霊をめぐる「神学」的議論が教会のあり方を大きく変えたというものがあります。それが「ホモウシオス」論争というもので、その議論を始めると、まさに神学論争で専門的なお話になってしまいますが、おおざっぱに言うと、聖霊という言葉を旧約聖書が書かれたヘブル語、あるいは新約聖書が書かれたギリシャ語では、どちらも「息、風」と同じ意味を持つことから、聖霊とは「神の息」、神様の息吹という素朴な理解があり、創世記で最初の人アダムが土から造られたとき、その神様が彼の「鼻に命の息を吹き入れられた」(創世記2:7)ことによって彼は「生きる者」となったと記されていますが、それはただ動物的というよりは神の霊を内に持つ存在として尊厳を持つということを意味しています。ということで聖霊は神様の息吹として神様から出されたものということなのですが、ではイエス・キリストと聖霊の関係はどうなのか、という議論が初期のキリスト教会で起こってきました。そこで聖霊はイエス・キリストからも発出される、つまり神ご自身とイエス・キリストは「同質」(ギリシャ語でホモウシオス)であるということが4世紀になって「ニカイア・コンスタンチノポリス信条」で確認されたのです。その議論の前提には、イエスは一人の人間でしかない、というイエスの神聖を否定する議論が教会のなかで有力となり、そのような議論を「異端」として否定する決定がこのホモウシオス論争でなされたということになったのです。そしてまさに今朝の聖書の箇所である復活したがイエスが、弟子たちに「聖霊を受けなさい」(22節)といって弟子たちに息を吹きかけられた場面は、エデンの園でアダムに命の息を吹き込まれた神様の働きを思い起こさせるものなのです。
では聖霊を信じるということはどういうことなのでしょうか。特に教会、キリスト教の信仰においてそれは具体的にどういうことなのか、ということについては来週からアドベント直前までのメッセージのなかでご一緒に考えていきたいと思いますが、その出発点というか土台としてぜひ考えておきたいのは、私たちは神様から、そしてイエス・キリストから命の息吹を吹きかけられることによって生かされている、というもっとも基本的なポイントです。それによって私たちは、単なる動物的に生命を維持しているのではなく、神様の御用のために日々を過ごしているということなのです。私はキリスト教についてあまりよくご存じない方々に対してキリスト教のお話をすることが多いので「神様の御用のため」という言い方をしても、あまり素直に聞いていただけないかもしませんので、そんなときには、「私はクリスチャンとして神様を信じて生きていますが、多くのみなさんはそうではないし、21世紀の人々に神様を信じるといってももはや理解されないことかもしれません。ですから「神様の御用のため」なんて言い方を(カッコ)にくくって、別の言い方をすれば、私たちは、自分の人生にはそれぞれみなさんに役割、使命が与えられていて、それを実現するために」と考えてはどうでしょう。私たちは毎日なんとなく過ごすことで生きているのではなく、何かの役割をはたすために、そしてそれを果たし続けることで、私たちの社会が、家庭が、すこしでもよりよくなるために、生きていくのです、ということをお話します。そこなのです、私たちが毎日、この社会がよりよくなるために生きる、その生き方を、私たちの身近で導き、支えているもの、それが「聖霊の働き」です。 アメリカの第35代大統領であったJ.F.ケネディのことばのなかに、「神様の業は、私たちの手によって実現される」という意味のことばがあります。今日のお話で申し越しケネディのことばを敷衍して言えば、「神様の業は、イエスの愛は、聖霊の導きのなかで、私たちの手によって実現される」ということなのでしょう。
祈りましょう:聖霊なる神、私たちの日々あなたの息吹を吹きかけ、私たちの歩みを導き、それによってあなたの御業がこの地上に実現されますように。「みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ」、私たちに復活の息吹を吹きかけてくださるイエス・キリストのみ名によってお祈りします。アーメン
2021年9月26日 三位一体節第十八主日礼拝
説教 「生ける者と死ねる者とを審きたまわん」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 マタイによる福音書25章31節~46節
使徒信条のなかでイエスについて最後に告白される信仰内容は、神の右に座しておられるイエス・キリストが来られて私たちが審かれる、という、いわゆる「最後の審判」についてですね。私はイギリスには2年半留学しそこに滞在しましたが、残念ながら欧州大陸での経験はほんのわずか、ですからバチカンのサンピエトロ寺院(聖ペテロ大寺院)、そしてシスティナ礼拝堂の天井画として有名な「最後の審判」なども見たことがありません。あるとき関西学院大学文学部史学科の長老の先生から、君はもともと西洋史を専攻していて今はキリスト教を教えているのになぜバチカンを訪ねないのか、あるいは神学部で旧約聖書を研究しながらエルサレムに行ったことがないのか、と話されたことがあります。もし私がシスティナ礼拝堂の作品を見ていたら、今日のお話もかなり違ったものとなったかもしれません。
キリスト教の信仰においても、私たちが死後天国に迎えられて神様と共に過ごし、やがて復活の日を迎えて永遠の生命のなかに過ごすことができるのか、それともそれがゆるされずに、いわゆる地獄に落とされるのか、ルカによる福音書には、生前享楽三昧にすごした金持ちが死後、永遠の業火のなかに苦しむという場面があります。そのとき、彼の門前で物乞いをして暮らしていたラザロが神様のもとに過ごしているのを見る、という記事があります(ルカ福音書16章19節以下)。さてその二人の違い、なぜラザロが天国に入り、金持ちはそうできなかったのか。興味深いことに、聖書にはこの金持ちの名前さえ記録されていません。で、その違いはどこから来るのでしょうか。
今日の聖書の箇所(結構長い物語ですが)にも、天国に入れる人たちとそうできなかった人たちの物語が出てきます。ところが興味深いことにそれぞれの人々が、自分の将来について全く違った予想をもっていことです。なぜ私が入れないのか!あるいはなぜ私が入れるのか?ということです。しかも入れなかった人たちが、なぜ!と叫ぶのです。もちろんこの記事の本来の主張は、困難のなか、貧しさのなかにいる人たちへの普段の配慮をしたかどうか、というところにあるようですが、私はもうひとつのポイント、自分は当然そうなるだろう、という自分の思い込みからくる落とし穴、危険性を感じさせられます。というのも、もし私たちが、「弱い立場にある人への配慮を日常から行っていれば、あなたは天国に入れますよ!」ということならば、私たちはそのことに一生懸命になるでしょう。そしてその方が現在の私たちの社会をもっとよりよくすることになるでしょう。それがわかっていても、そうならないところに人間の弱さもあるのですが。でもそれは、私たちが本当に困っている人のことを常に思い、祈り、考えているよりも、それをすれば「私は天国へのチケットを手に入れることができる」ということ、つまり弱い人のことを考えることには本当の関心がなく、私が天国に行けること、現代の私たちに天国という実感などないとすれば、私自身が幸せになるためにその人たちを手段として利用する、ということなのです。そしてその姿勢は、イエス自身が当時の彼の敵対者となっていたパリサイ人たちを批判する大きな点でした。
実は、私たちがどんなことをしていようと、もちろん悪いことよりはよいことをすべきですが、その人を天国に導くのは神様、そしてその右に座しておられるイエス・キリストご自身でしかないということが最も核心的なことなのです。それはすべて神様の御手のなかにあること、だからこそ私たちは、よりよい行いをするということの前に、私たちが神様に愛される毎日を過ごしているかを自分に問うべきなのです。そのことを真剣に考え始めると、何が神様に喜ばれることかを、毎日の生活の中で、祈りながら自分で判断しなければならないという、ある意味「面倒くささ」を感じることもあるでしょう。このマニュアルさえあれば大丈夫!というものは実はありませんし、時には自分が正しいと思ってやったことが必ずしもほかの人たちに理解されないこともありそうです。だからこそ、やはり祈りが重要なのです。その中で私たちは、導かれ、励まされ、ゆるされ、新しい希望を、実感することができるのです。
祈りましょう:神様、私たちがあなたを信じるということ、それはあなたが決められることを私たちが先走らないということなのでしょう。すべてをあなたにお任せする、そのあなたに導かれながら生きる、そのような毎日の生活のあり方を求め続けさせてください。「いかにくらく、けわしくとも、みむねならば、われいとわじ」(讃美歌285番)とこころから口ずさむことのできるひとりにしてください。主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン
2021年9月19日 三位一体節第十七主日礼拝
説教 「全能の父なる神の右に」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヘブライ人への手紙1章1節~6節
あまり政治的な動きのことをここでお話をするのもどうかと思われますが、今自由民主党の総裁を誰にするかということについて、マスコミを挙げて話題となっています。日本のマスコミというのは、どうしてその時々の話題についてひとつだけを集中的に報道し、もっと他にも大事なことがあるだろうと思われることへの社会の関心を奪ってしまっているようにしか思えません。と同時に、日本の政治の中心であり、国権の最高機関としての国会そして、国会のなかで最大の議席数をもっている政党の党首が決まることになるので、現状では自由民主党の総裁選挙が「次の総理を決める」となるのですが、ただし次の総選挙で今の政権与党が国会の過半数を確保することは、実はまだ未知数です。おそらくそうなるのでしょうが、でも手続き的に言うと、いくら自民党の総裁選挙の結果があったとしても、総選挙の結果がとても大事なのですが、今のマスコミは、そのことには一切触れていません。つまり、国民主権という憲法の大原則がまったく無視されて、一部の政党がこうして日本の政治を動かすということを決めてかかっている、そこに日本の民主主義の弱さを感じざるを得ません。
どうも変な?前置きになってしまいましたが、最高の権力を握ることを「●●の座につく」とか「●●の椅子に座る」という言い方をされ、使徒信条も、イエス・キリストが天に昇り「神の右に座」したと告白しているところで、例としてはあまりにも卑近ですが、最近の日本社会の動きを思い出してしまったのです。その使徒信条ですが、その全体は、ひとつの大きな信仰理解を表明しています。「父なる神」「子なるキリスト」「聖霊」という神学的に「三位一体」とよばれる考え方です。そしてその二番目の「イエス・キリストを信ず」のなかで、使徒信条は新約聖書のへブル人の手紙1章にある「天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました」(3節)を踏まえての告白となっています。ただし、へブル書の内容を読むと、実は「右」に座るイエス・キリストは、「神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。 3御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって」と、まさに神そのものの存在(本質)と働きを示すものとして記されています。そこに三位一体という考え方の強調点がありますし、だからこそ誤解されやすい部分もあります。つまり、神とキリストが同質だ、だから「イエス・キリストは神である」というキリスト教信仰の中核が明言されているのですが、ではなぜそこで「父と子」という区別がされるべきなのか、ついそんな説明がもとめられてしまうことにもなっているのです。その点については使徒信条についてのこれまでのメッセージのなかで「処女マリアより生まれ」というところでもお話をしたのですが、やはりイエスという存在が、私たちと同じ肉体をもって私たちのすぐそばに、私たちの隣人としておられたこと、つまり天という私たちにはまったく及ばない、かけ離れた存在が私たちと同じ地平(立場、場所)におられたこと、それによって神様の「本質」を私たちが実感できるようにしてくださった存在というところが重要なのだろうと考えられるのです。そしてここにもう一つの誤解があります。
イエスの弟子ゼベダイの子、ヨハネとヤコブとがあるときイエスに、「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください。」(マルコ10:35)と願い出ました。「栄光をお受けになるとき」、当時のユダヤ教の考えのなかに、やがてこの世界は終末を迎え、そのときにメシヤが世界を審くために至高の権威を帯びて現れる、そのメシヤこそイエスだという確信をもっての願いということで、この二人もイエスはやがて来るべきメシヤ(メシヤはヘブライ語、ギリシャ語に訳すとキリスト)だという信仰をもっていたということです。しかし彼らはそのメシヤの意味、神の代理者として地上に再び現れる方の「右と左に」、つまりメシヤの代理者として用いてほしいということでした。ほかの弟子たちはそれを聞いて怒ったということですが、それもまた自分たちが出し抜かれた、あの二人に勝手なことをされた、ということからだったようで、実は弟子の全員が、栄光のうちに現れるメシヤ、神の代理者としてのイエスについての誤解から抜け出せなかったし、実は私たちの社会での権威、あるいは権力というものについての考え方もまた誤解にまみれたままでいるのです。
イエスは、神の代理者として神の「本質」をあらわすというときに、その本質は、人間を支配し、世界を圧倒する権力をふるう、というものではなく、イエスの、そして聖書・キリスト教の信仰のなかでは「愛」(ヨハネの手紙一3:8)という一言で言い表されます。そしてその愛を私たちの間で具体的に示す行為として、イエスは「仕える」ことで示したのです。この社会が「支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。 」(マルコ3:42)限り、神様の思いは私たちの間には実現ないでいるのです。イエスの飲む杯、イエスが受ける洗礼、それは最後には十字架の死の苦しみでした。ひたすら自分自身の名誉、成功、権力を求め続ける人たちには全く理解できない、いやむしろ自分の思いを否定する考え方でしかなく、その人々はイエスを十字架に追いやったのです。明治期以来今日までの日本の教育が「立身出世」を目指し続けてきたこと、そこに私たちの社会の、政治の、経済の貧しさがあります。むしろ自分たちがいろんな意味で成功し、実力をつけることのなかで、それで私たちの世界がよりよくなる、世界の苦しみ、悲しみ、貧しさに耐え、飢えているひとたのために仕えるという生き方、つまり神様が私たちを愛してくださったように、私たちも互いに愛し合う生き方、そのような神の国を実現するために、イエス・キリストは今神の右の座しておられる、ということこそ、使徒信条がキリスト教の中心的なメッセージとして私たちに訴えつづけていることなのです。
祈りましょう:愛する神よ、イエス・キリストがあなたの右に座し、私たちを治め、導いてくださること、その結果として私たちがお互いに愛し合うものとしての日々を送り、互いに仕える生き方を形にすることができますように。どうぞ私たちの社会が、あなたのみこころにかなうものとなることができますように。み国を来たらせてください。イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン
2021年9月12日 三位一体節第十六主日礼拝
説教 「天に昇り」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 創世記1章1節
コリントの信徒への手紙二12章1節~8節
使徒信条についてのメッセージをスタートさせたのは6月6日からでした。その三週間前の日曜日5月16日は、教会のカレンダーでいうイエスの昇天記念日、そのときにまさに同じタイトルでのメッセージをさせて頂きました(このホームページの最上段の「5月/6月のメッセージ」をクリックするとご覧いただけます)。ですから、クリスマス~伝道活動~受難と死~復活~昇天~ペンテコステというイエス・キリストの生涯の流れの中での「昇天」のことについてはそちらでお話したことですが。使徒信条のなかで考えると、より広い意味にも気づかされるようです。
旧約聖書の、というか聖書の一番最初のことばは神が「天地を創造された」という宣言です。この言葉は私たちの住んでいる世界(自然)は、「天」と「地」というもっとも基本的な構造からできている、ということです。そして天は、私たちが世界の、地球上のどこにいても、常に私たちの頭上にありますし、そこから私たちは「逃れる」ことはできない。いや地下に潜れば大丈夫?かもしれませんが、そこはまた神様が作られた「地」の真っ只中にあります。つまり私たちは、当たり前ですが神様の創られた世界のなかに常にとどまり、そこから逃れることはない、ということを創世記を記し、それを聖書の冒頭の宣言として位置付けた人々の根本的な主張だったのです。つまり、私たちは常に神と共に生かされ、守られているという確信から聖書のメッセージは始まるのです。
新約聖書にはイエスが天に昇ったということと別に、もうひとり天に昇る経験をもった人がいます。それは使徒パウロで、彼がコリントの信徒の手紙二のなかで、第三者的に「キリストに結ばれていた一人の人を知っていますが、その人は十四年前、第三の天にまで引き上げられたのです」(2:2)と記していますが、それは明らかにパウロ自身のことでしょう。それがどのように起こったのか、という具体的な記述はないのですが「第三の天」という、天のなかに階層があることに触れています。これはおそらくユダヤ人たちの言い伝えのなかの、天は七つの層からできているという理解に関係があるのかもしれません(旧約偽典エノク書)。ただしそこでパウロは、その口にもできない素晴らしい体験をしながら、そこで気づいたことは、自分自身の弱さ、自分の「肉体のとげ」の意識を改めて意識させられたということなのです。ある意味、天という神の空間、そこには天地創造が「はなはだよかった」(創世記1:31)として完成された、完璧な世界のなかで、現在の人間がそこに自分の身を置くときに自分の不完全さ、不十分さ、キリスト教的な言葉でいう「罪」を痛感させられたのです。そのような自分自身を思い知らされたパウロは、だからこそ彼が「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。 」(コリント二2:9)という言葉に新しい希望を見出したのです。つまり不完全で罪深い私たちが、神様の支えがあるからこそ、キリストの力がわたしたちの「内に宿」ってくださることの素晴らしさ、喜びを彼は、この地上で実感しました。
イエス・キリストが天に昇られた、そこにおられる、地上において多くの弱さを担い、日々の生活のなかで重荷を負い続ける私たちの思いを担いつつ、今天におられる。私たちが毎日の生活のなかで、つい視線が下向きになりがちなときに、天を見上げること、そこにいつも私たちと共にイエス・キリストが私たちを見守っておられることを知ることで生まれる大きな変化、違い、そのことがまた私たちの新しい一歩を踏み出す大きな転換点となることを確信したいと思います。
祈りましょう:天の父、私たちはあなたに祈ります。思いのなかで両手を、そして私たちの視線をあなたに向けて祈ります。どうぞその祈りを通じて、あなたの守り、導き、キリストの力を私たちに満たしてください。それによってあなたの支えを確かなものであることを覚えることができますように。イエス・キリストのお名前を通じて祈ります。アーメン
2021年9月5日 三位一体節第十五主日礼拝
説教 「三日目に死人のうちよりよみがえり」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネによる福音書2章13~21節
コリントの信徒への手紙一 3章16節~17節
私たちの常識というものを考えるとき、それが実はあんまりあてにならないということがあります。だからコロナのこともそうですが、なんとなくテレビで観た、ネットに書いてあったことが、きちんと批判もされずに私たちの「豆知識」となり、それが「常識」だと思いこむようになってしまっています。そのひとつに宗教的なものがあります。やや季節外れのテーマですが、日本の初詣で一番たくさん参詣者が集まるのは明治神宮だといわれます。最近のコロナ状況で2020年新年との比較では三分の一程度であったといわれる明治神宮、例年は320万人と言われますから、コロナの新年であっても100万人が訪れた計算になりますね。では、その初詣、新年を祝う日本の伝統行事だというのが「常識」のようですが、それは江戸時代まではなく、明治になって結論的に言うと「電鉄会社の乗客誘致企画」として始まったものでした。その最も有名な例が西宮神社(えべっさん)、阪神電車がそれで大いに業績を上げたということが記録にのこっています。そしてもうひとつ、明治神宮は、大正期になって明治天皇を主神として創建されたもので、決して日本古来のものではありません。それは湊川神社、平安神宮もおなじで、それらは明治期以後のものです。ついでにいうと(つい宗教学という授業を担当していましたので説明が長くなってすみません)、神社神道が日本社会に定着していくのも明治期以後の、明治政府の日本の「近代化」政策の一環で、江戸時代までは日本の宗教信仰は仏教が独占、当然皇室も熱心に仏教に帰依していました。奈良の大仏を建立したのは聖武天皇でしたしね。
今日の私のお話もどうも前置きが長くなってしまったのですが、ポイントは私たちの「常識」の不確かさということなのですが、日本の神社神道が明治期以後に社会に定着してきた「新しい宗教形態」だということを考えると、実はキリスト教も日本の神社神道と同じぐらいの歴史を日本でもっているし、それが私たちの日常生活におよぼした影響力は神道以上に大きいのです。そしてほとんどすべての日本人がそれに従って毎日、毎週の生活を送っているのです。ここまで書くと私のお話をよく聞いてくださるみなさんは「またあの話か!」とすでに気づかれているでしょうが、そう「七曜制、日曜休日」のカレンダーです。このカレンダーはもともと古代メソポタミア地方で採用されていた制度が、旧約聖書の天地創造物語で神様が六日間で世界を創り7日目に休まれたという記事によって広く世界中に知られます。そして7日目とは何曜日かというところで、ユダヤ教では土曜日でしたが、キリスト教はイエスが十字架の「死にて葬られ、陰府に下」った後。「三日目に死人のうちよりよみがえ」る処刑されたのが金曜日であってその三日目の早朝に復活したという福音書の記事によって毎週日曜日を安息日としたのです。ということは日本社会は、この使徒信条を土台として動いているということなります。日本は明治期に形成された神社神道と同じくらい古くからキリスト教の伝統を社会に提唱しつづけていたのです。ということは日本社会のキリスト教は、神社神道と同じぐらい古いということもできますし、ある民族学者の主張では80年間あることが継続すると、それが「伝統」と呼ばれるようになる、とも指摘しています。
ただしイエスの同時代の人々も、ある意味当時の「常識」の不確かさで混乱していたようですし、それがイエスに対する批判、さらには十字架刑へと告発される理由となってしまいました。それは人々の神殿理解です。当時のユダヤ教信仰のセンターとしてエルサレム神殿の存在はとても大きかったのです。イエスも幼児期に両親につれられて神殿を訪れています(ルカ福音書2章)。そしてその神殿の存在がユダヤ人にとって、民族の誇り、彼らの信仰の拠点化されていました。しかしイエス自身はどちらかというと、同時の人々が神殿に持つ思いそのものには批判的だったようです。今日の聖書テキストであるヨハネ福音書2章の物語も、神殿で商売するひとたち(実はその商売そのものが神殿での礼拝行為のために必要だと思われていのですが)への厳しい批判であり、そのような神殿は破壊されるべきで、イエス自身は「三日で」それを再建する!と語ったのです。そしてその言葉は、イエスが十字架上に苦しむ中で人々からイエスへの侮辱のことばとして投げかけられるのです:「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」
その侮辱のことばの背後にはユダヤ人たちの「神殿」をめぐる常識のいい加減さがあり、イエスがその常識を正そうとする思いとのすれちがいがありました。当時ユダヤ人が重視していたエルサレム神殿ですが、それはヘロデ大王によってより壮麗に修復された建物でした。かれは純粋なという言い方はどうかと思いますが、純粋なユダヤ人ではなくイドマヤ人でした。その彼が神殿の再建を行ったのはユダヤ人たちからの好意をもとめてのことという不純な動機がありました。また神殿制度というものが、どうしても儀式中心、形だけのものとなってしまうと、それが「祈りの家」、人々の素朴な信仰のよりどころとしての意味を失ってしまっていたのです。イエスはその問題を繰り返し指摘し、そして形だけの壮麗さを誇る神殿への批判(ルカ21章1~4節)、それを破壊し三日目に建て直すという主張、それは46年もの長い時間をかけなくても、私たちの祈りの姿勢、パウロがコリントの信徒への手紙で語っているように、信仰生活そのもののあり方をとらえなおすことで可能だし、それなくしていくら立派な神殿があっても無意味なのだ、と訴えたのです。パウロのことばによると「あなたがたはその神殿なのです。」 しかし、イエスの主張は当時の常識人には届かなかったのですね。
使徒信条がイエスの三日目のよみがえりを語るとき、ひとつにはもちろん、人間にとってまさに絶望体験と思われる死の克服、死という状況における希望を語るのですが、そのことは私たちも毎年イースターで考えてきています。そしてもうひとつは、その信条が教会の信仰を告白するというときに、私たちの信仰が、目に見えるもの、形あるもの、荘厳なもの、などの形にとらわれてしまいやすいことから解放されて、私たち自身の生き方、生きるその場所そのものが神様との出会い場、祈りの場、励ましを受ける場なのだということを思い起こさせるものなのです。
祈りましょう:神様、コロナの中で私たちはお互いに、ともに集ってあなたを賛美することが難しい毎日をすごしています。しかし、私たちが、今、私たちのいる場所が、またあなたとの出会いの場所であることを常に思わせてください。私たちが、いつもあなたと共にあることを心に留め続けることができますように。インマヌエル(神我らとともに)の主、イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン
2021年8月29日 三位一体節第十四主日礼拝
説教 「陰府(よみ)に下り」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 フィリピの信徒への手紙2章9~11節
芦屋キリスト教会の毎週の日曜日のメッセージでは、使徒信条について考えてきましたが、テーマとしてはちょうどその中間点のところまで進みました。基本的に使徒信条で告白されているキリスト教の信仰内容は、ほぼ聖書の記事に基づいています。教会にとって聖書という書物の意味は、それなくして教会が成立しないと考えられます。「神学的」に言うとそれは「カノン」(正典と訳されます、ただし音楽用語のカノンとは意味が違います)、聖書にしるされたことがキリスト教信仰の基準(物差し)となる、と考えられてきました。だから私たちは聖書の教えに従って毎日を過ごすことが重要と言えます。すこし前の映画で、ア・フュー・グッドメンというアメリカ軍隊内でおこった殺人事件の裁判のなかで、ひとりの証人が「私は毎日聖書を読んでいる」と言って自分の証言の信ぴょう性をアピールする場面がありました。聖書に従うことこそ私たちの生活の原点ともいえるのでしょう。
ところが、どうも神学部で聖書を専攻した私のような立場からすれば、問題はそんなに簡単なことではない、と考えざるを得ないのです。結論から言えば、私たちは自分にとって都合の良いように聖書を読んでいるということがキリスト教の歴史のなかで繰り返され続けているからです。有名な十戒(出エジプト記20章)には「殺してはならない」と明言されています。ところがキリスト教はその長い歴史のなかで、たくさんの人の命を奪ってきています。私のキリスト教学の授業において、キリスト教に批判的な学生は、十字軍、植民地主義、ナチスなどを引き合いにだして、その矛盾を突いてきます。ただし、同じ旧約聖書のサムエル記上には、戦争に出陣するイスラエル軍に対して敵であるアマレク人を「打ち殺せ」と預言者サムエルが命令します(サムエル記上15章)。ところがその命令を受けた王サウルは、その命令に背きそれを完全には実行しなかったことで、結果神の命令に従わなかったということで王位を追われることになるのです。つまり、聖書全体を読んでいくと、何かすっきりとした考え方よりも相互に矛盾する内容が出てきて、混乱してしまうところもあります。結果、聖書の解釈が混乱しがちなので、例えばカトリック教会は聖書の解釈は教皇のみにゆるされた権限とし、プロテスタント教会ではその教会の考え方に基づいて「正しい聖書解釈」を採用します。となるとプロテスタント教派のなかで、聖書解釈の違いが生まれ、結局キリスト教の教派が分裂してしまう結果をもたらすのです。ということは、聖書そのものの記事ではなく、こう読みなさい!という教会の指導者の読み方が重要になってしまったというのが、キリスト教の歴史なのです。そんなこと言われたら混乱するだけ!というようなメッセージをすることは、私は牧師としてどうなのか、と思われてしまうかもしれませんね。だからこを、聖書は祈りつつ読み、神様の導きのなかで受け止めるということがもっとも重要なことなのです。
なぜそんなことを、というのは使徒信条のなかでイエス・キリストを信じるという告白のなかで「陰府に下り」という箇所、つまりイエス・キリストが死を迎えて、その後「陰府」に下ったということは福音書をはじめ聖書のどこにも記されていないのです。いや、聖書の中に陰府という「場所」の存在についてはあまりはっきりと述べられいない、ということです。おそらくその考え方は、聖書という文書集がまとめられた後、キリスト教という信仰組織が成立するなかで生まれてきた主張だとも言えます。陰府、あるいは死後の世界で、特に救われなかった人々が集められる場所、日本人的感覚でいうと「地獄」など、あるいはギリシャ神話のなかでの黄泉(ハデス)などとの連想がキリスト教信仰のなかでとらえなおされていったのでしょうか。なんといっても死は私たちすべてにいつかは訪れる現実で、では死んだらどうなるという想像はどんな時代、社会でも当然生まれますし、キリスト教もそれにこたえることが求められていました。
ただし聖書の世界の人々にとって死後の世界というものについては、実はあまり強い関心とならなかった面もありました。それだけ私たちは生きているという事実、その時間のなかで神様とのつながりをしっかりと持つことで集中することで、その他のことを不安に思うこともない、ということだったのでしょう。しかしそのことをいくら強調してみても、やはり死が訪れ、墓をつくり、そこで死者を記念するとき、その人々はどうなってしまうのかがやはりとても気になるのです。その自然な感覚のなかで使徒信条が、イエスが「陰府に下った」ということを訴えるのは、その人々のことはすべてイエスに委ねる、その人々もまたイエスの愛と慰めのなかに今時を過ごしているということを私たちに思い起こさせる意味が大きいのです。そしてもう一点とても重要なことは、確かに私たちの生活において、亡くなられていった方とは毎日の生活の中で会うことはできなくなったとしても、イエスを信じる、イエスに愛される、守られるということにおいては、「天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、 すべての舌が、「『イエス・キリストは主である』と…神をたたえる」、つまりいつまでも同じ仲間としてのつながりの中にあること、を覚える子べきことなのです。教会の礼拝で、ともに祈り、聖書を聞き、賛美をささげる、それはそこに集う教会のメンバーだけではなく、今は神様のもとにある私たちの愛する仲間とともにそれを行っていること、ともに神様を賛美し続けるそれが教会の礼拝であることを覚えたいと思います。
祈りましょう:神様、私たちのすべての生活のなかにあなたの愛があること、私たちが目にし、手で感じることのできるなかだけでなく、そのすべてを超えて私たちがあなたとのつながり「交わり」のなかに入れられていることを感謝します。どうぞ、私たちの信仰におけるすべての仲間を今日も祝福してくださいますように。イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
2021年8月22日 三位一体節第十三主日礼拝
今週は教会での礼拝が予定されていた第四日曜日でしたが、コロナ感染の拡大、そして兵庫県にも緊急事態宣言が発出された状態でお休みをしなければなりません。本当に残念ですが、みなさまの上に神様のお守りと祝福、新しい週に向かってのお導きをお祈りいたします。
さて教会のカレンダーで5月から続いている三位一体節、あるいは「教会の半年」と呼ばれるシーズン、芦屋キリスト教会では「使徒信条」を考えながら毎週日曜日のメッセージをお届けしています。今週はイエス・キリストを信じるという項目のなかで「イエスの葬り」についての部分です。この使徒信条がキリスト教信仰の骨格となる内容なのですが、イエス・キリストについては受胎告知と誕生、そして苦難と死、復活と昇天というポイントが指摘されていて、あれ?イエスの生涯、伝道活動や働きについては何も書かれていないということに気づかれた方も多いのではないでしょうか。それに比べて、イエスの死をめぐる出来事は、「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」「十字架につけられ」「死にて葬られ」「陰府にくだり」と丁寧に、詳しく(あるいは「くどいように」)述べられています。ちなみにイエスの誕生にについても「聖霊によって宿り」「処女マリアより生まれ」と説明されます。このイエスの誕生と死をめぐる使徒信条のことばを注意深く観ていると、その一連の表現を通じて二つの主張が二本の糸のようにねじりあっているようにも思えます。それはイエスが「神の子」として神格的存在であったこと(聖霊によって、処女より生まれ、陰府にくだり)と、イエスは一人の歴史的な人間であったということ(マリアより生まれ、苦しみを受け、葬られ)という主張なのです。伝統的にキリスト教の信仰において、イエス・キリストは「まことの人にしてまことの神」と理解されていますが、まさにそのことがイエス・キリストを信じるという一連のことばに貫かれているのでしょう。そして「死にて葬られ」という言葉は、まさにイエスが人間としての死を迎えられたことを改めて訴えているのです。
古くからイエスの死をめぐって、さまざまな解釈、主張や伝説が生まれました。例えばイエスは本当は死ななかった、十字架上で気絶して意識を失い三日目に息を吹き返したのだとか、ありふれたイエスという普通の男の誕生のときに神が霊を彼に送り、そして十字架の死でその霊は神のもとに帰り、あとには人間イエスの死体だけが残された、というような解釈、いやイエスは神の子として死なれたが、その十字架上で流された血潮を受けた杯(聖杯)が、ここに登場するアリマタヤのヨセフによってヨーロッパにもたらされ、それが難病を癒す聖遺物として崇拝されたという伝説をめぐり、イギリスのアーサー王物語や作曲家ワーグナーの楽劇「パルジファル」のテーマとしても扱われています。もちろん福音書の記事は詳細はイエスの死の記録ではありませんので、あいまいさが多分にあり、それをめぐって後世のさまざまな解釈、肯定的・否定的な理解がそこからたくさんうまれていったのですが、そのなかで使徒信条は神の子イエスが「死にて葬られた」という事実をシンプルに、そして明確に主張するのです。
「神の子の死」、見方によってはそれは神の敗北のように思えます。最近古代中国王朝をめぐる歴史小説やドラマに触れていたのですが、とにかく敵対し対立する立場の存在を殺害し取り除くこと、それが次の権力者の立場を確固たるものとする、という筋立ての繰り返しで、そこまでするかと辟易させられることもしばしばでした。しかしそこには敗者の死がひとつの目標点として設置されています。イエスの死、おそらくイエスを十字架につけた勢力からすれば、イエスの存在を取り除くことで自分たちの勝利を目指していたのでしょう。確かにイエスの死の時点では、イエスに従った人々もまた自らの敗北感を強く味わうことになったのでしょう。このヨハネによる福音書でのイエスの埋葬の記事には、二人のユダヤ人の有力者が出てきます。ひとりはアリマタヤのヨセフ、もう一人はヨハネ3章でイエスとかみ合わない対話をしたあのニコデモです。このヨセフはイエスとの交流を隠していたと言われますし、ニコデモもイエスのもとには人目をはばかって「夜」(ヨハネ福音書3章2節)出けてきてました。しかし彼らが担ったもっとも重要な役割は、イエスの死の確認、いわば検死というものもあったのではないでしょうか。つまり十字架からイエスの体をとりおろし、それを清め、ユダヤ人の習慣にしたがって亜麻布でくるむ、という作業を通じて、彼らはそれが確かに死体であることを確認したはずです。そして墓に収め、ヨハネ20章やマタイ、マルコ、ルカの福音書にはその墓の入り口を大きな石で塞いだと記されます。イエスが確かに死んでるからこそ、その墓の入り口は塞がれたのでしょう。このアリマタヤのヨセフこそ、イエスの隠れた弟子として自分たちの挫折、敗北感を改めて思い知らされた一人であったはずです。
それは私たちの目から見ると神の子イエスの「敗北」なのですが、ただし使徒信条的にこの死を考えると、それはそこにも神がともにおられることの宣言であるはずです。死の敗北のなかに、失望や絶望、悲しみの中に神がそこにとどまられるということ、使徒信条が私たちに指し示すのは、一本の糸の強烈さに目を奪われてしまうとき、私たちがもう一本の糸の確かさ、慰めを見失ってしまう危険性なのです。教会の牧師として、何度も私は葬儀に立ち会うことがありましたが、それは亡くなった方の死を悼むという意味と同時に、その方が神様とともにどのように素晴らしい、祝福された人生を歩まれたかを喜び感謝する大切な時でもあることを思わされてきました。事実英語圏の教会ではお葬式をCelebration for the lifeとなかなか日本語になりにくい言い方をします。
死にて葬られ、その非常にシンプルな言い方のなかに、神の子イエスが、神ご自身が、人間の人生におけるもっとも無力な瞬間を自ら経験され、挫折と敗北のなかでしかし私たちを愛し、励まし、慰め、導かれるという確信をはっきりと主張しているのです。アリマタヤのヨセフが聖杯をヨーロッパにもたらしたという伝説のもっとも深い意味は、イエスの死が私たちの死においても私たち共におられたこと、そのことの確信ではなかったのでしょうか。ドイツの信仰告白問答集の第一番目の問い「生きるにも死ぬにも、あなたのただ一つの慰めは何ですか。」がそこで思い起こされるのです。
祈りましょう:神様、私たちの人生のあらゆる場面で「生きるにも死ぬにも、私のただ一つの慰め」を与えられていることを感謝します。だからこそ、日々感謝と信頼のなかに毎日の勤めを、あなたへの奉仕を、あなたに行かされる限り、担い続けることができますように。み名によって祈ります。アーメン
2021年8月15日 三位一体節第十二主日礼拝
説教 「十字架につけられ」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ガラテヤの信徒への手紙 3章1~14節
私が関西学院大学で、一年度生の必修科目である「キリスト教学」という講義を担当していたときに、まず最初に「この科目はキリスト教についてよりも、みなさんが気が付かないうちにキリスト教にどっぷりとつかって生活しているのですから、みなさんの生活のなかにあるキリスト教ということについてお話します」と話し始めるのですが、その言い方はひょっとすると学生諸君の反発を買っていたかもしれません。大半の学生諸君は関西学院大学がキリスト教主義の大学だから入学したわけではないし、またこれまでキリスト教主義教育を高等学校までに受けてきたとしても、それほど強い興味を持っている人も多くはないからです。この授業で生まれて初めて聖書を開くメンバーがほとんどなのです。でも学生諸君だけではなくほとんどの私たちの社会のひとりひとりは、確かにキリスト教のなかに「どっぷり」浸かって生活をしていることにほとんど気づいていない、そのことがとても気になるのです。その最大の理由は日曜休日です。なぜなのでしょうね。二つ目の証拠は十字架なのです。みなさんは十字架形のアクセサリーやデザインされたものを身に着けることに抵抗がありますか? という質問にほとんどの学生たちは「別に」というところです。そう、彼ら彼女たちにとって十字架は身近なのです。
つまりオシャレでかっこいいというところなのでしょうか。でもきっと誰でも十字架の意味って何かということは、あまり気にしなくても知っていると思うのですが、もちろんイエスが死刑に処されたときの道具のひとつでした。その道具がなぜカッコいいということになってしまうのか、それも疑問ですが、では少しはキリスト教に触れている私たちは十字架の意味を正確に?知っているかというところも、あらためて振り返ってみる必要もあるようです。やや聖書学的というか神学的に考えてみると、イエスが十字架につけられたということには三重ぐらいの意味がありそうです。一つは当時のユダヤ人的な意味、二つ目はローマ人的意味、そして三つ目はキリスト教的意味ということでしょう。もちろんそれに加えて四つ目の意味としては、学生諸君の感じるカッコよさの理由もほかにあるかもしれません。
と言いながらここで長々と神学的なレクチャーをするということもできませんが、一つ目のユダヤ教的な意味としては、人を死刑にするとき基本的に「石打ち」が行われていたようです(ヨハネ福音書8章4節)。ただし処刑の後、その死体を木にかけるということが行われていたようです(申命記21章21節以下)。いろんな歴史小説を読んでいると、重要人物(敵方の将軍や重大犯罪者など)を処刑した後その死体や首をみせしめのために目立つところに晒すということもあったようです。ただしそこで注意すべきことは、木にかけられた死体は「呪われた者」という表現(申命記21:23)です。つまり処刑された本人ではなく、その死体を木にかけることでその死体が「呪われる」ことになるので、その死体を夜までかけたままにしておくと、イスラエルの土地そのものが汚されるという言い方がされています。ローマ人的な発想でいうと、十字架によって処刑されるということは重大な犯罪者ということで、息絶えるまでの苦痛を長々と感じさせながら死を迎えさせるという残虐な処刑法でもあったようで、そのような処刑法に反対するローマの知識人の証言もあります(福音書ではイエスが十字架にかけられたのがその日の午前9時(マルコ15:25 原文では第3時)で最後に息を引き取られたのが午後の3時(マルコ15:34 原文では第9時)とされていますが、これは現在の時間に置き換えて翻訳されているもので十字架上に9時間かけられていたことになります)。
第三のキリスト教的な意味で考えると、今日の聖書箇所のなかで、パウロは申命記のことばから、イエスの十字架は自ら神の呪いをさえ引き受けられた、という主張しいます。ただしパウロはここでイエスが呪いを負ったということ以上に「解放した」ということを強調しているところは(13節「贖いだす」)、十字架そのものよりもその後のイエスの復活、つまり十字架の死の克服に注目しているようです。ここがキリスト教において十字架の理解(解釈)が分かれるというところなのです。実はキリスト教で用いられる十字架の形(デザイン)は多様です。そのなかでカトリック教会では十字架だけではなくそこにイエスがかけられているもの(磔刑)を用います。ところが私たちのようなプロテスタント教会では、いわゆるシンプルというかプレインな十字架(Empty Cross)で、イエスの身体はそこにはつけられていません。何が違うのでしょう。それを見たところからすればカトリックはイエスの十字架上の苦しみを強調し、イエスの苦しみのなかに私たちの苦しみを重ね合わせ、私たちの苦しみ(罪)をイエスがすべて受け入れ知って下さるということの理解があるようです。それに対してイエスの身体を持たないプロテスタントの十字架は、イエスが十字架の死を経て復活された、聖書のことばでいうと「あの方は復活なさってここにはおられない」(マルコ16:6)と、イエスの復活による私たちへの希望を語りかけているのでしょう。つまり、そこに苦しみをまず見るか、希望を見るかという大きな違いを感じさせられるのです。
さて使徒信条が「イエス・キリストを信じる」と告白するときに、「苦しみ」という言葉をポンティオピラトに結び付け、そのあとにただ「十字架につけられ」としているのは、やはりその十字架がイエスの生涯の終わりではなく、復活につながる歩みの重要なポイントであったことを語っているのでしょう。私たちが十字架を目にするとき、その苦しみのなかから希望が生まれることをいつも感じるのです。
たくさんの人たちが十字架(クロス)のアクセサリーやシンボルを「カッコいい」ととらえてもらえるのなら、それを身近に感じることのなかでぜひ、それによってより深く、より真実な希望がそこにあることを感じ取ってもらえることを私は強く願っています。
祈りましょう:神様、私たちは十字架を見上げます。そこで苦しまれたイエスの姿のなかに、私たちへのゆるし、なぐさめ、そして希望のあることを信じて、それを見上げます。教会が十字架を掲げ、私たちが信仰生活を通してあなたの十字架を共に負うこと、それが大きな喜びと希望への歩みであることを改めて教えてください。感謝をもって私たちの時を過ごします、あなたの励ましと支えを祈ります。十字架の主、イエス・キリストのお名前によって祈ります。 アーメン
2021年8月8日 三位一体節第十一主日礼拝
説教 「ポンテオピラトのもとに苦しみを受け」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネによる福音書19章1節~16節
使徒信条の文章のなかで、イエス・キリストを信じることを告白する部分が、ほかの部分に比べて物語的だというお話をなんどかしましたが、「ポンテオピラトのもとに・・・」のところは、歴史的事実と信仰の告白とがはっきりと交じり合うとても注目すべき箇所です。みなさんはイエスという人物が実在したかどうか、どう思われますか? 処女マリアより生まれ、様々な奇跡を行い、十字架につけて殺され、そして復活した、そんな人物が本当に実在したのでしょうか。「イエス」という名前そのものは当時わりとありふれたものであったようで、いろんな「イエス」を名乗る人がいたようです。マタイによる福音書13章で言われる彼は「55 人は大工の息子ではないか。母親はマリアといい、兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。 56 姉妹たちは皆、我々と一緒に住んでいるではないか。」と描かれていますが、その姿はごく普通の庶民のひとりにしかすぎません。でもその一人がこうやって世界史の教科書にも登場するぐらい注目されるようになったのは、ある意味ではこのポンティオピラトという人物のおかげかもしれませんし、彼によって福音書のイエスの歴史的存在が証明されているとも言えます。
このピラトという人物はローマ史の中にも登場し、ある程度知られていた人物のようです。福音書では「総督」と言われていますが、皇帝ティベリウスの治世にユダヤ州の「知事」に任じられており、彼の名前は考古学的遺物にも刻まれいます。ただし彼のユダヤ支配は暴力的であり、ローマ人の宗教習慣をユダヤ人に強制し、民衆からの反発などを受けて皇帝に告発をされ、最後はカリギュラ帝によって死刑に処されたと言われます。そのなかに無実の人物を処刑したということも含まれ、ローマ史家のタキトゥスには彼がキリストを処刑したことが記されているといわれますが、どうもこれは後世のクリスチャンたちによる加筆であろうとも主張されています。しかしより興味深いのは、なぜ彼の名前が使徒信条(そしてその発展形のニケア信条にも)の中に記されたかが気になるのです。そのこともよくわからないのですが、この信条はやがてローマ帝国がキリスト教の国教とさえ言わるなかで唱え続けられたのですから、ローマ人がローマ人の知事がイエスを処刑したことを主張し続けるというのも不思議です。もしかするとピラトの存在を通じてキリスト教化以前のローマ帝国への批判、逆に言うとキリスト教化されてからのローマ帝国の正しさを語ろうとするのでしょうか。いずれにもしても、ピラトという人物が歴史的に存在したこと、そのピラトとによってイエスが処刑されたことを福音書が描き、信条で告白するということを通じて、イエスが歴史的存在であったことが強調されています。
しかし、使徒信条が「ポンティオピラトのもとに苦しみを受け」と描くのですが、ヨハネによる福音書の中に登場するピラトはむしろイエスに好意的で「ピラトはイエスを釈放しようと努めた」のですが(12節)、結局ユダヤ人たちに押し切られて彼を十字架に付ける判決を下すことになったのです。もちろん結果としてピラトがイエスの十字架刑の執行責任者ですが、実際にはユダヤ人たちの世論に押し切られるというのは、そこにヨハネ福音書がユダヤ人たちへの批判をより強く書き込んだという解釈もされています。歴史的なピラトの人物像からすれば、彼はユダヤ人の処刑にはむしろ積極的であったようにも思えます。でもいずれにしてもピラトがイエスを処刑した事実は変わりません。そこにこの出来事の根本的な問題(問い)がありますし、使徒信条が歴史的事実と信仰とをここで交わらせている中心的な意味があるようです。つまり、ピラトがイエスを十字架刑としたことは、彼もまた神の意志に従ったということなのです。あるいは神はピラトを用いてご自身の計画を実現させた、さらにいうとすべての世界史的、歴史的事件は神の導きのなかにあることを使徒信条はここで再確認しているともいえるでしょう。
イエスが処刑されたのは、ピラトのユダヤ州支配の方針でもユダヤ人の圧迫でもなく、神の計画の中にあること、それによってイエスはパウロのことばによると「十字架の死に至るまで」神の意志に「従順」(フィリピ書2章8節)であることを示す出来事だったということです。イエス自身も、自らの死が「御心に適うことが行われ」(マルコ福音書14章36節)ると受けとめます。ピラトは聖書の神を信じることなどありませんでした。そのピラトが神の計画の実現者だった、ということ、それによって神がこの世界を愛し、私たちを導くということが示す役割を担わされているのです。興味深いことに、この使徒信条のなかでイエス以外の人物でその名前が記されるのはマリアとこのピラトだけです。マリアはイスラエルの片田舎の名もない少女、ピラトは当時のユダヤ州ではローマ皇帝の代理者としての地位を持つ権力者、そのいずれもが神の意志の実現のために用いられる存在だった、ということ。やや逆説的な言い方をすれば、ピラトはイエスを十字架刑につけることによって神の愛を私たちに示したのです。使徒信条は、そしてキリスト教信仰においては、神の意志はこの世界のあらゆる出来事のなかで行われるということをここで訴えているのです。
あらゆる出来事、そこには楽しいこと、嬉しいこと、感謝すべきこと、と同時に嫌なこと、悲しいこと、辛いこと、ゆるされないことまであります。私たちは私たち自身にとって否定的な出来事に遭遇すると、それは神の行為ではないとしてなにか擁護的になったり、なぜ神はそんなことをするのかと批判的、否定的になったりしてしまいます。でもそのすべての中に神の意志があるとすれば、私たちはその出来事を自分の立場(利益)を中心に考えるのではなく、そのあらゆるできごとのなかに込められている神様の思い、御心(みこころ)は何かを問い続けるべきなのです。その答えを求めて祈り続けるべきなのです。そのなかで、私たち自身の毎日の歩み、私たちをとりまく様々な社会、環境の中に神様の導きを感じ、日々の私たちの課題を見つけ、自分が今生きることの意味をしっかりと受けとめることができるのでしょう。
2021年8月1日 三位一体節第十主日礼拝
説教 「処女マリアより生まれ」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネによる福音書1章14節
猛暑お見舞い申し上げます。8月になって非常な暑さの中でコロナの感染拡大が収まらないという状況。こんなときにオリンピックをやって!なのか、こんなときだからみんな外出を控えてお家でオリンピックを応援しましょう、というのか、私たちは不思議な8月を迎えていますね。オリンピックについて話し出すと、日曜日の牧師のメッセージがどこかにいってしまいそうです。ひとつ思い出されるのが1984年の映画「炎のランナー」というという作品で(https://filmarks.com/movies/31044)、 クリスチャンとして日曜日に競技をすることに賛成できない主人公が登場します。そんなことが今回の東京オリンピック組織委員会で話題になったのかどうなのか、それならイスラム教徒のみなさんのために金曜日はどうするか、ユダヤ教の立場でからいえば土曜日は、とそれぞれの聖日(安息日)問題も考えるべきだ、という議論もあって、結局今回のオリンピックには「炎のランナー」氏の出番はなさそうです。
そして今週のテーマは使徒信条のイエスキリストを信じるというなかで「主は・・・処女マリアより生まれ」というフレーズについてです。前回にもご説明しましたが、イエス・キリストについて告白する使徒信条の部分は、イエスの生涯を追うということで、ほかの部分に比べると物語的なのですが、と言っても今回確かにイエスの誕生という、8月にはまったく季節外れの内容ですが、しかしそこにはヨセフも、羊飼いや天使たちも、飼い葉おけも、東方からの賢者たちは現れず、処女マリアについてだけ触れられています。そして使徒信条的に言えば、この「処女マリアから生まれ」ということがクリスマスという出来事の中心的な事件で、このこと抜きにクリスマスは語れない、ということを訴えているようです。
驚きの愚問ですが、イエスの誕生の祝祭をなんというでしょうか? それは何をお祝いすることでしょうか? 何をいまさら、さっきからこのメッセージの中にもすでに「クリスマス」という言葉が出てきているではないか、イエスの誕生のお祝いにきまっているではないか! ということでお叱りを受けそうな愚問なのですが、使徒信条を読むときに本当はもっと別の言い方から考えてみるべきお祝いではないか、ということにも気づかされるのです。ラテン語では(などと恰好をつける言い方ですみません)、この箇所は" natus ex Maria Virgine"と非常に簡単で、natusは生まれという動詞の分詞形です(ちなみにこの言葉からラテン語系統に属するスペイン語やイタリア語社会では、クリスマスという言い方よりも「ナターレ」(Natale)と言われています)。ということはその中心は「処女マリア」となるのですが、ではなぜマリアだけに関心が集められているのでしょうか。
これも使徒信条のお話を始めるときに、カトリック教会では使徒信条よりもニケア信条を告白するというお話をしましたが(6月6日)、ニケア信条は使徒信条を骨格としつつ、さらに説明的な言葉を補って肉づけされた内容となっていて、この部分は日本語では「おとめマリヤによって受肉し、人となり」とやや「丁寧な」説明を伴った表現となっています。一つは"natus"を単に「生まれる」ではなくて「受肉」するという言い方をすること、そして「人(人間)となった」というところです。受肉という言い方はまさに神学的な用語として難解のように思えますが、人間の体をとる、という意味ですから「人となる」ということはnatusの意味を別の言い方で繰り返して強調する、ということになります。では何が、誰が、「受肉」し「人とな」ったのでしょうか。そうですね、使徒信条で第一に告白される「神が」です。
クリスマスといってしまうと、イエスの誕生日ということで終わってしまいそうですが、それは神がイエスという幼児の形(もっとも幼く、弱い存在)で人間となられた、地上に来られた、その出来事、ですからキリスト教の信仰的な立場からすれば、受肉(英語でIncarnationと言いますが)のお祝いなのです。主の祈りで私たちは「天にまします我らの父よ」と、神を、天という私たちからは遠く隔たった、私たちでは達することのできない高みにおられる存在としてとらえるのですが、その神が、地上にもっとも小さな形として現れられた、私たちのごく身近に、私たちの間に来られた、だからマリアは人間的な営みのなかでではなく、聖霊によって、処女のままでイエスを生んだということが強調されるのです。
宗教改革者マルチン・ルターが作った「いずこの家にも」(讃美歌101番)という私の大好きなドイツの讃美歌がありますが、そのドイツ語の原題は「高き天より私は来た」(Vom Himmel Hoch, Da Komm Ich Her)で、第三節は「この子こそが主なるキリスト、わたしたちの神、必要な時はいつもあなたがたを導いてくださる、この子があなたがたの救い主となられ、全ての罪人を清くしてくださるのです」(ロビソン商会ホームページ訳 http://cockrobin.blog.jp/archives/16102284.html#:)となっています。イエスの誕生、それは神様が私たちのところに来られたということを祝う日、ヨハネ福音書の表現での「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」日であることを抜きに、語れないということ、だからこそその日、私たちは最も近く、直接に神様の愛を、力を、支えを、慰めを受けることができるようになった、ということを感謝するべきなのだ、ということを教えられます。
祈りましょう:神様、イエス・キリストを知ること、従うこと、そのことによってのみ私たちは神様の私たちとのつながりを確かなものとすることができます。だからこそ、今のさまざまに難しさを感じさせられる日々のなかで、落ち着きと信頼、そして愛と感謝をもって平安のなかに毎日を過ごせますように。主イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン
2021年7月4日(日)三位一体節第六主日
メッセージ 「イエス・キリストを信ず」 牧師 田淵 結
聖書の言葉 マタイによる福音書 16章13節~20節
先週の日曜日は芦屋キリスト教会として2か月ぶりにご出席を頂けたみなさまとご一緒に礼拝をすることができ、そのなかで新しく教会に置かれることになったオルガンの響きとともに神様を賛美することができましたことを、心から感謝したいと思います。ぜひ次回は7月の25日(第四日曜日)に、さらにコロナ状況が落ち着き、さらに多くの方にお集まりをいただいて礼拝ができますことを心から願っております。
さてコロナで礼拝をお休みしている間に、ペンテコステの翌週から私たちは使徒信条を通じて、あらためて私たちの教会の信仰について考えてまいりました。これまでの5回の日曜日は「我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず」という部分についてでしたが、今週からは「我は・・・イエス・キリストを信ず」という部分に移ります。ところでキリスト教の信仰を一番ストレートに表現すると、まさに「私はイエス・キリストを信じます」ということに尽きます。そして、キリスト教と言っても、そこには私たちのようなプロテスタントの立場、またカトリックとして世界最大のグループ、さらに東ヨーロッパを中心とする正教会(オーソドックス)に分かれますし、正教会などは、ギリシャ正教会、ロシア正教会などのように国にとって独自な組織を持ちますし、さらにプロテスタント教会は「信者の数だけ教派がある」と揶揄されるほど、いろんな教派に分かれています。私たちの芦屋キリスト教会はどの教派にも属さない「単立」の立場をとっています。また以上の教会は欧米の教会ですが、さらにアフリカ、アジアなどにも各地域の歴史に根差した独特のキリスト教か(エジプトのコプト教会など)や、そのほかに近代に成立した、いわゆる新(興)宗教的団体もたくさんあります。これだけキリスト教が世界的に多様性を持っているとなるとどれが「正しい」「本当の」教会かと考えると混乱させられてしまいます。しかしそのすべての「キリスト教」を名乗る教会の唯一の共通点は「我はイエス・キリストを信ず」ということ以外にはありません。あるいはこの言葉を中心的に置かない集団は、キリスト教という範疇には含まれないと私は思うのです。
ただし「イエス・キリストを信じる」という言い方は、それだけではあいまいな部分があります。「イエス・キリスト」を、というと、何か苗字がキリストで名前がイエスというような「存在(人物)」を教祖的に奉るような感じも持たされそうですが、そういう意味ではまったくありません。より正確に言うと「私はイエスをキリストだと信じる」ということなのです。どうも使徒信条の言葉の説明をすると、こむつかしくなってしまう(それが神学的ということなのですが)ので申し訳ないのですが、「イエス」というのは福音書の中心人物として描かれる今から2000年前にユダヤに登場した宗教的指導者(歴史的人物)の名前で、彼は、当時のユダヤ教の世界のなかで独自な主張を展開し、やがてユダヤ教指導者によって捉えられ、当時の宗主国であったローマ帝国の総督によって死刑を宣告され、十字架に死んだのです。それに対して「キリスト」はユダヤ人の言葉であるヘブライ語でいう「メシア」という単語のギリシャ語訳です。ユダヤ教では長いユダヤ民族の苦しみの歴史のなかで、やがてメシアという救済者が神から遣わされてくるときに、自分たちの運命は大転換し栄光の時を迎えることができる、という「メシア待望」的信仰を持ち続けていました。つまりそういう希望を持つことで、現実の苦しみに耐え続けてきたということです。そしてイエスの活動を通じてイエスのメッセージ触れた多くの人々が、このイエスこそユダヤ教が約束してきたメシアだ!との確信を抱くようになり、「イエスはキリストだ!」という言葉が最初のキリスト教徒たちにとって最も中心的で重要な表現となったのです。Jesus Christとかイエス・キリストというのは、単にある存在のことを意味する言葉ではなく、キリスト教の信仰の核心の表現なのです。
今日の聖書の言葉、マタイによる福音書16章の記事は、イエスの弟子ペトロがイエスに向かって「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた記事ですが、このペトロが世界で初めて「イエスはキリストだ!」とはっきりと宣言した最初の人物、つまり最初のクリスチャンということになるのです。ところでこの部分の聖書の翻訳について、私はいつも不思議に思わされることがあります。このペトロの言葉の部分をギリシャ原典の聖書でよむと「メシア」という言葉はありません。その部分はギリシャ語で「キリスト」となっています。ということは、この日本語訳聖書(日本聖書協会新共同訳)は、ギリシャ語の原文のキリストという単語をヘブライ語のメシアという言葉に訳している、ということになるのですね。これが新約聖書学を専門とする神学者の先生方の考え方によるのでしょうが、私自身はそのような翻訳、つまりそこに「キリスト」と書いてあるのに「キリスト」と訳さないというのは、ちょっと自分たちの神学的議論を優先しすぎではないか、といつも思わされているのです。私が子どものころに教会で読まれていた日本聖書協会口語訳聖書(1955年翻訳)でこの箇所は「あなたこそ、生ける神の子キリストです」とそのまま翻訳しています。ほら、やはりここでもこのマタイによる福音書16章16節をどう翻訳するかで、「メシア」派と「キリスト」派とが分かれてしまっているでしょう。キリスト教のまとまりにくさがここでも出てきてしまいます。
ただし本当の問題は、そこをどう訳すかということではないのです。むしろあなたはイエスをあなたの救い主として受け入れますか、ということなのです。「私はイエス・キリストを信じる」という言い方は、実は無条件というか無前提の表現とも言えます。もしそこになぜイエスはキリストなのか、という問いを立てると途端にキリスト教の解釈は千差万別となって、まさにまとまりがつかなくなってしまうところがあります。でもキリスト教の信仰は、解説や説明をし、納得して受け入れるということも一つの手段としてあります(神学という学問がまさにそうですね)が、それを信じるというときには、素直さ、率直さ、単純さのなかでの選択が求められるのです。このイエスが私とともにいてくださるということを、あなたの人生の大きなよりどころとなることを実感している。イエスの存在があるからこそ、私は今落ち着いて、安心して、どんな状況のなかでも平安を感じることができる、ということを知っているとすれば、そこには多くの議論など必要ないでしょう。むしろその議論がかえって信仰の妨げとなることがあります。ドイツの文豪ゲーテがファウストの最初のところで「あらずもがなの神学」とファウスト博士に語らせるのにも一理あります。
このマタイ福音書16章の記事のなかで、ペトロは「なぜイエスをキリストだと信じられるか」などという説明などはしませんし、イエスもその言葉だけを受け止め、ペテロをほめ、彼に天国の鍵を授けます。カトリック教会ではこの物語からペテロを初代ローマ教皇として位置づけ、天国の鍵はカトリック教会にだけゆだねられていることを主張し、組織の中心となる教皇庁礼拝堂は「サンピエトロ(聖ペトロ)寺院」と呼びますし、現在教皇庁のシンボルマークは鍵が用いられています。ただしこの物語では、その直後そのペトロ自身はイエスから「サタン!」と叱責される(マタイ16:23)ことにもなるのですが。
使徒信条が、「私はイエス・キリストを信じます」と神への信仰に続けて告白するのは、それを告白するひとりひとりと、そのことに私たちが気づかないでいても、イエスが共に歩んでおられる、そのひとりを愛しておられる、受けとめ、かかわりをもっておられる、ということが前提になっているようにも思えます。それを「メシア」と訳すか「キリスト」と訳すかということよりも、あなたはそのことに気づいていますか?という問いかけがここにあるようです。
祈りましょう:主イエス・キリストの父なる神、今日もイエスを通じて私たちに与えられるあなたの守りと支え、お導きを感謝します。あなたは私たちの思いを超えて、イエスを私たちの身近に送って下さっています。しかし私たちの忙しさのために、様々な思い煩いのために、私たちはそのことを見ること、感じることができないでいるのでしょう。どうぞ私たちの目を開き、感覚をよりすまされたものとし、イエスとの日々の出会いを実感できる者としてください。特に今あなたの助けと慰めを求めているひとたち、豪雨災害のなかで苦しむ方々、またコロナの状況のなかで不安に置かれている人々、それらの人々のために懸命の働きをしておられる方々に、あなたの勇気と励まし、そして希望をお与えくださいますように。私たちの主、イエス・キリストのお名前によって、この祈りをささげます。アーメン
2021年7月11日 三位一体節第七主日礼拝
説教 「神の独り子・・・イエス・キリストを信ず」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネによる福音書3章16節~20節
この夏の東京オリンピックの開催がいよいよ迫ってきました。コロナによる緊急事態宣言の東京での開催、結局お客さんは入れない(関係者ば別)ということのなかではたしてどんな大会になるのか。まさに「突っ込みどころ満載」の開催となることでしょう。どうも私のオリンピックの記憶として鮮明に残っている映像に「John 3:16」というプラカードを膝に置いて座っている人というものがあります。最近はそれができなくなったのか、映像に移らないようにされてしまったのか、実はオリンピックだけではなく世界的なあちらこちらのイベントにも登場しておられたようです。そして残念ながらその方は今年のオリンピック映像には完全に登場できなくなったのでしょう。いや大会関係者だったら別ですが。
その方このプラカードを掲げ続けられたのは、このヨハネによる福音書3章16節こそ、キリスト教的に(その方が)考えてもっとも聖書の、あるいは信仰の核心を表現する一節だと思われたからでしょう。そして使徒信条も、イエス・キリストについてまず「その独り子」を語るのです。ただし、新約聖書には、「主の兄弟ヤコブ」という人物が登場します。この人物についてもいろいろ議論がありますが、彼が最初期のキリスト教で指導的な役割を果たしていたことも聖書で証言されているところを見ると、イエス自身との関係の近さが認められていたのでしょうか。ただし、使徒パウロは彼の立場に対してかなり批判的でした(ガラテヤ書1:11)。そしてこのヤコブ自身は聖人として崇敬されてもいます。ただし使徒パウロが彼に対して明確に示した姿勢のとおり、彼が最初期のキリスト教会の中で重要な役割を果たしたとしても、彼自身が神格化され、礼拝されるという意味ではなかったはずです。特にヨハネによる福音書は、その最初のところで「血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれた」(ヨハネ福音書1章13節)と宣言もしているのです。
前回「イエス・キリストを信ず」について、それが「イエスをキリストと信じる」という意味だと説明をしましたが、もう少し丁寧に言うと「イエスだけをキリストと信じる」ということなのです。このイエスだけ、というところをキリスト教会は決してあいまいにしては来ませんでした。そのもっとも中心的な考えは、キリスト教において人間という存在と神との「関係」というか、もっとはっきりといえば、聖書の語る神は人間存在の延長線上にはいない、ということでした。創世記で人間(アダム)は土(アダマー)から造られたという物語、そして人間は常に自分はアダム(アダマーに由来する)だと言われるのは、まさに人間と神との絶対的な違い、断絶という理解が聖書的信仰の土台となっているからです。
今日の聖書の言葉であるヨハネによる福音書3章の最初のところにニコデモという当時のユダヤ人社会で指導的立場にある人物が登場しますが、イエスと彼の対話が大きくすれ違う時に、まさにこの問題、霊から生まれる者(神によって遣わされた者)と肉から生まれる者(母胎から生まれる者)とがテーマとなり、ニコデモはそのことを全く理解できなかったようで、突然彼はヨハネ3章の記述から姿を消してしまいます。そしてヨハネ福音書におけるイエスの論点は、神の独り子が「人間か否か」というところにではなく、神が「世を愛された」というところにあるのでしょう。つまりイエスは人間だという理解は、どこかで神という存在を人間の延長線上にとらえようとする立場をあらわしていることのようです。どうしても創世記1章26節で人間が「神に似せて」造られたという表現から、そういう理解が始まる、つまり人間を深く考えればそこに神とのつながりがあるはずだ、という期待にもよるのでしょう。しかしあくまでも人間は神によって造られた存在「被造物」として神との絶対的な断絶を主張します。その前提のなかで、その人間の世界にイエスが神の独り子として登場すること、それは神の側からその断絶を超えようとされた、人間の側からは絶対に不可能なことを神の側からその道を開かれた、という主張なのです。どうしてもややこしい言い方になりますが、「敢えて!」言えば、神様の側からボールが投げられた、さて、人間(私たち、あなた、私)はどうするか、というところなのでしょう。ヨハネ福音書一章の言葉にあるにように「言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。」という姿勢を貫くのでしょうか。そのとき、私たちの社会はどうなるのでしょうか、いやどうなってきたのでしょうか。「血(筋)によって、肉の欲によって、人の欲によって」動かされる社会が存続し続けているのではないかと強く思わされるのですし、最初のキリスト教会が成立するときの使徒パウロのヤコブに対する批判も、その点を指摘しているのでしょう。そのような世界のあり方を「打破する」ことのために、イエスのみがその道筋を示された、イエスをキリスト、つまり神の独り子と信じ受け入れることのなかに、私たちが「神に導かれて生きる」という確信のなかで、私たちが平安のなかに生きる唯一の可能性が開かれてるのです。
祈りましょう: 神様、私たちの思いを超えてあなたが私たちに迫って下さることの確かさを、イエス・キリストを信じることのうちにあることを改めて、私たちに示してください。私たちの目と、耳と、心を開き、神の独り子としてのイエス・キリストとの出会いを確かなものとしてお与えください。豪雨の被害のなかにある方々に、あなたの守りと支えをお与えください。主のみ名によって祈ります。アーメン
2021年7月18日 三位一体節第八主日礼拝
説教 「我らの主、イエス・キリストを信ず」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 フィリピの信徒への手紙2章1節~16節
リーダーシップという言葉がよく私たちの周囲で用いられます。どんな集団でも、その集団をまとめ、統率し、共通の方向に導く、指導力とか統率力を本当に発揮できる指導者を意味しますが、リーダーシップが高いとか低いとかいう言い方でその指導者が評価されることもあります。私もその言葉自分でもよく使うのですが、ふと考えるときその意味している内容が一様ではない、使う人によってさまざまに、自分に「都合よく」用いられている気がしてなりません。私はサラリーマンとして働くという経験がないのですが、例えば一般の会社の方向性は誰が決めるのでしょうか。社長とよばれる立場の人でしょうか。では社長さんが決める方向性とは何に基づいているのでしょう。会社の業績を最高に高めるためだとして、なぜ業績を高めなければならないのでしょうか(というような疑問を持つこと自体、私が実社会に無知であることを示しているのかもしれませんが)。
会社の業績が高まるということは、もしそれがオーナー企業であれば、社長さんご自身の収入増加のためでしょうね。でも会社というのがカンパニーとかコーポレーションと言われるとすれば、いくらオーナーであってもそれは集団なので、集団全体への福利につながることも求められます。社員の給与の上昇、それによって社員の家族の生活の安定、その水準の向上も期待されるています。あるいは株式会社という言い方をする会社だとすれば、出資者への配当の上昇も期待されています。投資家の期待に応えるというのも社長さんの責任でしょうね。そこで、その会社が収益最優先という社長さんの経営方針であったとして、では収益のためにはどんな手段を使ってもよい、ということには絶対になりません。消費者のニーズも大切です、消費者に歓迎されるビジネスでなければ、結局その組織は長続きできなくなってしまいます。さらに、その会社の工場が周囲の環境を汚染、破壊するような生産活動をすることはゆるされませんし、その点を広くとると、SDGsなどに代表されるグローバルな課題に対して無理解、無神経ではその企業は社会的な批判にさらされるでしょう。つまり例えばある企業の社長さんに期待されるリーダーシップの内容というのは実に多様で、多くの期待にきちんと応えながら指導力を発揮するということは、決して社長さんの個人的な思いをその組織に押し付けるといういわゆる従来から言われるトップダウン型だけでは限界があるようです。
少し前から企業などのあるべき役割としてフィランソロピーという言葉が用いられるようになりました。日本語では企業的にいえば「社会的責任を果たす」ということになるのでしょうが、この言葉はもともとギリシャ語の「phil」(愛する、フィロソフィー=知を愛することから哲学、フィルハーモニー=交響楽のフィルです)と「anthropos」(人間、アンソロポロジー=人類学)ということで、その企業が人間を愛するということを基本にすべき、ということになります。私自身、その考え方の本当の意味での原点はイエスの生きざま、とくに今日の聖書のことばの、フィリピの信徒への手紙のパウロのことばにあるように思います。パウロはここで、イエスの生涯を「従順」(8節)という言葉で表現します。何よりもその父としての神への従順を生涯にわたって徹底し十字架の死へと進まれたこと。そしてその従順は、この地上にあっては僕(Servant)としての生活を送られたことで示されたのですね。福音書を繰り返し読む中で、彼は多くの人に仕え、その重荷を共に負い、悲しみを癒し、希望を与え続けられました。そこにイエスは神様が私たちひとりびとりを愛されたという、その思いを私たちに伝え続けられたということを語ったパウロは、だからこそ「天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、11 すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるのです」(10節)と結論づけます。
イエスが主である、というのはその生涯にわたって僕となり続けることで私たちに、他者を愛することの本質と大切さを示されたこと、だからこそ私たちもイエスの生きざまに習う、まねる、パウロのことばによれば「今はなおさら従順で」(11節)あるべきだと訴えます。他者に仕えることによって、イエスを私たちが主と呼ぶ、私たちはそのイエスの生きざまに従う、そこに聖書のかたるリーダーシップの本質があるようです。近年サーバントリーダーシップという言葉もよく言われるようになりました。ただしそれが聖書的に徹底されるとすれば、サーバントリーダーシップは単に、社員、株主、消費者などに奉仕するという意味では終わらないのです。イエス・キリストの父なる神に仕えることが原点となるべきなのですね。確かにキリスト教では、礼拝を英語ではServiceと呼び続けています。日本の社会ではこの点が全く抜け落ちているのですが、サービスはまさに神への奉仕から始まる、ということがなければ、そのサービスは結局、どこか的外れで不十分、あるいはまったく誤解されてものとして終わってしまうのかもしれません。
祈りましょう:イエス・キリストの父なる神様、どうぞ私たちが生きる集団のなかにおいて、よきリーダーのあり方を常に考えることのでき一人にしてください。その立場が集団に対する責任を負うなかで、まずなによりもあなたに仕え、あなたの愛をその組織のひとりびとりに伝え、分かち合う役割をおうべきものであることを教えてください。そのためにもより聖書を通じ、イエス・キリストの歩みを共にできる者としてくださいますように。主のみ名によって祈ります、アーメン。
2021年7月25日 三位一体節第九主日礼拝
説教 「主は聖霊によりて宿り」 田淵 結 牧師
聖書の言葉 ヨハネによる福音書3章1節~15節
使徒信条で私たちが神様を三つの位格(ペルソナ=お面)をもつ一つの存在と考えるという、キリスト教神学(信仰の考え方)の基本が述べられているなかで、私たちは7月に入ってから「イエス・キリストを信じる」という、使徒信条の第二部にあたる部分を考えてきました。この第二部というのは、最初の「神を信じる」、第三部の「聖霊を信じる」という箇所とはとても違った内容となっています。それはここだけが「物語的」になっているからです。つまり福音書に描かれるイエス・キリストの生涯がなぞられてゆくのです。「主は聖霊によりて宿り」はあのルカによる福音書の最初に記される天使ガブリエルがマリアにイエスの受胎を伝える「受胎告知」の記事ですし、「処女(おとめ)マリアより生まれ」はクリスマスですね。だから使徒信条のイエス・キリストについての部分は、私たちにも理解しやすいというか受けとめやすいように思われます。使徒信条のお話を始めた最初のころに、カトリックの礼拝音楽の代表である「ミサ曲」について触れましたが、その第三部はニカイア信条(クレド)と呼ばれる部分のこのイエス・キリストについての場面になると、私はより一層興味深くそれを耳にするのです。というのも作曲家がその信条のなかのひとつひとつの物語をどう音楽にしているか、というところが、言い方は変ですが「面白い」のです。同じミサ曲の第二部は「グローリア」ですが、この部分もあのルカによる福音書のクリスマス物語で、羊飼いたちに天使がイエスの誕生を告げた後、神を賛美して歌った合唱「いと高き所には栄光、神にあれ。地にはみこころにかなう人々に平和あれ」なのです。とすると、歴代の作曲家はクリスマスの夜羊飼いたちが耳にした天使の合唱を、それぞれの作品で「再現」しているのです。
天使の合唱! 言葉でいうのは簡単ですが、それは本当はどんなものだったのでしょうか。それは人間がそれまで聴くことなどなかったような響きだったことでしょう。ですから作曲家たちは、彼らが今まで学んできたこと、経験したこと、教えられたことなど、自分がこれまで蓄えてきた音楽性、芸術性などを超える音楽を作り出すことに全力を集中したのです。それは人間を楽しませるものでは全くなく、神という存在に捧げられる作品だからです。ぜひみなさんも歴代の大作曲家のミサ曲を聞いてみてください。いや作曲家だけでなく演奏家もまた、天使の合唱の再現が求められているのですね。ところが作曲家のなかには、職業的に作品をうみだすだけの人たちもいました。その人たちも音楽(学)的には優れたものを持っており、自分の経験のなかで「それなり」の作品を残してはいるのです。それはあくまでも彼らの「才能の範囲内」で生み出されたもので、当時の人々には評価されるレベルで、そのレベルを打ち破り、それを超えるものを求めようとはしなかったし、「それなり」の作品でも結構需要もあり、それで収入も確保できたのでしょう。
つい私の興味(素人なりの趣味?)から音楽の話になりましたが、今日の聖書の記事、ヨハネによる福音書に登場するニコデモという人物がある意味「それなりの作品」しか残せなかった作曲家たちの姿に重なるのです。ニコデモは当時のユダヤ人(ユダヤ教)社会ではかなりの有力者であったようです。そして彼がイエスと信仰についての議論をします。そこでイエスは信仰によって生きるということは、従来の人間の常識や経験を超える(棄てる)ところからしか始まらない、つまり神の国(支配)は人間の国(支配)とはまったく違ったもの、異なるレベルで向き合うべきだ、「新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」(3節)と語るのです。ところがニコデモはあくまでも自分の理解できる範囲(理解能力の枠)で信仰をとらえようとするので、人間が「もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか」(4節)と、まったく話がかみ合わないのです。そして私たちがいくら自分たちの体をつかって(手足で)「風」を捕まえようとしても全く無理だという説明が続きます。ここでも「風」というギリシャ語の単語は「プネウマ」で「霊」とも訳される言葉です。さらにイエスは「霊から生まれる者」と「肉から生まれる者」(8節)ということばで、改めて問題をとらえなおそうとするのですね。
このニコデモの姿を見ながら、日本の教育ではまったく視野にも入ってこない発想がそこにあります。学習という言葉は「学ぶ」「習う」とどちらも先人の功績を追う、習得するというところ、あくまでの「人類の英知」の蓄積のみが前提となっているのです。だから成績評価にしても入試結果にしても、結局は「どれだけがんばって勉強したか」が勝負!となるのですね。でもおそらく多くの人たちが気づいているように、これだけ東大というところに全国から最高の学習成果を収めた学生たちが集まっているのに、日本社会はちっともよくならないのでしょう。大多数の国民が安心で安全で、豊かに、楽しく暮らす社会の実現など、夢物語に終わっているのはなぜでしょう。結局そこには、知的なもの、つまり人間的な努力だけではどうにもならないレベルの存在、そのような世界への感覚(感じ方)、視点(観方)がまったく受けとめられないで終わってしまっていることなのです。その社会に対して「信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。」(15節)。つまり「十字架につけられたイエスを信じることによって、すべての人が神様に愛されながら、安心して生きる可能性が開かれる!」と語りかけても、まったく通じない、相手にされない、状況しか日本の教育(社会)は作り出せなかったのです。
「主は聖霊によって宿り」という部分は、人間の知的理解ではとらえきれない内容としてキリスト教会では実は「ミステリー」と呼びます。どうもこの言葉は一般化(世俗化)されすぎてしまったのですが、人間には解明しえないもの、だからそのことをそのままに受けとめ(信じ)るという向かい合い方を通じて、私たちの側の考え方ではなく、神様の考え方を中心として生きる生き方を求め続けることのなかで、私たちのうちに「新たに」生まれてくるものがあることを信じて待ち続けること、それが私たちの信仰生活の出発点であり、基本なのです。
祈りましょう:神様、私たちはどうしてもすべてを自分で理解し、納得し、それによってあなたへの信仰を求めようとし続けています。しかし、あなたが私たちの思いを超えて、まったく新たな私たちの人生の一面、つまりあなたに愛され、守られ、生かされているという私たちのあり方を見つけだし、見つめ続けることができますように。主のみ名によって祈ります。アーメン
「我は…信ず、クレド」 牧師 田淵 結
聖書のことば:ヨハネによる福音書21章20~12節
先週から教会のカレンダーでは「三位一体節」、教会を考える半年がはじまりました。そこで今日から毎週日曜日のメッセージは、教会ってなんだろう、ということをお話してみたいと思います。そこでその手がかりとなるのは、もちろん聖書の言葉ですが、もう一つ使徒信条という文言も同時に考えたいと思うのです。信条というのは、キリスト教会自身が、自分たちがキリスト教を信仰する組織であるということなのですが、ではその信仰とは何を、どう信じているのか、ということを簡潔な言葉で要約したもので、教会ではその文言を礼拝のたびに、自分たちの信仰を常に確かめる意味で礼拝をする全員で唱え続けてきたのです。私たちの芦屋キリスト教会も、その前身である芦屋打出教会時代の礼拝からずっとそれを、朗読(つまり声に出して読む)し続けてきたのです。
ところで私自身は、音楽を演奏することは全くできませんが、クラシック音楽を聴くことはとても好きで、そのなかでもキリスト教から生まれた音楽をほぼ毎日耳にしています。音楽ですからメロディーなどの美しさに心惹かれますが、同時にキリスト教音楽の場合、その歌詞がどう歌われるているのかを考えるとき、自分の聖書の読み方をその作品から考えさせられることもあります。もちろんその歌詞の多くは聖書からとられているからです。そして「信条」ですが、厳密にいえば私たちと信仰内容は異なりますが、カトリック教会の礼拝(ミサといいますが、私たちプロテスタント教会ではミサという言葉は使いません)のための音楽、ミサ曲というジャンルの作品があります。本当に多くの作曲家がミサ曲を書いているのですが、その第三曲目が「クレド」という部分で、これがカトリック教会で唱えられるニカイアコンスタンチノポリス信条を歌詞とするものです。そしてこの信条の原型としてよりシンプルなものを私たちが使徒信条として毎週読んでいるのです。
ミサ曲ではラテン語で歌われるものが多いのですが、一つひとつの言葉がよくわからなくても使徒信条を知っていると、ああ今はこの部分かというところで、例えば「主は聖霊によりてやどり、おとめマリアより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがえり」という部分などは、それぞれの作曲家がイエスの生涯の重要な出来事をどう音楽にしているのか、というところがとても興味深く聞き取れるのです。つまり作曲諸氏もまた、その作品を通じて自分のイエス・キリストに対する信仰をその作品を通じて表明(告白)をしているのです。
使徒信条ですが、日本語ではその最初が「我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず」という文章になってしまって、日本語の構造から原文の意図があいまいになってしまっています。欧米系の言葉でよむと「私は信じます」(英語ではI believeですし、ラテン語ではCredo(ラテン語やギリシャ語では主語はその動詞の形でわかる)という言葉から始まるのです(ですからミサ曲の信条部分がクレドと呼ばれるのです)。つまり最初に私、自分自身の信仰態度をはっきりと表明するのです。イースターの直後、復活したイエスと弟子ペトロの対話の中で、ペトロがほかのひとのことについて「主よこの人はどうなるのでしょう」と心配するところがあります。それにイエスは答えて「あなたに何の関係があるか。あなたは、わたしに従いなさい。」(ヨハネ福音書21;22)と答えられたのです。とても厳しいような、冷たいようなイエスの答えに驚かされますが、実はキリスト教会の信仰の出発点の基本は「私」なのです。私と神様の関係、イエス・キリストが私を愛しておられることの実感、それが出発点ですね。使徒信条を私自身、もう何十年も暗記して口にしていますけれど、その最初の言葉、「我信ず」という最初の一言によって、「あなたは私に従いなさい」というイエスの招きに本当に私自身が答えているのか、ほかのひととの関係、世間的とでもいうようなつながりのなかで、「あなたはどうなのか」ということをあいまいにして毎日を過ごしている生き方を振り返らされる思いがします。
祈りましょう。主イエスキリストの父なる神様、私たちがあなたとともに生きること、それはまさに私自身とあなたとの関係、私をイエスが愛してくださることをまず第一に考えること、だからこそ様々な場面で私自身の姿勢、態度が問われていることを教えられます。どうぞあなたのまえで私自身がどのようにふるまうべきかを教えてください。そのときに私たちが覚える戸惑い、弱さをあなたが助け、自分の生涯を歩み続けるものとならせてください。主の御名によって祈ります。アーメン
2021年6月13日(日) 三位一体節第三主日
説教 「われは天地の造り主を信ず」 牧師 田淵 結
聖書のことば 詩編8編
近年SDGsという言葉をよく耳にするようになりました。国連が提唱する持続的発展計画ということで、これまでにMDGsなどがあったものの後継プログラムなのです。MDGsのMはミレニアム、つまり2001年から紀元3000年期(つまり21世紀開始)となるまでに地球的規模のも問題を解決するための計画、結局目的を達せずそれがSDGsへと引き継がれたということのようだ。つまり目標を立てるけれどその実現はなかなか困難、今回のSDGsも、国連、各国政府、日本でも政府・企業、教育機関などが力を合わせて推進するということで、MDGsよりは知名度は上がったとはいうものの、さてその成果はとなると、とやや冷ややかにどうも私はそれを見つめてしまうのです。もちろんやらないよりはやるほうがいいというところはあるのですが。
その冷ややかさの大きな理由が、MDGs、SDGsにしてもその基本的な思想というか理念が、聖書的に考えると根本的に違うのではと思わされてならないのです。つまりそれぞれにあるD、つまりDevelopment(発展、開発)というとらえ方つまり人間中心の視点の問題性なのです。聖書では世界はすべて神様が造られた、神の創造によるものと旧約聖書の最初、創世記の1章1節で「初めに、神は天地を創造された」と宣言されています。その天地のなかに人間が、神の似姿として最後に創造され、その「支配」をゆだねられます(創世記 1:28)。としても人間は自然の一部として位置づけられ、神の造られた世界の管理者、その秩序の維持者としての役割を担う存在のはずなのです。
支配するという言葉を英語ではruleといいますが、ruleは決まり、規則という意味ですからそこで人間が好き勝手に何をしてもいい、ということではなく教会的な表現でいうと「神の造られた自然」、別にキリスト教に関心のない方でも「自然のルール」「自然の摂理」に従うべきという前提がそこにあります。ところが開発とか発展というと、例えば天然資源が発見されると、それは人間の生活の向上のために、人間が自由に使っていいということで開発が行われてきたのです。産業革命以後はとくに石炭、石油、そして放射性物質まで。しかしその結果、人間の思いをはるかに超えて自然環境が破壊され、私たちの生活そのものが脅かされてきた結果、なんとかそれを食い止める意味でのMDGsやSDGsが打ち出されてきたのですね。でもそれらの計画の基本は、結局地球的自然は人間の豊かな生活のために開発利用される資源としてしかとらえられていないのです。
その時に私は神が世界を創造したという言葉の重さを感じさせられ、そこでの人間の立ち位置を考えさせられるのです。神が天地を創造した、という言い方は人間はすべての自然の一員として創造されており、決して自然界の自分勝手に何事もできる支配者でも権力者でもない、ということの表明なのです。もし人間が自然の支配者ぶって行動することは、やがて自然秩序を破壊する、ということが聖書という書物のもっとも最初にうたわれているのでしょう。詩編8編の詩人もまた同じメッセージを訴え、「6:神に僅かに劣るものとして人を造り/なお、栄光と威光を冠としていただかせ 7:御手によって造られたものをすべて治めるように/その足もとに置かれました。」と記します。人間が神の造られた世界を治めるというのは、神のごとく自然に対してふるまうということではないのです、なぜなら人間は神ではなく、神に「わずかにおとる」存在でしかないからです。でもいつのまにか人間はそれがわずかであるからこそ、自分の不完全さを忘れ、神のごとくふるまい、結局自然を破壊しながら生きてきたのです。
SDGsの取り組みを考える前に、私たち自身の姿勢、態度を振り返るべきではないでしょうか。私たちは自然に対して、教会的な言葉でいうと天地を創造された神様に対して「謙虚」になりえるのか、ということです。そして自分の快適さ、豊かさ、あるいは欲望のために自然を利用する立場にはない、ということ、むしろ自然の営み(秩序)のなかでの生活をすべきではないのか、ということです。だからそれは、私たちの目には進歩や発展ではなく、退歩、後退と見えるかもしれません。でもそれを知ることこそが、私たちが神にわずかに劣る存在であることを体験することに他ならないのではないでしょうか。そして詩編の記者はいいます、そのような私たちに神様は目をとめてくださる、ということを。
祈りましょう: 神様、私たちの傲慢をおゆるしください。私たちだけの快適さ、豊かさのために、あなたが造られた自然を破壊し、それを深く傷つけながら毎日を過ごしていることを。私たち自身があなたに刃向かう者であることを。しかしその私たちにあなたは目をとめ、活かしてくださいます。神様、あなたとともに生きる日々のなかで、私たちが直面する問題への解決をお与えください。私たちがあなたに造られ、あなたに愛されていること、そのなかで私たちが自然を愛し、自然環境のなかに共にすむ多くの命を愛しながら日々を送らせてください。主のみ名によって祈ります。アーメン
2021年6月20日(日) 三位一体節第四主日
説教 「われは全能の神を信ず」 牧師 田淵 結
聖書のことば ヨブ記9章6~12節
キリスト教のカレンダーでいう三位一体節の日曜日、つまり教会ってなんだろうということをテーマとして過ごす半年の第4度目となりますが、使徒信条を通じてそれを考えています。その信条の最初のところは「我は全地の造り主、全能の 父なる神を信ず」と、私たちが神様をどう考えるべきかを語っているのですが、例えば「全能の」ということばなど、どうも私たちはつい大きな誤解をしてしまいがちなのです。
全能、もちろんなんでもできる、イエスの言い方をすれば「神は何でもできる」(マタイ19章26節)ということなのですが、そこで私たちは、じゃあなぜ、この世の中にはいろんな事件や事故、不幸なできごと、あるいはもっと個人的に、いくら神様を信じても自分自身の毎日がなかなか思うようにいかない、うまくいかないことが、多い(多すぎるのか)と思ってしまうのです。神様はなんでもできるはずなのに。
もう何十年も前にテレビで観た「世にも不思議な物語」というもちろん白黒の、アメリカのシリーズ番組をなぜかずっと私は記憶しています。その内容が、いつも周囲の人々に対して不満ばかりを感じている一人の男性(おじいいさん)が、なぜみんな自分と同じように考えないのか、そうなればもっと社会は住みやすくなるはずだ!と思い続けていて、ある日目覚めると社会がまさにそうなっていたのです。早速おじいいさんが町に出かけてゆくと、社会は周囲を批判し、不満ばかりを言ってる人ばかりになっていた、ということだった、ということなのです。つまり私たちは神様が「なんでもできる」と聞かされると、自分たちにとって都合のいいことをなんでもしてくれる存在、と「誤解」してしまい、自分たちの思う通りにならないと不満を抱き、疑いを持ち、神の存在などを簡単に否定してしまうのです。でもその状態は、むしろ私たちが自分の都合のいいように神様を持ち出してきて、自分の思い、ある意味欲望を実現させようとしている神様をそのように利用してしまっているのです。
旧約聖書のヨ内容がヨブという主人公とその友人たちとの論争、神様は本当に正しいのか、それを本当に信じられるのか、と自分の体験のなかから主張するヨブと、当時の常識的な考え方のなかで神の正しさを主張する友人たちとの論争が長々と続きます。ところがその論争がなぜ始まったのか、という説明の物語が第1章に記されます。登場人物は神様、ヨブ、そしてサタン(といっても悪魔ではなく、天使=神のメッセンジャー)です。そして神はサタンに対して、地上にヨブほどの信仰者はいないだろう、と自慢するのです。するとサタンは、サタンは「ヨブは利益もないのに神を敬うでしょうか」と答えるのです。ある意味これがサタンという存在が恐れられ、嫌われる理由ではないでしょうか。つまり私たちは表面的には立派に、信仰的にふるまっていても心の中はまったくちがう、自己中心で、自分のことしか考えず、ということを、神様の前でズバリと言い当てる存在だからです。そこで神様はヨブを試す、つまり彼に徹底的に不幸を与えて、それでも神を信じるかということを見ようとされる、そこでヨブはそんな苦しみの中でなぜ神「など」信じられるのか、と論争を始めたということなのです。
聖書にこんな「きまぐれ」のようなことをする神様が登場するのも不思議なのですが、実はもし私たちが本音として「自分の利益」のために神を信じるということになっているのなら、それは信仰ということが自己中心的な生き方を生み、エゴイストな人ばかりの、自分の主張の正当化のために神様、あるいは宗教を利用する社会をつくってしまうのです。中世の十字軍のきっかけはローマ教皇の「神がそれを欲したもう!」という呼びかけでした。ナチスもキリスト教を利用してユダヤ人を排斥し、ある意味大日本帝国も天皇を神格化することによって、自国の主張を貫こうとしました。
神が全能であるということ、それはそのような自分のことだけしか考えられない私たちの生き方をするどく問いかけ、それについて考えさせ、改めさせることがおできになる、ということ、私たちの生き方を常に正してくださるというところから考えるべきなのでしょう。イエスがゲッセマネで「しかし、私の願いどおりではなく、御心のままになさってください」(マタイ26章39節)と祈られたのは、まさに神様が全能であることを信じての祈りだったのです。
祈りましょう。
全能の父なる神様、あなたは世界をつくり、私たちを生かしてくださいます。その世界を私たちだけの豊かさのために、自分の幸せのためだけの場所とすることなく、多くの生命と、また人々とともに生きるためにあなたが働かれることを、その全能の力が用いられていることを私たちが気づくことができますように。あなたの前での謙虚さをあたえ、私たちの自分を最優先しようとする生き方を改め、隣人への愛をもって生きる生き方を教えてください。なぜなら、私たちがすでにあなたから深く愛されているひとりびとりなのですから。主のみ名によって祈ります。アーメン
2021年6月27日(日) 三位一体節第五主日
説教 「われは父なる神を信ず」 牧師 田淵 結
聖書のことば ルカによる福音書 15章11節~24節
先週は父の日でした。その起源は実は母の日があってなぜ父の日がないのか、というアメリカの一少女の疑問から生まれたといわれます。彼女のお父さんはとてもやさしいお父さんでしたが早くに亡くなりました。だから彼女にとってはなぜ母の日があって父の日がないのか、ということがより大きな疑問だったのでしょう。その思いがアメリカ全体に広まったというのも、すごいなと思わされます。今の世界、SNSのネットワークが張り巡らされ、無限の情報が飛び交う中で、一人の少女の思いが国を動かすことなどもできないのはなぜでしょう。
それはともかく芦屋キリスト教会はペンテコステ(5月23日)の次の日曜日から毎週、教会のカレンダーの「三位一体節」というシーズンだからこそ、キリスト教の信仰の内容について、使徒信条を通じてそれを考えてきています。その順番では先週が「全能の神」ということで今週が「父なる神」ということになったので、父の日から一週間遅れのメッセージとなりました。しかし、20世紀の後半から男女平等論、あるいはフェミニスト運動などの影響がキリスト教にもインパクトを与え「父なる神」という言い方は問題だ、ということで例えば私自身も、礼拝の最後の祝福の祈りにおいては「父なる神」ではなく「いのちの源なる神」と言うことにしています。しかし、キリスト教が2000年にわたって告白してきた使徒信条は、依然「全能の父なる神を信ず」を「変える」議論は、キリスト教全体では起こっていません。それほどキリスト教としては「父なる神」理解が徹底しているからでしょう。
例えばマタイによる福音書冒頭のイエスの系図も、父系中心で、アブラハム~ダビデ~イエス・キリストとなっています。もちろんその系図のなかに女性が登場しますし、彼女たちは聖書の歴史の中でとても重要な働きをしています。それが聖書の語る人間の歴史の現実ということなのでしょう。そして今日の聖書の箇所であるルカによる福音書15章の放蕩息子のたとえ話も、中心点はは父親の物語なのです。そこで少しこの父親に注目して聖書を読むと、(1)彼は非常にたくさんの財産をもっていた、そして(2)息子に言われるままにその財産を分けてやった。ということがまず考えられます。なぜこの父親は何も言わずに財産を分けたのでしょう。子どもに甘かったのか、子どもを信頼していたのか。ところがその息子が落ちぶれて帰ってくると、彼を大歓迎し、盛大なパーティを開きます。そのことでまじめに父親のもとで働いてきたもう一人の息子、兄のほうが不満を言う部分は今日のテキストでは読みませんでした。そのときに私たちがさらに気づかされるのは、(3)息子が帰ってきたことに最初に気づいたのはこの父親で、父親が出て行って息子のことを毎日気にしながら、その帰還を待ち続けていたのです。そして(4)そしてこの父親は英語で言えばForgiving Father、息子をそのままに受け入れる存在でした。やはり彼は子どもに甘すぎるのでしょうか。
使徒信条を考えながら、とくにその中の神についての言葉をゆっくりと考えてきた私たちが、今日のルカによる福音書の物語を読むと、まさにこの父親こそ使徒信条で私たちが告白し続けている神様そのものだ、ということに気づかされます。天地の造り主、つまりこの世界を所有し、支配しているもの、無限の豊かさを持つ存在としての神であり、全能ということ、つまり私たちの持つ人間的な常識などという判断を超えて、息子の求めに応じ、息子が失敗してかえってきてもそれを咎めたり批判したりすることなく、無条件に受け入れることができる存在なのです。そしてこの物語のなかでこの息子は、父親から実はもっとも大きな「財産」を与えられていたことに、彼が物質的な財産を使い果たした後はじめて気づいたのです。「彼は我に返って」ということです。我に返る、自分はいったい何者なのか、どう生き、考え、ふるまうべきか、ということにそこで初めて気づいたのです。この息子はそのことに気付けるように、父親から育てられていた、ということでしょう。つまり(5)人間にとってもっとも大切なものに気づく思いを与えつつ子どもを育ててきた存在、だったのでしょうし、その意味でも「全能の」存在なのです。
「天地の造り主」についてお話をしたときに、SDGsのことにふれて環境問題的なお話をしました。このルカによる福音書の物語でもそのことが感じられます。神様はこの自然の豊かさを私たち人間に「遺産」として託されたのでしょう。でも私たちはもはやそれを使い尽くそうとしていますし、私たちの生きざまのなかで環境はどんどん破壊されていきます。アメリカ西海岸の日照りの深刻さなどもその一つでしょう。そこで私たちはさて「本心に立ち返る」ことができるのかどうかを問われているのです。この息子がせっぱつまったときに父親を思い出し、父のもとに帰ることを決断したように(実は「悔い改める」という言葉のもとの意味は「本来の場所に帰る」という意味です)、私たちも帰るべき場所に帰るということから、今の環境問題を考えているでしょうか。それとも、絶望してしまって何もしないのか、いや何とかなる、何とかしなければと目標のないままにそこで頑張り続けるのでしょうか。使徒信条を告白するたびに、わたしたちはそこに私たちの今の生きざまに対する大きな問いかけがあることを思わされるのです。
祈りましょう:神様、私たちがあなたから与えられる大きなもの、この自然の豊かさのなかで気づかずにおり、忘れてしまっていること、つまりあなたに愛され、生かされているということを常に覚え続けるひとりとしてください。なおコロナの収まらないなかで、暑さをかんじるなかでこそ、あなたに守られてこれからの日を送ることができますように。主のみなによって祈ります。アーメン
「コイノニア 教会」 牧師 田淵 結
聖書のことば コリントの信徒への手紙一 16章19~24節
おはようございます。
芦屋キリスト教会の前身、日本組合教会芦屋教会の開拓者のひとり、長谷川初音牧師は日本のキリスト教の歴史のなかでもとてもユニークな存在だったと思わされるところがあります。何よりも本格的に按手を受けた最初の女性牧師の一人であったということ、しかも彼女は神戸女学院で教鞭をとりながら関西学院神学部に通って神学教育を受けたというところは、実は私自身の大先輩ということにもなります。そしてその伝道への思いは非常に強く、芦屋打出教会を起点として現在の日本基督教団岡本教会、芦屋浜教会、香露園教会、さらに今は解散されましたが六甲キリスト教会などの設立にかかわっていました。と同時に日本全国への伝道旅行にも積極的に出かけていました。今でいうとある意味タレント的だったのでしょうね。そしてそこからなのですが、彼女のもう一つの働きは「文書伝道」でしした。つまり日本各地で出会った方々に彼女のメッセージを郵送し、信仰的なつながりを深めていったのです。
初音牧師は、もともとお茶の水女子大で日本文学を学ばれ、神戸女学院でも国語を教えていたのでしょう、その文章力も多くの人に歓迎されたこともあり、そこに信仰的なメッセージを込めての文章は「紙の教会」として歓迎されてもいました。実はこのような働きは21世紀のSNS(インターネットを通じた交流)の先駆けではなかったかと思わされるのです。つまり、遠く隔たって過ごしている人々の間に、当時のメディアとして重要な役割を担っていた「お手紙」文書での交流を生み出し、そしてその隔たりを越えた交わりを生み出していかれたのです。初音牧師がつくられたひとつの「讃美歌」の歌詞に「これが本当のコイノニア」という言葉があります。コイノニアは教会と訳されるギリシャ語ですが、どちらかというとエクレシア(同じ教会と訳されるギリシャ語)をご存じの方のほうが多いかもしれません。エクレシアがどちらかというと建物、組織などを意味するのに対して、コイノニアは人々の交わり、つながり、今の言葉でいうと共同体を表します。初音牧師にとって教会というところは、建物があり、儀式がなされ、組織が整えられる以上に、そこに集う人々が聖霊の導きによって心を通わせることの重要性をより強く感じられたのでしょう。しかもそのお一人お一人がどこにおられようとも。
そして初音牧師の働きの原点には、パウロなどをはじめとする初代のキリスト教会の使徒たちの働きがあったのでしょう。私たちがパウロたちの働きを直接に知ることのできるのは、彼らが新約聖書のなかにのこした「手紙」です。使徒たちは各地の信仰者たちとの交わりをこの手紙によって行い、教え、励まし、祈り、交わりを深めていました。その意味ではキリスト教の伝道もまさにSNS的であったのです。
さて、芦屋キリスト教会のこのホームページが、初音牧師の神の教会ほどの力を持つともあまり思えないのですが、このコロナ状態のなかで、それぞれの場所に隔たりながらも、私たちのつながりを感じさせるきっかけになることを願っています。
祈りましょう:神様、私たちは今コロナという状況の中で、それぞれがそれぞれのところで毎日を送らざるを得ません。そのなかにあって、私たちはみ言葉と祈りを通じて、私たちのつながりを思うことができます。どうぞ聖霊に導かれつつコイノニア(教会)の枝としてのつながりを確かめ合い、祈りあい、支えあうなかまであらせてください。どうぞ主よ、私たちに伴ってください。み名によって祈ります。アーメン
「二人まはた三人」 牧師 田淵 結
聖書のことば マタイによる福音書18章19~20節
この一年で新型コロナウィルスの脅威が収まらないどころかますます拡大しつつあるというなかで、私が思わされる最大の問題は、このウィルスが人類の歴史のかで私たちがもっとも大事にしてきたことへの挑戦、つまり人間が集団でいきることを妨げているということではないかと思わされるのです。密をさける、多人数会食の禁止、多人数イベントから無観客イベントへ、人流(今まで聞いたこともなったことばですが)の抑制などなど、とにかく人が集まることへの警戒が高まってしまっています。
ユヴァル・ノア・ハラリ,氏の著した世界的ベストセラーである「サピエンス全史」において、人類のなかで今日唯一サピエンス種がこんにちまで唯一生き残ることができたのは、集団を形成できたからだという主張がなされています。ハラリ氏によると、それを可能にしたのは私たちの言語能力であり、農業革命による食料の大量かつ安定的生産という「文明」だった。ただしサピエンスの巨大集団生活(都市)が、地球環境へのバランスを不安定なものとし、自然破壊へつながっていったことは見逃せないことなのですが。もうひとつそこから考えさせられるのが、サピエンスがいつしか「数は力」という多数決原理を不動の基準としてしまったことではないでしょうか。そしてあらゆる私たちの組織が、私たち世代にとってはなつかしい「大きいことはいいことだ」発想にとらわれ続けてしまっているのです。
そのとき見過ごされてしまったのが、集団を形成する「ひとり」の価値、重さ、大切さ。100匹の羊のうち1匹がいなくなったら、というイエスのたとえ話に大方のわたしたちが、99匹の側からこの物語を読んでしまうという状態は、おそらくイエスご自身の時代もそうだったからイエス様はこの話をされたのでしょう。キリスト教会もまた、会員数の大きさが重要視されるし、アメリカや韓国などは一回に一万人単位で礼拝が行われるメガチャーチの存在が、一方で起こりつつあるキリスト教の停滞を打破するものとして注目されたりもしているのです。
では私たちの教会はどうなのでしょう。残念ながらコロナ対策で、出席者10名程度のわたしたちの礼拝でさえ、開催が難しくなっています。そこで改めてイエスの「二人または三人」という言い方が思い出されるますし、まさにそれがキリスト教の組織の原点ではないか、ということなのです。二人または三人、つまり私たちを支える基本的な組織のサイズ、それは家族であり親しい友人なのでしょう。そこに祈りがあり、お互いへの信頼・愛があるとき、私たちはイエス様とともに生きるのであって、そこから希望や勇気、新しいビジョンが生まれてくるというのです。今のコロナのなかだからこそ、二人、三人という集まりこそが、私たちの教会の原点だったのだということを思い起こしたいのです。
祈りましょう
神様、私たちがいつもあなたとともに生きることができますように。そのために、私たちのほんとうにごく身近にあるひとりひとりとのつながりの大切さを思い、あなたがその場を祝福し、支えてくださいますように。私たちが今だからこそ気づくべきこと、考えるべきこと、なすべきことを教えてください。主のみ名によっていのります。アーメン
「天に昇り ー イエスの昇天記念日」 牧師 田淵 結
聖書のことば:使徒言行録 1章 3-11節
キリスト教に大きな三つの祝祭日(お祭り)があります。クリスマス、イースター、ペンテコステですが、来週は三つ目のペンテコステ(聖霊降臨日)となり、その一週間前の日曜日はイエス・キリストの「昇天記念日」とされています。というようなお話から始めると、またややこしい話をはじめたな、と思われてしまうのですが。クリスマスに誕生したイエスは、30歳を経ていよいよ彼独自の教え(福音)を広めるための活動を始めます。十二人の弟子たちとのその働きは約3年にわたったといわれますが、その最後はついに十字架の死に至ります。ところがその三日後、イエスは彼を信じる者たちの前に復活したご自身をあらわされたのです(イースター)。さて、その後イエスは40日間にわたって地上での最後の働きをされ(残念ながら聖書にはその間にどのようなことを語り、なさったかという記事はありません)、そしてついに天に帰っていかれた日が、昇天記念日なのです。その出来事については新約聖書の使徒言行録の1章に物語が記されています。
この記事のなかで面白いというか、ややマンガ的な画になりそうなのは11節で天使たちに話しかけられた弟子たちの姿です。10節で彼らはイエスが去っていった天をじっと見つめたのですが、11節になってもまだそのまま、ひょっとしたらポカンと口でもあけて立っていたのかもしれません。そこで天使が、なぜいつまでも天ばかりを見つめ続けているのか?と注意されたのです。おそらく弟子たちとしては、十字架の死を克服されたイエスがせっかく自分たちと一緒にいてくださったのに、また天に帰られてしまった、また自分たちから離れていかれた、というショック、寂しさ、ある意味喪失感に襲われたことでしょう。そして、これからどうすればいいのか、ちょうどイエスが殺された直後彼らは一つの部屋にみんなで集まってドアにはカギをかけ、そこにひっそりとこもっていたあの思いをもう一度味わったことでしょう。
ただしイエスは天に帰られるまえに弟子たちに「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」と話されていたのですから、今回はまったく状況が違うのですが、最初彼らはそれが理解できていなかった。つまりイエスが天に帰る、弟子たちから離れ去るということは、いよいよこれから弟子たち自らがイエスの働きを自分たちで担う、実行する、その働きに移っていくべき時を迎えたのです。しかしその最初の瞬間、彼らはいまもイエスに頼るしかない、という思いから抜け出せていなかったということでしょう。
そして私たちのカレンダーでは来週23日、ペンテコステ、イエスが弟子たちに約束された聖霊が彼らの上に降ったことを記念する祝日(聖霊降臨日)となります。今週一週間は、そのためのトランジション(切り替え)の七日間、イエスから聖霊をいただく準備のためのときとなります。イエスが私たちに何を与えてくださったのか、私たちはイエスの何を受けつごうとしているのか、そしてそれをしっかりと保ちながら、私たちがイエスの働きを今、私たちの置かれている場所で実現してゆく姿勢を整えることが求められているのです。
使徒言行録を注意して読むと、この時期をはさんでイエスの弟子たちへの聖書の呼び方が変わっていきます。もはや彼らは「弟子」ではなく「使徒」と呼ばれているのです。イエスに使わされた者、イエスの代理人とされているのですね。彼らは自分たちでイエスの働きを実践するのですが、それは実はイエスが彼らを遣わされたから、私たちが何かをすることができる権威があるとすれば、それはイエスの権威によるもの、つまりイエスが常に私たちを用いられている、ということが大前提にあるのです。つまりイエスは天に帰られたことによって、私たちにより身近に伴っていてくださることを特にこのとき覚えたいと思います。
祈りましょう
天の父よ、あなたが私たちを用いてくださることを感謝します。だからこそ、より深くあなの愛を知り、それを受け、それによって私たちの毎日を豊かにすごさせてください。そのときに、何よりもまず、私たちがあなたに愛されているひとりびとりであることを、深く、確かなものとして実感する日々であらせてください。天上にあって常に私たちをいつくしんでくださる主イエス・キリストのみ名によってお祈りします。 アーメン
「ペンテコステ 神の霊が降る」 牧師 田淵 結
聖書のことば:エゼキエル書 37章 1-10節
キリスト教の大きなお祭りに、クリスマス、イースター、ペンテコステの三つがありますが、一番日本の社会に知られていないのは最後のペンテコステでしょう。イエスが十字架につけられて殺され、復活して40日後に天に昇り(先週のメッセージでお話をしました)、その後エルサレムに集まっていた弟子たちの上に、天から聖霊が降った(新約聖書使徒言行録2章 ペンタはギリシャ語で50を意味します)という事件の起こった日です。その日から弟子たちはキリストの使徒として、世界中にキリストの福音を宣べ伝えはじめた、ということもあって「教会の誕生日」とも言われているのです。
このペンテコステが一般に広く知られていないのは、出来事の不思議さがあるのですが、私自身も少し「警戒」するところがあります。つまり聖霊が天から一人一人の弟子たちの上に降ったとき、彼らは突然何事かを語りはじめ、それを見ていた人は、弟子たちは「新しいぶどう酒に酔っている」(使徒言行録2;13)と思ったとも言われます。つまり聖霊を受けるということが、ある意味、まさに何かに憑かれたような状態を引き起こすことへの不安を感じるのです。
キリスト教の教派にペンテコステ派というグループがありますが、そのほかの教派にも礼拝の最中に、会衆のひとりびとりが神の霊を受けて、普通の人にはよくわからない事を語りはじめることがあります。異言といわれるのですが、まさに聖書のペンテコステの事件を追体験するプログラムなのでしょう。このことは初期のキリスト教の中でも行われていたようで、コリントの信徒の手紙のなかで、パウロは異言について語っています(Iコリント14章)。ただし、私自身が育ったキリスト教会では、そのような異言などは全く行われず、初めてそのような礼拝に出席したとき、率直に言ってとても異質というか、私には受け入れられない体験であったことを強く覚えています。パウロ自身も、異言の意味は認めつつも、それを理性的に解釈できることを訴えています。
というのも、異言というか霊的なトランス状態に陥った人は、そこで確かに新しい体験を持たれ、神様との直接の交流を体験される、そこで新しい霊の励まし、生命力を強く感じることができるのですが、それが信仰の中心となってしまうと、私たちが毎日当たり前に生きている生活そのものが軽視され、ときには否定され、受け入れがたくなってしまうことがあります。しかしイエスご自身も、当たり前の毎日のなかで、普通の人々との出会いのなかで、神様の愛をそこで示されましたし、パウロが信仰は霊的なものを日常的に生かすべき大切さを訴えていることなどを、私は深く考えさせられます。
今日の旧約聖書に登場する預言者エゼキエルは、彼の母国であったイスラエルという国が滅ぼされてしまって、ふるさとから遠く離れたところで暮らさざるを得なくなりました。そのときに神様に召されて不思議な体験をするのです。あるところに招かれてみると、そこにはおびただしい枯れた人骨がおかれていました。そこで神様はエゼキエルに、霊に呼び掛けてその骨の上を吹き抜けるように預言するように求められたのです。旧約聖書が記されているヘブル語で霊(ルアッハ)は息、風とも訳される言葉で、霊がその骨の上を吹くと、そのおびただしい枯れた骨が、互いにつながり、筋肉をまとい、そしておびただしい人として復活した、という不思議な話なのです。ただし、もしみなさんが音楽がお好きなら、Dry Bonesという、私の世代にはなつかしいデュークエイセスというグループが歌っていた、アメリカ黒人たちのコミカルな歌がありますが、
(YouTubeはこちら https://www.youtube.com/watch?v=17vuEeoJRLw)
これがこのエゼキエル書37章を歌っているのです。そしてその事件を通して、エゼキエルは滅亡したイスラエルの復興への期待を強くしました。
この事件もペンテコステの事件と同じように、霊によって異常な出来事が起こるように思われますが、その枯れた骨のひとつひとつは、ちゃんと順序良く「骨と骨とが近」づき「それらの上に筋ができ、肉が生じ、皮膚がその上を覆った」(エゼキエル書37:7^8)、つまり私たちの体の組織を秩序だって作り上げいるのです。Dry Bones の歌詞では「指骨のつぎは踵骨、踵骨の次は頚骨、頚骨の次は腓骨、腓骨の次は膝蓋、膝蓋の次は大腿骨、大腿骨の次は坐骨、坐骨の次は脊柱、脊柱の次は胸骨、胸骨の次は頚椎、頚椎の次は頭蓋骨」と何か解剖学の教科書のようなものとなっています(歌詞はhttps://ameblo.jp/admjgpjmwtp/entry-10801036781.html より)。
確かに霊の働きそのものは私たちにとって異常な働きをしているように見えますが、しかしそれが目指すものは、私たちの秩序だった組織、社会、コミュニティを作り出すためなのです。そして私たちは「自分の足で立つ」(エゼキエル37:10)ことができるのです。
ペンテコステのお祝い、私たちに新しい霊が神様から吹き込まれ、勇気づけられたことを記念する日です。それは私たちの社会の組み立て(組織)や、確かさ(秩序)をよりしっかりとした、よいものとするため、私たちの生きる世界の一員としての役割を通じて神様に仕え、イエスの愛を人々と分かち合うためのつとめに招かれているのです。
祈りましょう: 神様、私たちに新しい霊を吹き入れてください。それによって私たちがともに生きる人々、家族、同僚、友人たち、さらに新しく出会う人々とともに、あなたの豊かさと愛を分かち合いながら生きる者とならせてくださいますように。主のみ名によって祈ります。主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが常に私たちとともにありますように。アーメン
「新しいオルガンが与えられました」 牧師 田淵 結
聖書のことば:コリントの信徒への手紙一 14章6~12節。
芦屋キリスト教会の礼拝室に、礼拝奏楽用の新しい楽器が置かれることになりました。イタリアのデルマルコ社製のハーモニウムで、実はリードオルガンと構造はほぼ同じです。足踏みペタルで風袋に空気を送り込んで、ひとつひとつの音を出すリードにそれを通し、リードが震えて音を出すという仕組みですが、実はその風の吹き付け方が、リードオルガンとハーモニウムとは逆になっているそうで、デルマルコ社のリードオルガンは日本各地にかなりあるのですが(芦屋カトリック教会にもあるそうです)、同社製ハーモニウムはとても数が少なく、日本では唯一だろうというのがその楽器を修理してくださった方のコメントでした。ちなみに、最近ではオルガンといえば電子オルガン、あるいはパイプオルガンが主流となっていて、あの懐かしい足踏み式のリードオルガンは、日本の主力メーカーであったヤマハも、イタリアのデルマルコもやめてしまっているそうです。そんなときに、大中寅二さんのオルガン曲集の最初に、「愛して愛してやまない。あの小さなリードオルガン」と書かれていることを改めて見つけました。はやくコロナが落ち着いて、この楽器の伴奏で讃美歌をともに歌えることが、とても待ち遠しく思われます。
さて、先週の日曜日にペンテコステについてのお話をしたときに、聖霊についてのお話をしました。ヘブル語ではルアッハという言葉ですが、口の前に手をあててこの言葉を元気に発音すると、手に息を感じられることでしょう(どうぞ飛沫の拡散にはお気をつけください)。そう、聖書では聖霊(神の霊)、息、風はみんな同じ言葉で表すのです。そしてその聖霊とは、何か憑依現象(つまり何かにとりつかれて、平常というか平静さを失ってしまう状態)のように受け止められがちですが、聖書ではそれはむしろ秩序や制度をつくり出す働きをするものとしても描かれています。そこでオルガンなのです。教会の礼拝でリードオルガンやパイプオルガンが用いられることの意味もそこにあるのではないでしょうか。イエスご自身も語られているように「風(息)は思いのままに吹く」(ヨハネ福音書3:8)のですが、オルガンではそれを音色や音階という音楽理論の考え方に従って秩序立った一つの音にし、それを組み合わせて美しい音楽を奏でてくれるますし、その音を私たちは楽しむことができるのです。
昔ロンドンにいた時、小さな小屋で上演されていたお芝居で「バッハとヘンデル」という作品を見ました。この二人の大作曲家は同じ年にドイツで生まれているのですが、生涯一度も出会うことがなかったといわれています。お芝居ではその二人がであったらどんな対話をするかという架空の物語ですが、その対話のなかで「音楽とは」というテーマになったときにバッハ先生は「音楽は数学です」と語り、ヘンデル先生は「ビジネスです」と答える場面がありました。この答えはそれぞれの性格や生涯を考えるときにとても深い意味があるのですが、音楽は数学というバッハ氏の考えは、まさに音楽が理論だった、秩序だった芸術だということを語っています。そのバッハが非常にたくさんの教会オルガン作品を作曲したときに、彼自身が聖霊(風)の働きを身近に強く実感していたのではないでしょうか。
一日も早くコロナ緊急宣言が解除され、またこのオルガンとともに礼拝ができますことを願っていますが、そのときぜひご一緒に私たちの礼拝のなかで聖霊の働きを短に感じ、それによって勇気づけられ、希望をもって毎日を歩んでいく思いを共に与えられたいと思います。どうぞそのときまで、神様のお守りのなかでお元気にお過ごしください。
祈りましょう:神様、どうぞあなたの聖霊を私たちに豊かに注ぎ、私たちの日々の歩みを通じて、あなたの作られた世界のなかで私たちの果たすべき役割を果たし、担うべき課題に取り組み、それによってあなたの愛を多くの人たちと分かち合うことができますように。励ましと勇気、そして守りと祝福を私たちにお与えくださいますように。病気や不安の中にある人に慰めと希望が与えられれますように。主のみ名によって祈ります。アーメン
「最も大切なこと」 牧師 田淵 結
聖書のことば コリント信徒への手紙15章3~8節 n。」
単立芦屋キリスト教会は、目下毎月第四日曜日に月例という形で礼拝を守っています。そこで4月24日の礼拝は、私たちの教会でのイースター礼拝ということにしていたのですが、新型コロナに対応する緊急事態宣言が発令されたので、本当に残念ながら礼拝はお休みということになってしまいました。そこで急遽、このホームページを立ち上げて、私たちの教会へのイースターメッセージをお届けします。
さてキリスト教にとって、そして私たちの信仰にとって「最も大切なこと」とはなんでしょう。高等学校の倫理社会の教科書的にいうと「隣人愛」「神の前の平等」などという言葉で表されるでしょう。日本社会での状況を見れば、クリスマス(イエスの誕生)が最大のイベントとされているようです。
でも聖書のことばでいうと、使徒パウロはコリントの信徒への手紙一15章で、「もっとも大切なこと」として彼が伝えたのは・・・、いろいろ記すなかで、イエスが私たちの罪のために死に、三日目に復活し、そして「現れた」ことだと言うのです。しかも例えばここに引用した日本聖書協会の新共同訳聖書では15章の3節~8節のなかで「現れる」という言葉は6回も使われています。つまりパウロにとってキリスト教での「最も大切なこと」とは、何か言葉や教えとして復活を考えること、そんなこともあったのだと知識として知っていることよりも、復活のイエスが私たちの前に現れる、復活のイエスとわたしたちが出会うという体験なのだ、ということを訴えているのです。
これはパウロ自身の体験からの言葉で、彼がキリスト教信仰(イエスをキリストだと信じること)に目覚めたのは、復活のイエスとの出会いだったのです。使徒言行録(使徒行伝)の9章に記されるその物語は、最初パウロは熱心なユダヤ教徒として新興の彼にとっては「怪しげ」なイエス・キリストを信じる集団に否定的であり、それを壊滅させようとしていたところ、その彼の眼前に復活のイエスが現れ、そのまぶしさのゆえに目が見えなくなるなかでイエスの語りかけを聞きます。やがて彼の目から「うろこのようなものが落ち」る経験のなかで、以前は全く無意味で完全に否定的にしか考えられなかったキリスト教を、自らそれを宣べ伝える使命を強く自覚し、その彼の働きによってキリスト教は世界中に広まってゆくのです。
それは彼個人の体験として起こったことですが、それが彼自身の体験であるからこそほかの誰から否定され、疑われ、反論されても否定のしようがない「私も受けたこと」として彼の生涯を支えたのでしょう。さて私たちが、本当に自分の人生を生涯にわたって「生きるときも死ぬときも、あたなを支える唯一の慰め」(ハイデルベルグ信仰問答)となる、決定的な体験、聖書的に言うと、復活のイエスが私たちに「現れる」体験とはどんなものだったでしょうか。イースターはそのあなた体験をあらためて思い起こす日、イエスとの出会いを確認する日なのでしょう。
祈りましょう:神様、イエスご自身が私たちと出会ってくださるという出来事、それを私がたちが求め続け、見つめ続け、そこに私たちの人生にとっての大きな意味が込められていることを、常に思わせてください。だからこそ私たちの人生は常に守られ、満たされ、よろこびがあることを。コロナの状況のなかで、なお私たちが生かされ、導かれていることに感謝しつづけるひとりでありますように。復活の主、イエス・キリストのお名前を通じてお祈りします。アーメン