「暗いな、足元に気をつけろ」
ハスキーの声。そして地下に入ってゆく一同。吐く息は白く、ただ寒いだけの場所であった。
「大丈夫か、インサイト・・・。上で待っててくれても良かったのだぞ?」
「あの社長のこと、僕は許していませんから」
インサイトがモウニングに肩を貸してもらいつつ、地下へと一緒に降りていった。
「モウニングにあんなことをしたんです。・・・人として、間違っている」
「そうか・・・」
モウニングはそれ以上言わなかった。
「・・・行き止まりです」
ハスキーの実習生が、一人声を上げて答えた。
「さて、どうやって入れるんだ?」
「・・・私は、ここに来たのは初めてだ」
「モウニングも?」
「ここに来ている人は、社長とそれに近しい親族くらいなのだろう。それほど、ここは極秘の領域だ」
モウニングでも、教えてもらえないことがあったんだ・・・。インサイトがそう心の中で思っていながらも、冷や汗をかいているモウニングを見た。
「ただ・・・ここは、あまり私も受け付けない」
「ありました!ここに鍵穴があります」
「なんだなんだ?」
「僕に任せて」
インサイトは、自分の装備していた小さなバックの中から、鍵を開ける為の道具を出してきた。
「これで、開けれるよ」
「頼む」
モウニングはインサイトを支える。インサイトはその鍵を開けるための、ごちゃごちゃした棒状のものを鍵穴に何本か入れ、両手で動かし始めた。
「・・・よしきたっ!」
「はっや!」
ハスキーがすかさず突っ込む。インサイトはそのアイテムをさっさとしまい、扉を開ける。
「っ・・・!?これは・・・!!」
「・・・っ」
無数のコードが、天井にも、壁にもびっしりとはっている。それらはただ、奥の部屋に向かって伸びていた。インサイトは見ていてさほど自分の部屋と変わりないと思っているのだが、量があきらかに多い。
「これ、なんだろう・・・?」
「・・・っ!」
モウニングが、頭を抑えている。痛そうに。
「どうしたの?モウニング・・・」
「・・・いや、何でもない」
「さって、進むぜ・・・」
ハスキーの軍隊が、進んで前に来ては前進する。ライト付きのガトリングを壁に向けて、無数のコードをまじまじと見つめていた。
「すごい量・・・一体向こうにどんな機械が繋がれてるんだろう・・・?」
「分かれ道だ」
一人の実習生が呟いた。ハスキーがそっちに行っては、懐中電灯をお互いの道に当ててみる。
「う~ん、どっちだろうなぁ・・・」
「左だ・・・」
「えっ?」
モウニングが、道をぼそりと呟いた。頭を抑えつつも。ハスキーは言われたとおり左の道を選択する。インサイトは少しずつ、彼が気になり始めた。
「どうしたの?モウニング、戻ろうか・・・?」
「いや、まだだ。まだいける」
「本当に?」
「ああ、心配するな」
だが、モウニングの額は、冷や汗をかいている。もしかしたら、この先にモウニングの知りたくないものが、あるのかもしれない。それで、体が拒否反応を起こしているのだとしたら・・・。
「ねぇ、戻ろう?モウニング」
「そうにはいかない、あの社長の悪あがきを止めなければならない・・・!」
「それは、僕とハスキーでも出来ることだから・・・」
「私が行ってはならない理由でもあるのか?」
「・・・だって・・・頭を痛そうに抑えているから・・・」
「何話してんだ?」
ハスキーが足を止めた。実習生は一部の人たちだけ、先に進んでいった。
「モウニングが、この道を進もうとすればするほど、頭を抑えて、痛がっているんだ」
「どうした?なんかあったのか?」
「僕の考えるところ、体が拒否反応を起こしていると思う」
「拒否?」
「例だけど、学校とかでいじめに合っている子とかは、原因不明の、病気の症状を持つようになる。それは脳が自身を守るために、身体を病気の状態に追い込んで、学校に行かないようにするための正当防衛なんだって」
「ってことはあれか?モウニングが近寄りたくないモンが、向こうにあるってことになるな」
「そういうこと。ねぇ、引き返そう?モウニング・・・」
「・・・私が、そんな身体の拒否反応を起こしているという証拠がない限り、私は止まらない」
「そんな――――――」
「うわぁああああ!!!」
向こう側から、実習生の叫び声が聴こえた。
「っ!?!」
モウニングが、先に走った。インサイトを置き去りにして。
「あっ、モウニング・・・!!」
「ちっ、勝手に走りやがって!!インサイト、お前はここで待ってろ!俺が必ず連れ戻す・・・!」
「えっ、ハスキーもっ!?!待ってよ――――――!」
ハスキーは、残った実習生と一緒に、モウニングを追いかけた。しかし、モウニングの足は非常に速い。ハスキーは、モウニングが暗闇に溶けてしまう前に、追いつくので精一杯だった。
「・・・どうしたっ!?!」
コードだらけの廊下を抜けた。そして部屋を見た。
「っ・・・!?!?!」
グローアが、コードだらけになっている部屋の天井付近で、とあるボタンを持っている。
「さて、モウニング・・・。君を今から、」
グローアが、ボタンを押した。
「解放しよう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っぁ」
モウニングが、目をうつろにしながらも頭を抱えた。それからよろめき、声をあげる。
「―――――っ!?!?!」
ハスキーと、実習生は耳を抑えた。よく耳をすますと、どこからか音楽が流れている気がする。しかしその曲は曲というよりかは、ただたんに音が乱雑に羅列したような印象を受け、まとまりもなにもない。
「なんなんだこれっ!?モウニング!!」
モウニングの手が、一人の実習生の首を握った。
「ひ」
声を上げるまもなく、その実習生の首を握りつぶした。ハスキーはそれを見て、怒りに染まっていった。
「モウニング、やめろぉ!!!」
「うわぁっ!!」
もう一人の実習生も、潰された。
「てめぇええええ!!!」
ハスキーが怒りに燃えた。ご自慢のあの大きなカマを取り出し、モウニングに掴みかかった。モウニングはそれに気づき、宙返りして飛び退く。しかし、今までの動きとは違い、野生のような動き方をしている。構えも既に、手を地面に付けている。グローアが笑い出した。
「ははははっ!そうこの今流れている雑音!この音はモウニングの脳の深層心理にある、残虐な心を呼び戻す電波なのだよ!これでもうモウニングは本物の殺人兵器なのさ!ひゃーっはははははははは!!」
「この電波を止めりゃ良いって、ことだな・・・!?」
ハスキーは目の前にある機械を、カマで思いっきり殴った。しかし、びくともしない。
「この機械は頑丈な鉄合金で覆われている!君のような腕力のある持ち主でも、壊されることはないのさ!はっはははは!」
「てめぇっ・・・!消しやがれ!!」
ハスキーがそう言っている間に、モウニングが飛びかかってきた。ハスキーはそれを大きなカマの平たい部分で受け止めた。
「よそ見をしていると、君の首も潰れるよぉ?ふーっふふふふふふ!」
「も、モウニング!てめぇこんなことで直ぐに壊れちまう存在だったのかよ!!モウニング!!」
モウニングは返事をせず、ただ爬虫類のような威嚇の声を上げていた。野生の攻撃本脳が、そのまま投影されているようだ。
「ふふふっふはははっ!」
ハスキーがカマを振り上げる。モウニングはそれを宙返りしてよける。それから壁に張り付いて、また飛びかかってきた。スピードが速い。ハスキーにカマでガードをする余裕を与えなかった。ハスキーはとっさに自分の腕をだした。
「っ・・・!!」
モウニングがその腕に噛み付いた。骨の軋む音が聴こえる。ハスキーは痛みよりも、悲しみがこみ上げてきた。
「モウニング・・・っ!!てめぇええええ!!」
「ハスキーさん!」
実習生が銃を構える。ハスキーが叫んだ。
「止めろっ・・・!俺が・・・モウ二ングに・・・殺されるまで・・・!!」
「ハスキーさん・・・」
「撃つのは・・・モウニングが死ぬところは見たくねえっ!!!」
「でも、それじゃ・・・!」
「俺は・・・それでも・・・っ!!」
ハスキーの腕から、骨の軋む音、そして血がぼたぼた落ちていく。ハスキーの腕も限界である。モウニングは狂犬のように、ただ腕を噛みちぎらんと牙を立てていた。
ハスキーは意を決して、腕の力を抜いた。
約束したんだ、殺されるまで信じきってやると。
「・・・モウニング・・・っ?」
「・・・っ?」
モウ二ングの力が、一気に抜けていった。そしてモウニングの口から、ハスキーの腕が解放される。
「何・・・これ・・・っ」
その声の主は、インサイトだった。
モウニングが動きを停めて、その声の主の・・・インサイトの方を見て停止した。
「どうしたんだい!?モウニング!」
上からグローアの声がする。グローアは手元にある小型機器のモニターを見て、愕然とした。
「・・・あの小僧の声に、モウニングの脳が反応しているだとっ・・・!?そんな馬鹿なっ!!」
グローアが、あの変な音楽の音量を上げていった。
「っ・・・ああぁぁっっっ!!!!!!」
モウニングが頭を抑えて、その場でよろめき始める。ハスキーがそのあいだだけでも捉えてしまおうと動いた。が、モウニングはまた跳躍した。
「くそっ!!インサイトっ!」
「えっ!?」
「もう一回、お前の声であいつを呼んでやれ!!」
「えっ・・・も、モウニング!」
モウニングが、インサイトの方を向いた。それから、近づいてきた。
「っ・・・どうしたの?どうしてこんなことをするの・・・!?」
インサイトが、自分の気持ちで話し始めた。
「モウニングっ!私の声を聞きなさい!!」
グローアがモウニングの名前を呼びながらも、音楽をまた上げてゆく。
「うるさいっ!!」
インサイトがその大きな機械に向かって、手榴弾を投げつけた。
「何っ!?!」
グローアがその場所から間一髪で離れた。しかし爆風には巻き込まれた。
「ぐあっ!!」
グローアの手元から、あの音楽を制御する機器が離れてしまった。インサイトがそれを手にとった。そして音楽の停止ボタンを押した。
「ふっ無駄だよ!一度逆撫でされた神経は、もう二度と回復されやしない!モウニングはもう殺人兵器のまんまだよ!!」
グローアの言っていたことは、正しかった。
インサイトに近づきながらも、手には鋭い爪を抱えている。まるで殺しにかかろうとしているようだった。
「・・・モウニング・・・約束したのに・・・」
「・・・・・・」
「モウニング・・・っモウニング!」
「・・・・・・」
「・・・っ!!」
インサイトが、銃をモウニングに向けた。
「彼方がその気なら、僕だって簡単に殺されやしないよ!」
ハスキーは実習生に助けられ、なんとか腕の止血は出来た。が、もうカマを振り上げる気力はない。しかし、ハスキーはその銃を見て、背筋が凍る。
インサイトは、その銃の安全ロックを外していない。
撃つ気はない、威嚇だけで使っているだけということだ。
「インサイト・・・戦えっ!お前死ぬぞ!」
「ふふふふふふっ!」
グローアが不気味に笑い出した。インサイトは涙を流しつつも、モウニングに撃とうとしない。モウニングがとうとうインサイトに近い距離まで詰め寄った。
「・・・モウニング・・・モウニング・・・」
インサイトは目をつむって、自身の首が飛ぶのを待っている。絶望であった。
「モウニングの・・・ばかっ――――――」
そう呟いた。
誰かが、頬に触れた。
「っ・・・っ!?!」
モウニングが、頬に触れてきたのだ。爪も元のままになっている。インサイトはびっくりして、銃を下ろしてしまう。モウニングが話しだした。
「どうして泣いているのだ?何があったのだ?」
「っ・・・!?モウニング――――――っ!!」
つい飛びついたインサイト。ハスキーも安堵によって肩の力を抜いた。実習生も構えていた銃を降ろしては、ほっとため息をついているようだ。納得できないグローアは、叫びだした。
「ふざけるんじゃない!モウニング!貴様は私が育て上げた、唯一の制御機能を失った殺人鬼なのだよ・・・!!モウニング!!」
モウニングが、インサイトの銃を手に持ち、安全ロックを外した。それからグローアに、まっすぐ向けた。
「そうだ、私は殺人兵器。今までの記憶を捨て、改良を重ねられ、もはや強靭と言われし力を、彼方から授かった。そして私は判断能力をも、ここで経験した。だから言おう」
モウニングがハチマキを取り、その右半分が歪んだ学者に向かって、言った。
「もう彼方にお世話になる必要はない。私は、私の意志で動く―――――!」
発泡した。
「・・・っ!!」
グローアはそこで、足から力が抜けたように倒れた。が、頭から血は出ていない。
「・・・気絶?」
「この人はそういう臆病者なのだ。このまま警察に引き渡せば良い」
モウニングはそう言って、グローアを担いだ。ハスキーは実習生に肩を貸してもらいつつも、地下の仲を歩いてゆく。
「・・・モウニング。その人のこと、憎い?」
インサイトはそう聴いてみる。モウ二ングは、首をかしげた。
「思い入れはない。おそらく、私の記憶を単にデータ化されたものしか私に沈殿していない。よってこの男に関する記憶も、まるでスクリーンに映されているような感覚だ。体験していたとは思えない・・・」
「・・・そう、なんだ」
そういう感覚、僕にも欲しいな。インサイトはそうぼやいていた。
お互いに過去を知らないでいることが、最良なのかもしれない。
「・・・っ!?」
モウニングは目覚めた。朝である。
顔からは汗が吹き出てきており、目は世界の輪郭を伺うのがやっとである。ここは現実か、それとも夢の続きか。
「おはよう、モウニング・・・」
「・・・・・・い、インサイト」
ここは、と聴こうとするモウニング。だが周りを見ればここがどこなのかは容易に観測出来た。
「・・・薬、効いてきている?」
ここは、S.KILLERの会社内で唯一寝泊りが出来る設備の整っている部屋だった。観葉植物は、インサイトの提案で置いてある。モウ二ングの両腕には、身動きをするには十分に長すぎる、鎖の手錠でつながれていた。
「・・・き、今日も、おぞましい夢を見た」
モウニングはインサイトの持ってきてくれた朝食をいただく。モウニングは目隠しに、進んでハチマキをした。インサイトが濡れたタオルで、頬を撫でてくれる。
「人を、切ってゆく夢だった。・・・それも数が多すぎる。私がどれだけ殺しても、絶えず流れてくる人だかり・・・」
「・・・いいよ?話さなくっても」
「だが、治療するためにヒントになる項目事項だとジョイが・・・」
「あの人が言ってることなんて、鵜呑みに当てにしちゃだめだって。モウニングが嫌だって思うことはきちんと嫌って、言わなくちゃ・・・。だって、もう彼方はモルモットじゃない、患者でしょ?」
インサイトが手錠に繋がれている手を握ってくる。その目は涙を溜めているのが見てとれる。
だが、モウ二ングは既に目を閉じてしまった。
「・・・戻ってきてから、そうそう皆に迷惑ばかりで、申し訳ない・・・」
「・・・そんなこと、言わないで・・・っ――――――」
ここに毎日来ている僕は、少なくとも迷惑だなんて思っていない!インサイトは近くにある椅子を持ってきては、モウ二ングの傍に座る。それから朝食を、モウニングが寝ている患者用ベッドに、附属している机に置いた。
「食べれるかな、御飯」
「二人分あるのだが?」
「僕も急いでたから、食べる時間なくて。あ、モウニングのせいじゃないからね!」
インサイトは早速朝食を食べ始める。モウニングはそれを見ている。
「食べられない?」
「いや・・・そうではない、のだが・・・」
モウニングの心の中のイメージでは、想像したくもない風景しか描けれなかった。目を封じていなかったら、恐らく私はインサイトを・・・。
「・・・何かあったの?もしかして、嫌いな食べ物ある?」
「考え事をしていて・・・」
「・・・ごめん、もうちょっと量を少なくしようか?」
「いや、構わない。いただきます」
食べ物を口に含む。味覚が美味しいと伝えてくれた。気分が楽になる。
「・・・美味しい」
「良かったっ」
モウニングがS.KILLERに戻ってきてから、一週間近く経った。彼が後遺症に悩んでいる。発狂モードになってしまったあの日を堺に、仕事では人が変わるようになり、夢では殺人のシュミレーションばかりをみるらしい。それで急遽モウニングをジョイが監査するとともに、インサイトはモウニングの身体状況を管理することとなった。一週間、夢は解消されていない。手錠はモウ二ングがしないと落ち着かないと、彼自身が進んでしている。ハチマキも。目が見えなくても仕事に支障はないため、得に問題はなかった。
ただ、インサイトの心の中では。
また彼との距離があいてしまったと、悲しくなった。
「・・・インサイト、聴いてくれ」
「何?」
「私がもし、行動で仲間を殺すようなことがあったなら、」
「っ!?」
「私を殺してくれて構わない――――」
「・・・・・・そ、そんなに今、辛いの?どうしてそんなこと言ってくるの・・・??」
インサイトは、涙を流すしかなかった。ここ最近、ずっと泣いてばかりである。
「モウニング、そんなこと言わないでって、何度もお願いしてるのに・・・――――どうして判ってくれないの?」
「私が、自分で管理出来ていない部分があるからだ」
「そうなの?」
実際は、そうには見えない。仕事では発狂している時も冷静にハスキーやインサイトを識別し、敵をきちんと見定めて戦っている。チームワークにおいても、問題のある行動はむしろ、前回一緒に組んでいた時より全く見られない。
「私が、私の意志で動いているのか、それとも私たらしめる者が私を制御しているのか・・・?」
「・・・自己不一致、なのかな?」
「不一致・・・?」
「ざっくり説明すると、本当の自分と、他人のための自分を使い分けていること。モウニングにとって、もしかして仕事は、他人のための自分であって、自分ではないのかな・・・――――――?」
「・・・かなり真相に近い発想だ。ありがとう」
モウニングが、やっと悩みが一つ解消されたかのような気持ちになった。インサイトはそれを雰囲気でうけとり、ほっとする。
「よかった!・・・それじゃ、試しに聴くけどね、モウ二ング」
「・・・・・・何だ?」
「僕の目の前にいるモウニングは、本当の自分?それとも、僕のための自分でいるのかな?」
「それはない」
即答された。嬉しい。
「こんなにインサイトにお世話になっている私が、今更お前に何を取り繕うのだろうか」
「通用しないよ?僕の前ではねっ」
「・・・ありがとう、インサイト」
「ど、どういたしまして!今日は仕事に参加できそう?」
「昨日より気分は良い。参加しよう」
「判った!それじゃ、そうジョイさんに伝えておくね!」
インサイトが、モウニングが食べてくれた御飯の皿を片付けて、部屋を出ていった。
「・・・っ・・・」
インサイトは精神的にきつかった。
「・・・良かった・・・良かったぁ・・・っぅ」
涙が止まらない。インサイトは、こうしてモウニングに接触を任されているのだが、新しく入ってきた実習生は、まだモウニングのことを良くは思っていない。ジョイは彼に精神安定剤の薬を投与しているのだが、不可解な生き物のためか効力はさほどでてこない。それに最近苛立っているのが目に見えている。ハスキーも、実習生の子を殺されてしまった恨みは晴れていない。
モウニングの実質的な見方が、僕しかいない。それが悲しかった。
そして、そんな組織にモウニングが独りで頑張っているのを知っている。
だから、そのモウニングの言っていた、「私たらしめる者」にしか頼ることができないのも、知っている。本当の彼自身がここで仕事をしていたら、きっと辛い。彼ももう感情の動きを読み取れるのだから。
「今日の仕事は・・・――――――」
会議室のドアの向こうで、声が聴こえる。インサイトはそれを素通りする。参加しなくてはならない身であったが、皿も洗いきれていないし、自分ぬきで勝手に行われているのも腹ただしいためだった。
「・・・ちっ」
インサイトは台所でお皿を洗っている。そこにハスキーが来た。
「今日の仕事の件だけどよ、」
「?」
「インサイト、お前は援護しなくても大丈夫だってよ」
「・・・そうですか、それくらい一言連絡よこしてほしかったですね」
「・・・おぅ、すまねぇな。いきなりジョイが言い出したからよ」
「・・・ハスキー、聴いてもいいですか?」
「あ?」
「モウニングのこと、今嫌いですか?」
「・・・どうして聴くんだよ、んなこと」
ハスキーが近づいてくる。それは殺気だっていた。インサイトが危険を感じて、ハスキーの方を向く。目は完全に怒っていた。
「大事なお友達が殺される痛みなんって、オメェにはわかんねぇだろうがよ・・・!!」
「・・・お友達?そんなのとっくの昔に亡くしましたよ?」
「あ?」
「彼方がそうやって、実習生に対して感情を持っていることは知っています。僕もそんな時期がありました。後輩に対して熱をいれていた時代が」
「・・・」
「跡形もなく、居場所が消えてしまったのは今も忘れていませんよ」
「・・・・・・そういや、俺らはなんも語ってねぇよな、自分たちの過去のことを、全く・・・」
「教える価値もないんじゃないですか?僕の背負っているモノを今知ったって、分け合うなんて無理な話なんですから」
「・・・・・・だったらお前が友達をなくした痛みなんざよ」
インサイトの怒りに火がついた。
「知らねぇよ・・・???」
「・・・・・・口をすべらせた僕が馬鹿でしたね、彼方なんかに教える価値もないのに―――!」
「てめぇ・・・っ!!!」
「喧嘩はやめろ!」
ジョイが止めに入った。
「すまない、インサイト。モウ二ングのことを任せっきりにしてしまって・・・」
「彼方だけが背負う問題ではありません、チームとしての課題ですよ」
ハスキーがまだ怒りをあらわにしている。それをジョイが肌で感じ取った。
「ハスキー、いい加減に大人になれ」
「・・・てめぇもモウ二ングの見方かよ」
「いや、インサイトの意見に沿っているだけだ。チームなのだからな」
ジョイが大人になっている。やはりメンバーが増えたことにより、統率することの重みを直に感じているのだろう。よって一人のワガママを、例え片思いの人でも優先することはなくなったのか。
「少なくとも、私はモウニングのあの状況さえ改善されれば、ここの組織はもっと強くなれる」
「てめぇはいつからそんな統率者になりやがったんだよ!!」
ハスキーが隣にあった壁に、拳をぶち込んだ。破損する。それを冷静に見つめるジョイ。インサイトは流石に怖がった。銃に手を忍ばせてしまった。
「お前はもう管理職か?じゃあ俺たちはただの手足か?そういうことか?あぁ??」
ジョイがとても冷静に答えた。
「じゃあ降りろ」
そんな回答を予期しなかったハスキーは、驚きを隠しきれていなかった。しばらく黙っては、何も言い返さずその場を離れた。インサイトはホッとため息を着いた。
「・・・これで、よかった・・・っ!」
インサイトは、目を疑った。
ジョイが泣いている。口を抑えて、こらえていた。
「これが、統率者としての、正しい態度・・・だろう?インサイト――――――っ!」
ジョイも、立場に縛られている存在であった。ハスキーに、やっぱりあんなこと言いたくはなかったのだ。
「・・・大人になりましたね、ジョイさん。モウニングのことも、訳がわからなくて辛いのは僕も一緒です」
ジョイはただ、顔を縦に振った。インサイトはジョイの手を持つ。
「僕も頑張ります、頼ってください。今中立な意識が確立できているのは、僕と彼方だけです」
「・・・そうだな、あのハスキーの発言を聞く限りは・・・」
涙を拭くジョイ。凛とした表情に変わった。
「どうやらモウニングのことを、許していないかもしれないな・・・。だが、立場がそうなっただけだろうな・・・」
「ハスキーさんが殺されていたら、今度は貴方が・・・ですか?」
「・・・そうだな、ハスキーが殺されていたら、私が今のハスキーの気持ちに、乗り替わっていたのかもしれない」
ジョイが少しずつ、自分を冷静に分析できるようになってきている。インサイトは考えた。
「すみません、モウニングを俺の家に泊まらせても良いですか?」
「!?!それは危険だ!彼はまだ自分が制御できているのか判断が曖昧な状態だ・・・!」
「それでも構いません。僕、モウニングの状態管理者なので、きちんと把握したいのです」
インサイトがそう意気込んだ。ジョイが渋々承諾したのだった。