2023年11月25日 第1回公開シンポジウム(講演要旨)
隠岐さや香「科学史・思想史の視点からみる人文知」
矢口悦子「東洋大学におけるSDGsの推進~哲学を基盤として~」
隠岐さや香「科学史・思想史の視点からみる人文知」
矢口悦子「東洋大学におけるSDGsの推進~哲学を基盤として~」
人間科学総合研究所プロジェクト「SDGsと人文学」では、理系の立場から論じられがちなSDGsについて、「SDGsがかがけるテーマの意義や重要性を文学・歴史・言語・哲学など『人文学』から検討し『誰一人取り残されない』未来をめざす、というコンセプトのもとで公開セミナーを開催してきた。
今回のシンポジウムでは、人文学のさまざまな立場からSDGsへのアプローチを検討することを目的とし、隠岐さや香氏(東京大学)に科学史の立場から、矢口悦子学長に「哲学館」として出発した本学のSDGsへの取り組みについて、それぞれ講演を依頼した。また、言語学や言語教育を専門とする森田彰氏(早稲田大学)、本学学生SDGsアンバサダー加曽利峻佑氏を交えたディスカッションを行い、さまざまな立場や専門領域から「SDGsと人文学」について検討した。 (東洋大学人間科学総合研究所所長・近藤 裕子)
科学史・思想史の視点からみる人文知
隠岐 さや香
東京大学大学院教育学研究科教授
持続可能な発展のための目標(SDGs)は人文知なしには達成できません。人文学の諸分野は人間を価値の源泉と捉え、必要があれば社会秩序を作り替えながら、全ての人が取り残されずに生きられる社会を作ることを希求してきました。また、理工系や経営・行政実務系分野専攻者に比べると、人文学と芸術の専攻者は女性や非白人、その他の多様な人々が多く、政治的にも権威主義への傾向が低いことが知られています。
古代ギリシアやローマまで遡れば、人文学は奴隷ではない自由人男性、すなわち統治階層のための知でした。しかし近代を経由し、後期近代といわれる21世紀になると、人文学は真に全ての人のための知となることを目指し、植民地支配の批判や男性中心主義、健常者中心主義からの脱却を果たしました。また、近年は環境危機にも関心をよせ、人間中心主義を越えた思想を構築しつつあります。なお、皮肉なことですが、人文学がこうして広く開かれたものとなる一方で、先進国の為政者層はそれをあまり学ばなくなってしまいました。
現在の社会では、人間を含めたあらゆる生命をパーツとみなして商品化できるとする新自由主義的な世界観と他者の支配を志向する権威主義志向とが伸長しています。その中で多くの人が、巨大な政治・経済システムの部品として自身を捉える経験を積み重ねています。こうした現状はまさにSDGsの実現を遠ざけるものですが、これは自然科学・技術の発展や経営の実務知識を担う人達が、人間や生命の固有の価値をうまく考慮出来ていなかったことの必然的帰結ともいえます。これに対し、人文学はパーツと化した個々の人に固有の価値や言葉を取り戻させるものです。今改めてその役割は再確認されるべきでしょう。
東洋大学におけるSDGsの推進~哲学を基盤として~
矢口 悦子
東洋大学学長
1887(明治20)年に設立された私立哲学館を前身とする東洋大学は、「諸学の基礎は哲学にあり」という建学の精神を現在まで堅持しており、物事を深くかつ多面的に追究する姿勢を大切にしています。同時に、そうした姿勢を「余資なく、優暇なき人々」にも広く伝えることを大事にし、創設直後より通信教育を開始し、1916(大正5)年には当時男子のみが入学していたところに女子学生を受け入れました。そうした歴史を有するがゆえに、教育、研究、社会貢献に力を入れてきました。例えば、全国各地への講師派遣事業(無料)はすでに25年の歴史を有し、また、ジェンダー平等に向けた実質的な動きにも着手しています。
2021年の「学校法人東洋大学SDGs行動憲章」の制定も、本学にとっては建学以来の取り組みを再認識する機会となりました。現在、SDGsへの貢献を意識し、学問領域を超えた「東洋大学重点研究プロジェクト」や、学生たちの「東洋大学SDGsアンバサダー」活動などが活発に展開されています。今後も、自らの研究や教育の意味を本質的に捉え返しながら、社会的な課題解決への貢献の方向を見定めるうえで、学生・教職員ともに「哲学すること」の重要性を確認しあっていきたいと考えます。
※講演要旨(PDFファイル)はこちら