「ルールは簡単だ、」
広い草原のなか、切り株が一つ。そこにルナは林檎を置いて、草原に座り込んだ。
「俺はこの林檎を守る。お前は俺に触れられてはいけない。触れたらその時点でゲームは終了。これを繰り返す」
「なるほど、とっつきやすいルールですね・・・良いでしょう、」
ミントはその場でしゃがみ、バーサーカモードに変わった。
「本気でいきますよ―――――」
紅く染まった羽根を携えて、間合いをとりつつも歩きだす。
「一つ確認です。触れられて、という定義について具体的には?」
「そうだな~、例えば、お前が俺に捕まえられる。それ以外はルール外だ」
「つまり、俺からの攻撃は入らない、と・・・」
「いうことだな」
止まる。そして一気に駆け出した。
「十分です!」
地面すれすれでミントは飛行する。ルナに猛スピードで襲いかかる。ルナはそれを見てはゾクゾクしつつ、顔にださなかった。
あぁ・・・本当にいい目をしている。
ミントが空中で回転してから蹴りを食らわそうとした。ルナは一切逃げずにその足を片手で受け止めようとした。
ガシっ!
「はい、ゲーム終了~・・・?」
掴んだと思ったのは木の棒だった。あまりの速さのお陰か、木で足の長さをのばしていたのが目に見えていなかった。ルナはここでシアンの行方を失う。
「頭のキレるやつだ」
後ろで風を切る音がした。ルナが振り向いたタイミングと共に、ミントが丁度目の前に来た。
「もらった!!」
林檎が宙を浮いた。なんと、ルナは林檎を蹴ってミントから取られないようにしたのだ。
「まだ、だな」
「そ、んなの聴いてませんよ!!?」
「悔しかったら俺から奪ってみせろよ」
「ずるい!汚いぞ!!」
「誰も標的が動かない練習をするなんて言ってないぜ?」
「くそっ!!」
ミントが若干キレつつも、ルナがまるでサッカーボールのように扱っている林檎を奪おうと必死になった。手が追っかけるが、空を掴んでばかりで到底林檎にたどり着けそうにない。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・サッカー得意だったんですか?」
汗をぬぐいつつも、ルナに聞いた。
「あ?あぁ、まぁな」
ルナは少々、表情が変わった。・・・やば、もしかして触れちゃいけなかったのかな?ミントはそう思った。
「どうした?もうへばったのか?」
「なっ・・・!?まだまだぁっ!!」
ミントはさっきのは自分の考え過ぎか、と考えつつも、仕切り直した。
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「きっつぅぅ~~~っ!」
ミントはルナの家にあるソファで寝転がりつつも、声でそう訴えた。ルナはミントのために用意したアイスをソファの前にある透明な机に置いた。
「おつかれちゃん」
結局、奪えれた回数はゼロだった。三回とっ捕まえられてしまった。全部不意打ち。注意力はあるはずなのに、どうしてか足をとられてしまう。
「はぁ・・・あんだけ飛んでも、林檎一つ奪えれないなんて・・・」
「いいや、前に経験したこの訓練で、林檎を動かしたのは今回初めてだった」
「やっぱり動かさなかったんですよ、ルール上」
「あ?どうだろう、ルールなんて本番ねぇからな。むしろずる賢さがまかり通っている。・・・どっちが上手の思考回路なのか、で勝負が決まるのが殺し屋の常識だ」
「あっそうなんですかっ」
ルナはしばらくミントの寝ている姿を視姦する。・・・そういえば、最近ヤってないなぁ~、と心の中でぼやくルナ。流石に十歳も離れている年下を餌食にするのは尺だが、理想のセンターがミントであることは否定しない。
「でも、相変わらずお前の動きは綺麗だよな・・・」
ルナは少々独り言のように呟いた。ミントはそれを聞き取ってしまったのか、ちょと顔をふてくされた。
「・・・あなたは、なにも知らないからそんなことを言えるのですよ」
「あぁ、何も知らねぇな、お前が話さないからな」
「!・・・一言一言、頭にきますね・・・」
「俺から見れば綺麗なんだよ。お前が自分をどう思おうと、それが他人の目だ」
「綺麗って、・・・なんですか?」
ミントはいつの間にか馬鹿げた質問を投げてしまった。
「ルナさんの言う、戦闘においての綺麗って、なんですか?」
「・・・あ~、これは人それぞれ定義が違うけどな」
ルナは眉間に手を当てて、考えた。
「・・・俺の言う、戦闘においての綺麗、は"情"だ」
「じょう?」
「心へんに青、で情。お前のように、真っ直ぐで素直な戦い方をしている奴は、俺くらいの年になったらなかなかお目にかかれねぇ。皆ひねくれちまって、相手に動きを読ませないようにしているからな」
「・・・それって、俺の動きが読まれる、ってことじゃないですか?」
「ここで言う動き、というのは身体のほうじゃない、心の動きだ」
「っ!?」
ミントはドキッとした。
「お前の心は、確かに復讐でしか身体を動かしていないのかもしれない。・・・まぁ、でも、」
ルナはミントにたいして微笑みながら続ける。
「お前のその情、復讐よりも助けたい、の方が強い気がするんだよな」
やめてくれ。
「・・・違うか?」
「・・・・・・」
ミントはただ黙るしかしなかった。自分をそういう目でみたことがなくて、むしろそんな言い方をしてくれる人なんていなかったから。
嬉しいなんてもんじゃない、本当にこの人は良い師匠だ。
「・・・それ以上、イメージを良くしようって取り繕うのはやめてください」
「お前がなんと思おうとも、俺はそんなイメージだぜ?」
ルナは一端離れた。ミントはやっと起き上がって半分溶けてしまったアイスをほうばった。ルナが戻ってくる。
「・・・?」
ルナの手には、本物のサッカーボールがあった。そしてそれは随分使われていたのだろうか、薄汚れた茶色に染まっていた。
「お前、サッカー出来るか?」
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「こんのぉ・・・!!」
ミントはただ走ってルナからボールを奪おうと足を使った。ルナはまるでプロのようにボールを自由に足で操っている。
「ルナさん、本当に経験してるんじゃ・・・!」
「あ?まっさか、」
夕暮れに照らされてゆく街。山の背景にある空が明く染まってゆく。ルナはその光を背中に受けつつも、ボールを一端飛ばして、手元に受け止めた。
「ガキと一緒に遊んでたら本気で技術習得しちまっただけだ・・・」
完全に、地雷だった。
「・・・そう、ですか―――――」
これで彼が子持ちだったことが判る。ここには公園がない。路地のちょっとした広い場所でしか遊べれない。子供たちの遊ぶような場所に行くには、ルナの地域から離れている学校周辺まで行かなければならない。
子を授かっていない人がそんな場所まで行くか?行かないだろう。子供がそこに通っていたならば、サッカーボールを買って、ここで遊ばせることが親として出来ることだろう。
「・・・すみません、馬鹿げた質問ばかり投げてしまって」
ミントはただ、謝った。ルナは少々驚いたた表情で、こっちを見ていたと思う。こっちは目を合わせれる気持ちじゃなかった。
「ルナさんが話したくなかったら、僕は聴きませんので」
「お前・・・―――――っふ」
ガキに心配されちまうほど、俺って切羽詰ってたか?
ルナはサッカーボールを落とし、足で踏みつけて止めた。
「こいつは、俺のガキが愛用していたやつだ」
「っ!?」
ルナが語った。
「もう、三年前になる。ガキはここの離れた学校でサッカー少年団に入ってたからな、二人とも。レイド兄ちゃんが意地悪でな、よく弟のマキを泣かせていたもんだ」
「・・・」
ルナさん、やめてその表情は。
切ないから、悲しくなるから。
「二人は俺の故郷で、ゆっくり羽根を伸ばしているぜ。・・・こっちには、帰らせないつもりだ」
ルナの目が怒りに変わった。ミントはその怒りの先端に触れ、恐縮した。
「・・・話さなくても、良かったのに」
ミントはそう言って、顔を合わせられなくなった。ルナは笑って答えた。
「なに、お前が責任を持つことじゃないぜ?それに終わったことだ・・・三年前に」
「三年・・・、」
それは、ルナの名前が広まった、あの血の湖に関する事件とかぶっている。
なにか、あったんだ、この人。
三年前に。
「うし、帰るか」
そう言って、ルナはボールを手にもち、先に歩いて行った。ミントはその背中をみて、それから隣へいく。
「修行、頑張ります」
「おう」
ミントは、その一言しか言葉が思いつかなかった。
「さて、と・・・」
ルナを起こして仕事に向かっていったのを見送ったあと、ミントは決心した。
「今日しかない、」
あのサッカーボールの一件から二週間。ルナが仕事で自分が休みという絶好のチャンスが来た。
「えっと・・・」
ルナの部屋にあるパソコンで、この場所に近い図書館、もしくはインターネット利用できる喫茶店を検索する。
「・・・ここにしよう」
建物の名前を記名し、それを自分の持っているタッチパネル携帯で検索し、地図を表示させる。
「流石に、ルナさんのパソコンで三年前のことを調べる訳にはいかないし」
この人のパソコンは、いろんなフォルダにロックがかかっている。すごく気になる。
「よし、行こう」
ミントは早速飛び立った。ちょっと大きい建物である大型図書館へと向かう。欲しい資料は二つか三つ。図書館から少し離れた路地に降り立っては、建物と建物の隙間から人が右往左往する方へと抜け出す。それから図書へと入っていった。入った瞬間、とても静かになった。
「あの、すみません」
早速、係員に呼びかける。
「はい、どうされましたか?」
「新聞、で、三年前以降の新聞がありますか?」
ミントは、ここの図書館が歴史の新聞を重宝している場所だということを検索して知った。係員はもっと図書に詳しい管理者を読んでくると言って、その場を離れた。
「お呼びしました」
「いらっしゃい、三年前の新聞かい?」
年をとった、優しいオーラがにじみ出ている人がそう聴いてきた。ミントはお辞儀をして言葉を続けた。
「はい、」
「何時のころか、はっきり覚えているかな?」
「いいえ、それが・・・」
「まぁ、部屋に案内しよう。来なさいな」
関係者以外、立ち入り禁止という札の貼ってある部屋に案内される。
「良いんですか?入っても・・・」
「歴史の新聞を見たいなんて言う子はなかなかいないからね。サービスよ」
おじさんはそう言った。倉庫みたいな場所にたどり着いた。部屋が冷房でガンガンに冷えている。おじさんがコートを渡してくれた。
「紙媒体は湿気に弱いからね、特に劣化しやすいような新聞とかはこうやって、」
まるでおとぎ話に出てくるような大量の本棚から、サンプルにファイルを取ってくれた。
「一ページずつファイルに保存しているのだよ。・・・これは、およそ五年前のものだね、」
「?おじさん、これは」
見たことないモノクロ写真が新聞に載っていた。器械の塊、みたいなものだが、現在にはまるで不必要な形をしている機械だった。
「ん?」
おじさんはその写真を見て、顔がこわばった。
「この機械はね、戦闘機だよ」
「っ!・・・ごつい発砲機器を背負っている機械ですね」
「これが作られたには訳があるのだよ」
新聞が、その記事から一ヶ月前の記事を映し出す。
「っ!?ひっ」
ミントは叫びそうになった。新聞が載せていたモノクロの写真には、爬虫類のようなテカテカした身体から無数の触手を伸ばし、口と思われる穴から歯を覗かせているものが写っていた。
「この生き物の名前は、ゲープ」
「ゲー・・・プ?」
「こいつが、ちょうどここから北にあるフェンテルの都に浮上したのだよ」
「っ!?フェンテルの、都!」
ルナが、三年前に滅ぼしたと言われている、あの街。
「今はなにもない、ただの廃墟となってしまった街だが、あそこは当時、科学技術が発展していた街だった。快適を求めて暮らしている輩の集まりだったのだよ」
そんなところには住めないな。ミントはそう思った。
「その街に突如現れた未確認生物、ゲープ。科学者と自衛隊がタッグを組んでそいつの弱点を探そうと生け捕りを考えつつも、ゲープの抹消を実行するが、彼らにはなんの武器も通用しない。魔法の生き物だった」
おじさんが語っている話は今回の話とは無関係だとは思えず、聴き続けた。
「だが、突如作り出された新たな武器、・・・さっきみせたごつい機会とは違う武器で、奴らを死に追いやった。そしてゲープは全滅した」
「あの、その武器とは一体・・・」
おじさんは首を横に振り、静かに語りだした。
「残念ながら、科学者はそれを非公開にした。一体何で作られている武器か、それは謎に溶けてしまったまま、フェンテルの都は一人の男によって滅ぼされてしまった」
「ルナ・・・」
「おや、君は殺人鬼たちの名前を覚えているのかい?マニアだね~」
おじさんは笑って答えた。仕事柄がそうだとは言えずに、笑い返した。
「・・・すみません、そのニュースのコピーを譲ってくれませんか?」
「ん?いつごろからいつごろまでの分だい?」
「その、事件を追っている部分までで良いです。ゲープの登場から、都の死まで」
「うむ。なら、五年前の冬の時代から、三年前の冬の時代まで、かな?かなりの量だから、ニュースに関係ないものはいらないだろう?」
そう言うと、分厚い本を出してくれた。
「これは?」
「実はね、このニュースは今も話題として取り扱っている著者がいたりするのだよ。この本は、このゲープの登場から都の死までの新聞記事を収録した本なのだよ。せっかくだから、君にこの本をあげよう」
「えっ!?いいのですか?」
ミントはおろおろと慌てつつも、それを手にとった。おじさんは笑って答えた。
「このニュースに関心があるのは、この私も一緒なのだよ。いわゆる評論家も興味を示さずにはいられない、おとぎ話のような事実だからね」
「・・・ありがとうございます!」
ミントは冷房の寒さを忘れて、興奮した。こんなにも速く情報が手に入るとは思えなかったからだ。
「早速、家で読ませていただきます!」
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「・・・判らない」
謎が更に深まった。都に浮上したそいつらが人を食べるところまでは話が判ったのだが、ゲープの突然の死体浮上、特攻性のある武器の登場、そして、平和になったと思われてからの突如のルナ侵撃。その内容に差し掛かったところ、断片的にしか内容が書かれていなかった。では、一体ゲープの死はなににもたらされてなのだろうか、武器の素材は何だったのだろうか、そしてルナの侵撃の理由はなんだったのだろうか・・・疑問が解消されない。
手がかりは、本人の口。
「聞けるわけないだろう・・・」
二階の自分の部屋で、寝転がった。そして本を机の上に投げた。天井をしばらく見つめる。ちょっと日が傾きだしている。今日は早めにルナが帰ってくるらしいのだ。
「夕飯作ろう」
起き上がった時だった。
「?」
そういえば、ここのベッドはなぜか全てが新品だった。それは俺がここに来る前から変えられてあった。だが、もう一つのベッドは小さいのが二つ。サッカーのことで話してくれたあの二人のベッドなのは判る。だとすると、ここのベッドは妻のベッドか。
じゃあ、このベッドだけ新しく変えられてしまったのは何故?
「・・・女性の部屋には失礼だけど、」
ミントは妻の部屋だと思われた、この自分の部屋を漁るだけ漁ってみた。タンスはもう自分のものに変わっているから、なにも手がかりはない。
「・・・ない、な」
今度は子供たちの部屋の方を探してみた。服は見つからなかったが、その他の忘れ物と思われるようなものはいくつも出てきた。提出期限が過ぎてしまった宿題。思い出の手紙、落書き帳。シャープペンシル。彼らがいた、と思われるような所有物が出てくる。
「おかしいな、」
こういうちいさなものだったら、きっと妻も所有していただろう。一切出てこない。・・・つまり、布団だけじゃない、すべて新しくされているのだ。
「・・・やばっ」
時間が迫っている。夕飯の支度をしなくては!ミントは今日作りたかった鳥の唐揚げのネタを冷蔵庫から取り出し、調理に取り掛かった。
「ふぃ~、」
扉の開く音。帰って来た、速い。
「速っ!もう帰ってきたのかよ」
「なんか、片付いちまった。今から調理か?」
「今日は手の込んだのにしようかなって。休日だったし、俺」
「・・・それ、なんの唐揚げだ?」
「鳥」
「・・・共食いか」
「ちげぇ」
背中を見られているのがよく判る。仕事の終わった彼の目は、人を殺すのに夢中の目をしていたのだ。その殺気立った眼の雰囲気がまだ抜けていないのか、視線がピリピリしたりする。
「こっちみんなよ、ピリピリするぞ?味が」
「お、悪ぃな。つい見とれちまってな」
「意味わかんないこと言わないでくださいよ」
と、食事を作っていた時に、ふとあるこを思い出した。
「あ、そういえばルナさん」
「あ?」
「アク食いって、なんですか?」
「雑食ってこと」
「それはわかります、どういう意味なんですか?肩書き的に」
「・・・聞くのか?それ、」
ちょっと空気のピリピリ感が抜けた。なんだろう、これもまた地雷だったのだろうか・・・。
「言いたくないのだったら別に―――――」
ぞくっ。
「っ!?」
包丁を振り回した。
「お~いおい、調理用の包丁だろ?振り回すなよ」
い、今、耳に息を吹きかけられた気がした。間違いない。確かにルナが俺の背中の方から近づいてきて、腰にも触れてきたし、耳を甘噛みされそうだったし、なんなんだこいつはっ!!?
「ホモかよ!!」
「バイだ」
「・・・まさか、悪食いって・・・」
「そういうことっ」
ルナはさぞ嬉しそうに言った。
「ふっ・・・ふっ・・・」
ふざけるなぁぁぁあ!!
「ルナさん・・・」
昨日のことが頭の中でぐるぐるする。そういう人とは知らずに一緒の屋根の下にいた自分の無知さを呪った。そんなことを知らずに、朝に起こされて普通の顔をするルナ。
「どうした?お前、顔色悪いぞ?」
「いえ、なんでもありません・・・」
「昨日の共食いか?」
「あんたねー!!」
朝から騒がしい。ついルナと出会う前の静けさとは全く変わってしまった日常だ。しかも騒がしいのはこの俺の方だ。どういうことだ。
「くっくっく、若いって羨ましいなぁ~」
ルナの笑みを見ると、何故か昨日のことを思い出して咳き込みそうな気持ちになってしまう。
「もう、今日は俺仕事なんで、抜けますよ」
「おう、いってらっしゃい」
「いってきます」
ミントはさっさと抜け出した。一緒にいると気が狂いそうだ。そんなこともあって、この人の歴史を知る必要はないのかもしれないと思い、本をほったらかしている。もう読んでもなにも思えれない。あの人がなにを三年前に経験して、理由があって、今があったって知ったこっちゃあない。結局、俺に見えるのは「今」しかないんだ。
お互いに。
「密猟者についてなんだが、」
「?!」
不意にルナが言った。ミントが飛び降りようとした瞬間だった。
「今日の晩に話す。だから早めに帰って来いよ」
「・・・はい」
そうだった。この人にはそういう役割を押し付けていた。ミントはさっさと飛び立って去っていった。
「ってーも、今日は長引きそうなんだけどな・・・」
今日の仕事は、いわゆる見張りみたいなもの。ボディガードになってくれと、こっちの会社にお依頼があった。人数も結構必要だったし、仕事内容も簡単でお金も申し分なかったから、参加した。
「おい、最近別の家で過ごしているそうだな、ミント」
同僚がからかってきた。残念だけど、そう言ってくる輩と行動を共にしないといけない。
「あぁ、まぁな」
「なんだ、恋人か?」
「っ!?あ、あんなやつが!!」
しまった、つい逆上してしまった。
「はっはぁ~ん、お前もめでたいようになったなぁ」
「恋人じゃない、師匠だ」
「は?」
「住み込みで、技術を教えてくれる、しかも給料もくれる師匠だ」
「なんだよそれ、そいつの蜜を吸って生きてるのかよ?本職はこっちだろう?」
「もちろん本職はこっちさ。ただ俺の目的の近道ともなるんだよ、それ以上は言わない」
さっさとその場を離れた。そして集合場所に移動した。
「さ、てと。揃ったかな?」
今回依頼を要求しただろう、とある警備員が俺たちを見てからこう言った。それから続ける。
「今回、君たちにも協力してもらう理由がある。これを見てくれ」
ディスプレイに映し出されたそれは、とある大きな大富豪の家だった。
「この家の宅にて、ある催しの展示会がある。そこでとても高価な値段のつく品が展示されるのだが、前回の展覧会に品が盗まれたという事件があった」
ミントはそのスライド写真に映る品を見て、心臓がなりっぱなしだった。
どうして、なんだよ。
俺に、そんなものを守れと言うのかよ、だってそれは。
「特にお気に入りだったらしい、ピピカ族の着物が盗まれてしまった」
俺たちの、族のものだろ。
その後の説明なんか、ミントの耳には入らなかった。彼の耳は、自分の心臓を聴くことしか出来なかった。
ミントは説明が終わったあと、焦る気持ちを抑えつつも廊下へ出て、外に飛び出し、携帯を取り出しては電話をかけた。三回コールが終わってから、相手が応答した。
「・・・もしもし、ルナさんですか?」
『あぁ、今丁度会議してたところだぜ、こっちで』
「今日、遅くなると思います。話はまたの機会にしてください」
『・・・どうした?何かあったのか?』
ルナに、携帯で話した。
「俺の今日の仕事、大富豪の展覧会警備です」
『?それ、どこの豚の展覧会だ?』
ルナの口の悪さが、むしろ自分が言えないセリフを言ってくれているようで気持ちいい。
「バー・ルシエの大富豪の家族です」
『丁度いいじゃん、俺ら、そこ襲うよ』
ドキっ。
「―――――っ!?」
まさかの仕事場で敵として顔を合わせることに。そういう日がくるのは、ある程度予測していた展開だったが、あのルナの特性を知った後にそういう場面がくるとなると、気持ちが複雑になってしまう。
だめだ、別の意味で心臓がうるさくなった。携帯の会話に集中しないと。
『お前がおとなしくしていりゃあ、俺らが仕事さっさと済ませれて、お前も速く帰れるぜ?』
「冗談言わないでくださいよ、こっちだって仕事にお金かかってるんですから」
彼の笑い声が聴こえる。耳が火を噴いている。だめだ、低音ヴォイスがグッとくる。携帯から少し耳を話して喋った。
「・・・ただ、今回の大富豪の輩は、俺の一番憎い人なので、仕事を放棄します」
『知ってるぜ。そんで、俺らは全力でそいつの大事にしているお宝、全部かっさらう予定だ』
「俺が言いたいのは・・・!」
『あぁ、判ってる。
取り返したい―――――だろ?』
---------------------------------------
夜になる。外で貼っているミント。
「ふあぁ~退屈だぜぇ・・・こんなに平和なのに、外に貼らせるとかマジで暇だよなぁ~」
隣にいる同僚が、ミントにそう呼びかける。
「・・・そうだな・・・」
時計を見る。短い針が六を指した。
「・・・ちょっと、園を回ってくる」
「おう、熱心だな」
「まぁな、金がかかってるし」
ミントはそう言って、そこから離れて、その城とも言えるような家の裏側に行った。
「っ!?」
噴水が返り血を浴びている。そして無数に倒れてる人の中、ただ独りだけ立っている。左手に、鋭い刃を携えて。
やばい、ドキドキしてきた。ミントは敵を目前にして、戦わないという罪意識と、もうひとつ特別な感情を抱いてしまい、不安感のような心臓の高鳴りを覚えた。その人物に近づき、一言放った。
「よく物音無しで殺しましたね」
「俺だけじゃねぇからな、今回の仕事はツレも一緒さ」
「ですか」
ただ、平静を保ちつつ、現在の状況をルナに話した。情報を売った、ということだ。
「ここから裏っかわにもう一人、見張りがいます。中は展覧会のように、いろいろな場所にて品を展示しています。これが地図です」
「ん?暗くてみえねぇよ」
「・・・こっち」
ミントはルナを誘導して、見張りが回ってこない茂みの中に入ってから、ライターで地図を照らした。
「今俺たちがいるのはここ」
「この地図写メっていいか?」
「どうぞ」
ルナは写メってから、今回一緒に働いているツレに一斉送信した。
「・・・俺のこと、話したんですか?同僚に」
「前からけっこう吹き込んでる」
「はっ!?!」
「俺のもとで働く弟子できたいぇーいって」
「お前っ・・・っ!」
口元を人差し指で触れてくる。ルナが真剣な眼差しで見てきたのがライターの光で一瞬見えたが、ライターの火をもう片方の手で握り消された。・・・ルナの位置から、きっと見張りが見えたのだろう。ミントは、見張りが死体を見てしまったら上部に連絡をするだろうと考えた。ミントは動こうとした。が、ルナに手を引っ張られる。
「ルナさ・・・っ!」
「待てって―――――」
ルナに本気で口を閉ざされた。後ろから片手で簡単に抱きしめられ、口をもう片方の手で押さえつけられる。
「大丈夫だから」
大丈夫じゃない。体勢的に。ミントは背中でルナの肌の暖かさを感じている。本当に敵だったら、こんな力じゃないだろう。もっと強く、強く縛られていただろう。・・・ルナが敵じゃなかったことへの安心より、もし本気で抱きしめられたら頭がパニックになりそうだとミントは思った。
なんだよ、この感情。
毒されていやがる。
「っ!?」
見張りは死体を見ては、慌てて無線機を取り出そうとしてた。が、突然倒れだした。
「なっ?」
ルナがさっきとは違う優しいトーンで話した。そして開放してくれた。恥ずかしい気持ちを抑えつつも、聞き返した。
「スナイパー・・・がいるんですか」
「そうなのよ、インサイトちゃん」
「ちゃ・・・!?」
「華奢で優しいのよ。あいつのお陰で見つかってもだいたいどうにかなるんだぜ」
ルナはまた噴水の周辺に出てから、空中一点を見ては手を振った。どこにいるのか判るのか。インサイト・・・聴いたことがある名前だ。彼はまず見つかりにくい場所で遠くから攻撃をするから、賞金首の中では最も狩りにくいと言われている。
「さってと、じゃあこれで情報交換は終わりだ。あとは適当に戦ってくれ、じゃな」
ルナはさっさと建物の壁を蹴って登っていき、窓から侵入した。ミントは取り残された。
「・・・なんだよ、それ」
ちゃんとか・・・。ミントは自身の唇を触った。・・・軽く、本当に優しく唇を人差し指で抑えられた。見透かされるような目でこっちを見てきて。
「・・・はぁ―――――」
一体、俺はどんな顔をしてたんだろうな。その時。