久留島喜内の大小詰物は二作だけ?
はじめに
「久留島喜内の大小詰物は、これまでみつかっている二作だけなのかな?」
今回、「詰棋めいと」で久留島義太の特集をするということで、久留島の経歴や関連文献をあたっているうちにうかんできたのが、冒頭の疑問でした。これに答えるには、『将棋妙案』や『橘仙貼壁』の図面と、江戸時代の暦(いわゆる旧暦)をひたすらつきあわせる必要があります。この作業、手でやるのは大変ですが、コンピュータならなんとかなるかも、さいわい、詰将棋データベースもあることだし……というわけで、実際にコンピュータにチェックさせててみた結果をご報告する次第です。
まず前置きとして、大小詰物とはなにか、大小暦とはなにかを述べるべきなんでしょうが、「詰棋めいと」の読者ならアウトラインはご存知と思いますので、ばっさり省略させていただきます。興味のあるかたは末尾の参考文献で勉強してください。
次に、材料となる図面データは、全詰連データベース委員会が作成した詰将棋データベース、通称T-BASEを使いました。T-BASEの解説書の末尾にデータベースのフォーマットが公開されているので、これをもとに『将棋妙案』全百番と『橘仙貼壁』全百二十番の初形と詰上がりの図面データをとりだします。
また、江戸時代の大小暦のデータは、『暦の百科事典』に収録された西沢利男編「新旧暦月日対照表」から作成しました(※1)。この「新旧暦月日対照表」は、内田正男著『日本暦日原典』をもとに作成されたもので、現在もっとも信頼できる暦の一つです。この表をもとに、月の大小(大が30日、小が29日)のデータを、慶長5(1600)年から明治5(1872)年(旧暦から現在の太陽暦に切り替わった年)まで、ひたすらうちこんだわけです。
この二つのデータをかけあわせてチェックするプログラムが作成できれば、あとは実行するだけ。小生はAWKでプログラムを作成しましたが、チェックができるのならプログラム言語はなんでもいいでしょう。チェックの基準は以下のとおりです。
1 基準となる盤面
1.1 初形の盤面
1.2 詰上がりの盤面(解はT-BASEに収録されたものを使用)
この二種類の盤面について、a通常の盤面、b左右逆にした盤面、c上下逆にした盤面、d180度回転させた盤面という四つの向きをチェックするようにしました。ここまでする必要はないかもしれませんが、まあ、念のためというやつですね。それと、詰上がり図については、変同等のせいで、作者の意図した図面でない可能性もありますが、今回はそこまでくわしくチェックしていません。
2 大小の基準
2.1 玉方大/詰方小
2.2 詰方大/玉方小
大小の基準はこれ以外にも「銀以上大、桂以下小」とか「生駒大、成駒小」といった基準があるそうですが、今回は詰方/玉方のチェックのみです。
結局、一つの作品について2×4×2=16通りのチェックをすることになりますが、このあたりはコンピュータの得意とするところです。
『将棋妙案』
それで、気になる結果ですが、まずは『将棋妙案』から。
候補作は基本的に月の数と同じ枚数、すなわち盤面12枚か13枚の作品となります(旧暦には閏年ならぬ閏月があるので、13ヵ月という年もあります)。初形でこの条件に該当したのは全100局のうち13局(5、7、9、11、12、15、21、26、31、34、37、39、42番)。この中で江戸時代の大小暦とマッチしたのは、予想通りというか、これまで「大小詰物」と言われていた5番と7番の初形のみでした。
〔妙案5番 1.1初形〕
2.1玉方大/詰方小の場合、a通常の盤面、b左右逆、c上下逆、d180度回転のいずれも「大小大小大小小大小大小大」になり、これに該当したのは次の四つ。
寛永15(1638)年
延宝2(1674)年
享保11(1726)年
天明8(1788)年
2.1の逆である2.2詰方大/玉方小の場合、abcdのいずれも「小大小大小大大小大小大小」になり、これに該当したのは次の二つ。
寛永10(1633)年
享保7(1722)年
〔妙案7番 1.1初形〕
2.1玉方大/詰方小の場合、a通常の盤面とc上下逆が「大小大小大大小大小大小大」になり、これに該当したのは次の二つ。
享保15(1730)年
元文4(1739)年
また、2.1玉方大/詰方小でb盤面左右逆とd180度回転は「大小大小大小大大小大小大」となり、これに該当したのは次の三つ。
慶安4(1651)年
享和元(1801)年
天保8(1837)年
続いて『将棋妙案』で詰上がりが12枚か13枚なのは14局(7、11、12、17、21、37、39、43、50、55、67、72、73、87番)でしたが、この中で江戸時代の大小暦とマッチしたのはたった一局でした。
〔妙案11番 1.2詰上がり〕
2.2詰方大/玉方小でb左右逆は「大大小大小大小大小小大小」となり、次の三つが該当。
寛文6(1666)年
元禄6(1693)年
宝暦5(1755)年
『橘仙貼壁』
次は『橘仙貼壁』です。全120局のうち、初形が12枚か13枚なのは15局(3、12、13、25、29、39、70、71、83、89、90、93、98、115、120番)。この中で大小暦とマッチしたのは12番と29番ですが、12番は妙案5番と同一図なので省略します。
〔橘仙貼壁29番 1.1初形〕
2.2詰方大/玉方小でb左右逆は「小大小小小大小大大小大大大」となり、これに該当したのは次の年だけ。
延宝8(1680)年
最後に『橘仙貼壁』で詰上がりが12枚か13枚なのは18局(8、9、13、20、21、40、63、68、69、70、73、75、83、98、107、110、112、115番)でしたが、大小暦とマッチしたのは8番のみでした。
〔橘仙貼壁8番 1.2詰上がり〕
2.2詰方大/玉方小でc盤面上下逆の場合は「大小大小小大小小大小大大大」となり、次の三つが該当。
元禄12(1699)年
宝永5(1708)年
明和7(1770)年
また、2.2詰方大/玉方小でd180度回転の場合は「大大小大小大小大小小大小大」となり、次の二つが該当。
慶長9(1604)年
文化13(1816)年
まとめ
以上がコンピュータによるチェックの結果です。盤面逆の場合までチェックしたのに、大小詰物の候補になったのは全220局のうち5局だけでした。
一方、久留島の作品の成立年代についてみてみます。平山諦・内藤淳編『松永良弼』によると、久留島は同時代の数学者である松永良弼(1692~1744)と同年の生まれか何歳か年長であるそうです。また、没年は宝暦7(1757)年とわかっているので、久留島が作品を作った年代は、だいたい1700年代前半から1757年まで、ということになります。
この年代とコンピュータのチェック結果をあわせて考えると、『橘仙貼壁』の29番は年代的にあわないようです。また、『橘仙貼壁』8番の詰上がりで宝永5(1708)年というのがありますが、これは盤面上下逆の場合ですので除外できるでしょう。『将棋妙案』11番の詰上がり宝暦5(1755)年は、盤面左右逆の場合ですので、もしかしたらもしかするかもしれませんが、これもたぶん偶然だと思います。
残ったのは、従来から大小詰物といわれていた『将棋妙案』の5番(イコール『橘仙貼壁』12番)と7番です。このうち、5番については玉方大/詰方小の条件で、享保11(1726)年といわれていたのですが、今回のチェックで、詰方大/玉方小の享保7(1722)年の可能性もあることが判明しました。これは今回の(唯一の?)収穫です。
また、7番のほうは、玉方大/詰方小の条件で、享保15(1730)年と元文4(1739)年が候補というのは、従来の研究どおりでした。
なお、大小暦そのものは、貞享3(1686)年にはすでにあったことが鹿野武左衛門著『鹿の巻筆』にかかれています。また、矢野憲一著『大小暦を読み解く』には享保14(1729)年の大小暦の摺物が掲載されているので、享保年間に久留島が大小詰物を作っていても不思議ではないようです。
あと、妙案の5番が盤面左右逆、上下逆、180度回転のいずれの場合でも大小詰物として成立しているのは、この作品の盤面の配置が「大小大」「小大小」「小大小」「大小大」という対称的な駒配置になっているからです(玉方大/詰方小の場合)。これは、暦の大小がたまたまそうした並びになっていたものを、うまく分割したことではじめて成立するものです。まあ、こうした対称性は偶然かもしれませんが、久留島は方陣の研究でも有名ですから、意図的な配置の可能性もあると思います。
さて、今回のコンピュータによるチェックで判明したことについて、森田氏にメールで報告したところ、久留島の作品より前に大小詰物があるか? という疑問を呈されてしまいました。プログラムを走らせれば大小詰物の候補作はすぐ出力できるのですが、それが本当に大小詰物かどうかを検証するのは、作品の成立年代にくわしくないとできません。 候補作について『古圖式総覧』の解題等を参考に年代をチェックしたところでは、久留島の作品以前に大小詰物はないようですが、もしかしたら見落としがあるかもしれません。
そのうち、T-BASE収録の全古図式について、コンピュータによる大小詰物のチェック結果がご報告できるといいなと思っておりますが、さて、どうなりますやら(※2)。
〔参考文献〕
長谷部言人. 大小暦. 宝雲舎, 1943.12 (複製版 1988.3)
須賀源蔵. 久留島義太の「大小の詰物」について. 数学史研究. 1967, 5(1), p.37-40
須賀源蔵, 門脇芳雄解説. 「将棋妙案」の成年を解明 謎の鍵-「大小詰物」 (古図式の研究, 4). 詰将棋パラダイス. 1967.8, 139号, p.30-36
門脇芳雄. 将棋妙案の研究その後. 詰将棋パラダイス. 1973.2, 205号, p.6-11
門脇芳雄編. 続詰むや詰まざるや. 平凡社, 1978.7 (東洋文庫, 335)
磯田征一. 古図式研究「大小詰物」. 詰棋めいと. 1984.6, 創刊号, p.19-26
暦の会編. 暦の百科事典. 新人物往来社, 1986.4
平山諦,内藤淳編. 松永良弼. 松永良弼刊行会, 1987.2
内田正男編著. 日本暦日原典. 第4版, 雄山閣出版, 1992.6
T-BASE解説書. 全日本詰将棋連盟データベース委員会, 1997?
矢野憲一. 大小暦を読み解く. 大修館書店, 2000.11 (あじあブックス, 025)
古圖式総覧. 全日本詰将棋連盟, 2002.7
磯田征一. 大小詰物、ただいま39局. 詰将棋一番星. 2013.7. http://1banboshi.on.coocan.jp/page11.htm, (参照 2016-11-19)
初出:岡本正貴. 久留島喜内の大小詰物は二作だけ?. 詰棋めいと. 2002.11, 31号, p.54-57(原文PDF)
2014年6月16日作成/2020年7月7日修正
注
※1 このとき作った大小暦のデータはダウンロード可能(タブ区切りテキスト)。
※2 2002年8月、門脇芳雄氏により古図式全局の大小詰物のチェックが行われたが、途中で門脇氏のコンピュータが故障したため中断となった。詳細は、TMK bulletin board 2002年8-9月の投稿を参照のこと。