「はい、今度の場所の地図」
「助かる」
メアーセル医療会社に入ってから約二ヶ月。インサイトはモウニングの地図を、たとえ別の仕事になろうとも作っては渡した。
「にしては、今回もえらい広いステージだなぁ・・・」
横からコーヒーを片手に、ハスキーが覗いてきた。
「A3の用紙三枚っ・・・!」
「げぇぇっwwwww」
「なぞらせていただきましたっ!」
インサイトが自慢する。ハスキーはつい大げさなリアクションをする。
「大げさですよ、ハスキーさん」
「いやっ、マジスゲェよお前っ!こんなこっまかいところまでなぞるの大変だろうよ!」
「乾くのにも時間がかかるしね。でもちゃんとした線を描かないと、モウニングが困るだろうし」
「確かに、地図の役割として果たさないってことになるだろうしな」
モウニングは二人の会話をぼーっと眺めていた。インサイトが気づく。
「どうしたの?モウニング」
「地図、どれくらい時間がかかったのだ?」
「えっ?・・・っとー、そうだな、乾いてからのなぞりとか合わせたら、三時間はかかったよ」
「ふっへぇー、やるなぁ!」
「・・・感謝する、インサイト」
「お前っ!感謝だなんてどっから覚えてきたんだよっ」
ハスキーが茶化しを入れた。モウ二ングは平然と答える。
「インサイトの受け売りだ」
「聴いてきたから答えただけだよ?」
「俺ならサンキューだぜ?」
「それも教えてもらったが、私には似合わないとインサイトから却下された」
「なんだよそれwwwモンスターペアレンツ!!ヒャッハー」
「だっれがモンスターですか!それに親じゃないっ!!」
インサイトがハスキーに怒る。こんな風景は日常茶飯、S.KILLERならではの空気であった。
「そんじゃ、俺は仕事にいかせてもらうぜぇい!あばよっ!!」
ハスキーは後輩と和気あいあいな雰囲気で仕事をさせてもらっているようだ。インサイトも情報部門に技術を教えることが楽しくて仕方がない。
「それじゃ、頑張ってね」
「任せろ」
モウ二ングもそう言って、さっさと仕事に向かった。インサイトは今日伝授する技術の整理をしていた。モウニングが情報部門の部屋から出ていき、地図を眺めている。
「やぁ、モウニング」
グローアがモウニングを呼び止めた。
「はっ、これから潜入に向かうところです」
「よし、よし・・・それは?」
「地図です。私の情報共有度を高くするため、情報部門の管理者から地図を頂いたところです」
情報管理・・・ってことはインサイトか。グローアがその地図をモウニングから貸してもらい、広げてみた。
「っ!?なにこれっ!!」
流石にグローアも、感激した。
「これ、まさか手書き・・・!?」
「はっ、このサイズの用紙を手がけるのに、三時間はかかっていると報告しております」
何これなんだよこれぇっ!僕の愛より、彼のモウニングに対する配慮というか気遣いというかなんというか、くっやしぃぃぃぃいい!!!
「・・・モウニングくん、君に問おう」
「何でしょうか?」
「目が、欲しいかい?」
モウ二ングが、動揺した。それをグローアは見逃さなかった。
「・・・と、申しますと?」
「君がそこまでしてでも情報共有を重視して、仕事のクオリティを上げようというのは、私としては嬉しい。しかし、こんなに手の込んだ仕事をしてもらっているのは、彼に申し訳ない。これは本当に・・・!」
「彼は、喜んで仕事を受けていますが・・・?」
それが問題なのだよ。
それがなければ、君と彼の接点が一つ消えるというのに・・・!!
「彼の仕事は、ここの情報部の技術進歩を図るための教育がメインなのだよ」
「・・・」
「君のお世話をするために来てもらった面は苦手克服、のみだ」
グローアの厳しい指摘が入ってきた。
「・・・では、治療は何時に?」
「モウ二ング?」
情報部門の部屋から、インサイトが出てきた。グローアと目をがっちり合わせてしまった。
「あっ・・・お取り込み中でしたか」
「い~やいや、」
いつもの笑顔で、グローアが答える。
「そちらのお話を先に済ませてくれよ、こっちは話が長いから」
そう言いつつも、様子を伺うんだろう?この狐男。
インサイトは心の中で悪態をつくが、顔はまったく出ていない。
「もう一回地図を広げてもらえるかな?」
「今、主人の手元にある」
「あぁ、広げてみせようか?」
「わぁ、助かります!」
インサイトは親しみを込めてそう言う。グローアに、インサイトは何も知らないと思い込ませるための態度だ。そしてそれは成功している。
「モウニング、どっから攻めるつもり?」
「裏側の口、こっちからだ」
「これ正面突破で良いと思うよ」
「何故だ?」
「情報を狩ると、裏側の口の方がセキュリティが酷いらしいよ、罠とか」
「なんと、」
「けど、正面は人目しかないらしい。機器による監視ゼロ」
「なるほど、」
グローアもつい口を出した。
「モウニングの足なら、人の目をごまかす最速ステップがあるからね、それでいけるよ」
「そんな技術もあるんですか?流石はグローアさんのご自慢ですね」
「まぁねん!」
グローアは褒められると機嫌が良い。インサイトはそう分析している。正解だ。
「それじゃ、気をつけてね」
「いってきます」
「なっ・・・!?」
い、いいいいいってきますぅぅ!?!むっきぃぃぃいいそんな言葉かけられたこともないのにぃい!
インサイト!貴様やりおるわっ・・・!!
グローアが別の意味で闘神を燃やした。だが、直ぐにほとぼりは冷める。インサイトが部屋に戻ってから、もう一度話を切り出した。
「それで、どうするんだい?目をもってみたくないかい?」
「・・・是非、私にください」
モウニングは承諾した。彼の意志なのは判っている。
「くれぐれも、使い道を謝るなよ?」
「目の、使い道ですか?」
「戦闘、および情報の収集以外に目を使うことを禁止する」
「以外・・・?」
「人の表情」
「・・・」
「これらは君に最も不向きな、感情の情報を含むものだ。声のトーンと一緒に顔の表情を伺えば、感情の情報は意図も容易く習得出来る。・・・そうすれば、君は制御機能を失った理論者から、制御機能を失った感情者となる」
「・・・それは、とても危険ですね」
「だろう?だから、目を戻したかわりにこれをつけなさい」
赤いハチマキを渡された。
「これで君の状態を保つのだよ?・・・それじゃ、仕事に努めなさい」
「はっ」
グローアが、さっさと立ち去っていった。モウニングも、仕事のために動き出した。
「・・・っはぁ~・・・これでおしまいっと」
時間はもう、1時を過ぎていた。
インサイトの部屋にて。A3の用紙五枚にわたる、ぷくぷくマーカーのなぞりが終了した。約6時間。今回の地図は曲線が多く、気を引き締めてなぞっていったためか、疲労感がいままでより感じられた。しかし、達成感も今までより味わえた。
「・・・ふふっ」
今までより、モウニングの役に立てたようでとても嬉しい気持ちであった。
ppppp...ppppp...
「?・・・モウニングから?」
電話が鳴りだす。仕事以外では滅多にかけてこない彼のことだ。なにかあったのだろうか・・・。思いあたる節を心の中で探しながら、携帯に出た。
「もしもし?」
『・・・インサイト、まだ起きていたのか?』
「ダメ元でかけてきたの?モウニングらしくないね」
『私、らしい?』
「可能性の低いことには、首をつっこまない太刀でしょ?」
『そうだな、そうかもしれん・・・』
「・・・?」
少々、間が空いた。いつもなら話す要件が決まっていて、淡々と情報を交わすだけであったのだが、今回はそうではなかった。インサイトから切り出す。
「どうしたの?何か、言い忘れたことあった?・・・もしかして、地図に不備が?」
『そんなことはない。潜入の仕事を苦なく行える、ちゃんとした地図だった』
「じゃあ、どうしたの?次の場所なら、もう終わってるよ」
『っ!?』
「仕事の場所は、こっちで管理してるからね。ぱぱっと地図のデータをハッキングして、なぞったよ」
『・・・そのことなんだが』
「・・・?」
『主人から、視力を貰うことが可決された』
「!?・・・」
『まだ手術の日が決定していないが、おそらくそのなぞっている地図で、最後となるだろう』
「・・・そう、なんだ」
『報告しておきたかった』
「・・・ありがとう」
またしばらく、沈黙が続いた。モウニングは何か言いたかったのだが、どうやって言葉に表せばいいのか、判らなかった。
「・・・連絡は、それだけかな・・・?」
『・・・そうだ、報告は以上だ・・・』
「・・・ねぇ、モウ二ング」
インサイトが話を切り出した。それについ嬉しくなったモウニング。もちろん、感情の言葉を定義できないモウニングは、この感情が一体なんなのかを知らない。
「文字って、読めれるのかな・・・?」
『いいや。しかし、定義する単語を充実できるように、辞典および、数学の知識を搭載されるだろう』
「あはっ、僕より賢くなるんだ!まいったなぁ~」
『いいや、情報技術に関しては疎い』
「ふふっ、モウニングは不確かな情報ほど、苦手なものはないかなっ」
『・・・』
「・・・今日は、いつものモウニングじゃないね」
インサイトが、そう呟いた。モウ二ングが焦る。
『何時も通りでないと、不満か?』
「ううん?そんなことはないよ?・・・ちょっとびっくりしただけ―――――」
『・・・そうか。・・・業務以外での会話を、今までで一度もしたことがなくてな。・・・何を話せば良いのか、さっぱりなのだ・・・』
「えっと、何を話したいのかな?それも曖昧?」
『・・・そうだな、判らない』
「・・・今日は遅いから、明日に時間があれば話そうよ?」
『っ!?』
「付き合うよ?モウニングの納得がいくまで」
『・・・ありがとう、インサイト』
とうとう、モウニングの言葉から心の言葉が出てきた。インサイトはしばらく黙ってしまった。それから慌てて言葉を返す。
「ど、どういたしまして・・・!それじゃ、明日の銃撃戦克服の時間にねっ」
『世話になる、それじゃ―――』
『「おやすみ」』
pっ。
「・・・いやったぁー」
ちいさく喜んで、布団に着くインサイトであった。
[それから?]
(夕方)
「・・・っふぅ~っ」
インサイトが大きなため息をつくとともに、ベンチに深く腰掛けた。
モウ二ングは刀の手入れをしている。インサイトの方を向いた。
「・・・疲れているようだな」
「っ、いや?そう疲れても、ないかなっ・・・」
明らかに、疲労はしていた。インサイトは今日の仕事に、遠距離からの暗殺を三つも頼まれていた。そこからモウニングの苦手克服のための戦闘をしていたのだ。あまりのハードスケジュールに、人前ではださないため息が出てしまった。
「・・・あ、そろそろココ、閉まるよね・・・」
「きつかったか?」
「そんなことないよ、」
インサイトが立ち上がる。そして飲み物を取ろうと歩く。
ふらっ。
「っ!?!」
モウ二ングがすかさずインサイトを片手で支えた。
「・・・熱中症か?」
「・・・天気がよくて、外でずっと浴びてたから、かな・・・ははっ、ごめん」
もう一回ベンチに座る。モウニングが飲み物をとってくれた。
「ありがとう・・・っ!?」
モウニングが、インサイトのおでこを触ってきた。インサイトの心臓が飛び跳ねた。
「・・・焼けてるな、かなり」
「・・・うん・・・」
思わず下を向くインサイト。またこの鼓動聴かれているのかと思うと、恥ずかしくて仕方がない。
「・・・どうした?具合でも悪いのか?」
「えっ?ははっ、そんなことないよ・・・!」
「えらい心拍数の上がりようだが?」
「うぅっ、そういうところ突っ込んじゃいますか・・・っ」
「・・・聴いては、だめだったか?」
モウニングが隣に座ってくる。インサイトは手元でペットボトルを転がしていた。
「・・・懐かしい音を奏でている―――――」
「へっ・・・!?!?」
この発言に、動揺は隠せなかった。モウニングは平然と恥ずかしいことを言えるのだから、たまったもんじゃない。
「前にも聴いた気がする。記憶にはないが、聴覚が覚えているようだ・・・」
「・・・そ、そうなんだ・・・っ」
モウニングが、発言を止めた。インサイトも何か喋る話題はないかと模索していた。
「・・・目が見えたら、何をするの?」
唐突に、聴いてしまった。モウ二ングはしばらく考えた。
「主人が、情報の多い人の表情は見るなと仰っていた」
「・・・」
「・・・だが、それほどの情報量を右往左往する表情とは、一体なんなのか・・・知りたいのが本音だ」
「人は、視覚が9割の情報らしいからね。だから戦闘で敢えて視覚を奪うのも、その9割を奪うことで感覚を磨く、洗礼する意味合いなのかもね」
「そうか、そのためなのか・・・」
モウ二ングは、知りたかった。
今、隣でどんな顔をしているのか。
どんな感情に浸っているのか。
そこにいるのか。
「・・・もう、大丈夫かな」
インサイトが立ち上がった。モウ二ングが気を配ってくれているのがよく判る。
「・・・送ろう、家まで」
「えっ、そんな、大丈夫だから、本当・・・っ」
足取りがおぼつかない。モウニングはまだ不安定だと見込んだ。
「いや、送らせてくれ」
「・・・それじゃ・・・お願いします」
「ただいまー、ってあ、ごめん」
インサイトが家に入った瞬間、モウニングにそう言った。モウニングは玄関で赤外線受信のメガネ機器を頼りに入って、佇んだ。
「僕、すっごい銃マニアでコンピュータオタクだから・・・」
玄関入ってすぐの、廊下の壁にはびっしりと銃が飾ってあった。大きさと年代をカテゴリで分けており、それぞれの場所にメモ書き程度に説明があった。
「・・・すごいなぁ、道理で敵わない訳だ」
「そう?」
「これがどこまで続いているのだ?」
「廊下の壁はほっとんどこれ」
居間室は普通みたいだ。キッチンが非常にお洒落だ。
「食べてく?なんか作るよ」
「・・・?」
「・・・もしかして、モウニングってご飯とか食べていないの?」
「細胞活性化剤を投与しているだけなのだが」
「えー!せっかく味覚あるんでしょ?」
「あるにはある」
「食べないと刺激されないって・・・!もう、僕を本気にさせたようだね!そこで座って待ってて!」
インサイトが一気に元気になった。これは一体どういうことだ。モウニングが唖然としながらも、インサイトの素早い手つきに見とれていた。
「はい、食べてっ!」
なんやらテレビを聴き時間を潰していた間に、立派な夕食が出来ていた。モウ二ングが箸を使って食べるところを見るのも新鮮である。
「・・・!」
「どう?」
「・・・これは、なんと言うのだ?」
「それは鮭というお魚で、簡単に味噌付けしたもの。安いお魚でも美味しく食べられるんだけど・・・どうかな?」
「これは、なんと言うのだ?」
「・・・あぁ、言葉で表したかったのね、ごめん。・・・どんな気持ちかな?良い気分?」
「とても良い気分だ、食感もあるし、味も良い」
「一般的には、おいしいって言うんだよ」
「なるほど」
「食べていて不快になったものは、まずいと言うの。ぴりっと焼けるような感覚は辛い。下につくような青い感じのものは苦い。砂糖のような味をしているものは甘い。酸味が強くて仕方がないのはすっぱいと言うの」
「甘い?砂糖とはどんなものか?」
「ちょっと待ってね、」
インサイトが台所から、砂糖の入った調味料の入れ物を出した。
「これを指ですくって、ちょっと舐めてみて?」
「・・・っ!・・・これが、甘いか・・・」
「モウニングは好きじゃないかな?この味覚」
「いや、たまには良いだろう」
「そっか、なら今度はお菓子を作るね!砂糖が主流でも、砂糖を使わないで甘味を出す方法とかあるんだからね~」
「例えば?」
「果物が、実は甘さを既にもっているものがあるから、それを殺さずに料理したら美味しいデザートだってできるんだから」
「ほう、楽しみだ」
インサイトは、更にときめいた。
彼が、微笑んだ。
「・・・?手が止まっているぞ、」
「―――――えっ、あ、ごめんっ!いただきますっ」
もう、ハチマキとっぱらってよ!!早く彼方の本当の素顔で、笑っている顔が見たい。
「・・・うーん、イマイチかな・・・」
「自分で作ったものは、あまり美味しくないのか?」
「そうかも、毎日これに慣れてるからね」
「そうか、」
と、モウニングの携帯が鳴り出した。モウニングが失礼、と一言言ってからそれに出た。
「どうされましたか?主人」
「!」
まさかの、主人・・・グローアからの連絡だった。
「はい、・・・明日の、午前から夕方まで・・・はい、判りました。現在ですか?インサイトの」
『えぇっ?!もう家にまでいってるの!?』
「どうされましたか?私が彼に殺されるはずがありませんが?」
グローアの驚き様には、インサイトもクスって笑ってしまうほどの効力がある。
「はい?」
「・・・どうしたの?モウニング」
携帯のマイク付近を抑えつつも、インサイトに聴く。
「泊まるかどうかだけ、決めてほしいと言っている」
「・・・・・・・はあっ!?!」
インサイトは思わず立ち上がった。時間をよく見ると、確かにもう9時を回っている。
「・・・も、モウニングが止まりたいなら、良いよ」
「有難い、その方が楽だ」
そういって、携帯の主に告げる。
「流石に、今の時間帯にううろつきたくもありません。警察の保護対象にされているので、はい、よろしくお願いします。では、失礼します」
モウニングは携帯を普通に切った。
「すまない、まさか携帯から連絡を入れてくるとは・・・」
「目の治療、決まったんだ?」
「明日1日、会社にはいないらしい」
「そうなんだ」
「午前に渡って治療を行った後、見えるものに対してのリハビリと最終チェックがある」
「そうなんだ・・・大変だね」
「そうでもない。また仕事のクオリティを向上できるからだ」
「ふふっ、頑張り屋さんだね」
「頑張っているつもりはない」
「またまたー、・・・」
流石に、音楽を流している。沈黙を作らないために。
「全部食べた?先にお風呂に入ってても良いよ、」
「・・・包帯は、あるのか?」
「えっ・・・あ、あるよ?」
「すまないが、それを貰えないか?」
「うん、良いよ」
そう言えば、モウニングの包帯の下は見たことがない。もちろん、目も見たことがない。これを機会に、覗けやしないだろうかと思うインサイト。
「では、先に入らせてもらう」
「うん、いってらっしゃい」
モウニングが去った。お皿を洗いつつも、ぼーっと考えていた。
このまま、モウニングと寝るのかな。・・・じゃああんまりお洒落するのはよした方がいいかな・・・。
向こうでシャワーの音がする。つい想像してしまうインサイト。いけないいけない、だめだめ。お皿を洗い終わったところで、モウニングがタオルの居場所を聞いてきた。モウニングが声をはるのも珍しくて、なんだか照れてしまう。
だが、風呂の部屋に入った途端、息を飲んでしまった。
「すまない、」
既にハチマキを付けているモウ二ングは、タオルを普通にもらった。だが、インサイトの視線は包帯の下に隠されていたものに釘付けにされた。
無数の、ツギハギ。
「・・・う”っ」
インサイトが口を抑えながらも、しゃがんでしまう。モウニングがそれに気づく。
「どうしたのだ?インサイト、気分が悪いのか?」
「・・・いや、こんなの・・・、こんなの・・・っ」
モウニングのツギハギを、指で触った。モウニングはびっくりして、インサイトを見ている。
不安、恐怖、それとともに怒りを感じる。インサイトの中で何があったのか。
「インサイト・・・?」
インサイトが、モウ二ングを抱きしめた。
「・・・っ!?ど、どうしたのだ?」
「・・・どうして、こんなに傷だらけなの?」
「あらゆる対戦相手を予測した訓練が、私が生まれてから最初にあったのだ。腕が持ってかれるなんてことは、日常茶飯事だった」
「・・・あの、主人?」
「そうなのだが、」
あの野郎、モウニングをなんだと思ってるんだよ。
絶対、殺す。
「・・・ごめん、感情的になっちゃって」
「・・・インサイト、聴きたいことがある」
モウ二ングが、インサイトの手から開放されたタイミングで聴いた。
「何故、そこまで私に干渉するのだ?地図の件といい、今回の私に対するお持て成しもだ」
「・・・だって、」
インサイトは、悲しくも微笑みながら呟いた。
「あなたのこと、好きだから―――――」
「・・・?」
まだ、モウニングが出会っていない言葉だったのは、インサイトも承知の上だった。
「ごめん、お邪魔したね・・・」
「インサイト・・・」
さっさと部屋を出て行くインサイト。だが、インサイトはとあることを決意した。
そうだよ、何を向こうの言いなりになってまで、時を待つことはない。情報部門なのに、メアーセル医療会社には、まだ行ったこともない、禁止区域がある。きっとそこで、非道な実験体を作っているのだろう。
もう耐え切れない、モウ二ングを奪還する。
僕が、この手で。
「・・・ふぅ・・・」
インサイトは自分の部屋で、モウニングが眠れる場所を作るとともに、とある通信機器を取り出した。それを持っては、モウ二ングの包帯の裏に引っ付けるように、仕込んだ。
当然、それはGPSの端末に電波を送信する小型機である。検問ではじかれても、検問された場所まで判ればそれで良い、強行突破だ。
「・・・インサイト、何を考えているのだ?」
モウニングが戻ってきた。そして一連の今までの行動を見ていた。インサイトが黙々と作業をしつつも、こう答えた。
「・・・戻ってきてくれるのかな」
「何がだ?」
「モウニングが、・・・モウニングが、ちゃんと僕の知っているモウニングで戻ってくる確率は?」
「・・・低いな」
壁にもたれつつも、モウニングは答えた。
「主人は、私と仲が良いと思った人は、消す」
「・・・やっぱりね」
「そして、私の記憶も上書きされる。それは前々から知っていた。私が、私であるために―――」
「ばっかねぇ―――――」
インサイトは立ち上がって、こう言い返した。
「それじゃ、なんでもかんでも手を加えられて、それがモウ二ングであるための?違うっ!」
「そうでもしないと、仕事に支障が」
「そんなの、仕事に都合のいいように改良されたモウ二ングじゃない・・・っ!!」
モウニングははっとした。
「・・・主人に都合の良い、私ではダメなのか?」
「それは、モウニング次第じゃない?でも、彼方のことを大切に思っている、僕や、ハスキー、ジョイさんは・・・」
涙が耐え切れずに流れ、声も上ずっていた。
「悲しいよ!・・・一緒にいて、思ってきたこれまでのこと、全部、なくなって、モウニングが空っぽになって・・・っ!!」
「からっぽ・・・?仕事ができるのに、空っぽ?」
「モウニングは、僕を殺せる?」
「何を言っているんだ」
「仕事で、もし主人に殺せと言われたら、僕を殺せる・・・?」
「・・・それは出来ない。・・・ここまで仕事の効率を上げ、なおかつ私にとって有益であるインサイトを消すのは、私としては許しがたい行為だ・・・」
もっと、ほかの言葉で表せないのだろうか。
私のこの感情を・・・。
「じゃあ、モウニングの記憶を消されたら?僕は何?」
「・・・!?」
「彼方にとっての、インサイトは何?」
「・・・ただの、ターゲットだ―――――」
こんな言葉、言いたくもなかった。
だが、それが現実となる。・・・私の主人の手によれば。
「・・・ごめん、今日の僕は本当におかしいね―――――」
インサイトが包帯を渡した。もちろん、GPS探知機を付けたものである。
「・・・これはモウニングには関係ないからね。僕が、あの人にかたをつけるための、道しるべなだけだから・・・」
「・・・それ、私にくれないか?」
「えっ!?」
モウニングが、探知機を持つ。それを彼がいつも所持している武器に組み込んだ。インサイトは、その行動に気持ちが高ぶってばかりだった。
「・・・私も、記憶を消される前にはお前に逢いにいく。もう一度・・・」
彼が、ハチマキをとった。
彼の赤い瞳が、自分を映し出していた。
「・・・っ!!」
インサイトはぼろぼろに涙を流す。モウニングがおでこをくっつけてきた。
「約束だ、必ず」
彼から、切り出してきた。
「―――――っうん、絶対、迎えに行くっ・・・だからっ・・・っ!!」
声を上げて、泣き出した。インサイトが今まで耐えてきた分の気持ちだった。
どうしても届かない想いが、やっと彼に伝わった気がした。
モウ二ングは、ただ彼のその想いを甘受した。
「・・・今日はありがとう」
「別に、お別れする訳じゃないんですから・・・!」
インサイトが涙を拭いて、笑ってみせた。
「絶対、目を取り戻して帰るんですからっ!」
「必ず、記憶を消される前に・・・――――――」
S.KILLER復活の数日前だった。