「今回の仕事には、インサイトが来なくていいと伝えていなかったな・・・すまない」
「いいえ、僕をはねこしたのかと思っていましたよ」
ジョイはとある事務所の部屋に、インサイトを招いた。そこに電源が入れてあるポットで、コーヒーを入れた。
「そんなつもりはない。仕事より優先してもらいたい事項が出てきているのだからな。モウ二ングのこともあるし、新しい実習生のアカウントの新規登録、管理もしてもらうし・・・はぁー」
ジョイが頭を抱え始めた。
「私はこんなにお前に頼りっぱなしで・・・本当にすまないっ!」
「ど、どうしたのですか?仕方ありませんよ、技術職なんですから、情報管理は」
「私も勉強すればいいのだろうか・・・?」
「プログラムは判らなくてもいいですけど、最低限サーバのコマンドを扱えるようにはなって欲しいですね・・・もし手伝いをしたいのでしたら」
「何でもする、ハスキーのクリニックは私に任せてくれ・・・」
ジョイが真剣な眼差しで、インサイトを見据えた。
「今度は、感情に流されない。前回で痛い目にあったからな」
「ええ・・・お互いに気をつけましょう」
ジョイとインサイトは、握手を交わす。
「ところで、ここに呼んだ理由はなんでしょうか?」
「実は、ここだけの話なんだ・・・が、」
ジョイがとあるファイルを出す。そこにはブラックリストというプレートがつけられている。その中からとある一枚の個人データを差し出した。
「・・・?」
この顔、どこかで見たことがある・・・。
「片腕の剣士・・・と言ったら判るかな?」
「っ――――――!?!?」
インサイトは、鳥肌がたった。
「・・・ルナ――――」
どうして君がここにいるんだよ。
「この男がどうやらS.KILLERに興味を抱いているらしく、連絡が入ってきた。ここでしばらく働きたい、と・・・」
「・・・理由は?」
「曖昧なことに、それしか理由は言っていない。興味しかないらしいのだ」
「この人に、我々の情報は提供しましたか?」
「いや、メンバーの名前や性格などをを伏せて、どんな能力を持っている人材が既にいるのかは話した。職種のみだから、個人情報の足しにもならない程度だ」
「そう・・・ですか・・・」
会いたくない、会いたくない。あいたくない。
「・・・この男をどうしようか、インサイトに聴きたい」
「はい・・・?」
「モウニングのことでも大変だろうし、私もハスキーと実習生を整理したい。今から来られると困るのが私の本音なのだ」
「それはこっちもそうですね」
もっと違うことでも、困る。
「それで相談だ。こっちに連れて来ないか、日にちを置かせて招くか――――」
「・・・僕なら、日にちを置かせてから招待しますね。彼の能力に興味があるので・・・」
なんて嘘、全部知ってる。本音は会いたくない。
「・・・話し合いをもちこんでみるか?」
「そうですね、それが妥当でしょう。僕に先に知らせてくださって、ありがとうございます」
やることが一つ増えた。あぁ嫌だ、逃げたい。
「あぁ、こっちも、気を使ってくれて済まないな」
「今のジョイさん、好きですよ?」
「よせやい、照れるだろう」
二人は部屋を出て、それぞれの持ち場に戻った。
ハスキーは、怒りに満ちていた。
「なんで今回の任務に、お前が指揮してんだよ・・・!」
恨み。モウ二ングは如実に感じていた。だがその感情を表には出さずに、説明をした。実習生は流石に仕事と割り切っては話を聴いているみたいだ。そして、一週間のうちにモウニングに対する恨みを解消していった人の方が多かった。モウニングの殺しの速さ、判断能力の高さ、冷静に状況を把握する能力・・・。全てが賞賛に値し、流石は殺人兵器と言える。そんなモウニングに対抗心を燃やす者もいれば、モウ二ング自体がS.KILLERの鏡と思っている後輩も後を絶たない。それに納得していないハスキーが自身も少数派に自分がいいることは判っている。
それでも許しがたい理由があるのだろう、認めなかった。
「俺は仕事を降りるぜ」
「それは困る。最後の突破口に、どうしてもお前の腕力が必要なのだ、ハスキー」
モウニングがそう言った。今回の仕事は裏側で偽札をばらまいていた金融企業を、潰すという任務だ。最後に偽札を作っていたという証拠を得るために、企業の奥の部屋にあるでかい金庫を襲わなければならない。そこの中に、偽札を作る鉄板が眠っているらしい。しかし、その金庫を開ける暗証番号は、割り出すことも出来ない桁数であったため、インサイトは断念した。そして知っている者を割り出すのは至難であるため、ハスキーの腕力を頼って強行突破するのがミッションの一部になっている。そのハスキーが仕事を降りるということは、任務が遂行されないということになる。
「嫌だぜ、お前になんぞ従いたくねぇよ??」
「・・・子供だな」
モウニングの一言に、ハスキーは血が上った。つかみかかろうとする。実習生が横から止めた。
「ちょ、ハスキーさんっ!!気持ちを抑えてください!」「あれからもう一週間も経っているんですよ!?」「どうしちゃったんですか・・・っ!」
「うっるせぇ!!そこを通しやがれっ!どけぇぇえっ!!」
モウニングは逃げる様子もなく、ただハスキーが実習生に抑えられて悶えているのを見据えていた。
「そんなに私が指揮官になるのが嫌か。・・・ならば私が降りるとしよう」
「っ!?!」
これには実習生も戸惑った。そしてハスキーの力が抜けたのか、実習生はハスキーを解放する。お互いが目を合わせて、逸らそうとしない。
「・・・私がいなくとも、ハスキーならやれるだろう。実習生の信頼も厚い」
そう言っては、スタスタと歩いて、横切った。ハスキーは怒りで手が震えている。その手を警戒しつつも、モウニングは携帯でジョイと連絡をとった。
「私だ、今回の仕事は断念する・・・――――」
ただただ、情報を交わす。モウ二ングと電話しているジョイが、仕事をそれでもやってくれとも言っていないのか、そのまま闇の廊下に溶けていった。
「・・・くそぉ・・・・・・」
ハスキーは呟いた。
「すまないっモウニング!!!!お前のやる気をそぐうような態度を、あのバカが・・・っ!!!!」
モウニングとジョイは、一体一の面接室で顔を合わせた。ジョイが深々と頭を下げている。
「いや、私は構わない。彼のそこまで仲間を大切にする意識は、これからも大事にしてもらいたいというのが本心だ」
「・・・お前も、仲間なのにな――――」
ジョイが呟いた。それを聴いたモウ二ングは平然と応答した。
「同僚より可愛いのは後輩だ」
「それでも、あいつの態度は宜しくない。現にクリニックを任せている外部の仕事仲間に、後輩の信頼が厚いのは、実行力と正しい判断が出来る先輩なのだ。それはモウニングのような態度に値する」
「まさか、私は彼らの仲間を殺したのだぞ」
「いや、これが実際に実習生に聴いた声の結果だ」
モウニングはその書類を見た。ハチマキをとって、それを覗いてみた。顔はいたって冷静な状態であった。
「今や、S.KILLERの看板キャラはお前がダントツトップだ。ハスキーに対する信頼は、衰退してきているのが、実習生の面接で明らかになっている・・・」
モウニングは嬉しいと感じ、そして不安がよぎった。
「これはまずいな」
「・・・ハスキーの居場所が、なくなりつつあるのが現状だ。あの態度が実は、本人にとって一番宜しくない結果を招いているのに、気づいていない」
「仕方ない、動くとするか」
モウニングが立ち上がり、それから剣を手に取った。
「動くって、まさかあの仕事に途中参加でもするのか?」
「そうだ」
「それは構わないが、それをハスキーが知れば一体何をするのか判らないぞ・・・!」
「何、殺しはしない」
ハチマキを付け直した。それから部屋を出て行く間際に、こう付け足した。
「本気で話をしたことがなくてな、あいつと・・・」
「くっそ・・・なんか胸糞悪ぃ・・・」
ハスキーは廊下を歩いていた。片手に缶コーヒーを持ちつつも。手でしばらく転がしてから、それを開けて飲もうとした。
「やっぱあれだよなぁ~、ハスキーさん」
と、廊下で喋っている後輩の声を聴いた。その場で立ちすくすハスキー。
「俺、なんかハスキーさんだんだん嫌になってきた・・・」
「だってモウニングさん、一回謝ってたしな、発狂し終わった後・・・」
「言葉では謝罪なんて出来ない、態度でこれから君達に誠意を表したいって言ってたし」
「すげぇよなモウニングさん、本当に俺たちの弱いところをカバーしてくれてるし」
「進んで何がダメなのか事前に言ってくれるのがなぁ~、いい先輩って感じ」
「あの人嘘はつかないから良いよな~」
は?んだよこの会話。どいつがしてんだよ・・・?お前ら、まさか
「その点ハスキーさん、ちょい感情に流されすぎやしねぇ?」
「あぁ~、だよなぁ数人ぶち殺されちまった程度でよ。俺ら本当は敵どうしだったのに」
「根に持ちすぎだっての」
「ダメだろう、上がそんなんだったら」
なんだよ、なんだよこれ。
これって、陰口ってやつ?俺、そんな風に思われて・・・――――――。
「あ、モウニングさん!」
先輩の声のトーンが変わっている。廊下の角に隠れつつも、そっと覗いてみる。モウ二ングに後輩二人が詰め寄ってきたのだった。
「仕事、一緒にやりませんか?」
「何故だ」
「今のハスキーさんが上にいるってちょっと不安なんですよ」
「モウニングさんの指示を仰ぎたいです、お願いします!」
「・・・そうか」
ほぉ、そうか俺の信頼なんか、直ぐに空っぽになっちまうか。
ああ、もう嫌だ。懐かしいぜこの感触。
自分なんかマジで嫌い。
ハスキーは続きを聴かずに、その場を立ち去った。コーヒーを飲み終え、缶入れのゴミ箱に投げ入れたのだった。
『これより、金融企業に潜入する。用意はいいか?』
無線機の声。ハスキーはそのジョイの声のトーンに変わりがないのがむしろ不思議で仕方がなかった。
「何もねぇのかよ」
『何がだ?』
「俺がモウニングはねこしちまったぜ、何も言葉はねぇのかよ」
『モウニングが任せると言ったんだ、私はチームの意見を信じる』
「・・・・・・」
なんだよそれ、まるで俺よりモウニングのセリフを信用しているみてーな言い方じゃんか。クソッタレが。
『・・・?どうした、ハスキー』
「なんでもねぇよ、そんじゃ行くぜ」
ハスキーの役目は、最後の門番である金庫の頑丈な壁を壊すこと。そこまで導くのが、後輩の役目。ハスキーが平然と、銀行の窓口へ入っていった。窓口の中ではタバコの煙が充満しており、ギャンブルに熱狂しているもの、ダーツで金をかけているものと、裏の顔が表にでているような場所であった。一人の派手な服を着た、人相の悪い男が詰め寄ってくる。
「てめぇ、誰だ?ここは普通の銀行じゃねーんだよ!予約の前置きもねぇ客なんざ」
「うっせぇよ」
ハスキーの釜が、そいつの下半身と上半身を真っ二つに切った。そのタイミングとともに、実習生がごつい銃を持って入ってきた。
「こういう輩に言葉は通用しねぇ、じゃんじゃん殺っちまいなっ!!」
ハスキーがそう言うと、元気の良い返事が帰ってくる。だが、その中にあの陰口を叩いていた子達が混じっていた。
傷を抉られる。
「ハスキーさん、先に行ってください!!」
後ろから、あの陰口を叩いていたと思われる子が、ハスキーに背中を向けて発泡しながらも言った。
「お前、大丈夫か!?」
「速くっ!!」
もう一人の陰口を叩いていた子も、ハスキーをかくまった。ハスキーは走り、敵を投げ倒しながらも目的地へと進んでいった。
「ちぃっ!!」
前に敵が来る。それに嫌気が刺してしまい、自分専用の大きな斧を出して対抗しようとした。
が。
「せんぱっ・・・!」
後輩の首が、ハスキーの横を通り過ぎていった。
「・・・――――――――」
なんで、お前。
こっちに来ちまったんだよ。
「・・・っうあああああああああ!!!!」
ハスキーは、自分の使う大きな刃物を出す際に、横に思いっきり振るう癖があった。そのタイミングで、後輩が飛び込んできたのだ。後輩は全く予期しなかった刃物の出現に、意識をすることもなく首を掻っ切られてしまった。ハスキーはそのことに気を取られてしまい、前進することを忘れてしまった。敵がハスキーに狙いを定めて、発泡しようとした。
「っ!?!」
黒い影が、ハスキーをすり抜けては、銃を構えている敵の腕を切り落とした。敵は叫び声を上げつつも、その場で腰を抜かして座り込んだ。
「・・・モウニング!?」
「さぁ、行くぞハスキー」
「行くって、こいつは・・・!」
自分で斬っておいて言うのはおかしいのだが、ハスキーは倒れて動かない頭なし後輩を抱えようとした。抱えるまもなく、モウニングが答える。
「そいつはもう死んでいる」
平然と言うのだった。ハスキーはまた怒りに満ちた。そしてこの怒りは頂点に達したのだった。
「モウ二ング、てめぇやっぱ嫌いだわ」
「?」
モウニングに向かって、その大きな斧を投げつけた。それを紙一重でかわすモウ二ング。構えた。
「てめぇのその腐った神経、俺がズタボロにしてやるよ・・・!」
「任務の遂行が先だ。その後で、いくらでも相手してやる」
「・・・約束だぜぇ?」
ハスキーが異常なまでに殺気を出していた。それを冷静なモウニングが対応する。
「良いだろう、この仕事が終わったら・・・」
お互いを睨みつけて、それから仕事を再開したのだった。
「・・・はぁ・・・」
ルナ、ルナ、ルナ、ルナ・・・。ため息しか出てこない響き。インサイトは携帯を開けたり閉めたりを繰り返した。それから、意を決して電話をかける。
「・・・・・・」
『もしもし?』
ルナの声。インサイトはしばらく黙ってから、苦笑いを浮かべている時の声色で、話した。
「ひさしぶり、覚えてる?」
『おぉー!インサイトじゃねぇ~かよ!元気にしてたか?』
元気な声で話しかける。この声じゃ、きっとお相手とうまくいっているのだろう。ホッとした。
「あんた、仕事どうなってるの?」
『仕事?円滑だぜ?あそうそう!俺結婚することにしたんだぜ!?』
ズキッ。
「・・・え?」
長い時間がたった気がした。インサイトは心が締め付けられた理由を振り払うように、ルナの話を聴いていた。
『ミーアって女でよ、そいつと一緒にいると心が和むんだよなぁ!』
「へぇ・・・そうなんだ、良かったね」
ああ、その子が今度は貴女を導いてくれそうな人?そうだと願うよ。
「泣かせちゃだめだよ?」
『いや、けっこう泣かせてる、俺悪い奴だからよ・・・』
「ちゃんと面倒見てあげないと、約束破ることになるよ?僕との」
『・・・へへ、まだ覚えてたんだな・・・俺の携帯の番号』
止めて、笑わないで。淡い心を傷つける天才なんだから、この人は。
騙されちゃだめ、また泣かされる。
「ところで、S.KILLERのこと調べてるの?」
『げっ!?バレてる!?!』
「バレてるもなにも、僕はそこの仕事人だよ?」
『まっじっで!?!通りでしっかりしてる社長さんだなと思った訳だ、女のくせに・・・』
「そうそう、結構厳しいこと言ってたからね、僕」
『・・・で、どんな用事で電話かけてきたんだ?』
「・・・仕事場で一緒になったら僕が困るから、電話をかけた」
『心配すんなよ、そんなにデスクワークをするんじゃなくて、外で仕事をする側に行くからよ』
「でしょうね、でも嫌なんです、僕が」
『なんでなんだよ?幸せそうな俺が嫌だってか?嫉妬深いなぁ~お・ま・えっ』
カチン。インサイトがため息を深くついてから、話し始めた。
「嫉妬はそう簡単に消えるもんじゃありませんよ・・・?ルナ」
『・・・お前に名前を呼ばれるの、久しぶり。良いじゃん、どうせ今更親しくしようってお互いに思ってもねぇじゃん』
「そうですね、」
『なら、気にしなくていいんじゃね?まぁお前の恨みは晴れねぇだろうがよ』
「・・・ふぅ、仕方ないですね。でも貴方が仕事の仲間に入れるかは会議によってきまりますので」
『おっけ、サンキュな』
何でお礼を言うの。
「いいえ、ではまた後ほど・・・」
インサイトは心の古傷を噛み締めることで精一杯だった。
あたりはなにもない。廃墟と化した町並み。棒状の鉄がぶら下がり、塗装も禿げている建物の中、ハスキーが通信機で連絡した。
「俺だ。例の証拠品は取り出して、後輩に渡した」
『そうか、それは良かった。・・・ところで、何故帰ってこない?』
「ちょっと用事がある、今すぐ」
『・・・そうか、モウニングは?そっちに行ったと思うのだが、』
「そのことでの用事だ、じゃあな」
ハスキーが通信機を切っては、投げ出した。一定の距離を保って遠くにいるモウニングを見た。
「さって、そろそろ行こうか・・・」
「・・・・・・お前から、」
モウニングがハチマキをほどいてきた。ハスキーはモウニングの素顔を真面目に見るような気がした。目は凛としていて、全く心の動きを読み取らせない。
「かかってこい」
モウニングがそう言ってきたとともに、ハスキーは持っていたカマを取り出して、飛びかかってきた。モウニングは目の色を変えては、四足歩行の状態で構えた。
「っ!?発狂・・・モード!?!」
ハスキーは怖気付くこともなく、つかみかかっては真っ二つにせんとカマを横に振る。モウニングが一瞬消えたと思ったが、カマの表面に飛び乗っていた。そして掴みかかってくる。
「のやろう!!」
ハスキーモウニングに拳をいれる。モウ二ングはそれをよけ、ハスキーの肩を噛じる。
「っ!!」
ハスキーの肩の肉が、引きちぎられた。直ぐに飛び降りては地面にすばやく着地する。肉を口からボトリと落とした。
「削いでいく、貴様が力尽きるまで。覚悟はいいな?」
モウニングが発狂モードになっているにもかかわらず、会話が出来る状態でいる。・・・頭のナカで理性と本能の神経を絶っているのだろうか。
「・・・上等だぜ、俺も本気でいくか、」
カマを落とした。それから随時持っている替え用の包帯を出しては、自身の手をきつく結んだ。肩の傷を止血しないようだ。
「来いよ、本当の俺の力みせてやるぜ・・・?」
構えが、ボクシングの構えに変わっていた。モウ二ングは更に警戒しつつも、じりじりと近づいてゆく。
「・・・」
モウニングがまた瞬足で、ハスキーの前に来た。ハスキーがそれに反応して蹴りをモウ二ングに入れる。腹にヒットした。
「っんの、」
が、モウニングがそれを予知していたのか、がっちりと足を掴んできた。ハスキーは地面に手をつけて、宙返りをする。足についていて離れないモウニングを振り払うため。しかし、それでもモウ二ングは離れない。
「やろう!」
足を上げて、モウニングに拳を食らわした。モウニングは目が迷い、危険を感じ後ろに飛んで逃げた。ハスキーが追っかけてまた拳を当てようとする。が、よけられる。モウニングは相変わらずの四足体制で、ハスキーに対抗している。お互いに武器を持っていない。
「・・・っち」
ハスキーが一回、モウニングとの間をあける。モウニングは近づくこともなく、そこに佇んだ。発狂モードから抜けたのか?
「・・・くっそぉ」
多分、まともにやりあったらこっちが体力を消耗するばっかりだ。現に肩からの血は相当だ。どうやってアイツを叩きのめすか・・・!
「私は、」
「?」
つかみかかろうとしているタイミングで、モウニングが話しかけてきた。つい足を止めてしまう。
「私は、六人目だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
何を言っているのか解らなくて、つい攻撃を止めてしまった。
「君たちが信用しないのも当然。私は六人目、クローンに過ぎないのだからな」
「意味、わかんねぇよ、何言ってんだよ!」
ハスキーが逆上した。モウニングはいたって冷静に話した。
「・・・一人目は、殺人兵器の実験の際に、爆発に巻き込まれれ、残骸となった。当時は9歳、子供で傷だらけの私を懸命に管理していたのが、あのグローア。右顔の焼きただれた顔は、爆破に巻き込まれた時の名残だそうだ」
まるで他人。
「二人目、三人目、四人目は、実験の殺人鬼教育でもろとも過労死した。五人目は仕事で失敗して殺された」
まるで他人。
ハスキーは聴いていて、苦しくなった。モウニングの真相を聴いて、自分もそれらの非道な人たちと同じような目線でしか、モウニングを見ていないと自覚したからだった。
「そして六人目の私は、復活することも出来ない。何故ならもう私を管理して蘇らせる、あのお方はおられないのだから・・・。だからなのだろうか」
モウニングがハスキーを見た。少し笑いながら。
「発狂モードになっても、我を忘れずに自我が残る。生きたいという、私の意志なのだろうか」
「・・・・・・なんで、そんなこと言うんだよ」
「・・・さぁ、なんでだろうな」
モウ二ングがハスキーを見据える。
「しいて理由を上げると、素敵な死因だろうと考えたからだ。仲間と本気で戦って・・・殺される。死んでもいいのだ、私はもういなかったのだからな」
「んなこと話されちまったらよ・・・!」
ハスキーが涙を溜めているのだった。モウ二ングに拳を振り上げてから、しばらく止まった。その手は震えている。
「殺せねぇよ・・・」
「!?何故だ。私を相当恨んでいるのではないのか?」
「恨んでたけどよ、死にたがりだったらよ・・・」
ハスキーが睨みつけている。
「お前が楽になっちまうじゃねぇかよ・・・」
ハスキーがモウ二ングの両方の肩を持っては、揺さぶった。
「てめぇ、それであんなに簡単に後輩の死を受け入れるのかよ!?お前のように蘇る経験がねぇから言うけどよ、一回死んだら本当で終わりなんだ!!俺も、インサイトも!!!」
モウニングの顔つきが微妙に変わった。
「今まで仲間であった、新鮮な思い出が残るお前に恨まれて生きるのは勘弁だ。私は・・・私は・・・」
モウニングが、表情を一つも変えずに。
涙をこぼした。
「どうすれば良い?」
「モウニングうううあああああーーーーーっ!!」
ハスキーが逆に大泣きして、肩が痛いにもかかわらずに、抱きしめてきた。
「お前に辛い気持ちがあるなら、何で言ってくれなかったんだよばかやろぉ~~!!すまねぇよぉ駄々こねてガキっぽくてぇ~~~!」
モウニングは初めて、自分の涙に気がついた。
「いっててぇ・・・」
「どうしてこんな傷が出来るのだ?全く」
「野犬に食われちまったんだって!」
「それでこんなえぐれた肩が出来るのか?お前の間抜けさには心底呆れるぞ・・・」
ジョイがハスキーの肩を消毒し、今は包帯をまいているところ。包帯の箇所が一つだけ増えたみたいだ。モウニングはインサイトに、ハスキーに喋った内容をいつ話そうかと悩んでいる。
「遅いよモウ二ング!」
「インサイト」
インサイトが待ちくたびれていたのか、コートを着つつもモウ二ングを手招きしている。
「早く帰るよー!」
「ひゅ~お熱いね~!」
ハスキーが茶化すが、インサイトは無視してモウ二ングとさっさと帰った。ジョイが二人が消えるのを確認してから、話し始めた。
「・・・それで、どうだったんだ?」
「あ?」
「ごまかすな、・・・モウニングと一戦、交えたんだろう?」
「・・・・・・バレちまってたか」
「どうだったんだ?お前の気持ちは変わったか?」
「・・・あいつがよ、初めて泣いたぜ」
「泣いた?・・・!モウニングが?」
ハスキーは嬉しそうに、だけど悲しそうにも話した。
「あいつはやっぱり、向こうで死ぬほど苦労してたらしいんだ。殺人兵器になるための訓練に、身もちぎれる経験をしていたみたいでよ・・・」
ハスキーがまた涙をこぼした。ジョイがそれをみてびっくりしている。
「死にたいなんてよ、あいつに言わせちまった・・・俺って最低な野郎だぜ・・・」
「・・・そうか、」
ジョイが手当を終えて、早速救急箱を片付けようと整理した。
「俺よ、友達とまえは活動してたんだ」
「へぇー、仕事でか?」
「良いダチだったぜ。酒を飲む時も、お互いの仕事の情報交換も、全部あいつとやるとすんげぇ楽しくって。敵わないしな、強くていさましくて、あいつに憧れてた。俺のこの口調もあいつ譲りでよ、いろいろ貰っていた・・・経験も思い出も、考え方も」
「・・・へぇ、その友達は?」
「死んじまったぜ」
ジョイが少し、切ない顔をした。
「・・・すまなかった、聴いて」
「いや、良いんだ。・・・その時、あいつが俺に助けを求めていたのは確かなんだよな。でも俺、何時も通りに大丈夫ってしか言わなくてよ、そいつの真剣に考えていることを汲み取ることが出来なかった」
「・・・死ぬのは当然だろ、仕事が殺しなら恨みも買っては、狙われる」
「それだったんだ。俺のダチはよくわからねぇ組織に喧嘩を売られてて、それでその組織に殺された」
「・・・それから、お前は一匹狼に暮らしていたのか」
私が、S.KILERに誘うまでは・・・。
「寂しくなかったのか?」
「良いかな、寂しくて」
ハスキーは天井をぼーっと眺めた。
「亡くすもんがなくなるから、その分強気でいられたぜ」
「・・・S.KILLERは、無くしても?」
「無理だなぁ、もう俺の中で、超大事になってたみたいだぜ」
「・・・それを聴いて嬉しいぞ、私は」
ハスキーがジョイを見る。ジョイは顔を向けずに、背中を向けてただ話してきた。
「もう独りで生きようと思うなよ」
「・・・へっ」
ハスキー鼻で笑った。それ以上は何も話さないで、外に出て行くジョイ。
「・・・ありがとうな」