作家のことば
ネスト
ヒグマ春夫(ビデオ作家)
私が、記憶を再現できる年齢になった頃、家に初めて*1電燈がついた。
このような、私の記憶は本当に確かなものなのだろうか。
私が、パフォーマンスを行う根源は、都会での生活の思い出より、村の方が強い。
そして、そこには、地・水・火・風といった4元素が明確にある。
これらの4元素は、5感の働きによって、私に、いろんなイメージを与え、私に記憶のなかにある村での出来事をヴィデオシステムを通して再現させようとする。
しかし、記憶の純粋な再現などありえない。再現しようとする営為のくりかえしは、たえず新たなイメージの世界を形づくる。
私のパフォーマンスの題材の中にある「ネスト」シリーズも、このような視点からきている。
畑を歩いていたら、私の背丈以上もある背高あわ立草が、花をおとし、葉をおとして無数に立ち並んでいた。
あわ立草のすきまから町の風景が見える。
私は、この印象を、あわ立草を使ってギャラリーの中で構成した。
そして、この構成体の中で人間の視線を鳥の視線に変える。その位置にヴィデオ・カメラをとりつけ、鳥が見た風景がモニターに映るよう構成したのである。
会場では、2台のヴィデオ・カメラによって2羽の鳥が、イメージ化される。このように構成された画廊空間を歩く私たちは、何を見て歩くのか。
そして、その時の人々の動きや視線は、何によって操作されているのか。
会期が終わって3年の年月がたった。
私は、背高あわ立草を焼くことで、この作品に終止符をうちたかった。
1984年の12月のある日多摩川の川原に、あわ立草を持っていきギャラリーと同じような構成をして火をつけた。
構成された物体は段段と小さくなり灰になっていく。炎が多摩川の水面に写る。時の永遠の流れを私はその風景にみた。
採録者註:*1 原文では「始めて」