本部長

1.プロフィール

日本意拳協会初代会長の王岳崢先生とその兄の北京意拳研究会の王岳銘先生の2人から概ね10年間の直接師事を受ける。大阪人として、初めて直接大阪支部の支部長の指名を受けた後、自らの修行を主務とし、熱意、研究心の高い志を持つ後輩修行者の指導を行うとともに現在に至る。

 

 

2.大阪支部長の指名の経緯

 

入門当初、4年間の教習は、当時、日本に滞在されていた岳銘先生が主に担当され、もちろん並行的に岳崢先生にも、ご教授して頂きました。また、私が大阪から東京に来ていることもあり、いつもではありませんが、練習開始前に個別に機会教習を幾度も受けることもできました。

正直、その時、非常に高いレベルのため、体得理解することが困難でしたが、先生から「意拳は、中身、今は解らなくとも、後に解る」と強調指導されたことを鮮明に覚えています。

やがて、6年が経過し、岳崢先生が、私の練度状況を確認され、直接、「大阪支部長をやりなさい」と指名を受け、大阪支部を発足しました。

そして、1996年の11月には、大阪支部代表として、北京意拳研究会へ研修に行くことが出来ました。

会長の簿家聡先生や研究会の先生方から多くの事をご教授して頂いたことは、後の修行に非常に重大な影響を与えて頂くことになりました。

この時、教習の際に簿家聡先生から「あなたは、体の使い方を理解している」と褒めて頂いたことが、大きな自信につながりました。

支部発足後も継続して、4年間の大阪支部の教習顧問として岳崢先生を招き、大阪支部全員の指導もして頂きました。また、個別に支部長として機会教習を受けることができ、この時も、頭では理解していても、感覚がついていかず、体得理解することが困難でした。やがて、4年が経過した頃、岳崢先生から直接「あなは、非常によく理解している」と評価を受け、最後に「自分の意拳を作りなさい」と言われて大阪支部を去られました。

それ以来、本格的に自己修行がはじまり、拳学の真理の追究が始まり、日暮れ道、まだ遠しの状態であるけれども、修行を重ねながら、数年後に非常に重要な指導を受けたことを感覚で体得することができました。

今思えば、この先生方から直接「感覚訓練」教わることができたのは、非常に幸運であることを実感することができました。

「意拳は、中身、今は解らなくとも、後に解る」、これは、感覚を通じた教習であることが条件で、その感覚は、後になればなるほど磨かれて行きます。

また、過去に後輩に教えた感覚と、今現在後輩に教える感覚もかなり違います。 同じ程度の感覚練習を行うことは、進展が無いということです。

後に解るとは、こういうことかもしれません。

今現在大阪支部があるのは、岳崢先生、岳銘先生がいたからで、物事の根本への感謝を一生、忘れることはないでしょう。

3.日本意拳協会本部長の指名の経緯

東京本部は、2012年9月1日付で日本意拳協会東京から代表が下番され、意拳護心会を立ち上げました。

この際、日本意拳協会東京代表から日本意拳協会と本部の引き継ぎの要望があり、指名推薦を受けることになり、日本意拳協会大阪支部を2012年10月1日付で日本意拳協会本部(大阪)に名称を変更し代表に上番することになりました。