「いってきまーす」
「行ってらっしゃーい」
何時もと同じ朝だったけど。
「おはよう、」
電車通勤の場所から、彼がボディガードになりました。
「お、おはようございます」
IllLowはサヴィーと学校を結ぶと、全く通勤道が被らない。それを電車の乗る駅から通勤を一緒に会わせてくれるということだ。頭が上がらない。サヴィーは更におどおどするのだった。
「誰もストーキングしてはいないようだな」
「朝から物騒なこと言わないでくださいよーっ」
先週の件をインサイトに報告したとこにより、IllLowの仕事は増えてしまった。
「ごめんなさい・・・」
「それは何度も聞いた。これくらい苦ではない」
電車からサヴィーは大変な目に遭っていた。座る所がないとそわそわするのだ。というのも、
「いっでででででっ!!!」
通勤ラッシュにまじる痴漢に今まで耐えてきたのだから。
「警察に連れていこうか」
今日もサヴィーの尻に手が忍ぶ輩をつまみ上げたIllLow。心底遣り甲斐のある仕事内容だと言っている。サヴィーもホッとする。
「懲りないな、大人という生き物は」
電車通勤を終え、一言そう呟くIllLow。サヴィーはペコペコ頭を下げる。
「ありがとうございます」
「大したことはない。仕事だからな」
堂々とそう言う。サヴィーが電車で待ち合わせしている友達を待つこともあり、IllLowは先に学校に向かう。あの騒動のお陰で、感謝はしたくないが連絡先を交換できた。個人用の携帯番号も、メールも。
「・・・はぁー、」
個人的な、本当に他愛のないことで使用したら、迷惑かな・・・。そうだよね。
「なんとか、一歩近づきたいなっ」
朝から恋する乙女全開である。
「サヴィー、最近機嫌いいね?上手くいってるんだ??」
「ま、まこちゃんっ!おはようっ!」
顔を真っ赤にして挨拶した。
が、学校は穏やかではなかった。
「ねえ聴いた?3年の男子高校生の話っ」
「ええ、顎が外れて入院中のことですよね」
「なんでそうなったのか、全く答えないんだってさー。学校にまでモンペ来ちゃって、昨日大騒動だったんだって」
「まこちゃん凄い情報網だねー」
「先生なんて可愛い子には何でもかんでも話しちゃうからねーっ!サヴィーちゃんもやってみたらどう?!」
「い、いいよーっ。それで、どうなっちゃったの?」
「えとねー、何かに怯えてて話したがらない、だって。んで、前に背負い投げしたイルロウくんを疑ってるらしくて、彼を取り調べろとか。それを学校は拒否してるし」
それも当然だ。彼の身元が公的にバレれば、学校は存続の危機に晒されるだろう。それと同時に、その問題行動を起こした子供のことを親は知る羽目になり、子への信頼も親自身は失う。定期処分で済まされる事ではないかもしれない。知らない方が良いのだろう。
「ふーん、そうなんだ。」
学校はおそらく、IllLowに詳しい話を聴いているだろう。問題行動を阻止しようとして、少々遠慮のない蹴りを入れてしまった。金なら払う。といった感じに。それなら学校としては、問題行動で報じられるのも、殺人兵器の件で報じられるのも避けたい。派手に大怪我をしました、ということで流したいのだろう。先手必勝、事実を淡々と早めに報告し、こちらの良いように情報操作をする。高校生に容赦のない仕事人。彼らが可哀想だ。
「サヴィーちゃんは特に興味ない話だったかな?」
「怪我なんて男子は良くするじゃないですかー」
「そだよねーっ!」
そそくさと登校を終えた。
そんなことより、サヴィーが気にしていたことは他にもある。今日の朝のメールだ。IllLowから、こんな内容のメールを仕事用の携帯から受信した。
>>from : illlow.hyperscope@skiller.ne.jp
>>放課後の部活動後、音楽室に寄ってくれ。そこに新入りがもう一人いる。顔合わせをする。俺も遅れてそちらに伺おう。
とてもシンプルなメール内容だ。誰なのだろうか。その放課後になる。部活の終わりに向かうことにした。その新入りにも同じ連絡が届いているはずだ。普段から全く入ったことのない音楽室。既に撤収しており、誰もいないように思えた。
「・・・?」
フルートの愉快なメロディーを聞いた。指をかなり早く動かして演奏しているようだ。旋律が早い。流れるように次の音符へと階段を繋げていくように。
「!」
音楽室の部屋に、その人はいた。
「やあ、初めまして」
肝を抜かれた。その人物は、高校生活でもたまに名前を聞くくらい有名な人だった。独奏で賞や高等学校の大会に、たまに地域の音楽隊にお呼ばれするほどの、才能溢れる人物。
「き、キャビットさんっ?!」
「あっははー驚いた?僕だよ僕ー、よろしくね~」
耳を疑った。キャビットは白い髪の毛をふさふささせながらも、ニコニコしては軽く手をふった。牙が特徴的だ。サヴィーはおどおどしながらも近づいた。
「驚いたなー、まさかサヴィーさんが志願してたなんてー」
「父の仕事場で、よく付き合わせていただいたので」
「へー、そーなんだー。ふうーん」
ふわふわした返答だ。本当にこの無害そうな人が殺し屋に?向こうもサヴィーの第一印象から、同じようなことを思っていると思う。
「お父さんが殺し屋?」
「はい、」
「うっわ!凄いねっ、感動するー」
ニコニコしている。サヴィーが何か言いかけた途端、人差し指をたてて静かにと促された。今度はヴァイオリンを取り出し、調律しては弾き始める。またふわりと空間が音楽に包まれた。よく見ると、近くに蓄音機が置かれており、それは稼働していた。どうやら録音していたようだ。しまったという顔をしたサヴィーは黙ることにした。弦楽器で、これほどしっとりとした音を聞いたことがなかった。上品な震え。呼吸を感じる強弱。
「・・・ごめんよー、次の独奏のための練習をしていてねー。 昨日楽譜貰ったばっかりで、ちよーっと手こずってるんだー」
「そ、そうなのですか?」
とても堂々と弾いている様を見ては、とても困っているような印象はない。むしろ完璧だと感じるくらいだ。素人で、曲を純粋に楽しむ人ならば、というくくりでの話ではあるが。キャビットは口元を緩ませてばかりで、体もふらふら動かしてばかりである。その緩くて鈍い部分が彼の特徴。音楽しか本気に取り組んでいないお陰で進級も危なかったという話も聴いたことがあるくらいだ。
「はー、イルロウくんはまだ来ないのかな?」
「遅くなったな、」
タイミングよく訪れた彼は、慌てて来た訳でもなかったらしく、走った形跡もない。
「こんばんは」「やあ」
顔文字1つでもついてそうな緩い挨拶だ。IllLowは特に動じている訳でもなく、本題に入った。
「先日のダンス大会の反省と、次のダンスの考案で白熱をしていた」
「あっは!君もそーゆーとこあるんだね~」
「楽器を一度置いてくれ。キャビットは楽器を持っていると全く話を聴いてくれない」
「変な話をするんだったらしまわなくちゃー」
変な話・・・。サヴィーは眉間にシワをよせる。
「そうだな、物騒な話のことに変わりはない」
IllLowは紳士に対応した。丸い椅子をだし、それから3人とも座って話をする。
「次に来る長期休暇、予定を確認させてもらおう。もしなかったのなら、早速だが仕事に付いてきて貰う」
「!」「だめだよー、イルロウくん。僕は大会に行かなくちゃいけないんだー」
「どこだ」
「グリーンクラッシュって都会」
「なら問題ない。その場所が現場だ」
「ええーっ!やだっ!!」
「報酬は高いぞ、何がほしい」
「真っ黒な木材フルート!高いぞお60万はいくっ!」
「買えなくはないな」
「いくっ!!!」
なんて報酬額だ。それほど危険か、雇い主が金持ちか。
「両方だ」
サヴィーの懸念をすぐに読み取って応えられる。ギクッとなった。
「雇い主は秘密機構の軍隊が所有する保険団体の依頼だ」
ここまで喋ったとたん。
「?」
キャビットは視線を鋭くそらし、その場から突然消えた。IllLowも同じ方向に視線だけ動かしていた。サヴィーは一瞬の出来事に辺りを見回してはキャビットの存在を探す。
「んぐわっ!!や、やめろ、離せっ!!」
「コイツどうしますー?」
サヴィーは驚いた。キャビットは普通ではなかった。ふさふさしたウサギのようなたれ耳をはやし、ふわふわした長い尻尾を生やし、目は黒目に黄色い眼光を宿している。これが彼の隠し持っていた素顔だったのか。開いた口がふさがらない。
「盗み聞きは良くないな、」
いたのは、あのサヴィーを拐った顎で入院中の奴の後輩だった。身長が高いキャビットの細い腕に首の後ろをつままれて、ぶらぶら揺れている。
「何が目的だ」
「た、ただ俺は謝りたくてっ・・・っ!!」
「・・・キャビット、離せ」
「はーいっ」
ポイと地面に投げるように置いた。この非情な扱いは、にわかにIllLowと似ている気がした。IllLowは警戒を怠ることはなかった。首に刃物をつきつけて脅している。完全に信頼はゼロだ。
「せ、先輩の治療費は全部イルロウさんがだしてるって聴いて。と、先輩のやらかしたとこの話の隠蔽も、してるって・・・本当に、すいませんでした!」
土下座をしている。キャビットはその光景を耳をぱたつかせ、首をかしげている。
「嫌な臭いがする。イルロウくんコイツ、ヒトじゃない」
容赦のない一手が下された。
「っ?!!!」
IllLowの刃物が、高校生の首に食い込んだ。勢いよく血が噴射されたが、その色は緑だった。そして体は変形し、人並みの大きさをもつ蛙に変わった。IllLowから拳銃を投げて渡され、彼もさっと身構えた。蛙は音楽室の窓・・・三階から飛んで降りた。
「逃がすな、捉えろ!粘液は触れるなっ!」
IllLowとキャビットも同じように飛び降りる。サヴィーはそんな自殺行為は出来ない。するとIllLowが地で待っていた。
「飛べ!」
彼は手を広げている。出した銃はしまって。
「・・・っ!」
意を決して、飛び降りた。彼がサヴィーを受け止めることは苦でもないようだ。重力落下で、本来の体重より増していようが。反作用を吸収するかのように受け止めた瞬間に膝を折ってクッションをつける。抱きついて飛び付いた。
「ご、ごめんな、さ」
気のせいだと思いたいが、自分が彼の頬にキスをしていた。顔を真っ赤にしているだろう。。IllLowは一瞬驚いたが、一瞬だ。
「・・・何もなかったことにしよう。キャビット!追跡しろ!」
直ぐに拳銃を構えて下に向けながら行動した。彼の後ろをついてゆく。IllLowはキャビットに通信機を渡しているらしい。彼はかなりコンパクトになっているミニヘッドフォンの通信機を耳にかけ、マイクを口元にもってゆく。サヴィーは持っていない。蛙とキャビットの行き先は、かなり高めの建物が並んでいる場所だ。建物の隙間をぬって進んで行く。サヴィーは強烈な轟音と耳鳴りを感じ、彼にしがみついて止めた。
「IllLowさん、だめっ!!」
危機一髪だった。
「ちいっ!!!」
瞬間、回りは土煙に包まれ、二人は大音量の破壊音を聞いた。また耳鳴りによって、回りの音が聞こえなくなる。息が出来ない。
「っ・・・はぁっ・・・!」
IllLowが所持していた壁にかけられるショット型のフックを高いビルのガラス壁に飛ばし、上空へ逃げる。コンクリートの濃い煙から一度脱出した。壁に両足をつけてぶら下がった。サヴィーは抱えられている。
「っひゃあっ・・・!」
あまりの高さに、声をあげた。
「俺のズボンのポケットから、ベルトを出せ。俺とサヴィーをくくりつけろ」
「っ、うぅ・・・」
高所恐怖症ではないが、彼の片手だけで支えられている現状が恐怖心を掻き立てられる。手を震わせながらも、なんとか彼の指示通りに自分と彼の腰に、2つのベルトをくくりつけた。それは肩からかけてがっちりと体を支えてくれるものだった。パラシュートで見るようなデザインだ。
「手を離すぞ、」
ふっと彼の支えていた手がサヴィーを手離した。
「ひゃんっ!!」
腰と腰のベルトを繋いでいる紐が若干長かったため、サヴィーは空中で背中から落ちては止まる。ひやり。
「ひどいですー!いきなり手を離さないでくださーいっ!!」
「悪かった」
紐の長さが調節される。段々彼との距離が縮まる。
「あっ」
どうしよう、本当に吊り橋状態。恐いのに、ドキドキしてるなんて。
「何故奇襲されると判った」
物凄い至近距離で問われた。息を詰まらせながら答える。
「な、なにかが近付いてたり、危険なものがあるときに、耳鳴りとか、違和感で・・・」
「天性か、」
「は、いっ」
「助かった。止めてくれなければ、あの大きなビルに下敷きにされていた。感謝する」
ときめきが止まらない。このまま、一緒にいたい、なんちゃって。
『イルロウくんやばいよ!ここモンスターギャングのテリトリー!逃げなきゃーっ!!』
IllLowの耳元にあった通信機から、キャビットの楽しそうな声が聞こえる。そしてぶつりと音は途切れた。
「逃げるぞ。追跡は危険だ」
モンスターギャング。インサイトから話はちらと聴いたくらいだが・・・マフィア、暴力団といった裏の世界の奴等が総じて、手を焼いてる組織らしい。国の特攻、軍事運営を行っている闇政治の輩も困っているというくらい、規模も勢力もでかいらしい。
「ここまで嗅ぎ付けて来ているとはな、」
「今回の仕事の話と、関係があるのですか?」
「何れはぶつかるだろう。避けたい依頼ではあるがな」
フックの鎖が伸び、慎重に降りてゆく。地面はコンクリートのがらくたが重なりあっており、足元がかなり不安定だった。そこへキャビットも飛んでくる。
「危なかったねーお二人さんっ」
にこにこしながらそう呟く。IllLowは二人を繋ぐベルトをワンタッチで外した。さっきまでの至近距離から解放され、胸を撫で下ろすサヴィー。
「何故ここまで嗅ぎ付けられたのだ」
「原因はぼくだよぉ、ギャングに一回でも関わった生き物は、ああやって徴収にかけてくるんだよ」
「ギャングにどんな用件で関わったのだ」
「かなり古いお話しだから、覚えてないよー。それにぼくは追放された身なんだから、声をかけられる理由がわっからないなーっ」
頭をポリポリかきながらも、そう返答する。
「勢力の調節かもしれない。奴等がこちらがわの動きを察知して、力をつけようとしている傾向にあるようだ・・・またキャビットの元に現れるかもしれないな」
「げぇー、殺しちゃうよーそんなのー」
「だめだ。捕らえてこちらに引き渡せ」
「はぁーい」
サヴィーは耳元を手で多いつつ、辺りを疑わしそうに見た。IllLowがその様子をただ見守っている。
「・・・ここから早く降りましょう」
「そうしよう」
3人はその場を早急に離れた。話は後日にされ、帰り道につくよう指示をする。IllLowはこの件をインサイトに伝えようとしたが、電話に応答されなかった。サヴィーが口頭で伝えることになった。キャビットと別れた後、サヴィーとIllLowは駅の大きなホームで電車を待っていた。
「家まで送ろうか」
「いえいえ!IllLowさんだって、私の降りた先のもうひと駅先ですよね?だから、気にしないでください・・・」
「そうか」
駅広場は人が溢れている。離れないために隣同士で肩がたまにぶつかるくらい、傍にいる。彼の温もりを感じる一瞬。
「・・・サヴィー」
「はい?」
「あまり聞かれたくないことなら、答えなくて良い。付き合った人はどのくらいいたのだ?」
思考が一時停止した。顔を覆いながら聞く。
「どうしてそんな事聴くんですかーっ!!」
「大事なことなんだ。差し支えないなら、答えて欲しい」
「だ、大事って、どう言うことですか!」
「今後俺の行動パターンが変わる。それ以上は言えない」
少しだが、彼が必死になっている。そんな彼の姿を見るのがはじめてで、かわいいと思いつつ、話した。
「誰とも。付き合えませんでした」
「付き合えなかった?禁止されていたのか」
「いいえ。ずっと、待っている人がいましたから」
「そうか。その人に会えるといいな」
「えっ、あ」
これでは行動が消極的になってしまうのではないのか。サヴィーは慌てて何かうまい言い返しがないか考えたが、それを教えると彼に知られてしまう。
「い、IllLowさんっ・・・」
「ん?!」
涙が止まらなくなった。これにはIllLowも驚きを隠せない。
「ど、どうした?聴いてはならないことだったか?謝る、済まなかった」
「ちが、いますっ・・・私がずっと、待ってた人、」
「・・・?」
思わず掴んでしまった両手を離さず、サヴィーより背が高い彼を見上げてじっと見つめた。言いたいのに、喉元でとどまっている。彼にはどう写って見えるのだろうか。
「判った。話せない理由があるのだな」
「っ、」
違う、違うのIllLowさん。
「今日のことは聴かなかったことにしよう。すまなかったな」
私、ずっと待ってたのに。
「ただ、心配だったのだ。これほど傍にいるのは、貴方の恋愛事情に支障があるのではと」
「?」
IllLowさん。
私、期待しちゃっていいの?
「待ってたのです、から」
ナレーションが聞こえる。電車がきた。サヴィーの自信のない声量をかき消すのに十分だ。
「・・・乗ろう」
サヴィーはガッカリしたと同時に、内心ホッとした。こんなことを相手が知れば迷惑だって思われるかもしれないし、そうズバリと言われると更に落ち込むだけだ。相手に知られずに、自分だけでいい。
例え彼に、恋人ができたとしても。
「・・・!」
IllLowが手を引っ張ってくる。考えことをしていたため、人並みにもまれて離れていた。
「大丈夫か」「ご、ごめんなさいっ」
電車内では、ただ黙って駅がつくのを待っていた。とても話す空気ではなかった。特にサヴィーはただ相手が聞こえてしまったのか、それも気になり、なかなか話しかける勇気がわかない。電車はすぐに、サヴィーを降ろす駅まで着いてしまう。
「今日はありがとうございました。また、明日・・・」
彼が手を掴んできた。サヴィーはぎょっとして振り向く。
「仕事が終わった後で良い、暇を作ってくれ。頼んだ」
「?・・・は、はい」
「また明日」
「さようなら、IllLowさん」
駅から降りて、考えた。
「・・・これってぇ・・・っ??!」
頬を両手で覆いながら、顔を真っ赤にして声をあげた。
「デートってことっ?!?!」
パタパタと帰っては家の玄関に無造作に靴を掃き捨て、布団に直行した。抱き枕えびちゃんを抱き締める。
「んやぁーーーーえびちゃんやったよーーーーっ!!!」
サヴィーはときめきを押さえられず、彼の言葉をかみくだいていた。
って、ことは、聴こえてたの?なんでもいい、私、昇天しちゃうっ!ありがとう神様ーっ!
インサイトの伝え忘れの原因となった。が、インサイトはIllLowの電話を折り返して内容を聞いていた。2階でぴょんぴょんしているサヴィーを余所に、インサイトはまだ本社にてIllLowと電話をしていた。
「蛙に?!」
『はい。キャビットを仲間に入れようと近づき、我々の打ち合わせを見てしまったんだとと思われます』
「うー、そうか。まあ聴かれても対してこっちに支障はないけど、警戒が必要だね・・・」
『いかがいたしましょう。GWの現場体験は危険かと思われます』
「危険なのは変わらないよ。行かせるよ。キャビットという奴の能力も気になるし」
『承知致しました』
「連絡ありがとう」
通話が切れる。IllLowは充電器に携帯を置き、布団に倒れた。
「・・・」
声にならない深いため息をつく。心配だったのだ。
「現場では付きっきり、彼女の面倒を見られない。かといって奴等は女性を狙う習性があるし・・・」
S.KILLERは狡猾な部分だってある。彼女を今回の仕事場に寄越すと言ったのも、彼女の身を危険に晒してでも、収穫したいのだ。敵陣地の拠点潰しに。
「何をされるのか判っているのかっ・・・?」
ギャングは、女性に卵を植え付ける昆虫俗だっているのだ。もし、彼女がその餌食になったとしたら?
「・・・」
携帯をただ眺めた。その日はなにもしないで、眠りについた。
爽やかな朝。華やかな町並み。レンガ模様の壁に包まれた住宅地。中心部の一角となるこの都市には、なに不自由なく物が買え、食べられ、住むことが出来る。花壇は色とりどりであり、公園も至るところにある。
「ふぁーっ、ねんむい・・・」
車で移動中のメンバーは、窮屈な通行止めにあい、朝からただならぬ疲れを感じている。
「こらハスキー、ちゃんと警戒して?」
運転しているのはインサイト。大型車の免許も所持していたのは初耳だったサヴィーは、驚いていた。助手席にハスキー、後ろの方でサヴィーとIllLowが座っている。IllLowは目をつむって顔を下にさげている。運転が心地よいせいか、サヴィーは半分意識がない。
「もう一人の新入りちゃんは?」
「引率の先生と移動、電車だよ」
「けーっ!俺たちも電車にしたかったぜ・・・」
「それは無理、こんな物騒な大荷物乗せて、一般専用の交通機関なんて使えないでしょー?」
「運搬業者雇おうぜ」
「金のムダ。敵がお世話になってたらそこから大事な所有武器の情報がながれるし」
「んげー、頭がかってえわ」
「ろくに運搬作業もしなかったあんたの言いがかりは知りませーん!」
「んにゃろーう!」
朝から体力を消耗する理由がここにある。
「こーらサヴィーも寝ないの!旅行じゃないのよー?」
バックミラーで確認され、インサイトに声をかけられる。生意識のなかで、窓を見やった。
「わぁっ・・・!」
都会の建物は、見る人を魅了する。大規模の大きな橋の上で、いつの間にか大きな川を渡っている。高速道路の規定されているスピードで走っても、橋の先端にのそのそと進んでいるような感覚だ。
「トラックの上に躍り出たっていいんだよ?サヴィーちゃんたんっ」
「止めてください」
インサイトが一番上の姉の言い方を真似した。ハスキーがすかさずまじった。
「サヴィーちゃんたん!」
「ハスキーさんまでひどいですーっ!」
「??」
IllLowはよく判らなかった。 あとのメンバーは、先に現地にいるらしい。昨日の夜から駆り出されては、今回の依頼主と作戦を練っていた。ハスキーの携帯が鳴る。
「夜更かしできる体はいいよな~」
「ロジテックスに頼んだらー?睡眠時間を半分で回復しちゃう脳に作り替えてもらって」
「あいよーハスキーだぜ?」
『メンバーは揃っているか』
まだ出会っていない人の声が聞こえた。おそらく統括にあたる人だ。
「おう。インサイト、IllLow、サヴィー、俺ハスキーが、只今都市入り口橋付近を走行中!あ、キャビットは電車で向かってるぜ」
『理由は?』
「なんかGWにコンサートお呼ばれしたらしいぜ?そんで引率の先生とどう引き剥がすかって話だけどよ」
『とんだ邪魔物だな』
インサイトがクスッと笑った。サヴィーはその姿を見る。彼がつまり。
「兄さんの恋人?」
「自慢なんだからー♪」
はあ。
『つまみだせ』「でぇーっ?!んなのアリかよーっ?!」『構わん。インサイトは?』「残念ながら運転だから電話出られないぜ??」『代われ』「インサイト、ほい」
流石にカップルのような会話はしない。
「おはよーモウニング!調子は?そう、良かったっ。・・・話だけど、今回の依頼は別にモンスターギャングの輩がいる訳じゃないよね?だよねっ!ふーっ!安心した!」
その言葉を聞いてホッとしたのは、IllLowも同じだった。
「うん、うん!じゃあ打ち合わせは現地でね!ありがとー!あ、はーい!・・・IllLow、電話!」
「はい」
ハスキーはインサイトを茶化す。その間に携帯はIllLowに手渡される。
「IllLowです。・・・はい、出来ます。了解しました。・・・判っているつもりです、ですが。俺は、・・・すみません。気を付けます。・・・ええ、隣に」
サヴィーは緊張がはしる。
「はい。・・・サヴィー、師匠からだ」
「は、はいっ」
電話が渡された。
[7:35 - グリーンクラッシュ都市中心部]
「初めまして。私が、S.KILLERの現場統括、及び指揮判断を下すリーダーを勤めさせていただく、モウニングと言う」
『あ、はじめまして!インサイトの妹、サヴィーです』
おしとやかな声が聞こえた。インサイトからときどき写真を見せてもらっているが、だいぶお姉さんと同じ体格をしている。戦闘に向いていると聞いたが、性格が不向きだろう。
「君がサヴィーか。今回は前線に出すことはしない。ただ現場の雰囲気を知ってもらうための企画だ。何、肩の力を抜いて、君の所属すると思われる戦闘配属先の部署がどれ程厳しいのかを知っていただければいいのだ」
言い方がきつかったか。
『はいっ・・・!』
気前よく返事をしてくれる。才能はあるだろう。どこまで、残酷になれるかが問題だ。
「良い返事だ。その心意気を忘れないように。では、現地で待っている」
『はいっ!宜しくお願いしますっ!』
「うむ。では、失礼する」
電話を切った。状況はそれ以上に慌ただしかった。ここはシステム室。大きなモニターが目の前にあり、円形の壁に添うように配置されている端末。その端末からデータのやり取りをしている人たち。部屋の中心には、デスクにモニターが写し出されており、その問題児を監視していた。
「いたって普通だねっ!」
白い白衣を身に付けている青年が、デスク上のモニタに両手をついてもたれ、そう声をあげた。そこにモウニングは近づき、その白衣の青年に声をかける。
「本体は?」
「どーやらいないみたいだねー本体も。あるのは生成された塊一対だけかなっ?」
モニタに写し出されていたのは、ムカデのように何本もの足を、蛇のような体にはやしている生き物。全身は液体の塊のようで、黒くもやっとしたものがまじった半透明だ。
「チャムの行方不明となってから、はや五年か・・・」
「くたばってんじゃないのかなー?」
「だとしたらあの生き物も消滅するはずだ。何も知らないのだな?hi0」
白衣の青年・・・hi0は静かに答えた。
「わかんないから、君たちに頼んでるんだろ・・・?」
肩の力を落とす。この仕事が終わったとしても、以前問題は未解決だ。
「もうすぐでこちらの応援も来る。この巨体な生き物がこのままじっとしてくれるのなら、仕事が早くすむのだがな」
「動く!」
モニタに写っていたその生き物は、建物を這うように動き出した。大きな50階建てマンションさえも、ムカデのように這いずりあがっては進み始める。
「繁華街に向かっている。まずいね、生命に強く反応している」
hi0はそう冷静に分析する。モウニングは繁華街にて待機している別の人物たちに連絡をとった。
[8:02 - グリーンクラッシュ都市-バイパス通り]
~♪
「俺だ。よう、モーニング。ばっか洒落じゃねえってのwwんで、なんだよ?あ?こっちに向かってきてるって?ほー!そいつは頼もしい!おう、おう。できるかはわかんねえけど、やってみるぜ」
コンクリートの柱で作られた橋の市電が通る、三車線の広い道路。それを囲うように建物の窓がキラキラと日の光を反射させている。ここは都市の交通量が最も集中するバイパス通り。そのため飲食店もかなりバリエーションがある。一店では、階段を高く設けた飲食店で、ベランダにはテーブルとイスがセットされている。
「あっづー。溶けるわ・・・」
「そりゃルナさんみたいな、全身真っ黒な人かこんな日の良いところにいちゃあ仕方ないですねっ!」
「おいミント、扇げ」
「お断りーっ!」
黒く、がたいもよく背も高いレッドピンクの瞳をした男は、ルナと言う。その向かい側に座っているダークシアンの細くて背も小さい男は、ミントと言う。今回の仕事に、この二人も関わっているらしい。ミントはジュースを全て飲み干し、底に溜まっている氷をコップごとルナによこした。それをうけとり、氷を口の中に放り込んではころころ転がす。
「・・・何か来ますね、」
「すっげぇでかいみたいだな。で、どーするよ?あのチャムって生き物、物理攻撃効かないんだろう?」
「おびき寄せて捕獲するって話でしたよ。効かなくても多少ダメージをくらわして、動きを鈍らせれば良いってことです」
「お前が囮の小鳥役かー、頑張れよっ」
頭をくしゃりと撫でる。ミントは激しく嫌がった。
「よせバカっ!アッツ!どんだけ熱貯めてんだよ!」
「しっ」
ルナがビルの上を見上げる。ミントもその方向を見やると・・・。
「っ?!で、でかい・・・」
言葉をなくすほどのでかさだ。ビルの裏側からばあと現れたそれは、降りてこようとして止まった。ビルの壁を這うように降りてはバックしている。ルナが苦笑した。
「おどおどしてんじゃん」
「キッズのようですね。生まれたてなのか、或いは主を探しているのか・・・」
「んなの取っ捕まえてから判る話だ」
ルナは立ち上がり、左腕を掲げた。左の二の腕から、白く固い物質が生成された。それは鋭く3つの刃物に変わった。
「ガキんちょなら、脅して誘導だな?」
それを発射した。その謎の物体の頭上をかすると、その刃が戻ってきた。謎の物体の腕をストンと真っ二つに切った。
「きゃあああああっ!」
子供のような、女性のような声が聞こえる。
「いきなりここで腕を切るのかよ?!落ちてきたらどうするんだよっ?!」
「バケモンだあああっ!!」
一人の常客が騒ぎ出す。伝染して、次々と人達が走ってその場から逃げようとすると。
「イカナイデ、オイテカナイデっ!!!」
あの巨体がものすごいスピードでビルから降りてきた。脚がもつれてしまい、落ちてきた。
「ねえわっ!!」
ミントは飛び、ルナは全力で走り、なんとか避けた。衝撃で体を飛ばされ、壁にぶつかる。無線から音が聞こえる。
『ルナさん大丈夫?!』
「おう・・・ちょっと、てこずっちまった。だけだっ・・・!」
なんとか踏ん張り、立ち上がった。煙と人の悲鳴で全く状況がつかめない。無線にそのまま呼び掛けた。
「こっから全く確認出来ねえ!上からは?!」
ミントは頭上高く飛び、確認する。両手は完全に羽になっているため、頭にかけて話せるタイプのマイクつきヘッドセットでやり取りをする。
「だめだ・・・!煙がかなりたちこもってて、全然見えない!」
「こんの鳥目っ!」
「なんだとぉ?!」
近くの高いビルの屋上に目をやると、ルナが既に来ていた。 通信機越しに、声を聞いた。
「俺に構うな!どこに誘導すればいいのか、指示を仰げ!」
「で、でもまだあっちは・・・!」
『はーろろ~んっ!』
「は、hi0さんっ!」
『S.KILLERの人員がまだ来てないけど、しょうがないねー、指示をだすよ!』
システム室のモニターでその動きをとらえていた2名は、遠距離用の通信機を使い、現地で謎の生物と対峙している2人に指示をだした。
「そこから見渡して高い建物、一番高い建物は?」
モニターからミントが羽ばたきながら辺りを見渡している。その地点で一番高い建物は。
『と、時計塔?!あれはここの象徴じゃあ・・・!』
「いーからさっさと行け!じゃないとソコにいる住民、全員食われてお陀仏だよっ?」
『っ・・・判った!』
モニター越しから、ミントが全力疾走で時計塔に向かった。ルナはミントに対して鋼を撃った。
「気付けえっ!!」
鋼の飛ぶ方向を向き始める謎の生物。その先でミントが全力で飛んでいる。
ピイィーーーーーー!
それは、ミントの種族、ピピカ族の鳴き声のものだった。謎の生物はその鳴き声を聞き、興味がミントへと切り替わった。
「アオイトリ、アオイトリ、マッテ!」
生物は長い胴体を引きずりながら、その蒼い鳥を追いかけた。モニターからモウニングは画面をワイドに設定し、時計塔とその生物の距離をざっと調べてみた。
「ざっと、1500kmだ。音速のフェニックスでは体力ももたない。高速のシアンのスピードでも、本調子が時速560km。おおよそ3時間はかかる」
「そんだけの時間に、奴の四肢をもぐぞぉ♪」
hi0は楽しそうだ。そしてモウニングの持っている会社の電話を貸してもらい、今車で向かっているS.KILLERメンバーに通話をかけた。
[8:27 - グリーンクラッシュ都市-高速道路]
ハスキーの持っている子機が鳴る。
「あーいよ!」
『おはよう!』
「おーhi0!動き出したのかっ?!」
インサイトとIllLowの目付きが変わった。
『左手をご覧下さーい♪』
インサイトは運転しているため顔は動かせなかったが、後の3人は左側を見た。高速道路のずいぶんと高い橋から見渡している都会の風景。そこに時計塔と、謎の物体が見える。
「うおー、きんめえwwww」「思っていたものよりでかいな」
ハスキーとIllLowがリアクションをあげる。
「んで!?俺らまだ高速道路降りてる途中なんだけどっ?!」
『そこから単体でバイク移動してもらって、二人ね?バイク組は直ぐ様生物の四肢をもぎ取ってもぎ取れ。再生はするだろうけど、それの能力は使えば使うほど弱くなる!体力勝負だ、やれるか?』
それを運転しながら聴いていたインサイトが動いた。
「ハスキー、運転代わって!!」
「うお、ちょ、まっ!?」
オープンカーに切り上げ、背もたれをひょいと飛び越え、後ろの席にいくインサイト。慌ててハンドルを握るハスキー。
「はい、二人とも!指示をだすよ!」
後ろで繋いでいたトラックの梯に乗り上げる。次にIllLow、サヴィーと続いた。車の倉庫でよく見かけるシャッターの口がトラックの頭上にあった。それを開けるインサイト。
「さあー初仕事だよーサヴィー?」
「えっ、で、でも統括している責任者さんは・・・」
「このバイクで、あんたたちは先に向かって。あの生物の能力を枯渇させるくらいにイヤと言うほどシューティングしまくること。サヴィー!」
「は、はいっ!」
「あんたが射撃威嚇!IllLowは運転して、サヴィーの打ちやすいポイントに素早く移動!援護射撃は俺がここからやるね!さあ動け!」
話を聞いてくれない。
「通常の銃弾は使わない。これを使え」
IllLowから手渡されたのは、鉛色の少し重い銃弾だった。形は同じものだ。
「バイクの準備はっ!」「完了です!」
「はいサヴィー、後ろにのって!これでIllLowと自分をくくって!」
サヴィーは彼の背中の後ろに座った。お互いのベルトに、耐性の高そうな白い縄を通す。金具を止めて、ピッタリとくっつくように長さを調節した。
「慣れてるね?」「1回、使いましたから」
「よし!トラックの横扉開けるよー!?」
インサイトの掛け声とともに、トラックの側面の壁が上がった。またそとの光で明るくなる。IllLowがバイクをふかし、一気に降りていった。空中で一度止まり、そのままストンと道路に着々する。反動でひゃんと声をあげる。
「サヴィー、俺にしがみつけ!」
「えっ、ちょっ・・・!」
IllLowは大胆にも、道路から外れた。つまり、橋の高い網とコンクリートで囲まれている壁を登り、飛び降りたのだ。見えたのはビルの屋上。真っ白な地面の屋上に落ちた。そのまま走り、ビルからビルへと飛び移る。サヴィーはただならぬ振動に耐えつつ、辺りを見回した。時計塔とあの化け物から、確実に距離を縮めるバイク組。
「っ・・・あそこからが良いです!」
バイクの騒音に負けないくらいに声を張り上げ、広い三車線の道路を指差した。既に避難されているがら空きの道路だ。
「解った!」
IllLowが返事し、屋上から降りるに良い建物の屋根をスコープの右目越しから選別。彼の目からはその骨組みのみを透視することができる。だからこそ、壁の向こう側が未知なまま飛び込んでいる訳ではないのだ。着実に道路に近づいてきた。IllLowの無線が音を発する。
『援護射撃準備おっけー!かましてきな!!』
三車線の広い道路に躍り出た。時計塔に、正確に言えばミントを追いかけている謎の物体と平行に、バイクが間合いをとりつつ並んだ。かなりの距離感だが、これ以上は煙と奴の脚に巻き込まれるのだ。
「サヴィー、撃て!!」
静かに、サヴィーが構えた。発砲する。
「キエエエエエッ!?!!」
謎の物体が悲鳴をあげた。それと同時にこちらの存在に気づく。脚は撃ち落としたにもかかわらず、またすぐに生えた。
「怯むな!」
IllLowの掛け声に励まされ、また次の手にでた。サヴィーは再生するときの生物の反応を見ている。そんな余裕はない。撃って体力を削るのみ。
「イタイヨオオオ!!!」
生物の反撃が来た。背中から腕が伸びてはこちらに向いてくる。それを射撃して落とすものの。
「くっ!!」
落ちてきたものを避けて運転するIllLow。体勢がくずれ、次の手にいかなかった。
「っ!!」
だがその伸ばされた腕は、空中で弾き飛ばされた。インサイトの援護射撃だ。
『サヴィー!狙うのは脚!腕は任せてっ!!』
「外したら怒りますからっ!!」
サヴィーが脚を狙い打ち、バイクに伸びる腕をインサイトが射撃し、IllLowは距離をとりつつベストポジションを確保する。
集中力と再生力の、どちらが先に尽き果てるか。
[9:56 - グリーンクラッシュ都市-時計塔大通公園]
ミントは無我夢中でとんだ。背中から銃器の音が聞こえる。
『ミント!返事はいい、今チャムキッズの再生能力を削るバイク組が到達した!右手にS.KILLER、左手にルナと私がいる!そのまま時計塔を飛び越えてくれ!』
声の主はモウニングだ。ミントはまた鳴き声を鳴らした。そして、時計塔のはるか遠く空に向かってとんだ。すると生物は追いかけようと時計塔に登った。
「っひゃん!」
IllLowと、対向斜線の方にいたバイク組は突然ブレーキをかけ、逆方向に走った。時計塔から離れる。
「距離がとれ次第、始めてくれ!」
モウニングが無線で話しかける。ルナは後ろの席でモウニングにべったりだ。
「もう一度言おう、暑い」
冷静に叱る。
「あっ、つめたーいモウニングちゃん」
「相変わらずの悪食いだな」
モウニングが華麗にバイクから、バック宙回転をしておりた。バイクはルナを載せたままハンドル操作なしで走っていった。
『そんくらいの距離なら問題ない』
「後は頼んだ、hi0」
「言われなくてもトドメはやるさ、」
マイクのスイッチは切り、システム室にいる配属者に言った。
「時計塔にへばりついた!今だっ!!」
「はっ!時計塔のエンジンを1500に稼働率をアップ!」「電圧、上昇しています!」「正常です!」「漏電する気配なし!」
モニターに写っている謎の物体が、稲妻を体からはしらせた。苦しそうにもがいている。
「アッ、アッ、アオイトリっ・・・ミント、くんっ」
「っ?!」
謎の物体が、喋りだした。その声を空から伺っていたミントは、名前を呼ばれて思わず下を見た。時計塔の電圧によって、体を溶かされ、再生を繰り返すその生き物を見た。
『ごっ、ごめん。まだ、帰れそうにないんだ、僕の、』
『チャムさん!!』
その声を聞いて、とりわけ反応したのはhi0だった。モニターにくいついて、その姿を眺めた。時計塔の放送マイクをぶんどり、モニター越しから呼び掛けた。
『おいっ!?おい、チャムなのか?!』
放送がなる。それは今まで聞いたこともない、hi0の必死な声だった。
「ああっ、hi0さん。hi0さんだね・・・!」
『本体じゃないんだな?!どこだ!何処の輩に囚われている?!』
「だ、だめなんだよ・・・それは、言えない。敵が大きすぎる・・・」
激しい電圧のためか、だんだん再生が間に合わなくなってきている。体はだんだん縮んでいく一方だった。
『でかい組織か!国レベルか?それともどこかのバックアップがある非団体か!答えろチャム!!』
「貴方に、もう一度・・・あいたかっ」
生物の悲鳴に声は掻き消された。既に体はなくなり、蒸発して消えてしまった。唯一の手がかりさえも、つかめないまま生物の抹消は完了した。その一部始終を見終わったメンバーは、その場で立ち尽くす。
『ぼさっとしている暇はない。警察が来る前に、撤収するぞ』
無線から、モウニングが指令を送った。二人のりでそのままバイクを止めていたIllLowは、後ろに座っているサヴィーを一度見て、声をかける。
「戻るぞ」
辺りは野次と警察官、更には軍隊が集まる始末。時計塔は生物のからだの破片がへばりついている状態で、電圧も失せ湯気をたてている。辺りは不思議な匂いに包まれていた。
新人研修の後味は、良いものではなかったのだった。
[11:27 - グリーンクラッシュ都市-ハローフラワー街道]
グリーンクラッシュ都市は、環境にも気を使っている取り組みが地域ごとに行われている。中でもここ、ハローフラワー街道は、花壇と噴水公園があるイチョウの並木道が好評だ。そこの近くに、コンサートホールの建物がある。
「えーっ!もう終わっちゃったの!?」
ホールから出てきたキャビットは、通話相手にそう声をあらげた。
『なんだよそれーっ!それならちゃんと僕もついて行きたかったよー!!』
「残念だったな。今回の報酬はサヴィーしか受け取れない」
『ひーどーいー!』
「これから今回の仕事のミーティングがあるが、出席するか?半額以下だがな」
『きょーみない。僕は壊して捕まえて、そういうお仕事がしたいからパスっ』
「そうか、なら欠席だな。残りのGWを楽しんでくれ。それではまた」
通話を切った。
「欠席です」「会ってみたかったなーっ?」
ハローフラワー街道のすぐ近く、地下の打ち合わせ室でメンバーは揃っていた。先程まで電話をかけていたのはIllLow。キャビットが出席を拒否した胸を伝え、席の準備が整った。
「では、始めよう」
モウニングが言葉をだしては場を仕切った。各々が席につく。
「まずは、新人の挨拶からしようか」
「へっ?あ、はいっ・・・!」
サヴィーは突然の振りにどっきりしながらも慌てて立ち上がった。
「さっ、サヴィーです。兄の伝で志願し、初めて今日、一緒にお仕事をさせてもらいました」
「あの射撃をしたのはインサイトではなかったのか?」「そうだよ?」「なるほど、有能だな」「自慢の妹だからっ」
モウニングはインサイトにぼそぼそと話し合い、またサヴィーに向き直った。
「では、これからよろしく。今回のはたらきぶりは良くできていた」
「あ、ありがとうございます!」
「ここではあのように、仕事を一人ではなく複数でそれぞれの役割を全うするスタンスだ。勝手な行動は、経験を詰んで判断力が磨かれてから行うこと。ただし、相談は受けよう」
「はい!」
「座ってくれ」「失礼します」
紹介が終わった。ほっと安心するサヴィー。隣にいるIllLowは特になんともない顔をしている。
「それでは、チャム失踪事件の件と関係があると言う処理でいいのだな?」
「そだよー?」
向かい側の席に座っている白衣の青年は、軽快な返事をする。手元はスマホ、なにかのゲームをしているような指の動きだ。
「チャムのこどもだったけどねー。まっ、ここの国の裏っかわに、なんかありそうだね?僕の予想じゃーね」
やっとスマホをしまう白衣。サヴィーは首をかしげながら聴いていた。
「えっと、hi0。今回のチャムの騒動事件を1から話してもらえる?」
「新人には判らんよ!でもまあ、こっちがどんな依頼をしているのかくらいは教えてやるよ」
資料をサヴィーに渡す。その資料は、カルテのようなものだった。写真と、健康診断と、その他よく判らないレントゲン写真など、ありとあらゆる情報が寄せ集められている。hi0は、彼女の反応をみつつ、説明した。
「僕は普通のお医者さんじゃないんだ。正式は軍事や侵略目的に開発を進めている生物兵器運営の生業さ。そうだなー、グローアの先輩とは面識が在るらしいって聴いたけど、」
「バイオ、ロジテックス・・・?」
「ピンポーン♪そこもそうゆう目的だよ。あそこはまだオープンな会社だから、兵器の貸し出しや提供は、民間の法人さん・・・会社立ち上げてるとこの人ね?そーゆーところにも、武器と兵器を送ってんだよ」
「あの、IllLowさんも?」
「そうそうー。ちなみにモウニングは僕が採用される前にいた既存の兵器。でもまあ、S.KILLERは僕らのお得様だよ。兵器の運用方法とかワクチンの開発とか。いろいろな検証に協力的でねっ!」
インサイトが冷たい視線をおくっている。モウニングを実験体呼ばわりされたのが不快だったのだろう。hi0は変わらずに説明する。
「で、彼らはオリジナルなんだけど、本当のただのクローン兵隊とかあってね。その分野の開拓に必要な細胞を所持していた材料が、チャムなんだよ」
「細胞・・・」
サヴィーは一気にhi0という人物を危険視した。するとおどけて笑ったhi0。
「物凄い誤解してるけどねwww別にそいつを完全にカプセルに閉じ込めるとか、血とか内蔵とか根こそぎ取るなんて分野じゃないからさ!?くはっw」
自分の想像していたことを当てられて、恥ずかしくなった。真剣に話を進めた。
「チャムの細胞・・・簡単には、生物のメカニズムに、あいつのアルゴリズムを適用すると。クローンのバグがゼロに近いんだよ」
「バグ、ですか」
「クローンだから同じ動きを求められる。つまり個性は排除だ。個性はチャムの生成されるメカニズムによって、すべて消されるんだよ。僕らはプラチナ細胞って呼んでる」
「その細胞を狙われたのか、単に連れ去られたのか。それが判ってないのが今なんだ。失踪から五年だ」
モウニングが話を割った。舌打ちの声がするが、これ以上の説明は不要だと判断したためだ。
「んで。あのでっかいブツはなんなん?だいぶ不細工なビジュアルだったけどよ」
話に加わる、黒い顔立ちが良い男性。体格もガッチリしており、かつ長身だ。見ていてドキドキしてくる。
「あれはチャムの能力、チャムきっず」
「て、hi0が命名しただけのやつだよ。人を喰らい、喰らった者に成り済ます」
「そーうそーう、さっすが情報は頭のなかにインプットしてるねー、インサイトは!」
「あなた以上ではありませんよ。・・・で、だいたい体のかたちはいろいろ変えられて、複数のキッズたちが集合しているんだって」
「だからあんなにでかいんですね」
黒い男の隣にいた、ダークシアンの男がしゃべった。
「さてと。今回の消滅したキッズは、ものの数分本体と繋がった。そもそもチャムきっずは何もないところに突然表れることなんてない。僕の睨んだ通り、ここの都会のどこかに拘束されている」
「んじゃあ、俺は危ないマフィアとか暴力団とかに乗り込んで情報収集すりゃあいいんだな?」
黒い男はそう言うと、インサイトが鼻笑いした。
「確証があって乗り込まないと、労力の無駄だよー?」「出会いってのは画面だけじゃねえんだぜ?」「仕事に出会いなんて求めてるの?バッカらしー」「っせえーよ」
「情報は荒手とスマートと、両方ある方が良い。インサイトとルナは調査にあたってくれ」
「了解!」「ういっす」
モウニングがインサイトと、もう一人の黒ずくめの男・・・ルナにそう指示をする。
「後のメンバーはそれぞれ強靭するように。クオリティの研鑽は怠ることのないように」
「おう!」「判りました!」「ラジャー」
ハスキー、シアンの男、IllLowが返事をする。
「サヴィーは休日を過ごしてくれたまへ。今回は上出来だった」
「はいっ!」
「これならIllLowのバックアップをしてもらっても構わないな」
「へっ?!」
顔を赤くするサヴィー。インサイトが激しく否定した。
「だめだめだめっ!だってサヴィーは生身の一般だからっ!!ミントくんと同い年だけど、でも違うって!」
「ウソっ?!そうだったんだ?!初めましてサヴィーさん!」
シアンの男・・・ミントがわくわくしながら話に交じった。そのやり取りを見て笑うハスキーとhi0。
「それは過保護だ」「でも、IllLowと同じレベルまでいかないって・・・」「どう扱うかはIllLow次第だ。それに彼女の動きを観察して適切に指示が出来ないとでも?」
「うっ・・・それもそうだけど・・・」
心配しすぎと念を押され、渋々了解するインサイト。IllLowはなんともないすずしいかおをしている。
「なんなら、俺がレクチャーしてやってもいいんだぜ?あんなことやこんなこと・・・」
「絶っ対に嫌っ!!」「却下だ」「全力で彼女を取り返します」
インサイト、モウニング、IllLowさえも否定されたルナ。とんとん拍子の返答にミントも失笑。
「残念だったね、ルナさん」
ひややかにそう言った。
その他連絡事項、詳しい説明になるとサヴィーは退席を命じられた。機密事項と、話が長くなってしまうからだそうだ。後はカスタマーであるhi0と、S.KILLERのメンバーのみ。ルナとミントも退席をする。IllLowはサヴィーを家まで送ることになった。あの騒がしかった朝のドライブとはうって代わり、音楽がよく聞こえる帰り道となった。
「・・・ふぅ、」
溜め息をこぼした。濃密で、あっけなく終わった。夕日が照りつけてきている。疲れと心地よさで眠気はマックスだ。
「・・・サヴィー、」
「・・・は、い?」
「約束の件だが」
しばらくボーッと考え、思い出しては動揺した。
「あっ、あぁ、あの、暇をつくってって話でしたっけ?!」
「ああ、いつ頃がいいのだ?」
「・・・ご免なさい。バレーの合同練習が入ってて・・・」
「そうか。残念だな」
「・・・こ、今度の休日はっ!」
「仕事がある」
「あっ・・・」
つい焦ってしまった。今回だけしか御休がなかったら?二度とチャンスは訪れないのだろうか。
「ご、合同練習。午前で終わります」
「本当か?」
「抜け出してきます。だからっ・・・」
ドキドキが押さえられない。彼の横顔をちらと盗み見ては、すぐに視線をそらす。
私の、わがままです。
「・・・判った」
私の初恋をまだ続けさせてくださいね。
朝は快晴。部活の合同練習がとても憂鬱だったサヴィー。今日になければ一日中、彼といられただろうと思うと悔しい思いで一杯だ。
「どんまーい!次きめてこう!」
チームのミスにたいするかけ声がどことなく嫌みに聴こえてしまうのだった。
「きゅうけーい!今日暑いから水分補給してねー!」
「はーい!!」
チームの明るい声が聞こえる。それぞれ体育館の隅っこに置いている手持ちの鞄に寄り、小腹が空いたものはお握りを食べたり、お菓子をシェアしたり。
「はぁっ・・・」
今日はマコちゃんがいない。一人で体育館の壁につき、クッキーを一枚口に頬張った。
「・・・!」
メールが来ていた。彼からだ。
>>from : illlow.hyperscope@skiller.ne.jp
>>おはよう。お昼の何時から開放されるのだ。
すぐさま返事を送った。
>>savvy.grasshopper@skiller.ne.jp
>>おはようございます!
一時ほどです。ご飯は外食でもしようかなって、思っています。
ものの数分で返事が帰ってきた。
>>from : illlow.hyperscope@skiller.ne.jp
>>なら外食はこちらが手配しよう。学校の駐車場で、おち合おう。頑張って、抜かりのないように。
とても緊張のする、だが他愛のないやり取り。この関係になるまで一ヶ月かかった。早いのか遅いのかは判らないけど、今まで待ち続けたサヴィーにとっては、ただ彼と共にいたかった。
「休憩終わりー!やってくよー!」
「宜しくお願いします!」
本番の練習試合が始まった。掛け声と歓声のなか、サヴィーはスパイクを専門とする攻撃のポジションについている。裏方が良いと何度かコーチにお願いしたのだが、事実。
「なにあのスパイク?!あり得んけど!」
「怖すぎでしょ・・・?!」
威力と正確さに、サヴィーの右に出るものはいなかったのだ。名前を呼ばれたら撃ちますスタンスの、スイッチ型攻撃配員である。今日も点をがつがつ取っていきましたとさ。無我夢中で相手を叩きのめしていたら、もうお昼の時間になった。そわそわしはじめるサヴィーに、先輩が声をかけた 。
「なんか帰らないといけない用事があるの?」
「へっ!?あ、あのっ、別に・・・」
「デートかな?とうとうサヴィーちゃんにも春が訪れたんだなぁ~?」
一部の女子から冷たい視線が飛んできた。
「冗談やめてくださいよ~、人は待たせていますけどっ」
やんわりと否定した。かつ嘘ではない程度に事実を述べる。先輩がガッカリした。
「サヴィーだったら恋人出来たらすっごいとこまで行けそうなのになーっ!」
「大声でそんなこと言わないでくださーい!」
先に帰っても良いよというサインだ。荷物をまとめて、お先に失礼しますと大きく挨拶をして、体育館をでた。予定より一時間ほど早い。
「あっ」
だが、IllLowの車はあった。慌てパタパタと走って近づく。助手席のドアを開けた。
「早かったな」
どんちゃん騒ぎなBGMかと思い、それは車の内臓モニターがあのダンスバトルの映像を流していたのだ。最後のシーンに突入していた。
「あるのですかっ!」
「ああ、今回で面子入りできなかった後輩が撮影してくれたものだ」
「ちゃんと出来映えをチェックしているのですね」
「ああ、」
もう一つのムービーに切り替わった。それはサヴィーが見たものではないステージ。二人がお互いにダンスを披露しあい、ギャラリーの点によって勝敗が決まるものだった。グループ戦もあり、そこでIllLowと一緒に踊っていた彼らが写っている。去年の大会の映像みたいだ。
「大会・・・ですか」
「俺のメンツは、ここの大会の準決勝まで上り詰めたらしい。悔しくて、またあのステージでリベンジを果たしたいそうだ」
IllLowの同級生は3年生。今年で最後の学生生活だ。IllLowにとっては、最初で最後の学生生活。
「俺も、このステージまで。彼らと共にありたい」
サヴィーは聴いていて、胸がチクっと傷んだ。
「・・・IllLowさんなら、彼らもハイレベルですし。いけますよ」
仕事で、IllLowさんなら五体満足でいけるでしょうけど。でも、今年が終わっちゃったら?
「どこで食べたい?」
彼らとは、もう他人のままになっちゃうの?
「あっ、えっと・・・定食が食べられる所で」
「ここの近場でまともな定食を提供しているのはあまりないな。パスタ店がある」
「あっ、それでいきましょう!気になっていたんです!・・・ごめんなさい、奢っていただいて、」
「学生に金を払わせる気はない。仕事をしだして、体で払って貰えれば良い」
に、兄さんとおんなじこと言うんだ・・・。顔がほのかに火照った。
「・・・は、はい」
期待しちゃ、バカですよね。
パスタ店は必ずチェックしている。イタリアン料理と名のつくお店は何故かチェックしている。木材の色がベースとなっている、インテリアなレイアウトだ。店員に案内され、二人で向かい合っている席へつく。そのまま定番のパスタを頼んだ。
「・・・!」
一口食べると、険しい顔をするサヴィー。IllLowははてなと思った。
「不味かったのか?」
「へっ?!い、いいえ!美味しいです。ただ・・・」
「なんだ?」
サヴィーがおどおどしながら説明する。
「毎月、私と、兄さんと、お姉ちゃんで料理対決をするんです」
「ほう?」
「お兄さんはパスタ専門、お姉ちゃんは中華、私はインド料理をやってて・・・、それで、勝っちゃった人が料理の担当になっちゃうんですっ!」
「それがどうしたんだ?」
「兄さんに料理権は渡しちゃだめなんです!体力のもたない、すかすかメニューになっちゃうし・・・お米食べないとっ」
「なるほど。確かに、司令官は食べたパスタ料理はすぐに味を再現される」
「もしここが知られちゃったら、不利になっちゃう!私も探さないとっ・・・!」
目がマジだった。IllLowはこんな一面が彼女にあったのが意外だった。家庭に問題であったことは、司令官から聴いたことがあったのだが。
こんなに今がいきいきしているのは、奇跡だろうか。
「はーんどうしよう!晩御飯がパスタだらけになっちゃう!」
「飽きるな」
そう話していると、すぐに食べ終わってしまうIllLow。サヴィーにゆっくりで良いと伝えては、彼女の食べっぷりを見ている。
「姉さんは特に、文句はないですけど・・・時々辛すぎて食べられない位で」
「刺激物は俺も食べられない。脳の構造的にもな」
「唐辛子の辛さは、脳で感じるのでしたっけ?」
「まだ人の食べ物に慣れる訓練の途中だ。味覚もさほど成長していない」
「でしたらっ!」
勢いよく立ち上がるサヴィー。ぎょっとするIllLow。
「私が味覚改革、お手伝いしますよ!こう見えても和食得意なんですからっ・・・!って、なんでアツくなっているんだろう私っ・・・!ごめんなさいっ」
「・・・」
これは彼女の手料理を食するチャンスではないのか?逃がしてはならん!
「頼んで良いか、」
最初のデートで、買い物と自分の家に招待することとなったサヴィー。しじみのみそ汁、砂肝の唐揚げ、野菜の漬物にミニトマト。キムチは彼が体験したいとのことで、小さいパックのものを買った。なんだか夫婦のようだ。
なに考えちゃっているんだろう私っ!
でも、今日は兄さんとお姉ちゃんは恋人の家で熱々の日を過ごしているんでしょうから、私だって、IllLowさんと・・・恋人として、楽しんでもいいでしょっ?
「手伝いはしなくていいのか?」
「あっ、IllLowさんは包丁を・・・調理で使った経験は?」
「二ヶ月のサバイバル研修で、獣を裁いた」
「・・・お野菜はそんなに腕力いらないですから、普通に切ってくだされば・・・」
指示を出すとそれのように、正確に野菜や肉をきる。彼は仕事柄で、サヴィーより刃物を握っている時間が長いのだろう。思わず目とれてしまった。
「は、早いっ・・・!シェフみたいな手さばきです」
「殺し屋にシェフは向かない。刃物を施す対象が違う」
ばっさりと否定されてしまった。
「・・・味付けは私がします。その手さばきは殺人用でも、料理は美味しいって思えるように・・・工夫すればなんとかなりますから」
IllLowは、彼女の暖かい言葉に、何かあついものを感じた。
「・・・サヴィーは、不安ではないのか」
「えっ・・・?」
「俺は殺人兵器だ。それに、貴方を何時でも守れるとは限らない。私情を挟んで、不合格にすることだって出来た」
手が止まった。それは自分の手だ。サヴィーはIllLowを見る。顔はなにか心配といったような顔つきではなく、真剣であった。サヴィーも胸があつくなる。彼の言葉を聴いた。
「それでも、俺が不合格に出来なかった理由がある」
「・・・聴いても、いいですか?」
「・・・それは言えない。俺のエゴだ」
「んもうっ、気になるじゃないですかーっ」
手元に集中した。みそ汁はあと味噌を溶かして入れて、豆腐があれば完璧だ。砂肝の唐揚げも、かりっとあげてはお皿に盛り付ける。
「んーっ、美味しいっ・・・」
「?」
「揚げたてがおいしいのですよっ?」
「つまみ食いだな」
「IllLowさんもどうです?」
レモンの汁をあらかじめ絞っておいている小さなお皿に、唐揚げをちょんと二回つけて。
「はい、あー・・・」
家でやっている癖がでた。
「?!」
それを普通に食べるIllLow。
「んやっ、あっ、ご、ごごごめんなさっ・・・!」
「?何故謝る。手っ取り早いだろう?」
モゴモゴしながらしゃべるIllLow。家庭的な一面にきゅんとした。
「・・・!旨い」
「で、でしょっ?!」
気を取り直していたが。
「さっきの行為は日常茶飯事のようだな、誰にしてもらっている?」
「え?っと・・・、兄さんもお姉ちゃんも。あーんしたり、してもらったり?」
「仲がいいな」
目が鋭い。
「さ、さあ。お皿を並べましょう」
食卓に並ぶごちそう。とてもいきいきしている食べ物の姿が食欲をそそる。午前の忙しさもあり、ゆっくりと家で過ごせて良かったかもしれない。
「いただきまーすっ」
真似をするIllLow。微笑ましい。そのままご馳走をいただいた。
「!」
どれも美味しかったようだ。おかずに箸が進む。サヴィーもゆっくり味わった。
「和食で勝負しないのか?」
「和食は何しても美味しいから、あえて料理しないでお互いの得意料理を競うのです」
「そうか」
男は食べるのが早い。すぐに平らげてしまった。キムチも一度挑戦したが、思いの外美味しかったのか、箸が進む。サヴィーは焦らずにモグモグしている。
「いつも、こんな感じなのか」
「何がですか?」
「一人なのか」
箸をそっとおいた。ごちそうさまのポーズをしつつ、少し悩んでから答えた。
「・・・はい、そうです。休日は一人のほうがゆっくりできますし、干渉されないでとてもいいですけど・・・。でも、一ヶ月くらい、一人で晩御飯を用意して、食べることがあって。その時はちょっと、寂しかったです」
「そうか」
無言が続いた。彼には寂しいとか、悲しいとか。そんな概念があるのだろうか。お皿を洗い、ぼんやり考え事をしながら家事をすます。
「帰ったほうがいいか?」
「あ、えっと。IllLowさんが、帰ってなにか予定があるのなら・・・」
「泊まっても問題ないのか?」
「私は、」
スマホを確認するサヴィーの手が止まる。
「俺は男だ、」
後ろから彼の腕が、サヴィーの半身を包囲した。彼の細くともたくましい腕が、彼女の二の腕を上からがっちりかためた。
「何をするのかわからないぞ?例え司令官の妹であっても・・・」
心臓が跳び跳ねた。至近距離で耳元から囁かれた。体が熱くなり、強張って動けなくなる。
「か、からかうなんてっ!!意地悪ですねっ!」
声が震えている。動揺している。
「何をされてもいいんだな?」
「っ、やっ・・・」
彼の手がサヴィーを撫でようとした。
「っ!」
腕の中からしゃがんですり抜けた。
「た、ただでやらせるほど、安い女じゃないですからっ!!」
あっかんべと舌をだして、風呂場へ逃げた。息切れは焦ってしまっただけではない。
「し、心臓がっ・・・!」
その場で崩れた。
「・・・いとも簡単に逃げられたな」
彼が彼女を触ろうとした手には、折り畳み用の刃物が忍び込まれていた。簡単に男を上がらせるという行為がいかに危険かを知らしめたかったのだが、彼女の台詞を考えると。
「勘違いしてるな」
俺がそう易々と女に手をかけると思っているのか?心外だ。
「あっ・・・」
彼女が早く上がってきた。のぼせる体質らしい。IllLowの持っているその危険なものを見て、考えた後赤面した。勢いよく頭を下げられる。
「ご、ごめんなさい!!わ、わ私勘違いしてましてっ・・・!あ、あのっ」
「しょうがない。思春期には妄想はつきものだ」
IllLowはその刃物を閉まった。
「俺に暗示をかけたり、姿そっくりに化けていたらそれを知る術はほぼない」
「で、でも」
「サヴィーは俺より強くはないだろうが、たかが暗示をかけられている俺なら簡単に勝てるだろう」
むっ。
「俺が何か貴女に奇妙な行動をしたのなら、歯向かうように」
そう言うと、荷物をまとめだすIllLow。
「か、帰っちゃうのですか?」
「寝巻きを持ってきていない。司令官も俺と二人きりにさせるのは、気が引けるだろう」
ここで貴方と二人きりになりたいなんて。そんなの危ないですよね。
「っ!」
でも。
「?俺の言っていることが判らないのか、」
サヴィーは彼の服の袖を掴んで、じっとした。
「・・・だって、私っ」
「・・・なんだ?」
「・・・待ってた、のに」
「?」
うるうると目に涙を溜めはじめるサヴィー。ぎょっとした。咳払いをしては彼女の手をそっと離させる。
「わかった。だが俺は何処で寝れば良い?司令官の部屋は?」
「兄さんの部屋は頑丈なセキュリティがかかっています・・・」
「仕方ない、ここのソファで寝させてもらおう」
隣来ませんか?って言う勇気がないです。えびちゃんがいるし・・・。
「風呂を貸して貰うが、構わないか?」
「えっ、ええ。お使いください」
「助かる」
「あっ、タオル用意します!」
パタパタと走ってはタオルを出し、彼に手渡した。そわそわと居間室のソファで座って待っていた。バスローブに身を包まれているサヴィーが、IllLowが寝る予定のソファに座っているのだ。
「何やってるの私・・・」
完全に狙ってるようにしか見えないじゃない!!顔を覆って前のめりになる。
「・・・んん、」
一緒に寝たい。寝てみたい。何されても平気だと思う。だから、IllLowさん。・・・考えを巡らせると、体がさらに熱くなった。火照っている。体が余計疼いてしまった。
「はぁ・・・私って、いつからこんなにエッチだったんだろ・・・」「女の性だな」「かもねーっ・・・って?!?!!」
いつのまにかIllLowが隣に座っている。後ろから忍び寄って座ってきたのだろう。しかもかなり近い。仕方がない、このソファは二人がけだ。聴かれてしまった。
「なるほど、俺に色仕掛けでもしようと思っていたのか?なら泊まって欲しいと考えるのも通りがつく」
弁解できない。いや、そんなつもりではなかったのは本当だ。
「待って?!そ、そんなつもりじゃっ・・・ひゃっ」
両手を持たれて、そのままソファの上で押し倒された。彼の風呂上がりの暖かい手が伝わってくる。バスローブはふわふわしているが、薄い生地でできている。
「あっ」
彼の片手が、サヴィーの顎をくい持ち上げた。キスを促されている。
「・・・俺に初めてをとられても、平気そうな面構えだな」
耳元で自分自身の心臓が聴こえる。聞こえてはいるのだが、彼の言葉も聴こえている。
「だ、って」
「?」
「好き、なんだもんっ」
云ってしまった。少し、彼の行動が停止した。
「・・・そう、か」
彼は手をほどき、彼女の頬を持っては深くキスを交わしてきた。
「っ!」
3秒。ゆっくり唇を離した。
「・・・なら、特に焦ることもないな」
彼は彼女を起こし、だが腰に手を回しては優しく引き寄せた。
「実はな、サヴィー。俺は司令官に言われている。妹は渡さない、とな」
「・・・はあ?!」
「冗談とは思えない本気の目でそう言われた。何分俺は独裁者で、支配者だから、」
「兄さんなに?私のことでしょう?はあ??」
サヴィーが本気でキレた。始めてみるその口調の崩れように、家族なんだなと感じた。
「いいです無視してください。どーうせ兄貴のことですし?」
「そういう訳にはいかない。俺を信用してもらうために、さまざまな努力をした」
じゃあ、IllLowさんは最初から私のことを・・・?
「じゃ、じゃあ。今までの手厚いほどに私を守ってくれたのも・・・」
「そうでなければとっくに不合格にしていた。俺のエゴだ」
彼の目が私をじっと見つめている。目が離せれない。ひょいと持ち上げられ、横向きにひざに座らされた。完全に逃げる足の自由を奪われた。
「独り占めしたい、」
彼の手がまた頬に触れた。またキスを交わされた。体がほてって、更にほてる。逃げようと腕をふり解こうとしても、それは彼女の意に反する。彼の思うがままだった。
「んっ・・・んぅっ」
口を外す。サヴィーは吐息があがって、顔ももう卑しい表情になっている。IllLowは冷たい視線で、彼女を愛おしそうに見た。手が上半身を薄い生地の上からなぞりはじめる。
「だ、だめっ!」
彼の手を止めた。落ち着いた表情で、火照っている彼女をみている。
「わ、私たち・・・付き合ってもないのにっ」
「証言が必要か?なら、俺の恋人になれ」
命令形ですかっ?!
「んんっ、えっと、そ、れは。なります、けど」
「問題があるのか?」
「だって、私っ・・・」
まだ、そんなこと出来るほどの、年じゃないのにー!
「お、お預けさせて、くださいっ!」
何を言っているの、私。
暫く黙って、優しく言葉をかえされた。
「・・・判った。サヴィーがそう言うなら、俺も無理強いしない」
「あ、ありがとうございます」
「おやすみ。俺はここで寝られる」
IllLowがソファで寝転びはじめる。サヴィーは戸惑いつつ。
「し、 しないって約束してくださるのなら・・・一緒に寝ません、か?」
「!・・・良いだろう」
サヴィーの部屋は、天井が斜めになっている屋根裏。ドアから差し掛かってくる夜の明かりは、星と月。
「・・・こんな快適とは言えない場所が部屋なのか?」
「でも、兄さんたちよりかは一番広いですよ。フロアが広いと、おっきな人形とか、観葉植物とか、一杯置けますし」
確かに、ふわふわしたクッションや、観葉植物、はたまたミニデスクがある。ここでいつも正座をして勉強をしているのだろうか。サヴィーは天井の側に寄せてあるベッドに腰掛け、IllLowを見た。
「騒がしくしちゃうと、直ぐに兄さんたちに聴かれちゃいますよ。ここは」
いたずらっぽく笑う彼女。隣に腰掛け、彼女の手をとる。
「何故屋根裏なのだ」
「・・・私、隠し子なんです」
衝撃の言葉を聴いた。IllLowは耳を疑いつつ、彼女の話を静かに聴いた。
「だから、兄さんやお姉ちゃんの色と違って。お母さんは私を隠してたのですけど、すぐにシルアークさん・・・兄さんたちのお父さんにばれちゃいました」
彼女は斜め上を見ながら続けて話した。涙を流さないためだろう。
「この部屋は鍵付きで、暴行加えられないようにとか、隔離するためにとか。私が物心付いたときから、私の本当のお父さんを知らないまま・・・ここで息を殺して、生きていました」
IllLowは記憶の最中、グローア博士から彼女の家系を盗み聞きしたことがある。なんでも、シルアークの親友が、彼女の親だとか。そして元凶は、彼女たちの母親。鎌をかけて、彼らの友情を裂いた。その母親は、シルアークとその友人の仲に嫉妬した。自分で壊そうと騙し、一人の命であるサヴィーも巻き込み、司令官の家庭を危機に追いやった。
そんなことを話しても、彼女はいい気分をしないだろう。違う言葉を探した。
「貴方の本当の家族は、司令官とお姉さんだ」
「・・・でも、私は」
彼女の頭を撫で、肩に引き寄せた。
「誰かに話せるようなことでもなかったろう。ありがとう。サヴィーのことを知れて、俺は嬉しいよ」
彼女のほほから大粒の涙がポトリと落ちた。
「大丈夫。苦しくなったら、俺のもとに来い。場所は俺が作る。邪魔もさせない」
「こっ。こんなに、私。甘えてもっ」
声の震えが止まらず。
「甘えても、良かったのでひょうかっ・・・!」
ひょ?
「甘えてくれ。俺のいる意味がない・・・もう寝よう」
おでこにキスを交わした。積極的なアプローチにドキドキしっぱなしだ。布団に入り。
「えびちゃんごめんよーっ」
抱き枕えびちゃんをベッドからだした。でかい。
「まだえびちゃんか」
「最近はご当地えびちゃん、シャーペンを集めています」
ふと机のペンたてが奇妙だと思ったら、そういうことだ。全部えびちゃんの小物がぶら下がっているシャーペンだった。
「・・・!」
彼が、初めて微笑んだ気がした。
「・・・っ、御休みなさい」
背中を向けて、布団をかぶって寝た。寝返りをよくうつサヴィーのことだ、明日は朝一番、パニックになるだろう。