目があいた。ミントは二段ベッドの下で寝ていた。となりを見れば別の同僚が寝ている。窓を見ると、雲が綺麗に並のように地平線を作っている。
「・・・いよいよ、か」
ミントは起き上がってはさっそうと準備をして廊下に出る。一階のリビングには、すでに朝食の準備がされていた。ルナもいる。ミントが隣に座る。
「いつもなら起こしていましたね」
「おう、おはよう。・・・いつもこんな時間に起きていたのか?」
「そうですよ?それから軽い朝食を作ります。冷凍してた昨日の分とかも使いますよ」
「主婦だな、」
「うっさいですね」
ミントはそっぽを向いてごはんを食べる。ルナがさっきから手元の中継機器を持ってはじっと見る。ルナがしゃべった。
「どのチーム順に中継の役になるか、決めておこう」
「え?」
「きっと、地下の中じゃパニックになったら収集がつかない。今から決めておいた方が楽だ・・・。俺が最後の中継になる」
「っ?!それって・・・一番深い所まで、行くってことですよね?」
「当然だ」
「・・・」
ルナの方を向く。さっきより張り詰めた表情になっている。その緊張感がこっちにも伝わってくる。ミントは会話を続けた。
「じゃあ、俺は5番目に中継になります」
「・・・っふ、次に深いな」
ルナが苦笑する。余裕の表情ではなかった。ミントはそれ以上何も言えなかった。
「・・・そんなに、やばかったんですか?地下室・・・」
「・・・あぁ、すまねぇな。どうも気が強くもてねぇ・・・」
ミントはむしろ、そんな弱いところを見れるのがすこし嬉しい。
「俺を頼ってくださいね・・・?」
「・・・おう、助かるぜ」
無理に笑っている気がした。
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死の街、フェンテル都が空から見えた。四機が着地し、エンジンが止まる。降りてみるとすこし鼻につく腐敗臭がした。ここはどうやら、ルナの進撃から時が止まっているようだ。死体が腐りきってそのままの状態になっている。
「それでは、皆の役目はもう判っているはずだ。これから地下へと潜入する」
モウニングが指揮をとった。とある上着を渡される。その服についている大きめのポケットには、なにか入っていた。
「持ち物を確認してくれ」
ミントはポケットの中を全部地面に広げてみた。懐中電灯。白い携帯。ゴーグルのようなサングラス。酸素ボンベ。耳栓。・・・チョコレート。
「それらが入っているのを確認してから、チームで固まるように。・・・潜入班は13人。我々全員が、地下の深くまで一緒に潜ることとなる。そっちの中継班は、中継になる順番を決めているのか?」
「あぁ、決めた」
「判った。では、地下に潜る」
モウニングは顔色一つ変えず、地下へと進んでいった。ルナが深呼吸をしてから後に続く。
「暗っ」
一人が懐中電灯を取り出して、電気をつける。他の子達もそれぞれ電気を付けようとした。ルナが指示をだす。
「一つのチームに明かりは一つだけにしろ。これから深く潜っていくから、電池が切れた時のことを考えろ」
その言葉を聴いて、しぶしぶ電気を半分の人が切った。
「うわぁ~、くらいなぁ・・・」
一人の潜入班所属の子が、明かりをあちこちに向けてみる。右や左、天井にも向けようとした。その時、
「っ!?」
モウ二ングがその子の手をとって、天井に光をむけさせないようにした。
「むやみに、ここの地下を探るのはやめたまえ。頼るのは地図だけにするよう」
「何でですか?敵がいたらどうすr」
「敵はいない」
その言葉は、中継班のメンバーにも届いた。地下に響き渡ったそのセリフは、ここにいるルナとミント以外の人たちにとどまった。
「あるのは、トラップのみ、だ」
ガチャン!!
「っ!?」「何の音だ!?」「あっ!」
中継班の後列にいた一人が叫んで、さっききた道を指さした。さっき入ってきた唯一の出口が、上に持ち上げられている。
「何っ!?」「んのぉ・・・!」
ルナの腕から鋼が飛び出て、ブーメランのように飛んだ。間一髪で鋼が出口の淵に引っかかったが、は止めにならず、圧力によって剣が粉砕されてしまった。光がぱったりなくなり、懐中電灯のみになった。そして、天井からノイズ音が聞こえる。
『よぉうこそ、地獄の底へ♪』
「っ!?」
なんと、どこかから放送しているかのように、地下全体に響き渡った。あまりの急展開に半べそになっている配員もいた。
『ひどいなぁ~、この前はゲームを途中放棄して逃げ出すなんてさっ』
「・・・放棄?」
一人の潜入班が言う。モウニングは構わず言葉を返す。
「下見のつもりだ、ゲームをするためではない」
『あそっかぁ、じゃあ今度はちゃんと、地下120階まで来てくれるのかなぁ?』
「120・・・っ!?!」
配員が慌て始める。それもそうだ。出口は塞がれた。この暗くて若干寒い地下を最後まで潜らない限りは道は開かないだろう。しかも、トラップである以上周りが暗くて寒いのはあまりにも不利だ。もしかしたら、生きて帰ってこられないのかもしれない。不安がよぎる。不安がよぎった。
「そのつもりだ。今回は万全な準備をしてきた。お前のいる120階まで降りて、潰す」
モウニングはひるまなかった。彼は恐れを知らないのだから。
『ま、今回はそうしてもらうように、出口は閉めちゃったからねぇ~!さ、あ、降りてきて、僕を殺してごらん!!』
ぶつん、と電波の切れる嫌な音がした。不安でガチガチ震えるものがでてきた。
「嫌だぁぁあああ!!」
一人の潜入班が、いきなり叫んで走りだした。
「どこ行くんだよ!―――――っ!?」
「追うな」
ルナが、追いかけようとしたアニの腕を持っては離さなかった。
「どうして!迷子になってしまうのに!」
「あーなっちまったら終わりだ、追いかけるな」
ガシャン!!
金属音が、走って消えてしまったやつの方向から聞こえた。そして骨の折れる音、血しぶきの音、声がえぐれる音。アニが持っている懐中電灯を持って、ルナはこう言った。
「こうなりたくないやつは、何があっても叫ぶな、そして一人行動は絶対に慎め、いいな?」
懐中電灯の光を、さっきの嫌な音がした方向に向ける。
衝撃的だった。
「っ!?」「うわぁ」「っ!?う"っ」
さっき走って行った者の体が、針だらけの鉄板にサンドされていた。しかも勢いよく左右から飛んできたのだろう、その鉄板の隙間から彼の肉片が飛び散っている。ミントは目をそらした。ルナが懐中電灯をアニに返す。
「先を急ごう。電池がもったいない」
モウニングがそう言う。すると一人の潜入班が怒った。
「電池がもったいない!?この状況でそんなこと言えるのか!!」
「仕事だ、これが我々の仕事」
「仕事仕事ってっふざけるな!!これが仕事!?命の保証も糞もねぇこれがか!狂ってやがるぜ!!」
「いやならここで待ってろ、地下の一階は下手に動かなければ生きていられる。口が達者なお前はここに残れ。邪魔だからな」
冷たい。モウニングはさっさと歩き出した。そいつも仕方なく、ついてゆくしかなかった。
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「そっちの方はどうなってるんだ?」
「あ~、だいぶ綺麗になってるぜ」
二人の人が、死体をせっせと運んでは車につめる。ハスキーの班に加わった隊員だ。それからインサイト所属の者たちが来て、何かごつい機械を地面に置く。資料を広げて設定を行いながらも、会話をした。
「インサイトさんは、たしかこの辺に置いてくれって言ってたよな?」
「地下の地図見て驚いたぜ。ここの街全体が地下になってるなんてな」
「でも、電波を飛ばして受信された信号を地図に変えて送信する機器を作るなんて、インサイトさんすげぇよな」
「つか、S.KILLERの強さの秘訣ってなんか判ってきた気がする」
「なんだ?」
「それぞれの役目を一向に疑わないことだよな」
「・・・そうだな、このシステムを信用しないと、地下に潜ろうなんてまず思わないよな」
「うらやましいな、勉学にも熱心な人だし、なによりインサイトさん・・・」
二人が黙る。それから喋る。
「「可愛いよな」」
それは誰もが思っています、安心してください。
そんな地上での仕事をこなすハスキーのチームと、インサイトのチーム。二人は街の中心部となる場所でテントをはり、そこを中継地として機器や武器、食料を置いていた。インサイトが大きな機械をいじりながらも、モニターと対話している。
「天気が悪くてよかった」
後ろでその様子を座ってうかがっているハスキーに話した。
「熱に弱いからね。・・・水対策はできても、熱はどうしても避けられない」
「なぁ、インサイト」
ハスキーが話した。インサイトは振り向かずに声を聴いた。
「どうしたの?」
「・・・俺さ、まじで無力で、ださいなって思った。久しぶりに味わったぜ」
「・・・・・・」
ハスキーが続けて語った。
「地下、お前だったらとっくに気絶してるほどの気持ち悪さだった。俺はどうしても入りたくなくって、まじで必死にジョイに文句つけてたの、知ってるよな?」
「・・・えぇ、聴きました」
「・・・はは、本当は三つのリーダーが地下に潜るはずだったのに、俺は降りちまって二人にまかせちまってよ」
「・・・その話はやめよう?自分を責めたって仕方ないよ」
インサイトは機械の設定が終わったのか、ハスキーが座っている机の空いている席に座った。
「モウニングは大丈夫だって言ってたし。ルナもきっと、ハスキーを責めたりしないからさ」
「・・・俺さ、モウニングのことを全然知らない」
インサイトはギクッとした。
「俺、あいつの強さは、無感情なところだと思っている。ルナは感情があるからあそこに入るのを戸惑った。けどよ、あいつはあんな酷い状況を味わってもなお、平気な面してやがる・・・」
「・・・そうだね、」
「お前、あいつのこと知ってるか?何か」
「ん!?ううん、全く!・・・むしろ驚きです。モウニングと付き合い長いあなたが、そんなことを言い出すなんて」
「いや、俺たちは何も知らないだろう?語りもしない・・・」
ハスキーが苦いコーヒーを手にもちながらも、続けた。
「呼び名だって、コードネームだぜ?本名さえも知らない俺たちの仲で、一体何を知るってんだよ・・・」
インサイトは笑って答えた。
「それぞれの過去を、名前ごと封印した・・・。SEALED KILLERだもんね」
「これからもきっと、本名を思い出すことはねぇだろうな。忘れたし」
「僕だって思い出せないよ」
二人は地下に潜っている二人のことを思いつつ、地上で仕事をのほほんとこなしていたのだった。
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「・・・よし、ここで中継班となる組は?」
「クライ、僕らの班です!」
「では、機器を・・・」
クライは震える手で機器のボタンのスイッチを押した。文字が"中継"とモニターに表示される。
「では、ここで待っているように」
「頑張ってください!待っていますっ!!」
涙目でそうモウニングに言うクライ。寒さと暗さが尋常ではなくなっているここは、地下60階。何事もなく進んでいたのだが、たまにくる物音にずっと神経をとがらせているため、そろそろ疲労困憊な雰囲気が流れている。
「携帯で、一つ上の中継班に連絡をとりなさい。まだ生きていると」
「がんばってください・・・!」
クライはモウニングにひしと抱きついた。ルナが口笛を吹く。ミントは目をそらした。ジョルジュはすこし怪訝そうな顔をした。
「・・・お前はよくがんばった。ここでひとまず休憩をとりなさい。それでは、地下へ進む」
優しく放し、モウニングと潜入班、中継班三組はまた階段を降りていった。
「・・・相変わらずモテっ子ちゃんだなぁ、モウニングっ」
ルナが階段を降りつつも話した。
「あれは間一髪だったからな。もしモウ二ングがダッシュでクライを助けてくれなかったら、今頃あの子は岩石の下敷きだ」
「すごい判断力でした」
ジョルジュとミントも付け加えて話す。モウニングは照れる様子もなく、普通に話した。
「あれは紐の切れる音が聞こえた」
「どこからですか?」
「はるか天井の方だ。どうやら天井にはいろいろな罠が仕掛けられているのが判ってきた」
「だが、天井を見るのは御法度だ」
ルナがそう言う。ジョルシュが疑問を述べる。
「・・・お前たちは、下見に行った、と最初に話していたな。声の主と・・・」
ミントもそれは気にはなっていた。そうこう話しているうちに、一つの部屋に出る。モウニングはモニターを見て、この部屋が単なる回り道の構造をしているのを確認したため、階段を更に降りる。
「あの声の主は一体・・・?」
「あれが、宗教の最後の信仰者」
「「!?」」
ミントとジョルジュは驚いた。
「ここは、あの教えを潰そうとする者達に、死を送り届ける為に作られたトラップハウス」
「地下に潜れば潜るほど、だんだん気温が下がり、暗くなり、トラップも尋常を超える、だとよ」
「まるで地獄ですね・・・」
ルナの説明を聴いて、ミントはそう答えた。ルナが続けて話す。
「天井は、懐中電灯じゃ光がとどかねぇ。むしろそのほうが良いんだ。・・・天井にはまるで地獄絵図のように、遺体が張り巡らされていたからな」
「っ!?」
「フェンテル都の古い話。技術進歩の為に、被検体という名の多くの犠牲者を産んだ。その遺体は供養されることもなく、埋められたらしい。・・・ここでその鱗片をお目にかかれるということだ」
「それは、ひどいものだ・・・」
「それで、さっきから悪臭がだんだん漂ってくるようになってきたんですね・・・」
ミントが鼻をつまむ。酸素ボンベが必要な理由が判ってきた。耳栓とごついサングラスはまだ使っていない。
「今地下64階。ここからは部屋を通さないと進めれないらしい。行くぞ」
階段から部屋へ移動する。そして部屋の中を進んでいった。懐中電灯の光が唯一の手がかりだった。
ガタンっ。
「「「!?」」」
「今度はなんだよぉ・・・!」
潜入班は、モウニングを含め9人。今までの階を下がっていくうちに、炎を浴びてしまった者、奈落の底へ落ちてしまった者、針の串刺しにされた者、刃物に身体を持って行かれた者達を置いていかざるを得なかったからだ。
がらららら・・・。
低い音を立てながら、トラップが進行している。一体何が起きたと言うのか。
「っ!?まさか」
ルナが見えない天井に向かって自分の鋼を飛ばした。そしてしばらくして、ルナの顔がみるみる恐怖に満ちていった。
「っ走れ!!!」
ルナがそういう。モウ二ングは迷うことなく走る。それに続いてメンバーが走り出す。モウ二ングがまっすぐ出口の方向へ走る。先にドアを開けておいて、皆が入ってくるのを待つ。
「こっちだ!」
潜入班の子等が次々と入ってくる。ルナが一番後ろで走っていたため、転けた奴はルナが担いでくれた。
「全員いるな!?」
ルナが聴く。みんな顔を確認し、いると報告する。それとともに、さっきまでいた部屋から地響きがおきた。
「っ!?」
部屋の扉を見ると、分厚そうな土の壁が扉をふさいでいた。
「・・・天井が、おっこちてくる罠だったのか・・・」
ジョルジュがそう言った。そこにいるメンバー全員が冷やと叫ぶ。モウニングが話す。
「よく気がついてくれた、ルナ。感謝する」
「良かったぜ、耳がまだ良くて」
「私は気がつかなかった。あの音はなかなか場所を特定しずらかった」
二人はしゃべりつつも歩いてゆく。ジョルジュが一言こう言った。
「少し、休ませてくれないか?みんなさっきの衝撃がでかかったらしい」
「そうだな、」
モウニングが戻ってくる。幸い、階段のところには罠をかけておらず、部屋にしか罠をしかけていないのが判っている。そこで皆が座りだした。ルナは立っている。自分の左の二の腕をさすっている。ミントが隣に来て、座る。
こんなときでも、すかさず傍に行きたくなる俺ってなんだろうな。
「どうしたんですか?」
「あぁ、さっきから鋼を酷使しちまってて、口が痛がってるっぽい・・・」
よく見たら冷や汗をかいている。そういえば、彼が鋼を出した回数、飛ばした回数はかなりのものになっていると今更思い返す。ミントがその鋼を出すところを見てみると、確かに二の腕にヒビが入っている。いつもなら、こんな跡残らないはずなのに。
「・・・大丈夫ですか?」
「ん~、あとは飛ばせるのは俺が吐血しない程度だったらー・・・」
「えっ!?血を吐くんですか?!」
「あ?あぁ。酷使するもんじゃねぇんだ。身体の一部が外に出て行くのは本来ありえないしな」
「・・・そう、ですね」
「まぁ、吐かない程度ならあと、三、四回くらいかなぁ~」
「・・・ですか」
ミントは自分が携帯している服のポケットを探り出しては、自分が選んで持ってきたものをルナに渡した。それは、木の輪っかに羽が三本ぶら下げてある、可愛らしい手の平サイズのアクセサリーだった。
「・・・これ、なんだ?」
「お守りです。ピピカ族は、一番鋭い羽の部分、初列風切の羽を三つくらい抜き取って、それをお守りのアクセサリーの一部にする風習があります」
「!?いいのか・・・そんな大事なの、もらっちまって」
「ルナさんの鋼より、ずっと弱いものですけど。・・・羽の一番硬い部分って言っても」
「・・・・・・」
「もらってください。俺にはお母さんの羽がついていますから」
「これ、誰の羽?」
ちょっと言葉に詰まるミント。そっぽを向きながら答える。
「お守りは、18歳になってから初めて自分の羽で作っても良いって言われているので。お母さんに教えてもらったばっかりだから、出来はよくないけど!無いよりましだろっ!」
「―――――・・・ミント、」
ルナがミントのそっぽを向く姿を見る。すこし頬に朱色がかっている。
こんな時でも、お前って可愛いよな・・・。
「ありがとう、ミント」
「―――――っどういたしまして」
素で返答をされてしまった。戸惑うミント、そんなミントの頭を撫でるルナ。そのお守りを大事にしまってから、皆の元に向かった。
「うし、そろそろ動けるか?」
「だいぶマシになったみたいだ」
ジョルジュが答える。さっきの一部始終は誰も見ていない様子だ。皆が渋々立ち上がってゆく。モウニングが言葉を切り出した。
「こんな出来の悪い仕事をしたあとの酒は、とびっきりうまいだろうな」
「おうともよ、ジョルジュ、お前こっちの打ち上げに来るか?」
こんなに暗いのに、そんな希望の会話ができるとは、神経が図太い。ジョルジュは鼻で笑いつつも、返答した。
「悪いが、それは部下が好まない。上でも仲良くしてくれていたら良いんだけどな」
「インサイトちゃんとハスキーは大丈夫よ。あいつら人が良いからな」
「問題は、むしろ我々の方なのだ」
ルナとモウニングはどうやら人になつかれにくいタイプと熟知しているようだ。そんな会話を背後から見ていて、そっと微笑むミントだった。
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「どれくらい、時間が経ったんだ?」
ハスキーがぼやく。インサイトは時計を見ては言葉を返す。
「今お昼ですね。これは夕方になっても帰ってくる気配はなさそうですよね」
「だぁ~、やっぱしんどいわな、120階を降りる仕事なんざ今回で最後にしてくれよなぁ」
「これで、あの宗教との繋がりは終わりですよ」
「インサイトさんと、ハスキーさん。お昼食べないのですか?」
配員が聞いてくる。二人はいらないらしい。
「俺たちの仕事関係は、同じ条件を出来るだけ味わうってことなんだよ」
「地下で頑張っている人がいるのに、ご飯たべれないかな。君たちは食べてていいよ、こっちの方針だから」
「・・・すごいですね。俺たちのチームはそんな意識ありませんよ」
「いや、これは後悔の念が強いんだよ」
「えっ?」
配員がキョトンとする。インサイトが言葉を付け足す。
「メンバーの一人が、ものすごく苦しんでいた時に、僕たちは何もできなくて苦い想いをしたことがあったんだ。今その人が一生懸命頑張っているから、その人のことを思って行動するようになったんだ」
「たったそれだけの理由で飯抜きなんざ、あいつの気持ちになりきってねぇけどよ。ほんの心持ちってなだけ」
「あ、これ内緒にしといてね」
インサイトが人差し指をたてて、笑った。配員の携帯が鳴り出す。
「あ、ちょっと待ってくださいね・・・。もしもし、はい、判りました、では頑張ってください!・・・今、中継班からまだ生きていると連絡がありました。現在潜入班の位置は100階を到達したそうです」
「ということは、ミントの班が中継になったってことか」
「報告ごくろうさま。あとはゆっくりしていってね」
「はい、お疲れ様です」
配員が、自分の持ち場に戻る。インサイトとハスキーの机の上にあるのは、あの配布された服の中にあったチョコのかけらだけだった。ハスキーがそれを眺めながら呟く。
「これ、腹持ちのためにあるんじゃないんだぜ?」
「そうなんだ。何か薬が混じっているの?」
「精神安定剤」
ハスキーがそう答える。インサイトが少々顔をこわばらせた。
「使うような状況に、ならなければいいけど・・・」
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「・・・地下、120階、到達」
「あっという間だったな、じゃ、最後は俺が中継班だな・・・」
ルナが、自分が持っていた機器のスイッチを切り替えた。
「帰りを待つぜ」
「無線機を持っているか?」
モウニングが聴く。ルナは服のポケットからそれを出した。
「もうここしか地下は存在しない。無線機の電源をずっと入れっぱなしにしてくれ。会話をするかもしれないからな。ここの主と・・・」
「・・・判った。あとは頼んだぞ、潜入班」
ルナはそう言って、モウニングと腕をぶつけ合った。それからモウニングは歩き出し、闇の中へと溶けていった。
「・・・さみぃ・・・」
ルナはしゃがみ込む。ルナの中継班は、ルナしか生き残っていない。自分の班メンバーがいなくなってしまい、独りで中継をしなくてはならなくなった。
「・・・見えるっておかしいよな」
ルナはわざと、自分の持っている懐中電灯のスイッチを切った。地下120階。光が届かないはずの絶対空域で、ルナは自分の目が闇に慣れすぎているのを感じ取った。これも鋼族の名残、光がゼロの世界でも、自分たちは生き残る。
鋼族の住処は、地下だ。だがルナは光を見たかった。
「・・・静かすぎるな」
無線機に耳を立てる。
『よく、ここまでこれたね!』
無線機が音を拾った。ルナが冬眠しかけた時だった。
『当然だ、万全の準備をしてきたのだからな』
『それにしても、君たちのその姿はなんだい?』
『お前のその姿の方が異常だ。身体が機会と混合しているとは実に奇妙だ』
『仕方ないから、最後の悪あがきをしようかな・・・』
『っ!?』
「なんだ・・・?」
無線機からゲーム音が聞こえてきた。それはまるでルーレットが回るような音をしている。そのファミコンちっくな、ぴ、ぴ、ぴ、という音のテンポが遅くなってゆく。
ものすごく、嫌な予感がした。
『びぃ~んご!只今から100階は、血と臓物をキンキンに冷やした水没地帯となりますので、そちらにおられるお方は逃げてくださいねぇ!ひゃはははははは!!!!』
中継班のミントがいるところだ。
ルナの心がぐらりと揺れた。無線機と中継器を投げ出して、ルナは階段を昇っていった。
モウニングはそいつが笑っているのを聴きながらも、無線機が無造作に投げられた音を受信して聴いた。きっとミントのところに行ったのだろうと思いながらも、そいつの首をかっきった。
「お前のような気狂いには何も聴かまい。機械に聴くだけだ。」
モウニングは慣れた手つきでパソコンのキーボードを打ち込み、今どうやってさっきの言っていた奴のシステムが組み込まれているのか、分析してみた。
「・・・くそ、インサイトがいてくれたら・・・」
「あの、これ、見たことある言語です!」
潜入班の一人が声をあげた。モウニングがその子の手を引っ張って、キーボードの前に立たせた。
「頼む、お前の判る範囲でいい。こいつの今行ってること、どうやったら阻止できるか、通訳してくれ―――――」
「・・・はいっ!」
潜入班も、結局は六人になってしまった。その最後の六人に、情報に特化している子が三人いた。どうやら、インサイトの元にいくのを躊躇した子達のようだ。
「助かる、今一体機械は何をしているんだ?」
「・・・っ!?隊長、これ・・・!」
隊長、とまで呼ばれるほど親しみをもたれたそうだ。モウニングは言われた場所のモニターを見た。
「今、ミント達のいる位置は、丁度ドーム状となっている空間です。しかも、ここで水がたまってしまったら、水の中を潜っていって、上の階にある部屋に行かないと助からないみたいです!」
「まずい、このままだとミント達の逃げ場がない・・・!」
モウニングが携帯を出し、ルナにかけてさきほどの内容を説明した。そのあいだに、三人のプログラマーが大きな画面を三分割に設定して、それぞれのボードで作業ができるようにした。
「せき止めるコードは、どれ!?」
「今探しているところ・・・!」
「なんって汚いプログラムなんだ!?読解しにくいように羅列しやがって・・・!」
「畜生、コードの解析なんて久しぶりすぎる・・・!」
「機種依存かよ!読めない部分があるぞ」
三人が頑張っている間、モウニングは一人の子に頼んだ。
「監視カメラを取り扱っているようなシステムがあったか?」
「あ、ありました!これです、100階を写します!」
いくつかある画面のうち、一つが起動する。モウニングが放送用のマイクを持って、話し出す。
「ミントたちの班、中継器を投げても良い!とにかく、その階から離れろ!!」
そうモウニングが促したとたん、ミント達のいた部屋の扉、両側から液体が大量に吹き出てきた。
間に合わなかった。