「皆さん、おちついて避難してください!」
中で騒がしくなっているのが、外からでも様子を伺える。婦人の叫び声がなんともみにくい鶏の声に類似している。ミントは外から中の様子を伺いつつも、自分が持っている無線機に応答した。
「どうした?」
『はやく室内に来てくれ!S.KILLERの輩だっ!!』
「っ!?今すぐいく!」
無線機を切り、飛んでは展示されている会場へと侵入する。
「!!」
ミントは気配を感じ、飛び退いた。後ろから大きな斧が振り下ろされ、地面を崩壊した。右目に包帯をしている大男だ。ルナとほぼ同じ、肉体型の剣士である。
「ハスキー・・・!」
「よく俺の名前を知っているな!熱心なのが受けてとれるぜ?」
ハスキーはその重たそうな斧を片手で軽々と持ち上げ、それからまた飛びかかってくる。近距離戦は不利だ。ミントは一回飛び上がってからシャンデリアの上に乗った。
「ほ~、ピピカ族じゃまいか・・・」
ハスキーは斧をぶん投げて、シャンデリアの紐をきる。ミントは天井の壁に背中をむけて張り付いた。シャンデリアが落ち、破片が飛び散る。当たりを見てみると、ここの会のものは全て持ち帰ってしまったようだ。
「S.KILLER・・・とんでもない仕事の早さだ」
ルナが、まさしく侵入してから30秒も経っていない。これほどのスピードでメイン会場の品をかっさらっていけれるほどの準備の良さは、地図がなくてもさほど変わらなかっただろう。
「ハスキー・・・B級の輩か・・・」
自分が今まで狩ってきた賞金のランクより一つ下であるハスラーを恐ることはなかった。ミントはそのまま下降して、ハスラーに蹴りを食らわす。斧の広い面でガードされてゆく。
「キレのある動きだ!良いじゃねぇか!」
ハスキーは跳び、壁を蹴り、ミントの背後をとった。しまった!と思いミントは上へ上昇する。ハスキーはさっき落としたシャンデリアのまだ破損していないガラスの塊を持ち、ゴルフでもするようにミントに向かって斧で飛ばす。ガラスは破裂し、破片が飛び散ってはミントの全身めがけて飛んでくる。くらったらただじゃすまない。ミントはその場で素早く回転し、自身の身体の周りに空気の壁を作って跳ね返す。
「やるじゃん」
「そっちこそ・・・!」
ミントは位のつけ方を知らない、がミントはこの人のランクを疑った。ここまでまともに頭を使いながら戦う人がB級?信じられない。
「はっ!」
第二波、破片が飛んでくる。今度は横に飛んで回避するが、範囲が広い攻撃のため、羽にくらって飛行状態が悪くなった。
「しまった・・・!」
「お"らよっ!!」
ハスキーが壁を走り、ミントの足を掴んでは地面に投げた。
「ぐっ!」
地面に勢いよく身体を打ち付けられてしまい、起き上がれなくなった。ハスキーが壁を蹴り、自由落下するとともに斧を地に突き立てた。
「あばよ!」
まずい!!ミントは死を覚悟し、目をつむった。
ガキィン!
「っ??」
剣と剣のぶつかる音とともに、ハスキーの驚きの声を聴いた。
「ルナっ!?」
「っ!!?え―――――」
ハスキーはルナによって攻撃を遮られ、そしてルナの剣を足場として一端蹴って距離をおく。ルナが少々眉をひそめている。
「おいおい、俺の弟子も参加してるっつったろ?」
「・・・あ、その子!?」
「まっさかハスキーにやられるとは思ってなかったな」
ミントは羽根をしまい、ルナに手をとってもらって起き上がった。ミントは言葉を返すのに時間が必要だった。
・・・どき、どき、どき。
やっばい、ばか、ときめくな。
「悪かったですね、やられて・・・」
精一杯の気持ちで答えた。ルナが鼻で笑いつつも、腕を持ってはまじまじと見てくる。
「大丈夫か?」
どきっ。
「さわるな!!」
つい冷たく手を振り払ってしまった。ルナはそのミントの態度に少し驚きつつ、ちょっとふてた声で答えた。
「んな怒ることないだろう?心配してやってんのに、」
「ちょっと気が立っただけです!」
ハスキーはその子とルナを見つつ、こう言い放つ。
「二人の仲ってどんな?」
「はっ!?」
ミントはまた反応する。その言い方はまるでルナとミントがそういう関係にいたっているというような答えを期待しているように聴こえたからだ。
「おいおい、俺とこいつの年の差なんぼだと思ってんだよ」
「10っ歳?」
「正解」
「あ"ぁ~!そっかぁ、ルナは年の差5歳までしか許してないんだったっけ?」
え、そうなの?
「時と場合による。相手が許すんならつけあがるけどよ?こいつは純粋だから手出しできねぇよ」
「本人のいる前で不純な話は謹んでください・・・!」
ミントはそう叱った。それもそのはず、ルナが一体どんなタイプが好きかとか、ミントのことをどう思っているかとか、そんなの本人が聞きたくもない内容だったからだ。ミントは当たりを見回し、それから言葉を放った。
「俺が皆と行動しないでいるのは不自然なので、一端戻ります。では―――――」
「おう、がんばっ」
振り向きはしなかった。今顔を合わせたら赤面している自分の顔をみられてしまうからだ。
「・・・っ―――――」
ばか、俺はとっくに腐っちまったんだよ。
それもこれも全部あんたのせいだ。
絶対、責任とってもらうからな。
「何考えてんだろ、俺」
---------------------------------------
「これだろ?」
「・・・これ、もしかして、全部・・・!?」
ミントの部屋にて。ルナは今回かっさらっていった、ピピカ族の羽根を使った着物やクッションなどの高級品をミントに渡した。そしてミントは戸惑った。
「これ、報酬のお金とかになるんじゃ、そっちの・・・」
「あ?残念だけど、俺らの雇い主が欲しかったものは宝石類だ。まぁ、ピピカ族の品はこっちの要望で勝手にとってったものだ。本来は仕事以外のモノは盗んじゃいけねぇけど、俺の説明で皆納得してくれた」
「・・・お礼しなくちゃ、」
「あ?良いって。客でもねぇし、お金は雇い主の分で皆満足だし」
「・・・、ありがとう―――――」
あ、まずい。
今、自分どんな顔をしているんだろう。
ミントはすっかり警戒をといていて、その分本当の笑顔が自然と表にでてしまう。ルナは笑って返してくれたのだが、悟られやしなだろうか、という不安感と期待感が心の中でせめぎ合っていた。
「・・・この、色・・・」
「綺麗な緋色だよな、その生地・・・って、褒めたら怒るか?」
「ううん・・・違う・・・これ、」
ルナは驚いた。
ミントがある緋色をした着物を持っては、涙をこぼしている。
「・・・俺の、あのバーサーカー状態、さ」
「お前、まさか」
「俺の家系の奴ら特徴の・・・成体なんだよ・・・。これ、・・・」
「ザクロ、」
「お父さんの色―――――」
「・・・!?」
「お父さん・・・っ」
ミントはその布を抱きしめつつ、顔を当てて泣き出した。お父さんの姿が、何とも言えない、既に生地の状態になってしまった事実を、ただ受け入れるしかなかった。ルナも同じ、慰めの言葉なんか何一つ思いつかなかった。
「おとう・・・さん・・・ごめん・・・ごめん・・・っ」
「・・・―――――」
密猟者の話は、なしにしよう・・・。
ルナはミントの頭を撫で、それから立ち上がってその場を離れた。
それで済めば良かった。
「?」
ルナは、ミントの部屋にある机の上に、見覚えのない本があるのを見た。ミントの読書好きなのは生活を一緒にしていて判っているのだが、彼の好む本のタイプとは違うのが表紙から見て判る。そして題名を見てしまった。
「・・・ごめん、ルナさ―――――」
顔を上げて、蒼白した。
ルナの手には、あのゲープ登場からフェンテル都の死を収録した、新聞記事の本があった。
「・・・ほぅ―――――」
ルナがこっちを向いた。その目は半分、いや徐々に怒りを現わにしている。ミントは悲しみに浸る余裕を忘れ、なんと弁解すればいいのか頭をフル回転させていた。
「っ!?ルナさ」
「お前、勉強熱心だな。詮索して判ったことあったか?」
「これは、その」
「歴史を知ることは、まぁ大事だ」
ルナがミントに近づいてきた。そして肘を喉に当ててきてはミントをベッドの上で倒し、覆いかぶさるようにしては言葉を続けた。
「俺の方から余計な詮索はするなとは言わなかったな。だから調べたのか?あ?」
「・・・ごめん・・・なさい―――――」
「―――――っ」
ミントは泣きながらに、そう言った。ルナはその声と姿のお陰で我に戻った。怒りは消えないが、理性はある。
ガキ相手に本気でキレるとは、俺の傷も癒えてねぇなぁ・・・。
あれから三年もたったのに、情けねぇ・・・。
「―――――悪い、すまなかった、」
ルナは離れて、ミントの方に背を向けた。それから本を持って、作り笑いを浮かべては言葉を続けた。
「いいぜ?詮索して、判らないことがあったら聴いてくれば良い。俺は隠すつもりもないからな、」
「嘘っ」
ミントはつい答えた。
「本気で怒るほどの、ことなんて・・・聞き出せないよ。詮索しない、だから、許して・・・―――――っ」
「・・・いーや、許さねぇよ?」
ルナは意地悪な笑みを浮かべて、言葉を続けた。
「ヒントを教えてやろう、"ルタラ・デ・オワード"。これでネットでも本でも検索してみ、じゃあな―――――」
ルナはそう言って、部屋を出た。
最悪な一日となってしまった。
「ルナさ・・・」
朝、起こしに部屋に入ったら、既にいなかった。布団の上にメモが置かれていた。
『dear.zakuro 昨日はマジで済まなかった。お前が俺のことを気遣って勝手に調べてくれてたのはびっくりしちまったけどよ。・・・嬉しいぜ』
かあぁぁぁ・・・。
今、俺の頬どうなってんだ?赤い?赤いだろう。
『キーワードは"ルタラ・デ・オワード"。これで検索すればさくっと謎が七割解けるぜ。後の謎は考えるこった』
「どこのダイイングメッセージだよ、」
『今日は朝が早すぎたから先に仕事に行くぜ、それじゃあな from.Luna』
このメモを大事に自分の手帳に貼ってしまったのは内緒。
「ルナさん・・・朝から俺を殺さないでくれよ・・・」
顔を覆ってはテンションを沈めようとするミント。こんな乙女な姿は絶対に見せられない。ミントは深呼吸をして、それから仕事に出かけた。今日は、昨日の散々な結果に終わってしまった見張りの反省会をするそうだ。
「仕方がない、敵が強すぎたんだ」
という見え透いた結果を出すために。きっとルナの方も会議か報酬の話で朝早くに出かけてしまったのだろう。・・・あぁ、恥ずかしい。ルナの筆記されたメモを手帳から覗いてはこのやる気のない会議を免れようとしている自分が恥ずかしい。彼は大文字のdに横線を加える癖のある人っぽい。そしてけっこう達筆。メモを書き慣れている様子だ。・・・奥さんと、そうやっていたのかな。
「ミント!話を聞いているのか!」
「ん?どういう流れになりましたか?」
新人の癖に生意気な・・・という空気が流れた。司会をしている先輩はため息をついてからこう言った。
「先ほどの流れを説明すると、もしかして今回の仕事にはスパイがいたのではないのか?という話になっている」
ご名答。
「そこでそのスパイがもし、このメンバーの中でまだいたとするならば、仕事を分裂していかないとまずい。犯人探しはしたくないからこそ、仕事間においての協力を避けなければならないという話になっている」
「おい、待てよ」
もう一人の先輩が意義を唱えた。
「スパイの根拠はなんだ?」
「・・・まず、向こうが携帯を持っていたということ」
「あ?それは単に連絡をするだけじゃないのか?」
「連絡以外はしまっていても良いだろう。戦闘の邪魔になるし。だが、あいつらの行動をよく見てみると、携帯をまじまじと見てから辺りを見回して、それから行動するような態度がカメラから見て取れた。つまり、」
「その画面に地図が表示されていた、ということですか?」
ミントがすかさず言った。
「その通り、」
よく見ているな、とミントは感心した。
「誰かが奴らに地図を売っただろう、それから配員の構成とか」
「じゃあ怪しいのは外で警備していた輩たちか?」
すると、もう一人の先輩が言った。
「それじゃあ後輩たちがスパイ疑惑かかるじゃん。外で見張りをしていた子達、全員見習いだよ?きっと脅されて地図の情報を奪われたんだよ」
「ミントはどう思う?」
話しかけられた。今、外の見張りで会議に参加しているのはミントしかいないからだ。
「・・・情報を売るなら、死にます。それは俺だけのことじゃない、皆それくらいの覚悟があります。俺は配員を信じていますから」
とは言うものの、同僚はからかいしかしてこないからこれっぽっちも信用してはいない。
「・・・それよりも、S.KILLERというベテランのなかのプロが来てしまったため、見習いが殺されていってしまったのだと思います」
「お前はよく生き残ったな」
「無線で室内に呼び出されたので・・・、強運でした」
いや、本当は殺されかけた。ルナに助けてもらえれたのだけど。そのことを回想すると、やはり胸のときめきを抑えられずにはいられない。結局、その見え透いた回答を出してはスパイはいないという話の流れになり、会議は終了。その分今日の仕事が減った。自分の仕事は、とりあえず次に狩る賞金首を選ぶくらいだった。
「・・・あ、そうだ」
パソコンが空いている席を見つけては、自分のアカウントでログインし、検索エンジンのソフトを起動させた。
「えっとー・・・」
手帳をひっくり返す。そして文字を入力する。
「"ルタラ・デ・オワード"・・・検索っと―――――」
トップに出てきたリンクをクリックする。すると、背景が黒のなんとも陰湿的な印象を与えるページに飛んだ。どうやら宗教的な内容や、神のことを綴っているサイトらしい。が、第三者的な目線のページだったから安心して利用できるページだ。
「・・・"救世主の血"?」
そこには、こう綴られていた。
"ルタラ・デ・オワード"
・・・フェンテール語で、 「救世主の血」 という意味。
フェンテル都は、科学技術が進歩していた大きな都市だったのだが、 突然現れた謎の生物、「ゲープ(ゲテモノ、という意味)」によって 侵撃された。 ゲープは、武器のほとんどがまるで通用しない生き物だった。 炎、銃、化学物質、全てを投資しても全く通用しない鋼の肉体を持 つ生き物だった。
「同じ内容かな・・・―――――っ!?」
しかし、彼らと戦っているうちに、突然ゲープが死ぬ、という事例 が多々あった。科学者はゲープの死体から、食した人間の特性を調 べることにする。そしてついに、彼らを死に追いやった人間の特性を発見した。
彼らの血液には、ゲープの血と混じると、まるで血液型が違う人間 の血が混じってしまって死にいたらせる、という反応と類似した特 別の物質を含んでいた。彼らの血を特別に、「ルタラ・デ・オワード」と名付けた。
「・・・そうだったんだ―――――」
そして新たに武器を完成した。麻酔銃だが、その液体は彼らを死に 至らせる人間の血を倍に濃くした化学でもって作られた液体である。
そして平和が訪れた。ゲープの抹消に成功したのだ。
その救世主の血を称えるために、今でもとある女性の像がフェンテ ルの都にて拝むことが出来る。
ここまでで内容が止まっていた。そして写真が貼られているが、それは多分、さっき言っていた女性の像だということが判る。
「・・・なんか、それだけのことだったんだ?」
ミントはどうも腑に落ちない。平和になった、それから先はルナの侵撃。一体ルナの進撃とこの救世主の血とどう関係するのだろうか。
「・・・はぁ~、ここまでにしよっと―――――」
そう言って立ち上がった。すると携帯がメールを受信した。
「―――――っ!」
息を飲んだ。ルナからだった。別にびっくりするほどのことでもないのだが、何故か心臓が締め付けられた。内容を確認する。
Luna>>メモ見た?
「・・・そっけない、」
メールを打つのは慣れてなさそうだ。アナログタイプとは知らず、少し可愛く思えてしまうミント。ミントは携帯でよく連絡とかを回すことがあるので、なれた手つきでメールを返す。
Mint>>見ましたよ^‐^
顔文字もよく使う。その方が文章表現が固くならないから。直ぐに返信が帰って来た。
Luna>>とゆうことだ。
すまんかったな、朝ごはん用意してくれてたのに。
「・・・・・・」
なにこれ、すっごいキュンキュンする。直ぐにメールを返信する。
Mint>>大丈夫ですよ=冷蔵庫に冷やしてあるので☆ミ
「~~~~~っっ」
携帯を閉じて、おでこに当てる。熱だしちゃいないだろうか、自分。
Luna>>とゆーことと、あと一つ。
今日は帰るのガチで遅くなりそうだ。
明日は休日だから起こさなくっておk。
「そ~なんだ」
ミントはまるで彼女のような気分で返信をした。調子はノリにのった。
Mint>>分かりました(。・x・)ゝ!
Luna>>顔文字可愛いな、
Mint>>ルナさんも使ってみては?(´∀`)伝授しますよ!
Luna>>いや、遠慮するw
「"w"入ってる!!」
感動っ!!!
Mint>>(´`;)ちぇ・・・
Luna>>wwwそんじゃ、仕事に戻るぜ!~adieu
Mint>>(^o^)/はーい
「・・・かぁぁ~~~~~~っ」
その場で顔を覆う。自分で顔を合わせづらいような風にしているのに今更気がついた。
「もうだめだ・・・カッコよすぎる、ルナさん・・・」
口から出てくる本音、いっそのこと、死にたい。
「ふあぁ~、眠ぅ・・・」
ルナは真っ暗な夜の中、歩いて帰った。ドアに手をかける。その度に嫌な想いを馳せる。
「・・・」
こんな暗い日、だったよなぁ。
扉を開ける。廊下に電気がついていた。ミントのせめてものお迎えの気持ちで、玄関のすぐの廊下には電気がついている。その光を見て、ホッとするルナ。
「たっだいまぁー・・・」
小さな声でそう呟く。リビングの電気をつけて驚いた。
「・・・ったく、布団で寝ろよな、」
ミントが食事を置いたまま、椅子に腰掛け、机に顔を伏せて寝ていた。
「それともセットで食べてくださいってか?」
馬鹿かよ、俺。ルナは直ぐに自分の考えを否定した。寝息が健やかなミントを見つつも、遅い夕食を食べた。電気はつけずに、ロウソクの火だけにした。流石に起こすのは可哀想だからだ。
「・・・かっらぁっ」
辛い。なんと、こんなイタズラを仕組むほどにもルナに親しみを持っていたのか。よく見るとメモが置いてあった。
『ちょっと辛めに作りましたので、気をつけて食べてくださいね= ^‐^b』
「お前なぁ・・・俺が辛いの苦手って知ってたろうが・・・」
ミントの頬を優しくつねる。ミントは更に顔を深く伏せた。
「ん・・・」
「・・・はぁ・・・」
何やってんだよ、俺。マジで洒落になんねぇよ。どんだけお前の警戒心のお陰でこっちが手を出さずに済んだと思ってんのか?無防備な状態なんて見たら・・・。
まさに今がそれ。
「マジでないわー」
ルナは呟いた。とりあえず、食べることだけ考えた。辛い、辛い。何かジュースはあるのだろうか、と思って冷蔵庫を開けて更に愕然とする。あるのは自分が楽しみにとっておいたウィスキーだけだった。
「おい、おい、おい・・・」
拍車かけるだろう、今の俺の脳みそに。薄く割って飲んだ。酒には強い耐性があるのだが、今の感情ではどう作用するのか判らなかったから用心する。
「さてと、」
ルナはミントをお姫様だっこし、ミントの部屋にあるベッドに連れて行った。その時、ついつい顔をまじまじと見てしまうルナ。
「お前、美人だよな・・・」
すっごい乙女な顔してる。ルナは想いを馳せながらも、ミントを寝かしつけた。
「んっ・・・」
「ちょちょちょちょっ―――――」
寝返りを打つタイミングが悪かったのか、ルナはミントに腕を下敷きにされ、巻き込まれてしまったため、かぶさるような形になる。
「おま、」
吐息が聴こえる。よく聴こえる。こんなに近くで見たことがなかった。
今なら、今なら・・・。
少しだけ、触れても、いいか―――――?
ミントが心の声のタイミングとともに、笑った。ルナはぷつん、と自分の中で何かが切れた気がした。
「・・・ミント―――――」
止まらない。
ルナはミントの腰から腹のあたりに手をすべらせ、そのままゆっくりと胸あたりまで撫で回した。ミントの顔が少し歪む。嫌いやな眉の形だ。
やばい、可愛い。
「ミント・・・お前が悪いんだぞ?」
その手はミントの唇を触る。仕事の時はつい癖で触れて静かに、と促してしまうのだが、今回とは全く意味が違う。触れたくて触れてしまった。
「んっ」
寝返りをうって顔を隠された。ルナはミントの背中に触れては筋にそって指を滑らせる。
「・・・っふぁ」
や ば い。
ルナの耳が聴いたその声は、触発するには十分効力があった。が、ルナはそこで歯止めをかけた。
「たっはは・・・関係を悪くはしたくねぇな、止めたやめたっ」
ミントの頭を撫で、頬に軽くキスを交わした。それから耳元で囁いてみる。
「今日は断念するけど、今度はそうはいかねぇからな?おやすみ――――」
---------------------------------------
「なんだろう・・・なんだろう・・・」
ミントは起きてから、頬と耳がおかしい気がしてならなかった。昨日、なんかうっすらと覚えているけど、たしかルナさんにお姫様だっこされた気がする。撫でられた、気がする。頬に・・・きっ・・・。
「キスぅ???????」
自分で言ってて爆発した。もうだめだこれは夢だと信じたい。が、自分が寝ている場所が変わっていることが事実であるため、姫様だっこは確実に現実のものであることを物語っている。そうするとその延長線上として、この、いまいましい、甘ったるい、かすかな感覚も、記憶も、本物であるということになってしまう。
「そ、そそそうだ今日は起こさなくっても良かったんだな!」
独りで勝手にテンションが上がってしまっている。朝ごはんの調理をしつつも、慌てている気持ちが抑えきれなくて辛い。が、誤算だった。
「ふあぁ~、おはよー、」
る、るるるるるルナさんっ!?
「あれっ!?早いですね!?」
「あ?ちょっと調べたいことがあってな・・・」
ミントが手元をよそ見していたため、包丁でさくっと自分の手に切れ目をいれてしまった。
「ったぁ・・・っ!」
「?おいおい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です・・・」
「見せてみ?」
ルナがミントの手を持ってきた。手を触れられただけで変に感情が動悸する。
あ、ちょ、まっ。
「じ、自分で貼れますからっ!」
あたふたするミント、それを見てルナは何があったのだろうとむしろ心配した。
「そうか?ならいいけどよ、」
ルナさんの自覚のなさ!このやろう・・・っ!ミントは心の中で恨みつつも、バンソウコウを指に貼り付ける。ルナはパソコンで何かを検索し、それをプリンタに送って印刷を二枚か三枚した。それを取ってはまた三階に戻ろうとした。
「そんじゃ、俺はまた寝る」
「朝ごはんはどうされますか?」
「まぁ、置いといてくれ。もうちょっと寝てから食べるから」
口調が優しい。
「そうですか。お疲れ様です」
「おう、そんじゃな」
ルナは階段を昇っていった。ミントはその場で頭をがくっともたれた。
「俺の、馬鹿・・・」
そうだよそんなにテンション上がることじゃないだろう!ミントは深呼吸をし、平常心を取り戻してきた。ルナのあの態度に少し寂しく思いつつも、それが普通だろうと割り切ろうとした。
「でも、いつ起きるかな・・・」
朝ごはんを自分の分だけ作ってはみたものの、相手の分もいつのタイミングに作れば良いのか判らなかったので、聴きに行こうとした。三階へ登る。
「ルナさ・・・」
扉を開けると、そこにはもう既に睡眠に入っているルナがいた。
「早っ」
ミントは部屋に入り、近づいてみる。ルナの寝顔を盗み見た。
「・・・―――――」
今、俺馬鹿なこと考えた。
なんだよ、お返しって。
ミントはそう心の中で否定しつつも、しゃがんでベッドに腕を乗せてまじまじと目を見る。ルナの目を閉じているその姿は、何時もならそんなに真面目に見ることなく起こしてた。今見ると、少し未練を残している人の目をしているように思えた。
「・・・ルナさん・・・」
少し、顔を近づけて見た。全く動きもしない。ミントは吐息を聴いた。それから、彼の匂いを感じた。
「―――――っ」
だめだ、本当に、なんだろうこの感情。
尊敬を、憧れを優に通り越した、この感情。
彼に、触って、みて、感じて欲しいこの感情。
「・・・ルナさん、今起きてる?」
反応は、ない。
「ルナさん、悪食いって言いましたよね?」
そのまま続ける。
「俺・・・覚悟、できてますから」
そう言い残して、さっさと部屋を出て行った。
「・・・・・・」
ルナはそうっと目を開けて、その場にもういない想い人へ言葉を宙に投げた。
「ふははっ、素直でよろしい、よろしい―――――」