「これから一緒に働くこととなった人を紹介しよう」
とうとう、予期していた事が起きてしまった。インサイトは画面から目を離さずに、そのジョイの言葉だけを聴いている。
「俺の名前はルナ」
その一言で、後輩たちがざわざわと話し始める。その中で、元気に手を上げてルナにコンタクトを送る奴がいた。
「よう!久しぶり!」
「おぉ~、ハスキーじゃねぇすか!ひっさしぶりっすねぇ!」
「知り合いなのか?」
ジョイが普通に聴く。ハスキーが答えた。
「おうとも、前の仕事で一回手を組んでた時があってな!」
「まさかS.KILLERのメンバーだったなんて、何で誘ってくれなかったんすかぁ~けちー」
「だって連絡先知らねぇし~!」
「そっか、教えてなかったっすね!」
ルナが楽しそうに喋る。イライラするインサイト。モウニングはそれを傍から見て気がつく。少し近づいた。
「・・・どうした?」
小声で伺う。インサイトははっとして、我に返った。それから苦笑いでモウニングに対応する。
「な、なんでもないよ・・・ごめんね、心配かけて」
「あの男に関して、なにかあったのか?」
モウニングの鋭い指摘に、少々戸惑いながらも話した。
「すんごい昔に、ちょっといざこざを起こしてね。詳しくは話せれないかな・・・」
「そうか、それは別に構わない」
モウニングはルナの方を見る。と、目を丁度合わせた。モウニングが最初に話しかける。
「私の名は、モウニング」
ルナは嘲笑しつつも、こう返した。
「ほう、これがあの噂の殺人兵器か?」
その言葉に、ブチギレずにはいられなかった。
「もう一回いってみろ」
インサイトが静かに立ち上がっては、背の高いルナを見上げる。手にはスタンガンを忍ばせていた。
「あ?」
ルナも喧嘩口調で応答した。ハスキーとジョイは目が点になって見ているだけであった。インサイトがあんな口調で話すのを、初めて見たからだった。モウニングは家でたまに見かける口調だったため、さほどびっくりはしない。
「もう一回言ってみろよ、さっきの言葉・・・」
「何でそんなに怒んの?まさかそいつの事が好きとか?」
「だったら何・・・???」
インサイトがマジギレしている。どうやら周りの状況が見えていないようだ。
「だって、本当のことじゃん?そいつ殺人兵器だろ?」
ルナが笑ったようにモウニングを指さした。インサイトは更に怒った。
「モウニングを兵器呼ばわりするなこの悪食い!お前よりかはずっと優しいんだよ!!!」
今度はルナがきれた。
「ああ?てめぇ自分がフラレたからって、鬱憤ぶちまけるこたぁねぇだろうが!やんのか?ア??」
インサイトが銃を引き抜いた。ルナが構える。
「止めなさいっ!!!喧嘩をするなら、よそでしろ!!」
ジョイは何故か俳句のように、リズミカルに注意した。それを聴いてハスキーが笑った。
「私は傷ついていない、インサイト」
「でも、モウニング・・・」
インサイトがモウニングに声をかけられて、少し落ち着いた。モウニングがインサイトの頭を撫でる。
「お前の気持ちは嬉しい。だがそれは事実だ」
「でも、」
「インサイト?」
モウニングが少々叱った口調で喋った。ルナはそのインサイトの変わりようを見て、逆に驚いたのだった。
「・・・ごめん」
「まじでお前らお熱いなぁ~!」
ハスキーが笑いながらもからかった。その言葉にルナの聴覚が反応する。
「うっさいですねぇもうっ・・・!!」
インサイトは恥ずかしくなって、自分専用のノートパソコンを持って、たったとコンピュータ室に逃げたのだった。ルナはモウニングを見下ろす。がモウニングは顔色一つ変えずに、なんともない口調でこういった。
「・・・先程は、インサイトが逆上してしまったが、許してやってくれ」
モウニングが冷静に、ルナに対応した。ルナは更にびっくりした。
「私のことをどう呼んでも構わないが、殺人兵器の意味を取り違えないでほしい」
「・・・ほぅ、まともに話せるみたいだな。俺の知っている殺人兵器とは大違いだ」
モウニングが目隠し用のハチマキをとる。そしてルナの顔を見た。ルナははてなと首をかしげる。
「・・・なるほど、鋼族か」
「!?・・・へぇ、見て判るのか?」
ルナはあいかわらず、余裕の表情である。モウニングはまたハチマキをつけて、目を隠した。ルナが少々がっかりした。
「あ~っ、お前の目すんげぇ綺麗なのに、がっかり・・・」
モウ二ングが首を傾げた。そして応答する。
「目は酷使しないことにしている。目から入る情報量は、私の処理機能に間に合っていない」
「へぇ~、そうなん?なぁモウニング、」
「あまり根掘り葉掘り聴くな」
ぴしゃりとルナの言葉を遮る。モウニングはさっさと歩いて、仕事のメモを取る。それは以前のように、プクプクマーカーで文字が書かれていた。
「貴様の下心は見えている」
モウニングが冷たくそう言い放って、部屋を出ていった。後輩がさらにざわついた。ハスキーが解説した。
「あ、悪食いってあだ名はその名のとおり」
「バイセクシャルって意味」
ルナが平然と喋った。後輩がひやーーと声を上げたのだった。
「ふぅ~ん、モウニングか・・・攻略のしがいがありそうだなぁ・・・」
と呟いているのだった。
「あぁ~もう!!人のこと見下したような口調でアイツはぁ~!」
家では早速、インサイトの愚痴が勃発した。モウニングは向かいの席でご飯を食べつつも聴いていた。
「モウニングのことああゆう風に言うなんてもうさいってい!絶対どっかのタイミングで痛い目に合わせてやる・・・!」
「恐ろしいことをぼやくなぁ、インサイト」
モウニングが少々笑いつつも答えた。モウニングはインサイトの家の中では、表情が穏やかになる。ハチマキも必要としない。本人は自覚していないのだが、インサイトの家が唯一、素直でいられる場所だということは気がついている。インサイトはふてながらも、モウ二ングの方を向かずに話した。
「どうせアイツ、モウニングの目を見たら狩る対象になるんだもの・・・絶対渡さない!」
「やはりか」
「目を見せたの!?」
「相手の顔くらい覚えてやろうと思ってな・・・」
「覚える必要ないし!あんな奴!!」
「仕事の支障をきたすかもしれないのだ。これから一緒に同じステージを走るだろう」
「むっ、それも嫌だ!」
「インサイト・・・」
頭を抑えるモウニング。インサイトは相変わらず、ふてている。
「可愛いな」
ぼそっと呟くモウニング。熱い夜なら何度か交わした仲だったのはまだ誰にも教えていない。インサイトがその言葉を聴いて、一気に顔を赤く染めた。
「も、もう!褒めたって僕は譲らないからね!」
「はい、はい・・・」
「そっちにはもう行ってるのか!?」
「えっ、まだあっちはまだ戦略しないって・・・」
「ばっかやろう!さっさとけちらしてこい!三人以上でいってこい!!」
「ひえぇえ~~!」
「ハスキー、俺と行動しろ!モウニングは後輩の方を頼む!」
「おーけぇい!」「判った」
とある日、基地壊滅の依頼が回ってきた。ルナという人物が、仕事に指示をするほどの行動力と勘を担っていることを目の当たりにする。ハスキーはもっぱら便りっぱなし。モウニングは自分の意見がない限り従っている状況。
それを快く思っていない者は、援護射撃のスコープを覗きながらも、ルナにばっかり目を当てていた。
「くっそぉ~~撃ち殺してしまいたい・・・!」
インサイトはそう呟いた。しかしそれは仕事上、許されない。しばらくスコープ越しから、様子を伺っている。
「先輩!」
モウニングのチームにいる後輩が、一言声を上げる。
「どうした?」
「これ、まずいのでは・・・?壊すの・・・」
基地の全ての情報がおそらく搭載されているであろう、サーバー室にたどり着いた。換気扇やら冷水機やらで十分に冷やしているためか、中はとても寒い。モウ二ングはサーバー室の中に入っていき、無線機でインサイトに呼びかけた。
「こちらモウニング、応答せよ」
『は~い、どうしました?』
「只今サーバー室にいる。だが情報を吸い取る機器を所持していない」
『えっ!?う~ん、どうしよう・・・どっかにコマンドを打てれるキーボードがないかな?』
「探そう」
モウニングは部屋の中を突き進んでは、どこかにパソコンがないのか探した。奥の方に、パソコンが一台置いてあった。それは既にモニターがついており、文字入力しかできなさそうな状況のものだった。
「報告、一台のみ起動しているパソコンを見つけた」
『情報に詳しい後輩がいるかな?』
「情報かじっている子は!」
「はいっ!僕です!!」
後輩の一人が、元気よく手をあげた。それからこっちに突っ走ってきてくれる。
「一人いたみたいだ」
『ふふっ、それじゃあ、その子に無線を立ち上げて欲しいって言ってくれるかな?』
「無線を立ち上げてほしいらしい」
「判りました!おい!手伝え!!」
後輩の三人が懸命に動いては、おそらくこのサーバーをS.KILLERのネットに繋げようとしている。
「彼らに代わろうか?」
『作業が終わり次第、代わってあげて・・・ってか、他のメンバーは?』
「現在、ハスキーとルナが数人の後輩をつれて、基地壊滅の方に勤しんでいる」
『あのバカ・・・』
憎まれ口をたたかれるルナが、少し羨ましいと感じるモウニングだった。
「完了しました!」
「インサイトから、直接支持がある。代わるぞ、無線」
「えっ!?あ、はいっ!」
後輩達には、無線を持たせていない。持っているのはハスキー、モウニング、インサイトとルナのみ。インサイトは後輩にも受けがいいので、無線で話せるなんて滅多にない機会に少し高揚している様子。インサイト狙いで情報の勉学に勤しむ者がいるという噂も流れている時期があった。
腐っているなぁ。人のことを言えないのだが。
「はい、はい、・・・ロックがかかっています。どうしますか?」
淡々と、インサイトの要望を飲んでいく後輩。それを見つつもモウニングは後の二人が気にかかった。無線が今インサイトと繋がっている状態のため、二人に連絡がとれない。
「・・・ふぅ」
だが、この基地はバカみたいにでかい。出歩くのはあまり宜しくない。とにかく、ここの持ち場を守るしかない。
「はい、そうですね・・・できました!30分程度かかるみたいです!」
『ご苦労さま、それじゃ、モウニングと代わってくれるかな?』
「はいっ!ありがとうございます!」
後輩が、モウニングに無線を渡した。モウニングは一言ありがとうと言ってから、無線を受け取った。
「代わったぞ。状況は?」
『今サーバー移行をさせているところ』
「・・・こんな、サーバーが何台もあるよな情報量を、どこに一体保存するのだ・・・?」
『秘密っ♪』
モウニングが微笑する。インサイトは笑っている。
「さて、そろそろルナとハスキーがどうなっているのかチェックしたい、一端切るぞ」
『は~い、頑張ってね!』
「ああ」
無線が一端切れた。それからシフトして、ハスキーに無線の通信を試みた。
「・・・」
『こちらハスキー!なんかあったか!?』
「こちらモウニング。現在サーバー室にて情報を吸い取っている作業をしているのだが、そっちは?」
『こっちはまだ占領中っ!つかそんなのあったんだな!』
「偶然に見つけたのだ」
『さっすっが!俺たちの方で見つけてたらおじゃんになってたぜ?』
「・・・ああ、こちらで確保できて正解だった」
無線機越しから、ルナが走ってきてる音がする。
『今だれと話してる?! えっ、モウニングだけど? 貸してみ!?』
モウニングは無線を切った。
「・・・ルナさんには、冷たいんすね」
後輩が傍で見ていて、笑いつつも話しかけてくる。モウニングは軽いため息をつきつつも応答した。
「用のない時に、無線は使いたくもない。こいつは有限だ、電池で動いているのだからな・・・」
全く照れずに話した。ちっとも気持ちは向いていないのだろう。ルナはかなりヤル気マンマンなのは、一緒に仕事をしていて分かってきた。無論、モウニングは容赦しない方針で構えている。
『おいーー!何で切るんだよぉ!!』
ルナが折り返しかけてきやがった。モウニングは少々ため息をつきつつも応答した。
「個人的な話なら電話で請け負う。今は」
『じゃなくってちゃんと仕事の話だからっ!』
「そうか、なら要件を聴こう」
『たくぅ~、そっちサーバー室なんだって?』
「そうだ」
『こっちそろそろ爆発物しかけてんだけど、情報を吸い取るのに完了する時間はおおよそ?』
「役一時間、多めに見積もって30分伸ばしてくれ」
『お~け、それだけっ!そんじゃな!』
切られる。少々ホッとする。インサイトは心底あやつのことを嫌っているためか、無線で話している時も監視がついていそうで少々怖い。ルナになにがしかのアクションがあるわけでもないのだが。
「全く、」
仕事以外でも気をつかわねばならないことが増えて、そろそろくたびれそうだ。
なにせ喧嘩勃発が激しい。顔を合わせればインサイトがルナに威嚇ビームを浴びせている。それを過敏に反応してついルナがインサイトをからかう。インサイトがそれに乗っては喧嘩開始。それに介入してなだめるのは決まってモウニングかジョイ。ハスキーは笑っているため全く役に立たない。
「よく帰ってきたな」
インサイトはもっぱらモウニングにしか話しかけない方針である。ハスキーとジョイには多少話しかけるが、ルナと関わっている時が割合高くなったため、あまり話しかけなくなってしまった。
「どうだった?攻略は」
ジョイが伺った。ハスキーが先に喋った。
「ばっちし!情報もモウニングの方で吸い取ってもらっていたらしいぜ。そこんところはインサイトかモウニングに聴いてくれ!」
「判った、どうだルナ?S.KILLERに入ってから三週間位経つが・・・」
「すんげぇ楽しい!やっぱいいよなぁ~、こういうハイクオリティな連携とれる仕事は楽しいっ!」
「それはよかった」
いきなりジョイの肩を腕で引き寄せて、耳元に鼻をもってゆくルナ。ジョイはもちろん赤面した。
「今日はジャスミン?・・・」
「っ!?ばっかやろう!何をする!」
ジョイが無理やり離れた。ルナがおどけて笑った。
「くははっ!手出しはしねぇーよ!ははっ可愛いなぁ本当~」
ハスキーが軽く注意する。
「おいおいー、仮にもここの社長だぜぇ?あんまりそういう行動すると、クビにされちまうぜ?」
「へーいへいっ」
まんざらでもないのが乙女。そりゃ男前で仕事も出来る、イケメンにそんなことをされたなら誰だってときめく。ハスキーはそれで気がないのは判っているから、口酸っぱくは言わない。
が、インサイトはそれで何人もの女を泣かせていることを知っているから、見逃さない。
「まだそういう癖、直せてないんですね・・・ゲス」
「うっせぇよ」
ルナは軽く流すことにしている。だが今日はそれだけじゃ気が済まない。
「そうやって、また今度も泣かせるんじゃ―――」
インサイトの手を引っ張って、無理やり抱きしめた。それから首元にキスを交わす。これを目撃したハスキーとジョイは固まった。そして通りかかったモウニングは手元にあった缶コーヒーをルナに思わず投げつけた。クリティカルヒット。
「いでっ!?!」
「モウニングー!こいつとうとう化けの皮はがれてきたぁぁ!!」
モウニングに抱きついては背中に隠れる。モウニングは多少冷静になりながらも、ルナに聴いた。
「何をした?」
「あ~?気になる?だったら本人に聞いてみれば?」
モウニングはインサイトに目をやるが、全くもって口を割らない。首を横に振るうだけだ。
「話したくもないらしい。一体何をしたのだ?」
「首元にキスを交わしてやっただけだぜ?くはは」
流石はバイ。場所を選ばないのだ。モウニングが多少怒っている。やっと怒っているとルナはむしろ感動している。
「私に手出しするのは構わないが、もしインサイトに嫌な思いをさせたならば、同士でも容赦はしない」
「やっぱ付き合ってんの?お二人さんは!」
ルナがテンション高めに聞き返す。モウニングは平然と答えた。
「致命的なダメージを与えるならば、感情的にお前を殺す程度の感情は、持ち合わせている」
「そういうの好きって言うんだぜ!?」
横からハスキーが突発的に喋った。ジョイが軽く頭を殴る。
「んだよ!」
「お前は黙ってろ」
ジョイがぴしゃりと言葉を遮る。
「なら訂正しよう、私はインサイトが好きだ」
だが時すでに遅し。
「「マジでっ!?!」」
流石に反応できずにはいられなかった。そうさらりと言えるところが恥ずかしくて、言葉の意味を教えていないインサイト。インサイトは顔を真っ赤にしながらもモウニングの手を引っ張った。
「あぁあもう恥ずかしい!!さっさと離れよう!こんなところ!」
「だが、あいつに引導を渡してない」
「いいからっ!正直さっきの言葉でルナのことなんかどうでもよくなった!」
ルナはその言葉に引っかかった。が、ここでは敢えて口にしなかった。
「さぁ帰ろう!今日の仕事はこれだけだから、時間外の時はさっさと会社内を出てくのがルールだったよね!?」
「問題ない!」
ジョイが返答した。頭の中はさっきのモウニングのいきなりの大告白でぐるぐるしていた。
「それじゃお先にしつれいしまーす!情報のことは後日お話します!」
「ご、ご苦労!」
ジョイが精一杯返答した。ルナはしばらく、二人の様子を眺めていた。ハスキーがつい、聴いてしまった。
「インサイトにすげぇ喧嘩売られているけどよ、何で?」
「そういえば、インサイトは最初っからお前を知っているような言動が多いな・・・」
「聞いちゃいますか?まぁ、俺から話しても良いけど、相手はきっと嫌がるだろうしなぁ・・・」
「口をわりません!絶対!!」
「ハスキーはちょっと怪しいっすね~!」
「こいつが秘密をきちんと守ったためしなんかない!」
ジョイもルナに乗ってそう言う。ハスキーがえぇーと言ってはとぼとぼ帰りの支度をし始めた。
「・・・ジョイさんなら、教えてやっても良いぜ?」
「?何故だ」
「態度を見ている限り、インサイトと仲良しみたいだしな。多分、あいつもジョイさんのこと信頼してると思うし」
「そうだ、な。成立して、こんなに仕事が充実する前は、かなり喧嘩してたからな・・・」
ハスキーのこととか、モウニングのこととか・・・。
「なら、俺からインサイトに関してちょこっと知っていること、話すぜ?」
「・・・・・・」
「大丈夫だってww交換条件なんかしねぇから!ハスキーが可愛がってるってのは聴いてるし」
「なら聴こうか」
「・・・・・・はぁ、」
モウニングは、寝室のベッドに寝転んでは天井をぼんやり眺めている。インサイトは現在お風呂でゆっくりしているところ。正直、ルナのあの行動には疑問しか湧いてこない。やはり二人は前にそういう関係を持っていたとしか解釈出来ない。それはそれで構わない、過去に関与する身分でもない。ただ、あそこまでメッキが剥がれるほどのことを、ルナがしたというのだろうか・・・。
「ねぇ、」
ふとインサイトが声をかけてきた。モウ二ングはベッドから起き上がってインサイトを見る。部屋の中ではハチマキ抜きだ。
「?どうしたのだ」
「・・・あの、ね。モウニング」
インサイトが久しぶりに躊躇っている。近づいては、ベッドに膝を載せる。わずかにクッションが沈む。
「聴いて欲しいことがあるんだ」
(30分前にて)
「たしか、俺がバイセクシャルに目覚めて一年くらい経ってから、あいつに出会ったんだっけ」
ルナがジョイを食事に誘って、二人のみで話をしている。普通の飲食店で、ジョイは早速なにかをたのもうと品を見ている。
「インサイト、って偽名じゃなく、その時はクレセントって偽名を使ってたかな」
「クレセント・・・か」
「当時のアイツすげぇぜ?もう完全にネコだった。格式の高い上品なゲイバーとかで、必ず重宝されるレベルのテクニシャンだったんだぜ?」
「・・・今のインサイトから、まっっったく想像出来ない話だな。しかもお前・・・」
「いやいやwもう行ってないからよ、嫁いるし」
「いるのか!?良いのか、こうやって一緒に食事を交わしても・・・?」
「いや、見つかったら全力土下座でも許してもらえないかもな~」
「馬鹿だな、お前」
ジョイはパスタを頼んで食べている。がルナは何も頼んでいない。おそらく、帰ってはお嫁さんの料理を食べるのだろう。
「あいつに接触するのを試みたのは、あいつの存在を知ってから二ヶ月後。それほど時間も合わないキャラだったぜ。いつもどっかでふらりと消えちまう奴だったかな」
「なるほど、女のモテる要因の一つだろう。手に入らないモノを男性は手に入れたがるからな」
「そうそう、いい線までいったんだけどよ~、恋人になるまでめっちゃくちゃ大変だった」
「お前のノンケ話は良いから、ホモめ」
「バイだ」
ルナがむすっとしている。ジョイはパスタを食べ終わったので、デザートを選んでいる。
「で、インサイトとお前の関係は、つまり元カレと元カノってことか」
「そう、フッたのは俺の方。さっきも言ったように、恋人ができちまった」
「ほうほう・・・その女性とはちゃんと仲良くやれている、そうだな」
「あいつは大切にしたいんだ、」
今までのルナの雰囲気とは違い、その人を想っているのか、ほがらかに笑っている。本気なんだな、とジョイは感じ取った。
「今までの女も、まぁ俺に対してすごい思い入れがあったとは思うけどよ。あいつはなんだろう、な」
「今までの女性と違う点は?」
「え?俺なんかどうでも良いみたいな態度とか」
「Mかよ!!」
「いや、なんだろう、今まで会ってきた女なんか、異様に女々しいやつらばっかでよ。まぁ、ミーちゃんも・・・あ、嫁の愛称な。ミーちゃんもお洒落とか女子力は高いけどよ」
「根はどっちかというと中性なのか」
「そうそう、ジョイさんもそんな感じがするからすげぇ好き」
「どさくさにまぎれて何を言い出すのだお前は・・・」
「くははっ」
ルナが笑う。この人はいろいろな人を見境もなしに口説くのか、悪食いめ。
「で、インサイトが荒れるのはお前がフッたから、ということになるのだな」
「まぁよく考えれば、浮気者の夫と同じ職場で働けるかってことだろうな~」
「それは精神的にくるな・・・。なるほど、判った。なら仕事のかぶりをなるべく避けるようにする。こちらとしては、二人に気持ちよく働いてもらいたいからな」
「まじか、すまねぇな。まさかインサイトがいるとは思っていなかったからよ(半分嘘」
「しかし、インサイトにそんな過去があったとはな・・・意外だ」
「料理がうまいんだぜ、あいつ!ミーちゃんにも仕込んでもらいたいくらいだぜ」
「その、ミーちゃんというお方は、お前の仕事に関して何か知っているのか?」
「教えてない」
ルナが苦笑いした。
「多分、俺が今やってる仕事とか、俺の性根とか教えたら・・・絶対嫌われる」
「まぁ普通は殺し屋なんて恋人はなぁー・・・」
「だから仕事はまぁハードだって言ってるだけ、だけど多分どっかのタイミングで打ち明けにゃならねぇよなぁ~・・・」
「携帯で言ってみれば?今ここで」
「まじかよっ無理!今腹に子供いるしよ」
「めでたいではないか!!」
ジョイとルナはしばらく、そう話していた。
(30分後にて)
「・・・そういう関係だったのか」
二人は身体を重ねてベッドに寝転んでいる。インサイトはモウニングにかぶさり、肩に顔をうずめては弱く喋る。
「あんな奴に騙されてたんだ。多分、今いる恋人もきっと泣かされると思う」
「・・・困ったものだな、あの悪食い」
「くすっ、全然困ったように言ってないでしょ」
「何、向こうに恋人がいるなら自覚してもらおうではないか。インサイトとは、知り合いのラインに戻ってしまったことを」
「・・・そうだね」
モウニングが優しくインサイトを抱きしめる。寝返りをうち、インサイトとモウ二ングは向き合ってベッドに寝ころんだ。
「心残りなのか?」
「え?」
「自分がフラれてしまったことが」
「・・・うん、それはある」
インサイトが無表情でそう言った。
「すごい未練がましいけど、初めての人だったんだ。・・・僕のあのすごい性格をまるごと包んでくれた人・・・」
「クレセント?」
「うん、一種の多重人格だもの」
「たまに私に愚痴ってくるインサイトは?」
「あれはクレセントだと思う、かな。もう境目が薄くなってる。クレセントも僕の一部になってきてるから、クレセントはいないのかも」
「そうか・・・」
「・・・ごめんね、モウニング。こんなこと話しても、モウニングにはどうしようもないことなのに・・・」
「いや、インサイトのことが判って嬉しい気持ちだ」
「本当?だったら嬉しい」
「・・・しかし、クレセントに出会ってしまっていたら、私は何も出来そうにないだろう」
インサイトは少し悲しい顔をした。昔の自分を否定されたような響きだったからだ。
「・・・だよね、だってモウニングは不可解なことが嫌いだものね」
「だから、ルナにそこは感謝していれば良いと思う」
怪訝そうな顔になった。
「・・・そう安安と、割り切れるものじゃない」
「全てを許さなくても、その部分だけでも許してやれば良いのでは?」
「・・・モウニングは優しいね」
「いや、ルナはいかん」
「あはは!やっぱりモウニングは嫌いなんだ、ああゆう人」
「いかんだろう、あれは。人の精神面に異様に関与しすぎだ。乱れるだろう」
「本当それ。モウニングみたいに割り切れる人じゃないものね」
「・・・インサイト、」
「何?」
「どうしても辛かったら、私に頼りなさい」
「・・・うん、そうしてる。これからもよろしくね」
二人は頬にキスを交わして、眠りについた。
ルナと共に活動してから、早二ヶ月が経とうとしていた。インサイトも逐一噛み付くようなことはしなくなった。それもそのはず、ジョイが仕事のシフトをうまいように合わせないことに勤めているためだ。モウ二ングに踏み入ることもなくなったルナは、今日、何故かすごく張り切っていた。ハスキーが興味本位で聴く。
「どしたんだよ?その元気な姿はよ」
「秘密~」
ルナのことなんか至極どぉぉぉぉでもいい!インサイトは無視している。モウニングは何時も通りに、自分の愛用している武器のメンテナンスをしている。
「ルナ、貴様」
「あ?」
「私の愛用している軟剣、使っただろ」
「ばれたかw」
「止めてくれ、あれは乱暴な力で使うと内部のゴムに負担がかかる」
「俺じゃ無理ってか、その子はデリケートなんだな~」
「そうだ、丁重に扱えないものには使わせない方針なのだ」
「んじゃあ優しくする方法、教えてくれよ」
「触らせる気はない、よって使い方も伝授しない」
「どけちっ!いいじゃんかちょっとだけ遊んでもよぉ~」
「断る、乱暴者には触らせん」
剣の話題なのに、どういうことだこの会話は。インサイトは聴いていて、顔を赤らめてはとっさに隠す。
「触るなっ!!」
モウ二ングが久しぶりに声を張り上げた。ルナは相変わらずしぶとい。いやしつこい。
「大変だなぁモウニング~」
ハスキーは相変わらず、他人事だった。
「そうそう、俺二ヶ月くらいは午前勤務のみになるからよ」
「まじすか?なんでよ」
ルナがハスキーの問にたいして、にこにこしながらも答える。
「秘密~」
インサイトは、気になった。それほど今、恋人とうまくいっているのだろうか。ルナが夢中になれる女性なんて考えられない。その女性のことが気にかかった。
「・・・ルナのことなんだが、」
ルナがハスキーとモウ二ングを連れて、仕事に行ったときにジョイが話しだした。インサイトに対して耳打ちをする。
「育児休暇でもとらせてやろうかと思っているんだ」
「・・・え?」
インサイトが耳を疑った。あいつが、あいつが子供を持つだと・・・!?非常に危険!悪影響だ!!
「あいつが子供を授かった!?絶対まずいでしょ!」
「いや、その意見はすごく判るのだが・・・。だがそうしてもらった方がお前も助かるだろう?」
「・・・誰がそのこと、知っていますか?」
「私だけだ。ルナが子持ちのパパになったことを知っているのは」
時間って酷い。
あの時の彼を返してほしい。
「・・・お土産送りたいな」
「?ルナにか、珍しいな」
「違います、ルナのお相手さんにです」
「ほう・・・実はもうルナ、」
ジョイが近くにあったデスクワークの椅子に座った。足組みをする。
「仕事も、自分の性格と過去も打ち明けたらしい」
「へぇ・・・それで、オーケーしたんですね。恋人さん」
なんだよ、ふられちゃえば良かったのに。
「それで彼女に夢中になれたらしい。まぁ、自己開示をすれば親密な関係になれるのは心理学でも言われているしな」
「そうですね・・・」
インサイトはキーボードを叩く。ブラインドタッチできるのに、何故か下を向いているのだ。
「・・・判りました。でも何で僕だけにそんなプライベートなことを・・・?」
「・・・実は、ルナの口から・・・お前のことを少し聴いた」
「」
インサイトは立ち上がって、後ろに後ずさった。顔は真っ青になり、何かをしゃべろうと口が震えている。インサイトの頭の中では、渦巻いていた。
え、
え、意味わかんない
どこまで話したの?アイツ
僕が小さい頃に、ゾンザイな性奴隷として扱われたこととか?
僕が銃が得意なのは、一番優しかった飼い主さんの趣味を真似したとか?
僕がバー専属で、気に食わない奴とか殺して、臓器売買して金のたしにいていたとか?
僕はもう男性しか好きになれない汚い存在だとか?
クレセント。彼のことについても話したの?
え、そんなことまで話されちゃったら、僕ここにいられない・・・!
恥ずかしい、自分が嫌い、いやだ、こんなところになんかいられなくなっちゃうよ!
助けて、助けて、クレセント――――――!
「・・・はっ、意味分かんない」
「っ!?」
ジョイは驚いた。インサイトが眉間にシワを寄せつつも、首を横にだらしなく傾けた。明らかに態度が違った。
「ど、どうしたのだインサイト・・・っ!?」
ジョイに銃を突きつけた。それから問いだした。
「ねぇ、どこまで聞いたの?僕のこと・・・まっさか、僕が小さい頃に受けてた英才教育のこととか話してないよね~?」
「い、一体どうしたのだ・・・!?聴いたのは、お前が、その・・・」
ただ、ゲイバーでやんやしていた程度のことしか聴いていない。が口に出せない。インサイトはそのジョイの態度に、それ以前のことも喋られたのだと勘違いしてしまう。
「チッ、コロス」
インサイトが発泡した。ジョイは間一髪で走って逃げ切った。インサイトは異様にも冷酷さを忘れずに、目の色を変え、逃げていった廊下に出てゆく。
「はっ!走って逃げきれると思ってんの!?ばっかじゃないの・・・!!」
廊下に響く銃声。
まだ社内にいた三人が、その音を聴いた。
「「「!!??」」」
ルナが最初に駆けつけ、それからモウニング、ハスキーと続けた。廊下に向かう三人。
「っ!?!」
異様な光景を目の当たりにした。ジョイが仰向けに廊下で倒れ、インサイトがそれにのっかってはジョイの口内に銃口を入れていた。ジョイの足から血が出ている。きっとそれで仕留められたのだ。
最初に逆上したのは、ハスキーだ。
「てめぇ何しやがんだぁぁああ!!」
ハスキーが切りかかった。インサイトは華麗に後ろへ飛んで、回避した。身のこなし様も、まるで別人だった。
ルナが口走った。
「クレセント・・・!」
「!」
モウニングが反応した。ハスキーは怒りで聴こえていない。
「お前、何をしようとしやがったんだよ」
「えっ?何って、殺してバラバラにして売ってやろうと思ってただけだよ?」
「何考えてやがるんだよ!てめぇ!!」
「げぇ~、怒鳴る雑いオトコは眼中にありませ~ん、気色わるいです~」
「てめぇの方が気色わるいだろ!このホモ!!」
「っ!!」
カチン、こいつ絶対コロス。
インサイトが銃をハスキーに向けたその時だった。
「クレセント!」
ルナが前に出た。クレセントは銃を撃つのを止める。それからルナの顔を少し眺めてから、話だした。
「・・・ルナ?ルナじゃない!どうしたの?こんなところで」
「お前、まだいたのか・・・」
それは、インサイトに言っているのではなく、クレセントに対して言っているのだった。モウニングは知っているが、ハスキーは知らない。ジョイの安否を確認しに、倒れているジョイに近づいた。
「っ!」
インサイトがハスキーの足元に発泡する。ハスキーはぎょっとした。
「その女、金にするんだから手出ししないでよ」
「てめぇえええ!!」
ハスキーがルナの前を通り過ぎ、インサイトに掴みかかろうとした。
「ばかっ!行くんじゃねぇ!!」
「ふふっ、おバカさん」
インサイトが手元に隠し持っていた手榴弾を投げつけた。それを銃で狙って、撃つ。
「っ!?!?」
ハスキーのほぼ目の前で、それは爆発した。モウニングとルナの心に不安がよぎった。
「ハスキー!」
ルナが叫ぶ。ハスキーは全力でしゃがんで、頭を飛ばされるのを回避出来た。が背中が大やけどを負っている。ルナが冷や汗をかいている。
くそっ、クレセントなんて久しぶり過ぎて、どういう対応をすればいいのかなんて忘れちまった・・・!
「っ・・・おいっ!!」
ルナの考えをよそに、モウニングは歩いて近づいてくる。ハチマキをとり、インサイトに話しかけた。
「インサイト、」
「はぁ~!?僕はインサイトじゃありません~!クレセント!いい加減覚えてよね悪魔さん!」
「じゃあ、クレセント」
モウニングが近づこうとすると、銃を向ける。モウニングは足を止めなかった。
「やだ、近づかないでよ・・・!悪魔さんっ!?」
「・・・悪魔さん?」
ルナははてな、と首をかしげる。が疑問はすぐに解決した。
「もう前にうけた説教はいらないから!反省してますー!だーかーらーそんな怖い顔で近づかないでよ~~っ」
なるほど、モウニングは何度かクレセントに出会っているのか。モウニングが、手を銃の形にして、「ばん」と呟いた。
「ひやっ、ごめんなさいっ」
インサイトがびくっと身体を反応させて、銃を落としては怯えた。ルナはその異様なインサイトとモウニングのやり取りに、ただ見ているだけだった。が、はっとしてはハスキーとジョイの元に急ぐ。
「おいっ!大丈夫かお前らっ!!」
「んのやろう・・・!ちっくしょぉ・・・」
ハスキーはものすごく悔しがっている。ジョイがルナに足を手当されながらも、話した。
「すまない・・・。ルナから・・・お前のことを聴いたと、話したとたん・・・ああなってしまって・・・」
「あいつの過去は広くてな。あの様子じゃ、全部喋られたと思いこんぢまったんだろうぜ・・・」
「そう・・・なの、か」
「あぁもぉ~悪魔さん!怖い顔はやめてぇ!」
インサイトのおでこに、デコピンを食らわすモウニング。すごく痛そうな、爽快な音がした。
「いったぁぁ~~~~っっ」
「何があったのか、聴いてやらん訳でもない。が、これはバツだ」
「・・・はぁい・・・」
しょんぼりしている。モウニングが少し笑ってみせると、インサイト(ここではクレセント)も少し笑う。
「・・・悪魔さん、聴いて」
「聴こうか」
「ルナが僕のこと、あの女にチクったんだよ?もうすごく悲しくてつい撃っちゃった」
「ルナ・・・――――――」
やっぱ俺が悪いんですかー!
「いや、本当、バーのことより前のことは全く話してねぇえから!!」
「人を騙しまくってるオトコの言葉なんて信用できませぇ~ん!」
「ジョイ、本当か?」
「本当だ・・・それ以上は聴いていない」
「えっ」
インサイトがぎくっとする。それから顔を赤らめた。ルナはハスキーの手当をしている。
「俺には何がなんだかさっぱりだ・・・!」
「何も知らないのに被害一番でかいとか・・・ハスキーさんマジで申し訳ないっす」
ルナが謝っている。インサイトは顔を覆って、ブツブツ言い始めた。
「もう、インサイトの早とちりじゃんかぁ~あ~恥ずかしい~っっ」
「では問おう、この事件の元凶は?」
「・・・僕のせい?」
「いいや、ルナだ」
「っ!?!?」
まじすかあぁああぁぁ!!!?
「ルナが中途半端なことを吹き込んでしまったがため、このような騒動を招いた。よって引き金はルナだ」
「じゃあ、撃っていいのはルナっ?」
インサイトがさも嬉しそうに聞き返す。モウニングは最高の笑顔でこう答えた。
「ちょっと痛めつけてやりなさい」
インサイトは目をきらきらさせながらも、ルナにグレネードランチャーを向けた。どっから出てきた。
「じゃあ早速痛めつけておきまーす!悪魔さん大好きっ!」
「それは嬉しい限りだ」
モウニングの表情から推測される言葉。
許さん。
今日の一日が終息へと向かっていく夜。午前に起きた社内戦によって、ルナは早く帰れずにインサイトに追い掛け回されて傷だらけになって帰っていった。インサイトは、今日丸一日、クレセントモードになってはジョイにごめんなさいと何回も謝っていた。悪い子ではないのだ。ただ着火するとトリガー勃発するのが課題である。無事に家に帰っては、クレセントが張り切ってモウニングに言う。
「ご飯なにが良い~?今日は久しぶりに僕が作るよっ!悪魔さんっ!」
悪魔さん、というあだ名はクレセント直々にもらった愛称。雰囲気がそれっぽいとか。悪魔に出会ったとでも言いたいのか、全く。
「クレセントが食べたいもので。私もそれが欲しい」
台所で早速調理し始めるクレセント。モウニングは食卓用のテーブルの定位置に座り、その楽しそうな背中を眺める。
「ふふっ、僕がほしいのなんて悪魔さんのしかないよ~?」
「食事の話だろう?論点ずれてないか?」
「ごめん~、もう真面目に返答しなくてもいいじゃんか~」
とか言いながらも、シチューを作っている。
「・・・あのね、悪魔さん」
「何だ?」
「インサイトに嘘ついたよね、扱い方がわからないって」
「・・・そうだな、」
「どうして?本当は僕のこと、嫌い?」
「・・・インサイトは、もうお前にお世話になりたくないと言っていた」
クレセントの手が止まる。モウニングはそれを見て、やはり傷つけてしまったか、と思う。
「・・・私は、クレセントも好きだ。インサイトも好きだ。過去がどうとかそんなことは私に関係ないのだからな」
「どっちが好きなの?」
クレセントが、涙を溜めながらもモウニングに話しかけた。
「インサイトと・・・僕と・・・どっちが好きなの?」
「・・・インサイトは、お前の一部ではないのか?」
「あの子は僕じゃないもん、僕が本当の姿なんだよ?今まで性奴隷で最悪な飼い主に当たった時、インサイト隠れて全部僕が相手したんだし、ゲイバーの時も、金に変えるために人をコロスことだって僕がした」
「・・・影のインサイト、か」
「だから、僕がインサイトなんだって!」
クレセントがモウニングの方を向いた。モウニングは視線を外さずに、見つめている。それにときめきを覚えつつも、クレセントは話した。
「・・・だから、悪魔さんと初めて出会ったとき、ずるいって思った。あの子は自分が気持いいと思える相手を、僕に教えずに独り占めする・・・嫌な奴だよ!あいつの方がっ!!」
モウニングが立ち上がって、台所に近づく。クレセントの手を持つ。クレセントが頬を朱に染めた。
「手伝おうか、クレセント」
「っ!」
「シチューなら、私も手伝えるだろう?」
「・・・話ずらしたね?」
「辛いか?」
「えっ」
モウニングがクレセントの手の甲に、キスをする。クレセントの意識の中で、その手が汚い手だと思い込んでいるため、引っ込める。うしろで両手の指をからめる。
「だめ、いろんなオトコに、・・・くちづけされた手だからっ・・・」
「・・・クレセント、」
モウニングが抱きしめようとする。それも拒否する。
「だめっ、そんな、汚いからっ・・・僕なんかっ・・・!」
「クレセント」
「・・・悪魔さん、ごめん。料理、独りで出来るから・・・先にお風呂、済ませて良いよ・・・」
「・・・全く、お前は言ってやらんと判らんようだな」
そう言い残して、お風呂に向かう。クレセントはその話の続きが気になり、つい声をかける。
「えっ、それって、どういう意味!?ねぇ、悪魔さん!」
「お風呂を済ませてから言おう、それまで考えなさい!」
「もぉー!悪魔さんのどけちーっ!」
クレセントはそう言いながらも調理を続けた。
「・・・本当、悪魔さんのいじわる」
微笑みながらも、そう呟いた。
時間が過ぎてゆく。ご飯を食べる、と今度はクレセントがお風呂に入る。その間にモウニングがお皿を洗ってくれた。クレセントと一緒に過ごせるのも、僅かな時間しか残されていない。
「・・・悪魔さん、一緒に寝て良い?」
「構わない、来なさい」
「わぁい」
クレセントは半泣きで、ベッドに腰掛けているモウニングに飛びついた。頭を撫でられて、更に涙をこぼすクレセント。
「辛いか?」
「・・・うん、だって」
クレセントが声を震わせながら、話しだした。
「もう、僕、出てこれないよっ・・・!インサイトに、僕が表に出たのバレて、悪魔さんといられなくなっちゃう・・・!」
顔をうずめてくるクレセント。モウニングが話した。
「・・・インサイトに嘘をついた理由は、」
「?」
「クレセントを消されたくなかったからだ」
「・・・!?」
「クレセントも、大事なのだから。だから、今まで辛い思いを押し付けられたお前を、もっと甘やかしたい気持ちは山々なのだ」
「悪魔さんっ――――――」
クレセントはひしとくっついて離れなくなる。涙がぼろぼろ出ている。ついでに鼻水も。ティッシュを渡した。
「こんな、汚い僕を・・・甘やかしていけないって、インサイト、言うんでしょ・・・?」
「何が汚いだ。それはお前がそう思っているだけだ」
頬を触った。
「・・・綺麗だよ」
クレセントが喚きだした。モウ二ングは否定せずに、ただ抱きしめて頭を撫でた。
「そう喚くな・・・よし、よし」
「悪魔さん、悪魔さんっ・・・ひっくっ、えぐぅ――――――」
「よく泣くな、クレセント」
「だって・・・嬉しいんだもん・・・あのルナでも、言ってくれないもん・・・」
「私がお前のこと好きで、悪いか?」
「悪くない、嬉しい――――――」
クレセントにキスを交わす。拒否しなくなった。
「・・・悪魔さん、」
「・・・何だ?」
クレセントは涙を流しつつも、精一杯微笑んでは、こう話した。
「最後に・・・僕をいっぱい、可愛がってください」
モウニングは無言で、クレセントを抱きしめてはそのままベッドに倒れる。
灯りの出力を下げた。