「おはようございます」
最終試験から3日。インサイトから合格通知を貰ってから、何も連絡が来なかった。IllLowとは仕事以外・・・つまり高校内では全く会話をする機会がない。学年が違うととてもではないが、合うのも難しい。予め約束をしない限りは。
「おはよう」
今日は珍しくIllLowから呼び出しがあったため、昼休憩を使って図書館の裏にいる。ぽかぽか日和の春風が気持ち良い天気だ。
「明日の予定は?」
「あ、えっと。部活が午前中だけで、午後はお休みです」
「早速だが、研修に抜擢された場所がかなり物騒になった」
「えっ」
「そのため、サヴィーの使えそうな武器調達や練習用の衣服を購入しに行かなければならない。司令官はご自分の拳銃を貸すつもりは全く無いらしい」
兄さんの銃は癖がついてるので、お断りです~・・・と、サヴィーは思った。
「それに司令官の拳銃に慣れてしまったのなら、正規の拳銃を握った時に集点がずれる」
どうやらIllLowも困ったらしい。
「手首をひねる癖に見合った銃口の改良なんか加えるの、兄さんしかいませんものね・・・」
「あれも一種の才能だろうがな」
IllLowはサヴィーに、とある携帯を渡した。ピアノ塗装、という黒くてピカピカ輝く表面が特徴的な、少し小さめのガラケーだ。懐かしい。
「仕事用の携帯だ。私用ではない。但し、これからはコレをずっと身につけておくこと。お守りだ」
「・・・はいっ」
プライベートではないが、それでも嬉しかった。これでいつでも彼と連絡が取れるようになってきている。それだけで良かった。
「電話帳には、我々S.KILLERの統率員の子機が登録されている。何かあったら、誰かにかけると良い」
「何かって、例えば・・・」
「誘拐、とかな」
極端である。
「わ、私がそんなターゲットなんか・・・」
「いいや、」
IllLowが一歩近づいてくる。少し頬を赤らめて顔を見上げるサヴィー。
「貴方がS.KILLERの一員と知られた途端、貴方は格好な末端の獲物だ。情報入手か、人質か・・・囚われてもおかしくはない。それに、」
「?」
「・・・貴方は貴方が思っている以上に、美人だ」
IllLowが真剣な表情でそう言った。変な間が空く。サヴィーは慌てて手をあたふた振って、声をあげる。
「そ、そんなことないですっ、そんなことないですぅっ!」
「自覚が足りないぞ、そんな意識では困る」
「えぇぇーっ」
「連絡は以上だ。明日の午後、迎えに行こう」
「・・・はいっ」
ふわっと笑う彼女。
「・・・」
全くもって、死角だらけ。そんな生易しい世界ではない。そんな笑顔、出来るような精神状態ではなくなるのかもしれない。
なぜ、俺は彼女を不合格にしてでも守りたいと思わなかったのだろうか。
それも俺のエゴなのだろうか。
「・・・IllLowさん?」
彼女が首をかしげて覗いてくる。はっと我に返り、咳払いをした。
「では、また明日」
颯爽と帰る彼。呼び止めたくてもなにも話題がなかった。
「・・・やった」
武器調達だとしても、休日に一緒に買い物ができることが嬉しい。サヴィーはうきうきした気分で午後の授業を受けるため、教室に戻る。午後の授業は数学、英語、選択科目(古文)の3つだった。サヴィーは数学が苦手である。頬付しつつも、ぼうっと考える。
IllLowさんは、睡眠学習?だっけ・・・それで全部判っちゃうんだよね、きっと。学習していなくても、彼なら数式を身につけちゃった途端、すぐに計算処理できちゃいそう・・・。羨ましいなぁ。私もそうなったら・・・。
「はぁ・・・」
ふと、肩になにか当たる感触がした。机には小さく折りたたまれた紙があった。誰かから投げられたのだろう。
「・・・」
サヴィーはそれを見なかった。投げられた方向を見やると・・・。
(うわっ)
あのIllLowと初日絡んでいたバスケットボール部の男子が、座っていた。ますますその紙を開きたくなくなった。絶対見ない。その紙を開いたふりをし、そのままくしゃくしゃに丸めた。授業は普通に受け、その紙に一体何が書いてあったのかは知らないままでいた。
放課後になった。放課後は部活動に励む。バレー部に所属しているため、体育館にある女子更衣室に急いではスポーツ着に着替える。スポーツ着はサヴィーが気にしている体格のラインがでるため、好きではない。
「やーんサヴィーちゃん、おっきいねぇ♥」
「や、やめてくださいっ」
お姉さん譲りのバストで、毎回ひやかしを受けるためだ。自身でも肩凝りの原因であるこのバストを何度か恨んでいるのは確かだ。
「・・・そう言えば、サヴィーってさ、」
「?、はい」
「あの転校生とどんな関係なの?」
「お兄さんの知り合いで、面識があるだけです」
「えー!いいなーねぇ私にも紹介してよー!」
「そんな仲が好い人って関係じゃないですから!」
「ぶーぶー!」
朝登校で一緒の友達は、そうちゃかしてくれるのだが。
「ほーんと、どういう関係かしらねー」
別の派閥は本気で恨んでいる。
「あんたは良いよねー、どうせ鎌をかければ、男子なんてすぐ寄って来るもんねー」
「ちょ、サヴィーちゃんに失礼だし!そんな事してないってサヴィーちゃんは!」
「あんたは黙ってな?」
時折そういう喧嘩があるのも仕方がなかった。サヴィーは事実、モテるのだから。その派閥の女の子は告白した相手に「サヴィー狙いなんだ」と言われたのがきっかけで、噛みつくようになった一人。他にも、サヴィーに真っ向からアタックする男もいたが、サヴィーは全て断っている。今までも、これからもそのつもりだった。
「心に決めている人がいますから、そう易々と恋人なんか考えていません」
その人がIllLowと知られると、とんでもない争いが起きるだろう。知られないようにしなければならない。
「いつまで更衣室にのさばってるのー?」
先輩の一言。あの噛みついてきた女子も、さっさと消えていった。
「・・・」
自分の荷物に、何かされそうだと思うサヴィー。
「一緒に使お?」
朝登校で隣にいてくれる、背が小さくて薄ピンクのふわふわした髪の毛が可愛い友達が、声をかけてくれた。
「なんかしそうじゃない。あーゆうタイプの女の人ってさー」
「でも、ロッカー小さいですよ・・・」
「鞄は床に出しとくから、よっこいせっ・・・、これで服が一緒に入るでしょ!」
「ありがとう、マコちゃん」
彼女ははにかんで笑った。彼女も所謂、的にされやすい女の子だった。誰とでも話すタイプの子。その為か女子でも男子でも仲良くする。それを「狙ってる」だの「男たらし」だのと言われていた時期もあった。但し、人を虐げるような輩は大抵決まっており、そこの連中は誰でも標的にする。たまたまそこに、サヴィーやマコちゃんが批難しやゆく、二人とも友達を沢山作るような経ちでもなかったからだ。そのからくりが判ってしまえば、怖くもない。二人はその度に助け合った仲だ。片方が標的にされれば、一緒に戦う。
「今度お菓子作ってきますね」
「やーった!」
サヴィーの手作りお菓子のため?も含まれている。良い利害関係だ。
「片付けー!こーら片付けしないで更衣室急ぐなバカ垂れ!!」
公平に扱う先輩の言葉には逆らえない。何かイタズラをしようと思っていた女子組は、渋々と片付けをした。ボールをかごに入れる際に、部長が声をかけてくれた。
「サヴィー大変だねー、」
「へっ」
「いやさ、あのIllLowって人がさー、全く女子と話してくれないのさ。まるで興味がないみたいに」
「っ!」
そうだった。彼は高校三年になっている。サヴィーは二年生。教室で彼がどう振る舞っているのか、全く考えていなかった。先輩が更に小声で声をかけてくる。
「こっちの同期に、あんたから情報仕入れようとしてる奴いるからさ、気をつけなよ?」
「うっ・・・はい」
サヴィーは肩をガックシと下げるのだった。今日は、体育館倉庫の戸締まり当番の日だ。ここの面倒な所は別の体育館内の部活動が終わるのを見届けなくてはならないところだ。終わる時間は一緒なのに、片付けがどんくさいのは何処の男子も同じことだ。
(・・・そういえば、IllLowさんは部活動、どうしたんだろう。気になるなぁ・・・)
体育館の倉庫の中で、ぼんやり考えた。
「サヴィーちやーん!ごめん、私先に帰るねー!」
「彼氏さんでしょ?」
ボールのかごに持たれかけつつ、マコちゃんに笑ってそう告げた。既に制服に戻っている彼女は慌てている。
「そーだった!私には彼氏がいた・・・んー!IllLowくんも気になるのにー!」
「マコちゃんは皆大好きだもんね」
そんな彼女が、サヴィーにとってはとても有難い存在だ。
「そんじゃ、先帰るねー!バイバイ!」
「ばいばーい」
サヴィーは倉庫に一人になった。ため息をついて、彼女が羨ましいと感じた。
「いいなぁー・・・」
そうぼやいていると、あのバスケット部の三年が入ってきた。手元にはボールのかごを押して引きずっている。サヴィーはやっとか、とその場を離れようとした。
がしゃん!
「!??」
そのバスケット部の男子が、倉庫の鍵を閉めたのだ。こっちも持ってはいるが、背の高い年上が立ちはだかるとどうしようもない。声をかけるしかない。
「あ、あの・・・」
「俺見ちゃったんだよねー??」
初日、背負い投げされていたあの男の顔だった。そいつはスマホを取りだし、画面を見せてきた。
「っ!!」
今日の昼に、IllLowと話をしていた写真が撮られていた。足が動かなくなる。嫌な展開が頭のすみによぎった。
「これをばらまかれたくはねえよな?だろー??」
「・・・何が望みですか」
「おーう、怖いねえー威圧的!」
その先輩は、サヴィーを壁際まで肩を持っては追い詰めた。乱暴にぶつけられ、声をあげる。
「あげんなよ!誰かに見られても良いのかよ?」
あごを持たれる。恐怖が体の自由を奪い、身動きが取れなかった。
(怖い、どうしよう!誰か・・・助け)
カチャカチャ。ガチャン。
「「?!」!・・・あ、」
外から聞こえる、鉄のぶつかる音。サヴィーはその音を聴いたことがあった。鍵を開けるときにクラッキング用の金具を使ったことがあった。その時と同じ音。
(あっ・・・)
閉められたはずの扉が、一時的に開きだした。そしてその人物は速やかに倉庫内に入り、サヴィーを壁に押し付けている人物へ近づいた。
「ひっ?!!て、テメエどうやって入りやがっ・・・」
台詞を言い終わらせないまま、相手のパンチを避ける。その瞬間相手が体勢を崩すのを見逃さず、脇腹に肘を思いっきり打ち込んだ。鈍い音が聞こえ、そのバスケット部の男は痛みのあまり膝を折った。
「んがはっ・・・っ!」
まだ終わらない。そのまま背中に蹴りを食らわしては相手を仰向けに倒し、背中に乗り、量腕をがっちり固め、首の後ろに。
「い、IllLowさん待ってくださいっ!!」
やっとの思いで声が出た。今までの動きに3秒もかかっていないのだ。そして彼が奴の首後ろにくっつけたのは、本物の拳銃だ。それを見て、流石に人身事故?は避けたいと思って声をあげたのだ。
「尋問する。一体なんの差し金だ」
「ゴホッ、な、何の話だよ?!」
「容赦せんぞ、正直に吐かないのなら死んでもらおう」
「ひっ?!人殺して良いと思ってんのかよ?!!」
顔が青い。
「貴様の行動に気がつかないとでも思ったのか。朝俺をつけ回していたことも、昼休憩に盗撮していたことも、放課後サヴィーを追尾し、今日の体育館倉庫の当番と知り、今日の当番と交代して彼女を閉じ込めようとしたことをな」
気がつかなかった。サヴィーは彼の学生武装は本当に単なるカモフラージュであることを知り、自分の回りに対する警戒心の弱さを思い知った。
「何が目的だ。差し金は誰だ。全て吐け。死にたくないのならばな」
拳銃がカリカリと音をたてる。弾をセットした音だ。その音を聴いて、拘束されっぱなしの奴がヒステリーに陥る。
「ぎゃあああああッ!!す、すみませんすみません!!俺はただ自分のエゴで動いてるだけですっ!!誰かに頼まれてとか、差し金もらってとか、そんなんじやないですううううう!!」
「ほう、」
「ホントです嘘じゃありませえええん!!命だけはぁぁぁ・・・っ!!」
「何故サヴィーを狙った。貴様の目的は俺だったはずだ」
「さ、サヴィーちゃんになんかあれば貴方様を陥れることが出来るかとおもってえぇ!」
声を震わせながら、必死に答えている。サヴィーは滑稽だなと感じた。私もこんなふうに、ガツンと女子たちに言えたら・・・そう考えてしまう。ただ、それは彼女たちの調子にのせられているようで、気が向かないというのが本音だ。
「くだらないな」
IllLowは銃をしまい、そいつから降りた。
「サヴィーは俺の仕事仲間だ。狙われれば守るが、精神的ダメージを負わせようと企んだのならお門違いだ」
サヴィーは聞いていて、耳が痛かった。
「俺に関わるな。命の保証が出来るのは校内のみだ。外で貴様の不振行為を見かけたなら、次は無い」
解放した途端に、奴は死に物狂いで倉庫を飛び出した。サヴィーは足の力が抜け、その場でしゃがみこんでしまった。IllLowがそれに気付き、声をかける。
「何故反撃しなかった」
「えっ」
「サヴィーの体力なら、対象者をノックアウトできたはずだ」
「えっ、でも・・・」
「なんだ」
サヴィーは少しため息をついてから、謝った。
「ご、ごめんなさい・・・私がどんくさいばかりに、彼のストーキングや企みに気がつかなくて・・・」
「高校でこんな物騒な出来事が起きるとはな。・・・他にも一悶着あってもおかしくはないだろう」
ギクッ。
「特に女性は陰湿で野蛮な手口を好むと聴いて」
「だ!大丈夫ですから!」
「・・・そうか、」
確実に疑われた。するどい予測を立てて、手立てを打つのが彼の仕事なのだろうか。そんなクールな判断力と行動力にときめきを覚えずにはいられない。サヴィーは立ち上がった。
「平気か?」
「はい・・・ありがとうございました」
「送ろう、」
「へっ?」
「外で待ち伏せしていないとは限らないしな」
完全に警戒態勢に入っている。逆に、彼となにがしかの接点があると女子に勘違いされてしまうのではないか、不安がよぎる。
「だ、大丈夫ですって!わ、私は電車通勤ですし、」
「同じ方向に乗り合わせる別の生徒がいないわけではないだろう?」
「う”っ」
「決まりだな」
体育館倉庫の部屋から出て戸締まりを確認。IllLowは体育館の中で、更衣室で服を着替えているサヴィーを待つ。サヴィーはあたふたしながらも服を着替える。
「うーっ、IllLowさん一度決めたらテコとして動かない人なのかなーっ・・・」
守ってくれている。たとえ仕事柄だからとしても、これほど恋心の調味料として効果的なものはない。
「・・・」
微笑んではバッグに顔を沈めた。落ち着いてから外を出る。
「おまたせしましたっ」
「帰ろう」
IllLowの手にはスマホがあり、サヴィーが外へ出てきたのを確認すると、即座にしまった。そのまま体育館を出ては下駄箱へ進む。
「・・・あ、あの」
「なんだ」
「IllLowさんは、その・・・部活動は、何か所属していますか?」
「ダンス部だ」
「だっ、ダンス!??」
サヴィーの部活動の中で、文化部なのか運動部なのか判らない位置づけになっているのがダンス部。ダンスといっても、完全にブレイクダンスのみを扱っており、そのための部屋が最近できたばかりで、施設も整ってきた部活だ。もっと王道な・・・例えば陸上やバレーといったスポーツをイメージしていたサヴィーは、
「い、意外です・・・」
と、口にだした。IllLowは特になんともない顔をしている。
「そうか。激しい運動とバランス力、個性をだせる部活動といった条件で残ったのがこれしかなかったからだ」
「バランス力・・・確かに、体を支えるようなモーションとか、逆立ちとか、いっぱいありますね」
「何故サヴィーはバレー部に所属している?」
「えっと、チームプレーが出来るようになりたいのと、体力づくりのためです」
「賢明だな」
前回に送って貰った時の黒い車が、少し学校と離れている駐車場のところでスタンバイをしていた。IllLowは車の鍵をあけ、座席に荷物を下ろす。
「安心しろ、誰も後をつけてはいない」
サヴィーの不安そうな顔を見ては、そう呟いた。ぎくっとなり、次の瞬間にはほっと顔がほころぶ。
「そう、ですか」
サヴィーの無意識にいからせていた肩から力がぬけてゆく。助手席に軽々と入り、シートベルトをして待った。
「ありがとうございます」
「何度も礼はいらない。明日は朝早くから出かける。準備は早めにするように」
エンジンがかかる。ゆっくりと車が動き出した。心地よい音楽と安心感で、一気に眠気がくる。 電車の窮屈さとは違い、車の助手席で快適に帰れることを嬉しく思っている。
「・・・はいっ」
心地よさそうに返事をした。
「あれ、サヴィー早いね、起きるの」
インサイトがサヴィーの完璧な朝食姿を見てぎょっとした。服もおしゃれをしており、片手にスマホで天気予報を見つつも、甘そうなコーヒーをいただいている。相変わらずの無表情で、無愛想に挨拶をする。
「今日は晴れですって」
「あっ!もしかして、デート?」
「と、言う名の武器調達です」
「あーいいね!お昼寝はIllLowと食べる感じ?」
「た、多分」
「お世話になりっぱなしだねー。ちゃんと体で返してやりなさいよ?」
「なっ?!何言ってるのお兄ちゃん!!」
「え?あーそういう意味じゃなくて、仕事の話!」
「そういう言い回しするんですか?変態っ!」
サヴィーは朝から顔が真っ赤っかである。困惑した表情はよく分かる。と、インサイトの仕事用の携帯が鳴る。とっさにとっては応答する。
「はーい、おはよう。サヴィーならもう起きてるよ?」
ガタッと荒々しく立ち上がり、コーヒーのカップを台所におく。
「りょうかーい。・・・もう待っているんだって」
「嘘っ?!早いよIllLowさん!」
「あっちも楽しみにしてたんじゃないのー?」
「バカ」
一言そう言ってほあっかんべをする。元気よく家を飛び出した。
「おはようございます!」
私服のIllLowを見るのは初めてだが、やはりカッコいい。少し大きめのTシャツにはポップアートが施されており、ジーパンを着こなしている。
「ダンス、あるのですか?」
「午後からだ」
「じゃあ、早めにお買い物を済ませなくちゃいけませんね」
見に行きたい。
「いや、来てもらう。そこで昼飯の調達ができる」
「えっ・・・?!ほ、本当に良いのですか?!」
「何がだ?」
「み、見ても良いのですか・・・?」
「ステージに立つのなら見られてもしょうがないだろう。時間がない、助手席に乗ってくれ」
「は、はいっ!」
あたふたと助手席に座った。IllLowが運転席に乗り込むと、CDが挿入される。今までで流れたことのない音楽だった。たしか、EDMというジャンルだったか。
「これ、踊る曲ですか?」
「流石だな。よく調査しているな」
「い、IllLowさんがどんな曲で踊るのか気になって・・・」
「案ずるな、完璧なパフォーマンスを披露出来る」
さ、流石完璧主義・・・!!サヴィーは心のなかでそう呟いた。車は普段から通いなれている道を辿り、何気なくある普通のファッションコーナーが並ぶお店に入った。
「・・・?」
そこの駐車場に止まる。彼が降りるとともに自分も肩から提げる鞄を持つ。やはり入って行くお店はそこだった。IllLowはそのままお店のとある店員を探す。とある女性の店員に声をかける。その女性はその声の主を知っているのか、喜んで振り向いた。
「いらっしゃいませー!」
「店長を呼んでくれないか」
「ただいまお待ち下さいませー!」
その女性はうきうきしていたが、サヴィーを見た瞬間笑顔が消えた。サヴィーもそのギャップに悟るのだった。
(この人もか・・・)
IllLowのこれまでの人脈を想定すると、とんでもないライバルの数だろうなと肩を落とした。
「やあ、らっしゃい」
店員、と呼ばれた男がこちらに歩いてきた。IllLowは握手を交わし、その動作をしつつも用件を述べる。
「新人のサヴィーだ」
「ほう?」
IllLowの背中に隠れていたサヴィーは表に出てはペコリと挨拶をした。
「そーゆうことね、おいでな」
店員は二人を誘導した。その間、全く会話は弾まなかった。すると関係者以外立ち入り禁止の扉の中へ入る。在庫の溜まり場であるその部屋のさらに奥に行くと、壁に当たる。その壁に店長が手をつけると。
「!」
「お嬢ちゃんの腕力に見あったブツがあるがどうかは判らんけど、新着きてたよー」
壁がドアのように開き、そこから地下へと続く階段があった。さあさあと案内されてはそのまま降りる。
「お嬢ちゃんの専門は?」
「体力はある、瞬発力も司令官の仕事よりは、潜入といった、我々と同じ部門に所属して貰いたいところだ」
「やーれやれ、そいつは可愛そうな・・・」
「離職率が高いのは承知の部門だが、若い女性も活躍出来なくはないはずだ」
「あの、IllLowさんの部門って、」
「突撃・潜入部隊だ」
「!」
インサイトの話によれば、武器を操り、敵陣地に潜入し、あるいは人を殺すこともある仕事だと聞いている。一番人の入れ換わりが激しく、人気のない部門らしい。がここの部隊のほうが現場手当てや武器においての良好な使用に応じての給料上乗せ、手厚い保険もある。何よりも現場にでるIllLowと一緒に仕事が出来るのだ。
「ひゃー、それはそれは・・・あんさんも正気の沙汰じゃねーっすね」
店長と一緒に降りた地下の部屋は、本売り場と同じくらいの広さになっており、武器の種類ごとにコーナーが分けてある。その広さと武器の豊富さに思わず歓喜した。
「さて、お嬢ちゃんのユニフォームのサイズからだね」
店長が手に持っているのは、バーコードを読み取る機器。と思いきや、それは赤外線の範囲がとても広く、その光線を頭の天辺から足の末端まで当てられた。まるでスキャンされた気分だ。
「お嬢ちゃん肌に触れられたらかぶれる衣類とかってあった?」
「へっ?い、いいえ」
「ひゃーご立派!その年でアダルティなバディをお持ちとはふんふん・・・」
「さ、最低です!」
「新人イビりはほどほどにしてくれ」
IllLowが止めに入る。店長は数字を眺めてはスマホになんらかのフォームを立ち上げ、入力していった。送信し終わったのか、スマホをポケットにしまって顔をあげた。
「うっし、さあ出来上がりまで武器調達をしてって頂戴な?」
店員はしばらく離れる。サヴィーの方に向き直り、IllLowは声をかけた。
「サヴィーはさっきの話の通り、我々の最も特異とする危険な部隊、現場直行・潜入の仕事をしてもらう」
「は、はい」
「使用する武器は予め決められてはいるが、サヴィーの得意とする武器をここで品定めしてもらおう。金額は気にせずに、試しに使って選んでくれ」
「んー・・・」
物によっては全く見たことのない武器だって転がっている。
「決められないか?」
「銃でもこんなに沢山の種類があるなんて・・・、どれが良いのかわかりません」
「ふむ、」
IllLowは拳銃のコーナーを右往左往しているサヴィーを一旦止めて、今度は彼がコーナーの中を歩きはじめる。その際、幾つかモデルが異なる銃を取ってはサヴィーに渡し、その場を離れる。向かった先は、試し撃ちができる射撃場。そこでそれぞれの弾をセットし、サヴィーに手渡す。
「的の出現率は、射撃者の腕によって難易度が変わる。ゲーム感覚で良い、撃ってみろ」
「はいっ!」
元気よく返事をし、早速一番目に手渡された拳銃で撃ってみる。的のほぼど真ん中を貫いた。的の出てくるタイミングが早くなり、引っ込められるスピードもあがる。その間、射撃場の左壁にあるモニターのランク表示がころころ変わり、段々固定された。
「次だ」
「あの、横の表示って・・・」
「あれは射撃者の腕前をランクに表示している。堂々のSAランクだな。それくらいないと採用しないが」
「あの、兄さんのランクは・・・」
「SSAだ。司令官はとんでもないスピードと命中率を誇る」
「・・・!」
いつか兄さんを超える。と心に誓った。合計5つの拳銃を試し撃ちし、近くにある平らなベンチに座っては品定めを始める。
「これらを打ち比べたのだが、何が違う?」
「うーん、っと・・・重さ?でも重いほうが重心を素早くとれて、体力に見合ったものを持てばいいのかも・・・」
「素晴らしい。その通りだ。サヴィーは女性だから、軽い拳銃で振り回せるほうが良いと思っていたが、男性用の少々重い・・・三番目に使った拳銃以降のものもちゃんと使えている」
「兄さんの譲りものも多かったので・・・その重さに慣れているというか、」
「その慣れが危険だ。もし腕の体力に見合っていない重い拳銃を所持するならば、手首や肩に負担がかかる。それは筋トレで解消されるものでもあるが、サヴィーにそこまで求めてはいない。適切な重さのものを選ぶべきだ」
「はい」
「が、今後の体力の成長の見込みもあるのが若さだ。この5種類の拳銃を使い分けてもらう」
「ありがとうございます、大事に使わせていただきます」
「ハスキー隊長のように、渡した武器をことごとく壊すような扱いはしないように」
隊長、ガサツっぽかったですものね。
「ういうーい、二人共。ユニフォームの方チェックしてくれよ~」
あの店長がスマホを持ちながらこちらに歩み寄った。階段は使わず、上の本場の衣類店の試着室に直接繋がっているエレベーターを利用した。紅いカーペット一色の、白い大理石に囲まれたおしゃれな部屋だ。全身鏡もピカピカに輝いている。
「また改装したのか、金持ちな奴め」
「へぇへぇ、お陰さまで、お世話になってます~」
にたにた笑う店長。つまりそういうことだったのだ。衣服一本でここまでの大きな店舗を維持、継続するための莫大な資金は、おそらく下の武器の売上がまかなっていると言える。
「ここまで成長できたのも、経営を怠らない店長の賜だ。本業を忘れないようにな」
「はは!服の方も新着あったらチェックしてくれよなーっ!そこのお嬢ちゃんも」
ユニフォームを見せてもらった。スポーツマンが着るようなものではなく、どちらかと言うと作業着に近いデザインだった。いたるところにポケットがあり、中には武器を想定して作られている引っ掛けるパーツもある。ただ、ハンドガンを所持できるような底なしポケットはベルトについている。
「嬢ちゃんハンドガンはどっちから抜く?」
「左です。利手は右ですけど」
「ほーう、クールな抜き方するね!」
「いいえ、左ポケットのほうがいいかなって・・・利手のすぐ下にあるとかまっちゃうので」
「なるほどね」
ベルトからポケットが外れ、左側に装着された。
「家で試着してね」
その衣服は丁寧にお店のブランドロゴがはいった高級そうな紙袋に収められ、手渡された。
「ハンドガンはいつものタイプのやつを5種類いただこう。まだ現場にも訓練も受けていない新人だから、多めに確保させてもらう。残りのペティナイフやその他の手入れ用の消耗品は後日購入する。空にならないようにキープはしておいてくれ」
「あーいよ、領収証は後でくれればいいよ~」
「助かる。では失礼する」
「まいどあり~」
あっけない日常の裏の顔を目の当たりにした。もし店長がそういう経営をしていると知られたのなら、いつもお世話になっていたここのお店が潰れてしまうのかと、少しがっかりした。車に乗り込んでサヴィーのため息を聴いたIllLowは弁解する。
「問題ない、ここの店は契約上、武器調達の要となっている。お得意先は他にもあるだろう。例えば国際軍事や、マフィアといった・・・我々と対立する勢力とかもな」
「っ!そ、そういった人たちとお店で出会っちゃうなんてことはあるのですか?」
「たまに」
恐ろしい。そこで喧嘩が勃発しないのも、彼らはここの地下武器屋を重宝しているからなのだろう。
「・・・す、すごいです」
「お店がバレれば向こうも調達源の一つが途絶える。そこは社交辞令をしていれば問題ない」
「はい・・・」
二人は颯爽と店を出てゆく。お客も増えてくる。よく見ると時間はお昼の出前になっていた。大きな十字路の、広場も噴水もあるこの大通りは、いつも休日になると人が行き通い、賑やかになる。と、その場所に見たことのある人たちが広場のステージに集まっている。IllLowはその人たちを見かけるやいなや、サヴィーに向き直って話す。
「そろそろ準備の時間だ。ランチはここ周辺のもので済ましてくれ。これで何か買って、あそこのテーブルに座るように」
その席は、広場のステージをバッチリ見られるパラソル付きのアウトドア用ダイニングテーブルだった。四人席だ。
「え、でも、IllLowさんご飯は・・・?」
「俺ならいらない。では手筈通りに」
そう言い残しては颯爽とその場を離れる。そのステージに溜まっている、いかつい衣服を着こなす高校生は、IllLowを見るなりテンションがあがる。
「どこ行ってたんだよイルルー!おせえぞ?!」
「すまない、どうしても外せない用事を抱えていた」
イルルー・・・!!サヴィーは目をまん丸くしてそのやり取りを遠目で見た。男子特有の壁破り、部活によった円滑なコミュニケーションの空間を羨ましいと感じた。だが、IllLowは相変わらず無表情を貫いていた。
続々とギャラリーが集まり、ステージのバックミュージックも準備が整いはじめている。マイクのテストも、ステージのレイアウトも、全て彼が先導している。時々サヴィーのことをちらと見てくる。その度にサヴィーは緊張をしてあたふたしてしまう。
彼にとっては現在地の確認程度なのだろうが。ここまで大事にされていることがどれだけ嬉しいことか。
いつまで甘えさせていただけますか?
『さぁ、お時間やって参りましたー!ストリート、ダンス、バトルの開催だーっ!!』
マイクの音量を無視した声が広場にこだました。歓声とともに舞台の幕開けである。企画はどこかの高校が主催をしており、その参加者に、サヴィーの通う学校のダンス部も様子が伺える。女子だけのチーム、少人数のチーム、それぞれの衣装もお洒落も違っている。とても華やかなスタートをきったのだ。
『いやー今日はもう絶好の晴れ!こりゃあ踊るに踊り足りないでしょうね!司会は企画とこの舞台の主催をさせて頂いている、東聡映(ひがしそうえい)音大学校の付属高校に勤めさせていただいてます、ダンス学科の二年、ロッキーです!皆さん宜しくーっ!!』
自己紹介長いぞー!という野次がとぶ。正直言っている内容が理解できなかった。サヴィーは近場のお店で見かけたクレープをむさぼりながらも、ステージの行く末を見ている。
『んでは早速、我が主催の運営に携わって頂いたうちの顧問の先生から、ご挨拶があります!』
場違いな空気に生徒からのブーイング。とんでもない扱いである。ここだけBGMの音量が自重され、先生の挨拶がはいる。サヴィーはほとんど上の空。何を喋っているのかはほとんど耳に入っていない。
『ありがとうございましたー!それでは早速、いってみましょー!!』
エントリーナンバーという声とともに、派手な衣服を身に纏った女性たちが舞台の袖からでては、音楽が流れるまで立ちポーズを決めた。大きなスピーカーからドンシャリのきいたポップな音楽が流れる。踊り子たちが呼吸を合わせてステップをふんだ。
「・・・はぁー」
そのうち、IllLowはその部活動つながりで、ステージの引っ張りだこになるだろう。とすれば、あのナイスバディのダンス部の女子たちと関わることもありえるだろう。ダンス部の方では、外とチームを組む人だっていなくはない。いつまでIllLowさんが、私を気遣ってくれるかなんて。
「・・・やだ、私ったら」
嫉妬なんて、らしくないじゃない。
『エントリーナンバー8!堺稲葉(さかいいなば)高等学校のダンス部、グレイト・ホッパーから!今年転入してきた2年の子にも注目だぞぉっ!!』
女子の声が響く。うちのダンス部はたしかにイケメンが多い。元気っ子、クール、ミステリアス、ダーク・・・いろんな個性が合わさっているチーム。IllLowはキャップ帽をかぶってのご登場らしい。今までの雰囲気と違う少年っけな感じが新鮮である。
「はぁ~ん・・・やっぱりかっこいいなぁ・・・」
低音が小刻みに入ってくる、少しアップテンポなEDMが流れてくる。それに男子たちが規律よくダンスを披露する。時々スタンドアロンでそれぞれのダンスを披露しているが、これもまた驚愕の出来だった。とにかく早い。さすがは育ち盛りの男子高校生の体力である。逆立ちしてからの静止も、連続した激しい動きの振り付けも、音楽のテンポに負けないポテンシャルである。IllLowのブレイクタイムがやってきた。他のメンバーが静止して、彼だけのステージに早変わり。あり得ないその場から動かないバック回転の連続に、帽子をしていた理由となる頭を床につけてのローリング。目が回りそうな動きにもここわらず、突然ストップしてポーズを決めた。大歓声。サヴィーも思わずその場で立ち上がってしまった。
「・・・か、っこいい」
一言、そう呟いていた。最後に全員が同じステップに戻り、熱々ダンスステージは終了した。今までにない熱烈なチームワークとレベルの高さに、他のチームも、観客も、圧倒されていたのだった。
『まさにグレイトだぜーっ!!ありがとうございましたー!』
熱い闘いであった。最後の退場の時には、やりきったと言わんばかりにお互いが飛び付いて肩を組み合った。IllLowはただクールにその場から降りる。あっという間の時間。12組もいたはずのダンスは全て公演を終え、日も傾いている。そして結果発表は、断トツの投票数で、彼らのチームが選ばれた。誰もが納得のするクオリティであった。
「っしゃー!!!」
チームのメンバーのそれぞれのリアクションに、サヴィーも見ていて楽しくなってくる。ナレーションのさようならとともに、ステージが撤収の雰囲気になる。観客もぞろぞろ帰ってゆくなか、IllLowがこちらに近づいてくる。
「すまない、撤収作業と打ち上げに参加をする。司令官を呼ぼう」
彼の体はまだ火照っている。汗もまだかいていた。きっと裏のほうでも運営に加担していたのだろう、傍に来てくれただけで判った。思わず大きめのハンカチを手に出し、彼の頬にハンカチ越しで触れていた。
「っ!」
これには予想外の展開だったらしい、彼のスコープアイから焦点を会わせる音が聴こえる。こちらを驚いた目で見た。サヴィーはふわっと笑い、彼に優しく話しかけた。
「大丈夫ですよ。一人で、帰れます。今日はありがとうございました」
ペコリと挨拶をして、その場から離れる。何か言いたかったのだろうか、彼がサヴィーを見届けていた。
「おーっ?!イルルーまさか恋人ぉ?!隅に置けない奴めーっ!!」
「いや、まだだ」
「まだっ・・・!??」
彼の予想外の回答に、呼び掛けてくれたメンバーが肩をがくっと落とす。と、その女性が誰だと把握してこらは、あーと声をあげる。
「あの人恋には無頓着だと思うぜ??」
「その根拠は?」
「噂なんだけどよー、彼女すんごいモテモテで、高校一年の当初はかなり告白されてたらしいんだけどよー?」
夕日が建物の間から、僅に見える。
「全部っことごとくっ!ふったんだとよ!」
「・・・理由は?」
「さーなー、もしかしたら彼氏がいるか、極度の男子恐怖症か・・・もったいねーよな~っ!」
そう言って、片付けに戻るメンバー。IllLowも戻って作業に参加した。
「はぁーっ・・・」
溜め息をつきながらの下校。1つ駅の先まで徒歩で帰っている。速く帰りたくないときは、そうやって近場の駅の1つ先まで歩いて帰っている。
「IllLowさんが、あんなにカッコいいなんて・・・ううん、カッコいいのは知ってたけど、あんな大衆の前で決めちゃうなんて・・・」
軽く悲しい思いである。カッコいいのは良いとして、ライバルが増える。しかも部活動の壁はとんでもなく厚いだろう。これから彼の人脈は大きくなり、高校生満喫の晴れ舞台を築き上げるだろう。
「んんーっ・・・」
駅前で思わず立ち止まってしまう。
これから私との接点は、仕事仲間って位置付けだけになっちゃうのかな。私のこれまでの努力は、何だったんだろう。男子の告白ことごとく断って・・・。
「検討違いだって、あるものね。私は私らしく、いなくちゃ」
「サヴィーちゃんみっけ♥」
次の瞬間、後ろから体を誰かに拘束され、口元に何か当てられた。それを勢いよく吸ってしまったサヴィーは、一気に眠りに堕ちたのだった。
「カンパーイっ!お疲れ様でしたー!!」
IllLowは、メンバーも集う男だけの打ち上げに参加した。女子と混合する打ち上げの企画もあったが、面子はがっつりの男祭したいチーム。女子と飯を共にするなんて考えはまるで皆無だった。
「んわっ、良い腹筋してんじゃーん、えっちぃ♪」
あと少々ホモっけが多い。IllLowの知らない世界でもないが、珍しくはないんだなとむしろ感心している。
「しっかし、イルルーすげぇぜ?本当によ!」
「だよなー!あんな短期間で動きマスターして、しかもオリジナルのセンスも抜けきってるし、」
「抜けるわー!!あふーんっ」「黙れガチ勢」「ガチの意味ちがくね??」
という会話がデフォルトだ。だがIllLowは普通の態度で応答する。
「ここのメンバーがレベルの向上を目指して切磋琢磨している姿を見て、ここの部活にしようと思った。当然のことだ」
「イルルーかっこいい~っ!」「惚れてマウンテンっ!!」
ださい。
「つまらないだじゃれだな」
事実、高校生のノリは全く理解していない。
「でも意外ー、イルルーがサヴィーさんと接点もちだったなんてよ」
さん付け、ということはかなりの疎遠な立ち位置の人なのか。IllLowはそのことに話題をシフトしてもらっても構わないという顔をする。
「男性とはあまり仲が良くないのか?」
「つか、彼女に近付いたら彼女自身が危ないというか・・・?」
「どういう意味だ」
箸でご飯をつつきつつも話をした。
「いや、ことごとくふったって話はしたっしょ?そのあと彼女をターゲットにしたとんでもないイジメが発生してよー?」
「あーあったな、あれは可哀想だった」
「まじな、でも彼女は強かった。泣かずにずっと耐えて凌いでた。余計惚れるね、美人だし」
「おっぱいもでかいし」「浮気かっ!!」「ヴァーカwwwww」
でれでれしはじめる2名を隅に、話を続けた。
「しかも優しいじゃん?心配して止めに入る男子とかも丁寧に断ってよーっ!」
「逆に苛めてる女子に避難喰らってく流が生まれてよ、あれは凄かった」
「・・・」
彼女は強くない。きっと彼女は人前で泣きたくないから、凛とした態度を怠らず、学校で闘っていたんじゃないのか。
「彼女ほしーい」「はいはーいこの部活動は女子と仲良くすること制限してるの忘れてないよなー?」「作るだけなら良いって言ったじゃん!」「子作りは止めろよー」
どっと笑い声が起きる。イルルーまじで無表情ーっと誰かが煽った。
「この頃サヴィーちゃんウキウキしてそう」「あーん、可愛いなあー」「狙っちゃうー??」
「ちょ、イルルー?スゴい顔してこっち見てるから」
IllLowはスマホから着信のブザーが鳴っているのを聞き取り、応答した。サヴィーの携帯からだ。
「どうした、サヴィー」
『俺の声だれだか判るよな?』
その声の主は、だれとも似つかわない声色だった。IllLowはしばらく考え返答した。
「誰だ」
『フッざけんなよてめぇ!!お前が背負い投げしてくれた奴だっちゅーの”っ!!!』
「手短に聞こう、何故貴様がサヴィーの携帯からこちらに連絡出来た」
『そいつあ簡単な答よお、サヴィーちゃんを拘束して奪っただけだしなー?』
大きく溜め息をつく。
「彼女をどうするつもりだ」
『復讐に付き合えよーイルロウさんやぁ?俺たちの場所を1時間内に見つけられなかったら、5分ごとにサヴィーちゃん脱がしてこっかなーっ』
電話を切った。恐ろしく空気が変わったIllLowをチームは驚きつつも話しかける。
「どったの、イルルー?」
「すまない、緊急事態に見舞われた。後でお金は渡す」
「んあ?良いけど、顔ヤバイぜ?どったの」
「大したことではないが、時間が惜しい。お先に失礼する。楽しかった」
おせじではない。彼自身、心の動きを感知して話す訓練は受けている。荷物をさっさとまとめ、お店を出ていった。
「試すとは良い度胸だな」
颯爽とその場を離れたのだった。
サヴィーは、気がついた。すると目の前が真っ暗であり、腕も背中のほうで縛られている。口元にも何かでくくられ、言葉が発せられない。耳を済まして回りを把握しようとした。
「ほ、本気っすか?センパイ」
声が聞こえた。聞き覚えのある声だが、それはあのIllLowに絡んできた男子生徒のものだと判った。その瞬間体に虫酸が走る。何か大きな工場なのだろうか、声がよく響いて聞こえる。下品な笑い声が。
「これで一泡吹かしてやれるわーっははははっ!!それにあとサヴィーちゃん、どうしよっかなー」
仰向けに地べたで寝ているようだ、足音が耳元でよく聞こえる。気分が猛烈に悪い。視姦されられている。気絶したふりをした方が良い。構われて反応すれば悪のりされ、いたるところを触ってくるだろう。玩具のように、面白がって。
「もし下着になっちゃったらもうヤっちゃおうぜ?」
「そ、それはマズいですって!!あの奴とは関係ないってのに、サヴィーさんとばっちりじゃないですかー!」
「じゃなくてよ、でもあいつは昼休憩に話しかけてたんだぜ?なんかあんだろ絶対!」
だんだん冷や汗をかいてきた。この状況で正気でいられるのもどのくらいだろうか。
「あっ、もーう時間がきてんじゃーん!後5分たったら、サヴィーちゃんの上着はいじゃうかー、くははっ!!」
逃げたい。足も縛られていて、何も出来ない。
「で、でもGPSできっと嗅ぎ付けてきますって!」「電源きってやったっての!これで場所のヒントを得ようと電話をかけてきてもむ」
ドオオ...ン!
「っ?!!??」
ものすごい爆音。なにかがここの工場のドアをぶち破ったのだろう。その正体と思われるバイクのエンジン音が聞こえる。とともに高校生の悲鳴も聞こえた。
「ど、どうやってここに?!お、お前の居たところからどう頑張っても、ここに来るまでには二時間もかかるはずだろ・・・?!!」
エンジンが鳴りやむ。サヴィーは安堵し、そのまま意識のないふりをした。
「だろうな、」
IllLowはヘルメットをとる。落ち着いた表情でそのままバイクを降り、人数を把握した。
「サヴィーは携帯を二個所持している。1つは彼女自身のもの、もう1つはこちらが支給したものだ。それは普通の携帯ではない。常に位置情報が仲間の子機へ発信され、アクセスをすればすぐに距離を割り出せる」
引き金の音がする。サヴィーは厭な予感がした。
「それから俺の移動手段は交通機関でも車でもない。バイクがなくとも、屋根を渡って走れば間に合わなくはない」
「な、なんなんだよてめえはよー?!!」
「前回は見逃してやったが、ここは校外だ。今回の件はサヴィー誘拐犯として、適切な処罰を与えよう」
だ、だめ、だめ!殺しちゃダメっ!!
サヴィーが聞き耳をたてて、いてもたってもいられなくなる。もがきだしたが逆効果だった。
「う、動くなーっ!!」
サヴィーを乱暴に抱き上げ、彼女の首もとに刃物を当てた。するとIllLowは頭上に向かって発砲した。頼りない電球が割れ、辺りは暗闇に包まれた。テンパる、という言葉に相応しいリアクションをして、サヴィーを人質にとったつもりでいる男子は辺りをキョロキョロした。
「く、くそぉ、でてこ・・・ーーーー」
サヴィーが聞いたのは、何かが鈍い音をたてて割れる音だった。それとともに体が解放され、その場に倒れる。
「んんっ・・・!」
「はが、はがが、歯があああーっ!!」
その声の主は今度は潰れたような声をあげる。顔を頭の後ろから践まれたのだろうか?まだ何も見えないサヴィーは一刻も速く、声を出してIllLowを止めなければと焦っていた。
「せんぱーいっ!!」
暗闇に目が慣れてきた他のグルがシャウトした。
「か、勘弁してください!!それ以上踏んだら」
「頭を割って済む話ではあるまい、こうする」
発砲音がこだました。その音に続いて聴こえたのは、悲鳴だった。
「次はないぞ。今度は本気で腕を狙う」
なにか助けようと動くものは足元に向かって発砲。容赦のない殺人兵器である。
「まっ、まってくれ!俺たちが悪かった!!だから、先輩を殺さないでくれ!!」
「貴様らは自覚がないな。犯罪なのだぞ?人を拐い、強姦しようとするのは立派な犯罪だ。面白半分でその人に一生の傷を与えようとしているのがまだ判らないのか。高校生の平均的な判断力なら判るはずだ」
「お、俺たちはその先輩に逆らえなくて・・・!」
「なら先輩が死ねと言えば死ねるのか。話が早いな」
先程の顎に対する蹴りのせいで、顔が崩壊気味の人質になっている先輩の髪の毛を引っ張って起こし、顔を起こさせて言った。
「主に逆らえない愚弄どもが、貴様のために命を張ってくれるらしい。選べ」
サヴィーはやっとの思いで口元を塞いでいた布をずらしていった。
「お前の可愛い後輩の命と引き換えに、貴様を解放してやろう。5秒で選べ」
地獄の展開だった。目は見えなくとも、言葉のやり取りでどれ程深刻な状況に陥っているのかが肌で感じ取れた。
「さん、にい、いち」
「IllLowさんっ!!」
その場で寝そべっていることしか出来ないサヴィーは、ただ叫んだ。引き金はものの数秒でひかれるところだった。
「お願いです!ひ、人殺しは、それだけは・・・、か、彼らは私達と違う世界で、両親も、友達も、未来も、違うのですから・・・っ!!だから」
サヴィーは、何故か泣いていた。それは布で塞がれている状態では解らなかったが、IllLowはそれが判った。
「・・・、ちっ」
彼が初めて舌打ちをした。拳銃をしまい、その先輩の背中を蹴り飛ばしては強めに言った。
「お前らに30分与えよう。それまでに撤収しなければ、ハントして拷問にかけよう。彼女に、感謝するんだな」
しばらく固まっていた生徒は先輩を救出し、そのまま帰った。IllLowはサヴィーにやっと近づいては彼女を拘束している布や縄をほどいてやった。
「歩けるか」
「・・・ご、ごめんなさい」
「無理はするな、俺が送ろう」
サヴィーをひょいとお姫様抱っこをして抱えた。サヴィーは顔を真っ赤にし、あわわと口ごもった。
「あ、う、そんな、重いですよね!良いです、歩きますっ!」
「すまなかった」
「えっ?」
「相手が高校生だという事をすっかり忘れていた。宣戦布告されたとたん、仕事の教養を実践していた。が、敵の降伏より先に成すべきことは、人質の安全確保だった。・・・すまなかったな」
「・・・そんな、気にしませんよ。でも、ダメですよ。高校生を殺しちゃマスコミの報道とか、スキャンダルとか。・・・せっかくの、大事な部活動のメンバーもいるのですから」
そんなことで退学とかなったら、私が泣いちゃうもん。
「そうだな、住む世界が違う。彼らという存在の立場を考えた方法で処罰を与えねばな」
そ、そうじゃなくて・・・。彼の腕のなかで緊張がとれ、また涙が出てきた。
「すまなかったな。恐い思いをさせてしまったようだ」
「そ、そんなことありませんよ・・・。私が、ホッとして、だけですから」
バイクの後部席にもクッションがある。サヴィーは後ろに乗せてもらい、
「俺の腹辺りを両腕でしっかりしがみつくように」
手をもたれ、彼のお腹辺りに自身の手を持ってかれる。
「・・・?抱きつくのは嫌か」
「だって、わ、私っ・・・!」
胸おっきいから圧迫しちゃうっ!!!
顔を見たらだいたい何が言いたいのかよく判るサヴィーを見て、IllLowも緊張がとれた。
「それもそうだな。サヴィーにとって、触れられていい気分でもないな」
「ううん、い、IllLowさんなら平気ですからっ!!た、ただっ・・・」
「俺も平気だ」
真っ直ぐ見つめてくる彼のペリドットの瞳。サヴィーは吸い寄せられるように、彼の背中に身を預け顔を埋めた。しっかりと、抱きついて。
「ダンス、カッコ良かったです」
「!・・・また見に連れていっても良いなら、俺は迎えにいく」
「・・・はい」
しっとりとした声で返事した。さっきまでの修羅場とはうってかわっての雰囲気だった。
が、家に帰ると激おこふんふんのインサイトが待っていた。クレセントは今晩に帰ってこないのが幸いだ。怒らせると一番手がつけられない。
「ったく!!!単独行動だめって言ったでしょっ?!それに高校生相手にガンなんて使わなくても素手で戦えるでしょう!!」
と、しばらく説教が入った。サヴィーはさっさとお風呂に入り、土まみれになったお気に入りの服をまじまじと見てがっかりした。
「あーんもーう、これ結構高かったのに・・・」
独り言を呟きながらも風呂桶でゆっくり浸かった。ノックの音がする。扉は開かずにその場で声をかけられる。
「あんたも!駅は近くのやつから乗ること!いいね?!!」
「はぁーい」
生返事をした。カンカンだ。そんな兄貴が可愛いと思うし、迫力がまるでない。風呂場で泡を作って遊ぶのが日課。
「もうIllLow帰らせたからー!ったくもう俺は寝るよ!」
足音荒く、自分の床に帰るインサイト。
「・・・はぁー固かったなー、IllLowさんの背中っ・・・すごく、くすぐったかったっ」
叱りは全く効果がなかったのだった。