■1 はじめに
お年寄りを対象とした施設では、管理する側の見守りのためか、閉じられた空間を日常生活の場所とし、また体の衰え等により、床の段差をなくすことで安全性を確保するケースが多いように思います。
今回、管理者・スタッフとの打合で「この建物は利用者が自宅との併用で過ごす場所となるので、完全なバリアフリーでなくてもよい、空間として自宅とのギャップが少ない方が利用者の日常生活を考えると望ましい」との意見がありました。
高齢者を対象とした施設ということで、バリアフリーをイメージしていた私にはまさに「目から鱗」、確かに利用者はこの建物でずっと暮らすわけではなく、長年住み慣れた自宅に多少不自由を感じながらも、家族の手助けや訪問サービスを受けながら自宅をベースに、この建物との併用で過ごし、また加齢の変化に応じてその後の生活環境を変えていくことになります。
この建物の収容人員は、最大37名、内訳は利用者が登録定員25名、介護スタッフが管理者(ケアマネ)1名,看護職員1名、介護職員8名、訪問サービス職員1名、賄い職員1名の計37名となりますが、全員が常に建物内にいるわけではありません。通いサービス利用者の定員は最大15人となるため、スタッフも7人となり多い時で日中22人程度がこの建物で生活することになります。
通い利用者には、日中ゆったりとした時間を過ごせる場所が、事情により宿泊が必要な人には短期間利用できる部屋が準備されます。利用者の日常はそれぞれであり、介護する側で生活プログラムも準備されることになりますが、それ以外に利用者・介護スタッフが一緒に過ごす時間もあれば、少人数で過ごす時間、お気に入りの友人と過ごす時間、そして一人で過ごしたい時もでてくるかもしれません、それぞれの時間を快適に過ごせるようにソフトの充実を図りながら運営されていくことになります。
■2 配置計画
敷地は、県道沿いの三角形の土地、北側に幅員4mの町道、西側に幅員6mの進入路、東側に2車線の県道が接しています。開発行為による造成の関係で敷地へのアプローチは北側又は西側からとなります。
三角形の敷地は一般的には建物計画には不向きな場合が多いですが、今回建物内容から、この敷地形状であればこそのプランを考えてみました。
アプローチとメインの駐車場を北側町道沿いとし、建物をL型平面とすることで、パブリックとプライベートの二つにゾーニングすることが可能となりました。
そしてL型で囲まれる県道に面した庭に対して、利用者の生活がにじみ出てくるように、内部と外部とをつなぐ開放的なベランダを設けることで,県道側に視覚的に開かれた建物としました。県道を行き来する車の中から、庭、ベランダ、建物内部、それぞれの生活が垣間見え、また施設利用者からは庭の木立を通して、車の行き来を目にすることになります。
■3 平面計画
利用者は広めの屋根付きポーチから玄関に入ります。玄関ホール上がり框には15cmの段差、壁際には手摺はありますが、ここで利用者は自宅同様一段上がることになります。玄関の上がり框で靴を脱いだり履いたりすることで建物内・外での生活に区切りをつけることになります。
利用者の方は玄関ホール正面に進み一端「居間1」の部屋に入ります。入ると視覚的には40畳の広い居間が目に入り、手前は「居間1」その奥は「居間2」となります。
玄関ホールを左側に進むと、来客及びスタッフ用便所があり、反対側には事務室があります。事務室は最小限の広さとなっており、守秘義務を必要とする面談、利用者の個人データー等の管理を行う場所となり、一般的な事務作業,定期的に行われる監査等は時間を配慮し隣接する「居間1」の大きなテーブルで行います。
玄関ホール右側建具を開けると、台所につながる収納スペースとなり、買い置き食料品及び冷蔵庫,電子レンジ等の電化製品置場を兼ねます。その奥が台所となり「居間2」に面した対面式キッチン、壁側にはカウンター収納及び吊戸収納となっており、長いカウンターは配膳スペースとなります。そのまま進むと食堂テーブル横を通り「居間2」へとつながります。動線計画上いつも考慮しているパブリックゾーン内での回遊性・二方向アプローチを基本としています。
「居間2」の南西角の出入口を通るとプライベートゾーンへの廊下となり、まず右側に洗面脱衣室の出入口、廊下をそのまま進むと5つの個室につながります。廊下の両端には洗面スペース、中央寄りに便所があります。
■4 利用者の生活の場
この建物には、利用者の方が日常的に利用できる6つの場所が準備してあります。一つ目は県道側に開放的なコーナー窓を持つ「居間1」で、住宅での応接室にあたります。
2つめ目は広い「居間2」この部屋は住宅での居間になり、この部屋に面して動線的にも、視覚的にもつながっているのが「和室」「食堂」「台所」そして「ベランダ」となっています。日中ほとんどの時間はこの「居間2」で過ごすことになります。
3つ目が「和室」居間2に開放的に接し、畳床が30cm高くなっています。6畳和室が2部屋,中央のフスマをはずせば、12畳の和室となります。座卓利用、お昼寝、冬場のこたつ利用、また夜間の利用者宿泊の部屋としても利用することになります。
4つ目が「個室」であり、宿泊を前提に9部屋準備されています。個室は見守りの程度により使い分けされることになり、頻繁に見守りが必要な利用者は、食堂テーブル横の部屋となります。通常の利用者は南北に伸びる廊下に面した5つの部屋となります。
5つ目は「ベランダ」で、パブリック及びプライベートそれぞれのゾーンに芝生の庭に面しています。天気の良い日、軒下でゆったりとした時間を過ごすことができます。
6つ目は庭です。県道と建物との間にあります。広い芝生と、落葉樹、常緑樹による木立が作る空間はそれぞれの季節で楽しみを与えてくれることでしょう。また元気な利用者には菜園づくりのお手伝いをお願いすることになるでしょう。
■5 さいごに
お年寄りのための建物として、長年住み慣れた我が家から手取り足取り介護される施設までたくさんの種類があります。
今回、取組んだ「なぎのき」は利用者の自宅との併用が前提となる建物です。管理者・スタッフとの打合せを重ねる中で、この建物は人生の後半をむかえるための「最初の一歩」という位置づけで計画しました。
(柴 睦巳・柴設計)