2015年のヘリテージマネージャー養成講習会最終日に受講生各自が発表した建物の中に、五ケ瀬町内の楽天堂医院に関するものがあり、ずっと気になっていた。そして昨年(2019年)の10月26日に行ったひむかヘリテージ機構による五ケ瀬町内の三ヵ所神社での研修会「堂宮大工の世界 三ヶ所神社に見る江戸時代の大工の技術」、現地神社での研修の後で町内の町民センターでの座学があり、すべての講習会が終わり、夕暮れの中を町内を車で走っている途中でこの楽天堂医院を目にする。
実際に見ると2015年受講生の遠藤さんが撮られ発表された写真もインパクトがあったが、通りすがりに見た建物もなかなかの物だった。いつか機会をつくりじっくりと見学できればと思っていた。ひむかヘリテージ機構世話人会でこの建物について以前話した時に延岡市在住の柴田さんより「私も見てみたい、いつか機会をつくります」とのありがたい言葉をいただいていた。
その機会がようやく10月12日にやってきた。同行する見学者は機構代表の川越さん、そして柴田さんと私の3人、川越さんに事務所まで迎えにきていただき、延岡市到着後は柴田さんの車で、高千穂路を走る。最初に車で高千穂に行ったのがいつだったかは覚えていないが、当時は五ケ瀬川沿にクネクネ国道を走り高千穂町に入り急に川沿いから急登となる国道を一気に町内に上がり、その秘境ぶりを大いに感じた。
現在は延岡市から新たな国道が整備されており、ほとんど山の中腹を走るルートになっている。高千穂町に近づくにつれて深い渓谷を挟んで見える集落や建物は、見慣れた宮崎の風景ではなく異国感を漂わせるが、以前のような秘境感はなくなった。宮崎県内でも有数の観光地の高千穂町内をスルーし五ケ瀬町に向かう。
山中の道路はどうしても渓谷沿いとなり、目線近くに秋を迎えつつある山肌の樹木が目に留まり、慣れ親しんだ双石山の暖帯林と共通する樹木も多いが、樹木図鑑で九州冷温地に自生と紹介してある樹木がチラホラと目に入る。
目的とする五ケ瀬町のメイン通り(旧国道)を川向こうに見ながらトンネルを抜けると、突然右手に五ケ瀬町役場の建物が現れ、手前の交差点を右に曲がり町内の道路を走ると直ぐに目的の楽天堂医院となる。
建物敷地は旧国道と町道にL字型に面しており、木造建物を囲うお洒落な板塀、そしてその向こうに道路いっぱいに建てられた洋風の建物が絶妙なバランス感で魅力を醸し出している。大正時代に建てられた入母屋の金属屋根葺きの木造建物、そして昭和10年代に増築として建てられた切妻屋に縦長の窓を持った姿、100年以上この場所に立ち尽くすことですっかりとこの町内の景色の一部となっている。
柴田さんの知人駐車場に車を止め、目的の楽天堂医院を管理されている山崎邸をまず訪ね、見学を許可していただいたことへのお礼を伝え、その後はご主人の案内で建物を見せていただくことになる。山崎家は昔から五ケ瀬町内の有力家系で、森林組合長、医者、そして亡くなられた先代は長年町長を勤められていた。
現在の建物は、木造部分が大正時代に医院と住居を併用して建てられ、その後昭和10年代に洋風の医院部分を増築している。木造部分も増築部分も、各種ディテール部分に当時として時代の先端をいっていたのではと思われる。建物内部の平面構成などについては、改めて書き留めなければと思っている。
まずは、この建物を見学し一番印象に残ったのは木造部分の屋根部分、北側に一部改修されたところがあるが、その部分を除き鋼板による一文字葺きとなっており、その上にご主人の話だと不定期だがコールタールを塗っており、作られてから一度も屋根はやりかえていないらしい。
屋根からの雨漏りについて聞くと、増築部分との取り合いで経験しているが、補修後は全くないとのこと、瓦葺きでも可能な屋根勾配に黒く塗られた一文字葺きの屋根、そして下屋との間の壁の屋根取り合いからの押縁による横張の板壁、切妻一面の化粧と思われる菱形格子中央の両開きの鎧建具、外壁も黒漆喰を思わせる色調で経年変化で褪せてはいるが、それが時代を感じさせる。木造建物への玄関にかけられた反りを持った入母屋の屋根もアプローチの門柱と合わせてとても印象的なものとなっている。
敷地奥にある近年外壁が塗り直された土蔵の白壁が、母屋部分をなお引き立てている。この土蔵も外壁途中に瓦による水切りが付いており、白一色となりがちな壁にアクセントを付けている。また軒裏近くに開けられた開口部の軒取り合い部分のアールによる加工処理についつい職人の心意気を感じてしまう。
この建物での研修会を宮崎県建築士会のヘリテージ委員会が来年の年度末に企画しているようで、なるべく多くの人の目に止まり、この建物に対する関心が高まることを期待したい。見学後は役場の教育委員会に立ち寄り、この建物についての情報蒐集と来年の企画への協力依頼を行った。
対応していただいた社会教育グループの後藤グループ長からは、これから年末にかけて行われる文化審議会のメンバーにもぜひ建物を見ていただけるように手配されるというありがたい言葉をいただく。なお今回対応していただいた方は後藤グループ長と主査の西川氏であった。