早朝。一台のトラックがものすごいスピードで走っていた。運転している人は不眠の状態で、この夜をずっと走り続けていたのだった。向かった先は「S.KILLER事務所」。駐車場に一気に乗り込み、停車もきちんとしないまま急ブレーキをかける。その音を聴いて、駆けつける者が二名いた。車からヘタれるようにおりる人物と、その人を受け止める事務所側の人。
「ご苦労様です!hi0さん・・・!」
「ふひぃ、はぁ・・・はらへったぁ~」
「部屋で暖かい紅茶もサンドイッチもあります、ゆっくり腹ごしらえをしてから」
「そんな暇はないよインサイトちゃん」
「ちゃっ・・・!?」
「早く、会議室に連れてってくれ、僕の役目はまだ続いている・・・」
その車から降りたhi0と、そのhi0を受け止めたインサイトを見ていた、もう一人の男が話を進めた。
「ルナは、相手側の方に行ったのか」
「あぁ、僕の依頼を付け足してね・・・。メールで送った録音情報の通り、これからフェニミはあの、」
空を指差すhi0。その向こうには、トックリヤシを逆さにしたようなガラス張りのビルが建っている。
「ビルを中心に20kmの地域をバリケードで確保して、中にいる住民を略奪する計画を実行する・・・」
「!?」「ほう、それで」
「3時間毎に、20kmを拡大してゆく。・・・そしてあいつは知らないだろうから、物理攻撃の聴かないチャムが増殖して、範囲も拡大・・・バイオハザード世界になってしまうワケ」
「それはまずいな、ルナに受渡した依頼内容は?」
「録音に入ってた通り、バイオ世界のスパイ活動。何が起こっているのかを確認してもらうのが、彼に任せた仕事!」
hi0は立ち上がり、その話しかけてきた男に封筒を渡す。
「今回の的にもなるチャムの、生体情報だ。モウニングはチャムに対してかなり物知りなんだろうけど、受け取ってくれ」
モウニングはその封筒に入っていたモノを取り出して、まじまじと見てみた。
「USBメモリではないか。お前らしくもないセキュリティ媒体を持ってきたな」
「取り扱いには注意してくれよー?そいつ、ウイルスも入ってるからね?」
「はっ?」
インサイトが反応した。なにせS.KILLERの情報管理は全て、インサイトが指揮をとって運営しているのだから。hi0は半笑いで答える。
「心配するなって、S.KILLERのPC意外につないだらバーン!ってなるだけだからさw」
「パスワードがかかってるのですね?」
「そゆこと♪」
駐車場から3人は移動し、エレベーターを使って五階にある会議室に入っていった。そこにはハスキーとミントも既に待機している。
「hi0さんが来ました。時間がありません!奴らが動く前に作戦を立てましょう!」
「目処はたっているのかい?」
hi0はインサイトに聴いた。聴きつつも会議室の机にあった紅茶とサンドイッチに目が眩み、飛びついて食べる。本当になにも食べていなかったようだ。インサイトはその姿を横目にしつつ話を進めた。
「まず、チャムの本体と連絡を取るチーム、あのバリアの中にいるルナと連絡を取るチーム、そしてこの事務所の全モニターから、あのビルの監視をするチームに分かれます。チャムの住んでいる場所を知っているのはモウニングだけなので、ミントくんは一緒にモウニングとチャムの本体の元へ向かってください」
「はい!・・・え、俺もですか?」
「役割は、もしモウニングが何者かに襲撃されてしまった場合、貴方だけでも飛んでチャムの元に訪れることです」
「っ!?そ、その際にモウニングさんは・・・?」
「構わん、先へ進め」
モウニングがそう言った。ミントは戸惑いつつもそれを承諾する。
「ルナと連絡を取るチームは、ハスキーとウォッカさん。ウォッカさんはまだ向こうにいますか?」
「んっ・・・うん、まだ向こうでルナの見張りを頼まれていると思うよー」
もぐもぐしながらもそう応えるhi0。インサイトは続きを話した。
「ハスキーさんはお得意の潜入の方で・・・この起こりうる騒動に関与しそうな軍隊の中へ潜入してください」
「あいよっ」
「ウォッカさんに、どう動くように指示しましたか?」
「・・・特になにも、」
飲み込み、もぐもぐしながらも続ける。
「僕はどのチームになるのかな?」
「見張りです、動かないでください」
「えー?」
「貴方は信用しちゃいけないって、この業界ではまかり通っていますから。貴方も監視対象になります」
「・・・ちぇっ、未曾有のバイオハザードに飛び込むのはダメ、か・・・」
「死なれては困りますよ?・・・では、」
電波時計の針を見る。
「最初のバリケードが張られる・・・8時に、一斉行動しましょう。モウニングとミントさんは、今すぐにチャムのところに向かって!」
「了解(ラジャー)、ミント、ついてきなさい」
「は、はい!」
モウニングとミントはさっさと部屋を離れてゆく。インサイトがなにか口惜しそうな顔をして、その背中を見届けた。
「俺もさっさと軍隊のところに行ってくるぜ、ちゃっかり動くとは限らねえしな、政府の軍人が~・・・」
ハスキーもそう言い、部屋を抜けた。インサイトはhi0を見ている。そして太もものホルダーにはめている銃に手を伸ばした。
「行ってきなよ」
「っ!?」
hi0は同時もせずに、サンドイッチをむしゃむしゃしながらも紅茶を手にとった。
「大事な旦那さんだろう?ちょっと今回の仕事はでかいし、もしかしたらモウニングたちの行動が狙われる可能雨生だって拭えないんだし・・・」
そしてインサイトの方を向く。忽然と姿を消している。もう会議室にはいなかった。が、鍵は閉められているみたいだった。hi0は少し微笑んだ。
「・・・いいねぇ、愛だよ、うん」
紅茶を一口。
「・・・おいしっw」
「・・・あの、モウニングさん」
「何だ、」
広い地下室の駐車場。そこにバイクがずらりと並んでいる。車とトラックも、いろいろな種類のものがある。おそらく仕事の内容によって、使い分けているのだろう。
「・・・本当に、俺がモウニングさんを見捨てて動けると思いますか?」
ヘルメットを手にとったまま、動かないミント。モウニングは一番でかいバイクの、黒くて速いイカす奴をチョイスした。あの柄はルナが愛用しているバイクと一緒だ。少し思い出に浸りそうになる。モウニングはバイクの点検をしつつも、ミントに話した。
「それが仕事だ。命令に背くことは、我々S.KILLERに背くことだ」
「でも、それが仕事だって・・・!」
「モウニング・・・!」
駐車場の、ビルと連携しているガラスドアから、何故かインサイトが走ってきた。モウニングは手を止め、走ってくる彼に向き直った。
「インサイトさ・・・っ!?!?!」
ミントは絶句した。目の前でインサイトがモウニングに飛びついて、ひしと抱きしめたのだから。モウニングもそれを祓う気配はなく、むしろ行為を甘んじて受け入れているようだ。背中をさすっている。
「・・・生きて、帰って来てね」
インサイトは、なるほど、モウニングと、そういう・・・ミントは自分の背徳感が軽く洗い流された気がした。彼らも、ゲイだった、らしい。・・・らしい。
「心配するな。遠出だろうが、戻ってくる。仕事が終われば・・・有給とって、好きなところに行かせてやろう」
「本当!?」
「約束だ」
「フラグたてないでよ!」
「?」
「あ、ううん、なんでもない!・・・それじゃ、行ってらっしゃい」
ミントはこれまた絶句した。キスを交わしたのだ。赤面しつつも熱を払おうと手の平を仰ぐ。インサイトは離れて。ミントに向き直った。
「・・・えっと、でも、最優先は仕事だから。モウニングが先に行けって言われたら・・・その通りに動いてね」
少し切なそうに、つぶやいた。それからインサイトは、ミントとモウニングがバイクに跨り、モウニングがエンジンをかけるところまで、黙って見ていた。
「チャムと連絡がとれたら、連絡する!」
「油断大敵だよ!あの人も、ちょっとおかしいから!」
「無論だ!」
ミントはヘルメットをかぶり、モウニングの背中にひしとくっついた。モウニングが地面から足を離し、そして走る。モウニングは遠慮のないスピードをだし、地上に出る。それから道を選び、順調に車があまり通らない、海沿いの高速道路へ出た。
「信号無視、っすよ!」
「構わん、進むぞ!」
モウニングさんも、手段を選ばない人だったんだ・・・。ミントはすこし、意外な一面と思いつつも、この状況を楽しんでいる自分がいることに気がついた。海が見える。そこで颯爽と朝を駆け抜ける。時計をちらとみた。
「・・・8時まで、あと30分です!」
「うむ」
バイクが道路をかけてゆく。
一方、インサイトは会議室に戻ってはhi0の様子を伺った。スマホからネットゲームを探索しているようだ。
「ひっどいなぁ、閉めて行っちゃうなんてさ。僕を密閉空過に置いてゆくだなんて」
「ネットがあれば、密閉でも平気でしょう?」
「・・・まあね、」
「・・・貴方に聴きたいことがあります」
インサイトは会議室の、壁についているフタ付きのボタンを押した。すると、会議室の机が底に沈み、出てきたのは複数のモニターと広いキーボード、壁はいつのまにかモニターになっている。部屋も若干広くなった。
「貴方は、ウォッカさんになんと命令したのですか?」
「だから言ったでしょ?特になにもって」
「ええ、特になにも。ですが、それはウォッカさんの独断を見越して、何も命令しなかったのですよね?」
「・・・鋭いね、そうだよ?」
「じゃあ質問を変えましょう・・・ウォッカさんは、これからどんな行動に出ますか?」
「・・・」
紅茶を置く。もう全部平らげたようだ。
「まずルナの監視を解いて、一度一緒にビルを出る。でもこの時間じゃあバリケードの外にでるのは不可能だ。いろいろチャムの生態を教えてもないから、でも攻撃をしても全く歯がたたないことくらいは悟るだろう。システムを止めに、またビルに戻るかな」
「・・・ウォッカさんらしい、ですね。ルナは?」
「あいつは知らないよぉ、ただ僕の中継係になってくれとは言ったけど、果たしてそれが全うできるかどうか・・・」
「中継?」
「彼の首に、僕の小型カメラとマイクロフォンを搭載したネックレスを与えた。そこから彼のヴィジョンを見る」
「貴方もかなりメカニックなことしているのですね」
「まあね~ん」
インサイトはまだ納得がいかない。本当にそれが本当の話だとしても、なにか引っかかる。どうしてもhi0の行動を監視しておきたい。しかし、仕事の時間がもうすぐできてしまう。あと20分。
「・・・貴方は監視役を一緒に務めることになっています。ヘタな行動をしたら、撃ちますからね」
「・・・ふぅ~、怖い怖い」
hi0はおどけて言っている。けど警戒はしているのが判る。彼の白衣の下にはメスがあるのだろうから、ヘタに近づいてもいけない。モニターに、あの問題のビルが映し出される。
「カウントダウン、残り20分・・・」
モニターを眺めていた。
「・・・っ、ふぁ~っ・・・」
目覚める。目の前には、獣の尻尾がふわふわ動いているのをやっと目で捕らえた。かなり居眠りをしてたような気もするが、外は若干明るくなった程度である。視力がだんだん戻ってくる。
「よう、ルナ」
「・・・ウォッカ?じゃん、おはよー」
「たく、お前その状態でよく寝てられるなぁ」
「俺がこんな縄で大人しく縛られてる方が、よっぽどおかしいって思わね?」
「だろうな、俺は監視役だけどな」
ウォッカは立ち上がっては、窓ガラスの方を見る。
「飼い主が心配か?」
「・・・・・・ルナ、どうする?お前なら」
「あ?」
「死を宣告された飼い主に、よ」
「は?」
ウォッカは今にもなにか言いたげな顔をしていたのだが、首を横に降って、否定した。
「なんでもねぇ、とにかく・・・さっさとここから抜け出すぜ」
「よしきた!」
ルナの両腕が、いきなり鋼化した。鋭い刃に鋼化し、縄を簡単に解いた。背もたれの部分も崩壊した。
「で、どーするよ?もう時間的にビルの直径20kmに脱出するなんて不可能だぜ?」
「・・・チャムを探索する機械、あれがどういう作りになっているのか知ってるか?」
「あ?」
「人の形を確認したら、即効で熱々のビームが脳を打つ仕組みになっているらしいぜ」
「へぇ、そうかよ」
「それでも多分、チャムは溶けない」
「ほう?」
「外の様子を見に行くだけで良い・・・俺のやりたいことは、それだけだ」
「・・・おまえにしちゃあらしくない回答だな。hi0から密告されてねぇのか?」
「・・・なにも、されてねぇんだよ」
「・・・ほう、放し飼いな。無責任だなぁアイツ」
「俺もう何をしても多分、アイツを救えねぇんだよ・・・!」
いきなりウォッカがルナの肩をもって揺さぶる。ルナは流石に心配になり、さっきの言葉を聞き返した。
「死を宣告されたって、アイツから?」
「・・・・・・密告には、そう言ってた。アイツ、死ぬってよ」
「・・・先を急ぐぜ、まずは外だ」
ルナがドアではなく、ガラスに向かって鋼を振るった。簡単に窓は崩壊する。そこから飛び降りようとするルナ。ウォッカは潰れている右目を抑え、その目を開花させた。ビーストの姿になるウォッカ。4足歩行の獣と化した。そしてルナの足元と鼻で思いっきり押し当てて浮かせ、そのまま背中に乗せた。
「こんなタカイトコロ、流石ニ無傷ジャスマネェだろっ!」
そしてウォッカが飛び降りた。大型犬より遥かに大きい、本当にただの獣である。ビースト状態は本当に山犬のような、ふさふさした毛になり、牙も向き、眼光が蛇をも黙らせる。凶暴な姿である。地面に静かに着地。ルナはそこから飛び降りる。
「その姿で入られるのは、持ってどのくらいだ?」
「サアナ、俺の本調子ダト、3日はコノ姿でイラレタけどな・・・。不安定に陥レバ、一時間縮む計算ニナッテいる」
「なるほどな、乗っ取られんなよ、ビーストに!」
残り、5分。ビルの屋上から、何か物音がした。ビルの頭の部分が、花を開くように割れ始めた。そこから大きな電波中継のものがでてくる。そして、花びらの部分のような部品は地面へと落下した。
「ルナっ!!」
ウォッカが鼻でつついて、またルナを無理やり背中にのせ、飛び退いた。その花びらのような部品が落ちてきたのだ。その部品はビルから垂直になるようにゴロゴロ転がっていき、その道中にあった家を潰し、ある一定距離まで行っては止まる。ビルを円心として、5等分した位置に留まっているようだ。
「もう、来ちまったのかよ」
ビルのてっぺんから、何かが飛ばされた。その何かは5つの移動した柱に向かって、伸びている。かなり大きな電気を飛ばしているようだ、青白く光っている。
「バリケードって、もしかして電気っぽい?」
「カモナ、だとすると、触れたらタダジャ済まねえッポイな・・・」
「チャムに電気は喰らわねぇだろ、多分」
「電撃実験はシテネェけど、多分シナネェな」
そうルナ達が話をしている際に、今度はビルの地下道からの入り口に、何か機械音がこだまする。
「っ!?なんだよアレ!!」
4足歩行の、円盤の形をした機械が、複数でてくる。形状はその円盤の上に唯一、目玉と思えるガラス球がちょこんとついている。四足の先端には小さなローラーが付いている。低い姿勢も、おそらく狭い路地裏にも、縦になれば入れる。高性能っぽい。そのうちの一つが、ルナを認識した。
「っ!?ちいっ!!」
向こうから先手の光線を食らいそうになる。ウォッカが飛び退いてルナを回避させ、ルナも自分の鋼をもってガードをするのだが。
「っ!?・・・」
ウォッカは機械たちの目の触れることのない、ビルのガラス窓に爪を立ててひっついた。下を見下ろせば、その機械がぞろぞろ出てきている。
「・・・ありゃかなり固そうだな。俺ノ爪とか牙デモ、噛み砕けソウニないカモしれネェ・・・」
「っ・・・」
「大丈夫かルナ?」
「・・・あっつ!」
鋼が、溶けている。ウォッカはそれを見て驚愕した。
「おい、まじかよルナ!」
「・・・いや、鋼に神経はねえからなんともねえんだけど・・・垂れて腕についちまっただけ」
「・・・オイオイ、鋼族の剣で持ってもカヨ・・・」
「こいつは手強いかもしんねぇ、・・・」
しばらく様子を伺う二名。住民の姿を見ては、確実に殺しを進めている機器達。その中で異変はまだ見られていない。
「チャムがそんなに人を乗取っていたとは思えねえのによ・・・あれじゃ無駄に人を――――」
そうルナが話しかけた途中で、事は起きた。
「おい、アレなんだよっ・・・!?」
頭を焼かれて死んだはずの人間の体が、黒色に染まり、別の生き物へ生まれ変わった。そしてその生き物は、機械に飛びついた。円盤の上についている目を黒い膜が覆ってきたため、機械は動きがおぼつかなくなり、その黒い生き物を振り払おうとする。その生き物は、こう言っていた。
「ボクノ、タイセツナ、トモダチ、ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ」
「っ、チャム・・・!?」
ウォッカがそう言った。
「こりゃマジか。チャムに乗っ取られている住民が多いってのは、案外嘘じゃねえかもな」
「結構、イルぜ?なんだよあれ・・・」
チャムが光線を浴びて体に穴をあけたとしても、彼らは泥のように形状を変えて、機械に飛び乗る。愛するヒトを守るために。
「・・・こいつは、ひでぇ」
「屋上に登ろうぜ、何か手がかりがあるかもしれねぇ」
「オウトモヨ!」
ルナはウォッカの背中にしがみつき、ウォッカはそのままビルのてっぺんを目指して、よじ登っていった。
<<8:00>>
「・・・!ビルから何か・・・!?」
海沿いをただ、ひたすら走行していたモウニングとミント。ミントは大きな音に反応して、後ろを振り向いてみる。あの問題のビルが丁度、バリケードをはるところを目撃した。
「・・・ルナ!」
「うむ、時間がない、先を急ぐぞ・・・!」
ただ、走り続けた。
<<9:00>>
「なんらかの理由で、フェニミがあのビルを私物化しようとしている・・・!今回の我々の任務は、奴の身柄を確保し、この結界を解いてもらうことである!」
「「「うっす!!!!」」」
はぁ~、ったりぃ・・・ちょっと手荒い方法だけど、いつも通りか。
「ひっさびさ、この感触♪」
ハスキーは、うまく秘密警部隊の軍人に紛れ込んだ。方法は、自分の体格に似ているヘルメットをかぶった男を気絶させ、身ぐるみはがせて服を着用。そして本人は建物のゴミ捨て場に縛って寝かしつけておいたらしい。服が熱くて少々息苦しいが、このスリルがたまらなく好きなのがハスキーのなせる仕事でもある。今は軍人を数人ずつに分けて、少し大きめの飛行船の中で、空からの攻撃をしかける前の目的確認中である。
「なぁ、ちょっと聴いていいか?」
隣にいた、同じくヘルメットをかぶっている男に話をふる。
「シッ、今ミーティング中だろ、私語は慎めって・・・」
「あの建てもん、って、もともとあの・・・」
「フェニミ様が所持なさっていたビルではあるとは聴いている。けど、あんな仕掛けがあっただなんて、そりゃ俺たちも初耳だ」
「ふーん、なるほどな」
てことは俺たちけっこう下っ端扱いな感じ?ハスキーはそう思いつつも話を聴いていた。だが居ても立ってもいられずに、手をあげる。
「すんません、トイレ!」
「こんな大事な時に何言ってるんだ!さっさと行って来い!!」
「ういっす!」
ハスキーはさっさとその軍人の列から抜け出し、トイレへと向かった。
「・・・どこも、電波キャッチするモンはねぇよな?」
トイレの天井を見渡して、通信を探知するような機器がないことを確認。首のところからコードを引っ張り、そのコードの先端についているマイクロフォンに声をかける。
「こちらハスキー、うまぁく潜入したぜ」
『こちらインサイト。流石元S.KILLERに居座ってただけはありますね、僕達より速いです』
「行動は速いぜ、頭は劣るけどな。手短に話す、よく聴けよ」
向こうが静かになっている。聞く体制になったようだ。
「俺が潜入したところは秘密警部隊。飛行船を使っての空襲を企ててるってところだけどよ、気になるのがここの下っ端、あのビルのこの機能については一切知らなかったみたいだぜ」
『下っ端だからではありません?今指令を出している人もビルのこの機能を知らなかったら、考えものですけどね・・・聞き出せますか?』
「おうともよ、聴き出すぜ」
『慎重に、お願いしますね』
通信を切った。そしてハスキーはコードを仕舞い、またミーティングの行われているところへ戻った。
「・・・すんません、さっきは」
「ははっ、お前がビビリでお腹下すタイプだってのは、今に始まったことじゃねぇだろうがよ」
はっはーん、俺の乗取った人柄は、どうやらビビリで腰抜けの間抜け野郎だったようだ。しかもこの口ぶり、司令官とはちょおっと仲が良いのか?まあ良い、探ってやるか。
「すみません、俺あのビルのことなんにも知らなくて・・・ちょっとビビッちまって」
「はは、実は俺もこの騒動で初耳だぜ」
「!?」
「もともとあのビルは、フェニミの所有物じゃなくて、管理するだけのビルだったらしい。ただ、何を管理するのかは全く話してもらえなかったんだが・・・おそらく、あのバリケードと機械の管理、隠蔽を任されていたんだろう。・・・それを今、奴は私物化している」
「・・・あのビルは、秘密兵器だった・・・ということっすか・・・?」
「だな。あのバリケードをよく見てみろ。高電圧で街を覆っている。空襲がきても街の人達を守るために、かなりの電流を使って守るんだ」
飛行船の窓から伺う。それを手元に忍ばせておいた小型カメラで写した。インサイトのモニターの一つは、この小型カメラを通した映像が写っている。音声も、場合によっては届いているらしい。
「きっと地下の機械を敵軍を殺すためにバリケードの外に出し、バリケードの中には国民を避難させる・・・役目だったはずなのにな。今じゃ国民を隔離して、殺人するだけの最悪な使用方法を見事にしてくれてやがる・・・」
「・・・・・・」
「ぜってえ許さねえぜ・・・」
アツイなーこの司令官。脈あるな、多分。
「司令官どの、他にあのビルの」
バアン!
突然の発砲音。司令官とハスキーは、その発砲音の方向を向いてみた。一人の軍人が、何故か味方の横腹を発泡して、重症を負わせているのだ。司令官が慌てて立ち、危害を加えた方に銃を突きつけつつも怒鳴りつけた。
「何をしているんだ!貴様は・・・スパイか!!」
「僕の・・・家族が・・・あの中にイルンダ・・・!」
「・・・?」
ハスキーは声に聞き覚えがあった。だんだんその男性の声は、子供のような泣きじゃくった声色へと変化する。
「ボクノ・・・カゾク・・・ヤットテニイレタ、愛・・・ヲ!!」
「っ!?そいつから離れろ!!」
ハスキーは判断を下した。こいつはチャムだと。
「おい船長!!ドアを開けろ!!」「え、今開けたら風圧が」「いいから早く!!」
ハスキーは小刀を持ち、司令官の前を突っ走ってその発砲した男に突っかかった。
「よせ!」
ハスキーのナイフが、その男のお腹をさした。その男はやはり、子供の声で泣きじゃくったのだった。
「ヒイイイイイイイ!!!!?!?ボクヲコロスキカアアア!!!!」
「扉をあけろ、早く!!!」
ハスキーの怒鳴り声に導かれ、船長は大きな荷物を下ろすために使われるシャッターを開けた。そこにハスキーは、その男を相撲のように押して動かし、外へと落としたのだった。一斉に人がざわつき始める。司令官が流石にキレた。
「貴様、味方を・・・!」
「味方かどうかは、みてみろよ」
落ちていくその男は、空中で黒い塊へと変貌し、最後にはハスキーも拝んだことのある生き物に変わっていったのだった。形はあの空をとぶ生き物に変貌し、あのビルに向かって飛んでいった。だが顔はあのマヌケなチャムの分身の顔のまんまである。
「・・・あれはっ・・・!?あの、バリケードの中にもいる」
「どうやらこっち側にも、チャムが混じっていたみてぇだな、おやっさんよ」
「・・・君は一体・・・―――――」
「・・・あぁ、こうなっちまったら」
ヘルメットを外した。
「俺の指示に従ってもらうしかねぇな、司令官さんよ」
「!?S.KILLER・・・!」
軍人が一斉に、銃を向けてくる。
「俺はハスキー。スパイ、っつーか潜入したのは俺の方。あの今落ちていったチャムは、多分バリケードの中に自分の家族がいて、気が動転してああなっちまっただけだと思う。お前ら、俺が落としてなかったら、ここの飛行船の奴ら全員あいつの腹ん中になってたぜ?」
沈黙、一人は声をあげて司令官と離れろと命令してきた。司令官は俺をただ見ている。
「お前らの目的は?」
「これから起こりうるだろう悲劇を食い止めるために颯爽と現れた、ヒーロー仕事ってこと。飛行船の中にあるモンはくまなく調べさせてもらったぜ?ココにある銃弾、多分バリアを壊しもできねぇし、チャムも殺せねえよ」
「・・・ほう」
「俺の仲間がチャムの本体に、この騒動を止めてくれとお願いするために必死こいて走ってる。モタモタしてらんねぇのはお互い様だろ?」
ハスキーは司令官に握手を求めた。
「利害関係はいちおう合致、お前らは仕事のためにさっさとフェニミ見つけちまえばいいし、俺らは俺らの別のおかたづけに集中させてもらうぜ」
「・・・・・・ハスキー、と言ったな?」
「おうよ」
「私の事は司令官と呼ぶな、ジャッジ・ウィルスンと呼んでくれ」
やっぱ良いおっさんだこの人。司令官のその返答に戸惑いを隠せない軍民。司令官は声をあげる。
「彼らは、我々を殲滅するために来たわけではない、いわば共同体だ。指揮は私がとるが、彼の意見も参考にさせてもらおう」
「おう、ジャッジさん太っ腹ぁ~、後で飲もうぜ♪」
「・・・馴れ馴れしいやつだな、貴様」
ハスキーは堂々とコードを出し、インサイトに話しかける。
<<9:28>>
『バレちまった!けど、俺の意見も聴いてくれる司令官らしいぜ』
「早、そんなに簡単に相手が聞き入れてくれるってことがあるのですか?いちおう敵対象ですよ?業界的に」
『まぁまぁ、俺はこの司令官さん気に入ってるからよ!そこは堪忍な?』
ハスキーの持っている小型カメラから、その男の人が映る。・・・おじさま系?ちょっと渋くてかっこいいかも。でも僕にはモウニングがいるから・・・と考えを巡らすインサイト。すこしため息をついてから、答えた。
「判りました。どういう方針で向かうのですか?」
『何?今向こうと連絡をとっているのか?あ、そうっす!S.KILLER本社と連絡とれますよ!ちょっと貸してくれないか?え?良いっすけど・・・ゴホン、私の名はジャッジ・ウィルスン』
「あ、ハイ。S.KILLER情報戦担当の、インサイトです」
『私達は一回目のバリケード拡大、11時に行われる一時的解除を狙って侵入を試みようと思う』
あら、声も渋い。嫌いじゃないかも。
『その前に、今いったい何が中で起きているのか、私達は何も知らない。チャムという生き物を今回はじめて目にした』
「ええ、そうでしょうね」
『彼らを倒す方法は一体なんだ?』
「・・・解明はされていません。彼らは物理攻撃が全く効きません。ただ、彼らは愛に反応し、憎しみに弱い着物です。彼らを怒らせれば怒らせるほど、能力は肥大化するでしょう」
『手のうちようがない!何か方法はないのか・・・!』
「・・・彼らに、危害を加えないこと、です」
向こうの息を飲む音。hi0はそれを小耳に聴きつつも、スマホでずっとゲームをしている。「よっしゃ1024~、このままいっけるっかな~♪」とか言っている。
『っ!?・・・あんな敵を前に、武器を捨てろということか!?』
「彼らは危害を加えないものに危害を加えません。ほっといていれば、ずっと僕達と同じ姿で生きてたのですから」
『・・・今回それをつついてるのが、フェニミのしている行動ということか・・・』
「ええ、そういうことですね」
『・・・了解した。やってみよう』
本当だ。ハスキーさんはいい人ばかりと繋がっていられて、良いですよね。人脈が厚くなる一方じゃないですかー、やだー。
「勘違いしちゃいけないよ」
無言で聞いていたhi0がスマホをいじりつつもインサイトに話しかけた。
「一度触発されてしまったチャムは、気が狂っているんだ。武器を捨てた程度じゃあきっと警戒を緩めないよ?」
「でも、攻撃すれば悪化の一途を辿るんですよね、でしたら触発させないほうが良いに決まってるじゃないです?・・・さっきから遊んでばかり、危機感がないのですね!」
インサイトは若干不貞ている。hi0につい声を張り上げる。hi0は頭をかきつつも答えた。
「退屈でさぁ、もうちょ~っと面白くなったら協力するよ♪」
「・・・貴方もあのバリケードの中に、取り残されればよかったのに・・・」
hi0は不敵に笑った。
<<10:08>>
「ウッシ!ついたぜ!」
ウォッカとルナは、とうとうビルの屋上まで登った。すごく暑い。おそらく日の出と大量の電圧を担っている中心部でもあるために、熱風を感じ取っている。ルナは近づきたくなかった。
「完全に、やべえ電量だな・・・触れたらオジャンじゃねえの」
「コイツはひでぇ、どんだけエネルギーを消費シテンだ、コイツは・・・」
ルナが試しに、自分の鋼の一部を投げ入れてみる。けたたましい音とともに電気の火花が散った。
「うわ!?・・・っちぃ・・・」
「おい、大丈夫カヨ」
「ラチがあかねぇなコイツ・・・これってバリケードを触っても同じ現象が起きちまったりするのか?」
「タブンナ、人間なんざドロッドロに溶かしちまうぜ、コノ熱量は・・・」
「・・・おい、なんか飛んできてるぜ?」
「あ?」
ルナの声を聴いて、バリケードの外側を見やるウォッカ。遠くから黒い物体が、こちらに真っ直ぐ飛んできている。
「・・・なんだありゃ?」
「鳥、ジャネエ・・・アレってまさかよ」
顔が、チャムの子にそっくりな黒い鳥が、バリケードをめがけて突っ込んできた。
「よせ!」
20kmも離れたバリケードの外側に、ルナの声が届くはずもない。チャムの子はその姿でそのまま、バリケードにぶち当たり、ものすごい音を立てて感電した。そして宙に舞い、地面に落下する。
「おいおいおい・・・なんだよあれ、チャムの差金か!?」
「ワカンネェ、けど、すげえ必死じゃねえの・・・?」
ルナとウォッカはそのチャムの子の様子を伺った。起き上がり、またバリケードに接触し、そして中に入らんと必死になっている。何か言っているようなのだが、ルナの耳では聞き取れない。
「なんて、言ってんだ?」
「タスケル・・・ミチコ・・・待ってくれ・・・って言ってる、ずっとそればっかだ」
「こっち側に家族がいるってか?こりゃたまったもんじゃねえな、このバリケードの中に入ろうとするチャムが、アイツだけとは思えねえぜ」
「・・・だ、な」
ふと、そのビルが唯一高い建物であるために、周りを一気に見渡すことが出来る。そして360度、チャムたちが群がってきていることがパッと見て判った。ウォッカは息を飲む。
「これ、俺らイキテ帰れると思ウカ?」
「・・・無理じゃね?とにかく、システムを早く止めたほうが良い・・・ここをぶっ壊すのはやめて、このシステムを動かしているっぽい部屋を探すんだ」
「だな、オレも賛成」
ビルのてっぺんから、ドアをぶち破って進入する。ウォッカは人型に戻り、ルナの後をついていった。そうこうしているうちにも、機械は着実に住民を殺している。チャムの数もけたたましいものになっているのか、ビルのガラスからでも街の所々に黒い生き物がうごめいているのが判る。
「っ!伏せろ!!」
ルナの声に従って伏せるウォッカ。頭上を何か大きな物が、ガラスを割って入ってきた。よく見ると、それはあの住民殺しのための機械だった。足が折られて、既にスクラップ状態になっている。
「チャムに投げられたか」
「うっへぇ~、よくもまぁんなデカイ機械を・・・」
先を急ぐ二人。