ここの研究室は、普通の研究室とは全く異なる。何がって、まず施設はほとんど買い寄せみたいなもの。インテリアに近いお皿の収納家具に、びん詰の臓器が置いてある。白いタイルの地面に、でも上の照明はおしゃれな室内用電灯。タンスの上が僕だけの小さな世界。
「・・・お客かな?」
深夜でもただいま実験真最中。今はバイオCPUというジャンルに手をだしていて、つまり人の最も電気信号の速い・・・脳細胞を使用した中央処理装置なるものを開発中。これが本当に速い。面白い。
「客だってよ、」
「んあぁ、代わりに出て行ってくれる~?」
「追い出していいってのか?」
「そこは、ウォッカくんの気分に任せるよっ♪」
「・・・けっ、いい話だったらどうするんだよ・・・ブツブツ、」
しぶしぶ玄関へ向かうウォッカくん★可愛いね、やっぱり手下はああでなくっちゃ♪・・・
「はぁ~難しいなぁ、」
流石の深夜耐久はキツイ。ちゃんと体内時計のリズムは整えて生活している身なんだけど、楽しくってつい延長しちゃう。ウォッカくんは野生だからいいよねー、夜行性なんだっけ?本当は。
「電気信号がアナログ信号で、ゼロイチの世界じゃないもんなあ~、脳の電気信号って・・・。強制的に、すべてのシナプスにかかる電圧を均一にしてみるかな?んでもそれってどうやればいいかな?・・・電気化学に強い知人にでも、放り投げてみるかっ・・・」
今日は乗り気しない、しゅーりょー。
「hi0っ!!逃げろっ!!!」
外から聴こえるウォッカくんの声。反応が遅かった僕は、部屋のドアを爆破されちゃった。
「っ!??!!」
あたりは煙だらけ。咳き込む自分と、ウォッカくんのビースト状態の鳴き声。威嚇している、とも言えるし、何かから逃れようともしている。煙がひいてきた。
「・・・ウォッカ!」
縄で完全包囲されているウォッカくん。首と腕と腰。せっかくウルフ姿になっているのに、これじゃあ身動きができそうにないね。ただ気になるのが、縄なんてすぐに噛みちぎっていけるのに、ウォッカくんはそれをしない。
「・・・・・・はっは~ん、なるほどね」
「hi0。8年間ここの近場にある病院に努め、問題行動を起こして医者の免許剥奪」
「その縄、動物の大っ嫌いな物質・・・ネギ!で作られてるんでしょ~・もったいないなぁ~、ネギは人間の体のもんなのにさぁっ」
僕はタンスの中に隠していたショットガンをとっさに出し、ウォッカくんを縛っている縄の取っ手部分を狙った。そう手をおじゃんにさせるんだ★
「ぐあっ!?」「貴様抵抗はするな!!」
ウォッカくん開放!そのまま敵に突っ込む。僕はもうひとつ、ハンドガンを取り出して敵に弾をぶちこんだ。
「う~ん、良い実験台が増えるね・・・っ!!?」
僕のちょうど背後にあったガラスが突然割れだした。それもそのはず。
「は、hi0っ!?!」
敵もちょっとは考えたね。二手に別れてたんだ。僕は窓からの侵入者に糸も簡単に背中を蹴られ、倒される。腕を包囲されてしまった。・・・気になるタンスの上を見る。
「・・・あ~あ、せっかくの実験が・・・」
「んのやろおおおお!!!!」
やばっ。ウォッカくんが怒ってる。怒りに情緒を奪われるとビーストから戻ることができなくなる。
「ウォッカやめろっ!!!」
「っ!・・・」
「僕は平気さ、」
全く、とでも言わんばかりの笑顔を振る舞う。
「生きてるよ」
「・・・・・・っ」
ウォッカはビースト状態をといた。そしてあぐらをかいて破片が散らばっている地面に座る。
「いいコだっ」
「・・・恐ろしい、ビーストを手懐けるとは・・・」
「彼らは知性が長けている生き物だよ?馬鹿にするなよー、彼らは友達になれ」
?何故か僕は頬をグーでぶたれた。それを見てウォッカが威嚇する。
「傷つけんじゃねえよ!!・・・俺、怒るぞ?」
敵さんも怖気づいている。今ウォッカを包囲しても無駄だってことがよく判っている。ウォッカはすでに爪を出して、いつでも敵に斬りかかれる状態にしているからね。僕はため息をついて、敵さんに尋ねる。
「で?何しに?こんな深夜に乗り込んで夜這いするなんて、礼儀がないねぇ」
「貴様に協力を仰ぎたいのだよ」
廊下側からの声。な~んか鼻にかかった声で、好きじゃない。壁の穴からでてきたのは、縦線入ってる青いスーツに身を包んだ、白い髪の青年。多分僕より年下。そいつは下品な声で上品に振る舞う。
「君はチャムという存在を知っているかね?」
「名前は?」
「おっと失礼。わたくしこういうものです・・・」
名刺を見せられる。僕はそれを口にだして呼んだ。
「"地域防衛対策提案部門:国の安全はお任せ!"・・・フェニミ・ストレイジさん、ですか」
「そうそう、僕の名前はフェニミ。宜しくhi0さん」
名刺をしまう。
「さて、本題に戻りましょう?hi0さん、貴方はたしかチャムという生き物と知り合いなのですよね?」
「はぁ、彼もいちおう知性が我々と同じくらいなので、生き物とは呼べませんねぇ」
「そうですか!では話が速い・・・」
「・・・?」
「実はですねぇ・・・ここのところ物騒な事件が、我々の地域で盛んに起きているのですよね~、知ってます?暴動を起こしている人を発見し、その人物を確保する。するとあら不思議!確保した人物が突然、黒い化け物に変わりましたじゃありませんか!」
「!」
「我々はその現象を調べていくうちに、判ったのです・・・。その黒い化け物の正体は、チャムだと・・・」
「お勉強熱心ですねぇ~、頭があがりませんよぉ」
「そして、貴方に訪ねたいことがあるのです・・・が、」
「なんだい?」
「そのチャム、と言うものには本体がいる。そうですね?」
「そうだよ?」
「それでは、その本体の居場所を教えてくれませんか・・・?」
「・・・教えたら、何をするの?」
「う~ん、そうですねぇ~・・・」
そいつは右上を見ながらもこう話した。
「その人に、チャムに作り変えてしまった奴らを聴きましょう?私たちは彼に、協力してほしいのです!」
「・・・ウッソ、作り話」
「っ!?」
「僕は医者でもあり、精神学も心理学もかじってるお勉強熱心なバカさ?右上を見て話した言葉は、嘘や作り話を考えてる時に」
頭を蹴られた。
「このっ!このっ!僕が嘘つきだなんて!なんてことを言うんだいっ!?!このっ!!」
ウォッカは威嚇をする。するとそいつの足が止まる。
「ひぃっ・・・物騒ね。・・・あぁ、そうだ!それではこうしましょう?」
口がまずい、これきっと切れた。
「そのチャムの本体が出てくるまで、地域の人たちを皆殺しにしてゆくっていうのは・・・どうでしょうか?」
「・・・ふぅん、で?」
「ぐっ(ピキッ)・・・そ、それをすることで何が起きるのか、想像しましょう?チャムに乗っ取られた友人、恋人、もしくは家族全員チャムという"チャム家族"を洗い出すこともできますし、未曾有のバイオハザードになります・・・!楽しそうですねぇ?楽しそうでしょう?」
手を出してくる男。名前は忘れたや。
「手を組みませんか?貴方と私はよく似ている」
冗談じゃない。こんなつま先まで金ピカに光ってる金づるな男とそっくりだって?気色悪いよそんなの。
「・・・いいねぇ、面白そうじゃん?」
「やった!それじゃあ僕は」
ウォッカくんの方を見る。耳がこちらにたっているのを確認した。僕は人が聴こえないほど、かなり小さな声でひそひそと言葉を漏らした。僕達の情報共有は、敵が傍でも簡単にできる。フェニミは指示を大きな声でしているけど、そんなの関係なしに僕は言葉を垂らし続ける。
「・・・っ!?」
ウォッカくんは驚いてこちらを見る。僕は笑って、そのフェニミに声をかけた。
「手を組むからには、信頼関係が大事だよね?ウォッカくんと僕は手錠で二人一緒につなげても構わないよ」
「とぉんでもなぁい!僕は君を拘束しにきたんじゃないんだからっ!乱暴な手を使って申し訳ない・・・」
釈放された。なんとまぁ相手は疑いを知らないバカで良かったよ。それじゃ、ウォッカくん。よろしくね★
「・・・まじかよ」
「そのまま走れ!よしいいぞっ・・・翔べっ!!」
ルナの掛け声とともに、俺は地面をおもいっきり蹴り、羽を大きく広げ、空気を地面へと押すように羽ばたいた。体が宙を浮く。その次に風に抵抗しないように翼を小さくたたんで上に持ち上げ、もう一度空気を下へと追いやる。体が徐々に、地面と距離をおいてきた。涼しい青い空に、体を投げ出してみた。
「・・・飛べたあああああ!!!」
自由に飛べた。左手の違和感もない。体が軽いし、羽も順調に羽化が早くなってきている。これなら助走なしで飛べる日も近い。地面でルナが手を振っている。俺は空中でスピンをして落下する。地面すれすれまで来て低空飛行。ルナを横切った。復帰まで3ヶ月かかったけど、上出来かな。ルナもすごい笑顔だ。俺も嬉しい。
「ルナっ!」
俺は勢いを殺さずにルナに飛びついた。ルナもそのまま受け止めてくれた。ルナと一緒に一回転くらいして、地面に着地。顔を見合わせた。
「・・・いけるな、あともうちょっとだぜ」
「おう!ひさびさに気持ちよく飛べた!」
「後は体力、ってとこだな。どうだ、ハスラーの方を先に登録でもしておいて、そこで体力づくりでも兼ねて金稼ぎってのは」
「あー、ハスラーって仕事自体乗り気ねぇな~、もうちょっと別のものが欲しいけど・・・我儘言ってられないよな」
「良いもんだぜ?稼ぎは狩る対象によって変わる。単純な金稼ぎじゃねえの」
「ま、そうかもな」
普通の腕に戻した。ルナはスマホを確認しつつも、顔を険しくしていた。
「依頼?」
「おう・・・珍しくもhi0からの依頼だぜ」
「げっ」
「・・・・・・うし、もう一回飛行練習してから、帰ろうぜ」
「おう!」
羽化!助走!風を感じて一つ羽ばたき!順調にリズムも覚えてきてる。楽しい。そして草原を見下ろすと、あんなに高い身長を誇るルナも、小さく見える。最高の眺め、最高の風当たり。俺はゆっくりと空の中で水泳を楽しむように、優雅に泳いでいる。
「・・・・・・っミント!!!」
ルナの声の張り上げに耳を澄ます。遠くから、大きな飛行機の音がした。俺は慌てて下降し、ルナの元へ急いだ。着地。そしてルナの裏っかわに隠れる。ルナも俺を匿うように腕の中に俺を隠した。空を見上げると、それはかなりでかい戦闘機が大空を濁すかのように進んでいった。
「・・・ありゃ東の国に向かって、爆弾を落としに行く飛行船だ」
「飛行船?東の国って・・・」
「俺たちの住んでいる国には関係ないっぽいぜ。ま、俺達の国はただ通り過ぎるだけ、だからよっ」
「・・・そっか」
でも、あんな大きな飛行船飛んでたら・・・俺達も満足に飛べないし、狙われたら一発ケーオーだろう。ちょっと気分が悪い。ルナが俺の気持ちを汲み取ったのか、くしゃって頭を撫でてくる。
「気にすんなよ、こっちに来た時は俺だって死にたくねえから、泣き泣き引っ越し考えるぜ」
「戦争なんか勘弁してほしいぜ・・・」
「全くだな」
そのまま車の方へ戻った。ルナがエンジンをかける。俺は隣に座って、ジュースに手をかける。それから一気にラッパ飲みをする。高速道路に入る。高速道路はちょっとした陸続きの部分をまたぐように、ちいさいといってもかなりでかい海を渡る。そこの海水の匂いが夏は酷いし、風が強かったら潮風ですごくべたつく。でも、それも風情があって嫌いじゃない。俺は風をいっぱいに浴びつつも、その高速道路を優雅に走っている車の中で、眠気と格闘していた。
「・・・飛べたら、里帰りする?」
「ちょっとはするかもなー。でも、用事が終わったらすぐに、ルナのところに帰ってくる」
「・・・くはっ、嬉しいぜ」
ルナの横顔が、少しずつだけど・・・柔らかく笑ってきている気がする。このまま彼の支えとして、俺は・・・。
「・・・傍に」
小さく、つぶやいた。
高速道路を使っても、あそこの草原とルナの家につくまでおよそ四時間かかる。ルナの家についた頃には、もう夕日が出ている。焼けた空も俺は好き。その宇宙にもうすぐ自分も身を投じることができるんだ。すごくワクワクする。荷物をおろしつつもルナが話しかけてくる。
「依頼の片付け行ってこにゃいけねえわ」
「hi0さん放っておくと大変なんだよね?なんとなく判る、ははっ!」
「つーことで留守番だな、ミント」
頭にキスをされた。顔が真っ赤になる。
「そ、外でやんなばかっ!!!」
「玄関前だっつのwww誰が覗くんだよ?」
「うっせえええよ!」
俺はやっぱ不意打ちが苦手。怒ってしまう態度をとるけど、ルナには一切通用していない。それが照れ隠しの動作だってもっぱらバレバレだから。ルナはバイクにまたがって・・・そう、この人は金持ちだから、車二台にバイク3台。今回は黒いバイクをお選びのようだ。
「んじゃ、多分明日くらいには帰ってるから。おやすみミント」
「おやすみ、ルナ」
でもこんなラブラブでいいのかとか思わない。あいつが表現オーバーなのは3日で知った。とにかく油断大敵。でれでれというのはこういうものだと感じる。そうこう考えを巡らせていたら、ルナはさっさとバイクのエンジンをかけて、そのまんまさっさと家を後にした。軽く手をふって見送った。さて、俺も家に帰って夕食なりなんなり準備を・・・。
「?」
黒い車がこっちに走ってきた。軍事用の、人を中で何人か載せられるトラックで、S.KILLERのマークが入っている。俺は彼らは信用できると感じているから、近づいて話しかけようとした。すると後ろの方がいきなり開いて、インサイトが登場した。
「ルナはっ!?」
「え、さっき出かけましたけど・・・?」
「依頼主の相手は・・・っ」
「は、hi0さん、ですけど・・・」
インサイトの顔が更に青くなった。俺ははてなと首をかしげて、何かあったのか聴こうとした。
「hi0さんは、今とある人に手を貸せと言われて、大人しく従っている状態なんです・・・!」
「え?それってどういう・・・?」
車から、何故かあのガードマン役をしていたウォッカが降りてきた。
「hi0は敵のところに、仲間になったふりをしている!敵の名前はフェニミ・ストレイジ・・・。なんかのお偉いどころに所属しているみたいだ、軍事関係のところだと思う」
「え!?ど、どうしてそんなところがhi0さんのもとに用が・・・って、ふり?」
「・・・説明している時間が惜しい」
モウニングの声、運転席の方からだった。窓をあけて、こちらを見ている。
「早く車に乗れ、作戦を立ててから行動が望ましい。説明は車の中でじっくりしてくれ」
「・・・お、お願いします!」
俺はタダ事じゃないことが判った。ウォッカは一番の常識人で、焦ることもあまり見られなさそうだって思ってたけど、この真剣な、いつもより濃い真剣さは・・・。
「・・・ルナ」
呟いて、身の安否を祈った。
・・・。あったまががんがんする。何かにおもいっきり殴られた感覚に近いな。そうだ、俺はih0の家に入った瞬間に、なにか後ろからの気配に気が付かなくて・・・そのまんま頭をかち割られたんだったな。気づけばきれいな椅子に縛り付けられている。俺はどうやら身柄を拘束されたようだ。その気になればぶっ壊せる。まあ誰か来るのか待ってみるか・・・。
「起きた~?」
唯一の扉が開く。
「・・・hi0、どういうことか説明しろ」
「・・・」
hi0の目が3秒、真剣に俺を見つめた。それからニッコリ笑って、俺に話しかけてきた。
「いやぁねぇ?今僕はとある人に協力依頼をもらっててねぇ?それが、チャムという生き物をどうやら軍事側の人間が見ちゃったらしくてねぇ・・・」
「!?・・・ほう?」
「経緯はこうだ。とある交通事故に恋人をひかれちゃった男は、そのトラックを運転していた男を見て掴みかかった。確か、チャムは"愛"の情形族。憎しみという心のコントロールが出来ない」
「そのために、怒りに満ちた立場乗っ取り完了のはずのチャムの姿が、現れてしまった」
「そゆこと~♪」
「その話がなんでお前の口から?」
「僕のもとに依頼が要請されちゃったのは、どうやら僕がチャムと知人であることを向こうがなんでか知っているんだよね~、不思議だろ?」
hi0は近くのタンスに座って、ペティナイフを出してはそれを眺めてキラキラ光らせている。
「てめえのことを知ってるチャム本体の心とリンクしてるチャムの子が漏らしたんじゃねえの?」
「はははっ、そうかもねー」
タンスから離れて、ナイフを仕舞い、俺に近づく。
「君が確保されちゃった理由はこうなんだ。これからそのフェニミが仕切っている区域を、完全に隔離する」
「!?」
「その隔離されちゃった場所で何が行われるかって・・・?想像もつかないお掃除が行われるのさ。機械が人を認識したら、確実に殺しちゃってくらしいんだよ?隔離方法は、そのフェニミの経営する大きな建物のところから、直径20kmずつに、建物を原点に60度感覚でバリケートを作るためのアンテナを設置する。そのアンテナも機器みたいでさぁ、勝手にガシャガシャって、でっかい三角形が地点まで転がってくんだって。そして3時間後にまた20km範囲を拡大。そのうちルナ達の住んでいるところも地域に入っちゃうだろうよ」
「!?・・・バリケートの作りは・・・!」
「ドーム状。空から逃げようたって無理だね。あのちびっ子ちゃんに飛べるか判ったものじゃないし?」
「・・・解け、」
「いやだ」
「俺に仕事を投げてきたんだろ?予想はついた。俺も人殺しに加担しろってんだろ?」
「・・・・・・」
hi0は俺を見つつも、ナイフをちらつかせた。俺ははっとした。hi0は言葉を漏らしていた。
「僕のメッセージは、こんなところだ。・・・それじゃ、がんばってね~」
「・・・・・・」
hi0は部屋から出て行った。部屋を見渡すと、丁度hi0の背後には俺を見張るための監視カメラがついていた。なるほど、hi0はそのために・・・。
「くそっ!」
俺は悔しがるふりをして、頭を下げて表情が読み取られないようにした。・・・ナイフのところにちらついて見えた文字を、頭の中にもう一度呼び起こした。
『依頼:君に、中側からの実況をしてほしい。僕はここからお出かけをするふりをして、バリケードが作られる前に外にでる。君の首に下げているものは、僕の携帯のカメラと盗聴機能にリンクさせておいた。ここから脱出して最初に連絡をとってくれ、指示はそれから★』
わざわざ暗号にしてた。懐かしい合図だったな。アイツが3秒空白を置くことを、俺達はたしか「信頼の迫」っつってた。アイツがピンチの時に使う手口。お互いが銃口を向けた時にアイツがなにもしないでそのまま固まってたら、あいつはこちら側の味方、さらっさら寝返ったつもりはねえって話。んで、ナイフを持ってたり、何か記述用ノートを持ってたり・・・私物を持ってたらそれに注意して見るのもあいつ独自の密告方法。とにかく対立しやすい仕事柄っつーことで、hi0は敵にしたくねえ奴らにこの方法を伝えている。もちろん、あいつと3年以上縁が切れなかったかつ、酒場で盛り上がれる仲間のみの約束事。だからハスキーは知ってて、モウニングとインサイトは知らねえな。
「・・・」
抜け出す方法は、まずアイツがバリケートのはられる前に脱出するのを確認してからだ。でもどうやって確認するんだ?
「君がhi0君に依頼された人かね・・・?」
またドアが開いた。今度は金持ち臭え衣服に身をまとった、気持ち悪い礼儀作法を身につけたっぽい男が入ってきた。食えねえな。
「わたくしが、ここの場所を経営する」
そいつが指を鳴らすと。壁が動いた。そこから四角に区切ってある窓ガラスがでてきて、高層ビルのような眺めのいい景色を拝むことができる。壁全部が窓ガラス。そしてここは多分、スカイツリーで言うあのボコってしている部分に近い作りになっているみたいだ。おそらく地面もガラスだろう。
「・・・へぇ、いい景色じゃん?」
「これから、チャム虐殺計画によって・・・阿鼻叫喚の世界になるのでしょうがね」
「ほう、あいつもその遊びに参加したってのかよ?」
「そうです!彼は私とよく似ている」
冗談じゃねえ、hi0がテメエみたいな気色の悪い性質だったら俺近寄らねえよ。
「計画遂行のためになら、どんな手段を使ってでも遂行する・・・素敵です!ふっふっふ~」
自分を褒めたくて言ってるだけだなコイツ。
「この計画に貴方も乗ってくれたんでしょう?それとも、まだお悩みですか?」
「おいフェニミ」
またドアが開く。hi0が探してたように呆れた顔でみてくる。フェニミは呼び捨てでもいいのか、普通に応答した。
「はい、なんでしょうか?」
「僕これから外行くんだけど、バリケードの外に出るかもしれないから」
「・・・住民に密告なんてことは」
「しないね、僕の研究所に用があるだけだよ。どうせバリケードの拡大するタイミングの、5分程度は解除されているんだろう?」
「!」
なんとまあ良い情報を会話の中にそろりと入れてくれるなぁ、hi0。お前ずるいぜ。ただ、それだと20kmを5分で超えなければ、拡大されたバリケード内に閉じこもるしか無いってことになるな。
「拡大は空はしないんだったね?排他的空域に差し障りのない程度に」
「そうですよ。まあバリケードが拡大されたタイミングに入ってきちゃった場合は、チャムに気をつけてくださいね。おそらくうろちょろしているはずでしょうから」
「・・・おっけー、」
hi0は俺と目を合わせた。あいつの目が珍しくも本気だった。本気と書いてマジ。
「そんじゃ、そういうことで~★」
目は笑ってなかったけど、おどけて笑ってそう言った。それからこの部屋を出て行った。
「それじゃ、明日の午前8時に・・・決行しましょう」
フェニミが不敵に笑って言う。
俺は明日のために、さっさと居眠りを決めた。
「・・・・・・肝の座っている奴・・・囚われの身って判ってないのでしょうね」