「あったあった!!あったよ情報!」
朝からドタバタと騒がしいインサイト。午前8時と遅めの出勤なのだろうか、彼の声が3階の屋根裏部屋からも聴こえる。小さなメモ用紙を持っては部屋中をうろちょろしている。仕事用の携帯電話を肩で支えつつも、電話しつつ、手元のメモを見ながら話した。
「おはようございます」
サヴィーは、先週の休みのことをぐるぐる考えていた。あの後の朝で案の定飛び上がって起き、久しぶりに天井に頭をぶつけた。朝から夫婦生活満喫で、朝食を一緒に食べてはお互いに仕草ばかり気にしていて・・・。
「サヴィー?ほらご飯、冷めちゃうよ」
ぼーっとしている時間がほしい。いただきますともぐもぐしつつ、彼のことに思いふけっている。インサイトはそんなことを構わずに、こう切り出した。
「学校休む?IllLowは休んで此方に来るって言ってたよ」
「休みます」
彼の名前には反応した。
「学校は良いのか?」「問題ないでしょう。部活を共にしているメンバーには、事前に伝えておきましたから」
IllLowは、彼が師匠とするモウニングと一緒にいる。廊下の大会議室前。壁際に佇んでは個人用のスマホを取りだし、画面を見ている。モウニングがその姿を伺いつつ。
「楽しかったか、」
IllLowは首を傾げた。
「高校生活のことでしょうか」
「インサイトは油断して、仕事用携帯のGPS探知を見なかったがな。先週の休日」
「!・・・仕事外でも携帯するものでしたから。師匠はご存知でしたか。その日、俺が何処にいたのか」
「サヴィーのこと、余り干渉しない方がいい。後の君と、彼女のためだ」
「・・・わかっているのですが、」
「会議室がもうすぐで開くだろう。インサイトがセキュリティをアンロックする」
本社に頑丈なセキュリティがあったとしても、地下から潜入できるのは殺人鬼くらいだ。本社がなんらかの理由で襲撃されたとき、地下からの抜け道を利用して脱出する。廊下の放送がなった。
『早いねー!おはようお二人さんっ』
「監視カメラから覗いてるのだな、さっきの会話が聴かれていたらとんでもないぞ」
小声でモウニングが呟く。IllLowがインサイトの声に応答した。
「おはようございます、司令官。大会議室の準備のため、早めに出社致しました」
『おーけー!じゃああけるよ!』
聞いてはなさそうだ。大会議室のパネルから、別の人の声が聞こえた。
『シグレットです。ドア、開きます!』
「うむ」
会議室がシュイーンと音を立てて開いた。モウニングとIllLowは部屋に入った。準備はシアター型のプロジェクターだ。壁にドッキングしている大型テレビとは言わない大きさのもので、ほとんどは企業向けに売られてある。100インチ以上はある。フルハイビジョン。
「くーっ!そんな画面で美女を拝んでみたいもんだぜー?」
「早いな、ハスキー」
「あまりにも現物に近いと、がっかりするようなモノが見えますよ、隊長」
IllLowはハスキーのことを隊長と呼んでいる。
「例えばよ?」「シワとか、」「厚化粧が判るかもな」「美女に化粧は必須だろうが!」
「おっはー、」「あれ?!今日ルナも一緒だっけ!?」「まーな?」「呼んではないがな」「五分沙汰です、ルナさん」
ルナはいちおう外部の方という扱いだ。インサイトとサヴィーは、近くのキッチンで今回の出席者分のコーヒーの準備をしていた。
「・・・シュガースティックは?角砂糖の入れ物そのまま持ってくの?」
「ハスキーとhi0の消耗品だからね。さ、これ持つ!」
お、重い。9人という人数分のカップが置いてあるお盆を持つ経験はいままでなかった。と、誰が来るのか考える。
「どちら様がくるのですか?」
「えっと、俺、ハスキー、モウニング。サヴィーとIllLowでしょ?外部はhi0、グローア博士、ルナ。・・・キャビットも来るよ、来させる」
「・・・グローアさん、」
「あの人と面識が合ったんだね、サヴィーは」
キッチンの片付けをしつつ、背中を向けて話した。
「・・・」
兄さんから、ざっくりだけど聴いている。昔は今のリーダー、モウニングさんを完全におもちゃとして扱っていたとか。もともと感情も視力も奪われていた存在で、働きかけても、どんなに変えようとしても。
もしその人が気持ちを入れ換えて、IllLowさんに個性を作らなかったら?・・・兄さんと同じような悩みを抱えていたのかもしれない。感情が欠如した、IllLowさん。
でも、見てみたいかも。
「博士組とキャビットはまだ来てない?」
気がつくと、もう大会議室にたどり着いていた。着席している一人ずつに、コーヒーをおいてゆく。
「っ!?」
ルナの席にコーヒーを置いて、次の席に移動しようとした途端、黒くてたくましい手に手を触られた。心臓が跳ね上がった。
「サヴィーちゃん、女子高生なのにすげえな。がんばってんじゃん」
「えぇっ?!あ、あのっ」
胸に響く低音ヴォイス。近くでも彼の声が振動して伝わってくる。
「かーわいっ、ビビってんじゃん」
どこからか引き金を引く音が聞こえた。インサイトだ。
「朝からぶち抜かれたくなかったら妹から離れろ、今すぐ!」
「へーいへーい、朝から怖いねえ」
「ミントがいないとすぐにこれだ。変わってないな、悪食い」
モウニングも強めに言った。手を離してもらい、ほっとするサヴィー。IllLowは断じて動じることもなかったが、全く無反応だったため、少ししゅんとした。
「時間ギリ到着ぁーく!おはようさーん」
hi0がキャビットの首根っこを掴んで、ドアから登場した。後ろにグローアがいる。
「こいつぜんっぜん人の話聴かねーの、ふさふさお耳が使い物にならないくらい?」
「離せ鬼ーっ!!鬼ーっ!!」
キャビットが金切り声をあげている。そして既に獣化している。どうやらひと悶着あったらしい。
「ご苦労様だ、hi0」
「なんて協調性のないおてんばにゃんこをメンツに招いたの?僕より聞き分けが悪いなんてねー!」
後ろで頭をかかえるグローア。まるで「お前が言うか」とでも言いたいような顔だ。
「メンバー揃ったね?」
席が埋まった。円形の机の真ん中に、角砂糖の入れ物が置かれる。手が伸びるハスキーとhi0。他のメンツは1つか2つだけだが。
「んで、どんな情報手にいれたの、インサイトちゃん」
発言しつつも鷲掴みして角砂糖をかっさらうhi0。半分になった。あとの半分はハスキーがかっかさらったのだった。消耗品。
「チャムの行方に関してクラッキングしていったんだけど、怪しい情報が一点」
フルハイビジョンのプロジェクターが、何かを写し出した。今では見ることのない色あせた写真だ。何かの大きな建物を写し出している。
「この建物、グリーンクラッシュの国際軍事課が運営する医療関係の軍事基地だけど、ここから妙な報告書を引っ掻けました」
エンターキーが押される。報告書の一部が写し出された。hi0の表情が一気にかたくなった。
「そっくりじゃん、僕が彼を題材にしてたときの報告書と」
「その通り。ずいぶん前に手渡してくれた、チャムのプラチナコアに関する研究書と全く同じものを発見しました」
サヴィーは見ていてさっぱりの状態。それは専門分野なので、ハスキーもモウニングもその報告書の意味は解らない。だが、それが本来hi0が持っていたものだったことは理解している。
「その軍事基地は、かなり開けた場所にあるようだな。背景になにも建物が写っていない」
「そう。ここからが侵入経路の割り当てが難しいところです」
今度は地図が出てきた。といっても、ブラウザの情報がマッピングされたものだが。
「ゴウグルマップはここ、全くの白でしたので、俺の知りうる情報を噛み合わせて作りました。上からの図です」
「まわりなんにもねえじゃん。開拓地か?」
ルナが発言する。キャビットは退屈そうにあくびをした。
「流通網を利用しないと侵入出来そうにないぞ。車を乗っ取って」
モウニングの発言。その通りとインサイトが言う。
「流通網を探索したところ、精神病院から人の流れが伺えました」
「プラチナコアの適用道具か、別の研究か」
hi0が呟く。キャビットは身を乗り出す。
「車、乗っ取るの?」
「病院も洗い出しておきたい。前回の依頼にあった、死去を建前に人身売買をするため、健康な人を薬漬けにしているのならば大問題だ」
そんな病院もあったのか。闇が深い。
「ですね。同時に洗い出しておきましょう」
「この話とは直接関係ねーけどよ、」
ルナがスマホを触りながら喋り始める。
「ギャングの情報がずるずるでてくんのよ、あら探ししてたらよ」
キャビットの顔が嫌そうにしていた。隣にいたhi0がお砂糖たっぷりコーヒーをスライドしてあげると食いついた。コイツも甘党だ。
「なんでも、軍事に金を流して武器を買い取ってるらしいぜ。そのうちギャングのあり得ねえ生体能力を売り出したりするかもしれねえ」
「どことやり取りをしているんだ、」
モウニングがくいついた。
「吐き出させようとしたら自爆しやがった。よっぽど俺に、掘られたくなかったらしい」
「秘密は墓場までもって行く、か」
ハスキーは溜息混じりにそう言った。インサイトが話を戻す。
「で、侵入経路の割り出しだけでいいかな?あと病院も白黒つけるってこと」
「ルナは出来れば、モンスターギャングの人脈がどこまで広いかを収集してくれ」
「あいよっ、値は高いぜ?」
「貴様を金で雇った覚えはない」
「んじゃなくてよ~っ」
卑しく笑いだすルナ。クールに見つめるモウニングは自覚なし。インサイトがムッとした。
「はいはいはい!話は終わり!情報がクリアーされたらまた報告します!あとルナ!!俺の妹の前ではしたない行動と言動は慎んで!!」
サヴィーは、初めてゲイを見た。
「悪影響ってか?おいおい俺はバイだぜ?ちゃんと女にも興味あるって」
「ちなみにこの会議の会話は全部録音、記録しています!後で参加者及び欠席者のミントくんにも!!渡しまーす!!」
「あぁあっ?!んだと聴いてねえぞ?!」
そのインサイトの返しとルナのリアクションでhi0とハスキーが笑った。腹をかかえて。サヴィーはキョトンとしている。キャビットが手をあげる。
「はいはーい、ルナのあら探しって、なにしてますかっ」
ほわんとした声色で聴いてくるキャビット。耳がぶわっと拡張され、尻尾も逆立ってる。
「殴り込み、潜入。連絡のとれるヤバい情報屋取っ捕まえて話を吐き出させる」
「脅すの大好き!同行させてくださーい!高校のテストがあってたいぎいんだ~っ」
机に突っ伏し、顔だけあげてそう言った。獣に興味がないルナは普通の態度で接した。
「って言ってるけどよ、新人さんが」
「テスト期間はちゃんと学生してください」
インサイトの禁止が出た。えーんと顔をくしゃくしゃにする。まるで子供だ。ルナが苦笑いする。
「そう簡単に終わる仕事じゃねえし、場所によってはきたねえとこ、淫乱パーティーしてるとこ、薬打ってるとこ、さまざまだぜ?来んの?」
「いくー!僕は獣だから、はだかはただのお肉だもん!食べてやる!」
「カニバも嫌いじゃないぜ?」
サヴィーの知らない世界が繰り広げられていた。会議の終わりをタイマーが知らせる。撤収作業に入った。
「お疲れ様新人たち。先に帰って良いよ!」
「おいキャビット、」
ルナが声をかける。キャビットはパタパタと向かう。インサイトがジト目で様子をうかがう。
「とって食いやしねえよwwテスト期間把握と、俺の連絡先教えるの。手足になってもらうぜ」
「キャビットは確かに出所があんたと似たような所だけど、学生なんだからね?無理させないでよー」
「心配ねえって、出所が人じゃねえんだろ?」
「そうだけど・・・」
「ぼくがんばりまーす!」
のんきな声だ。IllLowがサヴィーに声をかける。
「サヴィーは司令官と帰るのか?」
「えっ、と」
「ひゅー、アプローチがあついね~!」「おいソコはもっと強引にやるんだIllLow!」
ルナとハスキーがちゃかし、インサイトが睨む。
「頼んでいい?俺はまだ仕事が残ってるし、IllLowも部活動に間に合わせたいでしょ?」
「青春っ!!!」「高校生活で恋愛してんのな?!」
大人の茶化しがここまでうるさいとは思っていなかった。サヴィーの顔がだんだんムッとしていく。IllLowはその表情が可愛いと口に出して言いそうな所を抑えた。
「失礼しました」
冷たく一言放って、部屋を出たサヴィー。インサイトは肩を落として頼んだよとIllLowに言った。会釈をして、彼もサヴィーを追いかけた。部屋を出れば、廊下の壁に背中をくっつけて不機嫌にしているサヴィーがいた。IllLowが深呼吸をして、彼女の頭を撫でた。
「帰ろう、」
「・・・からかわれるのは、おおよそ予想がついていましたけど・・・」
廊下を歩く二人。サヴィーは肩がつくほどの距離にいることに気づき、距離をとる。IllLowが怪訝そうな顔をする。
「っ!」
腕を持たれ、引き寄せられた。
「からかわれるのがそんなに嫌か」
「そ、そうじゃなくって。バレちゃったら兄さんにも知られちゃいますよ?」
「それは困るな」
少し彼の行動に強引さがでてくる。そんな支配的な彼にどきどきしている私がいる。
「すまなかった、」「いいですよっ」
嬉しいですから。
学校に戻ると、辺りは夕暮れだった。もう運動部は片付けに入っている。サヴィーは友達にメールをし、部活に参加できるかを聴いてみている。
「・・・バレー部はもう撤収ですって」
「そうか、」
だが、IllLowの部活動はそうとはいかない。まだ新築の練習場に明かりが漏れている。
「・・・あ、私は帰ります。IllLowさんの部活動は凄いですね。まだやってるなんて」
「・・・練習、覗いてみるか?」
「へっ?」
不意打ちに聴かれ、声高く返事した。練習場から二人ほど、人が出てくる。IllLowと一緒に踊っていたメンバーだ。すぐにIllLowの存在に気づき、はしゃぐ彼ら。
「ンアアアアアアア!!いるるーっ!!!おっせえー!!!」「おい紳士!はよ来い!!」
隣にいる女性の存在に気づかない訳がなかった。
「ンアアアアアアア?!?!おいリーダー!いるるーが恋人連れてんのー!!」
「こ、恋人なんて!!」
今まで声を張り上げたことがなかったサヴィーが、初めて高校生の男子に言い返した。IllLowは全く動じずにサヴィーの手を握った。びくっと反応する。
「恋人だろ?」
「っ!!」
胸が熱くなる。顔を真っ赤にしては頬を覆った。
「ちが、わないですけどっ・・・!」
「んおーーしかも美人清楚ハードル高い!!のサヴィーさんかよっ!?」
私ってそんなイメージだったの?!
「練習を見せたい。安心しろ、サヴィーはスパイではない」
いつのまにかきれいな玄関に上がり、部屋に入る。照明が一つも切れていない丸い明かりが、規則的に並んでピカピカの床を照らす。壁が一面だけ、全部鏡でできていた。皆裸足で、シューズをはいていない。別のメンバーはストレッチをしていたり、鏡に並んでシンクロする動きをチェックしていたり。
「だれもそんな考えねえってww別に良いけどむさいぜ?」
「体育館も同じくらいです、大丈夫です」
「はぁっ!!サヴィーさんと初めて喋った!!感激!」「ちょ、俺にも喋らせろ!!」
私はマスコットですか。
「俺IllLowのサイド盛り上げ役クレイジー!」
金髪メッシュが目立つ黒髪を、横だけにかきあげて束ねている人。
「僕ちゃん甘いの大好きバタースコッチ!!」
黒い縁の眼鏡が特徴な、普通の髪型をしている人。くるりとした目が可愛い。
「・・・お、俺?黒と黄色ハートの服着てたらハニーなんてアダ名つけられた、ハニーです。よろろ」
顔は一番ガンを飛ばしてる、白くてさきが黒い髪を、メンズ用のカチュームでかきあげている人。今度は黒髪を後ろで結んでお団子にしている、サングラスの人がきた。
「俺はIllLowの教育係とチームのメンテ担当、ゲイトです!リーダーだけどまんまだろ!」「なんて?ゲイと??」「アーッ!」
IllLowは少し後悔した。
「司令官はこんな気分だったろうか」
「俺ハニーと交際中♥」「やめいバカンス!」「照れてんのかわあー!」
サヴィーはIllLowをジト目で見た。
「IllLowさんの、アダ名は?」
「ジェントルマン!」「どきどきダーリン!」「ちげえいるるー!!」
「誤解だ、サヴィー・・・!」
ぷくっと顔を膨らませる彼女と、焦る殺人鬼。
「浮気は許しません」
何時もの冷たい視線をおくり、そう呟いた。判ってると念をおすIllLow。
「んじゃ、IllLowも来たしやろうぜ。一ヶ月とちょっとしかねーからな。んじゃ、ストレーッチ!!」
サヴィーは鏡がない壁の方に座り、彼らの活動を黙って見ていた。
「バタースコッチ、眼鏡こんなとこ置くな、ふむぞww」「あ、ごめんなさーいそいつMだからー」「えむwww「アホちゃうか」」「はいしゅーちゅー!」
緊張が音楽とともに生まれてくる。まだストレッチの時間なのに、彼らの空気は踊っている感覚そのものだ。突然一人が踊り出すと、調子に合わせて他のものが釣られる。伝染力の強さははかり知れず、ついには曲が2周目の時には本番のポジションにつき、ダンスが始まった。裸足の足がグリップとなり、キュッと音をたてる。
「皮はだける!」「化けの皮!?」「ヒャッハー!!」「だまれ!」
足を踏み外す音。曲がストップされる。
「気ぃゆるめんなよー!バカの黄金の垂れ!!!」
サヴィーがくすっと笑った。
「そだ!サヴィーさんちょっと!」
「?はい、」
リーダーのゲイトに呼ばれ、立ち上がる。彼はスマホを持ってはカメラを起動した。
「ほい、撮って」「んちょーー!?まだ一回も成功してないのに!!」「せめてあと一回とおしでさせてーな!」
「本番の緊張さがなさすぎ!グダグダ言わず、しゅーちゅーしろ!しくっても繋げろよ!?」
サヴィーはスマホカメラマンになった。彼らが鏡から3歩ずつ下がる。下がり方も後ろを振り返らず、大股で3歩後ずさったという表現が適切だ。リーダーが声をかけてくる。
「全員入ってますかー!?」
「バタースコッチさんが見切れてます!」
「やーんごめんなさーいっ、半分こだったの?」「俺が頂く」「ハニー!浮気は許さんっ!!」
なんなのこの人たちは。
「流すぞ、」
音楽を流すプレイヤーから近いIllLowが、音楽の音をオンにした。サヴィーもそれと同時に録画する。彼らの目がぎらりと光だした。低い姿勢から、音楽の時々はいる小刻みなドラム音に、アクションを起こす。アンビエンスな環境音から、だんだんと曲の輪郭が現れ。
「are you readyyyyy!!」
体が皆柔らかい。足を思いっきり上にあげても膝が曲がらない。頭まで届いている。サヴィーはその手にスマホを持ちつつ、それぞれの動きを洞察力の良い目で観察していた。曲の輪郭が終盤から汗がしたたり、吐息も上がっている。IllLowは今までの運動量とさほど変わらないのか、汗は滲むものの、呼吸は整っている。曲の終わりとともに、数秒間体を停止させてから、突然ぐだって崩れ始める。
「ふにぁー、もうぱんぱーん。足がおもたーい」「おいバタコ、へばんの早いぞ。中盤からお前だけ体力きれてんぞ」「きれっきれですーっ」
「はいありがとうサヴィーさん!」
ゲイトが一番に彼女の元に歩き、次にIllLowも近づいてくる。
「んんー、ぜんっぜんダメ」
「呼吸は前回よりは。テンポも食いついてますね」
「いるるーはプラス思考だなあ」
「いいえ、進歩が目に見える範囲なら、見つけることが大事です。頭ごなしにダメというのは、簡単でしょう」
「かっこええ!」「名言いただきましたー!」
クレイジーとゲイトがくいつく。
「が、このままではステージに立つ以前の問題でしょう」
「誉めておとすー!!」「こわー!!」
がくんと肩をおとす二人。サヴィーは録画したものを巻き戻しては再生を繰り返す。
「ここ、ですね。違和感の原因は」
「んっ?」
「ここでジャンプしている時の、肩のあがりですか?高さですか」
「ほんとはそこのジャンプ、高さ会わせようとしたんだけどさー?身長差がでかい!特にバスケ部よりなハニーと、平均以下のバタースコッチの穴埋めが厳しいの」
「どーせ僕ちゃんはおちびですーっ!」「可愛いじゃねえか!!」「そう言ってくれるのハニーだけだよー、ハニーはおっきいね♥」「んん!ナニがかな??」「ナニでかいって??」
クレイジーとハニーが嫌に絡む。バタースコッチが困ってる。
「こんのクレイジーハニーは・・・」
名前がドッキングした。
「じゃあサヴィーさんも分析係しようか、」
「へっ!?」
「なーんて冗談!いるるーが分析係してるからよ、恋人さんも一緒にどうですか~ってな!」
「こっ・・・!」
もう訂正はしない。
「しっかしー、意外だなー!いるるーがサヴィーさんとお付き合いしてるなんてよーっ」
それぞれがダンス終わりのストレッチと片付けをしている。
「いつから?」「つい最近、告白した」
本人の前でそんな話展開しないでくださーい!!
「んひょー!その時の気持ちはいかがでしたか!?」
しかも私に降ってくるのですかその話題ーっ!
「えっと・・・その、なんというか、」
「しめたっ!!って感じ?」
「違います!ずっと前から、会いたかった人、というか・・・」
「ンアアアアアアアなんだよ既に運命の紅い糸だったのかよー!」「ロマンチック~、リーダー、話盛り上げるのは良いけど片付け間に合わないよ?」
「やるやるっ!」「あくしろーっ」
それぞれが片付けをしていると、IllLowが時計をちらと見る。
「送ろうか、サヴィー」
「えっ、だ、大丈夫ですよ」
「いるるー送ってやんなー!片付けは俺らでどうにかなるからよー!」
「有難うございます、お言葉に甘えて先に帰ります」
「LOVEしてらっしゃー!」「らっしゃー!」
サヴィーは顔をただ火照らせるのだった。
「はい、もう一回潜入経路を確認しまーす」
時間は午後11時半。布団が恋しい時間帯ではあるが、ここは深い茂みの中。一本道になっている道路をただ伺っている。明かりは懐中電灯のみ。インサイトがハッキングして入手した地図を拡げる。
「事故役ルナ、ここに通ってくる軍事用車にわざと衝突、悪い客を演じてね。稼いでほしい時間は約5分ないし15分」
「何分でも引きずるぜ」
「その一環、モウニング、僕、ハスキー、IllLow、サヴィーはトラックの後ろから潜入、このまま地下の衛生管理室に乗り込んで、チャムの奪還計画を遂行する」
ここまでをインサイトが話した。モウニングが詳細を話す。
「あとはそれぞれのチームで動くように。探索は一人では行わないこと。それと何か大きなシステム室を見かけたら、速やかにインサイトに報告だ」
「じゃ、しっかり付いてきてよ、サヴィー」
「はい」
インサイトの声に反応するサヴィー。モウニングがさらに説明を重ねる。
「ミントとキャビットは外から侵入を図るそうだ」
「囮になるなよ~?」
ハスキーが無線で誰かに話しかける。
『了解。屋上にキャビットを下ろして、上のセキュリティを打破出来たら連絡を入れる』
ミントの声だ。
『片付けはまかせてーっ』
後ろからキャビットの陽気な声が聞こえる。
「潜入地帯は、完全に敵陣地の巣穴。監視カメラ、徘徊、赤外線の動的物体の感知、いろいろ想定して、でしゃばらないようにね」
「まかせろよ!」
一番心配なハスキーが、元気よく返事をした。何かエンジン音が聞こえる。インサイトがとっさに明かりを消し、道路を見やると、車の明かりが通過する。大型トラックのようだ。
「獲物が一匹、通過。ルナ」
「ってくるぜ」
ルナが紅い車に乗り、サングラスに派手なシャツを着た。見るからに絡めばめんどくさそうな雰囲気に早変わりだ。派手に音楽を鳴らし、交差点の信号がないところまでひとっ走りした。だか想定外は起きるものであり。
「っ!?あの紅い車なんだ?・・・!うわあああ!!」
ルナは加速をしすぎた。派手にトラックの真横からぶつかり、ルナの車は粉砕。それを見ていたハスキーは笑いをこらえ、モウニングとインサイトは顔を片手で覆い、サヴィーは口をあんぐりあけた。IllLowは、無反応だ。
「経費の無駄だな」
この展開は流石のトラックの運転手も慌てて降り、数メートル飛ばされたルナの生存確認をしに行った。モウニングたちが動き出す。
「好都合だ、後ろから侵入しやすくなった」
確かに、運転手はルナの確認をしに降りて、トラックから離れた。その間に、トラックの後ろから接近。IllLowがトラックのシャッターに近づく。
「ロック解除の無線探知がついている」
「任せて、」
インサイトが向かう。それに何か端末を繋げるために、外壁をIllLowに外してもらう。ドライバーのマイナスなのか、プラスなのか、大きさは・・・と悩む訳がなかった。彼の右目のスコープアイは、それを想定した分解術がインプットされているのだから。丁寧に外しては、インサイトが中身のロック解除装置をパスする。ここまで約3秒。仕事の速さは本物だ。
「だれだ!」
トラックの後ろで、警戒体勢に入っていた監視員に当たっても問題なし。モウニングが相手の首を狙っては、音を殺しているハンドガンで的確に始末した。遺体はそのまま、荷物にかける布の下に隠した。
「うし、着替えろ」「ここの車荷物運びじゃないの?人がいない」「格倉庫だろうが侵入すればこちらのものだ」
もとS.KILLERメンバーの3人が会話をしつつ、敵の上の服を剥ぎ取る。それに着替えてはカモフラージュをした。サヴィーはあまり良い顔をしない。
「丁度いいな、こいつらカード持ってんじゃん」「それがないと通れない場所が、恐らく人体実験や感染病原菌の開発室に行けるのだろう」「ビンゴだよ」
インサイトが小さなライトをカードに当てた。そのインサイトがカモフラージュした相手の胸ポケットに入っていたカードに、「衛生管理室パスポート」と書いていた。
「荷物のチェックをしよう」
「後ろの荷物は大丈夫だったか?」
速い。もう帰ってきたのか。ルナはどうやら時間稼ぎできる余裕のある怪我の仕方をしなかったようだ。バカらしい、と小声でモウニングが言った。
「中身が心配だから、ちょっと箱開けて確認をするぜ。気にしないで走らせてくれよ」
ハスキーはうまい会話に持ち込んだ。つまり、中身を見て何があるのかあら探しをしても良い口実を作ったのだった。敵陣地の中で緊張がマックスなサヴィーは、中々行動出来なかった。
「!」
IllLowが肩を後ろから叩いてくる。
「ぼさっとするな、」「っ・・・」
彼の言葉にトゲがついた。行動に写すのみ。箱の中身は、生物の体の一部をガラス瓶にしたもの、日用品の食べ物、医薬品、その他衣服と雑多にある。武器調達もある。ハスキーが猫ババしている。
「衛生管理室に持ってくのってどれだよ?」
ハスキーはナチュラルに運転手に聞く。
「おいおい!それお前らの担当する場所だろうが?さっきの衝撃でごっちゃになっちまったのかよ?」
「鶏頭だからよ?」
「ははーん、しゃあねえな。もって行くのは瓶詰めの箱だけ!あと部屋じゃなくて部屋手前の廊下の所までだからな?持ってくのは」
ハードルがあがった。
「んじゃ入れるのはお前だけだな」
ハスキーがインサイトを見る。
「とか言いながら、荷物の多さに部屋手前まで引きずってもらってるしな」
運転手は全く気がついていない。そのまま侵入経路まで確保可能だ。
「ルナの慰謝料どうする?」
ハスキーが小声でモウニングに聴いたが。
「知らん」
一言で返された。
[11:25 - グリーンクラッシュ都市:バンクス草原無法地帯]
「オーライ!オーライ!」
夜の、空気が澄んでいる草原に、一つの大きな建物。迷彩柄の基地が、遠くを照らす巨大な外灯の灯りによって、写し出される。そこに一本の道路に沿って、トラックが到着した。頑丈な門が開き、トラックは中に入る。
「ストーップ!」
門が閉ざされた。
「運転ご苦労さん、ってどうした?!この凹んでる部分!」「びびったぜー?横から突っ込んでくる車がいてよ」「こんな時間にか?」「もう粉砕、しかも遺体はどこにも見当たらなかったし」「ちったのかもな?」「それな?」
トラックの後ろのシャッターが開く。荷物の運ぶ従業員が入ってきては、格倉庫にもってゆく雑多なものは回収された。
「後は、俺たちの仕事だね」
ヘルメットで顔を覆われている、明るい男の声がする。
「んーと、地図はこれだな」
もう一人の男の人が、既存のかっさらった衣服のポケットを調べると、メモ用紙がでてくる。
「よし、管理室お前一人でいけんのか?」
「ちよっと難しいかな、一人よこしてよ」
「なら、」
困ったような声に反応して足を進めようとした細身の男は、地図をだしたでかい男に止められる。小声で言う。
「モーウニング~?お前らだけの仕事じゃねえんだからなー?」
「管理室で暴れられても困る。ハスキー、大人しくできるか?」
「まかせろ」
「なら頼んだ、」
侵入成功。全員ヘルメットでも違和感がないらしく、周りの敵は一切気にかけていないようだ。ハンドルつきの、2階建てのようになっている代車に瓶詰めのダンボールを乗せた。
『代車にカゴがついている。ダンボールからだしてビンを直に置けばいい』
インサイトが聴いたのは、ヘルメットのなかに隠してある無線機。全員に会話が聞こえるようになっている。
「手伝いましょう」
IllLowが動く。サヴィーは上を見ると。
『ミント君とキャビットさんが降りてきました』
『目がいいなー!さすがはインサイトの妹だぜ』
ハスキーは悪気なく言った。サヴィーはヘルメットのしたで嫌な顔をしつつ、声では明るく返事した。器用だ。
『よし、後はメンバーに別れて行動だ。ハスキー、インサイト、サヴィーは管理室の侵入から、チャムがいるか探してくれ。私とIllLowはシステム室と、ここの大ボスがのさばっていると思われる部屋を探そう』
「んじゃまたなー!」
他人にわかるように、大袈裟にハスキーが声をあげた。誰も見向きしなかった。インサイトが代車を引きずる。ハスキーとサヴィーは後ろからついて行き、モウニングとIllLowとは別行動をとることになった。実際に基地に入っていく。部屋は真っ白で、全く誰もいない。あるのはロボットの徘徊のみ。足が3つのローラーで支えられていて、目があるロボットだ。
『認証カードをおかざし下さい』
ハスキーがカードをかざす。次にインサイト、サヴィー。
『夜間のお仕事、ご苦労様でした。管理室はそちらのカードがパスポートになります』
ハスキーが舌打ちした。
「ロボットにごくろうだってよ?舐めやがって」
「ご苦労は下の人に言う台詞なのにね?・・・と、ねぇちょっと」
ロボットに声をかける。
『なんでしょう?』
「エレベータまで案内してくれる?ついでに管理室も」
『わかりました』
「おいおい、いいのかよ?」
ハスキーが案じているのは、ロボット自身が監視の目であること。インサイトはヘルメットのしたで笑っている。
「あんな性能よさそうな機械があるなんてね、どこまで情報所持してるんだろうなってね」
そこまで話を聞いて、ハスキーは何をしようとしているのか想像がついた。エレベータにロボットが先に乗り、ドアをあけていた。代車もすっぽり入る広さだ。3人はともに入っていった。ドアが閉まるとともに、インサイトはまたロボットに話しかける。
「君は顔認識を搭載されているの?」
『はい。侵入者の顔を判別するためです』
「君はほかのロボットと情報を共有化しているの?そのスピードは?」
『はい。端末からインプットされた情報は、5分ごとの記録更新によって、全てのロボットが同じ記録を保持します』
「ありがとう、」
手早くインサイトがロボットの後ろに周り、端末の口に何かを刺した。記憶媒体だ。ロボットは瞬時に電源が落ちたとともに、再起動がかかる。インサイトがデータの初期化とともに、なにやらコマンドプロンプトを立ち上げている。
「エレベータのなかには多分、空気の流動を感知するモニターしかついてない。から、焦らず、ゆっくり構築するよー?」
「だれかが乗り合わせてきたらどうするよ?ても管理室は地下一番下だから、時間は稼げるけど間に合わせろよな?」
言っている側から、エレベータが途中で止まり、一人の人が居合わせた。
「おま」
相手が叫ぶ前に、エレベーターへと肩を握り掴んで入らせるハスキー。相手の溝を的確に狙ってアッパーをくらわした。鈍い音がする。相手は恐らく失神した。とっさの判断と、正確な処置。サヴィーはなにも出来なかった。扉は締まり、まだ下へと移動する。
「やるね~」
インサイトは構わないでそのままロボットの背中にあるキーボードから、再構築のプログラムを打ち込む。
『インサイトでーす。朗報します。こっちが出会ったロボットはどうやら基幹ルートのシステムウエアを詰んでました。今から5分後、彼らの侵入者の判定は事務員となり、我々S.KILLERの顔は見方と認識、情報もパスします。案内ロボットの誤動作で組織が混乱している間に、チャムとこの事業の情報を頂きましょう』
『よくやった、仕事が捗る』
無線でモウニングの声が聞こえる。ロボットに命令を下した。
「ルート基幹である君を手放すとのちのち修正をかけられる。更新し終わったらどのユーザーも認証を通さないこと、いいね?」
『ラジャー』
「ラジャーってwwwもうお前色に染めちまったのかよ?」
「使えそうだったらもって帰ろう。ヴィジュアルも変えてさ、」
エレベーターが到着の音声を告げる。インサイトは銃を構え、サヴィーに激励をいれる。
「何も成果を出さなくてもいい。めげずにしがみついてくること!・・・これが、今回のサヴィーの課題」
エレベーターが開いた。勢いよく3人と1体がエレベーターから出ていった。格倉庫に置くための荷物は置いてゆくようだ。
「まだ5分経ってないから、目立つような行動は控えること!」
足音に気づく。壁にぴたりとくっつく3人。ロボットは平然だ。
『始末しましょうか』
「いや、モニターをこっちに見せて」
『了解しました』
監視カメラにロボットがアクセスし、目の光線を壁に当てて表示させてみせた。
「ただの従業員か、」
インサイトとハスキーは怯むことなく、進んでいった。サヴィーは驚きつつもついてゆくと。
「ちょっとまってくれ!」
ハスキーが白衣を身にまとっている3人に声をかけた。
「どうしましたか?軍事警備員がここまで入れるはずないのですが・・・」
疑う余地もない。ハスキーはさらに言葉を続ける。
「地下に侵入者がきている」
それは私たちですよね?!
「なんだと?!至急連絡を」「まて!」
ハスキーが遮り、更に説明を続ける。
「上の連中からの命令で、公には出来ない。混乱を招くだけだ」
「こんな時間に警報を鳴らして、疲労した軍人を無下にするのは宜しくないでしょう?任せてくださいよ」
インサイトも声をだす。そこまで言うと、白衣は慌てて頑丈な扉にある、認証用キーボードを叩く。ピピと軽快な音をたてて、扉があいた。
「どこの部屋ですか?」
「衛生管理室だ」
「バカな!!あそこはここ、最高地下のどこにも抜け穴がない場所だ!地盤沈下を掘る頑丈なドリルがあったとしても、外から気がつかない訳がない!」
ハスキーとインサイトが白衣の彼らに銃をつきつけ、発砲した。
「ひぇっ!??」
撃ち落としたのは、カメラだった。扉がしまり、衛生管理室の内部に潜入したのだ。外から誰も入ってこない限り、ここは密閉された場所だ。
「あんじゃんな?」
ハスキーとインサイトがヘルメットをとった。彼らの顔から血の気がひいた。
「え、S.KILLER?!ど、どうしてここまで来れた?!」
「まー、郷に従えってやつかな?」
インサイトも得意気に話す。白衣の人たちは冷静になって、話を切り返した。
「何が目的だ」
「チャムって被検体がいるだろ?」
顔色が厳しくなった。彼らは何かを知っている。インサイトも相手がどうでるか警戒しつつ、尋ねた。
「貴方たちの管理室が所有するデータベースにアクセスしました。そこで我々は、明らかに貴方たちのものとは思えない論文を見つけました」
更に相手の顔色が厳しくなった。
「その論文だけ、紙ベースのものをスキャンしたデータのもの。作成年月日も、明らかに古いものでした。・・・その被検体を、こちらに手渡してほしいだけです」
それだけのことかと、白衣の方たちは顔を緩めたが、ほんの一瞬だった。
「もっと早く、言ってくれれば、」
「はい?」
「もうここには、あの人はいないんだよ・・・!」
[12:48 - グリーンクラッシュ都市:バンクス草原無法地帯]
『何をしていたのだ、ルナ!』
「んなのわかんだろ!!やっと体動くようになったってんだろ!」
「ほんと、あんたってバカだよ、バカ!!」
屋上に続く階段。そこから下る3つの影。黒染めの影、ダークシアンの影、そして尻尾がふわっふわしている影。3人は降りると、そこは全自動のロボットが本来駆除する対象となるS.KILLERのメンバーには撃たず、逆に建物の内部の人間を撃っている。
「なんだ、こりゃ?」
『ルナは後から無線を貰ったのだな。インサイトが、このロボットのルート基幹を牛耳った』
「さすがインサイトちゃーん」
「こちらミントとキャビットとルナ!基地の最上階に侵入しました!」
『こちら、モウニング。今からそちらに向かう、飛行機着陸に必要なだけのスペースは確保できたか?』
「問題なーし、いつでもおろせるよ~」
キャビットがかるく無線に呼び掛けた。彼がつけているペストマスクがミントの持っている無線機にあたる。
「あとは上に侵入させないようにするだけ?」
『インサイトたちと連絡がつかない。今私が地下へ探索をしに行っている。IllLowがそちらに向かっているはずだ』
「おーけい。チャム発見まで、俺たちが屋上死守、踏ん張ればいいんだな?」
『そういうことだ、後で粉砕した車の請求が届くぞ』
「げっ」
ルナは肩をがっくしと落とした。ミントが舌をだしてあっかんべと反応する。キャビットが尻尾と耳の毛を逆立てて二人に呼び掛けた。
「来たよ来たよ、敵!」
ここの白衣を着た人や、警備員とは違う、軍服を着た大男たちがやって来た。手にはガトリング。回りのロボットを破壊しつつ寄ってきた。
「ちっ!侵入者だ!」
「やっと楽しくなってきたじゃん!」
ルナの左の二の腕から、白く輝く刃物が露出する。それを見て、胸にバッチがついている軍服のおじさんが顔を覚えてしかめた。
「ひ、左腕の剣士・・・?!どうしてこんなところに!」
「いっきまーす!」
キャビットがフライングする。敵のど真ん中へ侵入し、軍服である彼らを得意の爪で引っ掻いた。その爪の長さと切れ味によって、体の皮膚より深く傷をつける。肉も抉る獣の爪。
「うわああっ!!」
腹を裂かれ、回りが怖じ気づく。ルナも乗り込んだ。もはやロボットの援助なくても、彼らは平気だった。
「おい!屋上までの階段を閉鎖するのが先だろ!」
「あ?!わーった!」
ルナは階段付近に動かないようにした。
「キャビット、てめえが減らせ!」
「いえっさー!」
キャビットが走る。速くて敵の体が追い付いていないだけだ。背中を、顔を、脚を裂かれる。
「脆いよね、」
キャビットに慈悲はなかった。
「チャムがいないって、どういう意味?」
「チャムさんは、プラチナコアのデータを取るために、何度も摘出手術が行われた」
サヴィーは口元を押さえる。想像しただけで吐き気がする。
「それだけじゃない、今は彼のキッズの能力を操ろうと、頭に電気信号を無理やり流して・・・その実験に限度が来たから、今度はもっ大きな組織に引き取らせるって・・・!」
白衣の3人は、脚を震わせてそう答えている。相当なストレスを抱えていたのだろう。ハスキーが優しく、声をかけてみる。
「安心しろ。俺達はそのしがらみから、チャムを大切にできる医者のもとに返すためにここに来た」
「貴方たちはその自覚があるのですね。・・・なら、せめて彼が囚われている部屋、およびそのデータの確保をしている管理室のシステムルームに案内してくれませんか?」
「はい、はいっ・・・!」
唇を噛み締めて、彼らは動き出した。ハスキーは銃を下ろし、肩をボンと叩く。
「・・・」
サヴィーは信じていない。銃は構えたままだった。その姿の方が正しいことには変わりない。インサイトは軽くため息をついた。
「怪しい動きがあったら、あんたで仕留めてみな」
インサイトがサヴィーに耳打ちする。頷く彼女。だがハスキーはもう警戒を解いているのか、距離を近づけ、肩を並べて歩いている。白く綺麗な廊下に出ると、そこの奥にある丸い自動ドアにたどり着く。
「ここが、チャムさんがいた場所です」
ドア横についているキーを片手で叩いては、認証を通す。そのまま部屋に入った。電気が自動で入ると、病室に大きな機器が置いてある部屋が露骨になる。ベッドの側には、花瓶が置いてある。コスモスの花だった。それを見てインサイトが花から視線を反らした。サヴィーは首をかしげる。大きな丸いモニターの前に立ち、白衣の人たちはその大型パソコンを起動して、情報にアクセスする。
「ほんとに空き巣だな。何時から移動したんだ?」
「三日前です、」
「あ?!んだよそれー!くっそうどこに移動したのかは?!」
「上の人は口を割りませんでした。でも私たちは自力で情報収集して、恐らく・・・」
警報の音が作動した。白衣の人たちもこれにはビックリしている。サヴィーが銃を向けて尋問した。
「罠ですか!」
「そんなはずはない!ここは私たちが認証したらこんな動作を起こすことはない!!」
『しかと見届けさせてもらったぞ?』
モニターに、人が映る。軍服に身を纏った、若い男がいた。
「なんでだ!?お前がここにアクセス出来るはずがない!」
『拷問かければ、こんなこと簡単にできるだろ?』
その軍服の男は、顔をぼろぼろにした白衣の男の頭をつかんで、モニターに映した。恐らく、仕事仲間だ。その悲惨な姿を目にした彼らは、嘆きながら画面にかけよった。
「後輩になんてことしやがった!貴様ああああ!!」
『す、すみま、せ』『そうそう、データを渡そうとしたってダメだからな、裏切り者は沈んで貰おうかな?』
タイルの隙間から、水がじわりと上がってくる。インサイトとハスキーは悟った。
『そこでデータと共に、沈んでも』
インサイトが画面に発砲した。画面は崩壊し、あの男の姿は消え失せた。インサイトはかなりご立腹だった。ハスキーも同じだ。
「バックアップは!?」
「へ?」
「本体以外にデータを置いてある場所は!」
白衣の人たちははっとした。
「あります!待ってください!」
彼ら画面が破損した機器に立ち寄り、大きな赤いボタンを押した。だが足元は既にくるぶしまで水がきている。
「これで、サブシステムのところにデータが移行されます。サブシステムの部屋は、ここです」
インサイトが出した地図に、ばってんマークをつけた。
「よし、この地下からさっさと脱出するよ!」
白衣の彼らは、パソコンを前にして動かなかった。
「なにやってんだ!おい!」
ハスキーが白衣の彼らに呼び掛けた。白衣の彼らはキーボードを、画面を見ずともタイピングしている。
「ここの地下には、他にもたくさんの被検体がいる。逃がすために、すべての部屋をアンロックしています」
「んなことしてたらお前ら沈むぞ?!」
「彼らがくらってきた、非道な実験措置よりもずっと・・・!!」
涙を流しながら、彼らはひたすらキーボードを叩いていた。
「こんなの、へでもないでしょう・・・!最後の、罪滅ぼしです!」
サヴィーはもらい泣きせまいと、涙を溜めてただ見ていた。
「ハスキー、行くよ」
『これ以上浸水しますと、稼働できません』
「・・・」
ハスキーは泣きながらキーをつつく彼の肩を、ポンとたたいて激励を送った。S.KILLERとロボットは部屋を出た。
「ぼやっとしている暇はないよー!サブシステムは建物の一階!地下から抜け出して、さっさと情報をかっさらって帰るよー!?」
インサイトはロボットに聞いた。
「ここから脱出するには!」
『壁に抜け道があります。壁の内部は空洞になっており、そこから階段と橋を渡って脱出する経路です』
「案内しろ!」
『こちらです』
ロボットが加速する。壁にお手製のガトリングを撃ち込んだ。廊下と同じような経路にそって、両側になにも手すりが施されていない橋がみえる。下は浸水していて、かなり荒れた渦を作っている。
『この道は、地下から逃げ遅れた人員のための抜け道です。浸水に、約2時間のズレでここも満水になります』
「それまでに走って逃げるだけだね?いくよ!」
鉄の空間に響き渡る足音。がこん、がこんと橋も少し揺れ、特にハスキーの重量に耐えているように見受けられる。両サイドから流れてくる水。まっ逆さまに落ちては渦巻きをいくつも作っている。橋を渡りきれば今度は階段。階段は分厚い壁に囲まれ、浸水していない様子だった。上りきればまた橋に出る。
「この施設の作りどーなってんの、まじで」
「設計図には乗っていなかったから、多分誰も知らない道だろうね」
『案内用ロボットである、我々にしか組み込まれていない情報です』
「便利だねー」
橋を渡る。壁には地下の階層番号が書かれている。「F-3」とある。インサイトが声を切らして声をあげた。
「あと3階!走れー!」
叫んだ時だった。
「兄さん伏せて!!」
後ろでついてきていたサヴィーが、上に発砲した。インサイトたちは脚を止めた。
「?!」
上を見上げると、そこには体が爬虫類と化している・・・おそらく実験体であったヒトが、何体も壁にひっついている。先程の発砲のお陰で、奴等が下へ降りてこなくなったのだ。インサイトはその生き物を見て悲鳴をあげた。
「なんなのよあれ!!」
『すみません。実験データは我々に組み込まれておりません』
サヴィーは遠くを見るための手軽な望遠鏡を覗いて、その生き物をみた。
「尾ひれと水掻きがついています。水中戦に持ち込まれれば、確実に溺れさせてくるでしょう。それと」
気持ち悪いなあ、もう。
「口元に肉のひもみたいなのが垂れています。私たちを、食べられるっぽそうです」
「こんなところで骨だけにされたくないね!いくよ!!」
インサイトが手榴弾を投げる。サヴィーたちに、先に橋を渡ってもらい、空中に浮かんでいる手榴弾を銃で撃ち抜いた。散りばめられる鉄の破片に、体を穴だらけにされるヒトではない生き物。ボトボトと、橋の遥か下へ落下した。濁流に呑まれ、姿は見えなくなった。
「先を急ぐよ!!」
油断だった。
「お兄ちゃん!!」
そのヒトではない生き物は、飛び魚のように水面からジャンプし、インサイトのハンドガンに食いついた。
「っ!んのやろう!!」
ハスキーのほうにも飛び付いてくる。サヴィーも然り。ロボットが撃ち落としてゆくものの、数が多すぎる。魚のアーチ状態である。横から飛び付かれるせいで、体勢を崩してまっ逆さまに落ちてもおかしくない。
「走れ、走れ!!」
地下3階を抜けて、地下2階の橋を渡ろうとして、愕然とした。
「なんなのよ、これ・・・!」
もっとでかい魚が、橋の上に乗り上げていた。その重量に、橋が軋んでいる。
「こいつどうやって!?」
『この橋の下は、全てを結ぶパイプがいくつかあります。水中を通って、ここに乗り上げてくることもあり得なくはないのです』
壁にある水を大量に流している大きな配水管を見た。
「待って、」
インサイトが上着を一枚脱いだ。腰には鉄製のロープをベルトにしっかりと結びつけ、ロボットになんとか両足を引っ掻けて乗った。
「あの巨大魚、飛び越えられる?」
『出来ます』
「向こう岸の扉が真下にくる天上に、俺を連れてって!」
『ラジャー!』
ロボットの足からジェット噴射され、インサイトを持ち上げる。ロープの先端はハスキーがしっかり持っている。地面に杭で止める。インサイトが持っているもう片方の先端は、天上へ撃ち込まれた。インサイトとロボットはそのままストンと落ちる。
「ハスキー、サヴィー背負ってロープ渡りなさい!!」
「はあっ!?」
そんなのやだーー!!!心のなかで全否定するサヴィー。いくらなんでもこんな筋肉の塊に抱きつきたくはないらしい。
「ロボット使えねえのかよ!?」
論争している場合ではなかった。振動で大きく揺れる橋。よろめくS.KILLERたち。
「お、お願いします!」
サヴィーは意を決して、ハスキーの後ろにしがみついた。硬い。逆に相手から彼女は柔らかいだろう。こんなことしたくはなかったが、このまま溺死する訳にはいかない。ハスキーも同じだった。
「落ちんなよ!?」
ハスキーはロープを握り、腕のみで体重とサヴィーを運ぶ。すごい。サヴィーはこんな一面もあるのかと、少しドキドキした。半分までロープを渡ったところで、また振動で全体が揺れる。
「がんばってハスキー!」
「おめえの大事な妹抱えて、くたばるかよ!」
「あとちょっとー!」
緊張感がない。インサイトなんかランチに刺さっていそうな紙の旗を持ち出してきた。ふざけてんの、兄さん。
「私の両手が塞がってなかったら、撃っていました」
「物騒なこと言ってやんなってw」
突然、橋に上がっていた魚が暴れだした。ロープが揺れる。ハスキーたちはあと一息のところで止まってしまった。
「大丈夫か嬢ちゃん!」
「は、はいっ!」
魚が暴れ、橋が崩壊した。高く水しぶきが上がり、ハスキーたちの足下を濡らす。
「橋渡ってたらお陀仏だったな・・・」
ゆらりと、水面の影が大きく広がる。
「くそったれ!!」
ハスキーは片手で体を支え、持っていた手榴弾を投げた。爆発する。影は小さくなった。サヴィーに話しかける。
「いいか、水の敵は影で見分けろ。影が大きくなっているものは、水面に近づいてきている証拠だ。今に飛び付こうとしていたんだぜ、アイツは」
ゾッとした。あの巨体なら、水面から数十メートル持ち上げられるだろう。
「っしゃ!」
たどり着いた。ロープから手を離し、インサイトと同じ場所に着地した。
「最後の地下だよ!ここを抜けて、サブシステムのデータをとりにいこう!」
最後の橋は、かなり水面も近づいている。急いで渡りきろうと走った。だが表向きの廊下は満水しているため、その水圧にやられ、壁が崩壊してゆく。
「きゃっ!」
サヴィーに、横から魚が体当たりをしてくる。インサイトは手を引っ張って急いだ。
「女狙うなんてさいってい!!」
そういう?
「おいおいおい・・・インサイト、いそげっ!!」
水面から、大きな影が浮かび上がってくる。それは水面を持ち上げては、インサイトとサヴィーめがけて、倒れてきた。
「!!」
サヴィーのとっさの判断だった。
「ジェット!!」
『は、はい!』
ロボットのジェットが稼働した。サヴィーはサッカーのようにそのロボットを蹴りあげ、インサイトの背中にヒットさせた。
「?!さ、」
そのままインサイトはロボットに背中を押され、猛スピードでその場を切り抜けた。サヴィーは。
「サヴィー!!!」
逃れるために、水中に身を投げた。橋はその巨大な魚によってたたき割られ、完全に道は消えた。浸水も時間の問題だ。
「サヴィー!サヴィー!!!」
激しい荒波をたてる水面に向かって、在らんばかりに声をあげるインサイト。ハスキーが腕を持つ。
「おい逃げるぞ!!」「離せよ?!俺はあいつの兄さんなんだよ!!サヴィー!」
涙が溢れるインサイトは、ただ水面に声をかけるだけだった。
「インサイト!!」
別の人の声が聞こえる。
「モウニング、IllLow!」
ハスキーが返事した。
「何れここも浸水する、速く抜け出さなければ」
「サヴィーが、サヴィーがっ・・・!」
モウニングの裾を引っ張り、顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくるインサイト。
「溺れて何分ですか」
IllLowは上着を脱ぎ捨て、腰のベルトにロープをきつく縛った。ゴーグルを装着する。
「無理だ、この荒波ではお前の体力も持つかどうか」
「死にはしません。俺も、サヴィーも」
モウニングの助言も聞く耳持たず。インサイトが説明した。
「沈んでから約3分。水の流動を考えて、このスピードだと地下の2階に流れていってるかもしれない。その水の流れが強すぎて、ロープで引き上げられるかも判らない。敵もいる」
「判りました」
ストレッチ。顔色は何一つ変わっていない。
「5分たっても、ロープに異変がなかったら、ちぎられたか俺もダメになったと考えて、撤退してください」
「おいIllLow!!」
止められる隙もなかった。そのまま渦巻く水の中へ、身を投じたのだった。
(GPSは生きているようだな・・・)
インサイトが予想した通り、サヴィーが身に付けているGPSは地下の3階にある。
(だが、この濁流で手元から離れてしまった可能性もある。生き物もいない。恐らく呑まれたか)
水流が激しいところを避けつつ、そのままパイプのつくる流れに沿って地下へと潜った。
(くそ、暗くて見えない)
右目のスコープを稼働する。人工物の輪郭が現れる。地下3階まできて、見たことのある物体を黙視する。
(サヴィー・・・!)
それは、サヴィーと一緒に決めた拳銃のフォルムだ。そこまで泳ぐ。
(くそ!!)
いない。彼女ではない。
(あと何分だ?焦るな、俺が冷静を欠いて、誰が彼女を助けられる!)
「!」
手に何か触れた。彼女の手だ。
(サヴィー・・・!)
彼女をしっかり抱えては、ロープを思いっきり引っ張る。
「きたよ!」
インサイトがモニターから、彼らのGPSを確認しては声をあげる。
「巻けえっ!!」
ハスキーの掛け声とともに、ロボットが腕を高速回転させた。もともとはガトリングの弾を撃つ動作だが、その動きが迅速にロープを引っ張れる。ロープは順調に巻かれる。水面に彼の顔が上がってきた。
「っぷはぁ・・・!!」
息を吸い込むIllLow。肩の上がり下がりを見ては、相当我慢をしていたのだろう。そのままあげては階段の踊り場まで避難した。
「様子は!?」「息をしていない。水を飲み込んだ可能性がある」
IllLowは慣れた手つきで、呼吸の気道確保を試みる。
「止まっている。人工呼吸に移る」
インサイトが胸骨圧迫をする。
「あんたがやって!俺がキスしたなんて言ったら殺されるから!」
IllLowに空気を送り込む役になるように命ずる。
「いち、に、さん、し、」
ピクリとも動かない彼女。唇も血色が悪い。不安が過るインサイト。
「止め、」
IllLowがサヴィーの鼻をつまみ、口を縦に開かせては思いっきり空気をおくる。顎を持ち上げて喉を潰さないように注意を払って丁寧に行う。
「次、」
胸骨圧迫をまた行うインサイト。涙をぼとぼと落としながらも、力を抜かずに懸命に打ち込んだ。モウニングが時計を見て呟いた。
「呼吸が止まってからもうすぐで30分だ」
人は呼吸が止まってから30分、それは脳死にも近い状況だ。状況的に、救急車なんてものは呼べるわけでもなく、遺体を運ぶ余裕もない。
「兄さんを、一人にしないで、サヴィーっ・・・」
インサイトが30回数え終えた。顔つきに余裕もなく、人工呼吸をするIllLow。
頼む、サヴィー。
戻ってきてくれ。
「・・・!げぼ、ごぼっ!!がはっ!!」
突然、サヴィーが激しく咳き込んで水を吐く。息を取り戻した。IllLowは素早く鼻と口を解放させる。と、距離もおく。インサイトがぶわっと涙を流して飛び付いた。
「馬鹿サヴィー!!」
「なんですって?」
反撃する口調が健全だ。だがサヴィーの体は呼吸を欲しがり、胸が上下している。
「わ、私。生きてるの?」
「ほんとだよ!IllLowが飛び込んであんたを助けてくれたんだよ!?」
サヴィーはIllLowを見る。彼は何故か視線をきらしてこちらを向かない。不思議がっていたが、体が冷たくなっていることに気がついた。
「ん、くしゅんっ」
「はいはい、もう帰るだけだよ!サブシステムのデータは俺モウニングで取りに行くから!あんたとハスキーとIllLowは先に撤収!屋上でルナたちが退屈してるから!」
「いや、俺だけで運んでゆけます」
IllLowが反撃した。
「この抜け穴は屋上まで続いているみたいです。ここから通れば、ほぼ敵に会うことなく最上階へ行けます」
『それ、は、カノウでしょ、う』
ロボットがバッテリー切れを起こしている。
「護衛にロボットも、IllLowについてって!それじゃあまた草原の道路で落ち合おう!」
インサイトがサヴィーのおでこにキスをした。
「生きてて良かった、ありがとうサヴィー」
「・・・はい、」
サヴィーはなんとか立ち上がり、そのままIllLowの背中を追ってついていった。
「っしゃ!後片付けすっか!!」
ハスキーが張り切る。モウニングはその場で話をきりだした。
「チャムは、」「・・・」「いなかったようだな」
サブシステムに向かう、S.KILLERの元3人組。データにアクセスし、そこから情報を抜き取るインサイト。それまでの経緯をモウニングに報告しつつ、作業を進めた。
「・・・そうか、」
「ここはかなりのブラックな軍事衛生だぜ。医者が拒否反応するほどのもんだったらしいぜ」
「おまけに、かなりヤバイ実験しているっぽいよ。あの抜け道で出くわした生き物がいたんだけど、多分あれは実験結果」
「ほう、」
「元は人間の形をしていたもんが、ああなっちまうレベルの細胞実験ってーもんは相当なゲス野郎が運営してんぜ、きっと」
ハスキーは壁に持たれながらも、そう呟いた。モウニングはしばらく考えた。
「なら、いずれ厄介な組織に成りかねんな。ここで行われている細胞改革がチャムだけで可能ならば、恐らくここまで隠蔽しつくされないだろう」
「別の生き物が絡んでいるってか?」
「それっぽいよ」
インサイトが抜き出している情報のうち、一部をモニターに映した。
「モンスターギャングかよーっ!!」
ハスキーは肩をガックシとおとした。インサイトがデータをすべて引っ張り出して、所持している媒体におとし込んだ。外して、モウニングに手渡す。
「災厄に手を出しちゃったね。どうする?ここまで荒らしておいて今更手を引っ込めるなんて・・・相手が許すとは思えないよ?」
モウニングはハンドガンを握った。
「ここの最高責任者・・・おそらくインサイトがモニターで見た若僧だろう、探せ。見つけ次第、拷問にかけろ。口を割らなかったら、潰せ」
最後の後片付けが決行された。
[01:59 - グリーンクラッシュ都市:バンクス草原無法地帯]
冷えた風が吹く真夜中。草原の一本道と少し離れた草原に止まっている大型トラック。バンボディの中ではほぼくつろぎ状態のルナ。仮眠をとっている。キャビットはトラックの運転席である部分の上に乗り上げて、遠くにある、さっきまで侵入していた建物の様子をずっと見ている。監視役だ。トラックをバックに、薪をしているIllLow。その火に当たって体を暖めようとしているサヴィー。毛布をかぶっていても、冷たい衣服を来たままではなかなか暖まらない。ミントがホットココアを持ってきた。
「お疲れ様、サヴィーさん」
「ご、ごめんなさい。お手数かけます・・・」
「ははっ!そこはありがとうだろ?」
「あ、有難うございます・・・」
「はーあーいるろうくん!!来てきてー!」
キャビットの声につられて、一端その場を離れるIllLow。ミントがその様子を伺った後。
「すごいな、サヴィーさんは」
「え?」
「御兄さん助けたんでしょ?とっさに判断して行動出来るなんて、かっこいいな」
「・・・組織って、そうじゃないですか」
「?」
手元を落ち着かなくかまいつつ、話すサヴィー。
「有能な人がいきるべきであって。財産ですもの。兄さんは、SKILLERにとっての。大切なパートナー・・・私がもし、兄さんと血縁関係じゃなかったら、多分あのまま、溺れ死んでいても」
誰も、咎めやしないわよ。
私なんて。
「・・・俺さ、」
ミントが火を挟んで向かい側に立ち、座って話しかける。
「ルナと一緒に行動してると、時々、そんな気持ちに近いようなことを考えることあるんだよな。どんだけ頑張っても、俺だってモウニングさんやハスキーさん、ルナや・・・IllLowさんにも勝てないって感じていて」
「そうですか?でもミントさんは、羽を持っているじゃないですか」
「取り柄がなかったら、俺は多分・・・訓練もなにも受けていないから、サヴィーさんよりもっと劣るよ」
「!ま、まさか・・・そんな事ないですよ」
「いや、ある」
ミントは炎を見つめて、炎の光を目に宿して、語った。
「最初から、こんなに強くはなかった。ここまで強くなったのは、ルナのお陰なんだ」
「・・・ひとつ、聴いてもいいですか?」
「ん?」
「ミントさんは、ハスラーなんですよね。どうして、敵方になる私たちと、行動を共にしているのですか?」
少し、黙った。それから顔を困惑させながらも、答えた。
「好きな人が、敵だったから。かな」
「え、あの、ルナさ」「だーあーっ!!それは言うな!!女性に言われた方がダメージ強い!!」
兄さんと同じ事を言ってる。衝撃、ミントさんホモだったんだ・・・。
「る、ルナはさ!あいつはさ、ほんっとうに、口説き野郎だからさ!!こっちとしては、いつ別の女に逃げられるのか、ずっとヒヤヒヤしててさ、ほんと最低な男だろ!?・・・でも、」
ミントがふわっと笑った。
「あんなにダメダメな俺が、まともにS.KILLERと一緒に仕事出来るようになっのも、ルナが俺に会わせて、二人三脚してくれたからなんだよな・・・」
トラックの後ろの扉は開けてある。ルナが聞いているかもしれないことを気にせずに話した。
「俺、好きになっちゃったんだよな」
サヴィーは胸がときめいた。ミントが羨ましいと感じた。素直にそう言えることが、どんなに難しいのかを知っているから。
「みーんとー、」
トラックの中から声が聞こえる。ミントの顔色は一気に険しくなった。ツンデレだ。
「あん?もう元気じゃなかったのかよ、」
立ち上がっては、トラックの中へ入っていった。二人のうだうだ会話が始まった。同時にIllLowが帰ってくる。向かい側に座ってくる。サヴィーはもじもじしながら聞いた。
「あ、後から聞こうと思っていたんですけど、そのっ・・・」
「どうした?」
「そ、そのっ・・・い、」
顔を真っ赤にして、俯きながら聞いた。
「IllLowさんが、じ、人工呼吸を」
「俺がした」
一気に体がほてった。サヴィーは顔を両手で覆いつつも、ごめんなさいと何度も繰り返した。IllLowが隣にくる。頬に触れてきた。
「・・・冷えている。水を吸い込んだ服を着たままではきついか」
「寒いです、っ」
IllLowが上着を脱いで手渡してくれた。顔を背けながら、こう言う。
「上を全部脱いで、それを着たら良い。タオルはこれを使ってくれ。出来れば下も脱いでもらった方が良いが・・・」
顔を真っ赤っかにしつつも、震える手でタオルと上着を受け取った。
「こ、こっち見ちゃ、だめですからね?」
「見ない。だが一人に出来ないのは理解してくれ」
「は、いっ」
上着とブラジャーを外し、タオルで体を拭く。水分を拭き取ってから、彼の上着を着た。汗の臭いと彼の温もりを感じる。更に上から毛布にくるまってみる。
「・・・あったかい」
意を決して、下の服も脱ぎ捨て、予備の短パンだけはいた。初のノーブラ、ノーパンである。緊張が尋常ではない。だが衣服が濡れていないことがありがたい。
「・・・終わったか、」
「は、はいっ!!」
毛布にくるまり、脱ぎ捨てた衣服は袋に詰めた。IllLowが隣から離れない。サヴィーは少し、眠たくなってきた。
「帰ってくるのはもう少し後だろう。出発がきたら教えよう」
「・・・ん、あっ。大丈夫です、」
緊張がとけたことと、長期夜更かしが眠気をより一層強めてくる。彼が肩に手を回してきた。そのまま引き寄せられる。
「お休み、サヴィー」
彼の声。心地よい。
「・・・ふぁっ。おやすみな、さい・・・」
夜空は、とても瞬いていた。
ピピピピピピ・・・。
パチッ。
「・・・ふ、あぁ~っ」
「サヴィー!土曜日だけど部活はー!?」
「んんっ・・・あるーっ・・・」
朝。いつも通りの日常。鏡の前でスキンケアのクリームを顔に馴染ませるようにペタペタ塗っている。
「・・・」
私、死にかけてたんだよね。
なんだか普通過ぎて、まるで夢の中みたいだった。
「今日はもう仕事行くから!いってきまーす!」
一回の階段付近で声をあげるインサイト。すぐドアの激しく閉まる音が聞こえる。
「ひっへらっしゃーい」
口元を念入りに塗っている。着替えて下に降りた。
「どーだった?仕事は」
向かい側に、露出が相変わらず高い、ナイスバディの女性が座ってくる。サヴィーは気にしないでご飯を食べる。
「・・・死ぬかと思いました」
「死んだらここにいないでしょ?」
「応急措置を取られました」
「はっ!?それって死ぬ瀬戸際だったじゃないの!!」
「だから死ぬかと思ったって!」
「違うでしょ言い方が!!・・・はぁーもう、」
思わず立ち上がっていた向こう側の相手は、静かに座って携帯をつつきだした。
「あんたってもー・・・昔からそれ」
「何がよ、姉さん」
「どうせかばってそんなことなったんでしょー?もっと自分のこと、まず一番に救ってから、他人を救いなさいよ」
そう、それは正しい考え方。
でも私、自分のことで精一杯だったら、ここにいたくないの。
パパやママを探しに、もしくは彼のもとに行ってるわ。
ここに私のためのものなんて、ないんだから。
「はい、」
口には出さず、ご飯を食べて含んだ。
「・・・あんたさ、言いたいことがあるなら言っても良いのよ?家族なんだし」
意味わかんない。
なんなのよ、家族って。
「べつに」
さっきの返答で、空気にヒビが入る。姉の方も顔色をかえる。
「今日帰ってこないから、あんた好きになさいよ」
「・・・」
姉は薄い上着を羽織り、そのままでてった。
「頼らないのら、好きなだけ自分の時間にあてなさい。あんたのために時間つくるべきでもなさそう」
そう言い残して。車の音がする。それは遠ざかっていった。
「・・・っさいわね、」
乱暴に食器を食卓におく。
「私が何か言っても、叶えてくれる保証なんてないじゃない。協力できるとか、思ってんの?は?馬鹿じゃないの?!!」
食器を洗いつつ、ぶつぶつと文句を言い続けた。
「もういないんだっつーの、パパもママも、もう」
ほとり。
「!・・・誰のための涙なのよ、もう」
いい加減に、私も親に囚われるのを止めたいのに。
誰かに私を受け入れてほしくて。
「・・・」
なんで、IllLowさんの顔がでてくるの。こんなの重荷だわ。
時を同じくして、S.KILLER本社の大会議室には、チャム奪還の経緯によって侵入を試みたあの建物に関する情報分析が行われた。
「・・・以上が、今回の潜入による結果です」
「最高責任者は逃げられた。チャム同様、今度はどこに向かっているのか・・・憶測ではあるがモンスターギャングに乗り込むしかない」
「リスクが高すぎやしないかね?」
モウニングのコメントに返事をする、白衣の男。hi0の隣にいたそいつは、左の皮膚が溶けて固まっている影響で潰れたままになっている。目があかない。
「あそこの連中は何故、崩れないのかを知っているかね」
「それは調べていない。興味もわかないからな」
「ひとつに、首領の恐ろしいほどの強さだ。とっておきのデータをみてもらいたくてね、持ってきたよ」
その医者は、電子記憶装置を持ってきた。かなりの旧式のものだ。インサイトはそれを取り、さっそく繋いでデータを覗かせてもらった。
「?!ぐ、グローア博士これは・・・」
「レポーターが写真に納めてくれた、今までブラックボックスだった、モンスターギャングのボスの写真さ。よくみてみたまえ」
身体中に、野球ボール並みの目が埋め込まれている。グローア博士は、左の皮膚をもみもみしながら話を続けた。
「その成り立ちにワタシは古い記憶と、ひっかかる実験データに心当たりがあった」
「あの目は目覚えあるぞ。ビーストか?」
ルナが発言した。ミントがびっくりした表情をする。
「ビーストって、まさか!」
「遠い過去の実験に、確かhi0君がリードした実験だったかね?」
「あー!あれはクズがやることだったよ!結果のでない事業なんかしたって意味がないってーの・・・」
写真だけではない。なんとインタビュー動画も収録されていた。
『おうともよ。俺様は実験体だったさ・・・変なメンタマ埋め込まれてな、頭のなかに、何人もの人が居座って、論争してて。眠れない日が続いた。けど、今は感謝してるぜ。この力を手に入れた俺様は、怖いもの知らず!どんなバケモンにも変幻自在可能!・・・あ?リミット?んなもん起きねえよ!複数の意志が俺様のなかで混在してんだ。俺様の体を支配しようとひとつの目が動き出した途端、他の目がその介入を阻む!つまり!俺は無敵なんだよ!!ひゃはははっ!!』
「その情報は正しいのでしょうか」
IllLowが疑問をあげる。
「ここまで自分自身の素性を明かしているのは、よほど何かの自信があるのでしょう」
「バックに、なんかいるな」
ハスキーが腕を組む。
「前回潜入したようなでっかい組織のバックアップか?」
ルナがスマホをつつきながらも話す。
「早めに潰しておきたいものだ」
「何がなんでも、チャムだけは奴等に渡せない」
hi0が立ち上がる。声に力が入っている。
「ギャングはチャムをチームに入れようとするだろうし、バックの組織に金でチャムを売り付けることだって可能だし」
肩をすくめてポケットに手を入れる。目はかつての実験を行っていた責任者としての眼差しを宿していた。
「チャムのいるべき場所は、ここなんだ。どんなゲス医者よりも、僕が一番の有効活用者だ」
辺りがしんと静まり返った。
「君がゲス医者を冒涜するかね、hi0くんや」
「博士ぇ~それは言わないでくれよ~★」
着席。今度はモウニングが立ち上がった。
「そうそう、先延ばしにしてはいられないな」
写し出されたのは、華やかな階段とダンスホール。
「ここに、ギャングのドンが来るとの噂がたっている」
辺りははりつめた空気と化した。
「ここでドンを拉致し、チャムに関しての情報をとる」
「拉致かあ~っ!こりゃとんでもなくヤバイことになりそうだなぁ・・・!」
「ここで誰かに接近してもらう役を考えねばならない」
モウニングが、その催しのチラシを配った。
「ほー?こりゃすげえ」
「表向きでは貴族たちの華やかな社交場。裏では人身売買の取引の現場だ」
「とんでもねえ・・・な、」
IllLowは嫌な予感しかしなかった。
「・・・反対です」
「まだ何も言ってない、」
「いいえ。師匠は、その社交場の人身売買に乗じて、サヴィーを潜入に使わせる気でしょう」
「そうだ」
一同がざわついた。特にインサイトは動揺を隠しきれない。
「あのギャングの頭は社交場のつもりで来てはいない。後者でここに赴くだろう。とても美人で品がよい人を買い求めるだろう」
「しかし、彼女は相手の隙を狙えるだけの技術がありません。死にに行くような駆け引きでうまくいくとお思いでしょうか」
「可能性をあげる。そのために訓練する期間を作るしかない」
「可能性はゼロじゃないねー?」
hi0は椅子に深く座った。
「どんな生き物でも、首の後ろを針で指せば大人しくなる。あのボディーだと、長さ15センチ、直径1.5ミリの棒で首の後ろを差し込めば、一発で動かなくなるだろうよ?」
「つまりあれか、色仕掛けをして相手が油断している最中にひとつき?」
ハスキーが聴く。ルナはぞくぞくすんじゃんと体を震わせた。ミントはジト目でルナを見る。
「でも背中にも目がありそうだぜ、あの様子だと」
ハスキーが鋭いところに目をつけた。
「手で探りつつ、針を沿わせるようにもって行き、突くとか?」
「背中に這わせてもって行くか、アリだな」
モウニングが意見に賛同する。
「それ行為中の時じゃないと、出来ないんじゃない??」
hi0が唐突に声をあげた。動揺したのはインサイトとIllLow。
「ベッドに押し倒されているときが一番のチャンスだよ。相手は完全にサヴィーに夢中。こんときなら、サヴィーが相手の背中を這わすように触っても問題なし。両手で思いっきりぶっ指して貰わないと、復活されても困るじゃん?」
「そんな色仕掛けをサヴィーが引き受けてくれる訳がないでしょ!!?」
「教育を施すか・・・」
やけにモウニングが食い下がらない。
「ならクレセントに依頼するか?」
「あーだめだめ。今は姉さん恋人がいるから、良い顔して引き受けてくれないよ」
インサイトがそう言った。
「・・・俺が彼女をレクチャーします」
IllLowが今度は食いついた。ハスキーがにやけたが完全無視だ。インサイトが驚いてIllLowを見る。
「い、妹は渡さない!」
「何故そうなるのですか。今回は彼女しか、奴に近づける人員がいません。司令官のお姉さんは外部の人間です。それに、お姉さんは以前そのような仕事をしていましたね。顔がわれている可能性があります」
「う、・・・それもそうだね」
「相手の隙のつき方はお姉さんから教えてもらうことも出来なくはないでしょう。が、仕事の内容が伝わってしまうことも考慮せねばなりません」
インサイトの顔色が暗くなった。
「・・・それは、ちょっと。姉さん、サヴィーのS.KILLER志望にすごい反対していたし・・・。こんな危ない輩が相手って知られたら・・・」
「だが、この社交場こそ、奴のガードが一番弱まっているタイミングだ。・・・インサイト。妹を思う気持ちは私に推し量れないものだが、考えてはくれないか?」
モウニングの押しの言葉。しばらく無言が続く。インサイトが深呼吸をして、意を決した。
「サヴィーに、聴いてみよう。この作戦は保留にさせて・・・」
時計を見るグローア。
「時間だよ。我々は一刻も早く、チャムを取り戻したい。検討は任せるが、これ以上は金も出せないし、時間もかけられない。早めの決断を、よろしく頼んだよ」
部屋を出る。hi0も続いて部屋を出た。
「時間は気にしないでくれよっ!所詮、身内に甘いのはどこの奴も一緒、さっ・・・★」
そう吐き捨てて、部屋を出た。
「・・・くそぉっ!」
インサイトが腹をたてて、机を思いっきり叩いた。しばらくしんとしていると、IllLowが声をあげた。
「・・・俺から相談させてください」
「こんな大事なこと?!悪いけど、任せられないね!」
「そう感情的になっている司令官が、どうサヴィーに話すのですか?どう、導くのですか?」
「これは家庭の事情なの!!あんたに首をつっこまれる筋合いは・・・ーーーーー」
腕の首を掴まれた。真剣な表情で彼が声を張り上げた。
「いいえ、これは。我々全員の問題です」
「っ!・・・」
「彼女はもう、研修期間を過ぎたのです。いつまでも甘い仕事ばかりさせてはいけません。S.KILLER存続のためです・・・!」
自分で言っていて、胸が熱くなる。サヴィーのことをとても大事にしたいと思っている彼自身の、本心ではない部分もあったからだ。インサイトはしばらく考えて、答えを出した。
「・・・そうだね。サヴィーに、ここを任せたいんだった。初心を忘れるところだった。ありがとう」
インサイトの瞳に、希望がさした。
「じゃ、連絡は頼んでも良いかな?これから部活だよね。終わった後でいいから、出来れば顔を会わせて伝えてほしい」
「顔を会わせて、ですか」
「あいつ、声だけじゃあ全然表情を読み取れないからさ。・・・それじゃ、頼んだよ」
IllLowはその場を退場した。
「・・・まいったな、」
部活終わり、IllLowは携帯をずっとみている。今から会うとなると、向こうも部活終わりでへとへとだろう。食事に誘うか。いや、食事の話題としては最低なレベルだ。どう切り出そうか。
「・・・」
何も取り繕う必要はない。純粋に、話せば良い。
「・・・?」
電話に出ない。電車内か。
「・・・サヴィー、」
『こんばんは。IllLowさん』
彼女の声色が若干暗い。何かあったのだろうか。
「どうした、暗いぞ」
『そ、そうですかっ?いいえ、ちょっと部活でへまをしちゃったから、ですよ。あははっ・・・』
様子がおかしい。顔を会わせないといけないな。
「仕事の会議で、サヴィーに重要な任務を任せることになった。その詳細に関して、昼から話せないか?」
彼女が静かになった。
『・・・ごめんなさい、今日は会えない』
「?予定があるのか。時間は融通がきく。そちらの用事が終わり次第でも」
『そうじゃないの!』
彼女が声を張り上げてきた。
『今日は、会いたくないんです』
「?」
会いたくない?
「理由は、」
『・・・言えません』
「・・・会いたくないなら、直のこと、会いに行く」
IllLowは電話を切る。彼女の位置情報を呼び出そうと仕事用の携帯を使い、彼女の携帯にアクセスする。
「切られてるな、」
予想した。おそらく彼女は普通に家に変える予定で電車を降りた。とするならば、サヴィーの家から近い駅前にいるはず。電話の会話越しに人の煩雑した足音が聞こえた。その周辺の3キロを半周していれば見つかるだろう。
「世話が焼けるな」
バイクに股がり、運転する。
「ど、どうしよう・・・」
あんなこと、言っちゃった。変に思われてたら、どうしよう!嫌われちゃったら、どうしよう!!
「・・・」
会いに来るって、言ってたよね。動かない方が良いのかな。
「・・・はぁ、」
本当はとても、嬉しいの。部活終わりに、お昼なんか一緒にランチでもできるなら、もちろん会いたいに決まってるじゃない。でも、今日は。
「・・・」
朝のことをずっと引きずっている。彼に重荷かもしれない。今はそうじゃなくても、これからそうなるかもしれない。大好きな彼にそんな思いなんかさせたくない。だから、こんな気持ちで貴方に会いたくなんかない。そう言えるほど、私は貴方に対して嫌われるようなことをしたくない。だから、会いたくないの。
「重すぎでしょ、こんなの・・・」
駅の広場にある噴水をバックにおいてあるベンチに座る。ここの広場はたまにパフォーマンサーが大きなスピーカーやマイクを持ってきて、ボイスパーカッションを披露したり、それに混じってダンサーがやってきたりする。そんなギャラリーをぼーっと眺めていたら。
「・・・ふぇ?!!」
そのダンスバトルをしている二人に割って入る影。赤と緑の瞳。いきなり片手で逆さになり、手だけでジャンプを軽く繰り返す彼。
「っ!!」
思わず手持ちの荷物をまとめて、ギャラリーに混じるサヴィー。間違いない。彼だ。
「い、IllLowさんっ・・・!」
バック宙回転に、腕を巧みに使って地べたから体を持ち上げて静止。相手は技名を連発しては、凄まじいIllLowの業だし披露に圧倒された。が、相手も黙っちゃいられない。
「っははぁ!!」
軽快な笑い声とともに、相手も重力無視のボディパフォーマンスを披露した。IllLowは笑ってはいないものの、顔は驚きの表情に満ちている。さっきまで部活で踊りまくっていたはずなのに、このクオリティ。お互いがダンスの亡者だ。気合いが入り、彼の上着が一枚脱ぎ捨てられる。
「っ!??!」
サヴィーの方に投げてきた。ギャラリーの目線が半分くらい集中した。顔を真っ赤にして下をむく。
「すまん、話は後にしてくれ。今一番、体が温もってきた所なんだ」
「・・・はいっ」
やっぱりかっこいい、IllLowさん。好きなのを止められないなぁ。
「おー!彼女持ち?!良いとこ見せちゃってくれるんだー!!」
相手のちゃかし。
「いようがいまいが、俺はやるにはベストを尽くす」
流石は完璧主義です。
しばらくダンスバトルが繰り広げられた。あげあげテンションで二時間、よく踊りきったものだ。怖いのは5分ごとにお互いが披露し続けるだけの根性があったことだ。3人がローテーションで繰り広げたとしても、一人辺り40分と換算される。相手とあつく握手をし、携帯の連絡交換をし終えたIllLowは。
「はー!完全燃焼した、もうやらん」
ベンチに溶けるように全体重をかけて座った。隣に缶コーヒーを買って彼に手渡すサヴィー。
「燃え付きましたね、文字通り」
「あれだけ踊ったことなんてなかった。次回は酸素ボンベでも持ってくるか」
サヴィーからもらったコーヒーをいただきながらも、肩をいからせて呼吸を続ける。
「・・・ご、ごめんなさい」
「?」
「あんな生意気なこと、電話で話してしまって・・・」
「・・・その事なんだが、サヴィー」
覚悟して、話を聴いた。
「次の敵で床につく訓練が必要となった」
「・・・えっ!!?と、床にっ!!?」
IllLowは相手の特性と組織のでかさ、それに今回がどれほどのチャンスなのかも含めて、彼女に説明した。彼女は目をまんまるにして、話を真剣に聴いた。
「・・・出来るか?」
「・・・判りません。けど、」
彼女の表情が穏やかであることには変わりない。
「IllLowさんや、皆さんがバックアップしてくださるんですもの。断るわけにはいきません!」
ふわりと笑っては答えてくれた。
「・・・好きだよ、その表情」
突然の誉め言葉にあたふたするサヴィー。
「そういえば、何故会いたくないと思っていたのだ?」
「んんっ!?な、なんでもないです!」
「浮気か、心変わりか」
「違います!そんなこと絶対ありませんっ!!」
「?そう断言できるのなら、聴かないでおこう・・・」
ほっとため息をつくサヴィー。
「・・・IllLowさんに、すごい困らせるようなことを私がするかもしれないって・・・今日は、そればかり考えていました」
「例えば、」
「嫉妬とか、わがままとか、甘えたり、振り回したり・・・」
「嫉妬したのか?」
「たまに。今日みたいなことがあると、つい」
「わがままか?」
「だって、困らせてないですか?今日のことだって・・・」
「世話が焼けるな、くらいだが」
「・・・でも、」
彼がサヴィーの手を握って、こう答えた。
「そんな生半可な気持ちで、サヴィーと付き合おうとは思っていない」
「!」
「型枠なんてなくても充分かわいいぞ、サヴィー」
「ちが!そういう意味じゃないですからっ!!」
顔を両手でおおう。
「・・・俺に対しても良い子でいなくてもいい。知りたいから」
「・・・やめてくださいよぅ、」
涙をためながら、声を震わせてそう呟いた。
「・・・そういえば、ご飯は」
「あ、まだ食べてません!」
「なんだと?ダンスに割り込んでいる場合ではなかったな」
「きもちいっぱいですから」
「軽食でもするか」
「はいっ!ここの近場においしいカフェがあるんです!」
2人は歩き出して、ベンチから去った。