「細胞システム、正常作動中」
「極微少に"情"の数値がみられますが、ノルマは達成しています。異常はありません」
「痛覚のシャットアウト、成功」
「傷に対する再生能力を通常の5倍に成功しました!」
「聴覚の最大誇張機能を搭載、現在調節中です」
「視覚はどうなさいますか?」
『物質を認識できると厄介だ、やめておけ』
「はい」
「Mourning、出動可能です」
『おはよう――――さぁて、仕事だよ?』
「・・・イエス」
(同時刻・・・05:45)
「ふあぁ~っ・・・」
ジョイは朝早く出勤した。S.KILLERという組織の名前が見事に普及し、仕事も充実している程度に依頼されるようにはなった。金ヅルが美味しい。
「・・・?」
ふと、少しだけドアが開いている部屋から、光が漏れているのを発見した。
「・・・そう、そっちの情報は?・・・うん、判った・・・ありがとう、こんな時間にまで付き合ってもらって。また何かあったら連絡して?それじゃあね」
部屋を覗くと、インサイトがいた。ジョイがため息を漏らす。
「・・・朝から、仕事熱心だな。インサイト・・・」
「・・・」
インサイトは何も答えずに、パソコンを操作している。画面にはよく判らないホームページを開いている。ジョイはそのホームページに見覚えがあった。そして恐怖した。
「・・・もうモウニングは処分されたんだ!!いい加減にしろっ!!!」
インサイトの手が止まった。ジョイが目にしたホームページは、"殺人兵器"に関しての情報を取り扱っている掲示板であった。使っている携帯も、信号を読み取られるのを徹底的に防ぐ防犯用の通信機器だった。
あれから、一年半たった。
モウ二ングがいなくなった日から。
「・・・モウ二ングは、もういない。向こうの奴らに引き取ってもらっているのだ。・・・あれだけの失敗を繰り返していた兵器が、今も尚、どこかで活動を許可されているのかも判らない・・・!」
「じゃあ貴女はっ!!!」
インサイトが立ち上がる。目には涙を浮かべている。気持ちがだんだん滅入っているのが、その目から読み取れた。
「自分の管理下にいないから、消息はどうだって良い!?嘘でしょう!貴女もしハスキーとモウニングが敵同士で当たってしまったら――――」
「!?!?」
ジョイの顔に、不審の色が浮かんだ。
「そこまで考えていなかったのですか!?!あぁ、もう消えちゃったんだ、そう思っていたんですか!?違うでしょう!!」
インサイトがそこでしゃがんだ。ジョイは立っている状態のまま、その言葉を頭の中で延々と繰り返した。
「・・・僕は、モウニングが消えたなんて、考えていませんよ。絶対、どこかで活動している・・・。現に貴方のお世話になっていたと思われる、軍隊育成、作成を請け負うホームページに――――」
「っ!?」
パソコンを見せられた。そこには番号順にレンタル可能な殺人兵器、それか世話係の者たちの顔写真と、プロフィールが表示されていた。インサイトはその中でとあるプロフィールをクリックして、その人物についての詳細を表示していた。ジョイが目を見張った。
「・・・も、モウニング・・・!?」
インサイトは微笑する。
「レンタルされているマークが、見覚えのある顔写真のプロフィールについているんですからね」
「・・・ははっ、君の情報探索の能力には、感心せざるを得ないよ・・・」
「一年半かけて、これだけ辿り着きました。それでも、彼に会えません・・・」
「・・・会いたいのか?」
ジョイが問いかける。インサイトは黙ったまま、携帯をつついている。
「・・・逢いたいって言ったら?」
「・・・実は、今日の朝」
ジョイが名刺を差し出した。別の人のものらしい。それを受け取り、中身を見てインサイトがびっくりする。
「そのあんたの調べている会社・・・メアーセル医療会社が、君の能力で仕事をお手伝いして欲しいとのことだ」
「・・・メアーセル・・・医療会社」
インサイトは初めて聴く会社だと警戒した。ホームページと同じ名前であることは判っていても。
「・・・罠かもしれない」
「え?」
「私がモウニングを引き取る最に、お前の名前が向こうの口から出てきた」
「!?・・・それって、」
「モウニングが、何かの拍子でお前のことを喋ってしまったのかもしれない。ただ、あいつから出てくる名前は大抵」
「抹消するターゲット、ですか?」
「・・・危険だ、奴は自分の目的が最優先だ。もしお前が消されてしまうことがあったなら・・・またここはハスキー一人になってしまう」
「・・・良いじゃないですか?」
インサイトは立ち上がって、ジョイをすり抜けて部屋を出る。不眠なのか、足取りがおぼつかない。
「そうすれば、初心に戻って二人だけで和気あいあいと仕事出来ますよ!」
「――――っ!?!?」
インサイトはさっそうと部屋を離れて、また電話を人にかけている。さっき渡した名刺を見つつも。
「インサイト――――――」
ジョイはその場で泣き崩れそうになったが、なんとかめげずに、事務所にて受付の準備をした。
「・・・はぁ――――――」
顔を片手で覆い隠した。目頭がどうも熱くなる。
「仕事、辞めようか?」
「――――――!?ハスキー・・・」
後ろでハスキーが、壁に寄りかかりつつもこう言った。
「・・・何を言っているんだ、さぁ仕事だ、」
ジョイの手を持っては、足止めをしてこう話した。
「俺が仕事辞めれば、社内恋愛にならなくて済むだろう――――――?」
「っ!!?」
ジョイが顔を真っ赤にした。
ハスキーも気がない訳ではない。弱い女だってことを、傍で観察してきたから。
「それとも、お前が仕事をおりるか?」
「ふざけるな・・・!ハスキー!?っ」
ハスキーが力ずくでジョイを机の上に押し倒した。少々荒い。
「こ、こんなところ見られたらインサイトがっ、やめろっ!!」
「インサイトに俺、全部話したから」
「はっ!?何をだ!!」
「俺はお前をおとすってこと」
「――――――!」
ジョイは恋愛経験ゼロである。こんなアプローチをされてしまっては、顔を真っ赤にして慌てることしか出来ない。
「インサイトにいろいろ教えてもらったからなぁ、お前がどうして俺のことにだけそんなに熱心なのか、ぜーんぶな」
「・・・!?」
あいつっ!人の情報を売りやがったな!?くっそぉ!
「は、離れろ!このっ――――――」
チロリロリ~ン♪
「・・・へ???」
ジョイは冷静になった。
「ふっはははっ!」
ハスキーが大爆笑した。ふと、横を見てみるとインサイトが携帯をこっちに向けている。そしてさっきの音は・・・。
「しゃ、写メった!?!何でこんなっ!!」
「ドッキリですよ?あっははっ!」
インサイトが笑う。ハスキーは愉快な笑い声をたてながらジョイを開放した。
「本当に俺のこと好きなんだなぁ!可愛い可愛い!!」
「かっ、からかったなっ!?おま、一人の乙女ゴコロをそうやって遊ぶのか!!最低だっ!!」
「いや、話したことは本気だぜ?wwお前が仕事止めてくれりゃ俺が付き合ってやれるのによ~ぅ」
「モウ二ングさんの件はドッキリでもなんでもありませんよ。でも丁度貴女にお仕置きをしたかったので、良い口実になりましたよ」
なんと二人は朝からこんなドッキリを仕込んでいたのだった。いつからそんなコンタクトをとっていたのか、ジョイはムラムラと腹を立ててきた。
「モウ二ングの件、ちゃんと考えてくださいね?じゃないともっと凄い悪戯仕込みますから!」
「例えば?われらが情報サーバ、インサイト!」
「この写真をばらまいてもふっふぅ~!」
「俺も餌食になるじゃねーか、おいっ!ははは!!」
「二人共さっさとはたらけぇえええええ!!!!!」
「・・・じゃあ、本題いきましょうか」
名刺をインサイトはハスキーに渡す。
「この仕事、僕とハスキーさんで行きます」
「っ!?!・・・本当に、請け負ってくれるのか?」
「俺だってモウニングのことどうなっちまったか知りたいからよ。行くぜ」
ハスキーも、その得体の知れない組織に行くことを決意している。ジョイが警告した。
「・・・もし、モウ二ングに会っても、感情を表には出すな」
「・・・・・・」
「向こうが、それを許しはしねぇだろうな」
「そうだ。もしかしたらモウニングに感情を寄せる輩がいたとするならば、そいつを消す可能性が十分にある」
「・・・一つ、伺っていいですか?」
インサイトがジョイに聴いた。
「向こうの組織のサーバを覗きました。ですが、直ぐにバレてしまったので足跡を消す方に集中せざるを得なかったのですが・・・。モウ二ングのコストパフォーマンスに関してのデータがありました」
インサイトが眉間に皺を寄せている。・・・きっと、まるで道具のようなデータ名に腹を立てているのだろう。
「モウニングの記憶を・・・書き換えたと記されている文章がありました――――――」
「・・・そう、か・・・」
「だとすると・・・きっと覚えていないだろうな」
ハスキーがそう言った。
「・・・です、か」
インサイトの心のなかに、モウニングとの思い出がよぎった。・・・あの時は本当にやばかった、自分が自分を制御できそうになかった。
モウニングとそういう関係になるのは、僕は嬉しいけど、その、彼の気持ちがわからないからね・・・。
「・・・仕事、僕とハスキーは請け負いますよ。どうしますか?」
「・・・よし、」
ジョイが立ち上がった。
「任せた!行ってきて・・・無事に、帰ってきてくれ」
(時刻・・・午前8時25分前)
「ここで待ち合わせ・・・ですか?」
「ふっつーの飲食店、みてぇーだな・・・」
インサイトとハスキーは、お洒落な飲食店の四人席で、待っていた。
「やぁやぁ!君達かい?」
振り向いた。すると、顔の右半分が溶けている人が、一人ボディガードを連れてこちらへ来た。
「私がメアーセル医療会社の社長、グローアだ」
「よろしくお願いします・・・!」
「さて、それではさっそくだけど仕事の話をしようじゃないか」
インサイトは疑った。
「・・・こんな一般の人たちも訪れるような飲食店で、機密内容を仰るのでしょうか?もうちょっと周りに警戒をしましょう」
「さっすがは情報部門!我々と観点が違うね!そうだろう?」
隣のボディーガードに聴いた。
「モウニング―――」
「イエス」
モウ二ング。久しぶりの声。インサイトは心臓を締め付けられたような感情に陥った。ハスキーもびっくりした顔で、その変わり果てた姿に目を見張る。
「そうそう、君たちはモウニングがお世話になったらしいね!自己紹介をしてあげなくちゃね~?」
モウニングはハチマキではなく、きっと赤外線でもって物質を認識する視覚援護の機器を、目に装着している。赤い蛍光の光が横に一本、引いてあるメカチックなサングラスだ。
「モウニング。呼び捨てでも構わない」
「残念だけど、モウ二ングは君たちのことをすっかり忘れさせてもらっている」
それは彼の意志じゃないでしょう・・・、モウニングがまるで了解したような言い方しないで!
「だから、初めまして、だね・・・」
グローアが不敵に笑うのだった。
「あの、初めまして・・・モウ二ング」
インサイトは気を取り戻して、モウニングに手を出した。モウ二ングは手を出さない。グローアがモウニングに話しかけた。
「そいつはクリアーだ。握手して差し上げろ―――」
「へ?」
「あぁ、モウニングは人と接触を測らない殺人兵器でしてね?」
「っ!?」
「私がクリアー、グレー、レッドでランクを分けていますよ」
「・・・」
「こうやって、私の信号にだけ答えるようにしていますのでね?」
「モウニングだ、」
やっとモウニングが手を握った。
「っ・・・それで、僕たちに仕事ってなんでしょうか?」
「そうそう、そのことだけど、機密でもないから大丈夫。君たちには末端の軍たちの育成を手伝って欲しいんだよ」
グローアが片手にコーヒーを持ちながら、そう答えた。
「俺たちのることじゃねぇだろ、それ。プロに頼めよ、俺たちがモノ教えの先生に向いてるって思ってんのか?」
「もっちろんだとも!ハスキーくんには、とっさの判断力で危機を乗り越えていると聴いたよ?その護身術並びに、相手を即効で黙らせれる術を教えて欲しいんだよ」
「おうおう、そこまで褒めてもらえる術でもねぇーよ?・・・まっ、覚えてもらって損はねぇけどよ」
ハスキーはそう呟いた。グローアがインサイトに向き直る。
「それと、インサイト君。君にはスナイパーとハンドガンの育成者になって欲しい。・・・と、そのおまけに、」
「はい?」
「モウニング、君の苦手な敵の分野はなんだい?」
「特に」
「とは言っているけど、実は分析の成績結果じゃ銃撃戦が苦手みたいなんだよ~」
「へっ?」
「だから、銃に関してはピカイチのインサイト君に、モウニングの苦手克服、トレーニング相手になって欲しいんだよ~・・・いいかな?」
「・・・モウニングの、相手・・・?」
インサイトは、まっすぐとモウニングを見た。モウニングがこっちを見ている気がした。
「・・・良いですよ、本気で相手しましょう」
「その代わり、モウニングには一切、関係を深めようとしないと約束してくれるね?」
「・・・」
様子を伺うわけか、僕とモウニングの仲を。
リセットされても、同じ道をたどると思うけどな、負けるもんか。
「えぇ、約束しましょう」
インサイトは、決意した。
[三週間経過]
「・・・えぇ、そうです」
『やはりか、我々には明かせない秘密の部屋があるのか』
「情報部の管理者である私に教えてくださらないのです。これには、何か理由があるのだと思います」
インサイトは、無線でジョイと連絡をとっていた。三週間、インサイトは情報技術の教育と、モウニングの苦手克服の協力を中心にしてきた。しかし、ここが一体どんな建物なのかを調べたいときに、立ち入り禁止区域が続出した。そこを通してもらえない理由を、知らない。
『・・・侵入可能か?』
「・・・もちろんです」
『・・・モウ二ングの為なら、どんな手段も惜しまないのだな』
「貴女と同じですよ、それでは、行ってきます」
インサイトは情報管理をしている。監視カメラに自分が写っても警報が鳴らないように設定した。それから、立ち入り禁止区域に置いてある立札をとっぱらい、あくまで立札が見えなかったという口実を作っておく。
「・・・よし、」
侵入が目的ではない。インサイトは慎重に廊下を歩いていった。流石に見回りは歩いていないようだ。扉に慎重に触れてゆく。そこから音が聞こえるのか、誇張した心音機で扉の向こうの会話を探る。
「いやー、いいねぇS.KILEERは、仕事が早くてよ」
「だよなぁー、グローア社長も用心しないで、こっち側の機密情報も扱ってもらえれば良いのによ」
「むーり無理、ただの雇用側だからな。まっ、向こうの人らが気を変えて、こっちに乗ってくれればグローア社長、直ぐにでも直属的な立場にもってくぜ?」
「じゃあ俺らの立場ないじゃん!ははっ!!」
どうやらここの部屋ではないようだ。インサイトはそっと離れて、更に奥の部屋に進んでゆく。また一つ扉を見つけた。そこに心音機を当てると・・・。
「うむ、彼らには才能があるのは認めよう」
グローアの声がした。
「とても有能なのに、何故彼らを側近側に置かないのでしょうか?」
モウ二ングの声だ。
「モウニング、彼らが一体なんなのか知らないだろう?」
「ただの雇われですが」
「君の消えた記憶に、彼らは存在する」
「・・・!・・・なんと、」
インサイトは息を飲んで、会話を聴いていた。
「彼らは君に対して、実に押し付けがましい心を教え込んだのだよ」
「・・・はぁ」
「君が最も理解し難い心なんかを教えられた君は、パニックに陥り、仕事に支障をきたした。常にパーフェクトな存在であったのが、のけもの扱いされてしまったのだ」
ちがう、それはあの女が、ジョイがそう言っているのであって、僕は・・・!
「そんな彼らを、親切に傍に置く必要はない。私は、君だけいればそれでいいのだ」
インサイトに、怒りが過ぎった。
「誰かいるのか?」
モウニングが、その殺気に反応した。インサイトは一気に殺気を抑え、心音機を隠した。それから普通にノックをした。
「・・・すみません、インサイトですが」
モウニングが出てきた。そこは普通の社長室よりも、整理整頓をされた部屋だった。インサイトは目をなるべく泳がせずに、グローアの方を見て言った。
「看板が取れていたのを、誰に伝えればいいのか判らず・・・すみません、入ってはいけなかったのに・・・」
申し訳なさそうに、言う。インサイトはスパイを請け負うことも慣れているので、人を騙すのはお手の物だった。グローアが全く警戒なく、こう答えた。
「モウニング、見に行ってくれ」
「はっ」
モウニングは殺気を感じた張本人だった。さっきまでの話もあったため、インサイトを実に警戒しつつも、案内をしてくれるように頼んだ。
「・・・貴様だろう、」
「えっ」
廊下を歩いている際に、モウニングに問われた。
「殺気の正体」
「・・・ふっ、どうしてそう思えるのかな」
タメ語でも咎められないモウニングに、普通の態度で話しかける。モウニングは警戒を解かない。
「一体何を考えているのだ。私を取り戻そうとするのなら、止めておいた方が良い」
「それは誰のために言っているの?」
「私のためだ」
「・・・」
インサイトの心に、悲しみだけが広がる。モウニングはその波長を捉える。
「・・・?」
今まで受けたことのない、なんとも言えない波紋に困惑した。
「ごめん、モウ二ング。・・・実は、盗み聞きした」
「っ!?―――――」
モウニングの手から、短剣が出てくる。インサイトを壁に叩きつけ、首元に腕を当てる。探検を腹部に当てた。
「はぅっ・・・!」
「貴様、スパイだな・・・!訊問する、何が目的だ・・・!」
「モウニング・・・止めて・・・っ」
そうだよね、モウ二ングにとって、僕なんてもう赤の他人だよね。もう意味がないのかな、君に、語りかけるのも、何もかも。
大好きだったのに。
「・・・っ――――――」
モウ二ングの、インサイトの首を当てている腕に、雫が落ちた。
「っ!?!」
モウニングは何かの攻撃かと思い、腕を引っ込める。が、その雫が落ちた部分からは何も感じない。 「・・・一体、何をした・・・」
モウニングは、インサイトの放つ波長が、自身の理解できない範囲であることがとても悔しかった。
「・・・明日、早いよね・・・。ごめんモウニング、もう、何も探らないから――――――」
そう言ってインサイトが出ていくのを、追いかける気にすらなれなかった。インサイトの落とした雫を、モウニングは恐る恐る舐めてみる。
「・・・っしょっぱい」
どうやら、味覚の機能は備わっているようだ。
「・・・」
モウニングは不可解な感覚を胸に抱きながらも、看板をかけ直してから、部屋に帰っていった。
「お疲れ様、モウニング」
「いえ・・・一つ、聴いてもよろしいでしょうか」
「何だい?」
「人の出すしょっぱい液体とは何ですか?」
「なぞなぞかい?・・・う~ん、しょっぱいねぇ~・・・」
「汗なら知っていますが、それ以外で」
「涙かな?」
「なみだ?」
「人が感情によって流す汗、みたいなものだよ。相当な感情の揺らぎがないと、人って涙を流さないんだけどね・・・それがどうかしたの?」
「・・・いいえ、」
モウニングに、感情に関しての興味が湧き上がった。
[一週間経過]
「っ・・・くっ!」
両手に銃、発泡の音が響き渡る。向けられている敵は、それを避けて避けて的に近づいた。壁を走って登る。
「っ!!」
銃を持っている方が、手榴弾を投げる。壁にぽっかりと穴を開けた。煙に混じって、敵が一気に近づいてくる。銃の方が距離を置いてまた発泡する。
「あっちょっ・・・!」
剣を振るって、銃の先端を落とした。それから足をくじかせて地面に寝かしつける敵。首元に剣をつきつけて、身を封じさせた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ」
呼吸をして胸が上下にあがる。お互いに。
「・・・はい、終了!」
銃を持っていた・・・押さえつけられた方がそう叫ぶ。剣を持っていた人がそれを聴き、剣をしまった。
「・・・手合わせ感謝する、インサイト。状況は?」
「う~ん、どうも一歩遅れる感じがするね。モウ二ング、壁に登って回避する方法はどこで?」
「昨日、グローアが見ていたカンフー映画を見て」
「・・・ははっ、そういうところもあるんだ、あの人」
「憧れらしい」
モウ二ング、と呼ばれていた人は、インサイトの手を持っては立たせた。
「一歩遅れる、というのは?」
「壁登り、もう一回やって?足に防弾の布まいて」
モウニングは言われた通りにする。壁を登って走る足元を、インサイトは撃つ。全て回避するモウ二ング。だが。
「っ!!」
先読みをされ、インサイトがモウニングの足に巻いていた防弾の布に弾を当てた。モウ二ングは衝撃でバランスを崩し、その場から落ちて着地した。
「僕みたいに、意地悪な方法で・・・誘導して足の動きを読み取って狙う輩はそうそういないよ。かなり経験を積んでないと出来ない芸当だからね」
「・・・やられたな」
「滅多に会えないから、あんまり気にしないでもいいかな。でも、足を撃ち落とされるケースが、壁わたりには潜んでいることを覚えておいて」
「イエス」
感謝の言葉も、何もでない。本当に、前のモウ二ングに戻ってしまった。ここ一週間でそれが読み取れる。インサイトは気落ちした。
「はぁ・・・」
インサイトは、そのただっぴろいホールの中にある防具をちらと見つつも、近くにあるベンチに座った。
「・・・そういえば、インサイト」
「?」
モウ二ングは隣に座ってこないで、インサイトに話しかける。・・・一週間、モウニングの様子をみると、どうやら一定距離を保って人に話しかけることが判っている。ハスキーに関しては、もっと距離があいていた。インサイトは、まだ時を一緒に過ごすタイミングがあるため、ある程度警戒は解かれている。
「お前の手の材質、一体どんなものか?」
最後の一線は、やはり引いているらしいのか。インサイトはさらに気落ちした。
「・・・そんなことも忘れちゃっているんだ」
「―――――?」
インサイトは気落ちして、手袋を外した。
「・・・それなら、」
いっそのこと、もっと警戒心を上げさせてやる。モウニングの警戒心を最大に上げて、どんな反応が伺えるのか・・・。
楽しみだ。
「これは、あらゆる銃の反作用に対応するために、わざと手袋の上からは鉄に仕上げているんだ」
インサイトが手袋を外す。それから、肉と剛体している鉄を見せた。
「触る?」
モウニングは、静かに首を横に振った。
「・・・そう、」
それでいい。
「っ!?」
インサイトの指から、刃物が出てくる。モウニングは構えた。インサイトはふふっと笑う。
「気にしないでいいよ?僕が人に刃物を振るうときは・・・」
下を向いて、嫌な顔をするインサイト。
「さいっていなコトを、しているときくらいだから―――――」
モウニングは、それ以上問わなかった。むしろ、インサイトの秘密を知って、逆に警戒心を高めているところだ。
Mourning > Insight ..."clear"? Now,Serching...
「・・・インサイト、お前は何を隠しているのだ?」
モウニングは鎌をかける。インサイトが苦笑いをした。
「何って・・・、モウ二ングは僕のどこを疑っているの?」
「お前が、そこまで凶器を使っている理由を教えてくれ。隠すなら私に対する不審へとみなす」
「・・・人のトラウマも、彼方にとっては単なるデータにしか、ならないのですね・・・」
酷い。
「そうだ」
馬鹿っ。
「・・・そろそろ集合をかけられるね、それから話すよ?」
「む、仕方がない。覚えておこう」
「うん、約束だねっ」
インサイトはそういって、立ち上がってはさっさとトレーニングホールから退場した。モウニングは佇んだ。
「・・・やくそく?」
やくそく、とは一体・・・?なんだか大切なことのような気がする。
バカを言え。契約以外に大切な交わしものなんかあるはずがない。
「・・・インサイト、」
モウニングに、何かが芽生え始めた。
「今日は君達二人に、仕事を頼みたいんだよ」
「ぼ、僕と・・・モウニングですか?」
インサイトがびっくりして、隣のなにも動じないモウニングを見た。その命令を出している兵隊に、要望を聴いた。
「モウ二ングが敵陣に独りで乗り込む。とある薬を盗んできてほしい。そこを援護してくれ」
「場所は?」
「軍隊の基地だ。そこはどうやら中がまるで迷路みたいになっているらしいのだ。モウニングが方向に迷った時に、インサイトが手助けをして欲しい」
「判りました。・・・基地の名前は?」
「ディディア軍の基地だ。それじゃ、健闘を祈る」
「「はっ!」」
インサイトとモウニングは、早速車の後ろに乗った。インサイトが通信機器を整理している。
「モウニング?ちょっと・・・」
「?」
モウニングはインサイトの手に警戒しつつも、なにかを手にとって貰う。
「これは?」
「通信機器"マイクテレ"。モウニング、それを耳につけて?」
モウニングは言われた通りに、そのイヤホンの形をしているモノを耳につっこんだ。
『あー、あー、聴こえますか?』
「っ!?これは、一体・・・!」
『びっくりした?こうやって通信によって、僕の声を届けることが出来るんだよ。マイクはそのイヤホンについているから、君がぼそっと小さな声で呟いてくれれば拾ってくれる』
インサイトが、イヤホンのマイクをオフにして、普通に話しかける。
「音、大きかったりしない?これで良い?」
「画期的なアイテムではないか、導入してくれ」
「おっけ~」
こんな感じで、話していたかな。最初の時も。懐かしくて涙が出そう。
「着きました。ここがディディア軍の基地です。これが地図となります」
運転手の隣に座っていた人が、地図をインサイトに渡す。インサイトがそれをじっくり見ている。
「・・・これ、目がないとキツイんじゃ?」
「何がどこにあるのか、それを口頭で伝えてください。そうすれば、モウ二ングさんは全て覚えます」
「・・・へぇ、そうなんだ」
本当に機械みたい。嫌だなぁ。しかも僕がする役目?あぁ、嫌だなぁ。
「それでは、頑張ってください」
車が去っていった。モウニングは早速武器を揃えて準備をする。インサイトは屋上が高そうな建物を探している。
「ここからは、行動別となるのか」
「そうですね。判らないことがありましたら、呟いてください。僕がまた説明しますので、マイクテレで」
「では、モウニング、潜入する」
「気をつけてね」
インサイトがそう言ってから、思わず口を濁した。モウニングに今もこんな言葉が通じる訳が無い。
「気をつける?」
「よ、用心してねってこと!」
インサイトは訂正した。モウニングは顔色一つ変えず、一言放ってさっさと向かった。
「その必要はない、私が行くのだからな」
「・・・あぁ~もう!」
インサイトが屋上のところで、悪態をついていた。
「そうだよね~、今もモウニングがいつでも僕の思うまんまでいてくれるわけないよね・・・彼も、普遍的な存在なんだよね・・・」
しかも、人によって記憶もなにもかも変えられて・・・。
「・・・ちっ」
悪い癖が出てきそう。
『インサイト、応答せよ』
「っ!?」
インサイトが耳を疑った。通信機器から、モウ二ングの声が聴こえてきたからだ。慌ててその通信機器を取り上げ、それに話しかけた。
「はい、モウニング、どうしました?」
『現在、敵の警戒網に引っかかり、状況が悪化した』
「えっ!?どうやって!」
『恐らく、私の警戒範囲を超えたところで、敵に気づかれたと思われる』
くそっ!ちゃんとモウニングを監視していれば良かった・・・!
『打破出来る道を、教えてくれ』
「・・・ふっ、僕が悪かったね」
『何故謝る、早く地図の情報を―――』
「責任は取るよ、待ってて」
通信がそこで途絶えてしまった。モウニングはこれまで経験したことのなかった状況に追い込まれ、緊張感を覚える。
「インサイト、応答せよ・・・!」
どういうことだ、インサイト。もしや、見殺しか・・・!?
「っ!?!」
どこからか、爆音とともに、振動が走る。これはモウ二ングのやったことではない。敵の輩が、口々に答える。
「あっちにいるぞ!侵入者が!」
「この部屋で目撃したんじゃなかったのか・・・!」
「くそっ!侵入者は二人いるかもしれないっ・・・!」
敵が、爆音のした方向に全員移動した。モウニングだけ、この部屋にいることとなった。周りに警戒しつつも、物陰から出てくる。それから、自身の身につけている視覚援護のサングラスをオンにした。こうすることで、物体を赤外線で認知することが出来る。
「っ!?」
後ろから、気配を感じた。素早く振り向くと・・・。
「お待たせっ」
「・・・っ!?インサイト―――!」
なんと、爆音の正体はインサイトであった。手元には音を大きく発しない銃を持ち、背中に長距離射撃用のライフルを担いでいる。モウニングはびっくりした。
「戦場には来ないはずの、お前が出向くとはな・・・」
「まぁね、それ相応の対応をするから」
待てよ、何故私は、インサイトが戦場に来ないと決め付けているのだ?・・・私に認知不可能なデータが、私の中に存在するのか?
「・・・重たそうだな、」
「えっ?見えているの?」
「いや、物体の形のみだ」
「あぁ、赤外線受信するんだ、そのメガネ機器。後で弄らせてよ」
「それはお断りだ」
「ふふっ、残念」
インサイトが笑ったのを見た。立体を描く、赤外線メガネの機器越しに。
ドキっ。
「・・・―――――???」
なんだ?これは。この感覚は。アナロジーで口では説明出来ない、過剰反応・・・。
私の知らないものを、こいつは・・・?
「さて、地図は見えないね、平面だから・・・」
「そうだ、物体の輪郭しか見えない、よって色は認知不可能だ」
「じゃーんっ」
モウ二ングの前で、地図を広げてみたインサイト。モウニングは感激した。
「地図の線が見える・・・立体に!?」
「きっと、それ系のメガネ機器なんだろうなって思った矢先、ぷくぷくマーカーを買って地図の線全っ部なぞりましたっ・・・!」
「なんと、細部にまで線を・・・!」
モウニングはこれまでになかった知恵と体験を、インサイトに感覚で貰うのだった。
「これを渡そうって思ってね、僕の役目はそれだけ・・・」
モウニングにそれを渡した。現在地を地図の上に、点で明記している。そこから矢印で、今どっち方向に向いているのかも描いていた。
私への配慮を、細部にまで拘っている・・・。地図を上から全てなぞるなんて偉業は、忍耐があれば良いってものではない筈だ。
ここまでする理由が、私の存在に・・・あるのか?
インサイト。
「警戒は多分、まだ続いているだろうから、用心して・・・って、モウニングにはいらない言葉だったかなっ、それじゃあね―――」
インサイトが背中を向けて、さっさと部屋から抜け出そうとする。
「・・・何て、言葉だったか?」
「えっ?」
インサイトが振り向く、モウニングがこっちを認知しているため、見てきている。
「私が、ここに乗り込む前に・・・お前が言ったセリフ」
「っ?・・・気をつけてね、だけど?」
「・・・なんと、応答すれば良い?」
「っ・・・―――――!?」
インサイトは、胸が熱くなった。まるで昔のモウニングの様。そうやって、僕が感情がこもる言葉を与える度に、そうやって聴きかえしてきて・・・。
モウニングったら、本当に馬鹿っ。
「いってきます、で良いんじゃないかな?・・・じゃあねっ」
インサイトが、部屋を去っていった。モウニングはまた物陰に身を潜めて、地図を眺める。
「・・・ふぅ」
Mourning > Insight ...more "clear"? Now,Serching...
これまでにない経験に追い込まれ、いつもより自身の仕事に充実を感じたのだった。