将棋知恵輪妙手段

ホーム > 将棋 > 将棋知恵輪妙手段

「将棋知恵輪妙手段」

「将棋知恵輪妙手段」(正式には「將棊智惠輪妙手段」)は、江戸時代末期に作られた、将棋の駒を動かすパズル。大きさはだいたい24cm×18cmで、一枚摺りの瓦版と呼ばれるもの

内容は、将棋を指すときの初形に金・銀・香を加えた窮屈な形から、ルール通りに駒を動かして、飛車と角を入れ替えるというもので、瓦版の右側にはこんな説明がつけられている。

「飛を角の座へゆき 角を飛の座へ来りて 王金銀元の通りに並ぶるでんじゆ」

上の四段は「こまの ゆき方 いろは あいもん」として、「い飛」「ろ銀」など、いろは符号が付いた手順(135手)が書かれている。下の三段には駒の絵が並んでいて、マス目にはいろは符号が付けられている。このうち、「あいもん」は「合紋」もしくは「合文」で、駒の動かし方はいろは符号が合う位置に、という意味だろう。

この「将棋知恵輪妙手段」は、大阪心斎橋の塩屋喜兵衛によって、文政(1818-1830)から天保(1830-1844)に作られた瓦版のひとつで、これ以外にも、しゃれ、無理問答、判じ物、なぞなぞといった、さまざまな遊びの瓦版が発行されている。
塩屋喜兵衛は、のちに河内屋平七と名を変えて、嘉永年間(1848-1854)に瓦版を貼り合わせた『浪花みやげ』という冊子を発行しており、この中に「将棋知恵輪妙手段」も収録されている(※1)。瓦版「将棋知恵輪妙手段」や、『浪花みやげ』に収録された「将棋知恵輪妙手段」は、デジタル版でみることができる。興味のある方は、下の表のURLをクリックしてほしい。

将棋知恵輪妙手段
(画像クリックで拡大)

将棊智惠輪妙手段

紙の「将棋知恵輪妙手段」は手順がわかりにくいので、135手の解をkif型式に変換して、KifuViewer(※2)で鑑賞できるようにした。

最短手数を求めて

その後、「将棋知恵輪妙手段」は、1909(明治42)年に、そのままの形で活字化され、海賀変哲著『日本文学遊戯大全』に掲載された(※3)。

「将棋月報」の1926(大正15)年4月号では、山村兎月によって「飛角の入れ替へ」と題して「将棋知恵輪妙手段」の図が出題され、6月号の結果発表では、加藤丸吉による100手の解答が最短手数として掲載された(※4)。

この2つの解をくらべてみると、「将棋知恵輪妙手段」では、玉が4筋から角のある8筋まで移動しているのに対して、「将棋月報」では、玉の移動は4筋から6筋に限られている。このようにムダな手を削ることが、手数短縮のカギのようである。

パズル研究家として有名な藤村幸三郎(1903-1983)は、1943(昭和18)年に『最新数学パズルの研究』でこの問題を紹介したが、そこには手数が135手であることだけが記され、解は掲載されなかった(※5)。

1955(昭和30)年の、藤村幸三郎著『推理パズル』では、読者からの報告として100手の解が掲載されている(※6)。この解は「将棋月報」の解と手数が同じだが、手順は違っている。

99手の解が初めて掲載されたのは、1968(昭和43)年に発行された、H.F.デュードニー著、藤村幸三郎、高木茂男訳『パズルの王様. 第3』で、これも読者からの報告として紹介されている(※7)。

この「将棋知恵輪妙手段」の問題は、手順前後はいろいろあるが、最短手数99手のようで、当方もプログラムで最短手数を求めたところ、やはり99手だった(※8)。

ただ、99手の解は2つ出力されたので、どこが違うのかとよく見たら、終局の金の位置が微妙に異なっていた。

金と銀に番号をつけて、初形と終局を示してみる。
金の位置は、初形と終局で同じものと、初形の金3と金4が終局では入れ替わる、2つのパターンがあったのである(見た目はどちらも同じだが)。
なお、銀の位置は、初形と終局をくらべると、どちらのパターンも、左回りに回転する形で入れ替わっている。

金の位置が初形と終局で同じ

『パズルの王様. 第3』に掲載された解は、金が初形と終局で同じパターンだった。そのため、プログラムが出力した、金3と金4が初形と終局で入れ替わるパターンの99手解、ここで紹介しておく。

金3と金4が初形と終局で入れ替わる

「将棋知恵輪妙手段」のバリエーション

「将棋知恵輪妙手段」のように飛車と角を入れ替えるパズルは、いくつかバリエーションがあるが、そのうち4つを紹介する。

将棋の初形から、飛車と角を入れ替えるという問題は、文献としては残っていないが、「将棋知恵輪妙手段」より前からあったと思われる。
この問題は、@kota9 (Kota Mori) の「飛角の入替え:将棋フォーカスのパズルの最適解を見つける」(Qiita)によると最短手数22手で、最適解を求めるプログラムも公開されている(※9)。

将棋の初形に香を1枚加えた問題は、藤村幸三郎の『最新数学パズルの研究』で出題されていて(ただし飛車と角は左右逆)、28手の解が掲載されている(※10)。
コンピュータによると、やはり28手が最短手数である。

長谷川浩のサイト「あそびをせんとや」の、2003年2月15日のひとこと「将棋盤のパズル:飛車と角の入れ替え」に掲載された問題は、将棋の初形から飛車と角を入れ替え、さらに金銀香を加えて、中央を一マスだけ空けたもの(※11)。
これは最短手数が51手とあるが、手順は掲載されていないので、当方のプログラムによる51手の解を掲載する。

「将棋知恵輪妙手段」の、中央にある香を玉にかえた問題が、X(旧Twitter)の、Yu Yamaguchi | Turing Inc. による2021年11月14日付け投稿に掲載されている(※)。
最短手数は書かれていないが、「将棋知恵輪妙手段」の99手よりは短いことが予想される。当方のプログラムによると、最短手数は86手である。

まとめ

飛車と角を入れ替える将棋パズルが、元は江戸時代の瓦版だったことや、最短手数を求める歴史、そしてさまざまなバリエーションなど、「将棋知恵輪妙手段」に関することがらをまとめてみた。

なお、ここに掲載した棋譜は、 chie.zip からダウンロードできるが、将棋ソフトによっては棋譜を再生できない場合があるので注意してほしい

2024年6月26日作成/2024年6月28修正

※1 『浪花みやげ』については、次の文献を参考にした。
小野恭靖. 『浪花みやげ』の世界. 日本アジア言語文化研究. 2002.10, 9, p.19-37. 1341-3937, http://ir.lib.osaka-kyoiku.ac.jp/dspace/handle/123456789/13843 (参照 2024-06-26).
小野恭靖. "第二節『浪花みやげ』の世界". ことば遊びの世界. 小野恭靖著. 新典社, 2005.11, p99-125, (新典社選書, 15). 4-7879-6765-7.

※2 KifuViewer https://marmooo.github.io/kifu-viewer/ は、marmoooによるJavaScriptで動く将棋の棋譜再生ライブラリ。MITライセンスで公開されている。「将棋知恵輪妙手段」の手順が再生できるように、ここではKifuViewerを一部改変したものを使わせていただいた。どうもありがとうございました。

※3 海賀變哲. "十二 考物 (五) 雜種考物 將棊の駒配り". 日本文學遊戯大全. 海賀變哲著. 博文館, 1909.11, p.235-238, https://dl.ndl.go.jp/pid/861671/1/128 (参照 2024-06-26).

※4 山村兎月. 飛角の入れ替へ. 将棋月報. 1926.4, 24号, p.51, https://dl.ndl.go.jp/pid/1767361/1/27 (参照 2024-06-26).
山村兎月. 四月號發表飛角入替解答及解答者は左の如し. 将棋月報. 1926.6, 26号, p.70, https://dl.ndl.go.jp/pid/1767363/1/39 (参照 2024-06-26).

※5 『最新數學パヅルの研究』は初版が1943(昭和18)年刊だが、判型とページ数が異なる1948(昭和23)年発行の再版を参照した。
藤村幸三郎. "4. パヅルの研究と創作 3. その他の方法 將棋パヅルいろいろ 4. 叔父さんの話". 最新數學パヅルの研究. 藤村幸三郎著. 再版. 研究社, 1948.7, p.124-127, https://dl.ndl.go.jp/pid/1338499/1/69 (参照 2024-06-26).

※6 藤村幸三郎. "六 雑問題集 問題57 飛車、角いれかえ". 推理パズル. 藤村幸三郎著. 生活百科刊行会, 1955.9, p.118, https://dl.ndl.go.jp/pid/1375033/1/65 (参照 2024-06-26).
藤村幸三郎. "解答の部 問題57". 推理パズル. 藤村幸三郎著. 生活百科刊行会. 1955.9, p.152-153, https://dl.ndl.go.jp/pid/1375033/1/82 (参照 2024-06-26).

※7 藤村幸三郎. "付録 (D) 日本の将棋パズル 問題9 飛車、角入れかえ(その3)". パズルの王様, 第3. H.F.デュードニー著 藤村幸三郎, 高木茂男訳. ダイヤモンド社, 1968.10, p.200, https://dl.ndl.go.jp/pid/1382983/1/104 (参照 2024-06-26).
藤村幸三郎. "付録 (D) 日本の将棋パズル 解答 問題9". パズルの王様, 第3. H.F.デュードニー著 藤村幸三郎, 高木茂男訳. ダイヤモンド社, 1968.10, p.206-207, https://dl.ndl.go.jp/pid/1382983/1/107 (参照 2024-06-26).

※8 「将棋知恵輪妙手段」や、バリエーションの問題の最短手数を求めるプログラムは、注9 "飛角の入替え:将棋フォーカスのパズルの最適解を見つける"で使われている、hisha-kaku-swap.py を元に作成した。どうもありがとうございました。
kota7. "hisha-kaku-swap.py". GitHub Gist. 2022-04-13. https://gist.github.com/kota7/e55d7050a31080ca3de98353a1efb986 (参照 2024-06-26).

※9 @kota9 (Kota Mori). "飛角の入替え:将棋フォーカスのパズルの最適解を見つける". Qiita. 2022-04-13. https://qiita.com/kota9/items/7ccb58e0d8f9fdb509df (参照 2024-06-26).

※10 注5と同じく、1948(昭和23)年発行の再版を参照した。
藤村幸三郎. "3. その他の方法 將棋パヅルいろいろ 3. 幾種類あるか 問題55". 最新數學パヅルの研究. 藤村幸三郎著. 再版. 研究社, 1948.7, p.124, https://dl.ndl.go.jp/pid/1338499/1/69 (参照 2024-06-26).
藤村幸三郎. "解答篇 問題55". 最新數學パヅルの研究. 藤村幸三郎著. 再版. 研究社, 1948.7, p.243, https://dl.ndl.go.jp/pid/1338499/1/128 (参照 2024-06-26).

※11 長谷川浩. "以前の「ひとこと」:2003年2月前半". あそびをせんとや. 2003-02-15, https://www.lcv.ne.jp/~hhase/memo/m03_02a.html (参照 2024-06-26).

※12 Yu Yamaguchi | Turing Inc. "正解としては「入れ替えることが可能で……". x. 2021-11-14. https://x.com/ymg_aq/status/1459867690642722823 (参照 2024-06-26).

ホーム > 将棋 > 将棋知恵輪妙手段