あれから試験日は残り2日となる。本日がその2日目となった。サヴィーは小型機を所持しており、それに付属している画面を見ながら、狭い路地をひたすら縫うように進んでいく。辺りはもう薄暗い。夕日が隠れようとしていた。
「あった、」
彼女が手にしたものは、縦が一センチ程度、横に長いバーコードの紙だった。それを子機の細い口に入れると、バーコードが読み込まれるようになっている。表示されたのは地図。そこに現在地と、もう一つ赤い点が表示されている。
「んもー、またぁ?」
これは機器の操作能力のテスト。今サヴィーが使っているものは、旧式の暗号読み込み機らしい。仲間が発行したバーコードを読み込み、目的地あるいは情報を貰う方法だ。紙をその場で置き去りにしてしまい、紛失してしまう恐れのあるやり方であったため、もう使われていない。が、このバーコードは規定内の長さ以上のものを読み取れる利点がある。何故かこれを利用した目的地の捜索が、今回のテストであった。
「もー、これで5回目・・・。一体何を考えて、」
狭い路地に座り込み、示されている地図の点を眺めてみた。ボーっと眺めつつも、今回のテストのアドバイスの言葉を思い出す。
「地点に向かうのは大事だが、これはテストだ。形を見つけるんだ・・・って言われても・・・」
既に歩きの連続で疲労困憊。地図を眺めてはぼんやりし続けた。
「・・・。ん?」
サヴィーはあることを予感し、今まで手繰ってきた地点を同時に表示した。
「あーっ!」
なんと、最初に回った地点を繋ぎ会わせれば、三角形となった。今いる4番目の地点は、その三角形の1、2点を繋ぐ一辺を綺麗に二等分した位置だ。そしてこれから向かう5番目の地点は、1、3点を繋ぐ一辺の真ん中。ここでその目的地に素直に向かうか、それとも最後の地点となりえそうな2、3点の真ん中に向かおうか悩みだす。
「し、試験だもの。地点に行かなくちゃ」
素直に従うサヴィーは、ヘトヘトな脚を動かしては地点のところまで歩いていった。今回の向かうところは人も多い、店も集中している大通りだった。さっきまで狭い道ばかり歩いていたサヴィーにとって、少し買い物気分になれて嬉しそうだ。が、脚は言うことを聴いてくれそうにない。
「嬉しそうだな、」
声を聴き、子機の画面から目をそらした。目の前を視る。
「いっ、IllLowさん!」
今度の目的地には、なんと試験を組んだ本人もいた。黒い、馬力のありそうな車の頭に腰を預け、既に学生の服ではなくなっている。コートも黒い。サヴィーはまるでデートの初会わせのようなこの流れに顔を真っ赤にしつつ、IllLowに近づいた。
「い、IllLowさんは運転出来るのですか?」
「ああ、兵器としての能力に操縦士の資格は全般取り扱わねばならない」
「飛行機も、乗れるのですか?」
「もちろんだ」
彼は手元に取っておいたバーコードを手渡した。有難うございますと言い、受け取って読み取った。
「・・・ええーっ?!」
なんと予想は外れ、歩いて一時間はかかりそうな地点が次の目的地となっている。三角形と全く関係のない地点。むしろ場外だった。
「だっ、騙されかけました・・・」
「いや、サヴィーが予想してくれた場所にもバーコードは置いてある。ただ、それの目的地もここを指すようになっているがな」
「なんでそんな引っかけみたいなことをするのですかーっ!」
IllLowはスマホを片手でタップしつつも、話しかける。
「勝手な想像、判断をされる人かどうか、というテストだって兼ねている。今回の件で、貴方が素直な人柄であることを検証できた」
「うぐっ・・・」
検証、という独特の響きに言葉を失う。彼にとって、これはただ仕事をこなしているという風にも見える・・・いや、十中八九そうなのだろう。サヴィーは少し気落ちした。ガックリと肩を落とすと、IllLowが気がついて声をかける。
「どうした、行くぞ」
「えっ、行くってどこにですか?」
「最後の目的地だ」
「えっ!」
IllLowは颯爽と運転席のドアを開け、サヴィーを見ては止まる。
「昨日から明日までのこの課題を難なく済ませられた。明日の課題を別に用意しよう」
「うっ」
「最後の目的地は俺が送ることになっている。乗れ」
助手席、に目がいく。何故なら助手席に置いていた荷物を、IllLowはわざわざ座席へ避けたのだ。サヴィーは緊張しつつ、隣の席へ座った。
「お、お願いしますっ」
なよなよと声を絞り出して頼んだ。IllLowも隣に乗り、席やミラーの調節をしている。
「声が小さいな」
「宜しくお願いしますっ!!」
「よし、」
車のキーがかけられ、エンジンが鳴る。同時に音楽のトラックを忙しげに回した。
「・・・!ジャズフュージョン!」
サヴィーがつい口走る。IllLowが驚いて彼女を見た。
「詳しいのか?」
「あ、ええ。たまにのんびりしたいときに、聴いています」
「奇遇だな、俺はこの類いの曲を気に入っている」
「そ、そうなんですかっ」
ワクワクした。彼との意外な接点があり、とても喜んでいる。車が動き出した。お店の駐車場から抜けるため、指示をだして一時停止する。
「あの、目的地って、どんなところですか?」
「何、とって食いやしない」
「そ?!そんな心配なんてしてませーん!!」
つい声を張り上げてしまった。IllLowは平然と運転中。
「そうか、なら黙秘しよう」
「えーっ!」
一度大きな声が出ると止まらない。が、直ぐに萎んだ。キーホルダーのえびちゃんをかまっては、黙って助手席に座る。辺りはもう暗い。車や外灯の光が映える。腕時計を見ると、もう10時を越えている。少し不安に絡まれるが、目的地の場所はお店の並ぶ、懐かしの飲食店通りだ。
まさか、このままディナーに誘われちゃったりして・・・なんて甘いかなーっ。と心のなかでつい片思いに対する期待が膨らむ。大きな道から外れる角を曲がると、一気に通行量が減る。そのまま走ると、お店の専用駐車場へ車を動かす。サヴィーの期待は膨れあがる一方である。エンジンが止まる。財布だけを取りだし、車から降りて看板を見た。
「ここって・・・ここ?!」
それはサヴィーもよく知っている、いや通い慣れた寿司屋さんだった。
「司令官のご指名により、ここで仮試験完了のお祝いを開催することにした」
「司令官って・・・」
が、期待は簡単に弾けとんだ。
「お疲れサヴィー!」
寿司屋の玄関をがらがらと開け、紺色ののれんを潜れば。
「お兄ちゃん・・・、はぁーっ」
ため息を我慢できずに吐き出すサヴィー。お兄ちゃん、と呼ばれた腰に物騒な拳銃をぶら下げている小柄な男性は応答する。
「なに、そのがっかりしたーみたいなリアクションは?」
「がっかりですよーぅ・・・」
力なく答えた。その隣にだれかが座っている。IllLowも店に入り、そのサヴィーの兄と、隣にいる片目の大男に声をかけた。
「仮試験、ただいま終了しました。詳細は後程、報告書にて提示致します」
「はーい!」
「相変わらずかってぇなIllLowはっ!」
大男のほうが半笑いで煽る。IllLowはいたって冷静で、対応も変わらない。
「ハスキー隊長も仕事あがりでしょうか?」
ハスキーと呼ばれた大男は、はにかんでおうよ、と応える。そう言いつつも、サヴィーを席に案内する。兄は寿司の用意をしているおじさんに、人数が揃ったと報告し、メニューの準備を言いつつもサヴィーを席へと誘導した。インサイトは寿司屋の店主に人数が揃ったと告げ、それを受けさっそく寿司のネタを握り始める。他のお客はいない。どうやら貸し切りでここを利用しているようだ。
「とうとうお宅の嬢ちゃんも出世かー、インサイトはん!」
店の店主は棒人間ではない。半獣の姿をした、九尾の狐である。しっぽは仕事中は隠しているのがほとんどで、ただの狐に思われているのがほとんどだ。その店主が、サヴィーの兄、インサイトに声をかけた。
「うちの妹もうほんと、物覚えが早いんだから!」
「ほぉーそうかいな~、ええことっすわ」
寿司を握り、質素で高品質漂う木材のお椀にネタを座らせる。盛る、でもなく、置く、でもなく、ネタを座らせる。行儀の良い顔立ちで寿司が列を乱さずに並べられていった。一人分のおさらに、それぞれの違うネタで7つ。ちゃわんむしもついてお得な2800円。これはお買い得である。どこのお寿司よりも安くておいしい。重宝したいがために、インサイトやサヴィーはよく利用し、もはや投資している感覚で訪れている。
「ほい!ハスキーはんの頼んどった日本酒!これじゃろ?」
「うっほおー気が利くぅー!!あざーっす!」
サヴィーはインサイトとIllLowの間に挟まれ、ネタを前に少し気落ちした。二人きりを望んでいる自分がいたことにも不覚だった。IllLowは寿司を見ては困っている顔をしていた。はっと思った。
「い、IllLowさん。初めてですか?」
「そうだ。今回の仮試験打ち上げに寿司を選んだのは俺だ」
少し顔をそらし、呟いた。
「サヴィーと一緒に、食べに行きたかった」
「・・・えっ!」
言葉を失うサヴィー。顔は寿司のネタにのってあるトロ同等の赤みを帯びているだろう。熱くて飲めないはずのお茶に手をだした。
「どうやって食べるんだ?」
「え、えっと!手でつまんで食べる人もいれば、お箸で食べる人もいます。お寿司をひっくりかえして持ち、お口に運んでネタの味を感じる食べ方がおいしく頂けますっ」
あたふたと説明し、箸をさっそく持つ。IllLowがこちらをじっと見つめている。食べ方の模倣をどうやらしてほしいらしい。どきどきしつつも、何時も通り、箸でお寿司のしゃりとネタを斜めからつまみあげる。ネタに醤油をつけ、一口でほうばった。
「ん~っ!おいしーい!」
「おいしい?」
「そういやIllLowは美味しそうなもん食ってなさそーだもんな~」
ハスキーが手でつまみ、醤油をつけないで食べる。
「ええ、食べ物の中には、添加物というものがあります。それが体に良くないと聴きました」
「んなもん気にしてたらなんも食えねーぞぉー??」
「蓄積される毒素はなるべく避けろというご指導ですから。先生の」
(先生?)
「あんなやぶ医者の言うことなんか聴かなくても生きてけるでしょー?」
インサイトも話にのる。サヴィーが首をかしげていたら、インサイトが話しかけた。
「あ、兵器の生産、維持管理をしているグローアって人。あんたは一回、顔をあわせてると思うけど、もう忘れてるかな?」
「あの、IllLowさんと初めて会った時の・・・?」
「それ!はーあの時ほんと心配してたんだよ?ちゃんと帰って来てくれるのかなーって」
「その話。耳にタコです・・・」
「その子が仮試験の?」
ハスキーがビックリして声をかける。どう見ても戦えるような覇気も感じられないのは当然だろう。服もまだ学生服だ。おどおどしつつも頭を下げる。
「さ、サヴィーです」
「おう、俺はハスキー!潜入と大型機器の専門だ」
「潜入ってかんじの体格に見えないでしょこいつー!」
インサイトの手には酒だ。少々大きめの声でハスキーを指差しそう罵った。ハスキーは物怖じせずに自分を誇らしげに親指で指し、明るく応答する。
「俺の真似は誰にも出来ねぇぜー?!」
「ど、どのように潜入するのですか?」
「敵陣の衣服を盗んでの侵入だ」
「ふぇっ?!」
IllLowの言葉に肝を冷やした。IllLowはお茶だ。きっとこの後この酔っぱらいの兄上とハスキーさんを運ぶんだろうなー・・・と気の毒に思うサヴィー。
「本当はもう一人呼びたかったんだけどね、仕事の大詰めで来れないんだって」
少しがっかりするインサイト。誰のことかは聴かないでおこうとそっとすることにした。
(どうせ兄さんの、恋人かなにかでしょ・・・)
これじゃあ私も、兄さんと同じ感じになっちゃうのかな・・・。
サヴィーの予想は当たった。でろんでろんに酔ったハスキーとほろ酔いから抜け出せないインサイトを座席に、車を運転するIllLow。その助手席であくびをする。睡眠効果バッチリのジャズがほどよい音量で流れている。IllLowが横目で顔を伺った。
「眠いか?」
「あ、ごめんなさい。あんなにいっぱい歩いたの、久し振りで・・・」
「良い運動になったろ」
「はいっ」
会話が続かない。辺りの車はもう帰宅時間帯を過ぎているためか、かなり空いていた。
「あ、お寿司、どうでしたか?」
「美味しかった。また行きたい」
「よかったー!生のお魚が苦手な人もいますので、少し心配しました」
「わさびの風味で、そんなものは気にならなかった」
「わさび良いですよねっ。辛いのはあまり得意じゃないですけど、お寿司にはあったほうがおいしいです」
「・・・そうだな、」
彼をちらと見たときに、無言で二皿目に突入していたのだからとても美味しかったのだろう。そんな彼の姿を見て幸せだった。
また会えた。約束も覚えてくれていた。
こんなに嬉しかったこと、今まであったのかな?
IllLowさんは、今、嬉しいですか?
「・・・?どうした、サヴィー」
「ううんっ、なんでもないですよ!」
横顔を見つめていた自分が恥ずかしい。前を向いて、帰りを過ごした。赤い外灯と、静かな音楽。今日の日は、サヴィーにとって大きな前進となるだろう。
「ほら起きて!時間だよ?」
まだ日がでていない時間帯。サヴィーは抱き枕えびちゃんを抱きしめ、一向に起きようとしなかった。
「んんーっ、なにー、兄さん・・・」
「ったく、今日が最終試験だったろー?場所は知ってるの?」
「・・・っは、しらないっ!」
ガバッと起き上がり、時間を見る。もうすぐで5時だ。インサイトがスマホの画面を見せる。
「本社のところで、最終試験だってさ。送るから、さっさと支度なさい!制服でいいよー」
兄さんはもう仕事場の服に変わっていた。一体何時に起きたのだろう。サヴィーは休日だと油断していた自分を恥ずかしく思う。兄さんがいるにも関わらずにパジャマを脱ぐ。
「ちょっ?!女の子!!着替えるなら追い出しなさい!!」
あたふたと部屋を出るインサイト。妹から男と認識されていないことがよく判る。
「別に兄さん、平気でしょ・・・」
小言を言いつつも着替えた。しかし、最終試験の内容を一切聴いていない。どんな内容なのだろうか。いきなり本場のような撃ち合いをするのだろうか。悩みつつも等身大鏡を前に、身だしなみを整える。ドアのノックが聞こえる。
「着替えたー?」
「はーい、」
部屋を出て居間室に行き、軽い朝ごはんをもぐもく食べる。緊張が込み上げてくる。高校受験以上のプレッシャーだ。急にご飯が食べられなくなった。インサイトが顔を覗きこむ。
「大丈夫だって、易々と合格できないのは当然だから」
「それ、慰めにもなっていません」
「だから悩んでもしょーがなし、ぶつかってきなさい!今更悩んでもしょうがないってことだよ。今までの総合評価なんだから。調子良かったでしょう?」
パンを口に挟みながらそうもほもほ言われる。サヴィーは余計がっかりした。
「もうちょっとまともな応援が欲しかったなー・・・」
「まともでしょ」
どうにか朝ごはんを押し込め、紅茶を飲んでほぅっと一息つく。
「今までの成績含めてなんだから、気にしたって遅いよー?」
玄関で立ち止まるサヴィー。インサイトは車の準備に入った。その兄の様子をみつつ、しぶしぶと助手席に座る。運転席にインサイトが座る。音楽はかかっておらず、情報やワイヤードのニュースラジオが流れ出す。
「またこれですか・・・?」
「最先端を往くものはいつもどこでも、情報はアンテナは張らないとね」
旧式の、しかも拾える周波数を大幅に拡大した改良ラジオを弄る。明らかに機密情報らしき会話が聞こえる。
「ノーガードすぎだな・・・」
その音声を別のデバイスに有線で録音。出勤時間でさえも仕事をこなす。こんな兄の姿は格好いいとは思うけど、そこまでなりたいとは思えない。ノイローゼにならないのが不思議である。
「よくやりますね、そんな危ないこと」
「好きなことなんだし、しかもこんな得意分野の極みをさせてもらえるんだから、楽しくてしょうがない。天職だよ、ハッカーは」
兄の大好きでやりたい仕事は、クラッキング、不正アクセス、ウィルスソフトの開発。ロボットの構築もたまにする。そして極度の銃マニア。スナイパーの腕は殺し屋の中でも噂されるほどの凄腕。天職なのは判る。
許されないことをまともな仕事として、かつ飯が食えるのだから。
「・・・」
私は、どう生きれたんだろう。他の道なんて考えたことなかったけど。
「さぁー、ついたよ」
「尾行テストは30分でバレちゃったし、銃撃戦もまったく刃が立たなかったです・・・」
「・・・・・・壊滅的だね」
「はぁーえびちゃ~ん・・・っ」
「その子でも握ってて落ち着きなさい」
サヴィーはご当地えびちゃんのキーホルダーを握っては神に祈るのだった。車がまだ多くない早朝の道路。その中で全く車が通ることのない・・・いわゆる廃墟に近い地域へと走る。
「すごく物騒な場所だから、一人でこっちに来ないでよ」
「行きたくないですよ・・・」
「上出来」
が、その廃墟をすぎると普通のビルが立ち並ぶ景色に戻る。片道1時間半。
「ついたよ、あれ」
フラットな建物を見る。縦に大きくないが、広い土地をまんべんなく使って建てられている。看板も何も設けていない、目立たないこの建物が本拠点らしい。外観はおしゃれな洋風の家。が、よく周りを見ると電柱にあやしげな機器が取り付けられており、それはインサイトが所持している防衛電波をひたすら流す機器と似ていた。その本社の隣に、もう一つ外観が似ている2階建ての建物もある。
「電話、どうやって通しているんですか?」
「基本本社にかけてくるものだけ。か、各々の所持している電話帳の電話番号は、あの機器に登録しておくことで、繋いでる」
「通りで、S.KILLERをサイトで見かけてもメールしか手段がないわけですね」
「本社の隣りにあるあの建物あるでしょ?あそこでメールとか電話とか、外との情報のやり取りはあっちでやってるよ。メールは僕のパソコンには飛ぶようになってるけど、添付ファイルやサービスメールのレイアウト機能やフォントや・・・そういうの全部けずりとった本文のみを、本社の方へ送信しているという、ね」
「メモ帳になるんですか?」
「いや、コマンド」
「うえっ」
「覚えてもらうよ~、個人特定された仕事も扱ようになるくらい成長されたら、メールでやりとりしなくちゃいけないからねー」
「嫌ですーっ」
「嫌言わない!」
「ハスキーさん、使えているんですか?」
「全く?だからほとんどのメンツは2階建ての方か、本社の地下室かに固まってるよ」
駐車場にたどり着く。広い。そしてまだ車はこれで2台目が止まっている。
「さて降りてー」
「・・・こんなに早く来て、IllLowさんいるんですか?」
「いるいる。IllLowとモウニングは泊りだから」
「えっ!?」
「あ、昨日の話。ちゃんと家はあるからいちおう!」
「・・・」
本社の自動ドアをくぐると、頑丈な扉が見える。よこには黒いモニタと番号を入力するためのデバイスが横にある。それをインサイトがボタンを押し(音が鳴らない)手のひらを置くと・・・。
『受信中・・・インサイトさんですか?』
「はい」
機械音がどことなく聴こえる。女性の声だ。
『脈拍、呼吸、心音ともに正常ですね。おはようございます』
「おはようございます!」
その会話が終わると、扉が開いた。
『お隣さんは?』
監視カメラが生きているように、サヴィーにスポットをあてる。流石に怖くなって、インサイトの背中に隠れた。
「妹!美人でしょー?」
『とっても!』
「だ、だれかもういるんですか?これを操って・・・」
サヴィーはおどおどしつつも兄に問いかける。おどけながら応える。
「これね、超監視型セキュリティーソフトウェア:シグレットちゃん!」
インサイトがすごく嬉しそうに答えた。
「大手のアンチソフトウェア開発者と、凄腕のハッカー五人の知恵を集結して作られたソフトウェア!ハッカー達の狙うあらゆるセキュリティーホールを洗い出し、そして大手のデータベースに則った狙われやすさ、流行りのウイルスや情報流出の手口を考慮して作られ、建物の監視システムと人工知能ソフトのIoT化に成功したソフト!もちろん、その凄腕ハッカーに俺がいるんだけどね~!ふふふっ」
インサイトの自慢話は長い。サヴィーは聴くんじゃなかったとため息をつく。
『女の子ですか!嬉しいです!私も性別は女性とプログラミングされていますっ』
「これから最終試験だよ~」
『はうぅ・・・楽しみです!どうか頑張って受かってくださいね!』
「あ、ありがとうございます」
ソフトウェアなのだから、姿はない。それも当然だが、監視カメラやそこらへんの周辺機器が彼女?の体の一部だと考えると、触るのを戸惑う。
「ほかのメンバーは、あそこのパスワードを知らないんだよ。手形認証と合言葉で通るようにしているんだ」
「兄さんが一番に来ないと、本社は入れないのですね」
「そういうこと。外からは出られるけど、中には入れないようにしているよ」
そして本社のかなり後ろ側にある大きな部屋・・・サーバシステム室にそのまま案内された。
「シグレットちゃんげんき~?」
『はいっ!システムの稼働率は未だ98%です!システムルームのパソコンに、ウイルスソフトの更新通知が届いております!更新しますか?』
「よろしく!」
『はいっ!』
驚愕した。等身大鏡と同じサイズのディスプレイに、女性が写っている。しかも服装はナース服。髪型はツインテールの緑で・・・まるでどこかの猿を捕まえるゲームのコンピュータ内にいる女の子そっくりだ。電子音ヴォイスの女性モデルとは違う。
「に、兄さん・・・」
これは流石にドン引きしたのだった。インサイトは普通にデスクに座り、コンピュータの電源を入れる。
「この子のおかげでここのシステム全部を見てくれるんだよー!?システムルームっていうのは、この本社にあるパソコン室みたいなところ。そこに寄る機会なんて滅多にないけど、更新はちゃんとしないと狙われたら終わりなんだから。そういう抜けや通知、ウイルスの検知とか全部この子がしてくれているんだから!」
『インサイトさんの手足となって、働いちゃいますよ~っ!』
「く~こういう後輩が欲しかったんだよなあー!!」
サヴィーはもう何も言うまいと心に誓った。インサイトがコーヒーを渡してくる。ブラックだ。飲めないのを知っているから、シュガースティックとミルクを渡して来た。
「隣に座りなよ。まだ本社事態動いてないからさ」
複数あるモニターが光り、部屋の電気もつく。音楽もかかり始める。クラシックピアノだ。インテリアや観葉植物も置いてあり、お洒落にもちゃんと気を使っているみたいだ。
「なるべく殺風景な部屋だけは避けたいねー、警戒時期になると、ずっとここにいなくちゃいけないから」
「警戒?」
「どこかの別業者の情報が盗まれたとか、攻撃されたとか」
「ふーん・・・」
玄関のモニタと、地下室のモニタと・・・。さまざまなカメラがいろいろな角度で部屋を映し出している。ぼうっと眺めていると、地下室の大きな部屋・・・グラウンドのような場所の扉から、誰かが出てきた。IllLowだ。
「またあいつあんな場所に寝てたのか・・・」
インサイトがそう小言をつく。サヴィーはその姿にくいついて眺めていた。
『監視システム』
IllLowの声がこちらに届く。おそらくシグレットのことだろう
「はい!」
『司令官と、・・・サヴィーはいるのか?』
「あーっ!名前呼びだなんて羨ましいっ!」
『いるのかと聴いている』
サヴィーは顔を赤くした。インサイトは笑う。
「はーい、すでにインサイトさんとサヴィーさんは監視システムの中心部においでです・・・」
『そうか、サヴィーに繋げろ』
IllLowが黒い携帯電話を持っている。おそらく本社が支給されている社内電話だ。インサイトが胸ポケットから携帯電話をだし、サヴィーに渡した。
「はい、これに繋げてあげて。ほらサヴィー持って!」
「インサイトさんの子機から繋げましたー!」
『・・・こちらIllLowだ、応答せよ』
「は、はいっ!」
おどおどしたサヴィーに思わずシグレットも笑う。どうやら感情もプログラミングされているようだが、インサイトがしたのならインサイトと同じようにリアクションをするはずだ。そのためか、二人の笑い出すタイミングはシンクロしているのだ。サヴィーは二人のインサイトに笑われたようで少し気落ちする。
「部屋でます!」
「出ても監視は廊下にもあるからねー?」
インサイトのその言葉を無視し、廊下で応答した。
『どうした、喧嘩か』
「なんでもないです!・・・お、おはようございます!」
『おはよう。調子はどうだ?』
「朝が早すぎて、少し眠たいです」
『問題ない。今回の試験は特に体を使ったテストをしない』
「はい!あ、内容は・・・?」
『それはまだ言わない。待ち合わせ室を使わせてもらおう。持ち物は何もいらない』
「え、あ、はいっ」
相手からぶつっと着られる。サヴィーは落ち着かない様子である。インサイトが廊下へでてくる。
「どう?いけそう?」
「内容、全く教えていただけませんでした・・・」
「ま、がんばってらっしゃいっ」
インサイトは軽く肩を叩く。そのタイミングで、インサイトの個人用携帯がなりだす。
「じゃあね、・・・はーい、おはようございますー。どう?」
そのまま、部屋へ消えていった。サヴィーは部屋の場所を確認するため、廊下の地図を探しに歩いてゆく。かなり長い廊下で、壁すべてが真っ白だ。ゆいいつバリアフリーを考慮した、壁にある取っ手が明るい灰色に塗られているだけ。窓もない。
「・・・っ」
胸が急に苦しくなった。ひさびさに、閉所に対する恐怖心を抱いた。心臓の音が耳まで響く。
(嘘、私、全然治ってなかった・・・?やだ、どうしよう)
最終試験という緊張と、知らない窓も扉もない廊下、一人行動・・・条件が重なり、彼女は不安定なところまで落ち込んだ。その場でしゃがみ込み、胸を抑える。
「だ、大丈夫。大丈夫、ここは、兄さんもいる。頼っちゃ、だめ・・・」
泣きそうな心持ちでも、なんとか歩いた。だが一度心拍数があがるとなかなか戻れない。気持ち悪さがこみ上げてくる。つい泣いてしまいそうな気持ちをぐっとこらえ、目的の場所に辿り着いた。ドアの看板に待合室01と書かれており、「空室」と表示されている。意を決してノックをした。
「入れ」
既に待っていた。気持ちを落ち着かせて、もうかなり前にやっていた高校受験のための面接練習を思い浮かべながらもドアを開ける。スライド式だった。
「失礼します!」
カーペットが薄い花柄の、壁が白い縦線の入っている綺麗な部屋。待合室なだけのことはあるのか、部屋の隅っこにおかれている机の上には、ポットと紙コップが置かれている。おそらくお茶が入っている。が、ソファや低い机は避けられており、あるのは会議で使われているような向かい合わせになれるデスクがくっつけられており、向き合うようにイスが置かれている。その向こう側に座っているIllLow。腕組みをしている。緊張が頭のてっぺんまで昇った。
「緊張はするな。今回するのは単なるゲームだ。が、採点の対象にはなっている。座れ」
「は、はいっ」
ぎこちなく歩いて、席に座る。個人面談のような机やイスの配置だ。距離がとても近い。と、IllLowは机の端に置いてあった小さな箱に手をかける。
(・・・?と、トランプ・・・?)
中からでてきたのは、トランプだ。ババを隅におき、しかも2つのトランプのセットをシャッフルしている。無音に響くカードの擦り切れる音。
「サヴィーは、スピードというゲームを知っているか?」
「え、ええ。お姉ちゃん・・・姉と何度か遊んでいます」
「実力は?」
「だいたい私が勝っています。姉は私より鈍いので。兄よりも洞察力はあります」
「ほう・・・そうか。なら、ちょうどいいな」
既にカードを山分けしてあったのは、黒と赤に既に分けられていたらしい。
「紅で良いか?」
「はい、」
黒を渡された。シャッフルをし、それを彼に渡す。お互いの山からカードを取ろうとすると、手を停められた。
「ルールを少し変えよう」
「?はい」
「手札は相手に見せないように手で持つ。枚数は24枚。それを一度きりの”スピード”で手持ちのカードを減らした方が勝ちとする。短期戦だ」
「だからデッキ2つを混ぜたのですね」
「そうだ。2分の1の確率で、手札には既に数字の階段ができているはずだ」
「うっ・・・運はついていないのです」
「運は自分で呼ぶものだ。ここで呼び寄せられないのなら実力も知れている」
女性でもきつい言い様である。サヴィーは少しふてくされた。IllLowは別にどうとも思っていないらしい。そのまま上から24枚とった。サヴィーもそうする。
「私、結構速いですよ」
「それはカメラを右目に持つ俺の敵じゃない」
「っ!?・・・言いましたね」
と、いう事は。
「つ、使うのですか?」
「当然だ。ルールはさっきの言った通りだ。俺と10回勝負し、1回でも勝てば貴方の勝ちだ」
「ま、負けたら・・・?」
「不採用だ」
心臓をつままれたような言葉。今までの試験が通用しないというのか。
「そ、そんな!この勝負だけで決まっちゃうのですか!?」
「今までの失態がこれで帳消しになると考えろ。今の未完成な状態では、本場だけじゃなく、
研修に連れ出せるような状態じゃない。そもそも貴方には対人恐怖症めいたような印象も受ける」
「・・・だって、」
「貴方は人を殺せるか?」
「!」
「人を殺せるか?撃てるか?」
「・・・仕事なら、それが仕事なら・・・。本気です」
顔つきが変わった。IllLowが一番最初の試験で、銃を向けられた時の顔つきだ。
死にたくない。
「・・・はじめよう」
IllLowの手が山札におかれる。サヴィーも自分の手札を一度見やり、それから山札の上から1枚とった。
「「スピード」」
一瞬の出来事だった。
「・・・っ!」
頭では理解していた。自身の持っていた数字を、場札に重ねられるはずだった。
「俺の勝ちだな」
ハード・・・体が彼以上のスピードについてゆけないのだ。それもそのはず、IllLowの右目は肉眼ではなく、機械だ。おそらく瞬時にカードの数字を把握し、それに適したものを自分の手札から選びぬくまでの処理は人ではなく、ほぼコンピュータに近い動きなのだろう。彼の手札はたったの9枚になっていた。こちらは彼の手が止まった瞬間に数字をおけるだけだ。21枚残っている。
「悪いがハンデはつけないぞ。本気で勝ちに来い」
「・・・」
サヴィーは考えた。本来のルールと違うところは、今所持している手札を空にするだけで、山札を考慮しなくて良いこと。勝った方は次の勝負のために、山札からまた24枚取らなければならない。すると相手の山札は早い段階で空っぽになる。試合のどこかのタイミングで、相手の手札はリセットだ。恐らくこちらの山札と分けられ、相手はまた24枚山札から取らなければならない。
その一貫。自身の手札をもし、山札に「戻さない」のなら・・・。
「・・・次にいきましょう」
「・・・?」
サヴィーの目には、希望の光がある。何か策を練っているのだろう。IllLowはその目を見る。
「ほう、負けたとは思わないのだな」
「運を、呼び寄せます。実力で・・・!」
「頼もしいな、期待しよう」
IllLowが残りの山札、24枚を手に取る。手札の数字を楽々と並べている。恐らく降順か、昇順。サヴィーは彼の動きに注意を払いながら、次のターンに移った。
「「スピード」」
4、5。すぐさま6、7を置かれる。8は持っていたが、サヴィーはそれをあえて出さない。手札を所持し、相手に見えないようにしているのなら、出さなければならないという条件は抹消される。こちらが数字がないと言えば、それまでだ。
「次、」
4試合目で、IllLowの山札は0になった。場札がリセットされ、またIllLowの黒いトランプを抜き取られては山札に帰る。サヴィーの紅いトランプは場札に置き去りにされ、そのまま次の試合に持ち込む。
「私の手札は、別に戻さなくてもいいのですね・・・」
「そうだ」
サヴィーが少し笑った。
「8試合目、「スピード」」
掛け声。直ぐ様カードを置かれるが。
「!」
いわゆる先読みという、相手が置かれた次の数字を置く、という寸法で、サヴィーは地味にカードを削っている。IllLowが一瞬、渋い顔をした。それでも彼の足元にも及ばない。
「・・・あと、2試合ですね」
サヴィーの手札は相変わらずだ。一試合で減らせるカードの枚数は3枚程度。場合によっては1枚も出さなかったこともある。全く歯がたたない。山札から少しずつ補充しては減らし、補充しては減らしの作業だ。その間IllLowは山札がよくゼロになるため、何度も黒いカードを撤収させてはシャッフルをしている。
「・・・」
だが、サヴィーの顔には焦りもなく、むしろ確実に何かを組み立てているのか、自信さえも伺える。
「行くぞ、」
お互いの山札から一枚取る。
「「スピード」」
一瞬の出来事だった。
「・・・?」
サヴィーは、自分自身の持っている24枚の手札をそのまま、山札に置いたのだ。IllLowは一瞬止まった。
「・・・気が狂ったのか、」
「いいえ、正気です」
サヴィーが得意げな顔をして、自身が持っていたカードをスライドさせて、数字を見せた。
「・・・!」
数字が綺麗に並んでいる。場札の3からスタートし、4、5、6・・・と数字を綺麗に並べだしたのだった。
「・・・そういうことか」
彼女は自分の手札が見えないことを逆手に、手札の数字を揃えることに専念したのだ。自身の山札の数字と手札の数字を頭の中でカウントし、着実にそろえていたのだ。
「デッキが2つシャッフルされているということは、同じ数字が4枚。私がどの数字を何回出したのかを覚えていればいいのです。手持ちのカードがリセットされちゃったら、終わっていましたけど・・・」
「・・・文字通り、運を呼び寄せたということだな」
「はいっ!」
一番の笑顔で、彼女はそう言う。つい喜んでは立ち上がって、やったぁーと飛び跳ねた。
「俺の負けだ。仮試験は終了した」
「ありがとうございますっ!」
元気よく挨拶をした。初々しいその姿にIllLowは少し可愛いと思っている。ただ、それを可愛いということを知らない。
「今日はもう予定は何もない。俺も今日は仕事が入っていない」
「そ、そうなんですか」
「見学でもさせてやりたいが、どこまで見せて良いのか知らない。すまないが、今日は帰ってもらおう」
「はいっ」
彼女はふぅっとため息をついた。IllLowはスマホを手に取りながら声をかける。
「俺が送ろう」
「えっ、良いのですか!?」
「司令官はもう現地集合に向かっていて、今は本社にいない」
時計を見やると、もう昼前であった。それだけ根気が入っていたゲームだったのだろう。
「あ、あのっ」
「どうした」
「よ、良かったら・・・お昼、食べに・・・や、やっぱりなんでもないです!ごめんなさいっ・・・」
「?・・・そうか」
淡白なIllLowは聞き出さなかった。
「ほら起きて!時間だよ?」
まだ日がでていない時間帯。サヴィーは抱き枕えびちゃんを抱きしめ、一向に起きようとしなかった。
「んんーっ、なにー、兄さん・・・」
「ったく、今日が最終試験だったろー?場所は知ってるの?」
「・・・っは、しらないっ!」
ガバッと起き上がり、時間を見る。もうすぐで5時だ。インサイトがスマホの画面を見せる。
「本社のところで、最終試験だってさ。送るから、さっさと支度なさい!制服でいいよー」
兄さんはもう仕事場の服に変わっていた。一体何時に起きたのだろう。サヴィーは休日だと油断していた自分を恥ずかしく思う。兄さんがいるにも関わらずにパジャマを脱ぐ。
「ちょっ?!女の子!!着替えるなら追い出しなさい!!」
あたふたと部屋を出るインサイト。妹から男と認識されていないことがよく判る。
「別に兄さん、平気でしょ・・・」
小言を言いつつも着替えた。しかし、最終試験の内容を一切聴いていない。どんな内容なのだろうか。いきなり本場のような撃ち合いをするのだろうか。悩みつつも等身大鏡を前に、身だしなみを整える。ドアのノックが聞こえる。
「着替えたー?」
「はーい、」
部屋を出て居間室に行き、軽い朝ごはんをもぐもく食べる。緊張が込み上げてくる。高校受験以上のプレッシャーだ。急にご飯が食べられなくなった。インサイトが顔を覗きこむ。
「大丈夫だって、易々と合格できないのは当然だから」
「それ、慰めにもなっていません」
「だから悩んでもしょーがなし、ぶつかってきなさい!今更悩んでもしょうがないってことだよ。今までの総合評価なんだから。調子良かったでしょう?」
パンを口に挟みながらそうもほもほ言われる。サヴィーは余計がっかりした。
「もうちょっとまともな応援が欲しかったなー・・・」
「まともでしょ」
どうにか朝ごはんを押し込め、紅茶を飲んでほぅっと一息つく。
「今までの成績含めてなんだから、気にしたって遅いよー?」
玄関で立ち止まるサヴィー。インサイトは車の準備に入った。その兄の様子をみつつ、しぶしぶと助手席に座る。運転席にインサイトが座る。音楽はかかっておらず、情報やワイヤードのニュースラジオが流れ出す。
「またこれですか・・・?」
「最先端を往くものはいつもどこでも、情報はアンテナは張らないとね」
旧式の、しかも拾える周波数を大幅に拡大した改良ラジオを弄る。明らかに機密情報らしき会話が聞こえる。
「ノーガードすぎだな・・・」
その音声を別のデバイスに有線で録音。出勤時間でさえも仕事をこなす。こんな兄の姿は格好いいとは思うけど、そこまでなりたいとは思えない。ノイローゼにならないのが不思議である。
「よくやりますね、そんな危ないこと」
「好きなことなんだし、しかもこんな得意分野の極みをさせてもらえるんだから、楽しくてしょうがない。天職だよ、ハッカーは」
兄の大好きでやりたい仕事は、クラッキング、不正アクセス、ウィルスソフトの開発。ロボットの構築もたまにする。そして極度の銃マニア。スナイパーの腕は殺し屋の中でも噂されるほどの凄腕。天職なのは判る。
許されないことをまともな仕事として、かつ飯が食えるのだから。
「・・・」
私は、どう生きれたんだろう。他の道なんて考えたことなかったけど。
「さぁー、ついたよ」
「尾行テストは30分でバレちゃったし、銃撃戦もまったく刃が立たなかったです・・・」
「・・・・・・壊滅的だね」
「はぁーえびちゃ~ん・・・っ」
「その子でも握ってて落ち着きなさい」
サヴィーはご当地えびちゃんのキーホルダーを握っては神に祈るのだった。車がまだ多くない早朝の道路。その中で全く車が通ることのない・・・いわゆる廃墟に近い地域へと走る。
「すごく物騒な場所だから、一人でこっちに来ないでよ」
「行きたくないですよ・・・」
「上出来」
が、その廃墟をすぎると普通のビルが立ち並ぶ景色に戻る。片道1時間半。
「ついたよ、あれ」
フラットな建物を見る。縦に大きくないが、広い土地をまんべんなく使って建てられている。看板も何も設けていない、目立たないこの建物が本拠点らしい。外観はおしゃれな洋風の家。が、よく周りを見ると電柱にあやしげな機器が取り付けられており、それはインサイトが所持している防衛電波をひたすら流す機器と似ていた。その本社の隣に、もう一つ外観が似ている2階建ての建物もある。
「電話、どうやって通しているんですか?」
「基本本社にかけてくるものだけ。か、各々の所持している電話帳の電話番号は、あの機器に登録しておくことで、繋いでる」
「通りで、S.KILLERをサイトで見かけてもメールしか手段がないわけですね」
「本社の隣りにあるあの建物あるでしょ?あそこでメールとか電話とか、外との情報のやり取りはあっちでやってるよ。メールは僕のパソコンには飛ぶようになってるけど、添付ファイルやサービスメールのレイアウト機能やフォントや・・・そういうの全部けずりとった本文のみを、本社の方へ送信しているという、ね」
「メモ帳になるんですか?」
「いや、コマンド」
「うえっ」
「覚えてもらうよ~、個人特定された仕事も扱ようになるくらい成長されたら、メールでやりとりしなくちゃいけないからねー」
「嫌ですーっ」
「嫌言わない!」
「ハスキーさん、使えているんですか?」
「全く?だからほとんどのメンツは2階建ての方か、本社の地下室かに固まってるよ」
駐車場にたどり着く。広い。そしてまだ車はこれで2台目が止まっている。
「さて降りてー」
「・・・こんなに早く来て、IllLowさんいるんですか?」
「いるいる。IllLowとモウニングは泊りだから」
「えっ!?」
「あ、昨日の話。ちゃんと家はあるからいちおう!」
「・・・」
本社の自動ドアをくぐると、頑丈な扉が見える。よこには黒いモニタと番号を入力するためのデバイスが横にある。それをインサイトがボタンを押し(音が鳴らない)手のひらを置くと・・・。
『受信中・・・インサイトさんですか?』
「はい」
機械音がどことなく聴こえる。女性の声だ。
『脈拍、呼吸、心音ともに正常ですね。おはようございます』
「おはようございます!」
その会話が終わると、扉が開いた。
『お隣さんは?』
監視カメラが生きているように、サヴィーにスポットをあてる。流石に怖くなって、インサイトの背中に隠れた。
「妹!美人でしょー?」
『とっても!』
「だ、だれかもういるんですか?これを操って・・・」
サヴィーはおどおどしつつも兄に問いかける。おどけながら応える。
「これね、超監視型セキュリティーソフトウェア:シグレットちゃん!」
インサイトがすごく嬉しそうに答えた。
「大手のアンチソフトウェア開発者と、凄腕のハッカー五人の知恵を集結して作られたソフトウェア!ハッカー達の狙うあらゆるセキュリティーホールを洗い出し、そして大手のデータベースに則った狙われやすさ、流行りのウイルスや情報流出の手口を考慮して作られ、建物の監視システムと人工知能ソフトのIoT化に成功したソフト!もちろん、その凄腕ハッカーに俺がいるんだけどね~!ふふふっ」
インサイトの自慢話は長い。サヴィーは聴くんじゃなかったとため息をつく。
『女の子ですか!嬉しいです!私も性別は女性とプログラミングされていますっ』
「これから最終試験だよ~」
『はうぅ・・・楽しみです!どうか頑張って受かってくださいね!』
「あ、ありがとうございます」
ソフトウェアなのだから、姿はない。それも当然だが、監視カメラやそこらへんの周辺機器が彼女?の体の一部だと考えると、触るのを戸惑う。
「ほかのメンバーは、あそこのパスワードを知らないんだよ。手形認証と合言葉で通るようにしているんだ」
「兄さんが一番に来ないと、本社は入れないのですね」
「そういうこと。外からは出られるけど、中には入れないようにしているよ」
そして本社のかなり後ろ側にある大きな部屋・・・サーバシステム室にそのまま案内された。
「シグレットちゃんげんき~?」
『はいっ!システムの稼働率は未だ98%です!システムルームのパソコンに、ウイルスソフトの更新通知が届いております!更新しますか?』
「よろしく!」
『はいっ!』
驚愕した。等身大鏡と同じサイズのディスプレイに、女性が写っている。しかも服装はナース服。髪型はツインテールの緑で・・・まるでどこかの猿を捕まえるゲームのコンピュータ内にいる女の子そっくりだ。電子音ヴォイスの女性モデルとは違う。
「に、兄さん・・・」
これは流石にドン引きしたのだった。インサイトは普通にデスクに座り、コンピュータの電源を入れる。
「この子のおかげでここのシステム全部を見てくれるんだよー!?システムルームっていうのは、この本社にあるパソコン室みたいなところ。そこに寄る機会なんて滅多にないけど、更新はちゃんとしないと狙われたら終わりなんだから。そういう抜けや通知、ウイルスの検知とか全部この子がしてくれているんだから!」
『インサイトさんの手足となって、働いちゃいますよ~っ!』
「く~こういう後輩が欲しかったんだよなあー!!」
サヴィーはもう何も言うまいと心に誓った。インサイトがコーヒーを渡してくる。ブラックだ。飲めないのを知っているから、シュガースティックとミルクを渡して来た。
「隣に座りなよ。まだ本社事態動いてないからさ」
複数あるモニターが光り、部屋の電気もつく。音楽もかかり始める。クラシックピアノだ。インテリアや観葉植物も置いてあり、お洒落にもちゃんと気を使っているみたいだ。
「なるべく殺風景な部屋だけは避けたいねー、警戒時期になると、ずっとここにいなくちゃいけないから」
「警戒?」
「どこかの別業者の情報が盗まれたとか、攻撃されたとか」
「ふーん・・・」
玄関のモニタと、地下室のモニタと・・・。さまざまなカメラがいろいろな角度で部屋を映し出している。ぼうっと眺めていると、地下室の大きな部屋・・・グラウンドのような場所の扉から、誰かが出てきた。IllLowだ。
「またあいつあんな場所に寝てたのか・・・」
インサイトがそう小言をつく。サヴィーはその姿にくいついて眺めていた。
『監視システム』
IllLowの声がこちらに届く。おそらくシグレットのことだろう
「はい!」
『司令官と、・・・サヴィーはいるのか?』
「あーっ!名前呼びだなんて羨ましいっ!」
『いるのかと聴いている』
サヴィーは顔を赤くした。インサイトは笑う。
「はーい、すでにインサイトさんとサヴィーさんは監視システムの中心部においでです・・・」
『そうか、サヴィーに繋げろ』
IllLowが黒い携帯電話を持っている。おそらく本社が支給されている社内電話だ。インサイトが胸ポケットから携帯電話をだし、サヴィーに渡した。
「はい、これに繋げてあげて。ほらサヴィー持って!」
「インサイトさんの子機から繋げましたー!」
『・・・こちらIllLowだ、応答せよ』
「は、はいっ!」
おどおどしたサヴィーに思わずシグレットも笑う。どうやら感情もプログラミングされているようだが、インサイトがしたのならインサイトと同じようにリアクションをするはずだ。そのためか、二人の笑い出すタイミングはシンクロしているのだ。サヴィーは二人のインサイトに笑われたようで少し気落ちする。
「部屋でます!」
「出ても監視は廊下にもあるからねー?」
インサイトのその言葉を無視し、廊下で応答した。
『どうした、喧嘩か』
「なんでもないです!・・・お、おはようございます!」
『おはよう。調子はどうだ?』
「朝が早すぎて、少し眠たいです」
『問題ない。今回の試験は特に体を使ったテストをしない』
「はい!あ、内容は・・・?」
『それはまだ言わない。待ち合わせ室を使わせてもらおう。持ち物は何もいらない』
「え、あ、はいっ」
相手からぶつっと着られる。サヴィーは落ち着かない様子である。インサイトが廊下へでてくる。
「どう?いけそう?」
「内容、全く教えていただけませんでした・・・」
「ま、がんばってらっしゃいっ」
インサイトは軽く肩を叩く。そのタイミングで、インサイトの個人用携帯がなりだす。
「じゃあね、・・・はーい、おはようございますー。どう?」
そのまま、部屋へ消えていった。サヴィーは部屋の場所を確認するため、廊下の地図を探しに歩いてゆく。かなり長い廊下で、壁すべてが真っ白だ。ゆいいつバリアフリーを考慮した、壁にある取っ手が明るい灰色に塗られているだけ。窓もない。
「・・・っ」
胸が急に苦しくなった。ひさびさに、閉所に対する恐怖心を抱いた。心臓の音が耳まで響く。
(嘘、私、全然治ってなかった・・・?やだ、どうしよう)
最終試験という緊張と、知らない窓も扉もない廊下、一人行動・・・条件が重なり、彼女は不安定なところまで落ち込んだ。その場でしゃがみ込み、胸を抑える。
「だ、大丈夫。大丈夫、ここは、兄さんもいる。頼っちゃ、だめ・・・」
泣きそうな心持ちでも、なんとか歩いた。だが一度心拍数があがるとなかなか戻れない。気持ち悪さがこみ上げてくる。つい泣いてしまいそうな気持ちをぐっとこらえ、目的の場所に辿り着いた。ドアの看板に待合室01と書かれており、「空室」と表示されている。意を決してノックをした。
「入れ」
既に待っていた。気持ちを落ち着かせて、もうかなり前にやっていた高校受験のための面接練習を思い浮かべながらもドアを開ける。スライド式だった。
「失礼します!」
カーペットが薄い花柄の、壁が白い縦線の入っている綺麗な部屋。待合室なだけのことはあるのか、部屋の隅っこにおかれている机の上には、ポットと紙コップが置かれている。おそらくお茶が入っている。が、ソファや低い机は避けられており、あるのは会議で使われているような向かい合わせになれるデスクがくっつけられており、向き合うようにイスが置かれている。その向こう側に座っているIllLow。腕組みをしている。緊張が頭のてっぺんまで昇った。
「緊張はするな。今回するのは単なるゲームだ。が、採点の対象にはなっている。座れ」
「は、はいっ」
ぎこちなく歩いて、席に座る。個人面談のような机やイスの配置だ。距離がとても近い。と、IllLowは机の端に置いてあった小さな箱に手をかける。
(・・・?と、トランプ・・・?)
中からでてきたのは、トランプだ。ババを隅におき、しかも2つのトランプのセットをシャッフルしている。無音に響くカードの擦り切れる音。
「サヴィーは、スピードというゲームを知っているか?」
「え、ええ。お姉ちゃん・・・姉と何度か遊んでいます」
「実力は?」
「だいたい私が勝っています。姉は私より鈍いので。兄よりも洞察力はあります」
「ほう・・・そうか。なら、ちょうどいいな」
既にカードを山分けしてあったのは、黒と赤に既に分けられていたらしい。
「紅で良いか?」
「はい、」
黒を渡された。シャッフルをし、それを彼に渡す。お互いの山からカードを取ろうとすると、手を停められた。
「ルールを少し変えよう」
「?はい」
「手札は相手に見せないように手で持つ。枚数は24枚。それを一度きりの”スピード”で手持ちのカードを減らした方が勝ちとする。短期戦だ」
「だからデッキ2つを混ぜたのですね」
「そうだ。2分の1の確率で、手札には既に数字の階段ができているはずだ」
「うっ・・・運はついていないのです」
「運は自分で呼ぶものだ。ここで呼び寄せられないのなら実力も知れている」
女性でもきつい言い様である。サヴィーは少しふてくされた。IllLowは別にどうとも思っていないらしい。そのまま上から24枚とった。サヴィーもそうする。
「私、結構速いですよ」
「それはカメラを右目に持つ俺の敵じゃない」
「っ!?・・・言いましたね」
と、いう事は。
「つ、使うのですか?」
「当然だ。ルールはさっきの言った通りだ。俺と10回勝負し、1回でも勝てば貴方の勝ちだ」
「ま、負けたら・・・?」
「不採用だ」
心臓をつままれたような言葉。今までの試験が通用しないというのか。
「そ、そんな!この勝負だけで決まっちゃうのですか!?」
「今までの失態がこれで帳消しになると考えろ。今の未完成な状態では、本場だけじゃなく、
研修に連れ出せるような状態じゃない。そもそも貴方には対人恐怖症めいたような印象も受ける」
「・・・だって、」
「貴方は人を殺せるか?」
「!」
「人を殺せるか?撃てるか?」
「・・・仕事なら、それが仕事なら・・・。本気です」
顔つきが変わった。IllLowが一番最初の試験で、銃を向けられた時の顔つきだ。
死にたくない。
「・・・はじめよう」
IllLowの手が山札におかれる。サヴィーも自分の手札を一度見やり、それから山札の上から1枚とった。
「「スピード」」
一瞬の出来事だった。
「・・・っ!」
頭では理解していた。自身の持っていた数字を、場札に重ねられるはずだった。
「俺の勝ちだな」
ハード・・・体が彼以上のスピードについてゆけないのだ。それもそのはず、IllLowの右目は肉眼ではなく、機械だ。おそらく瞬時にカードの数字を把握し、それに適したものを自分の手札から選びぬくまでの処理は人ではなく、ほぼコンピュータに近い動きなのだろう。彼の手札はたったの9枚になっていた。こちらは彼の手が止まった瞬間に数字をおけるだけだ。21枚残っている。
「悪いがハンデはつけないぞ。本気で勝ちに来い」
「・・・」
サヴィーは考えた。本来のルールと違うところは、今所持している手札を空にするだけで、山札を考慮しなくて良いこと。勝った方は次の勝負のために、山札からまた24枚取らなければならない。すると相手の山札は早い段階で空っぽになる。試合のどこかのタイミングで、相手の手札はリセットだ。恐らくこちらの山札と分けられ、相手はまた24枚山札から取らなければならない。
その一貫。自身の手札をもし、山札に「戻さない」のなら・・・。
「・・・次にいきましょう」
「・・・?」
サヴィーの目には、希望の光がある。何か策を練っているのだろう。IllLowはその目を見る。
「ほう、負けたとは思わないのだな」
「運を、呼び寄せます。実力で・・・!」
「頼もしいな、期待しよう」
IllLowが残りの山札、24枚を手に取る。手札の数字を楽々と並べている。恐らく降順か、昇順。サヴィーは彼の動きに注意を払いながら、次のターンに移った。
「「スピード」」
4、5。すぐさま6、7を置かれる。8は持っていたが、サヴィーはそれをあえて出さない。手札を所持し、相手に見えないようにしているのなら、出さなければならないという条件は抹消される。こちらが数字がないと言えば、それまでだ。
「次、」
4試合目で、IllLowの山札は0になった。場札がリセットされ、またIllLowの黒いトランプを抜き取られては山札に帰る。サヴィーの紅いトランプは場札に置き去りにされ、そのまま次の試合に持ち込む。
「私の手札は、別に戻さなくてもいいのですね・・・」
「そうだ」
サヴィーが少し笑った。
「8試合目、「スピード」」
掛け声。直ぐ様カードを置かれるが。
「!」
いわゆる先読みという、相手が置かれた次の数字を置く、という寸法で、サヴィーは地味にカードを削っている。IllLowが一瞬、渋い顔をした。それでも彼の足元にも及ばない。
「・・・あと、2試合ですね」
サヴィーの手札は相変わらずだ。一試合で減らせるカードの枚数は3枚程度。場合によっては1枚も出さなかったこともある。全く歯がたたない。山札から少しずつ補充しては減らし、補充しては減らしの作業だ。その間IllLowは山札がよくゼロになるため、何度も黒いカードを撤収させてはシャッフルをしている。
「・・・」
だが、サヴィーの顔には焦りもなく、むしろ確実に何かを組み立てているのか、自信さえも伺える。
「行くぞ、」
お互いの山札から一枚取る。
「「スピード」」
一瞬の出来事だった。
「・・・?」
サヴィーは、自分自身の持っている24枚の手札をそのまま、山札に置いたのだ。IllLowは一瞬止まった。
「・・・気が狂ったのか、」
「いいえ、正気です」
サヴィーが得意げな顔をして、自身が持っていたカードをスライドさせて、数字を見せた。
「・・・!」
数字が綺麗に並んでいる。場札の3からスタートし、4、5、6・・・と数字を綺麗に並べだしたのだった。
「・・・そういうことか」
彼女は自分の手札が見えないことを逆手に、手札の数字を揃えることに専念したのだ。自身の山札の数字と手札の数字を頭の中でカウントし、着実にそろえていたのだ。
「デッキが2つシャッフルされているということは、同じ数字が4枚。私がどの数字を何回出したのかを覚えていればいいのです。手持ちのカードがリセットされちゃったら、終わっていましたけど・・・」
「・・・文字通り、運を呼び寄せたということだな」
「はいっ!」
一番の笑顔で、彼女はそう言う。つい喜んでは立ち上がって、やったぁーと飛び跳ねた。
「俺の負けだ。仮試験は終了した」
「ありがとうございますっ!」
元気よく挨拶をした。初々しいその姿にIllLowは少し可愛いと思っている。ただ、それを可愛いということを知らない。
「今日はもう予定は何もない。俺も今日は仕事が入っていない」
「そ、そうなんですか」
「見学でもさせてやりたいが、どこまで見せて良いのか知らない。すまないが、今日は帰ってもらおう」
「はいっ」
彼女はふぅっとため息をついた。IllLowはスマホを手に取りながら声をかける。
「俺が送ろう」
「えっ、良いのですか!?」
「司令官はもう現地集合に向かっていて、今は本社にいない」
時計を見やると、もう昼前であった。それだけ根気が入っていたゲームだったのだろう。
「あ、あのっ」
「どうした」
「よ、良かったら・・・お昼、食べに・・・や、やっぱりなんでもないです!ごめんなさいっ・・・」
「?・・・そうか」
淡白なIllLowは聞き出さなかった。