「で、ナニをしたらそう見事に感染するんだい?兵器くん」
不機嫌そうな医者の顔。左の垂れ下がった皮膚をぐにぐに触りつつ、向かって2人の患者を見た。
「IllLowくん、話たまへ。君の方が深刻なんだぞ?内臓、特に消化気管がやられてる。サヴィーちゃんから粘液系の分泌液でも食べちゃったのかい?」
「はい」
サヴィーは黙って赤くなっている頬を隠した。
「サヴィーちゃん体調は?」
カルテを手元で編集するため、薄型の液晶タブレットを操る医者。ペンもついている。
「えっと、平気です」
「発熱、嘔吐、極度の感情の浮き沈み、なにか気になる症状はあったかね」
「特にありませんでした」
会話は進み、カルテに入力をし終えた。今度はIllLowに向き直る。
「グローア博士、」
「なんだい」
「サヴィーの皮膚の炎症は、治りますか?」
「薬じゃあ限界がある。彼女には手術を・・・いや君にも施さないとね。後日日程を改めて行うことにするよ」
「完璧に、治せますか」
「あたりまえだよ。私を見くびらないでくれIllLowくん」
「あーでもIllLowは薬の処方は考えないとねー?内臓やられてんだろ?」
向こう側の、カーテンでクローズされている部屋から別の医者が顔を覗かせてくる。少し疲れた顔をしている。
「いちゃついてたんだろー?女を自分のベッドで寝かしつけて?どうよ、殺人兵器とのセックスは?痺れた??」
「hi0くんやめたまえ!君は薬の処方に専念しなさい!」
グローア博士のお叱りをうけるhi0。うへーいとちゃらけて戻る。サヴィーは恥ずかしくて今すぐ走り去りたい気持ちだった。
「にしても意外だなあ、まさかIllLowくんが、初めてであった女の子と結ばれるとは・・・」
「司令官にはまだ・・・」
「おや、そうなのかい?じゃあこの件は彼女と間接的だったとしても、感染してしまった。ということに納めておこう」
理解のある人だ。サヴィーはほっとして有難うございます、とお辞儀をした。
「まあ、インサイト君の癒着度は私も目の当たりにしている。どんだけこっちが大事に育ててきた自信作だったのか・・・」
ふつぶつ呟いた。おそらくモウニングのことだろう。
「サヴィーちゃんは早めに手術日を儲けよう。早く戻りたいもんね。肌の炎症があまり目立っていないIllLowは、こちらが手配するハンドクリームと薬で頑張って治してね」
とても丁寧な人だ。この人が本当に、兄さんやハスキーさん・・・モウニングさんのような人を困らせた人とは思えない。
「はーい、問診修了。薬はhi0君から貰ってね」
げっ。
[S.KILLER本社ー仮想シミュレーションルーム]
「・・・ふあ~っ」
あれ。俺寝てた?あ、そっか。俺捕まってんだった。ミントと話してて、S.KILLERが来て・・・。
「・・・」
俺がしたかったことって、ミント裏切ることじゃなかったのによー。
「目が覚めたか?ルナ」
ふと顔を横にやると、誰かが立っている。起き上がろうとして、気がついた。
「悪いな。ここはシミュレーションルームの、手術台だ。貴様は重さ4000㎏でないとほどけない縄で、ベッドと繋がれている」
腕ごと一緒に巻かれている。首まわり、胸、腹部とベルトが包囲している。足もそうだ。
「俺開かれちゃう?」
「違うな、」
近くにあった椅子に座るそいつ。ルナは顔を天井の光を若干おさえている照明にむけて、話した。
「こんな俺に構ってる暇なんてねえだろ、モウニングさんよ」
「それもそうだな。お前の情報を当てにしなくても、ギャングの目から映像を抽出することに成功している」
「おっ、すげーじゃん。じゃあ離せよ」
「だが、貴様のことは貴様から聴くしかない。どうでもいいがな」
モウニングの手元には、録音デバイスが握られている。ルナはため息をついた。
「・・・で、俺の何を聞きてえんだ?」
「ボスのことだ」
「俺のことじゃねえじゃん」
「そうじゃない。本来の、お前が知っている・・・お前がお世話になったボスの人の話だ」
ルナは一度黙った。それから話す。
「・・・俺が、地下から抜け出した・・・そうだな。こっちの都会に飛び出すまでの間は、そこの連中にお世話になってたな。いろんな奴がいてよ」
ルナは笑った。
「俺、あそこがホントに好きだった。どんな異形な生き物だろうが、不憫な扱いをされていようが、あそこはそんな奴らの味方だった。でも今は変わっちまった。自分達のメンバーは金に変える。バックアップがほしかったんだろうけどよ。仲間を売ると、今度はまだ見ない珍しい種族を狩るようになっちまってな」
「密猟か」
「ああ。ミントが狙われちまったらって思ってよ」
「穴にいれば一番情報が掴みやすいか」
「そうでもなかったな。俺も下っぱだからよ」
と、そこまで話しが終わってから、誰かがまた入ってきた。
「モウニング!今すぐ集会に来て!」
「どうした、」
この声は、インサイトだ。ルナは聞き耳を立てた。
「次にギャングがでてくる・・・しかも朗報だよ!チャムの居場所が判った!」
「あれからまだ三日だぞ、早いなインサイト」
「僕が動画全部見るわけじゃないんだよ?前潜入した時にかっさらったロボットあるでしょう?完成したよ!そいつに波形分析、チャムや異種、密売、政治家の名前をプロットしたデータと、画像処理ではチャムの全角度をインプットさせたデータとか、キーとなりそうな情報がないのか手当たり次第当たってもらったんだよ!サーバとスパコンのエキスパート、シグレットと連係させてね!」
「良くやったな、流石は技術者だ」
えへへっと照れるインサイト。が、はりつめた空気にまた変わる。
「で、見てほしい影像が2つ。データの日付は最近のもので、また大規模なチャムキッズの事件を企てようとしているの」
「よく探したな」
「優先順位をつけたら、これかなって」
ルナは影像が見れないが、音声は流れる。声は男性のテキストトゥスピーチの、独特なかたこと音声だった。
『チャムキッズ?そんなものがどうして君達に必要と?』
『俺たちはギャングだ。つまり、あんたらみたいに拠点なんかなくてもどこだって移動できる。そんな俺らがチャムキッズを連れまわせたら、あんたらのお望みの異種らを取り込んで、洗脳させた状態で手渡せる』
「キッズで自我を食い尽くされた人材を集めようとしていたのか」
「前回のダンスが終わった次の日くらいに、引き渡しの予定があったんだって」
「IllLowめ、だから生け捕りが望ましかったのだ・・・」
モウニングが呟いた。
『つまり、我々に異種の人材を提供してくれると?しかもキッズに自我を食われたままか・・・気に入った』
ルナはここまでは、なんとも思っていなかった。次の会話が入るまでは。
『ん?なんと、ピピカ族も入っているじゃないか!』
『実は俺の手下に、ピピカと仲良し奴がいてな?そいつにピピカを守るという名目で話をふってやれば、簡単にピピカのアジトなんて判っちゃいましょーよ?!』
もうそのギャングはいない。だが、ルナはその男に一度ぶたれている。怒りがこみ上げてきた。
「・・・これはまずいな。阻止せねば」
「とんでもない大掛かりな狩りの始まる前に、なんとか奴らの拠点・・・できればどっちが今チャムを所持しているかだよね」
「ギャングは引き渡される前に殺した。つまり、今写っているコイツの持っている軍事基地か、医療施設だ」
「それももう洗い出せてるよ!」
2人は部屋を出ていった。ルナは取り残された。
「・・・縛られている場合じゃ、ねえよ俺」
部屋を出てから暫く歩いていたモウニングが話す。
「わざとか」
「ルナにはこれが一番効くと思ってね!」
ふと、インサイトの目元が疲れていることに気づく。
「インサイト、今日はもう休んで良いぞ。サーバーに当てたとしても、それが完成するまでは不眠不休だったろ」
「楽しかったから、元気だよ?」
「寝なさい」
「会議には出なくちゃ!」
「ロボットとシグレットに任せよう。私も話は把握した。記録はする。だから寝なさい」
廊下で誰もいないのを隙に、インサイトの頭を引き寄せて呟いた。
「ご褒美の方が欲しいか?寝たあとなら、いくらでも付き合うぞ」
インサイトが顔を真っ赤にした。
「ええっと?!・・・でも、これから忙しくなるし!うかうかしてちゃ、だめかなーって、お、思うんだけど・・・っ!」
モウニングがじっと見つめてくる。インサイトは目を会わせてから、また反らす。目が泳いでいる。
「じ、じゃあさ・・・会議終わってから寝るね。そのあとに・・・甘えても、いいかな?」
2人も、アツい夜を過ごすようだ。と、インサイトの携帯にタイミングよく電話が入ってくる。モウニングはどうぞ、とでもいうように電話に出るように促した。
「はい、お疲れ様!あんたが渡してくれたデータのお陰で、チャムの居場所が特定できたよ!・・・えーっ?!手術?!しかも二人とも?!!・・・か、感染しちゃったの・・・?IllLowのリスクテイクに救われましたね・・・。手術日はチャム奪還の後ですね。了解しました!」
電話をきった途端、顔に涙をためてわなわな喋り始める。
「どうしよう!サヴィーが、手術だって・・・!」
「どんな手術だ?」
「お肌治すんだってー・・・!」
「安心しろ。あの人が実際にメスを入れる訳じゃない。整形の専門家や、皮膚科のエキスパートが行うだろう」
「そうなんだけどさ・・・」
インサイトにまた1つ、心配事が増えたのだった。そこに駆け寄ってくる影。
「モーニングさんインサイトさんおはようございまーす」
「おはようキャビット」
走ってきたのは、既に尻尾も耳も生やしていて、若干四足歩行ぎみのキャビットだった。
「ハスキーとの演習はどうだ?」
モウニングが聴くと、彼は嬉しそうに答えた。
「そりゃあもう!ぼくって実はハスキーさんよりは強いかなーって思ってたけど、全然歯が立たなくてビックリです!」
さらりと失礼なことを言う。面白い。
「そうか。私と戦ってみるか?」
「・・・モーニングさんは怖いから、遠慮します」
モウニングから感じるただならない気配だけは、関知しているようだった。キャビットは鼻をくんくんさせ、耳をぱたつかせた。
「ルナさんいるの?」
「よく判ったな。そうだ。ここからかなり距離があるが、案内はしなくていいな」
「見つけられます!ルナさんの香水はレモンスカッシュ、期間限定のモテる男のひちゅづひん!だってCMが言ってた!」
恐るべし嗅覚。聴覚も、ここから一体ルナが何を呟いているのかを聞き分けるのだろう。
「行ってきまーす」
パタパタと走ったかと思うと、手も地につけては四足歩行で走っていった。
「・・・はやっ!?」「それほどルナに会いたかったのだろう」
キャビットは滑りやすい廊下を、肉球のグリップをうまく使いながら方向転換し、ずっこけないように走った。壁も走る。ルナがいる部屋に入った。
「おはようございまーす」
ルナが必死に、自身を固く拘束している縄をほどこうとしている。
「あー、脱走を試みてるんですね!」
「おうキャビット。悪いけどお前に構ってる暇はねえんだ」
ルナは鋼を出そうと何度か試みたのだが、全く異変がない。食い芝って唸るが、鋼は出せなかった。
「はぁ・・・はぁ・・・くそっ!!!」
「苦戦してますね~」
にこにこしながら椅子に登ってしゃがむを尻尾がゆらゆらしている。
「てめえ、マジであっちいけ。腹立つわ」
「ぼくがここに来たのには2つ意味があります」
ゆったりと話ながら、椅子に立ち上がる。
「ミントくん、泣いていたよ」
ルナの怒りが、一気におちた。歯を食い芝って抜け出そうとしていたが、力が入らなくなったのだ。
「自分が弱いから、ルナに信じてもらえなかったから。ギャングになっちゃったんだ。って」
「違う、組織がでかいし、S.KILLERでも、刃が立たねえかもって思ったからよ、」
キャビットの顔は、逆光でよく見えなかった。声は穏やかだった。ルナはキャビットを見る。
「ミントくんは参加するんだって。今回のチャム奪還に」
キャビットは近くに置いてあった、透明な液体が入っている瓶に近づく。それを手に持ち、そっくりな液体の入った瓶ととりかえた。ルナは驚いた。
「なにしやがる」
「点適のあれにすり替えただけだよー、あの金髪お医者さんのところから盗んできたから、後で謝らなくちゃ・・・」
「・・・それがなんなのか判って、やってんのか?」
「聴いたよ。鋼を抑止するための注射なんでしょ。だから、とっかえた」
「そいつはS.KILLERに対する裏切りだぜ?」
「お互い様で!」
キャビットは、耳をたててそう言った。
「ルナくんと一緒に仕事をして、ぼくは見てたからね~。ほんとは守りたかったんでしょー?」
「・・・」
「会議は今から3時間。そこから2回目の注射がくる。とっかえたやつね。もって注射の効き目はだいたい5時間らしいから、タイミングよく抜け出してね~」
キャビットは、いつも通りにパタパタ走っていった。ルナは頭を冷静に、そのまま目をつむった。
「ルナと何を話してたのだ?」
「慰めてましたー」
会議の始まり。IllLowとサヴィーを抜いた、何時ものメンツ。ミントとキャビット、かつては敵であったグローアがいることが、新鮮なところだ。
「ハスラーの仕事はどーよ?碧い鳥ちゃん」
「最近は、ハスラーの指導者で引っ張りだこです」
ミントは元はハスラーだった。敵対する関係となるS.KILLERと行動をともにする切っ掛けは、ルナだった。
「ま、英雄だもんな!ピピカの救出に、ゲーテの始末!」
「あれの殆どはS.KILLERの皆さんのお力添えのお陰です・・・マスコミには報道されなくて、俺の手柄みたいになっているのが許せなかったですけど」
「テレビでふててたね~、ミントくん」
インサイトが冷たいお茶を注いだ、透明なガラスカップをお盆に乗せてきた。
「私が刑務所で更正していたときも、その話題はこちらにも届いたよ。事情を知るものは、直ぐに殺し屋が絡んでいると考えるだろうがね」
グローアがお茶を飲む。手に取っているのは医療関係の新聞紙。
「そっかおっさん、務所だったか!!はははっ良い医者になりやがって!」
「面会にモウニングくんとインサイトくんが来るとは思っていなかったからねえ」
「悪い話じゃなかったでしょ?」
グローアを出し抜いたのは、他ならぬS.KILLERとhi0の仕業。才能を活かすために、反組織的な団体に出し抜かれることを危惧していたために、ロジテックス社の設立を提案し、全面的にバックアップしたのだ。
「良い商売だよ、お陰さまでね。医者としても仕事できるし」
「そういえば、hi0さんは?」
「助手と一緒に、手術の打合せをしているだろうよ」
「あいつが手術?!!」
インサイトがぎょっとした。ミントも何度かお世話になったことはあったが、毎回物凄い恐怖にかられていた。
「本題にはいるぞ、インサイト」
モウニングが時計を見、始めるように促した。はい、と気前よく返事をして、ディスプレイにものを写し出す。
「今回の最大の鍵です。IllLowが手当たり次第抜き取ったビーストの目。その目の膨大なデータに、チャムの手がかりと思える動画がありました!」
ディスプレイに写し出される、モウニングとルナの前で流したあのムービーを流す。ピピカが対象という話題に入った途端、ミントは苦い顔をした。
「ルナくん元気そうだったよー」
ミントの隣にいたキャビットは、そう呟いた。ゆるゆるとした声だった。
「・・・そっか、」
ムービーが終わった途端、今度はプロフィールと地図が画面を分割してでてきた。
「先程の話し相手は、ここグリーンクラッシュ都市の軍事経営に携わっている、国務省の指の中に入っている人」
「でけえwwwそんな組織相手にできねえ!」
「潰しがいがありますね~」
キャビットは楽しそうに、ハスキーの言葉にかぶせてくる。
「居場所は把握したのか?」
「当然!場所はちょっと侵入が厳しいかな、都会のど真ん中」
かつて、キャビットは演奏に、サヴィーたちはチャムキッズを倒しに行った都市だ。
「再びって感じだな」
「今度は難しいぞ。入手手続きの際、我々が来るのを差止めるかもしれない。そのまま捕まって、潜入することも考えられなくはないが、リスクが高すぎる」
「我々がそこは手配しよう。今回のその作戦に、hi0が参加したいと言っていた。潜入にね」
グローアがそうぼやいた。辺りがしんとして、ハスキーが声をあげた。
「ま、てよ。そいつはお断りするぜ?一般を守りながら仕事ができるような場所じゃねえだろうし、医者なんだから、死なれちゃ困るぜ」
「彼なら役に立つ。特にチャム探しには」
「・・・一切、命の保証はしないが、それで良いのだな」
モウニングがそう念をおす。グローアは澄ました顔でもちろんと頷いた。インサイトが要約した。
「じゃあ、それでいきましょう。かなりの強敵と予想されますが、チャムが何らかの形で、敵に操作されている可能性だってぬぐえません。その判断をhi0さんに仰いでもらいましょう」
「是非、そうしてくれ」
グローアが全部飲み干した。隣にいたキャビットはまだ一口もとっていない。引きずるようにカップを押して、どうぞーと差し上げた。どうも、と頂く。垂れていた耳がふわっとあがる。
「では、これから戦場となる場所の確認をしましょう!」
会議は続いた。
5年間ごしの出会いが、果たされるのか。
ユーグラデス市。それが、S.KILLERたちが今まで住んでいた土地だ。気候はからっとした天気がよく続き、梅雨も少なく、ほとんど快適な気候でいられる。ホワンザ下町はその中では、比較的緑が多い。その場所にひっそりと立つかかりつけの病院。
「うん、回復が早いね、流石若さだ・・・」
一つの部屋に、医者と患者。診断に医者自らが、一人一人眠っている部屋に訪れる。3階建ての奥の部屋にいる、女性の腕を持っては肌の調子をチェックしている。
「うん、うん。この調子だったらあと1週間で退院できそうだ」
「・・・すごい、」
鏡を見て声を漏らす女性。すぐに心配そうな顔をしては医者に訪ねた。
「あのっ、IllLowさんは・・・!」
「明日に手術をする。彼が厄介なのは、内部の感染した消化器官の摘出だな。胃が小さくなるかもしれん、とかね」
サヴィーが泣きそうな顔をしている。ははっと軽く笑う。
「大丈夫だよ。軍事にも使われている医学はかなり進歩していてね。本当は薬なんてなくても、治せることが多いんだ」
カルテをモバイル型のパソコンで開き、入力をしている。タッチペンで文字を書いているようだ。
「・・・IllLowさん。私を励ましてくれたんです」
「医者の立場から言わせてもらうとほんと、バカだよ」
「でも、私のことを思って!」
「サヴィーちゃん、」
近くの椅子に座る。布団で半身だけ起こしているサヴィーという女性に、話しかける。
「自分だけ助かってしまったらどうする?」
「・・・自分を、責めます」
「前回の潜入でも、君は無茶をしたそうだね。だめなんだよ?軽はずみな行動はリスクが大きい。この病気はともかく、我々がカバーできないような感染症だったら?」
「・・・ごめんなさい」
頭をポンと撫でられる。
「あとでIllLowくんにも、そう言っといておこう。君だけのせいじゃないし、むしろ火種はあいつだ、全く・・・!」
手元を片付けるグローア。サヴィーはありがとうございます、と伝えてはまた布団についた。窓の景色をぼーっと眺める。駐車場には、退院された人とその家族や、お見舞いにきたのか、可愛らしい花を持って訪れる人たちがよく見える。ふわっふわの尻尾をかかえて、こっちによじ登ってくる人も。
「・・・!?」
「お見舞いにきたよ~」
「きゃ、キャビットさん!」
既にペストマスクを身に付けている。花と、リンゴをみっつ置いては席についた。
「受け付けに通されなかったから、登ってきた」
「ど、どうしてですか?」
「なんかさー、へんな人だって思われたのかもー」
「いつもの格好なら、通れたかもしれませんよ?」
こちらをちらと見て、なにも言わずに目をそらした。冷たくて、感情もなにもない瞳。
「サヴィーちゃん、たんいんはいつ?」
「退院は、来週末だと思います」
「いるろうくんのしゅじつは?」
「手術、は明日です」
日本語がちゃんと、言えていない。サヴィーは苦い顔をした。
「そっか。わかったー」
ふぬけた態度で、立ち上がる。
「それをインサイトくんに伝えるよ。電話、今は出られないからさ、彼」
「え?何か用事でも?」
「でてこないんだよー、電源も切られている。お取り込み中かな?」
サヴィーは顔を赤くした。
「ボクたちはこの週に、潜入してくるよ」
「・・・悔しいなあ」
「ぼくが代わりに、二人ぶんになるよ」
にこっと笑って、答えられる。サヴィーはほっとため息をついた。
「お願いします!」
手を軽く振って、窓へ背中から落ちていった。サヴィーはぎょっとして布団からでては、下を覗く。猫のようにばねの四肢をクッションがわりにして、着地した。驚かされる、動物並みの神経だ。
「いってらっしゃい」
小さく、呟いた。
[12:23 グリーンクラッシュ都市ー上層部]
『いやーな情報はいったぜ、』
『ルナが逃げてた。それと、前回のギャングのボスの死によって、あっちの警戒体制がびんびんにたってるみたい』
『どうりで・・・上からでも解ります。明らかに、亜種の生き物が、軍事隊にまじっているようです』
「先が思いやられるな」
サヴィーと、IllLowを抜いたメンバー。
『僕はハスキーのお力を借りて、チャムのおへ家捜しでもするよ』
「hi0、本当に大丈夫なのだな?こちらでもチャムの位置は把握しきれていない」
『だーいじょーぶ!確信はある。僕にはね♪』
『んじゃ、俺らはさきに乗り込むぜ!合図を出したら、前方からもこいよ!』
ハスキーとhi0の無線が切られた。今回の乗り込むステージは、町中に佇む大きなビル。ハスキーたちは、そのビルの地下1階に存在する病室に潜入した。セキュリティが一番強いため、本当はインサイトと一緒が良かったのだが。
「・・・煙があがった、行くぞ!」
爆破して派手に突入することを目的としたため、ここはド派手に目立ちたがるハスキーに任されたのだった。モウニングとインサイトは共に行動、ミントは上陸から屋上へのり、侵入する。キャビットも壁によじ登っては、真ん中の階層から侵入するそうだ。間昼間の平日。車も何台かここを通る。民衆の目にもつく時間帯をあえて選んだ理由は。モウニングが声を大きめに無線で呼び掛ける。
「ここへ警察が来るのは早いぞ、もって1時間だ。シグレットが偽の交通情報で食い止めはしている。今のうちに、チャムを奪還する!」
ラジャー!と皆の返事がはいってきた。我々はチャムの奪還、警察にギャングの取締りを任せるという戦法だ。勢いよく侵入したものの、ビルの地下1階はやはり頑丈なセキュリティだった。人が何人も、何人も銃を持ってうろついていたのだ。ハスキーたちは早速ピンチだった。廊下の白い壁に背をつけ、曲がり角の向こう側からの銃撃に足止めをされている。
「くそう!!万事休すかよ!」
「・・・!」
hi0が首からさげていた、黒い石が光だしてはとある方向をむいた。
「・・・ハスキー、こっち!」
「お、おいそっちは軍勢が!」
hi0は全く気にもしないでそのまま突っ込んだ。手にはとある拳銃。
「ハスキー、これをかぶれ!!」
ハスキーが渡されたのは、特殊なフィルムで作られているゴーグル。hi0も同じゴーグルをつけ、その少し大きめの銃の引き金を引いた。
「?!うわあっ!!」
赤い煙だ。それを浴びた敵は、目を激しく押さえては擦り続けた。中には直接目に爪をたてて掻くものもいる。その間をするりとすり抜ける2人。
「ほえー!頭いいな!」
「ヘルメットを被ってたら、ちょっと耐久性が優れたガラスでも粉砕する超音波の武器で、自らのヘルメットのガラスで潰してもらってたよ!」
今度は、ギャングの生き物たちだ。
「こいつらにはこれだね、」
生々しい肉塊を地面に、ぽとりと投げただけだった。ギャングは狂ったようにその肉に飛び付く。取り合いになっている。
「・・・は??」
「あの肉はメス豚!あと女性フェロモンのエキスをたっぷり塗りたくったやつね♪」
「向かうところ敵なしじゃねえかよ!」
「化学を前にしては、武器で武装した敵も無力ってこと!」
しばらく廊下を走っていたら、明らかに他のドアと比べて頑丈なドアを見かけた。
「ここだ!」
「うっし、さがってろ!」
ハスキーは爆弾を仕掛ける。壁にかくれても、煙と音は強烈だ。一瞬の光に眩むhi0。ハスキーがしゃきっと動いては引っ張る。ぽっかりと部屋が現れた。明かりがついていなさそうだ。
「いくぜ、慎重にな」
ハスキーが安全を確認するために、ゆっくりと踏みいった。何かのセンサーらしきものもなく、中身は特に感知するための設備も施されていない。ただ、部屋のなかはとても冷たかった。
「・・・いいぜ、何もねえ」
その言葉と共に、hi0は勢いよく飛び込んだ。そして、呼んだ。
「チャム・・・チャム!!」
「チャム!!いたら返事しろ!」
しばらく奥へと入っていくと。
「ちゃ・・・」
首から鎖で繋がられ、足枷をつけられ、腕は後ろで包囲されている、彼を見つけた。顔は伏せており、全く動かない。ただならない雰囲気に、足を止めてしまった。
「チャム・・・?僕だよ、hi0だよ!」
「・・・、はい、さん・・・?」
鎖が僅かに音を立てる。hi0が声を張り上げて話した。
「ああ、そうだよ!君を実験台に、クローンの生成、プラチナコアの並列化、加えて治療法の改革、全部!チャムがいなかったら出来なかったんだよ・・・っ」
声が震えている。顔をあげて、銃を構えた。
「チャムが・・・もうチャムじゃなかったら。僕が責任とって、殺すから」
ハスキーは止めに入ろうとしたが、もう少し、チャムの様子を伺った。チャムが、顔をゆっくりあげてくる。
「やっと、逢えた」
むちゃくちゃ笑顔だった。
「hi0さんっ、hi0さんっ!逢いたかったよhi0さんっ!はぁー懐かしい香り、コスモスかな?ラベンダーかな?最近自分の血の臭いしか嗅いでなくて嗅覚が優れなくてっ」
「チャムだ、変わってねえ」
「なんか救出するのも馬鹿馬鹿しくなったね?」
ハスキーとhi0は実に残念そうにそう言った。チャムはうるると目をむける。
「えっ、冷たいなぁ、喜んでるのに」
「もーかえろ、馬鹿馬鹿しくなったね?ほんと御免よハスキー、5年越しの再開がこーんなゆるい感じでさー」
「いやいやいや!救出しろよ!」
ハスキーが首輪と腕を包囲している鉄の施錠を、がちゃがちゃと鍵穴をハックする針金で開けていった。外から足音がくる。
「かなりくる、チャム」
チャムの首と腕が解放され、チャム自身が体の傷を速攻で癒してゆく。軍隊が、ギャングと共に詰め寄ってきた。hi0が声を張り上げた。
「僕を守れ!」
次の瞬間、チャムの背中から無数の黒い塊が、顔をだしてくる。黄色い目と口の、とぼけたような真顔のチャムキッズ。そいつがチャムのパンチのしぐさに合わせて結合してはグーの手を作り、巨大な打撃を食らわした。グーの甲によって壁にべっとりとミンチにされる軍隊と生物。
「ひぇえー!強えなあ!」
ハスキーは感心した。チャムにいつもの紳士な風格が戻ってきた。
「誰かから操られてきた感覚が拭えなくてね。・・・今回はキッズたちとの絆深めにも、遠慮しないで使ってゆくよ?」
「さ、モウニングとインサイトに合流する。ここから20階まで、運べ」
ハスキーは驚愕した。チャムはふっと笑って応えた。
「無理難題なんだから、本当に」
チャムの前方、半径2.5メートルの黒い穴が出来る。穴、というよりかはそこに黒い渦ができる。そこから、またキッズで作られた手ができる。
「天井にアッパーで穴開けてゆくけど、大丈夫かな?」
「連絡いれる、」
hi0が無線を呼び掛けた。
[12:52 グリーンクラッシュ都市ー上層部]
ビルの丁度20階。モウニングとインサイトはデスクワークのフロアで奮闘していた。机の下へ隠れ、敵の銃弾から逃れていた時だった。
『はーい警報!!下から来るぞ!気をつけろ!』
その無線がhi0だと認識するより先に、地響きが起きた。嫌な予感がするモウニング。
「インサイト!」「えっ?ひゃっ!」
モウニングが片手でインサイトの腰をかかえて持ち上げ、窓へ向かって走った。もう片手のフックショットで窓の太い柱にショットした。何度か巻き付き、小型の銛が食い込む。そして、助走をつけて、斜めから窓へと飛び出した。
「っ!!」
タイミングよく、モウニングたちがいるフロアの床が、何者かによって破壊された。その爆風によりモウニングたちは窓の外へ、20階から勢いよく飛ばされた。インサイトはしがみつき、モウニングは片手で彼を抱えながらも、フックショットの鉄の縄が耐えきれるのかひやひやした。
「うあっ!!」
フックショットの縄が途中で出力を止めた。そのまま空中で弧を描き、また20階のフロアの、爆風に耐えた窓へ突っ込んだ。がっしゃーん!!といった派手な音をたてて割れ、モウニングはインサイトをひしと抱き締めては、勢いが収まらずに2人一緒に転がった。ガラス、コンクリートの破片があったが、デスクの壁に辺り、そこで止まった。
「ったた・・・も、モウニング!」
インサイトは起き上がり、飛び付いて彼の様子を伺った。
「・・・ぐっ、腰を打った」
「モウニング!もう、説明なしで勝手に動くんだから!」
「生きてるー?」
のんきな声を聴いた。なんと大きな穴からエレベーターのようにhi0とハスキーが昇ってきたのだ。チャムキッズによって生成された手のひらに乗っている。そこに彼も居合わせていた。
「チャムさん!ご無事で何より・・・ってあんた!!無茶苦茶な行動するな!!」
「主人の命令で、逆らえなくって・・・」
しおれながらもそう応えるチャム。インサイトはhi0を睨んだ。
「あー?怒ってる~?」
「ハスキー、今度はちゃんと!!止めてね?!!」
「ひーっひひひ、わーったよ!」
「ミントくんとはまだ合流していない、チャムが奪還できたからには、ここには用がない。撤収しよう!」
「まってー!」
また別の人の声を聴いた。そいつはさきほどの割れたガラス窓からひょこっとでてきた。
「こいつ、20階までよじ登ってきたのかよ?!」
「うわあ、新入りだね?初めまして」
「キャビット!どうしたの?」
「ミントくんは、ルナを見つけたいんだ」
「!」
「だから、ぼくはミントくんを探します。先輩たちはお先に上がってください。お疲れさまでした~」
颯爽と駆け抜け、廊下の階段へとかけ上がった。
「警察が来るのも時間の問題なのに・・・」
「もし見つかればミントの経歴に傷がつく。ルナはそれどころではなくなるがな」
インサイトがモウニングの肩を担いでは、一緒に立つ。
「・・・はーっ!たく、しょうがないね~君たち」
hi0は頭をかきむしり、チャムに目配せした。チャムは頷いて、キッズに呼び掛けた。
「できるだけ、青い服の帽子をかぶっている、警察官。それを食い止めて」
「こいつ病み上がりだから、鬱憤ばらしに丁度良いだろ」
「hi0さん、チャムさん・・・!」
「5年間お世話様~、警察は食い止めとくから、はやく正義の味方さまさまのところに行きなよ」
「急ごう。任せたぞ、hi0」
モウニングは肩をポンと叩き、そのまま3人とも走っていった。
「・・・変わってないね、」
「だろ?相変わらずの馴れ合いでさー。たまに、羨ましかった」
hi0とチャムはそこのフロアに残り、パトカーの音を聴いた。
「・・・ここまでよくも来られたもんだ、」
羽をしまい、拳銃を構えている男。場所は、社長室とかかれている部屋の中。上等なデスクを前にして座っている男に構えて、いつでも引き金をひけるようにしている。
「あんたが、ギャングと癒着してる軍事責任者か」
「いかにも」
そいつは立ち上がり、顔をみせてきた。
「!」
そいつは、ミントよりもさらに獣に近い成りをしている。ギャング出身のような気がした。だが、服装は完全にスーツを着ており、そこに座っているからには、出所がギャングとは考えにくい。
「私は、常々あのごみ溜めを有効活用する方法はないのか、考えてきた」
「ごみ・・・?」
「ふるさとを追いやられた種族、捨てられた子供、身なりで職さえも失った者」
「今お前、ギャングの連中をごみ溜めって、言ったのか?」
ミントの手が怒りで震えた。そいつは顔をにんまりとさせ、ミントに言った。
「君だってあるだろう?この世界がどんだけ汚れてて、生きていたって無意味な亜種がどれだけのさばっているのか」
「命に優劣なんてない!」
「あのゲーテでも、そう言えるのかね?」
ミントの口がつむがれる。そのスーツ姿の男は続けた。
「かつて栄えた都市・・・フェンテール都だったかな?それを襲い、街ごと空っぽにしたあの化け物を君は許せるか?」
「あの化けもん事態、自然発生じゃなくて誰かがそのために作った生き物だろうが!」
「なら武器はどうだ?」
「!」
「武器こそそのために作られた戦場での必需品だ。それが、生き物だから排除するのか?いいや違う。そんなゲテモノも武器のように扱えばいいのだ。活用されてないから、ゴミなのだよ」
スーツの男は銃を構えてきた。御互いが銃を構えたまま、睨みあっている。
「貴様はピピカだったか?それなら我々の気持ちなぞ悟れんのだろう。種族の汚点で、何度も挫折を繰り返した我々の気持ちなんぞ!!」
「はっ!!くっだらねえなあ」
別の人の声。ミントはその声を聞いて、心臓が飛び上がった。声の方向をむくスーツの男。顔がまた笑った。
「君はルナくん、だったか?ギャングの方から噂は聞いてるぞ」
「ちーっす、」
ルナは既に、左腕からあの白い刃物を露出させていた。血もついている。何人か斬りかかったようだ。
「丁度良いところに来た、こいつを始末してくれないか」
「俺はギャングのおっちゃんのことしか聴かねえよ、」
発砲された。ルナの顔を横切った銃弾は、背中にある壁にぽっかりと穴をあける。
「聴いてなかったのか、やれ」
「しゃあねーな、やるよ」
ミントの方に向き直った、ルナ。困惑するミント。
「る、ルナ・・・?」
声を呼び掛けるが、いつも見ている顔つきとは似つかわない表情だった。優しく、はにかんでくれているルナとは違い、冷たく、獲物を見るような圧力をかけてくるルナ。
「・・・っ!俺だって!!やる時はなるんだ!」
ミントは自身の身に付けている重たい武器を全て外した。本気モードだ。ルナはもともと何も身に付けていない。
「手え出すなよ、俺のもんだ」
ルナは後ろでふんぞり返っている男に言った。そして刃をひと振りし、付着した血を床にたたきつける。そして構えた。
「さあて、楽しみだな」
「・・・?」
楽しみ?何がだよ??俺を切り刻むことがかよ。
最低だな、ルナ。
「てめえなんか、嫌いだ」
ミントは意を決した。ミントは辺りを発砲した。ルナはとっさに鋼の面を広げガードしたが、ミントが狙ったのはルナではない。
「っ!」
そのフロアの四方八方にある大きな窓を、全て割った。銃を投げ捨て、勢いよく飛び出した。
「屋上にこい!!てめえを完全に負かせてやる!!」
青空が少し傾いた頃、ミントの青々とした羽が透き通り、風をきった。夕暮れが近づいてきている。
「・・・」
やっぱ、あいつ綺麗だなあ。
「私はここで待っているよ、生け捕りは君に任せ」
そこまで良い終えた途端、悲鳴をあげるスーツの男。気がついたら足の甲に深く突き刺さる鋼。机に突伏せ、痛みに体を震わせた。
「前言撤回しろよ、」
ルナはさらに冷たい目付きで、男に告げた。
「ごみ溜めか?くはっ!!・・・俺のふるさとを侮辱して生き残ってるだけ、感謝しな」
ルナは屋上に向かった。と、入れ替わるようにキャビットが昇ってきてはスーツの男をみつける。
「無線ってどこにぼたんあるっけ?あ、できた!」
『よくできましたー、インサイトです』
「キャビットです!天気は晴れ!夕方から一気に冷えるお昼下がりです!」
『用件は?』
「スーツ姿の男のひとが、足元をピン止めされててくたばってます~。どうしますか?」
『ネームつけてる?』
「えっと、ネームは・・・ぐりーんくらっしゅ都市、軍事国務省代表取締役、にっくろーま」
『ここのボスだね。しっかり見張ってて、そっちにいく』
「はーい」
その頑丈に足を刺された鋼を抜き取ろうとする男。
「ろーまさんの腕力じゃあ無理かなと思いますよー?」
「貴様はだれだ!?これでも私は元ギャングの住民だ!!これしきのことっ・・・!!」
引っこ抜こうとするが、全くびくともしない。
「貴方くらいの腕の持ち主なら、いけたでしょうね。でもねろーまさん」
「うるさい黙れ!!」
「ろーまさんは、自分のその背負った本性を、隠して生きてきたんでしょう?」
キャビットの目が見開いている。黒い目玉に、黄色い瞳。
「そんな面白くもない、不釣り合いな役職を選んだってこと、気がつかないの?なんで自分が亜種ってこと、踏み潰して生きてるの?」
必死に抜こうとして、びくともしない。男はその場で息切れをおこした。
「ばかだねえ」
キャビットの言葉がきいたのか、男は黙って泣くだけだった。キャビットは、ひとりごとを呟く。
「自分の持ってしまった性は、なにしても消えないんだよ」
[13:18 グリーンクラッシュ都市ー上層部]
屋上に伸びる影。少し冷えてきた屋上の空気が、待ち人を仰いだ。
「・・・おせえ、」
「エレベーター潰されてんだからしゃあねえだろ」
ルナはゆっくり歩いてきた。広くて何もない屋上に、2人だけが、お互い大きく距離をとって向かい合った。影が伸びる。青い鳥から、黒い男に。
「時間がねえんだ、ちゃっちゃと終わらせるぜ」
黒ずくめの男が刃物を掲げた。さらに拡張され、長さは倍にかわる。息を飲んで羽を伸ばす青い鳥。とっさにジャンプして空へと飛び出した。
「今日という今日は、てめえを刑務所につれてくぞ!ルナっ!!」
「S.KILLERのほうが、稼げるだろ!ハスラーらしくもねぇぜ、ミント!!」
鋼がさらに形を変える。いつか、見せてもらったバズーカー型の鋼に早変わり。ミントに焦点をあわせ、ショット。
「当たるかよ!」
これまたルナに教えてもらった、銃弾の回避する飛びかたを実演した。だか、
「っ!うわっ!!」
ルナのショットした鋼は、ブーメランの形をしていたことに気がついた。大きく弧を描いて、ミントの背中へ戻ってきたのだ。間一髪で避け、体勢を整えた。
「ほお!やるじゃねえか。ノーヒントで一発避けは、てめえが初めてだぜ」
「いきなり新技だすなよ!!こっちも遠慮しねーぜ!!」
かつて見せてもらった、緋色のはね。彼は夕日の光を浴びながらも、空と同化するように夕日色の鳥へ変貌した。
「バーサーカーを実戦で出し抜かれたのは、あんたで初めてだよ、ルナ・・・っ!」
ミントはそのまま飛び、ルナの周辺を猛スピードで飛び回った。屋上の地面すれすれ、ルナはその早さにやっとの思いで目をおいつかせる。
「スピードましてんじゃん・・・」
小声で呟いた。ルナは何かにかすった。
「っ!?」
ミントが音速で回りを飛んでいるのは、風をきってルナに間接的に切り傷をいれているからだった。だがただの切り傷ではなかった。かなり深く、しかも範囲がでかい。背中に、まるで刀で斬りつけられたような攻撃をくらった。
「いつまでも、ガキじゃねえな」
ルナの左腕が、刃物から平べったいとんかちの鉄の部分を形作った。地面にその腕で殴った。屋上のコンクリートがもりあがり、ごつごつした岩石のステージへと早変わり。ミントは離れて飛ばざるを得なかった。
「あんの馬鹿力」
だが、さきほどの斬りつけられた背中からは血が流れ落ちている。その切り傷を鋼でおおい、止血した。
「これで、俺よりすばやい動きなんて出来っこないな」
ミントは得意気に話した。
「どーかな?」
ルナは地面に両手をつけ、構えた。
「・・・っ!?」
ミントは目の当たりにした。背中にぱっくりあけた傷を覆っていた鋼が、きめ細かな線に変わった。それは互い互い絡まり、規則的に形をつくった。
「る、ルナ・・・、おまっ・・・」
ルナの背中にできたものは、ミントの腕と同じもの。
「これで、どこだって逃げても・・・追いかけてくぜ」
白く輝く羽を生成したのだ。ミントは口をわなわな振るわせはがらも、質問攻めにした。
「はあっ!?てめ、いつからんな能力作っちまったんだよ?!!」
「こっそそりな、お前とセックスしてる時とかずっと観察させてもらってたぜ?」
「だあああっ!?ヒントを与えてたのは俺かよっ!?で、でもあり得ねえし!鋼で羽が出来たからって、飛べるわけねえだろ!」
「まだ飛んだことねえなぁ、素早く動けるくらいだぜ。今のところ」
「試してやる!俺についてこい!」
空中で挑発した。ルナの鋼の翼が空気をおし、少し浮いた。そのまま回数を重ね、ミントと同じ高さまで飛んだ。
「追いかけたいんなら、意地でもついてこい!!」
容赦のないスピードで、高層ビルから一気に地面に落ちる。ぎりぎりのところで羽を大きく広げて空気抵抗を利用し、速度を落とす。そして着地した。ルナはひやりとした。
「これ激突して死ぬんじゃね?」
ルナはミントと同じように、頭から落ちるように飛び、ミントとは少し早めのタイミングで羽を広げて減速。着地した。辺りは警察のでこぼこしたパトカーや、血痕、使い捨てられた武器。既に警察は撤退しており、ギャングたちも離れている。この殺伐とした空間には、ミントとルナだけしかいなかった。
「ほー怖えwww地面とキスするところだったぜ」
キス、という響きに若干反応するミント。ルナは羽を出したまま、ミントに突進した。速いがバーサーカーモードのミントにとって敵ではない。
「へへんだ!」
だが相手は羽を前に伸ばし、ミントを串刺しにしようとした。ルナの羽は、広げれば自身の身長を1.5倍にしている長さだ。ミントは大きく避け、ぎりぎり傷を追わなかった。鋼の羽は刺されば相当の怪我になるに違いない。ミントはひやりとした。
「まだだぜ!」
ルナが突っかかってくる。ルナの羽は本来の鳥のような骨格ではない。真っ直ぐ伸びては槍のように突いてくる。ミントは高速で空へと一時退避。背後へ忍び寄るのは得策ではない。
「ちょっ!!」
ルナの羽が針のように飛び出してきた。ミントは迂回して回避する。
「・・・くあ~っ!重おっ!!」
ルナはそのまま、どしゃりと寝転んだ。背中の鋼がボロボロだ。
「・・・」
ミントは、鋼が形を成するのに、どれほどの集中力を要するのかは知らない。しかし、形が複雑で細かいものになればなるほど、維持する力も今まで以上になるだろう。
「・・・終わりか、速すぎだろ」
ミントは降り立った。だが警戒を怠ることはしない。拳銃を向け、寝そべっているルナから近づかないようにした。
「・・・へへっ、」
背中からまた血が溢れる。
「俺のこと、本気で嫌っちまったのかよ」
「だいっきらいだ、」
ミントは突然、涙を流した。
「ぜんっぜん、こっちのこと信用してくれない!見向きもしない!勝手に決めつけて、勝手に敵にまわって、わかんねえよっ・・・!!」
ぼろぼろ流して、怒鳴り付けるので精一杯だった。
「そんなルナなんか、俺はだいっきらいだ!!」
発砲された。
「・・・悪かった、ごめんな」
ミントは気がついたら、ルナに抱かれていた。銃を持つ腕からすり抜け、ミントの頭を撫でながらも胸に押さえつけた。
「おめえ強くなってんだもんな。いつまでも、ひよこじゃねえな」
ミントは銃を握っているのも忘れ、そのまま腕をまわしてルナにしがみついた。
「ばっかやろう・・・!!ルナバカ!!バカ・・・っ!!」
語源力が乏しい。ルナはほっと安堵のため息をついた。
「か、帰るぞばか!たくその背中の傷なんとかしてもらえよな!?」
「わりい、リアル血がたりねえ」
貧血を起こしてぶっ倒れるルナ。
「ちょっ!?だーもう!こちらミント!ルナを確保、至急応援を頼みます!」
S.KILLERに無線を飛ばす。
『こちらキャビットー。ボスさん捕まえられたので、今からそっちいきまーす』
ミントはバーザーカーモードを解き、ルナを見た。
「・・・ったく、」
変わってねえんだから。
「嫌いなんかあり得ねえって」
S.KILLERがトラックでこちらに向かってくる。そこにチャムも居合わせていることに気がつく。
「ミッション大成功!おつかれミントくん。帰ろ!」
トラックの助手席からインサイトが手を振った。2人はトラックに乗り込んだ。