和歌「将棋乃言乃葉」

(翻刻)

将棋乃言乃葉


飛車角行の弃てぬ捨るは輸贏そ
こゝろは小に膽は大いに

俗にいふ二枚替へなら歩でもせよ
角行は銀香飛車は金銀

縛られてからは仕方も無き物そ
能く氣を附て玉を逃こせ

竪横の飛車の通路止なれはまた
筋違の角行も来にけり

歩の成りを元の身柄の軽しとて
取あわぬより負を引出す

山に添へは先山を取る教とて
五五歩と留めは徳は其中

金銀を八苦の海へ打捨はさても
つまらぬ節季勘定

數に歩を打を譬はもろ品を
買ふて拂に困る大年

長道に逢手/\とせめ過きな
猫をかみたる鼠ありけり

手にこまを持づからだもかたよらで
こゝろゆたかに指は可

手を問なこまにて盤を扣きなよ
左右手をいふのは負の端相

負と見は背水の陣や
桶挟間槎様/\に謀せよ

勝と見は少しは固く守れがし
朝かけ夜討敵はなす共

飛車先の歩を換りたる其徳は
敵城を抜て得たる兵糧

大切に歩はなして置け歩切には
兵糧盡し籠城の様

圍ひとてかこひは更になかりけり
只應変を常に学よ

我備崩さで敵は攻られじきら
るゝ迄に踏こめや夫

こまとこま離れず寄らず自由
得は如何な備も一トひしき也

逢手きることは悪しきそ譬へなは
一方明けて寄せよ城せめ

只一騎一番乗りとはやり雄の
桂馬は歩のえ食なるべし

猪しゝの香車も不意の遊兵の
宙間子(チウアイマ)の手に臍をかむなり

釜を破り舟を沈むる心地して
悪味に金も進めてそ行け

一圖意に敵一方を攻めて来は
ゑばを与へて其不意に出よ

やり馬や金銀なとを拾ふ敵は
其虚を討は勝利あるべし

待こまの固の関を處/\
居へて置けかし時は得難し

龍馬を引て遣ふは對陣の
通夜はなつから筒の音

龍王の横鎗に敵をおひ出して
得りと攻めよ後ろ備を

遊兵か桂歩とあらはすみやかに
尾の上の端をせめ登れがし

成不成こまハ遣いつ内をさし
向ふもさすは上手なりけり

負勝は日時刻々の運そかし
上手と下手は別だんのこと

右 三十首 左追加二首

負まいとおもへはちゞみ
勝なむとおもへは伸ぬ
さて如何せむ

将棋てふ極意の道は
格に入格を出たる
後に知るらむ

長月末二日燈下執筆

(訳)

将棋の言の葉


飛車角行の棄てぬ捨てるは輸贏ぞ 輸贏=勝敗)
こころは小に胆は大いに

俗にいう二枚替えなら歩でもせよ
角行は銀香飛車は金銀

縛られてからは仕方も無き物ぞ
よく気を付けて玉を逃げこせ

竪横の飛車の通い路止めなれば
また筋違の角行も来にけり 筋違=すじかい)

歩の成りを元の身柄の軽しとて
取りあわぬより負けを引き出す

山に添えば先山を取る教えとて
五五歩と留めは徳はその中

金銀を八苦の海へ打ち捨ては
さてもつまらぬ節季勘定 節季勘定=期末決算)

数に歩を打つを譬えはもろ品を (もろ品=色々な品)
買うて払いに困る大年 大年=おおみそか)

長道に王手王手とせめ過ぎな
猫をかみたる鼠ありけり

手にこまを持たずからだもかたよらで
こころゆたかに指せば勝つべし

手を問うなこまにて盤を叩きなよ
左右手をいうのは負けの端相  左右手(まて)=待った)

負けと見は背水の陣や桶狭間
左様左様に謀せよ 謀=はかりごと)

勝ちと見は少しは固く守れがし
朝駆け夜討ち敵はなすとも

飛車先の歩を換わりたるその徳は
敵城を抜きて得たる兵糧 兵糧=ひょうろう)

大切に歩はなして置け歩切れには
兵糧尽きし籠城の様 (兵糧=ひょうろう)

囲いとてかこいは更になかりけり
ただ応変を常に学べよ (応変=臨機応変)

我が備え崩さで敵は攻められじ
きらるるまでに踏みこめやかな

こまとこま離れず寄らず自由得ば
いかな備えも一ひしぎなり

王手きることは悪しきぞ譬えなば
一方明けて寄せよ城ぜめ

ただ一騎一番乗りとはやり雄の (はやり雄=勇み立つ)
桂馬は歩の餌食なるべし

猪ししの香車も不意の遊兵の (遊兵=持駒)
宙間子の手に臍をかむなり 宙間子=中合駒)

釜を破り舟を沈むる心地して
悪味に金も進めてぞ行け

一図意に敵一方を攻めて来は 一図意=ひたすら)
餌場を与えてその不意に出よ

やり馬や金銀などを拾う敵は
その虚を討たば勝利あるべし

待ちごまの固めの関をところどころ
居えて置けかし時は得難し

龍馬を引きて使うは対陣の
通し夜はなつ空筒の音 (空筒=空砲)

龍王の横鎗に敵をおい出して
得たりと攻めよ後ろ備えを

遊兵が桂歩とあらばすみやかに (遊兵=持駒)
尾の上の端を攻め登れがし

成る成らぬこまは使いつ内をさし
向こうもさすは上手なりけり

負け勝ちは日時刻々の運ぞかし
上手と下手は別段のこと

右 三十首 左追加二首

負けまいとおもえばちぢみ
勝たなむとおもえば伸びぬ
さていかがせむ

将棋ちょう極意の道は (ちょう=という)
格に入り格を出でたる
後に知るらむ

長月末二日燈下執筆

※和歌の翻刻は詰将棋一番星の磯田征一氏、校正は古文書解読サービス 羊雲庵によるものです。ありがとうございました。

2023年4月15日作成/2023年515日修正

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