「おおーい、行くぞぉミントぉ」
「待ってて待てってよ!」
ドタバタしつつも、クーラーボックス、それと弁当、サンドイッチも詰めて車の後ろに投げ込む。ルナの車は天井がないやつだ。風もそれなりにきつくて、涼しそうな車。冬には向かないだろうな。そのためかもう一つ普通に天井がある速そうな車がある。
「二台もあんのかよ・・・」
「車も俺の人生の一部っ」
「そうかよ」
俺はドアを閉めて、シートベルトをしようとする。が、ルナにその手を止められる。
「やめとけ、逃げられる様にシートベルトはするな」
「お前の運転信用できねぇけど?」
「なんだ?俺が急ブレーキをかけた時に、頭を前にぶつける間抜けか?」
むかっ。
「しねえよばかっ!!」
「よしきた」
ルナの口車にのせられ、俺はシートベルトを付けなかった。そしてルナは俺の足元を見ては指差した。
「そこの取っ手部分、ひねってみろ」
「・・・これか?」
車の前の席下、扉のところに見たことがない取っ手部分がある。それをひねると、そこから銃の取っ手部分が露出される。俺は息を飲んだ。
「遊びに行くとけど、俺の身分はそういうとこだ。覚えとけよ?」
「・・・お、おう」
今日は俺の羽化、飛行練習のための遠出なのに、ちょっと気分が沈んだ。仕方がないのだろうけど、じゃあなんでこんな車を選ぶんだろう?
「あっちの車には乗らないのかよ?」
「走りながらお前を飛ばしたいってのがある!」
「げぇ、俺多分そんなに飛行できねぇと思うけど?」
「いいのいいの!俺の野望だ、気にすんなw」
それを俺は叶えろってことかよ、たく。ルナが車にエンジンをかける。気合十分、今日は俺の体調もいいし、天気も良い。これは最高の飛行日和だ。ピクニックもかねて、一緒に高原のところで昼飯も食えるんだ。すごく楽しみだ。
「・・・」
ただ、隣の人の気分はそうでもないっぽいな。ずっとピリピリしつつも運転している。とくにまだ人混みと車の多い、この都会な場所の中では、全てが死角なんだろう。耳を研ぎ澄まして、でも騒音もひどいし、匂いもひどい。・・・なんでこんなところに住んでいるのだろう?金のためにしては、居心地がひどすぎる。
「ルナは、ここから遠くに住むって考えたことないのか?」
「基本的にねぇな。俺はここが好きだ」
「そうには見えねえぜ?いっつも外に行くときは、怖い顔ばっかしてるし」
俺がちょっと笑いながらそう言うと、ルナはため息をついた。
「俺が殺人鬼だからな。大半が俺の首を掻っ切ることを夢見て、俺を追いかけているんだぜ?そんな街に俺は住んでいる。最高じゃねぇかよ」
「は?」
「俺はそんな正義感だか復讐だか使命感に満ちた馬鹿正直な奴らを、」
ルナが笑った。
「返り討ちにして、絶望に染め上げるのが大好きなんだ。悪党ってのは皆そうだぜ?楽しいじゃん?俺すきだよこの街」
「・・・腐ってる、性格」
「俺たちの業界じゃあ、それが褒め言葉ってもんよ。全うに生きてたら、足元掬われるぜ?」
「・・・かも、な」
俺たちの一族は、人を信じすぎたからああなったのかもしれねえもんな。やべぇ、気分かなり落ち込んだ。飛べるのかな俺。むしろ飛ばないでそのまま、ひっそりと生きていた方がいいのか。ルナを見てそう思えてきた。注目を浴びてしまうから、こんなに警戒して外をでなくちゃいけないんだろうし・・・。
「・・・・・・ただよ、」
「?」
「俺は腐った世界を知りすぎちまったんだ。そんな俺から見てお前は・・・、眩しくて、手の届かない場所からやってきたんだなってふうに見えちまう」
「・・・」
「返してやるよ、せめて汚れを知らないうちに。お前の元の世界へ」
「・・・あんた、腐ってないよ?」
「!」
「ルナがたとえ人殺しが好きで、この街に潜んででも生きたいと思ってても・・・俺の目からみたルナは、それだけじゃねぇ気がするしな・・・」
「・・・お前に若干、浄化されてるかもな」
「ぶっはやめろよ!お前らしくもねえ!!」
まじで大受けした。ルナがそんな言葉を知っていることがむしろおかしかった。ルナが苦笑した。
「うっせぇよ、ほらガンガン飛ばすぜ!」
高速道路に乗り上げた。ルナの車の本当のスピードに近づく。すごく涼しい。かつ颯爽と風をかけぬている感じがとても気持ち良い。そう、羽ばたくってこんな感じ!
「涼しい!やべぇ車うっせぇ!」
「どっちなんだよwwww」
「どっちもー!!」
「おお、そうかい」
ルナって、本当はお父さんになれるんじゃないのかな。
「うっし、そろそろだぜぇ?」
高速道路を降りると、そこは一直線にしか道路がない、平坦な場所に辿り着いた。辺り一面草原地帯。俺はこんなところに、こんな気持ちのいい場所が存在していたことに感動した。
「うわぁっ!すっげぇー!広い!!」
「ここでなら、飛べるぜ?」
「まじで?!」
「このままのスピードで走るからよ、飛んでみ?!」
「・・・おっけ!」
俺は席を立ち上がり、それから腕を大きく空へ伸ばした。みるみる羽化してゆく俺の手。羽化に若干時間がかかった。
「時間は長くても30分、飛んできな!」
「おう!」
風を感じて、腕を動かす。羽が風を切る。俺は車から飛び、大空へ身を投げた。俺の影がだんだん大きくなり、ルナの車をすっぽり影に収めてゆくくらいまで、天へと登っていった。日差しが暑い、けど雲がひとつもない。快晴だ。真夏だ。きもちいい!
「・・・」
このまま遠くへ消えたらルナは、怒るかな・・・?
「・・・?」
ミントを追うように車を走らせていたが、ミントの影の動きが若干おかしかった。左右の翼の影の大きさが、一致していない気がする。空をもう一度見てみる。
「・・・!っミント・・・!」
ミントの羽ばたき方が、若干おぼつかない。左腕がうまく動かせていないみたいだ。俺はミントの影に重なるように、車のスピードを調節し、ゆっくりと下降してくるミントに合わせた。ミントは着地する体制に入り、難なく俺の車の助手席におさまった。息を荒らげている。車を道路から逸らして、一旦停止した。
「大丈夫か、ミント・・・?」
「・・・はは、はははっ俺さ」
ミントの両手が震えていた。
「左腕、おかしいみたいだ。なんか、引っかかるような感じがして、うまく羽ばたけそうにない・・・」
「・・・まあ、回復の途中経過だし、十分飛んでたんじゃね?30分は羽ばたいていたからよ」
「・・・でも、俺」
「まああせんなって。面倒はみてやるからよ。ほれ、水分とっとけ」
俺はミントにペットボトルを渡した。オレンジジュースだ。
「・・・ガキ扱いしやがって」
「あ?美味しくなかったのかよ」
「・・・いや、好きだけどさ」
若干照れつつもペットボトルを開封して、飲み始めるミント。俺はパラソルを車の後ろの席と前の席にある隔たり付近にくくりつけ、クーラーボックスに眠っているジュースを取り出した。流石に酒はダメだ。運転するんだからな。
「まあ気にすんなよ。一週間に一回のペースで、羽化の練習くらいしてればいいじゃねぇの?感覚鈍ってるだけだって」
「そういうもんかなぁ、違和感が拭えないんだけど・・・」
「俺も鋼の使用禁止からの二ヶ月後にゃあ、こたえたぜ?やり方忘れたんだよなぁ」
「鋼族もなんかコツとかあるんだ?」
「ったりめーよ。鋼化を若い時は訓練したもんだぜ?鋼化しやすいガキのころに制御の仕方がわかんねぇと、全身鋼化しちまうんだよな」
「へぇ~」
「しかも全身鋼化すると心臓は停止、そのまま死んじまうからな」
「え”っ!?」
「だぜ?俺もそうなりかけちまったしなぁ。危なかったぜあの時は・・・」
「大変なんだな・・・悪党も」
「!」
俺はそのミントの言葉の響きに、癒やされた。悪党が大変だって、そりゃ大変かもしれねえけどよ。悪党を・・・ねぎらうか?笑わせてくれるぜ。
「まなっ・・・ちょうどいい昼時の時間だ、ほれ」
クーラーボックスから、冷やしておいたおにぎりとサンドイッチ、デザートも取り出した。
「ちゃんと食って、さっさと復帰しろよ」
俺は自然に笑って、そう話しかけた。
「・・・サンキュな」
「・・・?」
ミントは若干、寂しそうに答えた。気がした。俺の復帰という言葉の意味は、まあいわゆるお別れに近いもんだからな。それを思って寂しくなったのか?もしかしてなw
「寂しいってか?」
「はっ!?!・・・・ば、ッバアアアアカ!誰がそんなこと思うかってんだよ!!」
「くっははははははははっ!」
「笑うんじゃねぇえええ!!!」
ああ、もったいないなぁ。本当に飛んで消えちまうんだなぁ、俺の手元から。・・・情が移っちまってるな。俺の我儘で止めるわけにはいかねえよ、若いんだし、未来があるんだし、家族を探さないといけないんだし。・・・俺のことなんか構ってられないだろうぜ、本来に戻れば。
「寂しくねえけど、もし・・・」
「?」
「俺が戻ってきたら、ルナは俺を売る?」
「・・・多分、売らねえな。ピピカ族の価値なんざ俺にとっちゃどうでもいいし、稼ぎにもなんねぇな」
「・・・そっか、そりゃ良かっ」
「ただな、」
俺はミントの顔を見ずに、空を眺めつつもこう呟いた。
「俺の場所にいることの危険さは、お前自身がもう体感しているはずだぜ?戻ってきても、俺はお前を受け入れねえからな。・・・ちゃんと、お前の生きるべき道を探せ」
「!・・・わあったよ・・・」
「・・・うし、飯食ったか?もうひとっ飛びするか?」
「しねえけど、もっかい車走らせてくれないか?風に羽を、慣れさせたいんだ」
「・・・おーけい、」
俺はさっき走った道と逆方向に、また車を同じスピードで走らせていった。ミントの腕が羽化され、微妙に羽ばたいて風を切る。なるほど、リハビリみたいなもんか。車はこっちのほうを選んで正解だったな。本当はこんなクソ暑いのに、窓天井ついてる車でエアコンをガンガンかけていたかったけどよ。それじゃあお前の助走の手伝いも出来ねえしな。
「くあー!涼しいー!」
「・・・」
俺が空へ返すって決めたんだ。きちんと最後まで、面倒みてやるからよ。
だから、マジで・・・俺のこと、これ以上親しくすんじゃねぇよ。
「・・・」
ルナの、バカ。