「ルナさん・・・」
いつもより早く、ルナが起きていたのかいなかった。
あの夜の出来事から、出張だの夜遅いだのとルナの仕事状況が忙しくなり、それと同時にこっちも忙しくなってしまったがために、顔を合わせることがなくなっていった。
『dear.zakuro 悪い、先に出る。ハスキーのやろう、俺の仕事に手出ししようとしてやがる!』
だが、メモだけは健全に残っている。ただ、顔を合わせていないだけ。
だと、信じたい。
「・・・はぁ・・・俺、なんで叩いちゃったんだろう」
と、メモをとってみると、裏にも書いていた。
『補足:今日のお前の仕事、降りたほうがいいぜ』
「・・・?なんでだろう」
彼は意味を書かないことが多いのが、回数を重ねてきて判ってきた。メモも自分の手帳にたまりにたまって、ちょっと嬉しい。意味のない注意書きもあれば、とんでもない回答を持っていたメモもあった。今回の注意書きは、どっちだろう。
「ま、いいか。出世するかもしれない今の時期に、仕事をサボるのはよくないし・・・」
ミントは今回の注意書きを、たわいのないものと受け止めて仕事に向かった。
---------------------------------------
「今回の仕事は、ゲープ復興を行ったとされるあの教会の壊滅」
壊滅、してはいなかったのだ。
「っ!?まてよ、ニュースではあれで済んだ話だったのじゃないか?警察が漏れを出したとでも・・・?」
そう、警察を呼び込んだあのミッションの理由として、警察が扱えば報道人がニュースにして取り上げてくれるためであった。その会議で、新人として参加しているミントは内心びっくりしつつも、苦い思い出に浸っていた。
「・・・つまり、本拠点がある、ということですか?」
「ああ、どうやら本拠点はフェンテル都にあるらしい・・・」
「は!?あそこは死の街だろ!?人っ子一人いないはずだぜ!」
「生きながらえていた地下に住む学者がいたそうだ。その学者はゲープを神の生き物と賛えている。つまりはあの人類滅私を唱える宗派とほぼ同じ考えを持っているらしい」
「その情報の発信は?」
「提供は、S.KILLER」
「っ!?!」
ミントは心が跳ね上がった。それは、つまり・・・。
「協力、ですか」
「そういうことになる」
「ふっざけんなよ!?そいつらと一緒に行動?仕事?ばっかじゃねぇの!?そいつらは敵だぜ!?」
「仕事を今回頼んできた団体が、とっくに向こうの殺し屋にも依頼したそうだ。参加するとあいつらと共に行動しなきゃなんねぇことだ。そこで相談だ、」
会議の進行役になっている人が、真剣に聞いてくる。ミントの回答は決まっている。
「この仕事、請け負うか、断るか―――――。お前らの判断に任せる」
「今回の仕事は、内容的にも厳しいだろう・・・?で、あいつらと行動しなきゃなんねぇし・・・」
「俺は行きますよ、」
「!?」「本気かミント!?」
ミントは、仕事の内容とか、S.KILLERがどうとかどうでも良かった。
ただ、彼に逢いたい。顔を合わせたい。そして謝りたい。
「こっちはこっちの仕事をこなせばいい。協力を仰ぐ必要はないってことです」
「・・・それも、そうだな。お前らはどうする?」
後輩の真っ直ぐな回答に揺らぐ先輩たち。渋々依頼の承諾を承認するのだった。
「じゃあ、これで会議は終了。フェンテル都に出発するのは明後日。それまで荷物をまとめてしっかり備えるように!」
これで、ルナさんに逢える。仕事で、今度は味方側として。・・・きっと空気はよくないだろうけど、一緒にいられたらそれで良い。
「―――――!」
メールが入ってきた。ルナさんだ。
Luna >> どうだ?仕事を共にする感想は。
ぎくっ、バレてる。
Mint >> 嬉しいですヽ(*´з`*)ノ
「はぁぅ・・・送っちゃったよ・・・」
後々後悔。しているけど本音である。少し時間があいてから、返信が届いた。
Luna >> 電話できる?
「っ!!?」
どっきぃ!!そんな声フェチなのに声だけでとかそんなルナさんのばかぁー!!
Mint >> かけてきて
流石に、この返答に関しては全く顔文字を入れる余裕もなく、会社の屋上へと飛び立っては携帯がなるのを待つ。
「・・・」
pppppp・・・pppppp・・・p、
「・・・おはようございます、」
しゃべる言葉も思いつかず、挨拶をしてしまうミント。それを聴いて笑うルナ。
「わっ、笑わないでくださいよっ!」
『悪い、悪い、変わってねぇなぁって・・・』
「・・・そりゃ、変わっていませんよ・・・?」
『元気にしてたか?すまんかったな。そっちの家族とは関係なしに、教会の方の仕事で顔合わせれないスケジュールになっちまって』
延々としゃべる彼。その声を聴いてとても顔がニコニコしているのは内緒。
「ぜんぜん、大丈夫ですよ。・・・あの時は、ごめんなさい」
『・・・あぁ、いや、俺が悪かったし、あれは』
「違うんです!ただ、俺が・・・その・・・」
言いづらくなって、手癖がひどくなる。ルナの呼吸音が聞こえた。何か資料をめくっているような音も。
「ルナさんを、受け入れる気持ちが、準備できなく、て―――――」
何しゃべってんだろ俺!!ばかか!!馬鹿だろ!!?なんだよ受け入れる準備ってえぇっ!?
『・・・まぁ、状況が悪かったし、お前のことを考えてなかったから、あれはお前が止めてくれて良かったぜ?』
「・・・でも、傷つきましたよね?」
『いーや、そうでもないぞ?冷静に考えて俺が悪かったし、気にすんな!』
ああ、良かった。仲直りできた。もしルナからメールやメモ、電話をしてこっちにコンタクトをとってくれなかったら、きっと自分は悔やむしかできなかったろう。彼の行動力にとても感謝している。
『で、そっちはどこまで聴いたんだ?』
「えっと、S.KILLERの人らと行動する、としか聴いていません」
『まじか、それはそれは・・・』
「?何ですか」
『実は今回の依頼主はむしろこっちの常連客でな、かなりあてにされてんのよ。それで指揮とか全面的にこっちに任せるらしい』
「それをこっちの先輩が聞いていたら怒りますね」
『だろうな。そこで班に別けてそれぞれリーダーを俺らがやろうって話になってるんだけどよ、』
胸がときめく。
『お前、どこの班に所属したい?』
「・・・ルナさんに、ついて行きます」
向こうで大人のようにくすって笑う声が聞こえる。耳が赤くなっていると思う。
『判った、その時はよろしくな。それじゃ』
「はい、また当日に―――――」
逢いましょう。
「それでは、一緒に共に行動することとなる、S.KILLERの皆さんだ」
ざわつきと、敵視が飛び交う。会議に参加できない部下配員とかは、驚きと否定で顔つきがそれぞれ違っていた。早朝のビル屋上での出来事だ。
ミントの目は、ただ後ろの壁際に背を持たれている彼しか見ていなかった。ルナさんだ、ルナさんに久しぶりに顔を合わせる。
「それでは、こちらから話そう」
モウ二ングがそう言う。その言葉を発したとたん、こっち側の空気がガラリと変わった。やはりS.KILLERの一番やばいと言われている彼の雰囲気に触れたとたん、皆が注意し合って静まり返るのだった。
「今回は共同で仕事をすることとなった、S.KILLERのリーダー、モウ二ング」
「右腕のハスキー、」
「左腕のインサイト、です」
三人が自己紹介をする。するとこっち側の一人が反応する。
「後ろの人は・・・」
ハスキーが振り向き、ルナに呼びかける。
「おうい、自己紹介!」
「あ?する必要ないだろ?」
どき、どき、どき・・・。
久しぶりに声を生で聴く。低音に拍車がかっているみたいだ、彼の声には少々疲れと安堵がまじっている。
「正式には、俺S.KILLERの一味じゃねぇもん」
「いや、でも一緒に行動するっしょ?」
「しゃあねぇ~なぁ、・・・メンバーの位置づけ的には?」
「うーん・・・」
インサイトが悩む。ハスキーがにやけて言った。
「隠し子??」
「ふっはは!!それいい!!それにしよう!!S.KILEERの隠し子ってことで!」
相変わらずのバカっぷりに安心してしまうミント。だがこっちのチームはなんともないように嫌な顔をするばかりであった。ルナと目を一瞬合わせる。恥ずかしくなってすぐにそらした。
「ルナ、だ」
「ルナ?」「ルナってあの・・・!?」
もっとざわつく。S.KILLERと同等の有名度でもあるルナを知っていないわけがない。一人こう呟く。そして会話が続く。
「これからあいつのぶっ壊した街に行くというのにな、」「しかも今度は俺らと行動か?」「俺らもあそこで葬られちまうのか?ふははっ」
冗談にもひどい。ミントは心の中で思いつつも、ルナの表情を見る。全く変わっていない。相変わらずの視姦しているような目つきだ。・・・あの体に抱かれたんだよ、な。あの時・・・。だめだ、頭がおかしい方向にいってしまう。モウニングが話を戻した。
「そこで今回、我々の依頼人が指揮官をこちらに全面任せる、という形になった」
「!?」「なんだと!?」「ふざけるな!」
「誰がお前らなんかに従うかよ!?」「理由は?」
一人、まともに返す者がいた。それに関してのみ返事をするモウニング。
「今回の依頼人は、我らの常連客だ。従って信頼度的な問題で、我々に任せたかったのだと思われる。こんな説明でよろしいか?」
「それなら仕方がない・・・」
こっち側のリーダーが一言そう言った。
「いいんですか!?こんな奴らに指揮をとらせて!」
「残念だが、今回の仕事内容的には、我々表向きの人間には不慣れだ。ここは手馴れている彼らに従うしかないだろう」
先輩の一人は、まともに考えてくれそうだ。その言葉に、別の先輩も気持ちが揺らぎ始める。モウニングが続けて説明した。
「そこで、力を分散する方法をとりたいと思い、我々一人ずつがリーダーとなる。希望の場所に配属してくれて構わない」
「これで俺らの誰が人気度高いか判るんだな、ふははっ」
ハスキーがそう言ってくる。インサイトが一言放つ。
「僕が欲しい配員は、9名ほど。スナイパーと情報専門とする子を配属希望します」
そうすると、今度はこっちの空気が別れ始めた。真面目に参加して技術習得を目指そうとする人、まだ意地を捨てれない人と。
「私は、とにかく素直に従う子が欲しい。専門的には、強ければ誰でも構わない。人数制限も設けてない」
モウニングがそう説明する。今度はハスキーが喋った。
「派手に暴れたいやつ!俺についてこい!!」
騒がしい。ルナは何も言わなかった。ミントは真っ直ぐにルナのもとに歩み寄った。小声を聴く。
「いいのかよ、新人があの最悪な暗殺者の元にいっちまったぜ?」
「心配だな、あいつは出来がいいからここで死なせる訳にはいかないし・・・」
気持ちが仕事の方面に向かい、ばらばらと配属を決めてゆく先輩たちと見習い配員。
「別れたか?一人ぼっちはいないようだな」
ハスキーがあたりをキョロキョロしつつもそう言った。モウ二ングがまた指揮を取る。
「これからの流れを説明する。まずは飛行機を四機、それぞれ今別れたメンバーでかたまって乗る。そして向こうに着くまでに各リーダーは自分たちの役目、行動を説明し、向こうについてからはその班で動く。飛行機の滞在時間はまる一日、ゆっくりしていってくれ」
「今回の依頼者の知人が、どうやら軍隊の機器とか持ってるみたいで、資金がかゆくない程度にバックアップしてくれるそうだ。楽しい飛行遊泳ができるぜ?」
ルナがそう言う。ミントはつい顔を見てしまう。背が高い。今更気がつく。
「では、」
大きな音がする。上を見ると、おそらくトイレやちょっとした寝室くらいはついているだろう、軍隊が使うようなまだら模様の飛行機が四機降りてきた。
「それぞれの任務を全うするように、健闘を祈る」
---------------------------------------
時間は昼。朝のあの殺伐とした雰囲気は、飛行機に乗ってからはほとんど皆無となった。
「うおぉ~!広い!!」「やっべぇ楽しい!!」
ミントは別に自分だけでも良かったのに、二人きりになったらと内心バカな妄想を抱きつつも、初めて乗った軍隊専用の飛行機内をはしゃぎまわっている同僚の声を聴いた。ルナ配属は23人、そこそこついていた。モウ二ングはたしか13人。ハスキーは32人。インサイトは希望より多めの11人が配属していた。ルナははしゃいでる子達になにも言わず、ただその姿をじっと見ていた。ミントはただルナの隣にいる。見上げて言葉をかけた。
「何も言わなくていいんですか?」
「あ?あぁ、まぁな。むしろああやって探検しといてくれた方が、いちいちどこに何があるのか説明しなくてもいいからな」
「パネルの地図が貼ってあるのに・・・」
「まぁ、そう言うな」
くすっと笑う彼。心が揺れる。あんなことをされてしまってからは、やはりそういう意識しか生まれてこない。
「・・・うし、そろそろ集合をかけるか」
ルナは運転している方に近づき、おそらく全部屋に放送がかかるだろう小さなマイクに向かって話しかけた。
「よぉ~し、飛行機の中の探検をしているお前ら。楽しいとこ悪いがそろそろ仕事の話をしたい。一階中央会議室まで戻ってくるように」
普通、よぉ~しなんてマイクに向かって言わないだろう。内心つっこみたいミントだが、あまり会話をすると周りの輩に関係が初めてではないと思われるかもしれないので、慎んでおく。ルナが戻ってくる。
「俺らも移動だ。中央会議室」
「はい」
廊下を一緒に歩く。ルナの持っていた発信機が音を鳴らす。
「こちらルナ、今から説明に入るところ」
『もうすぐで夜だ、きちんと最後まで説明出来るのか?』
モウ二ングの声が聞こえた。ルナが笑って答える。
「余計なお世話だ。どうせハスキーは現地ついてからの説明だろう?」
『ハスキーの仕事は最も簡単だからな、地上で暴れて敵をおびき寄せる、』
「以上」
『以上』
わざと言葉をかぶせて喋るルナにモウ二ングはため息をついている。
「心配すんな。仕事は全うさせる」
『頼んだぞ』
発信機が切れた。そうこう歩いているうちに部屋の扉まできた。前に立つと、自動で開く。三人が先に座っていた。
「お、早いなぁ」
「まぁ、あまり動いても仕方ないので・・・」
一人はそう返した。あとの二人はまだ敵視している目でルナを見る。ルナはスクリーンに一番近い席に座る。それからその二人と視線を合わせた。
「・・・わざとか?」
一人の先輩はそう言葉を返す。
「ん~?俺そういう顔つきして見てくるやつ見るとさぁ、」
ぞわっ。
空気ががらりと変わった。殺す気満々の彼の空気だ。
「つい買いたくなるんだよねぇ、喧嘩」
先輩の額から冷や汗が湧き出ている。もう一人のガンを飛ばしていた後輩は、視線を切った。それが利口だ。
「なんだ、それなら話がはやい」
喧嘩を買って欲しいらしい先輩は、それでも視線をはずさなかった。ルナが舌なめずりをした。それを見てミントはもっとあぶない感情に浸った。
やばい、どうして彼のこういう姿のほうがかっこいいって思うんだろう。
「仕事に乗じてお前を狩る」
「おぅおぅ怖いねぇ~」
ルナは簡単に視線を外す。睨まれている自覚がないようだ。ルナの殺気にくらべたら、先輩のガン飛ばしなんか怖くもないように思える。そうこうしているうちに、ミントの同僚も入ってきた。さっきの空気が微妙に残っているが、それには全く気付かないほど探検を楽しんできたようだ。
「うし、揃ったな」
ルナは机に足をのせる癖があるようだ、足を組んでは机にのしあげる。それから資料を右から回す。全員に配り終わったのを確認してから、話し始めた。
「俺らのチームの仕事は、モウニングチームのサポート。つまりは踏み台だ」
資料に目を通すと、街の縮図が書かれていた。あのフェンテル都の街には違いないのだが、地図が微妙に異なっている。
「今渡した地図は、地下一階の地図だ。電磁波と赤外線によって、フェンテル都の地下一階がこれほど広いことが判っている」
驚いた。技術によってなのか、地下はまるで人が住めるほどに広く、土地全体に張り巡らされている。
「ただし、調べられたのは地下一階のみ。地下二階、三階と深く潜っていく場合は、これを頼りに進んでいってくれ」
今度はモニターがちっちゃくついている携帯の形をした機器を渡された。
「これは・・・?」
あの最初に来ていた子が話しかける。ルナは答えた。
「この機器は、インサイトのお手製"マップ送信器"だ。こいつには発信機が入っている。この機器は地点から半径800mの上下左右に対して赤外線を放っている。その情報をインサイトの持っている機器がキャッチし、地図の情報をリアルタイムで返信する仕組みらしい」
「これがあれば迷子にならないってことか!」
「すっげぇ!!」
画期的なアイテムに胸を躍らせる配員。だがルナは真剣な表情から緩みもしなかった。
「ただし、注意点がある。ひとつはこいつの届く電波の範囲が800m。それ以上の地下に潜ろうとすると地図の情報は送られなくなる。電波が届かなくなってな」
ぞっとする。ぷつり、と地図の表示ができなくなってしまうことになる。もし地下が暗闇だったらなおさら怖い。ルナが機器を持ちながら説明した。
「そこで、この機器には二つの機能が設けられている。横に小さなボタンがある。それを押してみろ」
ミントも言われたようにする。するとモニターの表示が変わり、"中継"という文字に変わった。
「これは・・・?」
ミントは声をあげる。ルナが答える。
「"中継"という文字が表示されたら、この機器はインサイトの持っている中央処理と同じ役目を担う。つまりは情報の橋渡し、リピータの役割だ」
「これで、お互いが中継になるんですか?」
「い~や」
ルナが言葉を否定した。そして我らの役目の意味を聴かされる。
「この機能は、モウ二ングチームの持っているやつにはついてない。俺たちのみに配られた機器しか、な」
「・・・なるほどな、サポート、か」
さっきからガンを飛ばしていた先輩は、自分たちの任務の重要さに気づき、我に戻った。
「どういう意味か、判っただろう?俺たちは中継役としてモウニング達としばらくは行動する。電波が危うくなったところの地下でとどまり、モウ二ングチームが後片付けをしてくれるのをただひたすら待つ」
「むごいな、」
先輩が反論する。
「それは俺たちがたとえ死のうとも、機器が生きていればあいつらは助かるわけだ」
「俺の仕事はだいたいそんなもんだ。隠し子だからな」
ルナが笑って答える。ミントはすこし悲しくなった。
「てめえらの体が朽ち果てようとも、中継となるこの機器だけは絶対に守り通す。それが、俺たちの班の役目だ」
後悔、という空気が漂う。ルナの班に来なければよかった、そう思っている人がかなりいる。ルナが言葉を続ける。
「俺を含めて、ここにいるのは24名。・・・丁度いいな、四人で6班に別れよう。まぁ、地下が深すぎて中継を六つも介さなきゃならないように祈るんだな」
「四人でですか!?八人はダメですか!?」
一人のミントの同僚が声を上げる。すこし震えているようだ。
「多いと逆に混乱する。四人が丁度いい。一人は中継の機器を絶対に守り、後の二人がその一人を守り、一人は遠くから観察。こうすれば誰ともなく余らないだろう?」
ルナがさらに言葉を付け足す。
「役目がなくなっちまった奴ほど、早死する。だから誰ともなく意識しなきゃなんねぇ。自分の役目をな」
「・・・そうだな、」
先輩がやっとルナの真剣な対応に答えてくれた。どうやら納得してくれたようだ。これは憎んでいる場合ではないことだと。先輩がルナに皮肉を述べた。
「こんなに拍車をかけといて、仕事内容が薄っぺらかったら笑いものだな」
「むしろそのほうが助かるだろ?」
「ふっ・・・私の名前はジョルジュだ」
心を開いてくれた。ルナの気持ちが伝わってくれたようだ。ルナもやっと肩の重さから開放されたかのように、笑って答える。
「よろしくな、ジョルジュ」
チームとしての気持ちが、さきほどの会話でかたまってきた。やっぱりすごい、ルナさんはすごい。敵を見方にさせることを容易にした。
「さぁって、それじゃ別れるか。まずは四人に別れて、その中からリーダーを決めてくれ。あまり三人は俺のところへこい」
ルナはそう言って立ち上がり、席を離れた。それからミントの肩を叩いて、耳元でこう言う。
「お前と俺は別の班、な」
「!?」
「しっかりサポートしてくれよ?」
「・・・はい、」
お互い、死なないように。
---------------------------------------
「リーダー会議を始める」
その日の夜、四人にかたまってリーダーを決めた後、リーダーのみ呼び出しがかかった。今度はルナの寝室に呼び出された。皆の部屋と違うのは、ベッドがひとつだけだったこと。他のところは、部屋に二段ベッドが二つ、壁際に一つずつ置かれている部屋だった。
「名前をあげて」
ルナがそう言ってなにかペンを用意して書き始める。
「ジョルジュだ」
「ミントです」
「アニです」
「クライです」
「ギラだ」
「オウルだ」
ルナは何か書いたあと、それをそれぞれのリーダーに配った。
「これ、身につけといて」
認識票、というやつだ。初めてこんなのを渡された。ミントは胸が高鳴る。ルナさん直筆の、という気持ちもあったが自分の死への宣告をされたようで苦しい。
「お前らが、中継の橋渡しになれ」
「「「「「「!」」」」」
「他の奴らにはしっかり、伝えておいてやれ。何がなんでも俺たちは生き残らなきゃならない立場だってな」
ルナがそう言った。お風呂上がりなのだろうか、とすこし観察しているミント。こんな大事な時に、なにやっているんだろう、俺。
「中継になってしまった班は、地下深くに潜っていった奴らの帰りが来るまでとどまっていろ。それでも地下から出たかったら、中継機器をどこか判りにくいところに埋めて、そこに認識票を突き立てといておく。そうすれば仕事は全うしたことになるからな」
「・・・それって、逃げているんじゃないんですか?」
身体が明るい茶色で、目が緑色をしたアニがそう言う。
「まぁ、な。それを掘り起こされて壊されたら中継班として失格だ」
「だったら逃げれないじゃないですか」
「まぁ、な。だがもしも、自分達より深く潜っていったやつらが全滅してしまったら、いつまでもそこにとどまってちゃダメだろう?」
「・・・考えることがいちいち暗い」
「一番最悪なケースを想定して動け。それが俺たち裏の仕事を任される奴らの掟だ」
「・・・・・・わかったよ」
アニがしぶしぶ応答した。ミントと同い年の同僚である彼は炎を使う。
「何か意見は?」
「・・・あの、」
灰色をした、頭に黒のニット帽を目元まで被っているクライが声を上げた。
「ここって・・・電話、繋がりますか?」
「おう、後悔のないようにな。相手はキチガイの教会さまさまだ。何が起こるのか全く予想つかねぇからな」
「はい、ありがとうございます」
電話・・・。ミントも家族のことを思い出す。そういえば仕事を続けてしまって、母のもとで暮らしていない。手紙しかやり取りを、あれからしていなかった。
「ほかに質問は・・・?よし、解散。よく寝て明日に備えるように」
ルナがそう言う。皆が立ち上がってルナの部屋から去っていった。ミントは残った。ルナがベッドに腰掛けてはミントを見る。
「・・・どうした?」
「・・・この仕事、そんなに厳しいのですか?」
自分の名前が書かれた認識票を見てはそう聴く。ルナの返答は遅かった。
「俺が出張でいなかったりしたのは、一度下見でこっちに来た時、地下を発見して中に潜っていたからだ」
「!・・・そう、だったんですか・・・。どうでしたか?中の様子は」
「暗かった」
ルナが一言そう言った。そして続ける。
「敵は人っ子一人いなかった。それでも気を引き締めて、俺とハスキー、モウニングはそれぞれ八人ベテランを引き連れて地下に潜り、それから帰った」
「敵がいなかった?」
「帰ってこれたのは、ほんの一割り。俺ら三人しか帰ってこれなかった」
「―――――え?」
ルナが笑わない。気をぬけれなかった苦い思いを、思い出しているのか。
「トラップだ」
「トラップ・・・?」
「惨たらしいトラップだった。口では言えねぇ、あれは口に出したら誰も地下に降りられなくなっちまうからな・・・」
ルナが膝に自分の肘をのせ、前のめりになっては眉をひそめた。
「正直、俺でももう一度潜るのは勘弁だぜ・・・。ハスキーは潜りたくないから、役を降りた。敵がいない地上での大暴れ、ははっ笑わせるぜ」
ミントは知らないあいだに、自分の腕で彼を包んでいた。彼の吐息が自分の胸にあたってくすぐったい。
「―――――!?」
「俺、絶対逃げません。どこまでもついてゆきます」
「・・・・・・おう、サンキュな」
ルナはそれでも、抱き返さなかった。またあらぬ方向にいくのは避けたかったからだ。今抱き返すと、多分甘えが先行して結果的に嫌がられるかもしれない。
「・・・もう寝ろ。明日が早いからな」
ルナはそっと放して、頭を撫でる。ミントはすこし残念に思いながらも安心した。
「お前がいてくれて良かった」
「そんなセリフ言わないでください。フラグです」
「はっははっ!わーったよ、さっさと寝ろっ」
ルナがいつもみたく笑ってくれた。きっと今までの疲れで大変だったのだろう、出張に深夜まで仕事ばかりしていて、最後にこの重い仕事だ。さっきの本音を誰も聴いてくれやしなかったのだろう。その役目が自分なのが本当に嬉しい。ミントはそう思った。
「それでは、おやすみなさい」
「み~んと、」
「?―――――」
部屋を出ていこうとしたとき呼ばれ、振り向いた。ルナが不意打ちに、おでこにキスを交わしてきた。ミントはこれまた心臓が破裂しそうな想いに駆られた。
「っ!?」
「おやすみ」
「・・・お、おやすみなさい」
ミントは顔を真っ赤にしながら廊下に出て、自分の寝床へ猛ダッシュしたのだった。
「ルナさんの、ばかばかばかばかばかばか・・・」